第1章

【不運の少年】

 雨が降りしきる町の大通り。人通りはない。そこに佇むたった一人の男。跪き、何かを呟いている。「…おお、神よ。大いなる世界の意思よ。自然の驚異に怯える我らに一筋の光を示したまえ!…その驚異から遍く人々を救う選ばれし者を選びたまえ!!」瞬間、雨雲から一閃の雷鳴が轟き、稲妻が男に落ちた。彼はゆっくりと前に倒れ伏した。彼の頭上高くを飛行する一機の飛行機。煙を上げ、ゆっくりと落下していく。


 気づくと、僕の体は浮いていた。周りを見ると物凄い速さで雲が流れていく。これは落下という現象だと理解するのがやっとだった。そして、理解した時、反射のように悲鳴を上げた。「わ――――!!」雲を抜けて視界が開けたと思った時、突然、雲の間からとてつもなく大きな影が現れた。(…飛行機?ぶつかる!)そんな僕の思いに反して、それは一瞬で通り過ぎて行った。(僕の体より重いからなのか速いな。でも重力加速度は質量に関係なく一定のはずなのに…)そう考えた後、僕は意識を失った。


 「うわ!」周りを見回すと、そこは公園だった。夜で、誰もいない。起き上がろうとした時、脳内に激しい刺激を受け、再び目眩に襲われた。「うっ…」夜の町の光景が頭に流れ込んできた。「立てますか…?」「ううっ…」僕は再び意識を失った。気づくと、町の通りで倒れていた。前を見るとスーツ姿の人がいた。どうやら通行人の一人にぶつかっていたようだった。その人は僕に手を伸ばしている。手を借りて立ち上がる。「すみません…」「ちゃんと前見て歩いてくださいよ」「はい…」いつも前を見ているはずだけどなあ。何か考え事をしていたような気がする。昨日見た夢の事だったか。最近の夢は、飛行機と共に落下する内容をうんざりする程何度も見る。本当に夢なのかと疑いたくなるほどいつも鮮明だった。もしかして本当の出来事だったのかなあ。小さい頃の記憶はあまりないにしてもそんな体験をした人の話は聞いたことがない。僕を今まで育ててくれた親は僕を河川敷で拾ったと言う。着ていた服はボロボロに破れていて、ひどい親に捨てられた子だと思い、介抱してくれた。「僕、名前は?」「マロー」僕が答えたから名前は分かったが、それ以外の事は何も分からなかったらしい。それでも僕を高校卒業する年まで育ててくれたことに感謝しかない。僕の名前、マロー。その意味は想像していたよりも悪い意味だった。それは、“不運”だ。僕の生みの親は何故そんな悪い名前を付けたのか、気になった僕は、時間があると自然と関係がありそうな情報を集めていた。色々な伝記やら辞書まで読んだ。親も手伝って本を探してくれたりした。その結果、結構多くの事が分かった。それについては話すと非常に長くなるのでここでは省略したいと思う。言葉には言霊があるというが、名前も同じようで、僕は不運な目に遭い続けてきた。例えば、行く店が閉まっていたり、買い物をしに行けば売切れなんて良い方で、常日頃から街を歩けば、背後に視線を感じたり、ガムや犬の糞を踏んづけたりするのは日常茶飯事だ。他にも、盗んでもいないのに下着泥棒に間違われたりして、そう言う気質によって友達は一人もいない。なぜ僕はこんなにも不運なのか。言うなれば、僕が歩けば棒に当たる、だ。


