第二十九章:醍醐寺勃興
「貞崇といえば、雷神封じを務めたという話だったな」
「我が家の伝承によればだがね」
三善氏の出自で、金峰山で修行を積み、密法を究めたと世に言われている。
「醍醐天皇の後ろ盾で、天神ネットワークから送り込まれたエージェントっていう訳さ」
須佐はぎこちなくウインクをして見せた。眼に虫が入った様にしか見えなかったが。
「道真の盟友、三善清行が属する三善氏もやはり渡来系の氏族だ。一説には、百済王族の末裔とされている。『みよし』は『
住吉は古くは「すみのえ」と読み、「住之江」という地名に由来する。
「秋田県に
「オオナムチがいるってことは、出雲系の神社という事だな?」
「そういう事。三吉霊神を山岳神とする見方もあるのだが、住吉三神に繋がっていると俺は見ている」
「海洋神だと言うのか?」
「そう。そもそも出雲系のオオナムチが秋田という隔絶した土地で祀られた経緯を考えれば、海を渡ったと考える方が自然じゃないか」
出雲の勢力は日本海岸に沿って秋田とも交流していたという事であろう。古代における地域間交流は、考古学的な発掘物からも実証されている。
「始め俺には、住吉三神というのが良く分からなかった。属性のはっきりしない神なんだな。悩んだ結果、俺は『筒』がキーワードだと考えた」
「当たり前に海の神だと言われてきたけど、海と筒が直接繋がるものでもないな」
「俺は、筒とは鉱山の坑道なんじゃないかという仮説を立ててみた。地面から浅い所、深い所、中位の所に三つの坑道があったのじゃないかとね」
「成程。井戸の事を井筒という様にか」
「そして住吉三神は『男神』すなわち『ヲノカミ』だ。是は『尾の神』ということでもあり、『スサノヲ』に連なる鉱山系の神と見るのが自然だろう」
住吉三神とは、「海人が祀る鉱山神」ではないかと須佐は語った。
「鉱山にまつわる神なので、三吉霊神の場合は山岳神と看做されたという訳さ」
三善氏には山に棲む一派がおり、彼らの一部は鉱山師であったり、或いは修験者であったりしたのであろう。其の修験者の一人を僧侶に仕立て、宇多上皇肝煎りで仏教界に送り込んだのが貞崇であった。
其れは暴走し始めた寺院勢力への牽制策であった。
須佐は言葉を続けた。
「当時の仏教という存在は何か。そもそもは『西洋文明』導入手段として採用された物と考えるべきだ。新興宗教であった事に間違いはないが、同時に『文化事業』でもあった筈だ。其の思想は遣隋使制度に引き継がれて行く」
「蘇我氏と聖徳太子の事績と言われている事業だね」
「そう。そして西洋化事業は、藤原氏と中大兄皇子にバトンタッチされる。むしろ乗っ取られたと言った方が相応しいだろうが」
須佐は腕組みをした。
「蘇我氏・聖徳太子連合は、ざっくり言えば『中国大陸志向』だった。一方で、藤原氏・中大兄皇子連合は『朝鮮半島志向』という見方が出来るかもしれない」
大化の改新こと、
鎌足の時代には、中国の技術や知識は朝鮮半島にしっかり伝わっており、朝鮮勢力と組めば「西洋文明」を取り入れることができる状況になっていたのだ。
「わざわざロサンゼルスに行かなくても、浦安に行けばディズニーランドは体験できるっていう訳さ」
須佐は、分かったような分からないような説明を加えた。
藤原氏・中大兄皇子連合が日朝同盟を組んだ相手は、百済勢力であった。
「だから、表向き百済系の三善氏は藤原氏の傘下にあった訳だ。よって、三善清行は道真追放の片棒を担いだ様に扱われている。しかし、裏では渡来人ソサエティを通じて土師氏の盟友だったのさ」
「それで清行は、祟りに遭わなかった訳だね」
話を戻そう。
醍醐天皇の祈願寺として、醍醐寺は勢力を強めた。其の勢力が決定的に強化されたのは、醍醐帝の死後である。
道真の怨霊が為したとされる「清涼殿落雷騒動」。其れを目撃した事が原因で醍醐帝は体調を崩し、死去に至ったとされる。
「平たく言えば、醍醐天皇は道真に殺された事にされているのさ」
いくら怨霊とはいえ、天皇を殺したとストレートに表現する事は出来ないので、間接的な死因という書き方で記録されているのだ。
「道真の怨霊を鎮め、醍醐帝の御魂を慰める為に、醍醐寺では数々の法事が行われた」
祈祷や写経の類から、仏像、卒塔婆の補修・建立、そして出家僧の公認などである。最後に挙げた得度の官許について触れると、此の時代には僧になる為に朝廷の許可が必要であり、東大寺や延暦寺など数カ所でしか此を行う事が出来なかった。しかも、各年に僧と成れる者の数は十名と定められていたのである。
僧とは国家公認の研究者であり、朝廷が直接的にコントロールするという思想があったのだ。公度僧に対しては、納税や課役の義務は免除されていた。国家によって保護されていたのだ。
其の様な状況において、醍醐天皇崩御前後には五百人、千人という単位で得度が認められている。
此は勿論、仏教思想における功徳の形成が目的であるが、須佐は其の裏にもう一つの狙いを想像していた。
「喩えて言えばだ、プロ野球における新球団設立のようなもんさ」
いつもの様に下世話な喩えを持ち出してきた。
「コミッショナーの許可がなければ、球団は設立できない。また、各球団が選手登録できる人数には上限がある訳だ。そんな状況で、一部の球団だけにドラフトの権利が偏っていたら、公平な優勝争いなど出来ないだろう?」
経済力と国家保護に支えられて、南都北嶺という巨大勢力が出来上がってしまった。宇多・醍醐政権は、此の勢力の歪みを是正する手段として臨時の得度官許を実行したという事である。
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