第2章
【出発】
今、カリュードの面々は、木々が鬱蒼と茂る森を成す山の中にいた。SONG本部を出発してから6時間ほど経過していた。彼らは、まだ獣とは遭遇しなかったが、険しい道を進んだ疲れを癒す為、山の中腹で一休みしていた。「結構歩いたね」「ああ。俺はこの程度へっちゃらだ!にしても、お前ら、疲れすぎだろ!」「あんたね、自分が動けるからって全員同じだと思わないで。特に、私たち女子は」「先が思いやられるぜ」「な、何て言ったの?」「まあまあ、2人とも。ここは山の中。僕ら以外に誰もいないし、仲良くいこう」「だが、全員選ばれたんだ。選ばれた以上は覚悟しろよ。例え女子であろうと」「でも、女子の体力面も考えてほしいわね。あなた、先頭でどんどん進んでいくけど、正直ついて行けない」「俺はこれでもゆっくりのつもりだったが」「それはあんた中心の考えでしょ!」「・・・」「まあまあ、2人とも落ち着いて。こんな山奥で助け合わなかったら人を助ける前に僕らが死んじゃうから。仲良くしようよ」「…そうだな。悪かった。もう少しゆっくり行けばいいんだな?」「そうね。私も悪かった。ごめんなさい」「じゃあ、行こうか」それから、しばらく沈黙が続いた。それをマローが破った。「…あの、ライラさん?」「…私?何?」「僕、あなたと以前どこかでお会いしてませんか?」「あ・・・やっぱりそう?私もどこかで見たと思ってたの」「覚えてくれてましたか!まさか再会できるなんて、何か縁を感じますよ」「そうね、確かに。無事で良かったわ」「おかげさまで」(おかげさま・・・?私があなたにしたこと気づいてないわね…なぜか嬉しそうだし、いいか)さらにしばらく経過した。マローは聖水のバッグを背負いながら、改めて今の仲間たちを見た。7人目のシュンという人物以外、つまり6人とマローはこの部隊の配属前に会っていた。(これは偶然か?はたまた必然か?やはり何かの縁を感じる)マローは1人1人との出会いを思い返した。ライラはパンベンシティで、ロンドはコロシアムで、レイピアはSONG本部の廊下で、ナタリーはアローンシティで、そしてオサフネは暗い夜道で会った。「あれ?君って、あの時の?」その時突然聞かれて、マローはギクッとした。(あの時怖くて助けに行けなかったなんて言えない…。ここは知らないふり)「いやあ、何の事でしょう?はは」「僕は一度見た人はなかなか忘れないんですよ。君は、あの時手伝ってくれた人だよね?」再びマローはギクッとした。(もう逃れられない)「…そうです」「やっぱり!総司令官の言っていた通り、SONG隊員だったんだ。あの時は助かった。改めてよろしく」「どうも」(あれ?気にしてないの?一安心)その時レイピアが口を開いた。「誰か来る」「誰か来るだって?どこにもいないぜ?」「まだだ。だが近づいてくる」「本当だ。向こうから誰か歩いてくる。あんな遠くの奴の気配が分かったのか?」「戦闘において得た能力だ」「…そうか、苦労したんだな」レイピアの意外な能力に他の者たちが驚いていると、和装の男性が1人、目前まで来ていた。男性は、目深に被った笠を少し上げ彼らを見て言った。「君ら、旅の者かい?」「はい、そうです」オサフネが答えると男性は言った。「行く当てはあるのかい?」「いえ、ないです」男性は少し間を置いて言った。「君ら、ここの森を通ったことあるのかい?」「いえ」「そうかい。なら、俺に付いてくると良い。ここは迷いやすいからな」そう言って男性は歩き出した。「…おい、どうするんだ?」「どうするって、ついて行った方がいいんじゃない?」「信じていいのか?」「…」全員一瞬黙った。オサフネが沈黙を破った。「うーん。ただこのまま当てもなく進むよりも、取りあえずあの人の言う事を信じてみるのも手だとは思う」「なるほど。お前はどう思うんだ?」意見を決めあぐねていたマローは返答に困った。「…」「おい、どうなんだ?」「…僕は、まだ」「なんだよ。そこの姫様はどう思う?」「…私も」それを聞いてマローは少し安心した。「あんたもか。じゃあ、お前は?」「僕はオサフネと同意見です」「そうか。じゃあ反対は?」「いないな。俺も賛成だ」「じゃあ、彼の道案内を信じましょう」彼らは後れを取らないよう男性に付いて行った。
【裏切り】
それから、彼らは男性の後を黙って付いて行った。30分は経ったころ、周囲の様子は一向に変わらない。この時は、まだ我慢する余裕があった。更に、30分ほど経っても、状況は一向に変わらない。誰もがだんだん我慢する余裕を失い始めた。疲労もあり、先程と同じ場所を通っているとまで思うほどだった。それでも、彼らは前を行く男性を信じて進んだ。何故なら自分たちでもこの森を抜ける自信がないからだった。「…それにしても、この辺で獣に全然会わないね」「言われてみれば確かに」「…」そうして、気を紛らわせながら、そのまま歩き続け、少しだけ空間が広い場所へ出た。全員堪えきれなくなってきていた。とりわけ大量の聖水が入ったバッグを持つマローは限界に達しており、ついに口に出した。「…あの、出口はまだですか?」男性はゆっくり立ち止まった。振り向かずに言った。「あともう少しだよ」それを聞いてもマローは納得せず言った。「さっきから気になってたんですけど、何だか同じ道を通りませんでしたか?」「いえ、そんなことはない」「おかしいなあ…」マローは首を傾げ悩む。その肩を叩き、オサフネは言った。「あなた、嘘をついてますね?」男性はまだ振り向かない。「そんな訳がない」「実は僕もおかしいと思って、先程から、通った道に目印として特殊な石を置いたんです。それは、奇石といって、願いに答えてくれる魔法のような石です」「ほう…」「それに光れと念じて置きました。そしたら、案の定、通った道に輝く石がありました」その時、男性はゆっくり振り向いた。オサフネは僅かに光る石を男性に見せた。「へえ…すごいな」オサフネは問い質すように言った。「僕たちは同じ道を通っていた。つまり、あなたは嘘をついていることになります」男性は俯き加減で言った。「…その通りだ」「どうしてですか?」質問に答えず男性は言った。「…予定より早く気づかれてしまったな。困ったな」その時、彼らは男性の取る行動を伺った。「…仕方がない。俺に出会った事が不運だったな。悪く思うなよ、少年少女たち」すると、男性は素早く腰に付けた刀を抜いた。「“裏斬り”!」叫ぶとともに速い斬撃が彼らを襲った。「「わ!」」「「きゃあ!」」しかし、それは初めと軌道が変化し彼らの頭上の木に当たった。それは、突如として吹いた旋風によるものだった。一徹は心の中で言った。(俺の裏斬りが外れただと…ついていやがる)オサフネは驚きの声を上げた。「この人、只者じゃない…」その隣で、マローは衝撃で尻餅をついた。「剣から斬撃を放つなんて…!」この時、背中の重いカバンが衝撃を和らげた。(初めて役立ったな、これ)それを見てオサフネが言った。「あ!そう言えば、その中身は聖水!相手の攻撃的意思を取り除けるかもしれない。一本投げて!」「え?そんなことできるの?これ」「いいから早く!」マローはカバンから一本聖水の瓶を取り出し、蓋を開け、男性を目掛け投げた。「ダメだ、普通の水より重くて、届かない!」無情にも男性から少し手前に落下した。「なんのマネだい?」「おい、武器を取れ!」ロンドの言葉にオサフネとレイピア、シュンが武器を取った。もう1人、聖剣という武器を持つナタリーは慌てた。「私も…?」「ナタリーはいいよ」「はい」「…ほう。やる気かい?」オサフネは震えを抑えながら言った。「あなたが先に仕掛けてきたのが悪いんですよ!」「がっはっは!…君ら、よっぽど自信があるのか知らんが、勝つつもりかい?無理だな。裏切った俺と、裏切られた君ら。その精神状態からして勝算はこっちにある」男性は彼らが攻撃の意思を見せたからか、それとも一度攻撃を外したからか、直ぐには動かない。「狙いは何だ!?」「狙いか…裏切ることかな。だがもうそれにも飽きてしまった。君ら、この辺で獣を見ないだろう?」「…それがどうした?」「それは、俺がすべて倒したからだよ。今度は、君らが私の磨き上げた技の餌食になってもらう。それだけだ」ナタリーは男性の心を読んだ。「…本心のようです」「本心に決まってるだろうが!」「きゃあ」「お嬢ちゃん、すまないねえ。俺は、君のような弱い存在を見ると、裏切りの本性が暴れ出すのさ。何か困り事があれば、助けよう。ただ、そのあと、信頼を得たあと、裏切りどん底に落とすがね!これは俺に取っちゃ何よりの快楽だ!」「そんなの間違ってます!信頼し合ったがその何倍もの快楽があると思います!」「黙れぇ!俺はもう一度始めたこの生き方を変えられねえんだ!人は俺をこう呼ぶ…裏切りの頑固一徹、と。そうだ。俺ァ、頑固の一徹!もう一度決めたことは変えられねえ!覚悟しろ!」そして、一徹は斬撃を放った。それは、武器を持つ3人とロンドを狙い、彼らは寸でのところで攻撃を躱した。その後も、一徹は技を乱発した。4人は必死に斬撃を避け続けた。一徹は軽い身のこなしで斬撃を避ける4人を見て、業を煮やした。「クッ、ちょこまかと動く連中だ。仕方ない、あれを使うか…。今度こそ覚悟しろよォ、少年少女たち!俺の切り札だ!“真・裏斬り”!!」放たれた斬撃は、周りの空気に波を与え進む。しかし、斬撃の強度が大きく、波がうねり拡散する。オサフネがその衝撃に吹き飛ばされる。「…まだ完成しておらなんだ」「…つ、強い…!だが、負けるか!」武器を持たない残りの3人は息もできないほど静かに壮絶な戦いを見守っていた。それを見て、一徹は、狙いを変えた。「え…嘘でしょ?」「これも一種の裏切りだ!」「そ、そんな…」「恨むなら君の不運を恨めよ」マローはその言葉に図星を突かれた気がしていた。自分の不運を今まで嫌と言う程感じてきた彼は、それを恨む他なかった。マローは一歩前に出て動かなかった。正しくは動けなかったのだが、一徹にはそう見えた。そして、その事がこの戦いを終結させた。「マローさん!」「マロー君!」彼の名を呼ぶ声がこだまする中、一人違う言葉を言う者がいた。「しゃがめ!」ロンドはそう言うと、蹴りで敵の斬撃を弾いた。「まさか!弾いただと!?」一徹は目を見張った。「なかなか凄いなその技。剣でどうやって出してるんだ?」「怖かった…。感謝します、ロンドさん」「ああ。俺はどんな壁も跳ね除ける男、ロンドだ!見たか?華麗な俺の蹴を!これで勝負のケリもつけてやるぜ!」「…いや、その必要はない」そう言ったのは一徹だった。「何?」「君は、あの斬撃を前にして全く微動だにせず仲間が庇ってくれるのを待った。君は当然のように彼を庇った。それは、仲間を信じる気持ちが無けりゃ出来ねえこと。…俺の負けだ」一同は突然一徹が負けを認めた事に動揺した。「さっさと行け!俺の気が変わらねえうちに」一同は互いに目配せをし、その場を去った。その場に残った一徹は何かを覚悟した表情になった。「…あれが、信頼ってものか…そんなもの、俺にもあったか?いや、当の昔に捨てた。…だが待てよ、なら、俺は、なぜ…?」一徹は深く考え込み、思い直した様子でゆっくりと呟いた。「どうやら俺の完敗のようだ」この時、男は裏切る強さよりも信じる強さの方が大きい事を知った。それはつまり、自分の生き方の否定を意味し、それを変えられない彼には一つの選択肢しか頭になかった。それは、人を裏切り続けた彼が、自分自身を裏切ることだった。その頃、カリュードの面々は兎に角あの人物から離れようと山の中を彷徨っていた。「ここどこ!?」「分からない!とにかく同じ道には通ってないと思う」「早く出たいわ!」「そうだね。でも、おそらくあの人は一度負けを認めた相手を追うとは思えない。つまり僕らは助かった」「良かった…」「でも、まだ油断は禁物よ!もっと逃げた方が良いわよ!」「まあ分からなくはない。それより、ロンド、足から血が…」「俺は全然大丈夫だ!このくらい唾つけとけば治る。また来たら反対の足で退治してやるぜ!」「凄いな…ロンドは」「まあリンクの子孫としては当然だ。しかし、あの男、何者だ?明らかにやばかったぞ」「恐らくあの人は特殊だ。気にせず先へ行こう」そこでマローはナタリーが泣いていることに気付いた。「…どうしたの?」「…私、気づいてたのに言えなくて」「何の事?」「…あの人の心、どこか普通じゃないって。でも、怖くて」「良いよ。また次頑張ろう」「はい」ナタリーは笑顔で答えた。全員その笑顔に一瞬和んだ。直後マローは辺りを見回し言った。「この森、暗くて怖いなあ…」「そうだ、今はこの森を何とかして抜けよう!」彼らは、森の出口を目指し、走り出した。木陰から覗く老人が言った。「いきなり試練としては厳しいと見えたが、よく乗り越えたのう。この先も力を合わせて乗り越えるんじゃ」
【再出発】
「あった!光が差してる!出口があった!」彼らは、あれからさらに1時間ほど彷徨い、なんとか森を抜けることが出来た。「…さすがに疲れたぜ。おい、大丈夫か?」「…大丈夫に見える?」全員疲弊が限界を超えていた。それから、全員黙って一か所を目指した。しかし、それは見つからなかった。いつの間にか辺りは暗くなっていた。「…もう進めないな。今日はここで野宿だね…」「嘘でしょ…」「残念ながら本当だね」「あ、ナタリーはこう言うところで寝るの初めて?」「…はい」「みんな一緒よ。ね、レイピア」「私は経験済みだ」「…そう」「気にするな。私の問題だ」「はい」かくして、彼らは、それぞれの寝袋を持ち寄り、何もない草原で初日の夜を超した。眩しい朝日を感じ、マローは目を覚ました。すると、既にロンドが起きていた。「…あれ?おはようございます」「起きたか。それと敬語はやめろ」「起きるの、早いね」「知らないのか?随分ぐっすり寝てたからな、お前」「何の事ですか?」「お前がぐっすり寝られたのも俺らが見張りをしてたからだ。お前とお姫様と文句の多い女は寝ててもらった」「ありがとう」「ああ」マローは、このチームの中での自分の戦闘能力の乏しさを気にしていた。(守られてる。強くならなきゃ。男は僕だけだし)その時、向こうからレイピアが現れた。「小型の獣2体、中型の獣1体が出た程度で、あっちは特に異常なしだ」「どうも」(え?併せて3体の獣を相手にしても何もないなんて…。僕にとっては大事だけど)すると、ライラが起きた。「…あら?早いのね」さらに、ナタリーも起きた。「皆さん、早いですね」「お前ら、言うこと一緒だな」全員集まり、各自持参した食料を食べた。「…あれ?忘れちゃった」「仕方ねえ奴だな。俺の分けてやる。これでも食え」「すみません」ロンドはマローにパンを千切って半分渡した。そして、朝の支度を終えた彼らは、2日目の旅に出発した。
【翼の獣】
それから、旅の一行は、大陸を西へ進む。その時、獣が現れた。「出た!」「下がってろ」「行くぞ」ロンドは拳を回し、オサフネが剣を振り、獣は倒された。「よし、仕留めた」「行きますか」一行は再び進みだしたところで、ライラが質問した。「ちょっと良い?」「何だ?」「根本的なことを聞くけど、どうして獣は私たちを襲ってくるわけ?私たち何かした?」「そんな事どうでも良いだろ。襲ってくるから倒すまでだ」「僕が答えましょう。獣は動物とはかけ離れた力や大きさを持ち、全く異なる性質を持つ生物のことです。例えば、凶暴さです。だから、人を見るだけで襲ってくるわけです」「へー。ものしりね」そして、一行は途中で出くわした獣を倒しながら、進み続けた。すると、日は暮れ夜になった。「おーい、またこの辺一帯は何にもないな」「まさか、また野宿なの?」「…どうやら、そのようです」「マジか」「2日続きはつらい」ライラだけでなく、全員が文句や不満を抱えながら二日目も終わった。そして、また朝が来た。「…おはよう。みんな、寝れた?」「いいえ」「全然」とにもかくにも3日目が始まった。「おい、まさか今日も野宿っていうことはないよな?」「さすがに3日連続はやめてよ」「確かこの辺はその昔まだ国同士が統一前戦争をしていた時代に戦地として焼け野原になった場所。だから、港付近まで恐らく町は無いかと」「ええ!」「そんなに期待しない方がいいかと」「マジか」「だったら、その港まで早く着きましょう!出来れば今日中に!」ライラが意気込む中、悲鳴の声を上げる者もいた。「私、もう足が限界かもしれないです…」「ナタリーにとっては厳しい道のりだよね」「…あの、僕もなんです」「お前もか、マロー。でも、お前は歩ける」「どうしてですか?」「男だから」「そんな…」そんなやり取りをしながら、一行は港のある西へ進んだ。一行は広い草原の中で昼食を取った。「もう手持ちの食量は切れちゃったわ」「今後はどこか町で店を見つけて買いこまないといけないですね」「その町がどこにも見当たらないけどな」「どうするの?」「取りあえず進むのみだ。ナタリーやマローには悪いがそれしかない」「へえ。ロンドもたまに優しいわね」「たまに、だと!」その時、一行を目掛けて来るものがあった。普段物静かなシュンが珍しく喋った。「あれ?」「シュン、どうした?」「何かいます、僕らの頭上に」「あれは…鳥?」「いや、違う。あれは獣だ!」「どんどん大きくなってる!」マローが叫んだ通り、はじめ鳥に見えたそれは、徐々に降下するにつれて本来の姿を露にした。「「わ!!」」それは彼らの数メートル先に着地した。それに伴う風圧が彼らを襲った。目を腕で覆い防ぐと、マローはその姿を見た。比較的大型の鳥と同じ大きさの身体に対して、翼があまりにも大きかった。「こんな大きな獣が空を飛ぶなんて信じられない」「鳥はかつて世界を支配していた恐竜の血を引くと言われるから」「食料がない時にあんな強そうなのが…不運だ」「あれは何て言うの?」「体長に対して翼の全長が5倍程度あり、翼の先端が剣のように鋭い。以上を踏まえると、あれは翼の獣ウイングエッジだ」「物知りね、オサフネ」マローがやきもちをやきながら、あるものを発見する。「あれ?あの獣、背中に傷がある」「本当だ。何かに斬られたような傷だ。きっとこの獣と戦った人間につけられたんだろう」「いったい誰だ、そいつは?とにかくサンドイッチだか何だか知らないが、倒せばいいんだろ?」「だが興奮状態だ。手強いぞ」ここで、ナタリーが提案した。「…あの子は、レイピアの言う通り、かなり怒っています。でも、もし他のことに意識が向けば興奮が収まるかもしれません」「私やってみるわ」「何する気だ?」ロンドの質問にオサフネが答えた。「彼女は一度獣を歌で鎮めたことがあるんだ。これで鎮められれば最もいい方法だ」「本当かよ」「とりあえずやるだけやってみる」そう言うと、ライラは咳払いを一つし、目を閉じた。ライラの歌声が草原に響く。(いい声だな)マローは思った。しかし、翼の獣の様子は変わらなかった。「どうだ、ナタリー?」「かなり怒ってて歌が聞こえてないみたい」「…ごめん。私には無理ね」「いや、様子がおかしいのが原因だ。また今度よろしく」獣はけたたましく咆哮した。「やらないとやられるな…」オサフネが剣を抜いた。「森で会った変な奴を除けば、俺らにとって、初の相手になるな!」ロンドは両手の拳で鳴らした。「先手必勝で行こう。僕は引き付けるから、他の3人はその隙に攻撃を!」オサフネは指示しながら、獣の背後に回った。その時、ロンドは異変に気付いた。「奴、オサフネを見てる。狙われてるぞ!」走り出すウイングエッジの翼がオサフネを襲った。「!」それを剣で受け止めるも弾き飛ばされた。その翼の全長は戦う者の予想を超えた長さで、完全に開き切ったと思った時からさらに翼が開いて襲う。「くっ…」「オサフネ!」獣の習性として、通常であれば、全体を弱らせる為に次はロンドを狙う。「次は俺か。来い!…あれ?」しかし、ウイングエッジは再びオサフネを狙い走り出した。その気迫は凄まじいものがあり、何やら過去に因縁があるようだった。「まさかまたオサフネを!レイピア、シュン、守るぞ!」倒れるオサフネは何とか起き上がった。その目の前に迫る獣が翼を開く姿。(もう駄目か…)オサフネは一瞬諦めかけた。しかし、獣が放った翼をレイピアが寸前で防いだ。獣は咆哮すると、続けて反対の翼を放ったが、再び防がれた。「二人ともありがとう」オサフネは執拗に自分を狙う事に疑問を感じた。「どうして僕を狙うんだ?あれ?あの剣を持っていた時、見たような…」ウイングエッジは咆哮した。(ヤット見ツケタワ!狙ッタ獲物ハ決シテ逃ガサナイ、其レガメスノ役目ヨ。私二傷ヲツケタアンタハ絶対ニ逃ガサナイワ!)翼の獣は両翼を大きく広げ、振り上げた。「待て!まだ俺がいるのをわすれたか!」ロンドはオサフネを弾き飛ばした。「ロンド!危ない!」獣が振り下ろしていた翼を、ロンドは高く飛んで避けた。「安心しろ。俺には秘策がある」ロンドは勝ち誇った笑みをこぼした。「よし、レイピアはマロー達を連れて先に行け」「良いのか?」「奴の狙いはオサフネだ。そうとわかればこっちのもんだ。それにお前らがいると邪魔なんだ」「分かった」レイピアはマロー達に事情を説明した。聞いたライラが怒りを露わにした。「邪魔とは何よ!」「だってそうだろ?俺らは獣と戦いながらお前らを守るのは負担が大きいんだよ」「それはごめんね!せいぜい頑張って!」レイピアはマロー達を連れて行った。「何だよ…余計なこと言えないな」獣はその後を追おうとする。「待て!お前の相手はこっちだ」オサフネが獣の視界に入る。獣は忽ちオサフネに狙いを定める。その時、ロンドはジャンプし、獣の顎に蹴りをお見舞いした。獣は予想外の攻撃にバランスを崩し倒れた。「どうだ。俺の蹴りは」「ありがとう、ロンド」「言っただろ、秘策があるって」「でも、まだ油断はできない」獣は体勢を立て直していた。「何とか切り抜けて、彼らに合流しよう」「ああ。俺らを狙ったこと後悔させてやる」獣は完全に体勢を取り戻し、咆哮した。「行くぞ!」「ああ!」獣の攻撃を躱しては、攻撃を繰り出す。その繰り返しだった。何度か攻撃を獣の体躯に当てながらロンドはあの話をオサフネにする。「ところで、お前、あの時の事は思い出したか?」「あの時って?」「おいおい、忘れたのか?負けるかと思ったんだぜ?」「ごめん…思い出せない。僕がロンドと戦うなんて、それも勝つなんてないと思うけど」その会話の間にも獣は翼を繰り出す。躱し、ロンドは言う。「本当だ。信じろ。俺が負けることはそうそう無いんだ」ロンドは渾身の拳を獣に打ち込む。獣は急所に命中し、怯む。「まあ、あの剣の作用なら仕方ないか。折角なら覚えておいて欲しかったがな。そういや、もしやと思って伝記を読み返したら、案の定、あの剣は、俺の尊敬するリンク様の仲間の一人の鍛冶職人ガッテンが手を加えた代物だった!」「そうなんだ」「反応が薄いぞ!そういうわけで、戦った俺の感想のついでに剣の感想も教えてほしかったぜ」怯んだ隙に、オサフネ、シュン、ロンドの3人は獣を取り囲む。逃げ場を失い、獣は狼狽える。「ここは俺に任せろ」そう言うと、ロンドは得意のジャンプ蹴りを食らわせようとした。しかし、獣は翼をはためかせ、風を巻き起こしながら飛んだ。(私ガ二度モ同ジ手ハ食ラワナイワ)獣はオサフネの背後に着地し、大きく翼を畳んだ。「まずい。話しながらだと勝てない!集中しよう」「分かった!」(私ニ狙ラワレタ事後悔シテモモウ遅イワヨ)そして、獣は、鋭い翼を再び開いた。
【決着】
先を行く一行は、草原地帯から再び森林地帯となる境界に着いた。「皆の者、大丈夫か?」「はい」「大丈夫よ」(荷物重いな…レイピアさんは獣退治があるし、誰にも代わってもらえない。あれ?今の状況、女性が3人で男は僕1人。よく考えたら男として嬉しい状態じゃない?)「おい、マロー。お前は大丈夫か?」(両手に花とはこの事を言うのか…幸せだ)「マロー!呼ばれてるわよ」「わ!どうしたの?」「大丈夫か、と聞いた」「大丈夫、大丈夫。荷物が重いくらいで」「なら先へ行くぞ」「はい」ナタリーがレイピアに付いて行った後、ライラがマローに言った。「男は貴方だけだからよろしくね」「はい!」ライラの後ろ姿を見ながら、マローは力が込み上げてきたように感じた。(よし!なんのこれしき!)その頃、後を追う一行は、翼の獣と激闘を繰り広げていた。「オサフネ、避けろ!」獣から放たれた翼は、オサフネに届かなかった。寸前でオサフネとシュンの剣が両翼を弾き、鋭い翼はすぐ横の地面に突き刺さった。「危なかった…」「ありがとう」「おい、礼を言ってる場合じゃねえ。今がチャンスだ!」(クッ…翼ガ動カナイ)オサフネとシュンがそれぞれの翼を抑えこみ、ロンドが獣の胴体まで走る。「今度こそ俺に任せろ!」そう言うと、ロンドは助走をつけてジャンプした。「食らえ!ジャンプ蹴り!!」ロンドの脚が翼の獣の顎を砕いた。(マサカネ…。傷ノ恨ミヲ晴ラセルト思ッタノニ、侮ッテイタワ。今回ハコノクライニシテオイテアゲルワ…デハ、マタネ)翼の獣は痛みを堪え、羽ばたいていった。「待て!逃げた…」「また襲われるかな…」「いや、最後の蹴りの手応え、今回は足応えだが、確かにあった。だから、流石に懲りたと思うぜ」「そうかな」オサフネは剣を仕舞った。「ロンドってすごく強いけど何かやってたの?」「実家が道場だ。そこで大分鍛えられたな」「それが…SONGに入る以前の記憶が思い出せないんだ」「そうなのか!それは気の毒だな」「…ところで、ロンドは、SONG大隊ロンドの大隊長だよね?その活躍を知らせる新聞で顔を見たけど、そこに確かロンクと書いてあったのはどうして?」「ああ。紛らわしいと前の大隊長に言われて以来、そう名乗ってる。もうその人はある奴にやられてもういないが…」「ある奴?」「ああ…ヘルセブンと呼ぶ存在に…」「え?」「いや、いいんだ。とにかく俺はそれ以来大隊長の座を受け継いだわけだ」「なるほど。それなら、このチームのリーダーなんてどう?」「別にいいぜ。ここのメンバーはそれぞれに個性的な奴が多い。だから、俺みたいな強い奴がまとめる必要がある」「何か困ったら僕も協力するよ」「なら、副リーダーはお前に任せた」「分かった」「頼んだぞ、オサフネ」「こちらこそ、ロンド」