 ここはパンベンシティ。“統一国家ユニオン”の首都だ。全世界を襲った二度にわたる大災害。今では、世界各地で地震、洪水、噴火、竜巻など災害が起きるようになり、世界中の国々は一部の反対する国を除き、一つになった。ここは山や海も近くになく、これと言って大きな災害に遭ってこなかった。これは僕の人生における最大の幸いと言っていい。…だが、身の回りの出来事は、悪くもならなかったが、良くもならず、不幸を呼び寄せている。災害に比べれば非常に小さいことだとは思うけど…。そういえば、今は育ての親に頼まれたおつかいからの帰り道だった。早く帰ろう、と思った時、僕を見つめる怪しげな視線。後ろを振り返ると、二人の男がこっちを見ている。何か話し合うと、近づいてきた。その瞬間僕は思った。逃げよう、と。逃げては逆に怪しまれて駄目かとも思ったけど、今までの事がフラッシュバックしたので無理だった。案の定、二人の男が追いかけてきた。「こら!待ちなさい!」「はあ…」僕は深くため息をつくと、全速力でその場から逃げた。ただのおつかいのはずが、こんなことになるとは。やっぱり僕は不運だ。もうそろそろ足が限界になってきている。後ろから今にも肩を掴まれそうな勢いを感じる。だめだ、悲観的になってはそうなってしまうものである。今までもそうだった。その時、誰かにぶつかった。というよりも前に飛び出てきた気がすると思うと同時に僕は倒れていた。「きゃ!」この声から相手は女性だった。「…大丈夫ですか?」「いてて、なんとか…」女性は立ち上がると、スカートの汚れを払うようにして立った。「すみません。それじゃあ」僕は別れるつもりだったが、彼女は違った。「一緒に私を連れていってもらえる?」「…え?」「実は、私ストーカーに追われているの。…家の近くまで手をつないで。そうすれば、もう恋人がいると思わせられる…助けて」こんな時に頼みごとをされるとは。本当に僕はついていないな。でも、この人もついていないんだな。僕と同じなのかもしれない。一瞬悩んだ末、悩む暇も無いことに気付き、僕は思い切って彼女の手を持ったとき、気が付いた。「あ、僕の荷物が…」「荷物は私が持ちます」「…じゃあ、お願いします」僕は彼女の言葉に甘えて走った。今日は雨の日だった。滑りやすい上に、あろうことか女性の手を引いている。自分の身を守るだけで大変なのに、彼女の身も守るために手を繋がなくてはいけない。これはある観点では、幸運な状況かもしれない。ただ、今の状況は決してそうではなかった。謎の男2人に追われているのだから。とにかく今は逃げることに集中だ。だいぶ走った。後ろからの気配もなくなった。我ながらこんなに自分に体力があったのかと驚くほど逃げてきたから、さすがに諦めたのかもしれない。「ところで、あなたはどうしてそんなに急いでいるんですか?」「いや、それが変な男2人が…」その時、サイレンが聞こえた。「まさか、あの事件に関係が?」「あの事件?」「ほら、例の女性を襲うっていう」「ああ!あれですか」実は、最近、この町の近辺で女性のみを殺害している“悪魔”が出没するという噂があった。でも、だったらなんで僕を??その時、無情にも四方から僕らの方へライトが浴びせられる。「そこの少年、諦めて投降しなさい!」「まずい!」「ちょっとどういうこと?ま、まさか、あなた…」口に手を当てながら彼女は驚いた。彼女はとんでもない勘違いをしているようだった。「ち、違いますよ!僕は悪魔じゃない!」僕はこれ以上否定している暇はなかった。僕は慌てていた。そして、頭が冴えていた。不思議なことにそういう能力があった。いわゆる土壇場に強いというやつが!そういえば、あの制服、どこかで見覚えがある。テレビで獣を倒したというニュースが流れたとき映っていた。あの緑の生地に黄のラインという何とも目立つ配色の制服を見れば誰でもそうだと分かる。そうだ。SONG(ソング)だ。SONGと言えば、今や誰もが知る、統一国家直属の組織だ。確か、SONGは世界中の警察または消防、さらには救命医療までも行っているけど、特に有名な活動は、近ごろ現れ始めた、動物と異なり人を襲う生命体、獣の討伐の任務だ。世界各地に支部が合ってそれぞれの地域で多くの人々を救う、そのSONGがどうして僕を追っている?まさか、SONGまで僕を悪魔だと思ってるのか?殺された人の特徴から、悪魔は獣だと言われているけど、あくまでも僕は人であり獣じゃない。とにかく僕の今までの不運な出来事の中でも上位に入ることが起きようとしている。僕は目を凝らした。すると、不思議なことに一本の抜け道が見えた。僕は彼女の手を引き、その方へ駆け出した。「君に危害を加えるつもりはない!一旦止まりなさい!」僕の耳には届かなかった。咄嗟の行動にその場は何とか切り抜けた。SONGが居ることは一大事の証。とりあえず捕まってはだめだ。終わりだ。「あなた、いったい何したの?SONGに追われるなんて普通じゃないわ!」彼女も気づいていたらしい。「それは僕が知りたいです!」僕らは再びもう一つの道の方へ向かって走り出した。「仕方ないわね…わたしもしばらく付き合ってあげる」それからしばらく、彼女の案内で分かれ道を左右に曲がりながらひたすらに逃げて走った。それでもまだ、追手はしぶとくついてくるようだ。彼女は言った。「あなた、結構体力あるのね…もう私、無理。もう、私は大丈夫だから、一人で行って」「そうですか。それじゃあ、気を付けてください!ここまでの案内ありがとうございました!」「あなたもね。どうもありがとう。私の名前は…ライラよ」「僕は、マローです」「無事を祈るわ。またどこかで」ここまでが僕が耳にした言葉である。僕は既に走り出してしまい、雨の音で聞こえなかったが、彼女は更にこう言っていた。「あっ、この先も行き止まりが多いから気を付けて!…行っちゃった。あとこの荷物どうしよう?頂いちゃうか。お金もいつも以上に頂いて、心から感謝するわ。お大事に」その後、僕はいきなり行き止まりに当たり、呆気なく捕えられた。「なぜ逃げる?」「…いや、それは、追いかけてくるものですから」「ちょっと君に用があるんだ。一緒に来てくれるかな?」そう言うと、手錠をかけられた。僕は手を左右にうねらせて出来る限り抵抗をしてみた。ところが、全く敵わない。それでも諦めずに続けていたら、いつの間にか気絶させられた。さすがSONGの隊員だ、と思った。「おい、やり過ぎだ」「あまりにも暴れるので…」「まあいい、早くあの人の所へ連れていくぞ」


