第七章:雷神の決意
翌日の夜、書き物をしていた道真の許に梅若が戻って来た。屏風の陰に控えての報告である。
「蹴速麻呂と申す者の居所を調べて参りました」
「うむ」
道真は筆を置くと、手を膝に戻し瞑目した。
「蹴速麻呂は関白様御屋敷から二町ほど離れた、さる屋敷に住み込んでおりました。其処は関白様の縁者の一人が御住まいの所です。蹴速麻呂は屋敷の納屋に、寝泊まりしております」
「牛馬扱いか。矢張り素性卑しき者の様だな」
「本日は二刻程体を動かしておりましたが、其の後は納屋に籠もって酒を食らっておりました」
「姿形等、見た様子を教えよ」
「はい。身の丈は六尺を超え、目方は三十貫を優に超えておりましょう。年は三十前後。鍛え上げた体をしておりました」
素性は兎も角、相撲の強さは本物の様である。
「何か変わった稽古をしていたか?」
「動き回り、体を曲げ伸ばして解した後は、大石を差し上げたりして力を鍛えておりました。其の後、仲間と組打ちに及ぶ事一刻。最後に稽古の様子が変わりました」
「どの様に?」
一呼吸置いて、梅若は答えた。
「庭木に向かい立ち、蹴り技を繰り返しておりました」
「成る程、蹴りをな」
道真は静かに呟いた。
「故事に倣って、吾を蹴り殺す積りか……」
「主様」
「案ずるな、梅若」
「……ふふ、ふふふ。いよいよ腹を括れと言う事か」
道真はゆっくりと目を開いた。
「御所望とあれば雷神の力御覧に入れよう」
其れから道真は、梅若に細々と指図を行った。
「主様……」
指図を聞き終えた梅若が改まった声を発した。
「御自ら蹴速麻呂と戦う御積もりですか?」
道真は、いっそさばさばした顔つきで答えた。
「吾でなければ成らぬのだ。基経様の一族郎党に至るまで、畏れを心に刻ませねば成らぬ」
「其の為に命までお掛けに成りますか……」
「其れが我が一族の定めであろう」
「其れよりも気掛かりは、吾に蹴速麻呂を仕留められるかどうかだ。仕掛は分かっている積もりだが、上手く動けるかな?」
「戦いの技については、私が必ず御仕込み申し上げます」
「まあ、転がせば良いのだからな。簡単な事よ。ははは……」
道真は晴れ晴れと笑っていた。
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