【合流】
(…まだかな?もう限界だ…)マローは疲労を隠せなくなっていた。(…今の状況を楽しむ余裕がない…)「もっと力があれば!」思わず心の声が本当の声となっていた。「大丈夫?」「…あ、はい」その時、ヒヨッコリーの群れが現れた。レイピアは迷いなく槍を振るい、獣をすべて倒した。「よし。もう着くぞ」「着くってまだ森の中だけど?」「知らないか?今目指す港町は元々山だった地形が海中に沈んでできたリアス式海岸に面している。だから、この森を抜けたらすぐそこだ。僅かだが潮風を肌に感じる」「レイピアまで賢そうな発言…。言われてみれば、確かに感じるような…」実際に森の出口を抜けると、そこには町があった。「入るぞ」レイピアに続き、一行は町へと入った。そこは、海風が吹き抜ける穏やかな場所だった。「特に何もなさそうね」ライラの言葉通り、風力発電用の風車付の家が一軒あるだけだった。そこに町人の男性が現れた。「ようこそ。港町カナーンへ。何もないけどゆっくりできるよ」「それはいいですね!」マローはやっと休めると思い、気が楽になった。同時に重いカバンもおろした。「ふー。身体も楽になった」「ちょっとまだここ道よ」「ごめん。もうちょっと」「仕方ないわね」「あれ?」ナタリーが何かを見つけた。視線の先に、一体のヒヨッコリーがいた。「まだ残っていたか」レイピアがすかさず槍を振るい、仕留めた。「さすがです」「危なかった。町への侵入を許すところだった」「…どうして、こんな所に…獣はここに来たことないのに…」「それは、さっき森の出口あたりで群れに出くわして、その生き残りが僕らのあとを追ってきたんですよ。でも、もう大丈夫で…」マローの言葉を聞く様子はなかった。突然男性はマローを背後から抱きかかえた。手には刃物が握られていた。「え!どうしました?」驚くマローをよそに男性は言った。「君たち、今すぐ出て行け!さもなくば、この少年がどうなるか知らないぞ!」急展開にマローを除く全員が驚いた。(やっぱり僕は不運だ…)「どうしてですか?訳を聞かせてください」「うるさい!とにかく出て行け!」話に応じない男性を見てライラは言った。「レイピア、どうするの?」「そうだな、相手は人、獣と同じようにはいかない。どうしたものか」「あの人の心、見ました。とても辛そうです」「辛そう?今の状況が?」「いえ、多分、過去に何かあったのかも」「つまり、過去の経験があの人をそうさせたのね。一体何が…。それより、マローが大変」「助けてくれ!」「静かにしろ!出て行くなら離してやる」「出て行くも何も、僕らは船に乗りたいだけです…」「船だと?ここの船長は私だ!」「「え!?」」一同は顔を見合わせた。「君らは乗せられない!出て行け!」「どうしてですか?あの獣に何か嫌な思い出でも?」「違う!この町は平和なんだ。一度も獣が来たことなんて無かった!それなのに君らが獣を連れて荒しに来た。そうだろう?」「違います!さっき、その彼が言った通り偶然ついてきただけです」「そんなの信じられるか!」「どうしよう、このままじゃ…」ライラ達が困り果てた時、後ろから猛烈な速度で走る男が現れた。そのまま男は、男性の顔を殴り飛ばした。「うあ!」「大丈夫か?マロー」「いてて…また助けてもらってありがとう」「ああ。でもお前も強くなれ」ロンドは、マローを起こした。(言われることは分かるけど…強くなるのは難しい)「あなたも大丈夫ですか?」オサフネは男性を起こした。刃物はさらに遠くに吹き飛んでいた。「…ああ。一体私は何を」「覚えていないんですか?」「いや、覚えている。ただ、あれは本心じゃない。信じてもらえないかもしれないが」「詳しい話を聞かせてください」「あなた!」その時、1人の女性が現れた。「大丈夫、あなた?」「ああ。何だか彼らのおかげで目が覚めた気がする」「そう!とにかく家に帰りましょう。皆さんもいらしてください。さあ」女性につられるまま、一行は彼女の家に行った。「よく来てくれたわね」ライラが少しムッとしながらも言った。「情けないマローの助けを呼ぶ声が聞こえたから全速力を2倍にして来てやった」「そうじゃなくて、あの獣を倒せたの?」「ああ、倒した。俺らにかかれば朝飯前だ。今は昼飯前だが」「面白くないわよ」ロンドが顎を上げ、怒りの表情をした。それを見てライラは我慢しきれず笑みをこぼした。「とにかく、これで合流できたわね」どうやら女性と男性は夫婦のようだった。彼らは、夫婦の家の広い部屋に案内された。横長のソファに座った彼らに向かい、大きな一人掛けの椅子に座った男性が言った。「先ほどはすまなかったね。この通りだ」男性は頭を下げた。「頭を上げてください。こちらも謝らなくてはならないと思いますし…」男性はゆっくり頭を上げ、姿勢を正すように深呼吸した。「ふー。申し遅れたが、自己紹介をしよう。私は、ロラン。この近海で船乗りをして生計を立てている。ただ昔は結構多くの人が移動したが、最近はめっきり移動する人が減った。獣が出現したからだ。まあ、確かにそうだろう…」長話の予感を受け、オサフネが言った。「分かりました。それで、先ほど何か事情があるようでしたが」ロランは椅子に座り直し、顔を引き締めた。「ああ。そろそろ、本題に入ろうか」
【船乗り】
「あれは、忘れもしない、僕ら夫婦の結婚記念日に登山をしに行った時の事だった。その日、僕らはある人に出会った。その人は、気さくに話しかけてくれて、初めて登山をする僕らを親切に道案内までしてくれた。良い人だな、と初めは思った。でもそれは違ったんだ…」ロランは黙ってしまった。オサフネが疑問を投げかける。「違うとは、何ですか?」「…すまない。あまりにもショックで、黙ってしまった」「そんなに辛いなら聞かないですけど…」「いや、やはり君らには話さなくてはならないだろう」ロランは一度咳払いをした。「…登山中にね、吹雪いてきたんだ。だから、僕らは中腹にある山小屋で休憩することにした。そこは何とその男が自作した小屋だという話を聞いて、僕は疲れから眠ってしまった。そのあとだ。起きたら妻の姿が無いことに気付いた。僕は慌てて小屋の外に飛び出した。すると、そこには倒れた妻と男の姿があった。男は一言「すまないな…」と言って去って行ったよ…。僕は放心状態で追いかけることも呼び止めることも出来なかった。その場から僕らの荷物は持ち去られていた。それだけならまだ良かったよ」「何か他にも?」「妻はショックで記憶喪失になってしまったんだ!さらに言えば、僕は現実を受け入れることが出来なくなった。いや、正しくは現実を間違えて受け入れるようになった。さっき、君らの事を勘違いしてしまったのもそのせいだ。でも、それが君のあの一撃で目が覚めた気がするんだ。だから君らには礼を言いたい」「いえいえ」「マロー、お前は何もしてないだろ」「…そうだった。それにしても何だか手口が凄い似てる気がする」「まさか、マローも思った?」「じゃあオサフネも?」「うん。その人の名前は聞かなかったですか?」「聞いたよ。その人の名前は…」全員が息を飲んだ。その時全員同じ名を思い浮かべていた。「名前は、一徹」「「やっぱり!!」」「え?君らも知ってるのかい?」「知ってるも何も、昨日襲われました」「何だって!?あの狂気を形にしたような男と、どこで会った?」「近くの森です」「まさか、近くにいたのか」「いや、僕らもびっくりしましたよ…」その後、面々はロランに一徹との出会いの話をした。意外な共通点もあり、すっかり打ち解けた面々は、船に乗る許しを得た。「…そうか。それは辛かったね」「いや、俺らはどんな壁も破壊しますから」「『俺』の間違いでしょ」「何を言う。結局は俺らが破壊するんだから、間違いない」「頑固ね」「何を!俺を一徹と同じみたいに言うな」「まあ、今日はここで寝るといい。明日船を出すから」「本当ですか!有難うございます」そして、出発の朝が来た。ロランの妻は笑顔で見送った。「また来てね」「わかりました!」「マロー、別にいいけど、リーダーは俺だからな」「分かった」面々にとって初の船旅だった。船旅で注意すべきことは、大きく2つあった。1つは天候や水棲の獣までも含む自然環境だった。この日は晴天で天候に問題はなかった。獣に関しては、海には海流と呼ばれる潮の流れがあり、その中から安全な海流を通れば、不思議なことに遭遇せずに進めるとロランは言った。「みんな、安心しろ。ここは暖流といって、文字通り暖かい。だから、棲む生物も穏やかなんだ」「流石です」「船旅は、この船乗りロランに任せておけ」実際獣には一度も出会わなかった。ただし、船旅は険しさを極めた。何故なら、もう1つの注意すべきことの船酔いが面々を苦しめたからだった。面々は交互に船に酔い、中には吐き気を催しながらも前へと進んだ。そんな中、全く酔わないロランは話をした。「あの時から、幸福が目の前にあっても手に入れられなくなってしまっていた。でも、その間中、彼女はそんな私の事をずっと支えてくれた。彼女が教えてくれたのは、幸福はまた作り出せばいいということ」「感謝しているんですね…うっぷ」「そうだ。彼女なしでは今の僕はありえないな、ははは!」「…そうですか、うっぷ。そうだ!良いこと思いつきました…うっぷ」「何だい?」「…あの、着いてから言います」それからしばらくして、ロランが弱る僕らに向けて元気よく言った。「おーい、君ら大丈夫か?」「…はい」「見えてきたよ、大陸が」「…本当だ」無事船は次の大陸へ到着した。「いやー、死ぬかと思った」「マロー、今回ばかりは俺も同感だ」「若いのにだらしないぞ!」「船に乗ることに慣れていないだけだ」「そうかい。おや、元気な子もいるようだね」「はい」「唯一お前だけが生き残ったか」「…レイピアはどうしてそんな風にしてられるの?」「私は、海に慣れているからな」「…なるほど」「じゃあ、海はお前に任せた」「分かった」「じゃあ、僕はこれで」「待ってください」別れを言おうとしたロランをマローは呼びとめた。「そうだ、何を思いついたんだい?」「あの、またお2人で登山してみてはどうでしょうか。そうすれば、奥さんの記憶も蘇るかもしれません」「なるほど。確かに失った物はその場所で取り戻せるかもしれない。分かった。話してみよう」「はい」「それじゃ」ロランは船に乗り、汽笛を鳴らした。そして、来たルートを引き返していった。しばらく僕らは船を目で追いながら、見送った。オサフネが言った。「じゃあ、行こうか」「オサフネ、それは俺のセリフだ」「そうだ。みんな、取りあえず隊長はロンドに決まったよ」「ええ」「誰だ、今嫌な返事した奴は」「ちゃんと務まるのかしら」「ライラか!」「正直に言ったまでよ」「何だと?」「まあまあ二人とも」「オサフネが隊長みたい」「そうよね、マロー」「オサフネは副隊長だ。取りあえずは俺に任せろ」「仕方ないわね、取りあえずよ」「楽しい人たち」その後、夫婦は再びかつての山に登った。無事登頂を果たした。そこで、彼女は記憶を、彼は前向きな気持ちを無事取り戻した。「やったわ!」「ああ!」喜びに溢れ帰路につく二人には気づく余地がないが、傍らにある茂みの奥には、悲しげに横たわる人影があった。その人物は裏切りの頑固一徹だった。これは、裏切りにまつわる人物の運命を表す光景だった。
【評価】
カリュードの一行は、入江から続く草原を歩き続けていた。「ここも何もないね」「それより、オサフネって記憶喪失らしいぞ。知ってたか?」「え!?」いち早く反応したのは、マローだった。「いい反応だな」「だって、僕も記憶喪失だから…」「え?そうだったのか。知ってたか、オサフネ?」「いや。じゃあ、マローの名前は?」「それは…僕を拾ってくれた人の家でつけられた名前だよ。どうして?」「そうなんだ。僕の名前、オサフネは、この剣から拝借した名前なんだ。だから、もしかしてマローも何かから拝借したのかな、と思って」「オサフネって武器の名前だったんだ」「何だ?嬉しそうだな」「格好いいなあ、と思って」「お互い早く記憶が戻るといいね」2人が感慨に更けていると、ライラが言った。「ちょっと、あれ見て」ライラが指さす方に、一軒の家が見えた。近づくにつれて、次第に数が増えていき、そこは一つの集落だと分かった。「ということは、やっと仕事らしい事ができるんじゃないか?」「そう言えば、旅を始めてからまだ仕事らしい事は特にしてないね」「よーし!最初が肝心だ。気合出して行くぞ!」そう言い、意気込んで行ったロンドだったが、この後意気消沈することになる。ロンドが一軒目の扉を叩く。「はい」「俺たちは、SONGの者だ。どうだ?最近獣に襲われて疲れはないか?」「…すみませんが、私たちは大丈夫ですので」そう言うと、扉が閉められた。「あれ?おかしいな」ロンドは隣の家の扉を叩いた。「どちら様ですか?」「SONGの者だ。どうだ?最近獣が増えたりしてないか?」「折角ですが、我が町では獣の侵入を防ぐ自警団があります。心配には及びません。失礼します」ばたん!「おっと。何だ?」続いて隣の家へ。「はい…お生憎ですが、手は足りています」「まだ、何も…何故だ?」1人佇むロンドに仲間が駆け寄る。「何かあったの?」「…個々の連中は全員冷たいな」「どうしてだろう?」「この町には自警団があって守られているそうだ。だから、俺らの出番はない…」「大丈夫、ロンド?」「ああ…。気合が空回りしちまった」ライラが心配して言った。「いつもの元気がないと変ね」「俺は、てっきり頼られて大活躍すると思っていた。それなのに、何であんな冷たい反応なんだ?」「何か思い当たることはない?」「俺何も変なことしてないぜ?」「じゃあ、何か変なこと言った?「言ってねえよ。ただ、SONGだと言った時に、表情が変わった気がするぜ」考えたあと、オサフネが言った。「…もしかして、過去の事件が関係あるかもしれない」「過去の事件?」「SONGは発足当初、まだ部隊間での連携が上手く取れていなかった。それが原因で、討伐対象の獣を町に逃がしてしまった事があった。その被害で、死者はいなかったけど、傷を負ったり家が壊れた人がいた」「そんな事があったのか」「その事件でSONGをよく思わない人も多いと聞いたことがある」「それは厄介だな」彼らは意気消沈した。そこにけたたましい音が鳴り出した。それは、この町の自警団が危機を知らせる鐘の音だった。「獣出現!獣出現!」同時に男達が家や店などの建物から飛び出し、町の中心らしき噴水の前に集まった。全員武器を所持していた。「皆!気合を入れろ!奴だ!」「「おー!」」そして、一斉に走って行った。「ついに、獣のお出ましだ」「僕たちも行ってみる?」「当たり前だ。行くに決まってる」噴水を過ぎ、町のはずれに出ると、十数名の自警団員がいた。「お手並み拝見させてもらおう」ロンドが呟いた。その時、団員がロンドの横に吹き飛んできた。「…ぐっ」「大丈夫か?」「…強い。今回は駄目かもしれない…」「おい!気絶しちまった」次にオサフネの横に飛んできた。「大丈夫ですか!…駄目だ」その次はマローの横に飛んできた。(うわ!血が出てる…痛そう。こんなに強そうな人が…)次々と団員が飛ばされ、暴れる獣の姿が見えてきた。マローの目には、大小の2本の角が縦に並ぶ灰色の巨大な頭部が映った。(うわ!凄い強そう…ごつごつしてるし、普通倒せないよ)今、最前線にいる団員が、手の汗を拭う。目の前には、巨大な角の獣。仲間はもうあとわずかしかいない。武器を握りしめる手は震えている。自分がやらなければ町が壊されてしまう。恐怖と必死に戦い、男は武器を握り直す。その時、獣が角をぶつけようとこちらに歩みを進める。(…やられる)そこに、1人の男が現れる。「俺の出番だ」そう言うと、突進する獣の頭部に思い切り拳を突き立て、そのまま拳の威力を強めていく。驚くことに、獣の方が一歩後ろに引く。「後は頼んだ」そこに現れたもう1人の男が、角の獣に全力で走りながら、腰の剣に手を当てる。最初の男が避けるのを見て、二人目の男の剣が獣の左目を捕らえる。「グォォ!」獣が痛みで前足をばたつかせる。「今だ!」「任せろ!」最初の男が今度は回転蹴りを獣の頭部に叩き込む。「痛ってえ!」獣の皮膚は硬く、男も脚を痛めたようだった。一瞬蹲る男に向け獣が突進する。(危ない!)「…こんなこともあろうかと…」蹲る男は笑みを浮かべ、立ち上がった。その手には縄があった。男は突進する獣の頭部に乗り、大きな角に縄を固く結び付けた。「受け取れ!」そういうと、縄の端をもう1人の男に投げた。「手伝ってください!」二人目の男の声に残った団員と男の仲間が縄を引っ張る。獣は突進を縄によって止められ、さらに、降りた男が直接持ち上げることによって横たえられた。「今だ!」その声に空高くジャンプした女が手に持つ槍で獣の腹部を一突きにした。「グォオオオ!!!」獣は倒れた。「…あ、あの、我らを苦しめ続けたあの獣を一瞬で倒してしまった…」2人の男の所業の一部始終を見て、団員の男は感激した。「助けて頂きありがとうございます!!」「当然のことをしたまでだ」「力になれて良かったです」「本当に助かりました!何かお礼を…」「いえいえ、いいですよ」「あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」「まあ、獣は食べられませんけど。あ、食材を売る店はありますか?」「ありますよ!」「では、ぜひ寄らせてください。それより、早く怪我の手当てを…良い物があります」シュンが奇石を取り出す。「ありがとう、シュン」「これは…?」「では、早速」「え…傷が引いていく。凄い!」「これを同じように当てれば治りますから。では、これで」「…本当に有難うございました!」その時、団員は男の胸のバッジに目をやった。「あなたたちは…」「そうです。僕は最近入隊しましたが、過去の失態の件について謝罪します。今後は二度とないよう努めますので、どうかSONGを応援してください」「分かりました!」団員たちは2人の男が見えなくなるまで頭を下げ続けた。「さすがだな。俺には言えないぜ」「いやいや、当然のことを言ったまでさ」「カッコつけやがって」マローはこちらに帰ってくる2人を見て誇らしく思った。「待たせたな」「行こう」カリュードの面々は町を後にした。マローが独り言を呟いた。「本当に凄いなあ…あんなの倒しちゃうなんて」「まあ、マローにはまだ早いかもな」「あれは、大小の2本の角、巨大な頭部から考えて、ビッグツーホーン、略してBTHだ」「またビッグか」「普段はおとなしいから、向こうから攻撃してくることはないんだ」「じゃあ、あの獣は、自警団員たちが攻撃する意思を見せたから、攻撃してきたわけか」オサフネの博学な知識を聞き、マローは感心する。「そう。でも、こんなことは、SONG隊員だから知ったことだけどね」「僕、初耳だな…」「俺も知らねえぞ」「マローは編隊にいたから知らないのも分かるけど、ロンドはおかしいな。大隊ロンドのしかも大隊長だった人には必須の知識だと思うけど」「俺には関係ない。壁を乗り越える。それだけだ」「…さすがだね」(知識で戦うオサフネ、情熱で戦うロンド。2人とも、凄いな…)マローは再び感心する。それに気づいたのか、ロンドが言った。「マロー、感心ばかりしてるなよ。いつかはお前も俺らと一緒に戦う日が来るんだ。例えば、もっと強い奴と戦う時とか」「え…?」マローは内心で焦りを募らせる。「にしても、あの獣、なかなか硬かったぜ。骨折れるところだった」「大丈夫?」「まあな。骨が折れたら唾をつけるだけじゃ済まないからな」「文字通り、骨が折れる戦い、だったんだね?」「え?何言ってんだ?」「そうだね。マローの言う通りだ」「そんなこと言う暇があったら強くなれ!」「うわ!」マローはロンドに叩かれ、重い荷物でバランスを崩した。それを見てシュンが言う。「代わろうか?」「いや…大丈夫」マローは立ち上がる。「よいしょっと。待ってよ~」
【砂漠】
カリュードの面々は、草原の真ん中で野宿をした。例によって、レイピア、ロンドが率先して夜の見張りをした。交代でオサフネ、シュンが見張りをして、朝を迎えた。全員起床すると、出発の支度をした。「…はあ、この生活いつまで続くのかしら」「とりあえず、世界一周するまでだな」「長い…」「大丈夫ですか?」「ありがとう、ナタリー。大丈夫よ」「良かったです」ナタリーは笑顔で言った。「その笑顔で元気になったわ」「じゃあ、行こうか」草原はどこまでも続いた。まるで終わりのない世界に迷い込んだように思われる距離を歩き、草原がまばらになり砂漠へと変わりつつある場所へ出た。「…何もないな!」「そうね。獣とは出くわしたくないから良いんだけど、町も何もなく歩き続けるのもしんどいわね」「それに暑くなってきましたね…」「うん。ここは、砂漠地帯の入り口だと思う。まだ草が生えてるから。僅かに雨が降るんだろうね」「所謂ステップ気候ね」「物知りだな、お前ら」「あのー」「どうした?」「この荷物の中の物、確か飲み物だよね。飲んでもいい?」「何だ?もう喉乾いたのかよ。さっきも朝食で飲んだだろ」「いやあ、新陳代謝が良いようで」「そうか、分かった。全員で飲むぞ」レイピアがオサフネに尋ねた。「良いのか?」「うん。隊長はロンドだから」「分かった」全員、聖水で乾いたのどを潤した。「そろそろ行こう」「じゃあ、荷物よろしくな!マロー」「…実は前も砂漠に来た事あるんだ」「それって、もしかしてレース大会?」「そうそう!何故か僕が選ばれちゃって大変だったんだ。ウォーリーっていう博士の作ったマシンがまた色々と凄くて」「おう、知ってるぞ。ワスト博士とかいう奴がインチキなマシンで乗り込んできたんだろ?俺も仲間に聞いた…ってごまかされないぞ」「…ダメか」「当たり前だ!まだ弱いお前は、それ持って強くなれ」マローは仕方なく荷物を持つ。「レースしたの?」「まあ」「見たかったわ」「別に僕はブービー賞だから…」とぼとぼ歩くマローの目に、砂漠の地平線の隅に点の大きさの一軒の建物が見えた。「あれ?何か見える」「あれは…」その時、オサフネとシュンが目を合わせた。「何だ?何か知ってるのか?」「うん。みんなに言ってなかったけど、実は僕一度SONGを脱退して、今みたいな旅をしてた。シュンもその旅で知り合った」「なるほど。仲が良いわけだ」「その旅の途中で、僕らが寄った酒場だと思う。名前は、“ゲルセポネ”」「変な名前ね」「それが売りらしい。でもいい店だよ」「とりあえず、行ってみるか」そして、一行は、砂漠のオアシス“ゲルセポネ”に向かった。
【砂漠のオアシス】
広大な砂漠に一軒だけある酒場。洒落た外装をしているが、店名を示す看板だけは、暗い色を基調としていた。全体的に趣のある砂漠の酒場、ゲルセポネの中へとカリュード一行は入った。「いらっしゃい!おや?見かけない顔ぶれだ。初めてか?」言ったのは、この店のマスターである。無精髭を生やし、いかにも強面の男だった。「いえ、僕は2度目です」オサフネの言葉に、マスターはカウンターから身を乗り出し、凝視した。「…ああ!お前は、あの不思議な石で枯れた花を咲かせてくれた少年だ。あの時はどうもな」「いえいえ。こちらこそタダで食べさせてもらって感謝します」「おう。まさか今回もそういうわけじゃあるまいな?」「今回はこれで」オサフネはグレートに預かったお金を見せる。「おう。何にする?」オサフネは窺うように皆の顔を見る。「お前に任せた」ロンドの意見に全員賛成した。「では、マスターのおすすめを」「おうよ。じゃあ、座って待ってな」一行はカウンターの席に座った。マスターは、その鍛えられた太い剛腕で重そうな調理器具を駆使し、あっという間に一品作り上げた。「お待ちどうさま!」出来立ての料理からは食欲をそそる香りと熱そうな湯気が出ていた。「「いただきます」」面々は、あっという間に平らげた。「早いな」「おなかが空いてたもので…」「おう。じゃ、次の品だな」「お願いします」再びマスターは調理にかかった。その時、入口のベルが鳴った。「いらっしゃい!」「あら、今日は流行ってるのね」「ああ、盛況だ」「いつもは私だけなのに」「うるせえ!…とは言えねえな。マダムがいなかったら俺の店は今頃潰れててもおかしくねえ」「あら、謙虚ね。でも、全くその通りね」その女性は、カウンターの一番奥の席に座った。豪華な衣服に身を包み、煙草を吸う、見るからに貴婦人だった。「珍しいわ…。貴方たちどこから来たの?」「僕たちはここと違う大陸から来ました」「ずいぶん遠いわね。旅なの?」「はい。獣に困る人々を救う旅をしています」「へえ。見たところ、軍の人たちね。まさかあの組織かしら?」「はい。SONGという組織です」その言葉に、マスターとマダムが一度動きを止めた。「やっぱり…」自警団の町でSONGの過去の失敗が民衆の心に深くあると感じた事を思い出し、オサフネは不安になった。その不安をかき消すようにマダムが言った。「その服、見覚えがあったの。間違いじゃなくて良かったわ」マスターは包丁で具材を切りながら言った。「マダムは流行に疎いからな」「あら、失礼ね。でも、全くその通りだわ」「俺はSONGのファンだ。そうだな、今回はただでいい。その代り、よく食べてよく働いてくれたまえ」「本当ですか!ありがとうございます」マスターは二品目をカウンターに置いた。「それにしても凄い早さで料理が出てくるな」「少年、俺はプロだぞ?」「恐れ入った。後この店の名前変じゃないか?」「変だと?確かに俺もそう思うが仕方ない。俺の名前なんだ」全員食べながら聞いて驚いた。「そうなのか。すまない」「謝るな。嘘だ。本当の名前はショーン」「何で嘘つくんだよ」「ちょっとしたジョークだ。この店名は…」「ペルセポネ。それは、神話に登場する女神の名である。それを目立つように変名した。マスター、そうだよね?」「俺の名も変名したいぜ…」「おう。お前らか。“奇跡屋”」ベルの音と共に“奇跡屋”と呼ばれた二人の男が入ってきた。