【SONG】

 目を覚ますと、牢屋の中にいた。(ここはどこだ…?)その時突然、声をかけられる。「おっ、起きたか」そこには見上げるほど背が高い人が立っている。「あの、ここは?」「ここは、檻だな」「檻!どうして!?出してくれー!僕は下着泥棒なんかじゃないぞ!」「うるさい!下着泥棒に間違われたことがあるのか?とにかく静かにしろ!」「…」「よし。静かになったな。出ろ」「え?」僕は耳を疑った。「お前さんの言いたいことは分かる。とにかく今は静かについて来てくれ。良いか?お前さんを待ってる人がいる。何も言わず静かについてくるんだ」背の高い人は檻を開ける。僕は言われるがままついて行く。その間何故こうなったのか経緯を思い返した。(…本当に僕は不運だなあ)薄暗い通路を歩き、長い階段を上がる。一体どれだけ地下にいたのだろう?前を歩く人の足を見ていたら、その足が止まった。驚いて顔を上げると扉の前だった。「連れてきました」「入ってくれ」「はい」背の高い人は扉を開ける。開いた先から零れた光が眩しい。「入れ」何が待っているのか考えていた僕の背中が押され、僕は部屋に入る。「…!」僕の目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないほど光り輝く景色だった。僕は目をこすり、目を見開く。ここで補足すると、光り輝くというのは表現ではなく、本当の意味でだ。その光は、床や壁に敷き詰められた光沢のあるタイルが照明の光を反射したもので、まるで部屋全体が一つの光のように感じられた。部屋は広々としており、天井も高い。もう1つ気になるのは部屋の中心に上に登る階段があることだ。その階段の上に黒い丈夫そうな革で出来た椅子に座る男がいた。その男は椅子に負けない黒いマントを羽織っており、偉い立場の人物だと予想できた。そのオーラが目に見えるほどだった。「ようこそ、SONG(ソング)総司令室へ」そう言うと、驚くことに階段の上を椅子がその人を乗せたまま、滑るように移動し始めた。その人は、自動で降りる椅子に座りながら言った。「ここは、地球の平和を守る組織―国家防衛特殊部隊Special Organization National Guardian、その頭文字、通称SONG(ソング)の本部基地の総司令室だ」一度に沢山の情報が入ってきたから僕は言葉を反芻した。(総司令室?ということは?)心を読んだのか背の高い人が言った。「あのお方こそ、SONGの総司令官、グレート様だ」“総司令官”が乗った椅子が音もなく、僕たちのいる階に着く。その人は前髪をかき上げる。人の第一印象は2秒で決まるという。その人は僕に“格好いい”人と認識された。その人は座りながら言った。「頼む」総司令官は座ったまま、合図する。背の高い人が頷き、リモコンを操作すると、目の前に光が集まり一本の剣が映し出される。それはどこかで見たことのある天井に吊られた機械から光が集まって形作られた立体映像だった。「君はこの剣、“悪魔の剣”と名高い剣を盗みだした疑いがかけられている。見覚えはないかな?」よく見ると、剣は映像でさえもただならぬ雰囲気を放っているように感じる。(また悪魔…こんな邪悪な剣知らない…!)「知りません!僕は何もしてません!信じてください!」「そうか。じゃあ、これを見て」次に、人の顔が映し出される。「こ、これは…」「これはね、その剣を盗みだした指名手配犯の顔さ。君にそっくりだ」「何かの間違いです!」「静かに!」背の高い人が睨んだ目が怖すぎて黙るしかなかった。「どうして…」「混乱しているかもしれないから、もう一度言う。これは、悪魔が宿る剣、通称“悪宿剣”だ。その名の通り、この剣はかなり危険な代物。それから、これは、あらゆる武器を7種に分類し、それぞれの代表の武器“7つの武器”の1つでもある。その重要さから国宝としてある寺で厳重に保管されていたんだ。それが何者かの手によって盗み出されてしまった。君は、その犯人だと疑われている」僕は何が何だか分からなかった。ただ、これは、僕の人生史上で間違いなく上位を争う不運な出来事だと分かった。「僕は何も…」「哀れな少年。君には、もう自由はない」「そんな…」終わった、と僕は思った。不運ではあっても、まだ希望を捨てたわけじゃなかった。これからはきっと良い事があると信じていたのに…。「は、あ」僕は諦めかけた。“総司令官”が椅子から立ち上がり、羽織るマントを脱ぎ棄てながら放った言葉を聞くまでは。「そう悲しまないで欲しい。何故なら、君は…犯人じゃないんだから!」僕の思考が停止する。「え…」「あれ?もっと喜んでいいんだよ?」そう言われても、僕はまだ頭が混乱していた。「ちょっと驚かしてみたかったんだ。ごめん。いや、昨日、君の寝顔を見て思ったんだ。君は犯人じゃないって。それによく見たら、背丈が犯人より小さかったし。世界には自分と同じ顔をしたドッペルゲンガーという存在がいるらしいが、今回はその類だろう」「はあ」犯人じゃないと言われて少し心が落ち着いてきた。「安心したかい?何かお詫びをしなくては。そうだ!君を特別採用としてここSONG(ソング)の新米隊員として雇おう!」「え!?」「いいリアクションだね。状況が掴めてきたかな?」「少しだけ」「そうか。でも君にも選ぶ権利はある。どうかな?」思考中の頭を急きょ働かせる。(確かに僕も進路を決める時期だ。僕を育ててくれた親に恩返しをしたい。その為には、どこかで働かなくちゃいけない。SONG(ソング)なんて入りたくても入れない機関だ。恐らくこの先、もう二度とないだろう。ただ、入ったら過酷な任務をすることになる。これは、好運なのか。それとも、やっぱり…)僕が考えていると、総司令官が指を立てて言った。「君の本名を教えてくれ」「マロー・ノワールです」「ありがとう。…“マロー・ノワール”、君はこの名でさぞ苦しい思いをしてきた事だろう」「…」確かに、自己紹介をすると、きまって聞いた人はひそひそ話をしたり、白い目で見てきた。その人たちが僕に話しかける人はいなかった。ただ1人、僕の親を除いて。「何で知ってるんだろう、という顔だね。その名は君が思うよりも有名なんだ。恐らくその名を持つ者に味方する者は少ない。でもいないわけじゃない。僕は君を受け入れる」確かに良い事はあまりなかった。それは僕の不運さが原因だと思ってきたけど、やっぱりこの名前のせいだったのかもしれない。僕は気になることを聞いた。「一つ聞きたいのですが」「何だい?」「SONGの仕事って辛くないですか?」「辛い。襲い来る獣と戦う、災害が発生したらそこに赴く。でもそれは、人を守るために誰かがしなくてはならない。容赦なく襲ってくる獣や災害に対して、隊員は立ち向かう。元々獣も災害も人が生んだと言われている。何にせよ、もう後戻りはできない。かつていた英雄も今はいない。だから、僕らがやるしかないんだ。今度こそ世界が平和になるよう願いを込めてね」僕は総司令官の顔を見つめていた。やっぱり格好いい。「どうだい?一緒に僕らと働かないかい?」僕は思考を再び働かせた。


 その頃、真犯人は、ある町で、武器商人の子供と会話していた。「おっさん、どこから来たの?」「すまない。忘れてしまってな」「まさか記憶喪失?」「そうなんだ。名前もどこから来たかも思い出せなくてな」「本当に!?確か5年前くらいにも記憶喪失の人が来たよ。でも、おっさんよりもっと若い兄ちゃんだったけど」「本当か」「本当だよ。もしかして記憶喪失って流行ってる?」「そうだとしたら大変だな。とりあえず、剣をくれるか?手持ちの剣が使い物にならなくてな。これにしよう。名刀“ながふね”」「これかい?奇遇だなあ。確かその兄ちゃんもそれを選んだんだ。ただ、名前が違うよ、おっさん。これは“おさふね”って読むんだよ。そうだ!名前も“おさふね”にしたら?」「“おさふね”…いい名だな。そうするか」「わお!これで2人目だ。実は、その兄ちゃんにも同じ事言ったら、そうしたんだ。その兄ちゃんとどこかで出会ったら何か思い出せるかなあ」「そうだといいな。世話になったな」そう言うと、おさふねは店を後にする。その時、背負う袋から何かが落ちる。「あれ?なんだろう」武器商人の子供が見に行くと、それはマローの顔に似せて作られた被り物だった。


【決意】

 働く、それが君の答えだね?」「…はい」「本当だね?男に二言はないよ」「はい」「嬉しいよ!君がその選択をしてくれて!その選択が間違いではないと約束しよう。改めて自己紹介するよ。僕はグレート。これからよろしく!」そこへ“格好いい”女性が現れた。「総司令官様、お時間が迫っております」「ああ。いや、僕もこう見えて結構忙しいんだ。それじゃあ、後頼んだよ、ナイル」「はっ!」手で合図したグレートさんに背の高い人は敬礼をして見送ると、振り向き僕の方に歩み寄る。「自己紹介が遅れたな。俺の名はナイル。たった今からお前さんを特訓する教官となる。覚悟するように」「はあ」「何だ?何か言いたそうだな」僕は気になることを聞いた。「ナイルさんは暇なんですか?」「暇だと!決して暇じゃない。俺は総司令官の右腕の存在、近衛衆、その筆頭を任されている。近衛衆は身辺を警護したり必要な物を買い出しに行ったりと大変なんだぞ」「それなのに僕の教官をしてくれるんですか?」「ああ。それがグレート様の命令だからな。今日からお前さんの教官だ。ビシバシ鍛えて一人前の隊員にしてやろう。俺に特訓してもらえることを光栄に思うんだな」「はあ」「他には」「特訓って何をするんですか?」「いい質問だ。特訓は、まず準備運動として腕立て伏せ100回、腹筋100回、それから」「…もういいです」「もういいってこれから嫌でもやってもらうぞ」「はあ…」「ため息をつくな!幸せが逃げるぞ。ついてこい」僕には、いまだ迷いがあったけど、ナイルさんの後をついていくしかなかった。SONG(ソング)本部基地は広かった。迷路のような通路を通り抜け、基地のあちこちを巡りながら、今までの出来事の記憶を巡らせた。そう言えば、グレートさんとナイルさん、それから後で来た女の人は水色に紫のラインが入った同じ服を着ていた。ということは女の人も近衛衆の一人だろう。「今向かっているのは、SONGの倉庫でもあり隊員の宿舎でもある建屋だ。お前さんはそこで、はじまりの部隊“エチュード”の一員となって働くのだ」ナイルさんは説明してくれた、ただ、僕の耳にはほとんど入っていなかった。ナイルさんは構わず次々と案内した。「着いたぞ」上の空で歩いて気づかなかったけど、目の前には古びた建物があった。「今日からここがお前さんの宿であり、仕事場となる!」「仕事って何をするんですか?」「よく聞いた。仕事は、雑用だ!」「雑用…」「そうだ!上級隊員の隊服の洗濯や、炊事、その食料の調達、倉庫の整理やらやること満載だ」「はあ…」「ため息をつくな!幸せが逃げるぞ」古びた建物の中は、どこを見回しても古さを感じる佇まいだった。ひび割れた壁を見ながら階段を上がり一番奥の部屋に着いた。これから起こることを考えると不安な気持ちになった。「入れ」ナイルさんの強い眼差しを受け、僕は勇気を出して扉に手をかけた。「何もない。早く入れ」勇気を振り絞り、扉を開けると、そこには6人の同年代位の人たちがいた。全員の視線が僕に向けられる。「はあ…」(おい、初対面の人にはまず自己紹介だろ)ナイルさんの強い眼差しからそう感じた。「ええと、僕は、マローと言います。よろしくお願いします」棒読みで言い終えた後、部屋の様子を見ると、みんな拍手してくれた。ナイルさんは強く頷き言った。「俺の名はナイル。明日からお前さんたちの教官となる。よろしく。今日は帰るからまた明日。この子と仲良くしてやってくれ」ナイルさんは笑顔で僕の肩を叩き部屋を出た。僕はもう一度部屋の様子を見た。全員の視線が向いていた。「あのー…」「まず、座ったら?」リーダーのような人が僕を促し、僕は座った。「そうだね、疲れるから」「そうそう、ここも狭いですがごゆっくり」僕はここに来て少し落ち着くことができた。緊張した感覚が和らいだ気がした。「あ、そうだ。案内します」リーダーのような人はリーダーだった。無口な人もいたが、会釈を返してくれた。雑用という仕事は、仲間となったここの人たちを真似して覚えていきながら、何とかやっていこうと思った。こうして、僕はSONG(ソング)の一員となった。


 その頃、グレートは総司令室の椅子に座り、考え事をしていた。(昨夜、あの少年、マロー君を追った隊員の言葉どうも気がかりだ。『彼は尻尾を巻いて逃げ出しました。でも、彼を見失うことはありませんでした。何故なら、彼の通った後には、小さいながらも竜巻が起きていましたから』竜巻とは、一体?彼は尻尾を巻いて、さらに疾風を巻いて逃げたというのか。これは何らかの気候による単なる偶然か。いや、気候で起こったとは考えにくい。すると、私の予想通り、マロー君も私と似た力を持っているのか。自然を操る力、“気”を操る力を)


【二人の男】

 ある男は、海沿いの町ヴェネッティーアに来ていた。彼とその仲間は、世界中を旅しており、現在飢えに苦しんでいた。そして、彼らは食料を分けてもらうために町長に会いに来た。彼らはいつも、ただで分けてもらうわけではなく交渉をする。それは、“奇石”と呼ばれるまさに奇跡を起こす効果を持つ石を相手に渡す代わりに食料を恵んでもらう事である。その石は、いまだ謎が多いが、持つ人の意思に反応してそれに応えるのである。まず彼らは必ずその効果を披露する。「なんと!これはすごい!腰の痛みが一瞬で治った」「喜んでいただけましたか」「ああ!」「この石を差し上げます」「なんと!」「お礼なんて…?」「おーい、頼む」町長の合図で召使達が料理の皿を運んでくる。「海の幸がこんなに沢山!いいんですか?」「いいとも。是非召し上がってくれたまえ」「ありがとうございます」そして、今回もいつものように交渉は成立した。一時間後、彼らは町長の館を後にし、町中を歩いていた。「いや~、美味しかった。もう食べられない」「そうですね」「これもシュンの持つ石のおかげだな。ありがとう」「いえいえ」「一体どこで手に入れたんだ?」「…秘密です」「ま、いいか。それより、次の町はどこにする?どうした?」彼は、仲間の2人が言うことに耳を傾けながらもある事に気を取られていた。「さては、長髪の美女に見惚れていたな。全く気が置けないな」この人物は、彼の旧友ダイアンで、仲間思いで、よく話す。「そうですね」ダイアンと対照的なこの人物は、シュンといい、旅に途中参加し、何故か奇石を沢山持っている。「苦手な癖に、全く、俺が代わりに話してくる」ダイアンは勇み足で行った。黒い長髪の美女の元に着いた矢先、すごい形相で戻ってくる。「美女じゃない!…おかまだ!」「本当ですか?」その人物が向こうから近づいてくる。「二人とも、来るよ」逃げようとする3人。彼らに回り込んで先を塞ぐ。「待ちなさい。あんたたち、私の顔見て逃げるなんて失礼じゃない。ちょっと来て」言われるがまま彼らは、後ろ姿だけ美女の人物に連れていかれた。「「ひゃー」」「何て声上げるのよ、大丈夫よ」そして一軒の店の前に着いた。「さ、入って頂戴」3人は恐る恐る建物に入った。「ここは私の店ダリア。イケメン達だからつい連れてきちゃったわ。どれにする?」「「…じゃあ、おまかせで」」「特製トロピカルジュースを3つね」神妙な顔でドリンクを待つ3人。「さ、飲んで頂戴」神妙な顔で飲む3人。「「これは素直に美味しい!」」「喜んでもらえて良かったわ。お題はタダでいいわよ」「いいんですか!」「ええ。気に入っちゃったから。いつでもまた来て」投げキッスするダリア。「「ご馳走様でした!」」慌てた様子で店を後にする3人。少し違ったタダの味を思い返しながら、彼らの旅は続く。