【奇跡屋①】
奇跡屋。それは、依頼を受けた事を現実に奇跡のように起こすことを仕事とする店である。「簡単に言うと、そういう仕事を僕らはしている」「だから、奇跡屋というんですね」「そう」「お久しぶりです」「おお!君はあの時の!あれはなかなかの奇跡だったなあ」「いえいえ。あれはただ奇石を使っただけで、凄いのは奇石なので」「いやいや、奇跡は人を感動させた結果だけ見れば十分だ。過程や方法は気にしない」「…そして、俺はそれを妨害する男、ゲネ・ルチカ」「げ、ね?」「…そうだよ。俺の名が変だと思っただろ?仕方ないだろ?本当だから」マダムが煙草の煙を吐き、言った。「最近儲かってるの?」「ええ。それはもう。この店に負けないくらいには」「…儲かってないのね」「…実際その通りだ。誰も来やしない。だって、砂漠なんだから」「砂漠に客は普通来ないわ」「確かに、この辺獣すらも出ないから」「だから、そういわれている中でも我が店に来てくれること自体すでに奇跡というわけだ」そこでオサフネは仲間に言った。「あの人たちも前に会ったんだ」「行きたいんだろ?」「うん。良い?」「まあいいだろ」オサフネは奇跡屋に対して言った。「僕たちも行ってみていいですか?」「勿論、歓迎する!」「ぜひ奇跡を見せてほしいです」「よし!とびっきりの奇跡をお見せしよう」「…俺はそれを妨害させてもらう」「じゃ、マスターいつものよろしく」「ツケだろ、分かった、いつかちゃんと払えよ」先に店を出た奇跡屋に続き一行も席を立った。「いってらっしゃい」「楽しんできな」マローは思うことをオサフネに聞いた。「ねえ、あの二人って仲悪いの?」「どうだろう。前に会った時はよく分からなかったけど。とりあえず店に行こう」「分かった」一行は店の外へ出た。「これに乗って行こう」そう言って奇跡屋の男が指さしたのは一台の車だった。「そうだ。自己紹介が遅れた。僕の名は、カフカ・コールマン。奇跡の請負人と呼ばれている」「…自称だぞ」「そうなんですか」「言うな!」車は奇跡屋へと向かった。
【奇跡屋②】
奇跡屋と大きく書かれた車に乗り込むと、案外普通の車だった。座席が三列の8人乗りだった。「おい、コールマン。1人定員オーバーだ」「ルチカ、君が徒歩で来てくれていいよ」「冗談は顔だけにしてくれ」「はは!それは君だろ?」「もういい。俺は徒歩で行けばいいんだろ?」「冗談だ、すぐ怒るなよ。まあ、こんな大人数初めてだからなあ…。よし。早速奇跡を起こそう」カフカはトランクを漁り出したと思いきや、車に何かを取り付けた。「よし。行こう」車の後部に即席で出来た荷台にゲネが乗っていた。明らかにゲネは不満そうだった。「やっぱり仲悪いのかな?」「う~ん。そうかもね…」車内には、後列にマローとオサフネとシュンが、中列に女子3人が、そして前列だが、運転席にカフカ、助手席にロンドが座った。「まあ、俺、一応リーダーだし」それに対しライラが少し不満げだったことを除き、皆何も言わなかった。車内では、列ごとに会話していた。「君ら、旅しているのかい?」「ああ」「どう?辛い?」「まあ、それなりに」「やっぱり獣とか?」「でも、俺にとったら、朝飯前だがな!」(この子、威圧感が強い)「そうだ!暑いからね、窓全開にしよう」カフカがスイッチを押すと、車の天井部が開き、風が入ってきた。「皆さん、気分はどうかな?」「「気持ちいいです」」「それは良かった!」「君はどうだい?」「まあまあ良い」「そうか…」カフカは圧倒され運転に集中し、ロンドは疲れを取るため目を閉じ、しばらく前列は静かになった。数十分後、カフカは口を開いた。「もう着くよ!」マローが窓から外を見ると、何もない砂漠には似つかわしくない派手な外観の店が見えた。「まるで、砂漠に佇むカジノだ」カフカが店の前で車を斜めに停めた。「おい、コールマン。あれだめだ。砂が顔にかかるぞ」「そうなの?いや~そうとも知らず悪かった」「本当にそう思ってるのか?」「勿論だとも」すると、店内から髪にバンドをつけた女性が現れた。「また喧嘩してるの?やめなさいよ。あら、貴方たちが今回のお客さん?」文句を言うゲネとそれを宥めるカフカの構図は当然のようだった。「はい」「とりあえず中へどうぞ?」「どうぞ」女性に続きカフカが言った。店内には、カウンターで仕切られ、その一部を開閉することで奥へ入れた。カウンターの上には両隅に観葉植物のサボテンとベルがあるのみだった。そのカウンター越しに立つ女性が威勢よく言った。「ようこそ!“奇跡を起こす魔法の店マジクル”へ!それで、早速といきたいのだけど、少し準備が必要なのよ。普通はしないけど貴方たちは特別に奥へ入って頂戴」言われるまま扉から奥へと入る。天井に巨大な扇風機が回っており、涼しい部屋だった。「本当に特別なんですから。でも遠慮しないで。座って座って」奇跡屋の者らも含め全員椅子に座った。「今回は座れた」ゲネは安心した。「すごいふかふかだ」「ああ!それこそ僕らの血と汗の結晶なんだ!その椅子を買うことがどれほど大変だったことだろう」「そうね。とは言っても、最近のカフカは特に何もしてないじゃない。案内は私グラナダがやってますから」「…そうだったか?ハハハ…」カフカはマローに耳打ちをした。「君も気をつけろよ。女は強いぞ。いつの間にかやられる」「何か言った?」「いやいや何も」「お客さん暑くない?特に女性は日に弱いと思うけど」ライラは手で顔を仰いだ。「暑いです」「そうよねえ。当然よ。私たちも元々肌が白かったのに、今では真っ黒だもの」(そう言えば、カフカさんもゲネさんも色黒というより漆黒だ)「それは深刻ですね」「そうなのよ。そこの貴方はどう?」指名されたレイピアは答えた。「私は大丈夫だ」「凛々しいわね。嫌いじゃないわ」それから、しばらく談笑が続き、昼食もご馳走になり、カリュードの面々は疲労から昼寝を始めた。マローはふと目を覚ました。他の仲間たちは寝ており、奇跡屋の者はカフカだけだった。その時、カフカが小型の機械を何やら耳に当て話していた。「…そうか、分かった」マローは何か見てはいけない気がして目を閉じた。カフカは一度外へ出、戻ってきた。マローは薄目を開け、カフカを見ると、全員目を覚ますのを待っているようだったが、体が小刻みに震えていた。(何だろう?)そして、面々が目を覚ました。「うあー、よく寝たぜ」「皆さん、起きましたか」「カフカさん、今何時ですか?」「今は夜10時です」「寝過ぎました…すみません」「いえ。それよりも、外へ出てみませんか?今日は星空が綺麗ですよ」外へ出ると、夜空一面に星が光を放っていた。「これは、すごい!」「そうでしょう。では、この星空で一番輝く星を見つけられますか?」カフカの指さす位置に面々は目を凝らす。「あれ、ですか?」「その通り!そのあたりをよ~く、しっかり見ててくださいよ…」マローは瞬きするのも忘れるほど見た。すると、一筋の光が流れた。「今のは…?」「見えました?もっと、ずっと見ててください」マローが見続けると、驚くことに見えていた星がすべて流れ出した。「え…!」それは言葉を失う程に綺麗な光景だった。「どうです?これが、僕ら奇跡屋の起こす奇跡です」「す、すごいです…!」「ちょっと待って!お願い事しないと…」「…そうなんですか」「急いで、ナタリー。3回言うのよ」「はい。みんなが平和でありますように。みんなが平和でありますように。…」(良い子だなあ)オサフネも驚いていた。「どうやってやったんですか?」「起こらないことが起きるのが奇跡なので、それは企業秘密です」「気になります…」「秘密ですから」「ところで、他の2人はどちらへ?」「えっと…」カフカは痛いところを突かれた風だった。「店番…は本来ならもう閉めてるし、買い出し…も遅いし無理か。となると…」「もういいじゃない。彼らには隠せないわ」「そうだ。格好いいところを持って行ったんだからもういいだろ」そこにグラナダとゲネが現れた。「そうだね。格好つけようとしていつもより多めにしたのが裏目に出た…か」「多めとは何のことですか?」「よし。はっきり言おう!実はね、あの流れ星はすべて僕らの手作りなんだ!」「「ええ!」」「でもどうやってですか?」「それは…ちょっと待ってて」そう言うと、カフカは店の奥へ入って行った。すぐに出てきたが、もう1人の男と一緒だった。「お待たせ。彼が、あの流れ星を造った張本人の、グスタフだ」「…ども」「あなたが造ってるんですか」「…はい」「彼こそ、奇跡屋の裏方として最高の技術師だ」「むしろ、彼なしでは奇跡屋は成り立たないわよね」「どっちかというと要はこいつだ」「…まあ、確かにその通りだ」「それにしても凄い技術ですね」「…ども」「まあ、種明しまで済んじゃったけども、総括してマロー君、今回の依頼成功でいい?」「成功でいいです!」「よし!じゃあ、夜も遅いし、今日はみなさん、僕ら奇跡屋で泊まっていってください!」「まさか、店内なのか?」「そういわれると思って、既に宿泊施設を備え済みです!」「「おお!」」就寝前。「…これって、ただのテントじゃない?」「そうだね…まあ、いつもの寝袋よりはいいと思うよ」「そうね、まだマシだわ」「文句言うとしわが増えるぞ」「そうね。今日はいい物も見れたし我慢できるわ」「毎日奇跡屋に頼まないとだね」綺麗な夜空を見た素敵な一日が終わった。奇跡屋の面々はいつも通り店内で、カリュードの面々は宿泊施設で就寝した。
【奇跡屋③】
翌日は爽やかな朝だった。マローはテントの外へ出ると、空を見上げた。「やあ、よく眠れたかい?」奇跡屋の外の壁にカフカが凭れ掛っていた。「はい。とてもいい夢を見た気がします」「それは良かった!」「いつもは悪夢を見るんですが…」「それは心配だ。これで治れば奇跡だね」「本当ですね」「ちなみにどんな?」「…そうですね。飛行機とともに落下する夢です」「んー大変だね。じゃあ、良い夢はどんなだった?」「ええと、確か何故か僕が太鼓を叩いてそれをみんなが見ていて、そしたら真っ赤な鳥が羽ばたいてきました」「賑やかだね。そう言えば、ここにも太鼓あるんだよ。大きな和太鼓がね」その時、テントから続々と面々が起きてきた。「続きは朝食の後だ。みんな、中に入ってくれ。グラナダがもう準備を終えているはずだ」愉快な会話が弾み、朝食を終えると、カフカは話を持ち出した。「そうだ。マロー君。先程のあれ、持ってこよう」「あ、お願いします」「よし」カフカは奥の部屋へ入る。数分後。「おーい、誰か手伝ってくれ」「俺に任せろ。あ、マローお前も」ロンドはマローを連れ部屋に入る。すると、3人が大きな和太鼓を抱えて現れた。「このまま外へ出そう」オサフネとシュンも加わり、外へ出す事が出来た。「ふー。重いなこれ。いや、みんなありがとう。これが、この奇跡屋に伝わりし宝である。思い出すなあ」そして、徐にカフカは昔話を語り出した。回想。「いやー忙しい。忙しい。明日に二つ目の奇跡の注文が入った。あなた、グラタンさんって言いました?」「違うわ。グラナダよ」「ああ、そうだ!勤めてくれるという話でしたが、早速で悪いけど、明日からもう店にきてくれません?」「別にいいけど」「どうも。助かります」「一つ、質問していいかしら?」「どうぞ、どうぞ」「あなたが奇跡屋を始めたきっかけは何なの?かなり変わった店だから」「それ聞いちゃう?すごい良い話だよ」「是非聞かせてほしいわね」「そして、すごい長くなるけど、良い?」「いいわよ」「頑張って手短に話すよ。それは、僕が孤児となって、確か1年くらい経った、5歳くらいの夏の思い出だ」カフカは祭りが好きだった。孤児院に預けられ、そこに遊びに来る20歳くらいの兄的存在がいた。名前は忘れてしまった。この夏、7年に一度の伝説の獣の慰霊祭が執り行われることとなっていた。彼を含め全員が張り切って準備を進めていた。しかし、その予定日に、超大型の台風が接近することが分かった。彼は落ち込む。兄的存在は宥めてくれた。そして訪れた当日、やはり大雨で、祭りは中止となった。彼はまるで大雨のように泣きに泣いた。しかし、祭りの会場の方から、聞こえないはずの太鼓の音が聞こえてきた。カフカは、そこへ向かった。そこには、兄的存在が一人で和太鼓を叩いていた。すると、不思議なことに雨が上がり、一時的に祭りが行われた。幸せな時が流れたのもつかの間、再び大雨が降りだした。なぜあの一瞬だけ雨が止んだのか。不思議に思う彼に兄的存在はこう言った。「奇跡って起きるだろう?」カフカはグラナダを見た。「…以上が、俺の“奇跡屋”を営むことにした理由だ!どうだい?いい話だっただろう?」「ええ・・・とても。気に行ったわ。明日から来ればいいのね?」「ありがとう!待ってるよー!」回想終わり。「…とまあ、こんな思い出のある品物なんだ、これは」カフカは言い、一息ついた。「へえ。そんなすごい太鼓なのか。どれ試してみるか」そういうと、ロンドは和太鼓の台に差さっていたバチを取り、狙いを定めると勢いよく叩いた。音と振動が脳にまで伝わるほどの大きさだった。「なかなか良い音出るな」ロンドは調子に乗ってバチを乱れ打った。「良いぜ。俺に合ってる」「うん。なかなか良い筋だ」カフカは懐かしそうに眺めていたが、他の者は一様にそうとは言えなかった。「すごい音…耳がおかしくなりそう」「あんた、ほどほどにしなさいよ」間近で聞く面々が耳を塞ぐ者が現れ始める。その中で、一人耳も塞がず周囲を見ていたレイピアはいち早く異変に気づく。「あれは何だ?…!おい!何かがこっちへ向かってくるぞ!」その言葉がわずかに聞こえた面々は、レイピアが指さす方を見ると、黒い物体が自分たちの方に猛烈に迫ってくるのを目撃した。
【奇跡の雨】
「何、あれ?」「獣だ」徐々に大きくなるそれは、蠍の形をしているが人を同じ長さの体躯を持つ獣だった。「あれは、砂漠にのみ生息する獣、サンドスコーピオン、通称SSだ」それ以上、オサフネの説明を聞く余裕はなく、面々はいつも通りの戦闘は位置につく。「下がっていろ」「はい」ナタリーを庇うようにレイピアが槍を構える。同様にオサフネ、シュンも剣を構える。「何で、獣が?」「あの太鼓の音が呼び寄せたんだよ」「まさか、そんな…」「奇跡も必ず起きるとは限らないことがこれで分かったな」「そんなこと言うな!奇跡は起きるよ、必ず!」「二人ともこんな時まで喧嘩しないで。さあ、皆さん危ないから、店の中へ」グラナダの指示で中に入る。「待て!」その時、マローをロンドが呼び止めた。「お前は俺の代わりにこの太鼓を叩いとけ」「え!」「いいから早く」ロンドはバチを渡すと、獣の方へ走る。マローは仕方なく言われた通り太鼓を叩いた。(何でロンドはこんなことを任せるんだ?うっ、耳痛い)レイピアはオサフネに尋ねる。「今回の作戦は何かあるか?」「それが…困ったことにない」「何?弱点は何かないのか?」「一つだけある」「何だ?」「それは…」その時、獣がついに武器を構える面々の目前で足を止める。そして、奇声にも似た鳴き声を発し、両腕に有する鋏を持ち上げ威嚇する。「とにかく今は逃げ回るんだ」直後、振り下ろされる鋏を左右に飛んで避ける。飛び散る砂を払い、武器を構え直す。今度はロンドが尋ねる。「逃げ回る理由は何だ?」「奴の唯一の弱点は、水だ!それ以外はあの硬い甲羅には届かないよ!」獣は次に鋭く尖った尾をその頭上から振り下ろす。それを後ろに避ける。「なるほど。じゃあ、あの店にありったけの水をもらえば」「だめだ!あの速い動きの獣には上手く当たらないだろうし、それに大量の水が必要だから」「くそ!それじゃあ、本当に逃げ回るだけかよ」獣がまた奇声を発する。「試しに俺が一発入れてみる」「ちょっと、ロンド!」ロンドは獣の頭部目がけて突進する。その時、獣は両方の鋏で防壁を作る。それだけでなく、尾の攻撃を畳みかける。「危ない!」ギリギリの所でロンドは攻撃をかわす。「守りも固いときたか。こうなったら、奇跡に懸けるしかない」「まさか…」「そう。マローが叩く太鼓で雨を降らす。それしかない」「ロンドにしては珍しいね」「奇跡は壁を超えるのに重要ではある。納得いかない所もあるけどな」マローは太鼓を叩き続けていた。(はあ。一体いつまで続ければいいんだろ?凄い視線だ…音がもっと大きくしてみるか)マローは叩く腕に力を込め、より大きな音を出した。(これでどう?)「いい音だ!」ロンドは獣の鋏を避けながら言った。「まだなのか!」「もう少し粘る必要があるかもね」面々は獣の攻撃を躱し続けた。獣は再び奇声に似た鳴き声を発し、怒りを露わにした。獣が力を込めた鋏を振り上げた。その時だった。「…雨?」熱気に包まれた砂漠に冷たい雨が降り始めた。「雨だ!本当に奇跡を起こしやがった!やったぞ、マロー!」ロンドは拳を突き上げた。それを見てマローはバチを止めた。(ふう。終わったのか)獣は先ほどまでと異なり、みるみる弱っていった。「よし、これなら…」ロンドは思い切り拳を当てた。獣ははじめてダメージを受けた。ただ、作用・反作用の法則により、ロンドの拳も同じダメージを受けた。「硬え!」「まだもう少し弱らせる必要があるよ!」雨の中獣も面々も動かず硬直状態が続いた。その時、雨が降り止んだ。「あれ?雨が…」空を仰ぐマローを見ていたカフカたち奇跡屋は目を合わせた。「思ったより早かったな…」「…そだね」この一時的な雨は奇跡屋によるものだった。「まずい。すぐ乾燥してまた元の通りになる」「マロー!バチを持て!」「ええ!」「もう一度奇跡を起こせ!」「そんな無茶だよ!」「叩け!」仕方なくマローは再び太鼓を叩いた。その間に獣は少しずつ体力を回復させていた。「もし雨が降らなかったらもう手立てはない。そうなったら…」「ルチカ!悪い方を考えると本当になるんだぞ!良い方を考えれば良い方へ転じる。奇跡っていうのは、そういうもんだ」「でもこのままじゃ獣が暴れて店が危険よ」グラナダの言葉にカフカは言葉を失った。「…」(雨よ降れ。雨よ降れ。)誰もがそう願った。マローは必死に太鼓を叩いた。その時、マローの頬に一粒の水滴が当たった。「これは…」辺り一面に水が降り注いだ。「まさか、本当に?」「これは、奇跡だ!」雨は先程よりも激しかった。復活しようとした獣は完全に弱った。「よし!今度こそ」ロンドの拳が獣の甲羅を砕け散らせた。獣は倒れ、雨は上がった。「すごいよ。今のが正真正銘の奇跡だ。いいもの見せてもらったよ」空には虹が出ていた。
【正真正銘の奇跡】
「いや~、一時はどうなるかと思ったよねえ」「おい、カフカ。まるで自分が解決したかのような口ぶりだが、何もしてないだろ」「そう聞こえた?なら謝るよ。だが君も同じだろ?ルチカ」「ああ。彼らがすべて解決した。俺らのとは違う奇跡を起こしてな!」「…。おほん!それにしてもあの獣、一体どうして来たんだ?いつもは来ないだろう?」「知らねえよ」奇跡屋で話す二人の元にオサフネが現れた。「確かに獣は自らの縄張りを守るために一定の範囲からは出ません。縄張りの外に出るのは縄張りを警戒している時、または縄張りに侵入者があった時…ただ今回の原因は不明です」「あれ?もう休んでなくていいのかい?」「はい。あまり休んでばかりもいられません」「それに体がなまっちまうからな!」「完全復活だね、ロンド君…」「マロー!起きろ!置いてくぞ!」「へ?ごめん…今用意するよ」カリュードの面々が用意を終え、奇跡屋と別れを告げた。「もう行くのかい?」「はい。まだ救わなければならない人がいるので」「獣もうじゃうじゃいるしな!」「じゃあ、道中気をつけて!」「はい!お世話に…」「ん?何だ?凄い勢いで何か来るぞ!」その時、獣が現れたのと同じ方向から何かのマシンに乗った人影が迫っていた。「あれは…」マローはそのマシンに見覚えがあった。「レース大会で走ってた、ワスト博士の…」「…君ら、実験に付き合ってくれる?」「何者だ!」「断る!」「まあ、断られても関係ないけど」そう言って取り出した球型のカプセルを取り出すと、頭上へ投げ上げた。「行け!我が子らよ!」そのカプセルは地面に当たって弾け、白い煙が巻き起こった。「きゃ!」女性陣が悲鳴を上げる中、ロンドは懸命に煙を払った。「何だよ!今度は!」すると、煙の中から人が3人現れた。「人…いや、違う!あれは、翼?」オサフネは混乱した。3人はそれぞれ女性陣を抱え、空へ舞った。「きゃあ!助けて!!」悲鳴を上げるライラを見て、成すすべのないマローは放心状態になった。(あんなのどうやって助けるんだ…)ロンドは叫んだ。「待ってろ!今、助けてやる!」「無駄だよ…。カルス状態を過ぎた我が子らを相手に君らの勝ち目はない。たとえ試作品といえどもね、ひゃひゃ」レイピアは必死に抵抗するが、腕を固定され武器が抜けない。ナタリーは無抵抗でいる。空高くを舞う人型の3体は挑発しているように円を描いた。「さあ、どうする?このままじっと見ているのかな?まあ、それしかできないだろうけどね」「くそっ!もう奇跡は起きないのか!」マローはバチを手に一心不乱に太鼓を叩いた。「こういう時こそ奇跡を!」その時だった。そこに眩い光を放つ一匹の獣が現れ、3体を横切るように飛んだ。すると忽ち3体は翼が焼け落下を始めた。その獣の光はその身に纏う炎によるものだった。「うわあ、危ない!」目を塞ぐマローだったが、何も音がなかった。目を開けると、女性陣が砂を払い立っていた。「無事だった!」急に強い旋風が起き一切の怪我もなく済んだ。「それより次から次に…あれは一体何だ?」「…まさか」「オサフネ、どうした?」「たぶん…いや、間違いない。あれは…伝説の獣だ!」「でんせつの獣?」「うん!信じられないけど」「え?何それ?」「知らないの、マロー?」「ごめん…」オサフネは冷静さを取り戻し、説明を始めた。「普通の獣とは異なり、神格化された獣のこと。その余りある強さから災いの象徴とも言われている。あくまでも象徴だけど、実際起こせる力を持つ。あれは、火の伝説の獣、フェニックスだ」「あれが…!かつての英雄リンク様の相棒の…!?まさかここでお目にかかれるとは…光栄だぜ!」カプセルから生まれた兵士が燃え、劣勢に立たされた男は焦った。「クッ、一体何なんだ!一時撤退するがこれで終わりと思うな…」男はマシンに跨るとあっという間に来た方へ走り去った。「来るのも去るのも一瞬だったな。何者だ、あいつは?」「分からない。でも、恐らくあの甲羅の獣がここへ来た原因はあの人だと思う」そこへ奇跡屋の面々が来た。「一体何だい?」「あれは、伝説の獣の…」カフカは首を振った。「違う違う。そうじゃなくて君たちのことさ。一体何回奇跡を起こすんだい?これじゃあ、僕らの負けと言わざるを得ないな」その時、空を舞っていたフェニックスは面々を見た後、一つ咆哮をした。「今、俺を見たぞ!」「ロンドだけを?」「ああ!」「本当かなあ」そこには火の獣の姿はなく、燃えるような一筋の赤い帯が尾を引いていた。空中に浮く老人が火の獣を見て言った。「懐かしいのう。かつての彼の雄姿を思い出すわい。また助けてくれよ~」
【伝達】
広大な砂漠で出会った、奇跡屋とカリュードに別れが訪れた。「それじゃあ、僕たちそろそろ行きます」「そうか。君たちなら大丈夫だ。あれほどの奇跡を起こせるんだからさ」「はい。これはほんのお礼です」奇石を一つ手渡す。「ここぞという時に使わせてもらう。奇跡があらんことを!旅先で奇跡屋の宣伝もよろしく!」「はい」彼らはお互いの姿が小さくなるまで手を振った。「何か疲れたな…」マローの独り言をロンドは聞き逃さなかった。「何?疲れたって?」「…いや、肉体的ではなくて精神的にというか…」「うん、仕方ない」ロンドはマローの肩を叩き一足先に歩いていく。考えるマローにレイピアが声をかける。「今回はまあまあ頑張ってた、きっとそう言いたかったのよ」「はあ」マローは前を歩く2人の背中を見つめる。それからしばらく経って、マローは背負う荷物が重くて肉体的な疲労も再び感じ始めたころ、バイクに乗った人物が訪れた。「ヘイヘイ、少年少女」その時、オサフネが動きを止めた。「え…まさか…この声は」「オー、ユーはあの時のミラクルボーイ」「えっ、誰この人?」ライラが全員の代弁して言う。「ミー?ミーはソングの使い、ソングと言っても歌は歌わない、ヘイヨー」「「…」」面々は困惑した。「…おい、オサフネ、こいつと知り合いなんだろ?」「しらないよ。」「ユー!嘘はいけない、ドントテルアライ」「おい、オサフネ!どうした?顔色が悪いぞ」「なんのこと?」「とぼけても無駄無駄、あの店で会った会った、植物石が光って治った、この目で見た」「それってゲルセポネのマスターと同じことを言ってる」「そうそう、ゲルセポネ、飯うまいよね、ヘイヨー」「「…」」「それよりこれこれ、ソングの総司令官より伝達」そういって彼は肩から掛けた鞄から紙を取り出し、オサフネに渡した。「ユー、リーダーでしょ、どうぞ。じゃ、次急ぐんで。」彼はそのままバイクに跨り、走り去った。「おい、リーダー、俺だぞ!行っちまった」「それよりみんな見て。」オサフネの持つ紙には衝撃の事実が書かれていた。『カリュードのみんなへ。今頃、砂漠の辺りかな?それなら、その辺りにあるというワスト博士の隠れアジトに向かってほしい。君たちの力になってくれる者たちも向っている。では、健闘を祈る。グレートより』面々は一様に顔を見合わせる。「「えー!」」その頃、新聞配りのラッパーは独り言を呟いた。「いやー彼らは面白いなあ。獣を狩らない狩人とはね。まるで、あの有名な映画の彼らにそっくりだ。彼らを名づけるなら、“ビーストバスターズ”だな」
【ワスト博士部下1】