 ある男は、砂漠を歩いていた。彼は1人で世界中を旅しており、現在飢えに苦しんでいた。しかし、彼は歩みを止めない。何故なら、ある強い思いがあるからだ。それは、復讐心。彼がまだ幼い頃、道場の師範である父に拳法を教わっていたが、突然目の前で父が凶刃に襲われた。その後間もなく父は死んだ。彼は、悲しみで挫けそうな心を奮い立たせることが出来た。何故なら、道場の訓示として壁に飾られる『壁を超えて強くなれ』という言葉を目にするからだった。それは、父の口癖でもあった。あらゆる困難を壁としてそれを乗り越えることが出来る者こそ真の強い者である、と。彼は、毎日稽古を積んだ。そして、成長した彼は、道場を後輩たちに任せて旅に出た。道場も気になるが、それよりも父の命を奪った存在の方が気がかりだった。その存在を追い、船を漕ぎ、町を駆ける。そして、その存在の影が分かってきた。それは、悪霊であり、生物に憑依して他の生物を殺している。何の罪もない者を殺すその存在を残酷な影だと思った彼は、それを“シャドウ”と名付けた。そして、彼は今、砂漠にいた。彼の前からラクダが歩いてくる。しかも背中に人が乗っている。親子連れだ。「おや、旅の人ですか?」「あれ?お父さん!この人の顔!早く水をあげて!」「おお、分かった」彼は水をもらった。「大分顔色が良くなった」「駄目だよ、日の当たらない所に行くまで安心なんてできない。家まで連れていって」「おお、そうだな」その時だった。父親が突然苦しみだした。「うう、うああ、何かが入って、来る…」「お父さん、どうしたの!?」しかし、すぐに気を取り戻した。違う姿で。「…対象は、この子供か」彼は目を見張った。目の前でシャドウが現れたのは二度目だからだ。「シャドウは子供まで対象にするのか…」彼は拳を固めた。シャドウはラクダの首についていた紐をほどいている。それで子供の首を絞める気だ。彼はすかさず殴った。シャドウはラクダから落ちた。「…何の真似だ」「戦え」「対象はお前ではない」「戦え!」「仕方なし」直後、シャドウは足で彼の顔面を狙う。彼は避けるが、シャドウが繰り出した回し蹴りが彼の腹部に直撃する。彼は吹き飛んだ。「…強い」シャドウはラクダの上で怯える子供に近づき、手に持った紐を張る。その時、シャドウは足を掴まれ倒れた。「…離せ!」「離すか!」彼はこれ以上ない全力でしがみついた。「離せ…離さなければ今すぐ…」「どうするって?シャドウはいつも一人だけを殺す。俺を殺せば、対象の子供は殺せなくなるわけだ」「…どうやらお前は我らに詳しいようだ。確かに我らはた一人しか殺せない。だが、我らは複数人で活動している。即ち、一人を守れても他の者が狙われ、死ぬ。こんな無駄な事があるか!かっかっか」シャドウが憑依を解こうとしたのが分かった。「おい、待て!!俺の親父を殺したのはお前か!」「我らは殺した対象の事は覚えていない」「何だと!待て、この野郎!」シャドウはいなくなった。彼は倒れた父親をラクダに乗せた。「…あの、ありがとうございました!」「ああ」その時、彼の腹が鳴った。「あ、腹が減っては戦が出来ぬ、ですね」「通りで勝てないわけだ」助けた子供に連れられて、腹ごしらえをした、彼の旅は続く。