ワスト博士―彼はその身に秘める狂気を抑えることがない。そこから世間ではこう呼ばれる。“狂気の科学者”。彼はマロー、ロンドの相棒アジズ、オサフネの上司ガルが出場したレース大会にて自作の改造を施したマシンで暴走を見せた。オサフネの知り合いロニョは理由はともかく彼の危険な実験を受け、その身がゼラチン族という者と一体化した。これは一例であり、世界各地に被害者がいる。そのワスト博士のアジトに向かうことが次のカリュードの任務だった。「…だれ?」「そうか。ライラやナタリーは知らないんだね。一言に言って」「最悪の人物だ。俺も実際会ったことはないが相棒に聞く分に関わり合わない方が良いらしい。」「そう。僕の知り合いのロニョ君っていう人はゼラチン族と合体させられたんだ」「ええ、こわい」「はあ…」堪らずマローはため息をついた。「まあ、怖がっても仕方ない。行くぞ」「でも、どこにあるんだろう?」「とにかく行けば見つかるだろう」「ロンドは前向きだね」「当たり前だ。英雄リンク様の子孫としてな」「見つける必要などない」「「!」」それはつい先ほど襲ってきた男の声だった。「今私の手で葬り去るのだから!ひゃひゃ!」不気味に笑う男の後ろから手下がぞろぞろ出て来る。彼らの手にはあの翼を持つ兵士を生むボールが握られている。「また、あれと戦うっていうの!?冗談はやめて」「さすがにあれだけの数を相手にするのはきつそうだぜ」「安心し給え。一瞬で終わるよ。さあ、行け!」「そうはさせるかい!」声を轟かせた紺のキャップ帽を被った褐色肌の男は、手下を一人残らず倒していく。「なっ」「さっきの言葉、お返しするで。一瞬で終わりや!」「クッ、一時撤退」「ノンノン。逃がさないネ」そう言って黒色肌の男は羽交い絞めにする。「うっ」「じゃ、教えてもらうで。あんたの上司、ワスト博士のアジトの在処を!」褐色肌の男は小刀を逆手で相手の首筋に向ける。「君たち、大丈夫かい?」「わ!」「驚かないで、って言っても無理か。この見た目だと」声をかけてきたのは全身真っ白の着ぐるみに身を包んだ人物だった。「僕たちは君たちの仲間。よろしく」「なかま…」カリュードの面々は呆気にとられていた。「そう、君たちと同じ部隊“カリュード”の」「そや、よろしくな」「ヨロシクネ」褐色肌と黒色肌の男が笑顔で言った。マローが見ると、いつの間にかワスト博士の部下は先程の位置に倒れていた。改めて視線を前に向けると、間の抜けた表情の着ぐるみを着た人物がいた。その人物は、「私の名前はテル」と言った。続いて褐色肌の男が「ワイの名はバラン。バラン・ザック言うんや」と、黒色肌の男が「ワタシはンギー」と言った。「ん、ぎー??」「珍しい名前ですね」「ヨク言われマス。ンギチョコと言われマス」くすっ、とナタリーが笑い、ンギーが頭をかく。「アナタタチの番デス」真っ先に名乗ったロンドに続いて面々が名乗った。一通り自己紹介が終わったところで「そんで、リーダーは誰や」とバランが言い、「俺だ」とロンドが答えた。「副は誰や」「僕です」「見たまんまやな」とバランが言うと、「何か悪いのか」とロンドが答えた。「おいおい、怒るなや。」「怒ってはいない」「短気は損気っていうで」「だから、怒ってない」「リーダーたるもの心が広くないと」「怒ってねえって」「悪い悪い、つい、ノリで言ってまった」手を顔の前で合わせ、謝る表情をするバラン。「ま、強そうな見た目通りっちゅう意味や。そんじゃ、リーダー、アジト向かいましょか」「ああ。」堂々と答えるロンド。「場所分かるんか?」「いや知らない」「何や。情けないな。その割に自信たっぷりやな」そう言って、バランは倒れたワスト博士の部下の着た白衣を探り、「あったで」と通信端末を掲げた。「アレ、アジトの場所書いてマス」「すごい」「ついてきな」バランが駆け出す。「待て、リーダーは俺だ。おい、遅れるな」こうして面々はワスト博士のアジトへ向かった。
砂漠を進むこと1時間。目的地は砂漠の中に孤立していた。「着いたな。あれ?あの変な喋り方の男は」「遅かったなー待ちくたびれたで」バランはアジトの屋上にいた。「何でそんなところに」「知らないんか?こういう建物は入り口から一番遠い所に大事なもんが隠されとるんや」「へえ」「じゃお先に」バランは姿を消す。「おい、俺らも行くぞ」「この中にあの人が…」マローが恐る恐る中に入ろうとした、その時、「来ちゃあかん!」と上からバランの叫ぶ声がした。「どうした?」ロンドが階段を上がる足を止め聞く。「罠や!爆弾!あと10分で爆発するで!」面々が慌ててアジトから離れようと走る。その道を塞ぐ者がいた。「逃がしはしない。ここはもうお前たちの墓場となるのだ。ひゃひゃ」「もう目を覚ましたノカ」「ああ、あれは気絶したふりだ。なぜなら私も実験済みだからな」そう言うと、部下は白衣を脱いだ。「What!」「どうだ?驚いたか?この惚れ惚れする体に!」「ノンノン、驚かナイネ」そう言うとンギーも服を脱いだ。「おっ!…なかなかだな。だが、今度は負けはしない」「そのセリフお返しスルネ」2人がぶつかり、組み合う。「やるな」「アナタモ」その頃、周囲を取り囲む手下が例のボールを手にしていた。「何か良い手は?」オサフネがそう考えていると、テルが答えた。「貴方たち、ここは私たちに任せて」「え?」「おそらくここの他に本当のアジトがある。そこを目指して」「みなさんは?」「いいの。時間がない。行って」「せや!爆発までもう5分もないで!敵をワイらがひきつけとる間にはよ行け!」「ミーたちはダイジョブ。グッドラック」バラン、テルは手下が投げたボールから飛び出た人形兵士と戦う。その間に面々は広大な砂漠へ走り出す。バランが紺の帽子を被り直す。「しゃーない、本気出そか」テルが着ぐるみの顔部分を直す。「早く終わらせよう。暑いし」ンギーが部下を投げ飛ばす。「ウオリャ!彼らに追いつくタメニ!」その頃、面々はアジトからより遠ざかるために走り続ける。「つかれた…」ライラ、ナタリー、マローが口々に言う。「もうちょっと頑張って、みんな」一目散に走る。その時、面々の後ろで大きな音がした。「あっ!」アジトが爆発したのだった。
【挑戦者】
SONG本部正門前。1人の男と近衛衆2名、その後ろに偏隊タブララサの2名が対面していた。この男の名は、アシュラ。彼は自らの実力を試すべくSONG本部に単身挑みに来たのだった。応対した門番の隊員はよくある冷やかしと思い、平常通り追い返そうとした。しかし、彼の眼差しから何か違う気配を感じ、上司に通達した。その後、上司も同様に体験し、総司令官室へ通達した。総司令官が会議で不在の為、代わりに近衛衆2番手ルシナンテは同じく3番手ひょう、さらに念の為に偏隊タブララサに同行を依頼した。そして現在に至る。「一体誰なんです?モゲレオ隊長」「分からん。わしだっていきなり呼ばれたんだぞ」小声で話す2人とは一線を画す視線のやり取りが行われていた。「どうして誰も話さないんです?」「分からん。何か大切な意味があるのだろう」「もうかれこれ30分は見つめ合ってますよ?恋人同士でもこんなには」「ああ、確かに長いな」さらに30分程時は流れた。その時は突然訪れた。ルシナンテが徐に言った。「アンタ、本気みたいだ」アシュラは答えた。「当然」2人は互いに間を取った。「え?まさか…」「そのまさかよ」ペリドットの問いにひょうが答えた。そして、戦いは始まった。アシュラが先手必勝と一気に詰め寄る。ルシナンテが跳躍し躱す。着地と同時に回し蹴りを見舞う。アシュラはそれを見越し足で払う。バランスを崩したルシナンテ。そこに一気にアシュラが詰め寄る。転がり避けるルシナンテ。先にアシュラが拳を放つ。ルシナンテ顔面右横の壁にめり込む。「そこまで!」そこに現れたもう1人の男が声を上げる。「只今の勝負、勝者アシュラ殿」アシュラは拳を引き抜く。軽く一礼する。倒れたままのルシナンテは尋ねる。「アンタ、目的は何だ」「我の目的、今完遂す」そう言って、アシュラはその場を後にした。「え~?」「帰ったな」「どうやら本当のようね」「ああ」ひょうがルシナンテを立たせる。「アイツ、強い。何だか悪かったな、平和の志士さん」「いえいえ、平和を守るSONGに呼ばれればどこへでも駆けつけますよ」「アイツ、また来る。その時は頼むな」そう言って平和の志士と呼ばれた男も去った。キョトンとするタブララサの2人。「2人も悪かったな、忙しいのにな」ひょうが支えようとするのを断りながらルシナンテも去った。「疑問点が山積みですよ、隊長」「何が何やらだ…帰るか」「そうですね」2人も去り、そこには壁の穴だけが残った。
数日後。SONG本部正門は大破していた。破壊した者、アシュラは自ら投降し、取り調べを受けていた。破壊した理由、投降した理由、その他諸々について聞かれたアシュラはすべて同じ言葉を返した。「目的を果たす為」数日繰り返し行われ、同じ結果だった。総司令官が様子を見に来た日もやはり同じだった。「あの男がアシュラか。話に聞いた通り凄い眼差しだ」視線を送り続けていたその時、アシュラと目が合った。「我、目的を果たす」取調室内に粉塵が上がる。「何が起きた?」粉塵が消えるとアシュラはいなかった。総司令官は直ちに基地内放送で伝達する。「全隊員に伝達する。取り調べ中の男一名逃走した。発見次第捕獲せよ。」総司令官は別の放送に切り替える。「タブララサ。聞こえたら応答せよ」「はい!」「君たちに頼みたいことがある。放送は聞いたね?」「はい」「あれを使ってくれ」「…了解しました」タブララサの2人は急いで取調室に向かう。室内に空いた穴の前に2人は立つ。「また穴が空いてる…」「ペリドット、集中だ」2人はそれぞれ手を合わせ合掌する。目を閉じ念を送る。合掌した手を前に伸ばし込めた念を開放する。すると、空いた穴の中に氷の結晶が形成される。それは一瞬の出来事だった。その後、アシュラは凍った姿で発見される。「2人ともよくやってくれた。また何かあったら頼む」2人は疲弊した体を何とか動かすようにして会議室(仮)に戻る。「これ…体力の消失が激しいですよね」「ああ。わしの年には厳しいのよ」アシュラは危険人物を留置しておく牢に入れられる。「我、目的を果たす。いずれ必ず」
【怪盗】
砂漠地帯。爆発直後。驚く面々。「あれ?待って!シュンがいない!」「まさか逃げ遅れたのか?」一方、ワスト博士アジト付近。「ゴホ、ゴホ…皆、大丈夫か」「OK」「何とか」「待て、あいつは…」バランが辺りを見回す。その時、ワスト博士部下はマシンに乗っていた。「お前、逃げる気か!」「まだ死ぬわけにいかないのでね、それに私にも名はある、ヒュージ、覚えておけ」彼はマシンのエンジンを全開に走り去った。「ケッ、逃げ足の速い奴や。にしても飛ぶ兵にくっついて爆発を避けるとはよく思いついたな、君」「いえいえ」「彼らといなくていいノカ?」「わざと残ったんです」「わざと?どうして」「僕には秘密があるんです」「何やそれは」「それは…」シュンは3人に話す。「「え!」」驚く3人。「それほんまか!」「本当です」「それでどうスル?」「まだ話せません。途中まで同行させてください」「わかったわ」「お?あいつらこっちに来るで」走り寄る面々。その時、一羽のグライダーが飛び立つ。「あれは、まさか怪盗ミラー様…」ライラが呟く。「怪盗って誰?」「ロンド、怪盗は有名だよ。誰でも真似できる変装と身のこなし。まるで鏡、だから怪盗ミラー。その怪盗がどうしてここに?」「まさかシュンが」オサフネは共に旅した事を思い出す。影の薄い記憶。「…そんなわけないか。だとしたらあの3人のうちの誰か?」「いずれにしても逃げられたようね」レイピアの言葉に面々は頷く。「行くぞ」ロンドはリーダーらしく言い、先頭で歩き出す。(声に出てた…)ライラは内心焦っていた。(落ち着け)ライラがそっと胸を撫で下ろすのをマローは見た。(ん?何だろう)面々から離れた砂漠の砂の中から老人が飛び出て言った。「ふう~。ついに仲間が全員揃ったと思いきや、もうお別れか。寂しいのう。ただ、わしはいつも見ておるからな」
バラン、ンギー、テルの3人は、自分たちの船の所でシュンに下ろされた。「おおきに。兄ちゃん」「では、これで」シュンは再び飛び去った。「分からんもんやな」シュンは一直線に飛ぶ。飛びながら彼は隊服を脱ぎ、ゴロツキの恰好に着替える。「あの人ちゃんと守ってるかな」彼は着地地点を決め、滑空する。大きな岩の陰に降りる。声が聞こえる。「わい、ヘンジイっていうねん。」「爺さん、名前なんて聞いてねえ。後ろに隠したのはなんだ?」「わいのコレクションに触るでない!汚れるじゃろ!」「うるせえ!ここに爺さんの言う事を聞く奴なんていねえよ!見せろ!」ゴロツキが挙げた手をシュンは掴む。「な、何だ、放せ!」シュンは手を放し、ゴロツキは倒れる「痛いな、何すんだ」「放せというから放した。それにこの爺さんが持ってるのはただの石だ」そう言って、シュンはヘンジイの手から取る真似をして自分の手に持つ石を見せた。「どうだ?」「ただの石だ」「用が済んだらよそへ行きな」ゴロツキはおかしいと呟きながら去る。「いや~焦ったわい」「どうして出したの?ヘンジイ」「だって、あまりにも綺麗じゃから」ヘンジイは手に持つ石を眺める。「それは奇石っていう貴重な物なんだ。見られないように注意してって言ってるでしょう」「すまん」シュンはダイヤル式の鍵がついた箱を手際よく開ける。その中にある大量の奇石を少し取り、また元に戻す。「はいこれ」シュンはヘンジイに手渡す。「何じゃこれは!」「それは万華鏡」シュンは辺りを確認し、グライダーを広げる。「もう行くのかい」「行くところがあるから。アディオス」「格好つけおって」シュンは飛び去った。
【再会】
カリュードの面々は、砂漠地帯を抜け、山岳地帯を歩く。「やっと砂漠を抜けたと思ったら今度は山か」「おそらくこの山を越えれば町があるはず」「だそうだ。みんな頑張るぞ。特にマロー頑張れ」聖水という重い荷物を背負うマローは今にも倒れそうだった。「…わかった」「大分強くなった。初めは、持ってよとか言ってたけどな」マローは最後の力を振り絞り山を降りきる。「…はあはあ」「よくやった!このまま頑張れ」「…はあ」マローの息切れがため息に変わる。「待て、獣だ」目の前に一匹のトラがいた。ロンドが戦闘態勢を取る。「待って、ロンド」オサフネがロンドを制止し、トラの前に出る。「君はダイアンだよね?」「よく分かったね」そういうと、トラは二本足で立ち、みるみる人の姿に変わる。「誰だ!」「彼は僕の親友ダイアンだ」「はじめまして」事態が掴めない面々。「親友?」「なんで獣に?」「すごい能力…」「えーと、何から話そうかな」オサフネはダイアンが旅仲間だったこと、トラに変身する能力を持つこと、を話した。「というわけで、彼は敵じゃない、安心して」説明の間黙っていたダイアンが口を開いた。「ありがとう。オサフネ。ただ、敵じゃないというのは間違いだ」驚く面々。「どういうこと?ダイアン」「俺は今BATTという組織に所属している」「BATT!」「知ってるよね。BATT、獣動物保護団体はSONGが敵視する獣を保護している」「それはつまり…」ロンドが再び戦闘態勢を取る。「待ってくれ。俺は戦う気はない。話をしに来ただけだ、オサフネと、いやクリスと」ダイアンの言葉にオサフネは眉をしかめる。「クリス…」「思い出さないかい?君の本当の名前だ」
その時、大地が突如激しく揺れた。「地震だ!伏せろ」ロンドの言う通り面々は伏せる。マローは大地の裂け目から獣の群れが湧き出るのを見た。「何なんだ、あれ!」マローはため息ではなく大声で言った。すぐにロンド、レイピアが獣と対峙する。オサフネは記憶を思い出そうとして動けないでいた。「クリス、ちょっと待ってて」ダイアンがオサフネに言い、トラの姿になる。「助かる」牙を剥く獣を食い止める3人。ダイアンはBATTという組織上、カリュードは信念上殺生をしない。しかし、獣は容赦なく命を狙い襲ってくる。「まずい。次から次へと!」「数が多すぎるわ」「俺たちだけじゃ…」獣が3人の間を通りマロー達の方へ襲い掛かる。その時、空から一羽のグライダーが舞い降りる。警棒を取り出し攻撃を払う。「間に合いましたか」「遅いくらいだぞ」獣を殴り飛ばしながらロンドは言う。「シュン、どうして黙ってたの」「ごめんなさい」「驚いたよ」(本当に、あの憧れの怪盗ミラー様が仲間にいたなんて)ライラは心の中で思う。「それよりオサフネいやクリス、先に行って」「え?何を言ってるの。僕も戦うよ」「この道の先に町がある。そこがあなたの故郷だ」「え!」「あなたのお父さんが来るのを待ってる。だから、先に!」シュンがオサフネを襲おうとした獣を防ぐ。続いてロンド、レイピアが叫ぶ。「ここは俺に任せろ!」「俺らの間違いよ」マローはオサフネを囲うやり取りを見て、仲間らしさを感じていた。「行くんだ!僕は何もできないけど…」「…みんな…ありがとう!行ってくる」オサフネは1人道を駆けていく。
【故郷】
「ここが、僕の故郷」オサフネは町に入った。その中心に明らかに他の建物より高く聳え立つ建物があった。一直線に彼は走る。彼の父親がいると信じて走る。その最上階まで、彼は足を止めることはない。彼の精神に応えようと彼の肉体は次第に姿を変える。トラの姿になった彼は勢いを増す。最上階に達しても勢いはそのまま扉を吹き飛ばす。彼の眼に一人の男が映る。彼は男に飛び掛かる。男はひらりと躱す。彼の脳裏に記憶がよみがえる。複数の人物に連れ去られる女。手を伸ばす男。彼はトラになり、女の元へ駆ける。意識が遠のく。彼は訳が分からず、何度か男に飛び掛かる。男は躱し続け、彼の勢いが弱まると、受け止めた。彼が意識を取り戻すと、目の前に男の顔があった。彼は男に抱かれていた。「父さん…」彼は疲労で眠りについた。しばらく2人はそのままだった。「クリス…良かった」男は一粒の涙を落とした。「泣いているんですか?」扉の位置に怪盗がいた。「…これは情けないところを見られました」「収穫です。貴方の、皇帝サンタマリアの弱点を知れたことは」「はは、ご冗談を。そうだ」サンタマリアは『ユートピア』と書かれた一冊の本を手に取る。「約束は果たして下さいました。例の物です」「確かに頂きました」「一つお伝えしたいことがあります」「何でしょう」「“ユートピア”とは、決して楽園などではありません」「…わかりました」怪盗は眠る少年を一目見て飛び立つ。「では、アデュー!」しばらくして、クリスは目を覚ました。「…ここは、さっきの部屋…」「目を覚ましたか」「…父さん」「ああ。おかえり」その言葉だけで、クリスは過去の過ちを許された気がした。しかし、思い直した。「父さん、僕は行かなきゃならないです」「分かった。行ってきなさい」「ありがとうございます」クリスは一礼して、部屋を後にした。
クリスが建物を出て、歩いていると町の入り口で待つ面々の姿が見えた。「会えたかい?」ダイアンは親しみを込めて言う。「会えました。おかげで記憶も元に戻りました」面々は安心と同時に、驚きも感じる。それはオサフネこと、クリスが丁寧口調になっていたからである。「どうしたの?」ダイアンが聞く。「僕は5年前母親を傷つけてしまった」「でも、あれは仕方がなかったこと…」「過程がどうであれ、結果は変わらない。だから、僕は記憶がなくなる原因の事件の反省と、記憶がない間も生かしてくれた周りへの感謝を表そうという思いに至りました」クリスは自己中心的な発言を仲間が受け入れてくれるか不安だった。「クリスらしいね」それを感じさせないようにダイアンは間髪入れず言う。「親友として、皆さん、クリスのことよろしく」「おう」ロンドに続いて面々は答える。「「よろしく」」「よーし、無事にクリスの記憶も戻ったことだし、俺も本業に戻るとするか。俺の仲間も待たせてるし…」そう言いかけたダイアンを呼ぶ者が森の茂みから現れた。「ダイアンさん!早く来てよ。ガウがおなかすいたって。あっ…」その少年は面々を見つけ、急に黙る。「こいつは俺の仲間で、ダンっていいます。こう見えてもBATTの幹部なんですよ」茂みの奥から犬にも獣にも聞こえる鳴き声がする。「ほら!呼んでる」「分かったよ。すぐ行くから先に行ってて」「獣?」「あれはダンの飼い犬で、相棒のガウです。俺らと同じく獣化できる珍しい動物です。人懐っこくて気概は良い奴です」「獣を飼う少年。凄い奴もいるもんだ」「そう言えば、シュンが災害を止めたこの石、渡してほしいって置いていったから渡すよ」奇石が大量に入った鞄を受け取るクリス。その内一個をダイアンに返す。「これを持っていれば、遠くでも話せます。持って行ってください」「ありがとう。何か俺に出来る事あったら連絡してくれ」そこにガウを連れたダンが戻ってくる。「もう待てないよ」「分かった。分かった。じゃ、皆さん、またどこかで」ダンに手を引かれながらダイアンは手を振る。クリスは手を振り返す。
【再々出発】
気持ちを新たに歩き出したカリュードの面々。「そうか。オサフネとはもう呼べないのか」「呼んでくれてもいいですよ」「クリス」「はい」「いい名だな」「どうも」「それよりも、確かあの町ってミトコンドリアっていう帝国じゃなかったかしら?」レイピアが森の茂みの隙間から見える町を見て言う。それを聞いてライラが驚いたように言う。「その中心の建物の最上階でお父さんと会ったっていうことは、クリスは王子様?」「一応そうです」「「え!」」「何?俺らは王子と旅してるっていうのか?」「はい」「なるほど。これは使えそうだ」ロンドが怪しげな表情をする。「何を企んでるの?」「良い事だよ…」ほくそ笑むロンド。彼の企みは面々が辿り着いた小さな村で発揮された。「ここの長はどこだ?」「長ならわしじゃが」「単刀直入に…彼は、王子だ!」「おうじ?それは食べ物ですか?」「いや、馬鹿な!通じないぞ」驚くロンド。その後も諦めず話すロンド。それを離れて見守る面々。ついに諦め駆け寄るロンド。「ダメだ。あの爺さん、本当に長か?」「ロンド。今の世界の状況理解してますか」「え?」「世界は今、災害と獣という脅威に立ち向かうため一つにまとまっています。その象徴が僕らの所属するSONGです」「そうだったな」「知らなかったんでしょ」レイピアに突っ込まれ何も言えないロンド。「その世界で王子という存在は通用しないんです。この場合、元王子ですね」「そうか!」ロンドは勇み足で長の元に駆ける。喜ぶロンド。駆けてきて言う。「おい、通じたぞ!」その夜。「へえ~。良い宿ね」「温泉もある」「バーもあるわ」「女性陣に喜んでもらえて何よりだ。そう思うだろ、男性陣も」「そうだね」「…これは、僕のお陰ですよね」「バー行こうぜ、マロー」肩に腕を回し、店に入る。「「ひゃー」」驚きの声をあげ出て来る2人。「店に化け物がいた!」「化け物?」クリスも店に入る。しばらくしても出てこない。「まさか、食われたのか!おい、全員で行くぞ」面々が店内に入ると、高い椅子に座るクリスと、筋肉が露わになった腕でグラスを磨くバーのマスターがいた。面々に気づくとバーマスター、ダラスは言う。「まあ、オナカマさんね?こちらへ」言われるまま座る面々。「何にする?」「「おまかせで」」「了解」ダラスはグラスを用意する。「どうして仲良いんだ」「実は…」「え!似た人に会ったことがある?」「その時はシュンも、ダイアンも一緒でした。あの時は、驚きましたね」ダラスがグラスにドリンクを注ぎながら尋ねる。「それって、ヴェネッティーアのダリアじゃない?」「そうです」「やっぱり。姉さんだわ」「ええ!シュンにも会わせたかったな…」「私たちは姉妹で店をやってたの。喧嘩して飛び出てきちゃったけど。どうぞ」ダラスはグラスを一人ひとりに差し出す。「おいしい」「ナタリーはいつも美味しそうに飲むね」「ありがとう」「かわいいわあ」「ここカラオケもありますか」「あるわよ」「じゃあ、一曲だけ」ライラが歌を披露する。マローが見とれる。「上手ね」「こいつの歌すごいんですよ。獣を宥める力を持ってるんです」「やるわね。折角だし、食べていって。腕を振るうわよ」マローは今度エプロンを装着しても露わになっているダラスの筋肉に見とれていた。(あんなに逞しかったらSONG隊員でも活躍しそう)「はい、特製ダンゴ召し上がれ」「うまい!」「喜んでもらえて良かったわ。お題はいいわ。気に入ったから」クリスは似た台詞を聞いたことを思い出した。「また来てね。あ、近くに行ったら姉さんの所も寄ってあげて」思わぬ再会を果たしたクリス。その後、面々は温泉にも入り、これまでの旅の疲れを癒した。翌朝、面々は再出発した。
【襲撃】
「クリスには驚かされたなあ。王子だったこともあんな知人がいたことも」「そうでしょうね。僕自身も驚いてますから」「マローも驚いただろう」「うん。おっと!」マローは背中の荷物に意識を取られている為、道端の石ころに躓いた。「大丈夫か!」ロンドがマローを機敏な動きで止める。「危ないな。しっかり持てよ」その時、マローは道の先に獣を発見する。「ロンド、前見て」「前?あれは、トラだ。またダイアンか?」ロンドはトラに近づく。トラは牙を剥いて威嚇する。本物と判断したロンドは一発で気絶させる。「よし。これくらい楽勝だ。行くぞ」「みなさん、先に行ってください」「おう」面々は先に行く。「このトラは…違う」クリスは記憶が戻ったことで、幼少期自分を襲ったトラを探している。クリスが追いつこうとした時、後ろから衝撃があった。「!」受け身を取った彼が見たのは、気絶したはずのトラだった。「…我はヘルセブンが1人、デビル。クリス・サーガ。その命、頂戴する」その頃、面々はクリスを心配していた。「遅いな。何かに襲われてるのか?」ロンドが戻ろうとした時、面々の周囲にライオンの群れが現れた。「何の冗談だ。5匹はいる」ロンドはライオンの強さを知っている。だからこそ、逃げられない状況だと理解した。「かかって来い!」一匹がロンドに飛び掛かる。すかさずロンドは下顎に拳をぶつける。ライオンはひるんだものの、着地する。「大丈夫?」レイピアが槍を手に加勢する。「おい、お前分かってるのか」「ライオンでしょ」「違う。今の状況だ。答えは最悪だ。そんな中に来るんじゃねえ!」ロンドはレイピアに蹴りを当てる。レイピアがマロー達の方へ吹き飛ぶ。「ロンド、どうして!」「マロー、お前はクリスが来るまで女を守れ」マローは戸惑う。「早く走れ!」ロンドは拳を固める。にじり寄るライオンたち。ライオンが一匹飛び掛かる。同じく拳を当てる。しかし、他のライオンが飛び掛かっていて、その爪がロンドを襲う。「!」ライオンはここぞとばかりに次々とロンドに飛び掛かる。「まさかここまでなのか…」