【特訓】

 飛行機が僕の横を落下していく…。「わっ!…はあ」またあの夢だ。何度も見るこれは一体何なのか。「おーい、今日もやるぞー、起きろー」これは毎朝恒例の一日の始まりを告げる声だ。「何だ?眠そうだな。特訓を始めるんだ。ちゃんと顔洗って目覚ませよ!」「はい。…はあ」癖であるため息がまた漏れた。《SONGの隊員には、本部から武器を与える。それは剣・槍・弓の中から各部隊の特性を活かしたものである。その武器以外を使用することは認められず、もし壊れれば新しく同じ種類の武器が支給される。但し、この規則は、特訓を合格した隊員のみを対象とし、その他の隊員、即ちエチュードの隊員には、練習用の武器として木刀を与える。》このような規則が箇条書きに纏められた“SONG条例”は、宿舎の各部屋に分厚い本となって置かれている。特訓初日にナイルさんはこの本をペラペラと捲ると、この文を読み上げ、僕に木刀を渡した。そして、木刀を使ったありとあらゆる筋肉を鍛える厳しい特訓が始まった。あれからナイルさんは、毎朝仕事前に顔を出す。本職であるSONG(ソング)総司令官の身辺警護があるにもかかわらず、一日も欠かさない。何のためか。それは、初めに約束されていた僕の特訓だった。僕が配属された小隊“ドレミレド”のメンバーも巻き添えになっている。小隊ドレミレドは、SONGの部隊名だ。SONGの組織図を見た時、最も下に位置する。同じ位置関係には、レミファミレ、ミファソファミ…シドレドシと音階で名づけられた部隊がある。これらの小隊はすべて大隊に所属し、僕らが所属するのは大隊“エチュード”で、他には、“ソナタ”“ロンド”などがあるらしい。これぐらいが今SONGについてドレミレドのメンバーに聞いたことだ。その最下位にいる僕らを鍛え上げることは、SONG(ソング)の今後の発展にも寄与するらしい。その理由に、ここは、全世界の平和を守るSONG(ソング)の本部基地に在籍する多くの隊員が寝る宿舎でもあるからだという。つまり、僕らの働きが良ければ、任務に疲れた隊員がきれいに保たれた部屋を見て癒され、また明日から新たな任務で良い働きができると言うわけである。その事を何度も言われ、頭では理解したつもりでも、毎日の度重なる特訓と勿論毎日行う荷物整理、清掃などの雑務で、身体は悲鳴を上げ始めていた。「おーい、早くせんかー!」そうだった。急いで僕は寝間着から隊服に着替えた。まさかこの派手な色の服を自分が着ることになるなんて夢にも思わなかったな。「よーし、来たか。まずは腕立て伏せだ!今日は何回ではなく、五分間だ」「はあ…」「はあ、じゃない!はい、だ!」「…はい」「元気がない!」「はい!」特訓はまるで地獄の修行みたいで、今日も同じのようだ。「お、もうこんな時間か。私はそろそろ行くが、ノルマの素振り、ちゃんとやっておくように!俺は行くが、お天道様は見ているからな」「はい。…ふう」最後の気合を振り絞り何とかすべてのメニューを終えた。「はあ…。もうだめだ…」ふらふらになりながら宿舎に戻ると、部屋にまだ誰も戻ってはいなかった。(あれ?まだ特訓しているのかな?あれ以上に?彼らもやるな…)そう思っていると、いびきが聞こえてきた。あれっ?何だ、もう帰ってきていたんじゃないか、どれどれ。と、いびきのする押し入れの扉を開けると、そこには誰もいなかった。いや、人はいないが、そこには、ぶち模様の猫が一匹いびきをかいて寝ていた。(なんだ?この猫?)見ると、ものすごい不細工な顔で寝ている。でも、よく見ると、かわいい気もしてくる。「お前もひとりぼっちなのか…。ぶち模様でひとりぼっちだから、ボチと名付けよう」その時、部屋の扉が開いた。「おっ、帰ってたか。あっ、こいつ、また勝手に」そう言うと、短気な隊員は無理やりボチの首根っこを掴むと窓から外に放り出した。放り出したといってもここは一階なので、何の心配もいらない。「お前、まさかあの猫を部屋にいれたわけじゃあないよな?違う?じゃあ、あの猫どうやって入ってくるんだ?不思議だなあ。まあいい、今日は一番風呂を頂くぜ」そう言って、彼は風呂に行った。僕は外を見る。ボチは草の茂みで横になっていた。(それにしても安らかな顔して寝てるな…)どことなくボチに対して親近感が沸いた僕は、ボチの気持ちになって、横になってみた。そして、なんだか気持ちよくなってそのまま寝てしまった。明くる日、筋肉痛の体に痛みを感じながらも何とか起きた。例によって、ナイルさんは外で待ち構えていた。「よーし、今日の特訓を始める!」僕らの特訓は続く。

  

【続・二人の男】

 旅を続ける男の一人は、名前をオサフネと言う。由来は、彼が持つ剣の名がオサフネだからである。では何故剣の名前と同じなのかと言うと、彼は記憶喪失で、名前も思い出せない為に仮の名として名乗ることを、剣を購入した商人の子供に勧められたからである。但し、彼の本名も、又それ以外の彼の事を良く知る者が側にいる。それは、旧友のダイアンである。もう1人、シュンという仲間がいる。彼は、奇石と呼ばれる謎の石を何故か沢山持っており、これが彼らの旅を支えていると言っても過言ではない。オサフネ、ダイアン、シュンの3人の旅は、仲間が更に4人増えていた。1人は、自信がなく他人の真似をして生きてきた少年マーリン。彼は孤児で、平和な町で1人暮らしていたが、その町の改革を望む者たちによる暴動に居合わせた旅の3人の活躍を見て、特にオサフネに憧れた彼は勇気を出して旅に参加したいと申し出た。「いいよ。旅は多い方が楽しいから。」次の1人は、元パパラッチの青年プークス。元々彼は、有名人のスクープを撮るため世界中を回っていたが、ある時突然辞職した。理由はもっと人を感動させるものを撮りたいという願いからだった。そして、砂漠に佇む一軒の酒場“ゲルセポネ”で彼は旅の4人と出会う。彼らの奇石によるパフォーマンスを見た時、彼は思わず写真を撮った。ある理由で店を飛び出したオサフネを追いかけ、写真を渡すとともに、より良い写真を撮りたいと旅に参加した。「いい写真ですね。分かりました。」次の1人は、和服姿の青年タケル。彼は、大災害により甚大な被害を受けた元刀国出身の者である。彼も旅の者で、道中で行き倒れているのを旅の5人に発見された。助けてくれた人物に必ず恩返しをする彼は、彼らが旅の楽しみにしていた“闘技大会”までの案内役を申し出た。何故なら、その開催場所は彼の出身地元刀国だからだった。「よろしく頼むよ。」そして、最後の1人は、その闘技大会の常連の格闘家タイミャー。彼は、独自の拳法に自信があり、会場の側の道で出会った旅の6人に腕試しの勝負を仕掛けてきた。代表で戦ったタケルに癖のある拳法を逆手に利用され、敗北した彼は彼らの仲間入りを志願した。「…いいですよ。」代わりにタケルは案内を終えると彼らに別れを告げた。「大会には出ない?」頷くだけで訳を話さず足早に去って行った。「またどこかで。」残された6人は闘技場へ向かった。闘技大会は年に一度開かれる、盛大な大会である。マーリン、プークスを除いた4人が闘技大会にエントリーした。「みんな、お互い頑張ろう!」初戦から決勝戦まで全部戦うと5試合ある。1回戦は、全員突破。その後、タイミャーとダイアンは2回戦で敗退したが、シュンとオサフネは健闘し、3回戦まで突破した。そして、残るは4人となり、その1人のシュンが闘技場内に入る。しかし、対戦相手は一向に現れない。さらに、もう一つの試合を行う2人も現れない。場内が不穏な空気に包まれる。突然姿を消したオサフネを探しに、応援席にいた4人は会場中を探し回る。次に備えていたシュンも探し回り、闘技場の裏にいる4人に合流した時事態を知る。オサフネは、少し前、錯乱し、そのまま行方をくらませた。その手にはある剣を手にしていたと言う。この証言はオサフネと共にいた者のものだった。彼こそ、オサフネの対戦相手であり、なんと名前を“おさふね”と言う人物だった。彼は何か事情を知るのかすぐに後を追う必要があると言った。現場にいたもう1人が既に追いかけているが、その者だけでは抑えられる事態ではないようだった。彼は、オサフネ《ここからは、区別のため旅側をオサフネ、他を長船とする》が今手に持つ剣こそが危険だと言った。“アブソリュート・スィン”という名のその剣は、手にした者を悪魔に化すとされることから、世間でこう呼ばれ恐れられていた。―悪宿剣。それは、マロー・ノワールが指名手配犯となった原因の剣であった。

  


 旅を続ける男の一人は、名前をロンドと言う。彼には尊敬する人物が二人いる。一人は、彼の父だ。彼にとって父は親でもあり、自分を鍛えてくれた師でもあった。その父の命を奪った張本人である者―シャドウを追う為、彼は今旅をしている。そして、もう一人は、かつて世界を救った“英雄リンク”である。その人物は、彼にとっても紛れもなく英雄であり、一族に代々伝わる『あなたの先祖は英雄リンク』という言い伝えが今まで何よりも誇りだった。勿論、彼の愛読書は、英雄リンクの活躍の数々を記した『英雄リンクの伝説』という伝記である。その中にある世界中を旅し、戦いを繰り返しながら人々を救った話が、彼に旅をさせる後押しをしたのかもしれない。だが、彼は物足りなさを感じていた。それは、英雄リンクには仲間がいたが、自分にはいないことだった。対象となった子供の父親を家で休ませている間もその事を考えていた。「やっぱり、あいつも連れてくるべきだったかな。リンク様も後輩を旅に連れていたし。確か、名前は、ブルース…」その時、外の方で何やら騒がしくなっていることに気づいた。気になって外を見ると、町の人が慌ただしいのが見えた。何かから逃げているのか、と彼は思った。まさかシャドウの仕業だとすれば見過ごすことはできないと思い、彼は現場に向かった。「あれは…!」彼の視線の先には、獰猛で牙をむき出しにして人を襲おうとする獣がいた。獣は、この世界において体格、力、性格などが動物とは一線を画す生物の事である。その中でも今目の前にいるのは、“百獣の王ライオン”だった。(噂には聞いていたが…でかい)ライオンが雄叫びを上げ、今にも倒れて泣いている親子を襲おうとしている。彼は止めに入ろうとしたが、獣のあまりの大きさと威圧感に足が動かなくなった。今までの獣とはケタ違いだった。(くそっ、このままでは…)ライオンが爪で襲う、その時、どこからか人が現れ剣で防いだ。ライオンは、一歩下がったが、すぐ次の攻撃をする姿勢を取った。それに対し、先ほど攻撃を防いだ者が動かない。やられる、と思った時もう一人現れ、ライオンの後ろから攻撃した。続いて、初めの一人がライオンの前足目掛け攻撃した。ライオンは二人の同時の攻撃により傷を負い、苦しんでいる。(助かった…)と彼が安心したのも束の間で、ライオンは痛みで暴走し彼に向かって走ってきた。その勢いは助けに来た二人にも防げなかった。「君!避けろ!」そう言われても、彼は動けなかった。いや、動かなかった。何故なら彼が避ければ後ろにはあの親子の家があるからだ。「君!死ぬぞ!」彼は決心した。「俺が倒す!俺は、どんな壁をも乗り越える男、ロンドだ!」ライオンが全力で彼に体当たりした。その後、鈍い衝撃音がして、辺りは静かになった。泣いていた子の母親は目を逸らしていたが、前を見た。「…まあ!彼が倒したわ!」この母親の言う通り、彼はライオンを倒した。「…な、あのライオンを倒しただと?」「武器も持たずにどうやって?」彼は動けない代わりに、拳を前に突き出したのだった。その拳がライオンの額に直撃し、そのまま気絶した。「…すごい!」彼は自分でも驚いていた。何故なら心の中ではライオンの威圧感に気圧されていたからだ。「確かロンド君と言ったね?君は町の人かい?」「いや、旅の者だ」「そうか」そう言うと、あの二人が何やら話した。「君、僕らはこういう者だ」そう言って名刺を渡してきた。「“国家防衛特殊部隊”…?」「ああ。略してSONG(ソング)の隊員だ。知ってるよね?」「いや、知らない」彼は生まれてから道場があるだけの島で暮らしてきて世界の事があまりよく分かっていなかった。「そうか。まあいい。それよりも今の見させてもらった。すごいね」「でも傷を負ってたし」「いや、傷を負っていても素手で一撃では簡単に倒せるものじゃない。君、良かったら僕らの仲間にならないかい?」それを聞いて彼はある言葉に惹かれた。「仲間…」それは先ほど物足りなさを感じていたもの。「そこは強くなれるか?」「勿論だとも」「そうか…なら、受けてやるぜ!」

  

【ノワール】

 ある夕方。「おーい、ちゃんとやってたか!」教官、ことナイルさんだ。この人は夕方に倉庫兼宿舎へ来て、特訓の成果を確認しに来る。「やってましたよ。もう腕がこんなに…」「大分筋肉がついてきたな!俺が直接教えているからな。当たり前とも言えるが。その調子で明日も励めよ!」「はい…」「返事が小さいぞ!マロー・ノワール!」「はい!」ナイルさんを見送り、何とかして部屋に戻る。特訓が終わってから先輩隊員の部屋を掃除したり、資材の入った倉庫を整理したりしてふらふらになりながら布団に入る。それが日常だった。(はあ…何とか乗り切った)僕は目を閉じると、昔の出来事を考える。僕の名前、ノワールには意味がある。その意味は“黒”。ただ、隠された僕の名前の意味は、“悪者”だ。僕の名前を聞いて味方になる者は少ない、総司令官グレートさんは言った。この由来は話せば長くなり、何回か分けなけなければ話せないほどだ。これは母親から聞いて驚いた。代々伝わるという、名前の元になった僕の祖先の話。その人は、幼い頃小動物が好きで触れ合いながら育った心優しい人だった。ある日、はぐれた小動物を追いかけていくと、その小動物を連れて行こうとする人たちがいた。その人が返してほしいと頼んでも、返してはくれない。その人は悲しみ、怒った。ついに、感情が抑えきれなくなった時、とんでもない力が解放された。気絶したその人が目を覚ましたとき、森ごとすべて消えてなくなっていた。これが全ての始まりだった。この出来事がその人の存在を世に知れ渡る発端となった。その人の家族の抵抗もむなしく、ついに世界征服を企む国の王に捕まった。当時世界では戦争が起きていて、その切り札に利用しようとした。詳しいことは伝わっていないけど、その人は、必死に力を暴走させまいと抵抗したと思う。それでも、結果的に、その人を利用した国も他国もすべて壊滅的な被害状況だった。その人がすべて悪かったわけではないのに、この事件で家族は戒めとして“悪者”の意味で“ノワール”の名を代々継ぐように決められた。その後、家族は世界各地に散らばるように身を隠したという。今回は、ここまでにしておこうと思う。“マロー・ノワール”。この呪われた僕の名前が作り上げる闇が僕に不運となって苦しめてきた。そして、恐らくこれからも苦しむのだろう。何だか、そう考えると目の前が暗くなってくる。いや、これは、睡魔だ!特訓による疲労で体が限界を知らせている。あのナイルという人も、恐ろしい。ああ、恐ろしい…zzz。