【救援】
ロンドは自己の事を見つめ直していた。(俺は強くなりたい。強い者は助けることはあっても助けられることはない。そう思ってたが、あの人の本を読んで衝撃を受けた。強い者でも助け合いながら強くなると。レイピアは強い。助け合って戦うべきだったのかもしれない。あの英雄リンクのように…もっと強くありたい。助け合えるだけの力がほしい)それは一瞬の出来事だった。ライオンの群れの中からもう一匹のライオンが現れ、ライオンたちを蹴散らしていく。ついにライオンの群れを残さず気絶させると、最後のライオンは咆哮する。マロー達は結局走れないでいた。ライオンがロンドを襲う時も、その直後新たなライオンが蹴散らす時も一部始終を見ていた。ライオンがみるみる人の姿に戻る。「ロンド!」駆け寄るマローだったが、背中の荷物を忘れていて、重さで姿勢を崩す。「大丈夫?」ナタリーが心配そうにマローを見つめる。「ありがとう…それよりロンドが」「大丈夫。レイピアが手当てしてる」その頃、クリスは、突然の襲撃に驚いていた。「誰ですか」「今から死ぬお前の知ることじゃない」そう言うとトラは容赦なくクリスに爪を剥ける。クリスは躱し、現状を思い返す。(間違いなく気絶したトラが再び動き出した。これはロンドが言ってたシャドウでは…)「貴方はシャドウですか?」「やはりロンドの仲間か」トラは答えることはない。クリスは攻撃を躱し続けながら、打開策を考える。(どういう仕組みか分からない。でも人の声がする以上斬ることはできない。ダイアンみたいに自由にトラになれれば…!)彼の意思が現実になり、二匹のトラが爪で競り合う。「そうか、これがお前の狙われた理由か」「貴方は何故襲うのですか?」「答える義理はない」クリスはトラになれたが、力を上手く扱えず相手に押される。何とか耐えている時、見知った人物が駆けて来る。「ライラ!ここは危険です。離れて…」言い終わる前に、ライラの蹴りが相手に命中する。「うぅ」相手は急所に命中したのか呻く。「お前の仲間か?」クリスは考えていると、ライラが答える。「確かにこの方の仲間だ。でも、中身はお前の兄だ」「まさか、ラック兄さんなのか!」「いかにも。お前を止めるために、天国と呼ばれる死後の世界で修行を重ね、上位者7人に選ばれた。その名も天国の使者“ヘブンズセブン”は、地獄の使者ヘルセブンを倒す事を目的としている。その1人としてお前を倒す」
「倒すって、憑依した者をどうやって倒すって言うんだ、兄さん?」「それは、今は出来ない。だが、必ずその意思を挫き、今のお前を倒し、昔の優しかったころのお前を取り戻す。必ず果たして見せる。兄として」「何を言ってる?よくわからないけど、時間は待ってくれないぜ?今回は一旦撤退するが、代わりに残りの者が動き出す。しかも、狙う対象はバラバラだ。その度に防ぐだけじゃ俺たちは倒せないぜ?」「勿論分かっている。恐らく今も他の場所で他の者たちが戦っている。今までもそうだったように今後も続いていくだろう。だが、お前たちの狙いが分かれば、防ぎ続けられる。その間に、お前たちが何故人を襲うのか、その真の狙いを必ず突き止める」「ははは。笑わせてくれるぜ。真の狙い?突き止めるころにはお互い死んでるぜ?いやもう死んでるのか。ははは」「何が可笑しい。変わってしまったな、ラック」「変わったのは兄さんのせいだ!それに兄さんこそ俺を蹴るとは変わったぜ」「それはやむなしだ。人を殺した者への罰だ。罪を認めろ、ラック」「やっぱり兄さんは変わってないか、その正義感の強さ、その器の大きさが俺を苦しめた。こうさせたんだ」「ふふふ。本当にお前は分からず屋だ、ラック。世界は広い。俺なんかよりもっとすごい人は沢山いる」「俺にとって兄さんがすべてだ。兄さんを超える、それこそ…」「お前はもっと世界を知るべきだ。今、この世界に起きている事、それだけじゃない。まだ起きていない、つまり知られていない事もあるはずだ。例えば、これは知ってるか?七罪。人の欲望のうち最も恐ろしいといわれる、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、傲慢、嫉妬、7つの欲望」
【欲望】
SONG本部地下牢。「…新入りの人、静かにしてくれないか」「我、目的を果たさん。我、目的を果たさん」「眠れないから静かにしてくれ」「我、目的を果たさん。我、目的を果たさん」「おーい!聞こえてるなら返事してくれ!」「我、目的を果たさん」「駄目だ…会話が出来ない人だ。我慢するか…」布団を耳元まで覆うクリスピー。「我、目的を果たさん。いずれ必ず」アシュラは同じ言葉を繰り返し、腕立て伏せを続ける。いずれ来るその時まで。亜空間。「はぁ~何もしたくない」「そうだねぇ~」「全くだねぇ~」同じく亜空間。「あぁくそっ。何もしたくない」とある屋台。男がラーメンを美味しそうに啜る。「うまい!おかわり!」とある町の裏通り。男が血を流して倒れている。獣と女がその男に背を向けて歩く。女は口元についた血を舐める。「美味しい。癖になっちゃいそう」ミトコンドリアシティ中心建造物最上階。サンタマリアが脱いだ服を隣の男に渡す。「今日も頼む」「任せて」サンタマリアは窓の外を眺めて言う。「雨が降りそうだ。帰りは厳しい」サンタマリアの服を着ながら男は思う。(確かにここに戻る時、隣の建屋から飛び移るしかない。姿を隠す必要なんてないのに、危険を冒してまで自ら調査を行う。一体いつまで兄さんは続けるのやら)(全くだ。まあ戦闘に長ける者が調査した方が早いのは確かだ。でも自分にだって影武者になる以外に出来ることがあるはず。ああ。兄さんがうらやましい)(確かに、僕はいつも兄さんの代わりを務めるばかり…ああ、うらやましい)服を着終えた彼は懐刀を取り出す。「驚いたな。まさかこうなるとは」「予報では晴れだったのにね」「全く分からないことばかりだよ」近づく彼。空を見上げるサンタマリア。「でも、君が待ってるから、必ず帰るよ」足を止める彼。「私たちは2人で1人だ、そうだろう、ヘンリー」「…」「夜が明けるまでに戻る」飛び降りるサンタマリア。(まさか…気づいてたのか?憑依した俺のこと…ちぇっ、こいつはもう終わりだ。次の奴に変更だ)我に返るヘンリー。「あれ?何だかすっきりした…兄さん、行ってらっしゃい」
【獣の王①】
ロンドが目を覚ますと、面々の顔が見えた。「やっと起きた」起きようとするロンド。「痛い!」「まだ無理しない方がいいわ」ロンドの脇腹から肩にかけて包帯が巻かれている。「俺としたことが、不覚だ」「ライオンを5匹相手にして、それだけで済んだ事が凄いです、見てませんでしたけど」「クリス、お前遅かったけど何してた」「実は…」説明するクリス。「何!気絶したトラに襲われた?間違いなくシャドウだ」「あと…」「何!ライラにも憑依した奴がいただと!本当か?」「本当よ。その間の記憶がないんだけど…」「ヘブンズセブンと言ってました。どうやらロンドの言うシャドウ、ヘルセブンを敵視しているようで言い合った後憑依を解き帰って行きました。兄弟喧嘩みたいでした」「何故わかる?」「ラックという人が兄さんと言ってましたから」「またあいつか。じゃあ、相手はグッド」「知合いですか?」「そいつらは、俺の祖先で尊敬する英雄リンクの仲間ゴールデンの子孫ゴールド兄弟だ。俺らと小さい頃から競い合った仲だ」「俺ら?」「ああ、俺にも弟がいてな。弟は器用で何でも出来て、俺より先に家を出て行ったよ。器用さはグッドと似てたな。俺とラックはいつも喧嘩しまくった。懐かしいぜ」「また会おうと言ってましたよ」「いつでも待つって言っとけ。痛い」「今日は遅いし、ここで休みましょう」「そうだな。俺も明日までに傷を治す」翌朝。「よーし!皆起きろ」眠い目を擦りマローが起きる。「どうしたの」「良い事思いついたぞ」「本当かなあ」「まあ、見てろ。はあああ!」ロンドは気合を込めると、ライオンの姿に変身した。「どうだ!」「す、すごい!」「これで皆を乗せて走ればいいんじゃないか。お前も楽になるぞ」ロンドが変身したライオンは体格が人の3倍はあった。「確かに3人くらい乗れそう…でも全員は」「そうか…良い案だと思ったけどな」そこにクリスが起きて来る。「僕がトラになって1人乗せれば全員移動できます」クリスが目を閉じ、集中する。「ロンドに出来れば、僕にも…」さらに集中するが、変身が出来ない。「どうして…」「まあいい。お前が変身できるまで今まで通り行くとしよう。まあ、荷物はお預けだ」「はあ…」それから、面々は歩いて進み、獣と遭遇しては倒し、休む日々を繰り返した。そんなある日、面々は瓦礫が散在する場所へ辿り着いた。「随分と荒れてるな」「元は町だったのでしょう。災害の被害に遭ったと
ようです。こういう場所には獣が棲みつきやすいと言いますが…」「あっ」面々は獣と出会った。
【獣の王②】
小さな獣だった。「子供?と言うことは大人がいる」面々が警戒していると、瓦礫の陰から老人が現れる。その獣は老人の腕に飛び乗る。「なついてるみたい」面々が近づくと老人は気さくに話をした。ここは突然の地震で被災し、生き残った者は他の都市に避難したが、老人は故郷であるこの地を離れることが出来なかった。ここで1人孤独に終わりを迎えると思っていた時、この獣が現れた。「名前はテンテン」その獣は黒い斑点模様があった。「かわいくて仕方が無くてのう。もう離れられん。死ぬ前にこの子と出会えて良かったと思っとる」老人が撫でるとテンテンは鳴く。「ニャー」「可愛い」「女は小さい動物好きだよな」「そういうものです」(僕も思っちゃった)「まあ、ここにいたいなら仕方ないか。じゃあな、爺さん。行くぞ」老人に別れを告げ、面々は歩き出す。「可愛かったなあ」「ナタリーも負けないくらい可愛いよ」ナタリーが顔を赤くする。「そんなことない」「照れちゃうところもまた可愛い」「何をいちゃいちゃしてんだ。油断は、なんとやらだ」「それを言うなら油断は禁物です」「そうそう。獣がいつ襲ってくるか分からない。例えば、空から急に飛んできたり…」見上げたロンドの上を翼の生えた獣が飛んで行く。「あれはライオン!」「翼が生えている、新種でしょうか」「あのお爺さんの方に行っちゃった!」「間に合え!」ロンドはライオンに姿を変え猛追する。「僕も行きます!」集中するクリス。「…出来ない!どうして!」「落ち着いて。とにかく私たちも行きましょう」追いかける面々。駆けつけると、血を流すロンドが爺さんを庇っていた。「こいつはやばい…強いぞ」睨み付けるロンド。睨み返すライオン。「ガルルルルル!!そこをどけ、人間!」「喋った!」「我は百獣の王ライオンの王、ライオンキング!どかぬなら我の技を受けることになる」「技?一体何だ!」「『獣王無尽』この技を受けて誰も生き延びることはできない。他の獣どもはおろか人間など一瞬にして粉塵と化すであろう。だからこの技は今まで封印してきた。この技を発動させることは町を破壊する、それを意味するのだ。これを聞いても受ける気があるか?人間」「一つ提案がある」「何だ、言ってみるがいい」「もし勝負をして俺たちが勝てばもう人は襲わないと約束してくれ」「いいだろう。お前たち人間が勝てばもう人間を襲うことはしないと誓おう。ただそのようなことは万に一つもないだろうがな」「交渉成立だ」広い場所へ移動するライオンキングと面々。「してお前の他に何人が相手になる」黙って前に出るレイピア。「ほう。勇ましい。女の人間も心が強いのだな。他には」前に出るクリス。「細い割に出来そうだ。他には」顔を見合わせるナタリー、ライラ、マロー。「もういないか。お前も戦うのか」ナタリーが前に出る。「ナタリー、危険だから下がって」「見てるだけはもうお終い」「それなら私も!」ライラも前に出る。「小柄な女2人。我とどう戦うか見物だな。残るは一人か。お前はどうする」残ったマローは葛藤する。(嘘でしょ?ナタリーが!しかもライラまで!見てるだけじゃいけないって思ってたんだ…それは僕も思ってる!仲間外れなんて僕は嫌だ!)勇気を振り絞りマローは前に出る。「そうか、わかった。もう一度聞くが全員が百獣の王の中でもさらに王であるこの我と戦うということで、間違いはないか?」「「間違いない!!」」「お前たちは我が見てきた人間の中で最も勇敢であること間違いない。では覚悟して受けよ。『獣王無尽』」ライオンキングが翼を羽搏かせ、地面を蹴る。それは一瞬の出来事だった。面々がその場に倒れ、ライオンキングは元の位置に降りる。「やはり所詮人間か。では通るぞ」ライオンキングの視線の先に、怯える老人の腕にはテンテンが映る。その歩みを止める手。「待て。まだ負けたわけじゃねえ」「いや負けだ。お主らの勇敢さに免じて辛うじて殺さなかったが、恐らく戦える力は残っていない。離せ」「確かに、俺にはもう残ってねえ」「お主は一番強そうだったから手加減し損ねた。早く手当てせねば危険だ。離せ」「だけど、他の奴らはまだ戦える」「何を言っている」クリスが起き上がる。「ロンドが戦えない時、二番手である僕が戦います」目を閉じ集中するクリス。みるみるトラに変身する。「ほう。もう一匹、獣になる人間がいたとは」飛び掛かるライオンキングをクリスは躱し続ける。「なかなかやるが、我の動きに敵うまい」一撃を受けるクリス。「くっ」「諦めるべきだ、人間」「諦めない。旅は終わってないもの」レイピアが槍で立ちはだかる。「本当に勇ましい。惚れるほどに」爪の一撃を受け止めるが、翼で吹き飛ぶ。「残念だ」止めの一撃を受け止めるナタリー。「私も戦う。土守の末裔として」光り輝く黄色の聖剣が爪を折る。「我の爪が!まさかお主、強き人間、英雄なのか!まさか、我に傷を負わせた、あの英雄が生きていたか。こうなれば、手加減は必要あるまい。英雄よ、100年越しのお返しだ!覚悟して受けよ、『獣王無尽』!!」ナタリーが聖剣を構える。土煙が舞い、一瞬でナタリーの後ろに移動し着地するライオンキング。「ぐおっ」その場に倒れたのはライオンキングだった。「危なかった…」「我、の技が通用しない。流石は英雄。しかして、この我が死せずして負けを認めることはない!」ライオンキングが立ち上がろうとする。「♪平和な世界 乱すケダモノ 今ここで 生まれし大地へ 還り眠れ 安らかに」「何だ、この歌は!力が、抜けて、いく」その場に倒れ伏すライオンキング。「ふう、緊張した」ライラが歌い終え、その場に座り込む。「終わったのか?確かめてくれ、マロー」「ええ、どうして僕が」「俺は動けない。早く!」嫌がりながらマローはライオンキングの様子を確かめに行く。「気絶してるよ」マローの言葉を聞いて、他の面々は安堵の息を漏らす。
【獣の王③】
手当てを受けたロンド。「聖水がやっと役立ったな」「そうね。これ、獣にも効くのね」ライオンキングは同じく手当てを受け、整然としている。「我は物分かりが良い。もうお主らは襲わない。英雄に敵うとは到底思えぬ」「あの子じゃなかったの?」「うむ。我は間も無く滅びる定め。そうなれば、我の技を受け継ぐ者を探していたのだ。その反応を感じここに来たが、まだ子供である以上受け継ぐことは不可能であると判断した」その時、テンテンが老人の腕を飛び出しライオンキングの前に来る。「何だ。お前には用はない」「ニャー」テンテンは地面を蹴り、目にも止まらぬ速さで、ライオンキングの額に頭突きする。「うっ、これは、まさしく我が探していた跡継ぎに相応しい頭突き。お主に我の技『獣王無尽』を授けよう」「ニャー」その後、クリスが奇石で呼んだBATTが来る。「おーい、皆さん、お待たせしました」「わー、新しい仲間はでっかいライオンと、ちっちゃい猫だ」「違うぞ、ダン。でっかいライオンだけだ。それに、ちっちゃいのもライオンだ」「そうかー」「我の名はレオ。よろしく頼む」「自分から挨拶するなんて優秀だー」「我は物分かりが良い」「確かに引き取りました。では、また何かあれば呼んでください」ダンは手慣れた様子でトラックに誘導する。ライオンキングは最後に一言を言う。「そうだ。お主らに伝える。あの獣に気をつけろ。我らライオンとは格が違う。では達者で」BATTを見送り、面々も支度を整える。「あの獣?」「何のことでしょう?」「じゃあ、俺たちも行くか」「ありがとう」「ニャー」手を振る老人と腕の中のテンテンに手を振る面々。「いろいろ驚いたな。まず、クリス、お前獣化できるようになったな」「なりました」「分かってるな」「はい」「「変身」」ライオンのロンドとトラのクリス。「背中に乗れ」ロンドの背中に乗ったレイピア、ライラ、ナタリーが話す。「ナタリー、疲れてない?」「疲れたよ」「あんなに活躍したら疲れるよね」「いざとなったら出来る子だと分かったわ。でも、いつもは私を頼っていいわよ」「ありがとう。あのライラの歌、なんていう歌?」「ドわすれしちゃった。頭の中にあって、すらすら歌えたの。不思議よね」「何だ、それ?」「獣を鎮める力は本物だったわ。口を挟まないでもらえる?」「仕方ないだろ、聞こえるんだから」「まあまあ、2人とも。ライラ、歌ってあげて」「あ、そうか。今のロンド、獣だし効くかもね」「効かん、それにもし効いて倒れでもしたらどうすんだ?」「試してみたら?うるさい口が閉じるかも」「危ないから歌うな!ナタリー、口を塞げ」「ロンド、慌ててる。面白い」「面白くない」「ははは」クリスの背中に乗るマロー。(みんな、すごかったな。結局僕は何もできなかった。これから僕はどうしたら役に立てる?)「ねえ、マロー」「どうしたの?」「ライオンの王が言ってたよね?あの獣に気をつけろって」「言ってたね」「恐らくこの先、もっと手強い敵がいっぱいいると思う。その時はよろしくね」「え?でも僕は何も…」「違うよ。マローは僕らを見てくれてる。それが僕らの力になってる。だから、よろしく」「クリス…わかった」4人を乗せた二匹は次の場所に向かい、道を走り抜ける。
【ジャングル】
ジャングル。「おいおい、何だ、あれは!」木々の中を一目散に走るライオンになったロンド。「あれは、ヒエラルキー種。統制のとれた攻撃を仕掛けて来るから気をつけて」木々の陰から飛んでくる獣の群れ。左右に飛んで躱すロンド。「危ねえ!いつもより確実に狙ってくる!」「彼らには関係性がある。人間と同じような上下関係があるの」「躱すのがやっとだ!おっと」一匹が頭突きで飛び込む。「はあ!」レイピアが槍で弾く。「ヒヨッコリーね。全部の相手をしている余裕はない。どこかに指示を出す親がいるはず。ただ、このジャングルで見つけ出すのは難しい」「じゃあ、どうすんだ?」「とにかく走って。ここを早く抜けるのよ」「了解!」木々を避け、飛び込む群れを躱す。木々の陰、ヒヨッコリーの親が指示を出す。指示を受け合図する群れ。一斉にロンドに飛び掛かる。「一篇に来た!躱しきれねえ!」その時、足場が途切れる。「うわ!」「「きゃあ!」」そこは崖だった。その頃、トラになったクリスはジャングルを走る。「見失いました」そこに獣の声がする。「獣!」「そのようです」前方に何処かへ向かうヒヨッコリー。「いました」気づいた一匹が飛び込む。「わ!」クリスが片足で弾く。「どうやら他の場所に向かってるようです」「ロンドたち、無事だと良いけど」ジャングル地帯を抜け、浜辺に出た。「海だ」「あそこに人がいます。渡る方法を聞いてみましょう」ぶつけた頭をさすり、ロンドが起き上がる。「いてて、逃げきれた、のか」獣の声が届く。「逃げきれてないみたいだな」ロンドを取り囲む群れ。「狙いは俺か。見せてやる。俺は百獣の王、ライオンだ!変身ビーストモード!」群れの方へ飛び込む。「あいつのようにはいかないけどよ、俺も獣のはしくれだ!」群れをかき分け、親のヒヨッコリーに頭突きを食らわす。「キュー…」「倒した」ロンドは起きたレイピア達を見つける。「起きたか、行くぞ」「倒せたみたいね」「当然だろ。俺は英雄リンクの子孫ロンドだ!それにライオンの力を手にした。怖いものなしだ」「頼もしいね」「頼れるわぁ」ロンドに乗る面々。「さあ、抜けるわよ」「おう、任せとけ」ジャングルを抜ける。手を振るクリスとマローが見える。「遅かったですね」「チームワークの良い頭突きをしてくる群れに襲われて大変だったんだ」「それはヒエラルキー種。相手にすると厄介な進化した獣です」「よく知ってるな」「SONG隊員が習う獣の基礎知識ですよ。そうか、ロンドは引き抜かれたから習う前に旅に出たんでしたね」(それをいうならこの自分も)面々は思う。「とにかく!親玉を倒した。問題ない」「それはそうと、この近くに定期船を運航する町があるようです」「それなら海も渡れるわね」「じゃあ、行くぞ」面々は町で休息後、定期船に乗り、海を渡る。
【カタナシティ①】
「見えてきた」「やけに楽しそうだな、マロー」「なんだか海を見ると懐かしい気持ちになるんだ。何でだろう」「俺が知るか」「あの町は、元刀国、現統一国家ユニオンカタナシティです」船から降り、町に着く面々。「すごい!変な建物がいっぱいだ!」「ロンド、これは和風建築ですよ」「何でもいい。腹が減った。飯にするぞ」「あれ?人が倒れてる。ちょっと来て」ライラが発見する。「この人は、タケル!」「また知り合い?」「前に旅をしてた時に出会った1人です」「やっぱり知り合いだ」「この人、顔色が悪いわ」「死にそう」「何か食べ物を上げた方がいいわ」レイピアがマローを見る。「どうして僕?」「お願い、買って来て」「はあ…」マローが仕方なく買いに行く。「はい、饅頭買ってきたよ」「有難う」「タケルこれを食べてください」「うぅ」「気が付いた」「は!ここは何処?は!貴方、いやお前はオサフネ!」「久しぶりです」「おお、これは何という巡り合わせ。二度も命をお救いくださるとは…仏は真に…感謝いたす」「いいんですよ。困った時はお互い様です」「何やら少々人が変わったようにお見受けするが…」「少々訳があって。改めて自己紹介します。クリスです」「クリス、よろしゅう頼んます」握手を交わす2人。「その喋り方に和服、ここの生まれの人よね?」「私もそう思うわ」「かっこいい」「タケルの故郷でしたよね?戻ってきたんですか?」「…そう。戻ってきた」タケルは俯く。「何か思うところがあるようですね」(まさか己の屋敷に戻れないなんて言えない)「この人、自分の家に帰れないみたい」「「え!」」ナタリーが言い、面々が驚く。「どうして!己は心を口に?」「いいえ、言ってません。ナタリーは心を読むことができます」「凄い!」「それより本当ですか?家に帰れないというのは」「真だ」「分からなくなったの?」「違う。己の屋敷の所在地は間違えるはずがない」「ということは、帰れない理由があるんですね」「そう。実は己は、まだ童の時に屋敷を飛び出した。それ以来一度たりとも屋敷に戻っていない」「そうでしたか」タケルは決心する。「漢タケル。己の屋敷に戻れないなど言語道断。男に生まれた者として今こそ屋敷に戻る!」「よく言った!それでこそ男だ」「それでもずっと離れていた家戻りにくいと思います。行きましょう、一緒に」「かたじけない」
【カタナシティ②】
「ここがタケルの家ですか」「大きいな」「一応、国分寺なので」「こくぶんじ?」「国分寺は、刀国が各地に開いた“ホトケ教”を信仰する建屋の事よ」「ほとけ?」「何も知らないのね。ホトケ教は宗教の一つ。他にはユートピア教、ファントム教があるわ」暗い顔をするクリス。「宗教くらいはわかるわよね?」「馬鹿にするな。神様を信じるやつだろ?」「大雑把に言うとそうね。他にもいろいろ守り事があったりするけど、話しても理解できるかしら」「おいおい」「ホトケというのは、信じる者なら誰でも平等に救ってくれる神様よ」「説明感謝いたす。己の屋敷は、天成寺といって、この天成には輪廻転生の転生、また神の声の天声の意味もある。長寿をはじめとしたほぼ全般の事に関して運気をもたらすと言われる由緒正しい寺で全国各地から人が集まる寺だった。災害が起こった今はどうかわからないが」「ここでも災害が」「セカンド・ビッグ・スクリームの事ね」暗い顔をするマロー。「よくご存じで。二度目の大災害。それによって世界は統一した。それほど世界に与えた影響は大きかった」「奇石も大量に使用されたといいますね」「その後も度々この地では地震がよく起きている」「こわい」「そうよね。怖い時ほど何かを信じたくなる。それってまさにホトケ教みたいな宗教の出番じゃない?」「そうね」参拝客が訪れる。「どうやら今もその人気は健在のようね」「ここの方ですか?中って入れるんですか?案内お願いします」タケルが参拝客に聞かれる。「は、はい。こちらへどうぞ」案内のため、中に入るタケル。「僕たちも行きましょう」案内をするタケルを見る箒を掃く女性。「あれぇ?この匂い、お姉様と似てる。クンクン」「ここはご本尊が祀られた祠です。では以上です」そこに匂いを嗅ぐ女性。「クンクン」「な、何だ、貴方、お前は?」「あっ!いけない!つい夢中になって…でもやっぱりお姉様の匂いがする」「ちょ、ちょっとやめろ」「知合いですか、タケル」「いや知らない!やめてくれ!」タケルが離そうとして女性が倒れる。「大丈夫ですか?」「あれ?気絶してる」そこに現れたもう1人の女性。「ちょっと、ウメ、大丈夫なの?まさか、貴方たちが!」「いや、違う、というか何というかちょっと押しただけで」「ウメは病弱なの。押すなんてもってのほか。早く休ませてあげないと」ウメを肩に担ぎ屋敷の奥へ行く女性。「貴方たちも来なさい。事情を聞きます」屋敷の奥。ウメが布団に寝かされている。その横で正座をする面々。向かいには少し高い台座に座る女性。「お説教かな」「御免だぜ」「一体何があったの」「そのウメという女性が己の匂いを嗅ぎまくるからしつこくて…」「そう。それは貴方がここの者の匂いを放つから…そうでしょう、タケル」「まさか、マツ姉さん!」「お久しぶり。いやこういった方がいいかしら、おかえり」「ただいま」「こんな形で戻ってくるなんて。ずっと待ってたのに、お母様もお父様も死んでしまったわ。あの大災害で」「父さん、母さんが…」「崩れてきた瓦礫の下敷きになったわ、私とウメを庇って」「そんな事が…」「今更何を言っても仕方がないわ。ただ、死に際に言ったの、『天成寺を頼む。タケルにも宜しく』って」「くっ、悔やまれる。己がいてあげれば、屋敷を飛び出さなければ、女として育てられていた己が男だと知らなければ!」「「女!」」「当然の反応ね。ここ天成寺の巫女は2人の姉妹が務める慣わし。貴方はその1人として育てられた。ウメが生まれるまで。ウメが生まれたのは貴方が屋敷を飛び出した2か月後」「ということは…」「ウメが生まれたら貴方に伝えるはずだったの、男だって」「務めはあの日の2か月後に終わったのか…」「そう」「今思えば母上の腹部がいつにも増して大きかったような…悔やまれる」「あぁ、よく寝た。あれぇ?皆さんで正座して、何かしたんですか?」ウメがお茶を入れる。「どうぞ。粗茶ですが」「おいしい」「結構なお手前で」「よかった!おかわりどうぞ」「ど、どうも」「まだありますから欲しかったら言ってください!」「こら、ウメ!もてなすのはいいけれど、御迷惑になる行動は慎みなさい。またウメの優しさが裏目に出て“ウラメちゃん”って呼ばれちゃうわよ」「その名前は嫌だ。気をつける」「そうしなさい。普通にしてたら良い子なんだから」「うん」タケルがお茶をすする。「2人とも元気そうで良かった。おかわり」「はい!タケル兄様」「感謝いたす、ウメ」「帰れたんだ」「そのようです」そこに住職の男が現れる。「団らん中失礼いたします。マツ様、間も無くお時間です」「あら、すっかり気を抜いていたわ。ほら、行くわよ、ウメ」「じゃ失礼いたします」「ああ、月に一度行われる会合か。今日もどうせ天成寺姉妹の意見に賛成で満場一致だろう」
【カタナシティ③】
会合。住職が取り仕切る。「では会合を始めます。先月の参拝客は155名でした。これは大災害前に比べると著しく少ない数ですが、先月に比べると僅かながら増加しておりました。これはホトケ様への信仰心の高まりが感じられます。これも巫女様の献身的な活動が成せることと存じます」「住職の言葉痛み入ります。住職には読経によるホトケ様への祈祷を引き続きお任せします」「畏まりました。さて、議題に移りますが、屋敷の修理箇所が3か所ほどありました。これは寺の経費で払ってよろしいですか」「それは認められません。それは僧が見つけたのでしたね?挙手お願いいたします」「「はい」」「貴方方心当たりがありますね。正直に申しなさい」「申し訳ありません!実は…注意不足で庭を見ていたら障子を破ってしまいました」「良く申しました。他には」「申し訳ありません!実は…考え事をしていて足をぶつけて瓶を割ってしまいました」「…他には」「申し訳ありません!実は…足を滑らせてホトケ様の像に傷をつけてしまいました」「この空け!正直に申したのは見直しましたが、修理費は各々が責任を取りなさい。いいわね?」「「はい!」」「では、各々自費で払うことでよろしければ挙手お願いします」全員が挙手する。「満場一致です。次に、カタナシティの自治区長であるスキピオウ殿に献上する物はいかがしましょう」「それは勿論、名物カタナ饅頭で決まりよ」「意義がなければ挙手お願いします」全員挙手する。「満場一致です。次に、かねてより議論している災害についてですが、被災者が一層増加しているとききます。災害地へ出向いての祈祷は危険が伴うと思われますがいかがなさいましょう」「そうね。いつ再発するとも知れない地へ赴くのは危険。だからといって黙って見過ごすことは天成寺姉妹の名が泣くことと同義。今度ウメとともに参ります。いいわね?」「お姉様にどこまでも!」「しかし…」「いいの」「さようで、意義がなければ、挙手を」全員挙手する。「最後に、成功させる条件の下、明日ここ天成寺の庭を貸す依頼を申した劇団の者どもへの取り決めは変わりないですか?」「ないわ」「満場一致です。以上で会合を終わります」
【カタナシティ④】
面々が思い思いに過ごしている。「待たせたかしら」「お茶がもうなくなった」「また作りますね」「もういい。そういうことじゃない」「マツ姉さん、会合は滞りなく」「ええ。明日、劇団が来るらしいの」「へえ、見てみたいね」「見てみたい」「良かったら、泊まっていったらいいわ」「ここにですか?」「ここは宿坊もあるの」「いいじゃない」「じゃ、決まりね。部屋まで案内して、ウメ」「はい!こちらです!」ウメが面々を案内する。「ここです!」「うわ!広―い」「町も一望できます」「寝返り打ち放題だ」「気に入って頂けて良かったです。すぐ布団を用意します」「大丈夫かな?あの人布団敷きすぎたりしないかな?」「信じましょう」布団を敷くウメ。「ちゃんと敷けてる」「やればできるんだ」「えへへ」照れるウメ。枕に躓きコケる。「大丈夫ですか?」「やり遂げますよ、私の仕事ですから!」何度もこけながら無事に敷き終える。「やりました!」拍手する面々。ウメの髪と着物は乱れている。「ここでおくつろぎください。間も無くご飯をお持ちします」「まさかご飯の支度も…」「ごはんは僧たちが作ります」「じゃ、あなたは…」「私はお手伝い程度に作ります。じゃお待ちください」「最後の気になる」「不安だ。見に行きたい」「駄目です、マロー。堪えて待つんです」料理場。悲惨な僧たちの声。「ああ!卵の殻が入った!」お皿が割れる音。「ああ!」「うわあ!指を切った!」「こら!お前たち何をしとるか!ウメ様を見習え!」静かに刻むウメ。「すごい」「美しい」「俺たちも頑張るぞ」「「おお」」料理を運ぶウメ。「お待たせしました。召し上がれ」「おいしい!」「料理上手なんですね」「褒められても何も出ませんよ。えへ」
【カタナシティ⑤】
翌朝。小鳥のさえずり。「ふう」「良い朝ね」「ところで劇団って一体誰だろう」「噂の旅芸人かもしれません。前にどこかの町で聞いたことがあります」「私も聞いたことがあるわ。確か運命の糸を操る神の話を演じる二人組だった」「よくご存じで」「誰だ!」「何を隠そう。この人が噂の旅芸人、神を欺く神こと、スキピヨ。その人だ」「そういうことじゃない。ここは俺たちの部屋だ」「どうも。運命の糸の導きで来てしまった次第で」「すんません。隣の部屋に泊まってたんす。この後、劇やりますんで良かったら見てくだせえ」劇の案内が書かれた紙を渡されるクリス。「この屋敷の庭。そこが、運命の糸の集結地点」「では準備あるんで失礼しやす」「待っているぞ」「何だかキャラの濃い奴だったな」「『本日正午 開演(予定) 題 運命の糸を断ち切る神』と書いてます」「面白そうなタイトルだね」「見に行こう」ライラ、ナタリーが先に外へ出る。「こういう時は行動が早いな、獣の時は俺らに任せるくせに」ロンドが文句を言う。「まあまあ、あの子たち、正直だから」「フォローになってるのか?」「貴方の事頼りにしてる、ってことでしょ」「そうか。ならいい」ロンド、レイピアが外に出る。「僕たちも行きましょう」「うん」天成寺庭には、すでに人だかりになっている。「お主、オサフネではござらぬか!」長髪に落ち着いた灰色を基調とした着物姿で腰に刀を下げた男が声をかけてきた。侍にして、名刀長船を作る家系の頭首長船だった。「闘技大会以来であるな。その後、無事だったようで安心した」「ええと、何方でしたか」「忘れたござるか!まあ、出会ったのは微々たる時間致し方ない。拙者にとっては印象深い出来事だった故、忘れることはできぬが…」そこへタケルが来る。「お早う、クリス。おや、その方は」「この人は、闘技大会で会ったみたいです」「会ったみたいって、自分の事なのに」「拙者は長船である」「まさか!長船って刀国で随一の刀匠の名では」「如何にも」「憧れの人と会わせて下さったホトケ様、心から感謝いたす!唯一無二の居合切り!あれ俺もマスターできるよう特訓中です!」「お主とは話が合いそうでござるな」話が弾む2人。「クリスのお陰で出会えた。感謝いたす!」「あっちの広い場所で居合切りの極意を教えよう。お主も長船を持つ者である。一緒にどうだ」「ではお言葉に甘えて。ごめんね、マロー。ちょっと言ってくる」1人になったマローは腕時計を見る。「まだ開演まで時間あるな。はあ…暇だな」その時、マローの目に知った人物が映る。「…母さん?」マローが人込みをかき分ける。「すみません、すみません」あと少しで手が届く距離まで来たとき、地面が激しく振動する。マローの身体は衝撃で空中に投げ飛ばされた。かつての英雄リンクの姿と重なる。
【カタナシティ⑥】
SONG本部。「スクリーム発生!震源地はカタナシティ天成寺付近です。直ちに急行してください」グレートが指示する。「ソナタ大隊第1部隊プレリュード、出動せよ」「了解!」天成寺庭。「何が起きたかと思ったぜ」「全く慣れないわ」「相変わらずお前らは微動だにしてないな」「「任せたよ、ロンド、レイピア」」「任せて」地面にできたひびからあふれる獣を倒していくロンドとレイピア。「倒れた人に触れさせないわ」「おい!あっちの獣が噛みつこうとしてるぞ」「この槍がお前の運命の糸を断ち切る」獣を倒すスキピヨ。「あの劇団男、やるな」「サイモン、劇は変更だ」「分かったよ、ピヨ丸。それで題名は」「『人を救いに来た神』なんてどう?」「いいね!」「開演だ!」少し離れた広場。「早速技を試す機会が出来た。行くぞ、弟子たち」「「はい!」」(いつの間にか、僕まで弟子になってる)「「秘技『高速居合切り』」」3人が同時に発動する。「ギャアアア」巨大な獣が倒れる。天成寺奥。「ホトケ様、お救い下さい。大地の怒りを鎮め、その恩恵をお与え下さい」「私たち、天成寺姉妹の祈りを捧げます」震源地。獣の群れが取り囲む中マローが目を覚ます。「いてて。うわ!獣!」逃げる彼だったが、石に躓く。「ここまでか…」「とう!」「ギャアアア」獣の血がかかる。「そこの君大丈夫だったか?」「はい」「もう安心したまえ。あとは我々プレリュードがなんとかする!とう!」あっという間に走り去り獣の群れを倒す。「強い。というか速い」辺りを見ると倒れる人々。「…母さん!母さん!!」「…あれ?マロー?」「そうだよ!」「まさかそんなわけがない…死ぬ前にまぼろしでも見ているの?」「違うよ!僕だよ!マローだよ…母さん、お腹に石が!」「…大丈夫、じゃないね。まあ、まぼろしでも何でもいい。マローなら、伝えることがある」「何?母さん」「…あなたに話した話には続きがあるの」「続き?」「…私たちの祖先、アーク・シャウトのその後について」「その後どうなったの?」「…アークは自分の暴走した力を抑えられないでいた。その力が及ぼした影響は大きかった。世界を壊しかねないほどに」「セカンド・ビッグ・スクリーム…」「それでも、彼女を止めてくれた剣士がいた。その人の名は、シンメンタケゾウ。アークはタケゾウに気持ちを伝え、2人は結ばれた。私はその2人の子なの」「そうなると、2人は僕のおじいちゃんとおばあちゃんに当たる。それで伝えたかったことって?」「…ゴホゴホ」「母さん、血が!」「…ごめんね、もうダメみたい。伝えたかったのは、あなたの本当の名前…」「名前?」「…あなたの本当の名前は、シンメンサトリ」サトリから生じた風が二人を包む。「シンメンサトリ…ずっと前から知ってたような気がする」「…ゴホゴホ。あと、これを渡して」サトリの母はネックレスを外す。「渡すって誰に?」「…あなたには妹がいる」「妹!」「…そう。サトリが飛行機で墜落した年に生まれたの」「飛行機、墜落…」サトリの脳裏にフラッシュバックする。目の前を横切る飛行機。落下する体。放たれる雷。「あれは夢じゃなかった。本当の出来事。それで、妹はどこにいるの?」「…わからない。家の手紙を見れば…ゴホゴホ!」「母さん!」「…その服、SONG隊員ね。人を救う仕事は立派よ、誇りをもって生きて…」「母さ-ん!!」
【カタナシティ⑦】
災害により、あちこちの家屋から火が上がっている。サトリは風を纏いながら背中には母を背負い、手には受け取ったネックレスを持ち、走っていた。そこへあのSONG隊員が声をかける。「おい、君!待ちたまえ」サトリを通り過ぎて止まる。(速すぎて止まり切れてない)「君もなかなか速いな。紹介が遅れた。私はジュゼット。君もSONG隊員なのだろう?」「はい。僕はサトリといいます」「ふむ。君が噂の少年少女たちの一人か」(僕たちも噂になってるのか。なんかすごい)「どうやら急いでたようだったが?」「家に帰ろうとしてまして」「そうか。その背中の人を貸せ」ジュゼットが母を背負う。「行くぞ、少年」2人は走る。「あそこです」サトリの家に着く。母親が手を伸ばす。その先には郵便受けがある。「待ってて、母さん」見に行くサトリ。「あったよ、母さん」最後の力で笑顔を作る母。「これみたいだ」中にはこう書かれている。『母さんへ 元気ですか?私は元気です。そっちの落ち着きのある生活も好きだったけど、こっちのてんやわんやの大騒ぎな感じも、飽きることがなくて好きです。毎日、姫としての立ち居振る舞いに気をつけています。さておき、お兄ちゃんは帰ってきましたか?きっと母さんは待ち続けているのでしょう。先に天国に行った父さんも見守ってるから、無事に帰って来ることを祈ってます。では、また手紙書きます。』「お兄ちゃんって僕の事?それより、名前が書いてない。場所も分からないぞ!」「待て、少年、最後まで見よ」その手紙の最後に目を向けるサトリ。「花?なんだ?これが名前の変わりなのかな…そうか、分かったよ、母さん!」「…」「息をしていない」「少年、先ほど手紙に、先に天国に行った父、と書いてなかったか」「そうだ。何処かに父さんの墓があるはずだ」家の周りを探すと、父の墓が建てられていた。「ここに埋めてあげよう」「手伝うぞ」土を掘り、母を埋める。木の板に名前を書き、立てる。手を合わせるサトリ。「ふう…」背中を叩くジュゼット。「いてて」「痛いだろう。それが生きているということだな。ははは!強くなれ、少年、母はきっとそう願っておられる」「はい!」「それにしても君の姉さん、凄いな!どこかの国の姫様なのだろう?」「ということは、花に関係のある名前の姫を探せばいいんだ」「うむ」
【カタナシティ⑧】
天成寺庭。倒れる獣。「拙者たちにかかれば楽勝でござる」「助かったぜ。ちょっと人手が足りないところだった」「まあ、神である私としては人に救われると立場がなくなる…まあ、実際助かりました。長髪の方」「長船である」「不覚!屋敷の中に獣の侵入を許した!クリス、失礼いたす」「わかりました」天成寺奥。「きゃ!獣!」「ここまで来たの…後悔なさい」マツは着物から取り出した和傘で、獣を倒す。「ふう…しんどい」「流石、お姉様!和傘を持ったお姉様は鬼に金棒に強い!優しいお姉様を怒らせるなんて獣も鬼の目にも涙なこと!」「よく言おうとしてくれてるの?でも、意味が合ってないのよ。あら、強そうなのが来た」蛇のような獣が噛みつこうとする。マツは和傘で防ぐ。「いたい。これ、きついわ…」「マツ姉さん!ウメ!助けに参った!」タケルの刀が獣を一刀両断にする。「助かったわ」「かっこいい!タケル兄様が来たら百鬼夜行ね!」「百人力と言いたいのね」「そう。兎に角、三人寄れば文殊の知恵よ!」「「合ってる!」」天成寺庭。「きりがないわ」「いつもみたいに災害の中心地にあの石を入れないとダメなんだ」「お前ら解説はいいから手伝え」「私戦えないもの」「歌があるだろ?」「あの歌は切り札と思って。切り札はそう簡単に使えない」「そうかよ!」ロンドが回し蹴りで獣を倒す。「手強そうなのが来たわ」クマのような獣が透明になり姿を消す。「しかもスケルトン種。厄介ね」「何処に行った?」警戒する長船。「ぐっ」長船が攻撃を受けるも刀で受け止め、華麗に着地。「危ない。皆の衆警戒なされよ」「はい。姿が見えない獣…どうやって?」「あの熊の相手は私に任せてくれる?」レイピアが神経を研ぎ澄ます。「そこね!」「ギャオオオ」獣の心臓を的確に突く。「凄いですね」「私、小さい頃から五感が鋭いのよ」「まだまだ来るっす。もうダメかも」「諦めるな!終演まで劇は続く」「そうっすね…」獣を倒していく面々。「やっぱりナタリーの言う通り、石を入れないと駄目ね」「クリス、シュンにもらった分は?」「部屋の中です。取りに行ってきます」部屋に奇石を取りに行くクリス。「これを入れてきます」「おう!ここは任せとけ」「1人で大丈夫でござるか?」「大丈夫だ。あいつもなかなか強いから。俺には及ばないが」トラに変身するクリス。「何と!虎に化けた!」地面に出来たひびを辿り走るクリス。「あそこが震源地」人の姿に戻るクリス。奇石を入れようとすると、同じく入れようとする者がいた。「あ」「お」2人は見つめ合う。「どうも」「どうも。…あれ?どこかで」「「あ」」「ガルさん!」「オサフネくん!」「どうしてここに?」「勿論任務です。スクリーム発生を受け、出動してきました。僕の所属する部隊はいの一番にスクリームポイントに駆けつけます」「なるほど」そこへ来るジュゼットとサトリ。「おーい、ガル!任務は順調か?」「どこに行ってたんですか?隊長が急にいなくなって大変でしたよ」「すまない!この少年が困っていたのでな」「マロー、無事で良かった」「うん、いろいろあったけど…」「何があったの?」「母親と会った。劇を見に来てた。ただ、地震で投げ出されて、けがを負ったみたいで、亡くなった」「そうだったのか…」「亡くなる前、少し話せて妹がいることが分かった」「マローの妹さん」「あと、僕マローじゃなかった。本当の名前は、シンメンサトリだった」「サトリ、良い名前だね。それで妹さんは?」「それが…家に妹から手紙が届いてて、それを読んでも姫であること以外分からなくて…」「そうなんだ。じゃあ、旅の目的が一つ増えたね」「え?」「サトリの妹を探すこと」「クリスはやさしいね」その時、クリスが苦しみ出す。「うっ」「どうしたの?」「我はヘルセブンが1人、カラス。ジュゼット・マクベウス。その命頂戴する」
【カタナシティ⑨】
長船を抜くクリス。「ほう、長船か。いい刀だ」ジュゼット目がけ振り下ろす。「おっと!」「何をする!君らしくもない」「どうしたの?クリス?」「この少年は信頼されている。それでこそ裏切り甲斐がある。俺ァ、ヘルセブンが一人、頑固の一徹だ!」「一徹だって!」「“裏斬り”!」長船に気が集中し、斬撃が飛ぶ。予想外の攻撃にジュゼットは避けきれない。「危ない!」ガルがジュゼットを突き飛ばし、身代わりに足に傷を負う。「ぐっ」「次は逃げられんぞ。切り札、“真・裏斬り”!」再び長船に気が集中し、斬撃が飛ぶ。怪我をして避けられないガルの前に立ちはだかるようにジュゼットは斬撃を食らう。「ぐわ!」「任務完了。帰還する」クリスが気を失う。「嘘だ!」ガルが叫ぶ。「どうして…」ジュゼットが最後の力を振り絞り言葉をかける。「お前は俺の最高の部下だった!だから、俺より強くなる!もっと速くなって俺を抜ける!だから、泣くな…」「隊長…ジュゼット隊長!」回想。ガルとジュゼットが競争する。「はあはあ」「ははは!また俺の勝ちだ。まだ俺を抜けないお前は俺の部下だ!俺より速くなるまでいつでも挑戦を受ける」回想終わり。「どうしてこんな残酷な事を!」泣き止まないガル。サトリはどうすればいいか分からず立ち尽くす。(声をかけられない…こんなに泣いている人に何て言うのが正しいのか。僕も悲しい。母さんのことを面倒してくれた。でもこの人はもっとたくさんのことがあったはずだから)「くそ!僕は何も出来ない!あと一歩のところで間に合わない。人を救えない。あと一歩、足りない…速くなりたい、もっと速くなれれば間に合う!人を救える!よし!」ガルは立ち上がる。「もっと速くなってみせる。ジュゼット隊長よりも速く、いやまずは、追いつくところからか」ジュゼットを背負うガル。「帰りますよ、隊長。任務は完了しましたから」目で追うサトリ。振り向いてガルがサトリに言う。「オサフネくん、いやクリス君に伝えてくれ。君のせいじゃない、って」(強いな、あの人)目を覚ますクリス。「一体何が、あったの?」黙るサトリ。「もしかして僕が憑依された!」頷くサトリ。「そんな…」言葉を失うクリス。「気にしないで!」叫ぶサトリ。「君のせいじゃないってガルさんが言ってたよ」「有難う、ガルさん、それにサトリ。でも、僕はヘルセブンを許せない」「そうだね」息を吐くクリス。「乗ってください。みんなが待ってます」トラになったクリスと背中に乗ったサトリが面々の元に戻る。「サトリも一緒か」「うん」「お前なかなかの飛びっぷりだったな。英雄リンクの伝説、第1章の初めに書いてある戦争の爆風で吹き飛ぶリンクのようだったぞ」「知らないけど」「もう少し喜べ!まあいい。それより石は?」「ちゃんと入れました」「こっちも片付いたぜ」決めポーズを取る面々。マツ、タケル、ウメが屋敷から出て来る。「うわ!ひどい!」「あれ?タケル?」女装したタケル。「綺麗ですよね?」「確かに」「なかなかどうして」「天成寺姉妹としての最後の役目を果たす」「慰霊の儀。よく見てなさい、ウメ。始めるわよ、タケル」「はい」巫女として舞を舞うマツとタケル。「素敵だなあ。これが死んだ人を天国に送る舞、よく見なきゃ」サトリが思いを馳せる。(母さん、ジュゼットさん…)「良いものだな」そこへ来たのは禿げ頭に王冠を被り、眼鏡にスーツ姿で馬に跨った男だった。
【カタナシティ⑩】
「…我慢できない。ぷぷ」吹き出してしまうロンド。「失礼ですよ」「だって、禿げてるし、王冠つけてるし、馬に乗ってる。訳が分からないじゃん」「確かに…でも失礼だよ」「我慢する」舞を終え、王冠の男の前で跪くマツ。それを見てタケル、ウメも跪く。「スキピオウ様。よくお出でくださいました」「王様?あの人本物の王か」面々の中で1人異なる反応を見せる者がいた。「…父さん」「ピヨ丸?あの人、父さんなの?」「ああ。間違いなく」「おお、息子じゃないか。元気にしてたか?」「はい、元気にしてました」「それは何よりだ。しかし、劇団が来るというから、仕事をよそに出てきたら、地震が起きて獣に襲われる始末。やっと着いてみたら倒れる人で溢れている。これでは仕事が増えてしまっただけだ。今すぐ帰って従者に命じて手当てを施さなければ。手短に聞く。息子よ、家出から戻る気はあるか?」「…ありません」「また家出してる奴いた!」「わかった。じゃあな。帰るぞ、サクラ」サトリははっとする。「サクラ!?まさか!」スキピオウの横にいた御簾が開く。眩しい表情をする女性が露わになる。「嘘だろ。またか。我慢できない。ぷぷ」「失礼ですよ」「だって、眉毛が、太すぎるじゃん!」「確かに…ぷぷ。でも失礼だから」「我慢する」「お兄様。お久しゅう」「久しぶり。元気だったか」「ええ。お兄様も元気そうでよろしゅう。では」「ちょ、ちょっと待ってください!あなたの名前は?」「サクラ・ジンクスと申します」「ジンクス!?」サトリではなくロンドだった。「どうしました?」「ジンクスといえばあの英雄リンクの名字だ。まさか子孫なのか!?」「ええ、まあ」「何!!」「正確に言うとその方の兄オーディン様の子孫にあたります」「兄オーディンの!!それでも凄い」「宜しければ、失礼します。では」御簾が閉まり、従者が反対を向く。スキピオウが馬に鞭を打ち先頭になって去る。「はあ…」「人違いでしたね」「うん。名前を聞いた時、びっくりした」「はあ…」「ピヨ丸がため息とは珍しい」「どうも、父親の前だと緊張するんだ。妹を見ただろう?あの堅苦しい感じ」「礼儀正しい人だったっすよ」「それが嫌なんだ。王族らしく振舞う生活に嫌気がさした、それが家出の理由さ」「そうなんすね」「俺たちも行くか」「そうですね。旅の目的も増えた事ですし」「何が増えた?」「マローは母親と会い名前を見つけました」「本当か、マロー」「うん。僕はシンメンサトリだ」「良い名前」「慣れてたから言いにくい」「そのうち慣れるわ」「クリスに続いてサトリ。もういないよな?」「いない、と思いますよ?それで、サトリには妹がいて、花の名を持つ姫だと分かりました」「花の名の姫?それでさっき」「そうです。これで僕たちの旅の目的は3つです。1つ目はワスト博士のアジトを見つけること、2つ目は災害や獣、さらにヘルセブンなどの脅威を止めること、3つ目はサトリの妹を見つけること、以上の3つです」「さすがクリス」「わかりやすい」「ロンドとは違うわね」「なんか嫌味を言われたような、まあいい。とにかくその3つを目標に旅を再開するぞ」「そこの君たち、この俺、スキピヨも連れて行ってくれ」「「え!」」
【ライバル】
SONG本部総司令官室。「そうか。ジュゼットが…。すぐに葬式の手配をしよう」「有難うございます」礼をし、扉を開けるガル。「ところで、何があった?」「いや、それが…言いにくいのですが、カリュードのクリス君の手によるものでした」「そんなはずはない。様子や口調が異なっていやしなかったか」「はい。異なるどころかまるで別人のようでした」「そうか。かつてのロンド大隊長の時のメイドと同じだ。本人は記憶がない。「ガル君。分かってると思うが、君にジュゼットの任を任せたい」「喜んでお受けします」ジュゼットの葬式会場。「あなたは、SONGに入る前、たった一人で、一つの軍隊の機械兵を相手に、戦争を終わらせた。そう自慢げに話してくれた。そんな強い人が呆気なさすぎます。これから僕は誰を目標にすればいいのか」 ジュゼットに語り掛けるガルに近づく人物の影。「グーテンターク、瞬足のガル君」「ラウス!何でお前が?」「たとえ怪盗であろうと来てはいけないことはない。だって、この人は僕の父親なんだから」「そうだったね」「言わなくていい。何があったにせよ悪いのは父の方だ。死ぬことを受け入れた、生きることを放棄した。そうでければおかしい。あの人は、あの人の速さは何よりも速いはずだから」「あの人は上司であり、目標であり、ライバルだった。大きなものを失った気分だ」「そのことは安心していい。今度からは僕が“瞬息”を名乗る!」「え?」「君のライバルは永遠に不滅だ。だから、安心していいよ」「ラウス…。お前が瞬息だって?僕のライバルだって?そんなのずっと小さい頃と変わらないじゃないか」回想。追いかけっこをするガルとラウス。それを見守るジュゼット。「まだまだだね」「くそお」回想終わり。「そう。何も変わらない。君のライバルはこの僕だ」「お前ら親子には一度も勝てたことがない。いつか追い抜いてみせる!」「ライバルとしていつでも挑戦を受けるよ」「有難う」「じゃあ。そろそろ行くよ、アウフヴィーダーゼーエン」
【嫉妬】
「私を仲間にすること、それは良いことだらけの幸せ尽くしさ」「どうしてそう言えるの?」「よく聞いてくれた。それは福の神だからさ!」「「…」」「ピヨ丸!場が白けてる」「冗談はさておこう。君たちの移動手段は何かな?」「俺らは徒歩だ。自分の足で本部からここまで来た」「驚きだ。その体力、尊敬に値する。しかし、今後も続けることは頂けない。なぜなら、私は船を提供できるからだ」「「船!」」「そう。海を渡り、どの大陸へも自由に行き来できる乗り物さ。船を提供でき、ある程度戦闘能力もあり、楽しませようと思えば劇を演じ楽しませる。仲間にしてくれるかい?」「勿論です。歓迎します」「おい、リーダーは俺だ。許可は俺が出す」「因みに、俺も英雄リンクの兄オーディンの子孫の一人だ」「OKだ」「ありがとう。そうだ。おまけと言ってはなんだが、私の優秀な相棒、サイモンも仲間に入れてほしい。彼はこう見えて何でもできる。炊事、洗濯、買い出し、劇の演出、脚本、監督もすべて。ね?サイモン」サイモンは目を閉じていた。ゆっくりと目を開けて言った。「俺は行けないっす」「え?何を言うのさ」「俺は隣でずっと見てきた。ピヨ丸の練習でかっこつける姿、本番でかっこつける姿、いつもかっこよかった。俺は隣で引き立たせる役を演じた。いつもいつも引き立たせてばかり、俺は疲れた!もう引き立たせるのは!だから!今ここで勝負を挑む!ピヨ丸!勝負だ!」サイモンは剣を抜く。「え?状況が分からない」向かってくるサイモン。仕方なく剣を抜くスキピヨ。2人の剣がぶつかる。「待て、落ち着け、サイモン」「俺はあんたを超えたかった!でも、そんな事できない!そんな事したらもう劇の主役がいなくなる!だけど!俺の思いは止まらなかった!それは<嫉妬>、七つの欲望の一つ」サイモンはクモに変身した。「その姿は、クモ男の練習の時にだけって約束したよね」「もう関係ない」クモの糸をスキピヨに向け噴射する。回想。楽しそうに劇をするスキピヨとサイモン。クモ男が運命の糸を調整する神に斬られる場面。「運命の糸を悪しき色に染めるとは!この怪物め!成敗する!」回想終わり。糸を斬るスキピヨ。クモ姿のサイモンが露わになる。「…運命の糸を悪しき色に染めるとは!この怪物め!成敗する!」避けるサイモン。「今日のところは勘弁しておくっす」糸を木々に吐きながら飛び去るサイモン。「いやあ、こんなことになるとは、すまない」「大丈夫です」「あれって獣化よね?」「クリスとロンドと違うように見えた」「まあ、面白い奴だったな」「とにかく行きましょう。スキピヨさん」「スキピヨでいい。船のところまで案内しよう」「それでは皆さん、お世話になりました」「皆さんのおかげで救われました。ありがとう」手を振る長船、マツ、タケル、ウメと別れを告げた。その後ろで手を振る老人が言った。「マロー、ついに本当の名を取り戻したのじゃな。サトリ、その名を探しておった。そうか、そうか。これは非常に大きな前進じゃ。その名を大事に前へ進め!サトリ!」(あれ?今何か聞こえたような…気のせいか)新しい仲間を迎え、面々は旅立った。
【美の島】
面々は予想以上に大きな船を見て驚いた。「知っての通り俺は王家の出。君たちのような平民には豪華に見えるかもしれないね」「なんか嫌味っぽい」「それは失礼。まあ、乗りたまえ」「お邪魔します」乗り込む面々。「で、目的地はどこ?」「南だ!」「どうして?」「漢の勘だ!」「なによ、それ」「勘も悪いものではない。時に良い結果になる。では南へ向け出発進行」スキピヨの操舵は快適だった。途中、水棲の獣に襲われたが、レイピアの察知能力で手際よく対処された。「楽勝ね」「さすがレイピア」「島が見えたぞ」「上陸だ!」「到着」「来るわよ!」海辺をさすレイピア。突如、巨大なオオサンショウウオが二匹現れた。「何だよ、あれ!」「ライラ、歌えますか」「え?あ、うん」オオサンショウウオが眠る。「おお?何事じゃ!」声は面々の背中の方、森の中から聞こえた。見ると、皺皺の顔の老婆と、両脇に原始的な猟に使うような武器を持つ女がいた。「あんたら、何者じゃ!こんな小さな島国デオードランドに来て」小声で脇の女性が囁く。「今はデオードシティです」「ああ。デオードシティに来て、わしらの愛する仲間を傷つけおってからに」「婆さんこそ、誰だよ」「わしか?わしゃ、この島の長、ガジュマル・リンクルと申す」「リンク!?」「あんたら、どうするつもりじゃ。あの二匹は、わしらにとって象徴ともいえる大切な存在。それなのに、殺してしもうて、これからわしらはどうすればいいんじゃ」「大丈夫です、安心してください。彼らは寝ているだけです」「何!本当か」「はい、私の歌には獣を鎮める力があって、と言っても信じてもらえるか…」「そうか、そうか。それなら早く言っとくれ。安心して腰が抜けたわ。戻って休むとしよう。あんたらも来なされ」「さきほどは、うちの母がお騒がせしました。紹介が遅れました。私、リンドウ・リンクルと申します」「リンク!?」「私は妹のイチョウ・リンクル」「リンク!?」「サトリ、気づいてますか?」「気づいてるって何に?」「この島で出会った女性、全員花の名前です」「え?そうなの?でも、見たところ、年上の人たちだから、妹ってことはないよね?」「そうですね。もし、小さい子がいたら話は変わってきますが」「帰ってきたわね」「ただいま」「おかえり」「その子は?」「この子は私の娘です。顔を見合わせるクリスとサトリ。「人違いか」「自己紹介しなさい」「ジャスミン・リンクル、5才だよ」「かわいい」「肌がつやつやだね」「もうお気づきかな?ここでは、長寿になることを理想としておる。愛する仲間は長寿の獣、わしらの名前は長寿が花言葉の花の名じゃ。長寿になるためには健康に気をつけることが欠かせん。すなわち美に意識を持つことじゃ」「道理で肌つやがいいんですね」「そう言って頂けて嬉しいです」「それには、この島で取れるアロエエキスを混ぜ込んだ泥パックが欠かせん。わしも若い頃は毎日つけとった。じゃが、見ての通り、老けてしもうて、しわしわじゃ。そうなったら、諦めも肝心じゃ。あえて、しわしわを極める、これがわしの今の美じゃ」真剣に聞く面々。「おかげでわしも十分長生きできたわい」「おい、婆さん、一つ聞いていいか?」「何じゃ?」「もしかして英雄リンクと関係あるか?」神妙な顔をするガジュマル。「…ない。ただの字名じゃ」「あ、そう」海辺。「泥パック、こんなにもらっていいんですか?」「いいんですよ。余るくらいありますから」「私たち綺麗になれますか?」「なれますとも」「やった!」「「さようなら」」手を振る島の者。飛び込むオオサンショウウオ。「あの島、人数が少なかったね」「過疎化が進んでようです。男の方たちは昼、カタナシティに出稼ぎに出ているのでしょうね「他の人は島から出て行った」「そうですね」「泥パック、レイピアの分もあるよ」「ありがとう」「女たちは呑気なもんだ」「ロンド、何か言った?」「呑気だって言ったんだ」「女も美に意識を向けて大変なのよ」「分からないね!」「リンクが関係ないからって八つ当たりしないで!」「してねえよ!」「愉快愉快。船旅は人数が多いに限る。次はどこに向かう?」「南だ!行ってない所を手当たり次第に探すしかない」「あながち間違ってない。南でお願いします」「了解。では出発進行」
【津波】
面々が進む海底に怪しい雲行き。海底から気泡がぶくぶくと上がる。直後、強い揺れ発生。それに伴い、海面が荒れる。大きな波が面々を襲う。「わあ!」「皆の者、柱にしっかり掴まれ!」デッキに波が入り込み、面々が濡れる。「きゃあ!」「皆の者、操舵室に入り給え!」次々と大波が船を襲う。波を受けながらも急いで操舵室へ向かう面々。「ふうー」「無事でよかった」「無事じゃねえ!何事だこれは」「おそらく海底地震に伴う津波です」「この世界大丈夫か?壊れかけなんじゃないのか?」「そうですね…壊れかけと言っても過言じゃないです」「ひどい波…」「この船は大丈夫なの?」「安心したまえ。たとえ世界が壊れようと、この船は壊れない」「世界が壊れたらお終いよ」「ちょっと前見て!」大きな岩が船の目前に迫る。「うおっと!」スキピヨが舵を切り、難を逃れる。「ふう。このくらい朝飯前よ」その時、強い波が押し寄せ、船は飲み込まれた。サトリが気づくと、浜辺にいた。「…はあ。ここはどこだ?」辺りを歩いていると、森の茂みが揺れるのが見えた。森に入るサトリ。「…暗いな。誰かいますかー?クリス?ロンド?」森はしんと静まり返っている。「おーい、誰かいたら返事してください!」大きめの声で言った彼の口は背後から誰かに塞がれた。「うっ」何かを嗅がされ意識を失う。(つくづく不運だな…)意識が朦朧とする中目を覚ますと、森の中の少し開けてはいるものの気配を消せる影に当たる場所だった。そこに何やら怪しい格好をした人がいた。「…起きたか」サトリは自分を襲った者と分かり驚きの声を上げようとして、再び口を塞がれた。「静かに。今、この森に奴が来ている」何か言おうとするサトリ。「すまん」「はあはあ。あの、質問していいですか?」「構わん」「さっきのはあなたですか?」「ああ。奴に気づかれるのを恐れて咄嗟に薬を嗅がせた。すまん。害はない、安心しろ」「あなたは一体?」「あたいは忍び族頭領、アヤメってもんだ」「奴というのは?」「あたいの昔の仲間、今の敵」その時、またサトリの口が塞がれる。「来た。奴だ」目の前をクチハが通る。急に立ち止まるクチハ。彼女の横目とサトリは目が合った気がした。(はっ!気づかれた!)(しっ!気配を消せ!)しばらく時が止まったように動かない。その後、そこを離れるクチハ。「行ったか」口を解くアヤメ。「はあはあ。息ができなかった」「すまん。お前には迷惑をかけた。名は何という?」「サトリです」「サトリ、この詫びは必ずする。さらば」そう言って、アヤメはいなくなった。
【吟遊詩人】
森を1人で歩くサトリ。「さっきのは何だったんだろう。何だか寒くなってきた」「おーい、サトリ!」「ロンド!」「早く来い!」呼ばれる方に行くサトリ。たき火を囲む面々。「温かい」「あの人が僕たちを助けてくれたんです」見ると、見慣れない楽器を持つ者がいた。「ご紹介します。ギルバートさんです」「どうも」そう言うとギルバートは楽器を奏でた。「これは竪琴という楽器でして、私の愛してやまない楽器です」「いい音ですね」「そうでしょう。分かる人が増えて良かった。5人目です」「5人目?2人足りない」「劇団船長と一番音楽に詳しそうな奴」「スキピヨとライラがいない!」「心配ですね。無事だといいのですが」「ライラ大丈夫かな」「きっと大丈夫。信じましょう」「どうやら大切なお仲間がはぐれておしまいのようですね。無事を祈って一曲演奏いたしましょう」演奏するギルバート。「これは私の国に伝わる、大切な人を想う詩です」「いい歌」夜が明ける。「あれ?気づいたら寝ちまった!」「僕も」「わたしも」「皆さん、よく眠れましたか?」「はい」「それは良かった」面々は支度を整える。「町を知っているのでそこまで一緒に行きませんか?」「行きます」「この先の町は賑やかな町ですよ。歌と踊りの才があることで有名な姫様がいらっしゃいます」「姫様!わ!声に出てた」「姫様に興味がお有りですか?」「彼の妹、どこかの国の姫で、探しているんです。手がかりが花の名前なんですが、何か知っていたりしませんか?」「そうですね。花の名前の姫は結構たくさんいますからね」「たくさん!あ、また」「どうしてそんなに詳しいんですか?」「私はあちこちを旅していますが、これでも一応一国の主なので」「ということは、王!」「はい」「おじさん、王様だったの!」「ははは。驚きましたか」「国を離れて大丈夫なんですか?」「国の事は全部、国の民が自ら主体となって行っています。王の私が旅をしているように、私の国の民も自由ですよ。きっと許してくれているはずです」「旅をする王、確かに自由ですね」「さあ、町に着きましたよ」
【祭の町①】
町は、至る所にカラフルな旗が建物を伝っていたり、町の人があちこちで歌い踊っていた。「本当に賑やかですね」「南は温かくて騒がしいイメージがあったけど、本当だったな」「ええ。その名もずばりバカンスランドです」宮殿の前に着く。「ちょっと挨拶してきますね」「あれって歌うステージかな?」「そうね」「サトリどうしたの?」「いや、ちょっと」「あ、そうか。お姫様が兄妹かもしれないから。妹だといいね」「ありがとう、ナタリー」「お待たせしました。姫様連れてきましたよ」「はじめまして。私はここバカンスシティのリリー・ディアモンドと申します」「その名前、ひっくり返すと、ダイアモンドリリーで花の名前になります」「ええ。別名ネリネ。その花言葉はまた会う日を楽しみに、です。この母がつけてくれました名をとても気に入っています」「どうですか?あなたの妹でしたか?」「すみませんが、あなたのお母さんはどこに?」「宮殿にいます」「違いました。僕の母はすでに亡くなっているので」「それはご愁傷様です」「いえ」「あの、皆さんを宮殿にお招きしたいのですが宜しいですか?」「それって料理も?」「用意しておりますわ」「お言葉に甘えさせていただくぜ。行くぞ、みんな」宮殿内。「うわー、豪華」「これ全部僕たちのために?」「そうです。私が腕によりをかけて作りました」料理長が言う。「ただ、これ先に食べたって知ったら、ライラの奴、何て言うだろうな?」「文句言うかも」「そうだよな。でも腹減ったし先に食べちゃうか」面々が料理に手を付けようとした時、外に獣の姿が映る。「行くぞ」「行きましょう」
【祭の町②】
宮殿外。「お前ら、無事だったのか!」「ご迷惑をおかけした」「大変だったんだから!」「何が?」「色々よ!獣の群れをどうにかして!」面々の周りに獣の群れ。「私も何体か倒したのだが」「俺らに任せろ」「どうやら水棲の獣が多いようですね」「ここは水族館か」「何でもいいわ」クラゲのような獣を槍で一撃に倒すレイピア。エイのような獣が地面をまるで泳ぐように滑って移動してくる。集中したクリスの居合切りで切り伏せる。「お前ら、やるな」「まだ気を抜くには早いわよ」次々と倒す面々。残すは2体。エビのような獣がハサミに力をためている。「あいつ、何か仕掛けてきそうだ」「仕掛けて来る前に倒せば済みます」クリスの剣がもう片方のハサミに弾かれる。「硬いです。砂漠のサソリを思い出します」一方レイピアはカニのような獣に苦戦していた。「こっちも厄介よ」「それはシオマネキです」「死を招くってか」「その通りの意味です」「まさか、それはこっちのセリフだ!」ロンドが拳で殴りつける。またしてもハサミでブロックされる。「同じ手を食うか!変身ビーストモード!」ライオンに変身し、大きな口で噛みつく。ハサミをかみ砕く。「どうだ!」「凄い!変身できたとは!」「言ってませんでしたね。僕も出来るんです」トラになったクリス。突進し、獣の一撃をジャンプで躱して、爪で切り裂く。「倒しました!」その時、拍手喝さいが上がる。それは町の人々だった。「ブラボー!」「お見事!」肩を組んで喜ぶ二人の男たちが言う。「ヘズラとバギラの言う通りだ!」「皆さんのおかげで町の人は誰一人怪我もせず助かりました。お礼と言っては何ですが、私の歌を披露したいのですが宜しいですか?」「待ってました!」「姫様のお歌が聞けるなんて!」「むしろいいんですか?」「はい!」「ライラも歌わせてもらえ!」「私はいいわよ」「本当は歌いたいんだろ?こんなチャンスないぞ、なあクリス」「そうですね。僕も聞きたいです」「サトリは?」「僕も聞きたいかな」「ほら、クリスもサトリもこう言ってるぞ」「そう?」ライラは決心する。「私も歌わせてください」「いいですよ」「デュエットだ!」「すごいなー」その時、宮殿からリリーの両親とギルバートが現れる。「是非私も一緒に演奏させてくれませんか?」「勿論です」「これは凄い。では、いろいろ準備もあると思いますので、歌のステージは夜開催と致します」その後、夜まで面々は宮殿で料理を食べたり、ステージの準備をしたりして過ごした。「みんな有難う。我慢してたのよね?」「まあな」「食べようとしてたじゃん」「言うな」
【祭の町③】
本番直前。ステージ横。「緊張してきた」「ライラさん、その気持ちわかるわ。こんなに大勢の人たちが集まってくれているもの」「緊張してはいい演奏はできない。落ち着くために深呼吸しよう。さあ、一緒に」3人は深呼吸した。「ギルバートさんも緊張してたんですね」「ああ。自慢じゃないがね」ギルバートは苦笑いし、ライラとリリーが笑った。客席。「凄い人だね」「そうですね。この町人が全員見に来てるのかもしれません」「そろそろ開演か?」「はい。もうすぐ出て来ると思います」「またライラの歌が聞けるんだね。嬉しい」「ええ、楽しみね」「お、出てきたぞ」会場は拍手に包まれる。用意されたマイクの前にそれぞれライラとリリーが立つ。ギルバートは椅子に座り、竪琴を数音鳴らす。「では歌います」リリーが目でライラに合図する。ライラが頷き、マイクを握る。「きゃあ!」「何だ、何だ?」「くないが、飛んできて…」「くない、だと?」「くないは忍者が扱う投擲武器です」(忍者…)「あっ!」「どうしました?サトリ」「忍者なら、昨日会った」「「え」」その時、アヤメとクチハがステージに現れた。ギルバートは小さい目を大きく開けて、リリーは口に手を当てて、ライラは尻餅をついて驚いた。驚いた者がもう一人いた。「…見つけた」クチハだった。クチハはくないを掲げ、ギルバートに近づく。「待て!クチハの相手はあたいだ!」アヤメが手裏剣をクチハ目掛け投げる。クチハは跳躍し躱す。「は!」手裏剣はギルバートの真横の壁に突き刺さる。「すまぬ!」アヤメはクチハを追いステージを飛び降りる。荒れたステージ。静まる会場。「レイピア、どうしたの?」「まだ来る」戦闘するアヤメとクチハの脇から6つの影が飛び出てきた。かつてビーンシティを襲ったレクイエムの6人、メジャー、パッショナート、スラー、ジュスト、アダージョ、それからタチェットだった。「マイナー、くのいち1人に対して手を煩わせるな」「…了解」「くっ」激しくなるクチハの攻撃を必死に凌ぐアヤメ。6人は武器を構える。その前に立つ6人。「おいおい、折角のステージを邪魔するんじゃねえ」「やる気なら本気で勝負だ!」「もう我慢できない!良い情熱を感じる」「滑らかに対処させてもらう」「私たちはただ逃げ惑う王に話があります」「そこをどいてください」「我らレクイエムは必ず任務を執行する。グレート様の命に応える為に」構わずステージに向かうレクイエム。「グレート?今は気にしている場合ではないですね」「みんな!1対1で勝負だ!」ロンド、クリス、レイピア、スキピヨ、ナタリーそれからサトリがそれぞれ前に立ちはだかる。
【祭の町④】
各々戦闘を始める中、サトリだけ戸惑っていた。相対するのはタチェット。「あなたは、弱そうだ。戦うまでもない」通り過ぎようとしたタチェットを呼び止める。「ま、待て」「何です?止めるならそれなりに出来るのかな?」タチェットが武器を構え戻ってくる。「ひえ~、待って…誰か」「私は無音の暗殺者、タチェット。音もなく仕留める事を得意とする」サトリの背後に回るタチェット。サトリの喉元に手刀を当てる。「すまない。これも任務だ…うくっ」タチェットの腹に衝撃が走る。「何が起きた!」見上げると、サトリの背後にアイドルの恰好をした女。「大丈夫、君を守る」女はステッキの中から剣を抜いて、タチェットに向け振り下ろす。後ろに躱す。それを見越していたかのように、女は剣を思い切り地面に差し、それを軸に前に1回転宙返りした。彼女の足がタチェットの頭部に炸裂した。ただ、それで倒れないタチェット。瞬時に女の背後に回り込む。「来たな」そう言うと、女の後ろ蹴りがタチェットの腹に確実に一撃当たった。「うがっ」「もう立てない。だって私の蹴りはアイドル界一だもの」「俺の背浪拳が…敗れた」伸びるタチェット。「す、すごい」「あら、びっくりした?」「正直」「ごめん、つい悪い癖で、困っている人を見ると放っておけなくて。てへ☆」ピースサインを裏返して目に当てる女。「あ、名前言ってなかった。ユッカ・ラーナー。よろしくね、てへ☆」「ど、どうも」(決めポーズなのかな…)その頃、他の5つの対戦も終わろうとしていた。「とどめだ!」「やられた!」「オーマイガー!」「滑らかに参った」「降参いたします」「強かったんだね、君」「一応、土守の末裔だから」「サトリ、こいつらをひもで縛っておけ。俺らはあの女忍者を助けに行く」「分かった」「手伝うわ」アヤメは顔や手足に傷を負っていた。「強い…クチハ、また腕を上げたな」「…」クチハは構わずくないを投げ続ける。「そこまでだ!加勢に来た!」「どいてください、ロンド。くないに素手は危険です」「おう…」「もう終わりです。貴方の仲間は捕らえました」「…」クチハはひもで縛られた仲間を横目で見る。舌打ちをし、くないを仕舞う。「降参したのか?」「そうみたい」下を向き脱力するクチハ。「サトリ、もう1人増えた、頼んだ」樹の周りを囲むようにひもで縛られたレクイエム。「まさか、レクイエムのこんな姿を見ようとは思わなかった」「よし!片付いた」その時、集まった人たちが歓喜の声を上げた。「やったー!!」「これでステージを再開できる!」「8人のヒーロー!」喜ぶ人たちに面々は手を上げて応えた。
【祭の町⑤】
面々は人々に応えながら、会場に戻る。「ライラ!待たせたな」「見ての通り、乱入者は捕まえました」ステージ上。「分かった。リリーさん、再開しましょう」「ええ。皆さん。仕切り直して始めたいと思います」また歓喜の声が上がる。「ヒュ~」「お姫様がんばって」「待ってました!」「オホン!」リリーが咳払いをすると、会場は静まり返った。(こうやって静めるのね)ライラ、リリー、ギルバートが目を合わせ頷く。「♪いのちのかけら 何処何処へ 足音もなく 消えてゆく ただ一片(ひとひら)の 灯(ひ)をともし 生きた日々を 思い出す」会場に豊かな静寂の時が流れる。「この詩は、鎮魂歌(レクイエム)といって、古くから魂を癒す詩として歌われてきました。次の詩は、近ごろの災害が多いことから生まれた、諦めた時に元気をくれる希望の詩、狂想曲(ラプソディー)です」客席。サトリがふと横を見る。(あれ?あの人がいない)「ちょっと待って!私も一緒に歌わせて!」「いた」「何だ、あいつ」「助っ人の方ですね」「あの身なりただ者じゃない」「スキピヨさん、どうしたの」「いや~、俺も目立ちたがり屋だからね。黙って見てられないのさ」ステージ上。「あなたは?」「私は世界一のアイドル、ユッカ・ラーナーよ」「では一緒に歌いましょう」「いいぞー!」「また乱入者が来た!」「これはいい乱入者だ」「ありがと☆」(また決めポーズをしてる)ライラ、リリー、ギルバート、ユッカが目を合わせ頷く。「♪もう歩けないと弱音を吐く前に 後ろを見てごらん 仲間の笑顔が見えるだろう その時生まれたものはないかい きっとある 必ずある それは希望だ それが必ず君を前に進ませてくれる」「俺も混ざるぜ!」「また乱入者だ」スキピヨがくるくると回り舞を踊る。繰り返し4人は詩を歌い、1人は踊り、会場は大いに盛り上がる。「はあ」「サトリ、どうしてため息を?」「楽しいなあ、と思って」「いい方のため息ですね」「もうかれこれ何十回と繰り返したけどいつ終わるんだ?」「終わらないのかもね」「旅が終わってしまうわ」「それより、あの女忍者は?」「アヤメさん、どこに?」「サトリ、あの人を知ってたんですか?」「実は、昨日会った」「よく無事だったな」「僕もそう思う。忍び族の頭領で言ってたし」「噂では滅んだと聞いてましたが、まだ生き残りがいたんですね。そう言えばアヤメも花の名前ですね」「まさか忍び族になっているの、僕の妹」「考えにくいですね」「うはっ」その時、アヤメの声が遠くの方から聞こえる。「あっちはレクイエムとか言う奴らを縛った方だ」
【祭の町⑥】
倒れたアヤメをよそにレクイエムが歩いてくる。「あいつら、どうやって!」「私たちにとって楽勝だ」「ここは通しません!うっ」クリスが倒れる。背後にはタチェットが立つ。「無駄だ。さっきは油断したが、何回もやられる私たちではない」「くそ!よくもクリスを!うっ」「だから、無駄だというのに。私たちは、あの男に用があるだけで、あなたたちに用はない」パッショナートが銃を撃つ。さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まり返る。「お祭りは終わりよ!」「皆さんに危害を加える気はありません」「滑らかにここを通してほしい」ステージ上に上がるレクイエム。タチェットがギルバートの前に立つ。「フィラデルの王ギルバート・フェルマータ。フィラデルは統一国家ユニオンの意思に反して今後も独立を続けるか?それとも、今ここで統一に応じるか?応じない場合、強硬的な手段を取ることになる。答えよ」「私は元々独立を続けたいわけではない。はじめは、自由を重んじ、統一に応じなかった。しかし、命を奪われてまで続けたいとは思わない」「では何故独立を続ける?」「私が旅をしていて答えることができなかっただけだ」「では、統一に応じるのか?」「応じるとも」「了解した。だが、すでに初めの統一から随分時間が経った。その罪は償ってもらう」「分かっている」「連れていけ」「「はっ」」ギルバートが両脇を掴まれる。「ギルバートさん!」「皆さん、お元気で」レクイエムとギルバートは去った。「ギルバートさんがいなくなってしまいました。残念ですが、ステージをお終いのようです。皆さん、聞いてくれて有難うございました」「有難うございました」「ありがと☆」「失礼しました」ステージの幕が下りる。帰っていく人々。「楽しかったー!」「劇見てるみたいだったわ」「あの舞の人誰?」「何だかんだでも楽しかった!」「凄いステージだったな」「乱入者がありましたから」「それを抜きにしても凄いステージだったよ」頷く面々。そこへライラ、リリー、ユッカ、スキピヨが戻ってくる。「楽しんで頂けましたか」「「はい」」「それは良かった」「リリー、とても良かったぞ」「有難う、お父様」「何より無事で良かった。獣の襲来や乱入者などいろいろあったが、この方たちがいたお陰で誰も怪我をせずに済んだ。感謝する」「「いえいえ」」「まさかギルバート王を捕らえに来ていたとは。SONGも統一を急ぐあまり我を見失っているのかもしれない。何はともあれ、楽しい時を作ってくれてどうも有難う」「「こちらこそ」」「君たちもSONGなのだろう?今後もこの世界をよろしく頼むよ」「「はい」」面々はリリーとその両親に別れを告げ去った。「また歌える日を楽しみにしています」アヤメの元に来る。「はっ!クチハ!何処だ!」「もう行きましたよ」「不覚!さらば」「待って~面白そうだから私も行くわ。また一緒に歌お☆」アヤメを追ってユッカも去る。「ライラ、歌良かった」「ありがとう」「スキピヨ、何してるか分からなかった」「悪いね。勢いで出てったら何していいか分からなかったのさ」「回転はきれいでした」「さすがスキピヨだった」「船はこっちだよ」面々はスキピヨを先頭に船の元へ行く。
【失踪】
SONG本部。グレートは苛立っていた。「相次ぐ隊員の失踪…。一体どこへ行ったというのか」近衛衆の一人が慌てた様子でやって来る。「ソナタ大隊ノクターン小隊所属の隊員全員失踪した模様です!」「またしても…!分かった。すまないが、ノクターンの捜索兼任務の引継ぎをプレリュード小隊に任命するよう伝えてくれないか」「分かりました」「次から次へと隊員がいなくなるとは何者かの仕業としか考えられない。一体誰だ。それも失踪した隊員に聞けば分かる。いまだ一人も見つからないが、プレリュードなら果たしてくれるはずだ。ジュゼットの意志を継ぐあの少年ならきっと」プレリュードはノクターン失踪の地へ赴く。「ここがその場所か。まさか、火山の火口付近とは、熱さで焼け死にそうだ」そこへ現れる1人の男。片腕を腰に当て、キセルを吸う。吐いた息が火炎放射に変わる。その炎で囲まれるプレリュード。「誰だ!」近づく男。「炎と熱気でよく見えない。でも見覚えがある。その服、探偵…?まさか!」「待っていたよ。君をずっと」炎は勢いを増し、意識を失うガル。意識を失いながら、彼は過去に思いを馳せていた。回想。オリエントという名のホテルの看板。刃物を持つ男を取りおさえる母の姿。その後ろで燃え上がる炎。落ちる瓦礫。泣き叫ぶ自分。その自分を抱えて走る男の険しい表情。繰り返す謝罪の言葉。「すまない。本当にすまない」回想終わり。
【飛躍】
カリュードの面々。船の中。「うわー、荷物がびちょびちょだ」「まだ残ってただけでも良かったと思って欲しいわね、扉を抑えるの、大変だったんだから」「はい、ありがとうございます」「乾かせば何とかなるだろ」「次の進路は?」「勿論、南だ」「了解」進むこと1週間後。静かな海をさまよう船。「えーと、今どの辺?」「そうだなあ、南半球にいることは確かだ」「それじゃあ、どこに着きそうだ?」「そうだなあ、バカンスシティから大分南下したから、氷に覆われた大陸に着くはずだ」「いつ頃着きそうだ?」「おそらく早くてあと1週間」「そんなに待てねえ!暑いのにじっとしてるなんて死んじまうわ!」「もう荷物も乾いちゃったしね」「乾きすぎて干からびるわ!」「ロンド、落ち着いてください。確かにこの暑さで皆今にも倒れそうです」うなだれる面々。「ただこの状況を打破する策が一つだけあります」「本当か?」「はい。ここに奇石があります。これに願えば、解決できるのではないでしょうか」「なるほど。じゃあ、“遠くまで飛びたい”」複数の奇跡が光を発した後、船は勢いよく空を飛んだ。船が着いた先は奇跡的に海上だった。意識を失う面々。目を覚ますナタリー。「…くしゅん。寒い。ここは?あれ?みんな大丈夫?」体を揺らして起こそうと試みる。「起きない。あれ?死んじゃった?」「ん?」「あ!生きてた」「寒。お、ということは、俺たち無事遠くに飛んできたわけか!」「そうみたい」「やったな!」「うん」「ただ、このやり方は多用を控えた方が良いですね…」「奇石も大分減った」「残りは大切にしましょう」「ん?俺は生きてるのか?」「スキピヨ、起きてすぐで悪いけど、今度は寒くて仕方ないんだ。急いでくれ」「了解。気を取り直して出発」
【一時帰還】
カリュードの面々は寒さで凍えていた。「ちょっと待て。何か見えてきた」「あれは、見覚えがあるぞ。SONG本部基地!」「あそこに向かえばいいかい?」「ああ」「了解」岸につけた船から降りる面々。「よいしょ」「いつ振りかしら」「もう半年くらい経ってるわ」「旅に出たのがつい最近の事に感じますけど、月日は流れてますね」「そうだね。あ、見えてきた」「おお懐かしや」「まさか振り出しに戻されるとは思いませんでした」「あれ?門番がいないよ」「本当ね」「とりあえず、中に入るぞ」基地内部を進む面々。辺りを見回す。隊員の数が明らかに少ない。「おかしいわね」「ああ。何かあったのか」総司令室前。「失礼します」「あれ?誰もいない」「総司令官はどこ?」「おお!お前さんたち帰ってたか!」「ナイルさん!」「おお!マロー君じゃないか!無事だったか」「無事は無事でした。あと、名前がサトリに変わって、というよりこっちが本当の名前で」「そうか!サトリ君か、良い名じゃないか!それより手伝ってくれ。SONGが今非常事態なんだ」「非常事態?」「おお!ロンド君。そう、とにかくこっちに来てくれ」ナイルの後を追って、着いた先は隊員の集合場所に使われる広い敷地。「総司令官殿。カリュードの者たちが帰還しており、急きょ連れて参りました」「ありがとう。今は人手が必要だ。いないよりはましだ」「何だと!その言い方だと俺らが弱いみたいだな」「何か気に障ったなら謝る。すまない」「すぐ謝られるのも癪だ」グレートを睨んでいた目をそらし言うロンド。「ところで、SONGが大変と聞きましたが?」「ああ、そのことだが、SONG本部に所属する隊員が全員集まった時に説明しようと思う。それまで待機してくれたまえ」「わかりました」「おや?君は」「申し遅れました。私は彼らに同行させてもらっているスキピヨと申します」「ご丁寧に。私はSONGの総司令官グレートだ」「はじめまして。私も手伝わせて頂きたいのですが構いませんか」「勿論だ。寧ろ有り難い。こちらから協力を依頼する」「わかりました」その間何やら話していた面々。「一つ聞きたい」「何だ。なるべく手短にしてくれ」「ああ。手短にしてやる。俺らはSONGの隊服を着た奴らに襲われた。その1人が、“グレート様の命に応える為に”と言っていたが、あいつらは何だ」「それに答えることは出来ない」「はあ?答えられないだと?危うくあいつらは俺らの目の前で王を殺すところだった。それでも答えないというのか」「ああ、答えられない」グレートに殴り掛かるロンド。反射神経の良いグレートは体を傾けて躱す。ロンドを止めるクリスとサトリ。「ちょっとロンド」「離せ!何か隠してるんだろ。だから答えられないんだ!」何かが切れたように笑いをこぼすグレート。「ふふ。君のように吠えるだけの子供には分からない。僕は、大人の世界にいて、いろいろ大変なんだ」「何を!」「ロンド!落ち着いてください」「離せよ!一発ぶん殴ってやる!そうすればこいつも話す気になるだろ!」2人を払い、ライオンに変身するロンド。いったん離れて一気に近づき前足を振るう。それを片手で受け止めるグレート。「何!?」「だから、組織のトップは大変なんだ。君みたいな暴れん坊には分からないだろうけども!」ロンドの手を掴んだまま後方に投げ飛ばす。「ぐっ」「ロンド!」駆け寄る面々。「クリス君」「どうして僕の名前を?」「君のお父さんと知り合いだから。一国の王の子である君なら分かってくれるよね」「はい」この時、クリスはグレートの手を見た。(手が変形していた?あれはライオンの手。まさか、総司令官も獣に変身する能力があるということ。それも一部を変形させる能力が。)
【集合】
ロンドの元に駆けよる男。「大丈夫っすか?」「誰だ?」「忘れたんすか?かつての相棒アジズっす」「お前か。元気そうだな」「当然っすよ。炎の名コンビの片割れとして毎日任務に当たってるんすから。それより、その恰好どうしちゃったんすか?」「背中が痛くて立てない。手を貸せ」「仕方ないっすね」アジズが伸ばした手を握り立ち上がるロンド。「何があったんすか」「総司令官の野郎に一発お見舞いしようと思ったが上手くいかなった」「そうすか、嫌いすもんね、ロンクさん」「笑うなよ」「いや、ロンクさんを笑ったんじゃないすよ」「大隊長。ロンド小隊バラード集合しました」「了解。整列して待機してくれ」「はっ」集合する隊員の中の一人に見覚えがあると感じ、指をさし言うロンド。「あれ?お前は…誰だっけ?」「隊長。少しお時間良いでしょうか?」頷き先へ行く他の隊員。「ええと、人間なら誰でも忘れることはある。もう一度名乗る。俺の名はゼックス、ゼックス・ムガだ」「あれ?思い出せない」ずっこけるゼックスとアジズ。「ちょっと、ロンクさん」「あ、思い出した。疲れてて。お前は、合格できたんだな」「そうだ。あの後、特例試験を受け、見事に合格したんだ!ちょっと、違ったけど(小声)」「ん?今何か言ったよな?小声で」「ロンクさん、特例試験が簡易的に変更したんす」「どうしてだ」「人手が足りないことと、思わぬアクシデントを生まないこと。おそらくロンクさんの特例試験の後から変更されたみたいっす」「俺が原因か。それで内容は?」「SONG専属の博士が作るロボット相手に1対1で殴り合って壊せば合格っていう感じっす」回想。殴り合うゼックスとロボ。息を切らし渾身の一撃を繰り出すゼックス。煙を上げ倒れるロボ。審判の隊員がゼックスの腕を上げ、喜ぶゼックス。影で見守るウォーリー。「おかげでわしの仕事が増えたわ」回想終わり。「なるほど。そりゃ簡単だな」「何だと、まあ実際そうだったから何も言えん。ただ!俺は約束を果たした!もう一度言う。俺はあんたを超える!だから、再戦を申し込む!」「いいぜ。来い」「どりゃー!」渾身の一撃を放つゼックス。身軽に躱すロンド。そのまま回り込み腕を掴み、脚を払って倒れるゼックス。「…」「絶句っす」「上手いな」「やめろ。屈辱だ」腕を放すロンド。「だが、お前の努力は認める。また挑んで来い。負ける気はないが」「わかった。次会う時まで強くなってやる!」走って去り、そのまま待機場所に整列するゼックス。「仲良しね」「違うようにも見えた…」「悔しそうだった」「大丈夫だ。あいつは負けても挫けない奴だ」唇を噛みしめ涙を堪えるゼックス。「華麗な身のこなしだったわ」「さすが炎の名コンビの師匠っす」「いつ師匠になったんだ!」笑う面々。そこに遅れて来るクリス。「みなさん、彼らです」クリスの視線の先に、レクイエムの面々がいた。
【作戦説明】
「なんであいつらが」「おそらく作戦に参加するんでしょう」「まさか共闘するのか。信じられないぜ」「彼らは実力者です。戦力としてみれば大きいです」「だといいが。気が進まん」レクイエムが近づいてくる。構えるロンド。「ロンド小隊フィナーレ集合しました」「了解。集合場所で待機してくれ」「はっ」何事もなく去るレクイエム。「すごいな、お前」「一応、大隊長やってますんで」続々と部隊が集合し整列する。「そろそろ僕らも整列した方がいいですね」整列する面々。指令台の前に立つグレート。その横に立つ近衛衆。さらにその横に立つタブララサ。「あれは…」「やっぱり、あの時の2人がいる」「あ、ナタリーも気づいた?」「うん」「2人の知り合いがいたの?」「前に一緒に森で戦ったの」「僕は、まあ、知り合いというか元同僚というか…」「そうなんだ」ロンドも目を疑うようにタブララサを見つめる。(あいつに似ているが、まさかな)グレートが指令台に上がる。全隊員が一礼する。面々はそれに倣って少し遅れて礼をする。「本部所属隊員の諸君。集合に応じてくれて感謝する。急きょ集まってもらったのは他でもない。この度、SONG隊員が失踪する事例が多数発生している件について、本部所属の全隊員による作戦を実行することを決定した」「その作戦については、近衛衆筆頭である私ナイルが説明する。まず作戦名を伝える。作戦名は“カノン”。もう分かっていると思うが、今作戦は一つの行動パターンを繰り返し行うものである。具体的には後で説明する。続いて、作戦場所を伝える。作戦場所は、失踪したガル隊員が所持していた奇石が示す地点、ビーンシティヴェスピオ山付近の森だ。そう!ガル隊員は失踪することを見越して奇石を所持していたのである!オホン。詳しい作戦内容について、おひょう婦人が説明する」「では、説明します。作戦場所には隊員が捕らわれています。その為、大規模な戦闘は隊員を巻き込む恐れがあり、避けるべきです。従って、相手の出方にもよりますが、主な流れは次のようになります。防御⇒攻撃⇒救出、です。これを少人数、つまり部隊ごとに繰り返すことで捕らわれた隊員を全員救出します。説明は以上です」「2人ともありがとう。早速作戦を開始したいと思う。目標は全隊員の救出。では、健闘を祈る」
【作戦決行】
ヴェスピオ山火口。「あなたは向こう側を、あなたはその隣を、あなたは私の援護をお願いします」探偵姿の男が仲間らしき者たちに告げる。彼の背後に、捕らえたSONG隊員の姿。「すまない。私にも守らなくてはならないものがある」片腕を腰に手を当てて、キセルを一服する。「…おい、アポロン。俺らをこんな目に合わせてまで守りたいものは何だ?」「おや、起きたのかい。それは…」その時、火口から激しい音がし、炎が噴き上がる。「噴火!?こんな近くにいたら死んじゃうって」ガルら隊員の頭上に炎が降り注ぐ。「いけない!」アポロンがキセルを取り、炎を吐く。「熱い!」ガルは激しい熱を感じる。一方で、噴火の炎はアポロンが吐いた炎でかき消えていく。「どういうつもりなんだ」「君たちを殺すつもりはない。それだけだよ」「だったら、解放してくれ」「それはできない。私の大事なものが危険な状態にある」「くそ!早く来てくれ」「待たせた!」「その声は!アジズ!」「ナイルさんはああ言っていたが、自ら捕まる必要なんてない。情けなくもソナタ大隊長は捕らえられた!」「それを言うな!」「万が一に備えて奇石を所持していたことは褒めよう!そのお陰で速やかにロンド大隊が助け、活躍できる!」「早く助けろ!」「今助ける!位置に着け!」アジズの指示で、部隊が現れる。「作戦名“カノン”、開始!」第1陣の部隊が救出しようと前進する。それを止めようとアポロンの仲間は立ちはだかる。アポロン同様炎を出現させる。作戦通りそれを盾で防ぎ、そのまま直進。怯む敵。その隙に救出に向け前進。阻止しようと強まる炎。「交代!」アジズの指示で、第2陣の部隊が突入する。第1陣と同様の展開。「交代!」続いて第3陣、第4陣まで出撃完了。「交代!」カリュード部隊を含めた最終第5陣が出撃。炎を防ぐ面々。(熱いな…。これ、人が出してるの?信じられない)「サトリ、前進しろ!」「は!」ただし、見逃さなかった敵はサトリが前進する間を与えず炎を向ける。「わあ!」「いけない!」アポロンが咄嗟に敵に突進。倒れる敵。「そんな事したら死んじゃいます」敵含め全員が目を疑う。「よし!今がチャンスっす!」「「了解!」」待機していたタブララサの2人が合掌し、氷と風の合わさった攻撃を放つ。「吹雪!」辺りは冷気に包まれ、ガルらを捕らえた縄が凍りつく。ガルが力を入れると縄が割れる。「やった!取れた」慌てる敵。「俺の大技“乱竜”の改良版“逆鱗竜”」ガルが2本の刀を手に取り、高速移動しながら敵を倒していく。アポロンの首筋に刃を当て止まる。「今度は俺が捕らえる番だ」「すまない…」「作戦成功だ!全員撤収!」
【カノン作戦後】
SONG本部集合場所。大型ヘリコプターが数機着陸する。隊員たちが次々と降りて整列する。最後の機体から、アジズを先頭に、捕らえた敵と、捕らえられていた隊員、カリュード、タブララサが降りる。アジズがグレートに報告する。「無事作戦成功しました」「それは良かった。これで全員か」「はい」「分かった。頼む」近衛衆が敵を連れていく。グレートが指令台に上がる。「全隊員の諸君。作成成功の報告を受けた。皆に感謝する。今回救出した隊員は十数名。いまだ行方不明の隊員が世界各地にいる。早速で悪いが、支部の隊員と協力し、行方不明の隊員を捜索及び救出してほしい。勿論、災害の被害を抑えることもぬかりなく。各部隊の派遣先は各大隊長より聞いてくれ。では一時解散とする」ロンド大隊は、アジズに、ソナタ大隊はガルにそれぞれ指示を受ける。残ったカリュード、タブララサ。「久しぶりだな、新米。元気だったか」「久しぶりだね、マロー君」「久しぶりです。モゲレオさん、ペリドットさん。それから僕、マローじゃなくってサトリっていいます」「お?そうか」「サトリ君だね。わかった。いやー、サトリ君が遅れた時はヒヤッとしたよ」「すみません」「わしらがバッチリ決めたから大丈夫。本当にヒンヤリしたでしょ?」「…はい」「手から氷を放つ、こんな強者と知り合いだったのか!サトリ」「うん。カリュードに引き抜かれる前に一緒にいたよ」「それより、お前、弟か」「ああ、兄さん。こんなところで会うとは」「兄さん…兄弟?」「ええ。僕とロンドは兄弟です」「「ええ!」」「兄弟いたのね」「いつからだ」「え?何の事?入隊したのは、家を出てすぐだよ」「そうじゃない!あの氷を放つ技の事だ!」「ああ、あれは、入隊試験で出たんだ。グレート様も使えるよ」「何!」「本当だよ。グレート様のは僕たちとちょっと違うけど」SONG本部内廊下。捕らえられた者が檻に入れられる。アポロンが最後に檻に入れられようとしている。「入れ。何をしている」「すみません、一つ提案があるのですが…」「提案なんて聞けん。早く入れ」「奇石を一つ用意してください。それを私が使えば、ある方と連絡を取ることが出来ます」「ある方?」「はい。私たちに指示を出していた首領の人物です」SONG本部集合場所。「呼んだかい?」「グレート様!あの、良ければ、あの技を少しでいいので見せてもらえませんか?」「“気”のことかい?どうして?」「ロンドが見せてほしいそうなので」「そうか。少しだけだよ」グレートが合掌し、集中する。集中力が最高潮に達した時、腕を勢いよく伸ばし力を解き放つ。グレートの前の地面がひび割れた後、弾けて、突き出る。「すごい…」「何なのこれ…」「この力は一体?」「こんなのありかよ…」驚く面々に対し、グレートが言う。「これは全力のほんの一部だ」「本気で言ってるのか…」「本当だ。この気の力は、自然を利用する力、言わば自然の力そのものだ。これができるのは、今私が確認できただけで、私とタブララサの2人、それと報告を受けた今回の敵の数名のみだ」絶句する面々。(“気”の力…僕にはまだ知らないことだらけだ…)そこへナイルが来る。「総司令官殿。捕らえた者の一人が提案をされました」「何だ」「何やら奇石を用いて敵の首領と通信ができるとのことです」「本当か。そんなことできるのか」クリスが進んで言う。「本当です。私たちも実際に奇石で通信しました。また、大量の奇石で船ごと長距離の移動をしました」「奇石の力も驚かされるほどだ。まだまだ分からないことだらけだよ」(僕と同じことを言ってる)「それでその者は何を通信するつもりなんだい?」「SONG隊員をいまだ捕らえていると嘘の報告をするそうです」「何のために?」「どうやらその者は人質がいて助けたいようです」「なるほど。もし失敗したと知れたら、無事ではないだろう。しかし、信じていいものか…」そこへガルとアジズが来る。「「総司令官様。各部隊への指示が終わりました」」「了解した。2人もそれぞれ向かってくれ」「はっ」ガルが返事をしない。「勝手ながら、先ほどの話を聞かせてもらいました。その者、アポロンは私の知人で信頼できる者です」「ガルの知人だったか。分かった。提案を受けると伝えて、ここに呼べ」「はっ」ナイルが急いで戻る。しばらくして、ナイルとアポロンが来る。グレートが奇石を手渡す。「有難うございます」「健闘を祈る」アポロンが奇石に念を込める。「…誰だ」「アポロンです」「お前か。様子はどうだ」「異常ありません」「そのまま失敗するな。人質の少年がどうなるか分かっているだろう」「はい。では」奇石による会話が終了し、ふらつくアポロン。「思ったより声の低い男だった。それより上手くいって良かった」「はい、お陰さまで。これでしばらくは時間を稼げます。この間に人質の少年を取り返すしかありません」「ガル隊員。すまないが、彼の支援をし、必ず人質を無事に回収および敵の情報を入手してくれ」「はっ」「有難うございます」「どうして敵に加担していたのか帰って来てから聞きますからね」「はい!」ガル、アポロン、アジズがそれぞれ向かうため、専用のマシンに乗る。「いいなあ…」「サトリ君、心の声が漏れたね」「あ、すみません」「あれは、SONG専属の発明家ウォーリー博士の賜物さ」「僕たちの分はないんですか?」「すまない。博士も追加で作成中なんだ。破壊したのを修理したり、改良したり大忙しなんだ」「分かりました…」「そう言えば、途中で話が変わってしまったね。“気”の話だった。気については分かってない事が多い。気は、人の中にある力の源、エネルギーだったり、マナ、ソウル、エナジー、勁、脈など様々な呼び名がある。世界の会議で“空じゃない空気”の意味のNon Empty Airを略して―NEA、通称“ネア”と呼ぶことにした。ネアは純粋にそれを必要とする心の持ち主が使える。また、その人の精神的・体力的な変化に呼応するように力が強くなったり弱くなったりする。昔にもネアが使えた者がいたらしい」「英雄リンクだ!」「その通り。彼とその仲間は使えたらしい。その後、その力は廃れて使用者が減った。何故か分からないが英雄が姿を消した事と関係あるかもしれない」「難しい話…」「とにかく、君たちも見たようにSONGの敵対組織がいて、彼らはネアが使える。君たちも出会ってしまって戦闘になった時は十分気をつけてくれ。ロンド君は獣化が出来るようだが、まだレベルが低い。自分の力を過信しすぎないように。じゃ、健闘を祈る」グレートが本部内へと歩を進める。「いつかお前を超える!」ロンドが叫ぶと、グレートが手を上げて答える。「期待している」「兄さん、もしかしてグレート様をライバル視してるの?」「そうだよ。悪いか」「いいや、兄さんらしいと思って」「わしたちも行こう、ペリドット」「そうですね。それじゃみなさん、兄さんがご迷惑おかけします」「大丈夫ですよ」「むしろ俺が面倒みてるぜ」怪しい目を向けるライラ。「では、またいつか会いましょう」「いい弟さんね」「何だよ、その目は。俺に似てないって言いたいのか」「そうは言ってないけど、ねえ、ナタリー」「え、うん、いい人だったね」「レイピアはどう思った?」「よくわからない」「え?いい人と思わなかった?」「いい人だからよく分からなかったの」「?」首をかしげるライラ。「とにかく行くぞ、スキピヨ、船はどっちだ」「こっちだ」船に向かう道中。「ロンドの持つ情熱は感じませんでしたけど、あの立ち居振る舞いから恐らく心に強い情熱を持っています」「ああ。あいつと俺は意見が割れてお互い譲らなかった。それで喧嘩になって、いつもあいつが勝って、俺が譲る羽目に…。くそ。譲って偉いと褒められても嬉しくないって」「ペリドットさん、ロンドより強いんだ」「昔の話だ。今はどうか分からん」「勝負してみて」「今度な。俺が勝つ」拳を掲げるロンド。「頑張って」「船に着いたぜ」乗り込む面々。「方角は?」「北だ。ちょっと飛び過ぎた」「了解。出発進行!」面々は再び航路を進むのであった。
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