  

【続・続・二人の男】

 長船、それは世界的に有名な名刀である。又、それを代々製造し、それを自ら愛用する家系があり、代々の当主の名も長船という。そして、今、ダイアン達と共にいる人物が現当主だった。「…つまり、あなたもオサフネさん?」「如何にも。拙者は居合切りの達人と言われる、長船である。しかし、これは何たる偶然。正統な長船である拙者の前に、2名のオサフネが現れるとは…」「え?2名?」「如何にも。今皆に追われる者と、皆と追っている者。勿論、拙者の他に」「…私だ」「いつの間に!」「何をいうんだ。さっきから一緒にいただろう」「影が薄い。シュンといい勝負ができる」「拙者と彼は君らと会う数刻前に、今追われる方のオサフネに出会った」そして、長船がオサフネにあった時の事を語り始めた。長船は試合前の準備をする為、闘技場の裏へ来た。そこにはオサフネとおさふねがいた。その二人は何やら話していた。耳を澄ますと、「これ抜けないんですよ」「試してみます」という会話だった。おさふねがオサフネに剣を手渡そうとした。その時、長船は咄嗟に体が動き、それを止めた。おさふねは動揺した。長船も自分でも一瞬分からなかったが、思い出した。それは、過去に禍根がある忌々しい剣だった。見るからに忌々しいので分かった。「すまなかった。その剣に見覚えがあった故、体が勝手に反応した」それは悪宿剣と呼ばれ、一度抜くと手にした者が悪魔と化し、その後は災難になる。しかし、それは心に闇を抱える者、即ち選ばれし者にしか抜けない仕組みだった。「ところで、あなたは?」「拙者か?お主、見たところ、なかなか手練れと見える。ならば、この剣をご存知か?」「長船ですよね?私も持ってますよ」「真か?実は拙者はそれを代々製造する名門、居合切りの達人と言われている長船である」「あなたが!」「良き反応。この剣を持つ者に一つ、お主、これで人は斬ったか?」「いや、まだ」「なら良い。これは人を斬るために造られておらぬ。人を守るために使ってほしい思いが込められている」「なるほど。肝に銘じます。因みにですが、私と彼、共に記憶がなくて、名前をこの剣に借りているんです」「そうであったか。よし、彼にもこの剣について…」その時、オサフネは、ぽつりと言った。「あれ?抜けちゃいました」近づいていた長船は恐れで驚愕し、立ち止まった。「うおおおおおおお」突然オサフネが雄叫びを上げた。一方、おさふねは失っていた記憶を取り戻した。「そうだった…、全部思い出したぞ。私の名はクリスピー・ドサン。私は欲望に負け、自らあの剣を盗みだしたのだ」「何て哀れな…」「だが、私は、かつて、あの剣の暴走を止めた事がある」「まさか、あの時、あの場所に…?」「ああ…あの暴走を止めようとして私の父は…。だが、その忌まわしき剣を、二度と開けてはならない禁断の箱を…」「いかん!彼をあのままにしておけぬ。あの忌まわしき事件が再び起きてしまいますぞ!拙者は追う!お主は?」「おう!勿論追う!」すべてを語り終えた長船は走りながら皆の方を向いた。「そんな事が…」「応。あの者の速度は尋常でなく拙者らはみるみる離されてしまった。それから其方らが現れた」その時恐る恐るマーリンが尋ねた。「あの、もしかして今巷で話題の指名手配犯というのはまさか貴方では?」「恐らく、そうだ」「「え!」」一同は全員立ち止まり身構えた。それを何とかして抑えようとクリスピーが言った。「安心してほしい。今はあの事件と同じ事は二度と起こさないよう努めるし、あの事件については自主するつもりだから」一同はしばらく悩んだ末に、長船が言った。「どうやら本心のようである。彼の目がそう言っている」それを聞いて、ダイアンは言った。「その言葉、信じますよ」「忌まわしき事件について聞いていいですか?」シュンが質問した。「聞きたいか…しかし、兎に角今は一刻も早く彼を見つけ出さねば、彼のためにも」「はあ。じゃあまた今度聞かせてください」「ところで、大会は大丈夫でしょうか?」マーリンが心配した。「う~ん。たぶん何とかするだろう」「おい、お主ら、急を要するぞ」一同は再び走り出した。その頃、オサフネもまた猛烈な勢いで駆けていた。溢れ出る力が全身に沁みわたっていくのが分かった。「うおおおおおおお」そう、彼はこの瞬間、悪宿剣に選ばれた。それからオサフネは悪魔と化し、目にも止まらぬ速さで疾走する。海を渡ると、前に塞がる樹齢千年の木を薙ぎ倒し、行く手を阻む翼が体長の5倍はある巨大な獣を一撃で斬り伏せながら進む。もう誰も彼を止められないのか。

  


 リンク、それは世界的に有名な英雄の名である。ロンドは、その人物を心から尊敬し、その活躍を記した“リンクの伝説”を愛読書にしている。そんな彼は今、SONG(ソング)基地の中で最寄りにして最大の基地、SONG(ソング)本部にいた。「大変忙しい中謁見有難うございます、総司令官殿。ライオンの討伐報告に加え、SONG(ソング)隊員候補者発見報告がございます!彼は我々が武器で戦ったのに対し、自らの拳でライオンを仕留めたのです!彼の同意の元、連れて参りました!」「…そうか。そのライオンを素手で倒した君、名前は?」彼は名前を聞かれ深呼吸した。「…俺は、かの有名な英雄リンクの21代目の子孫、ロンドだ!!」その声の大きさに周りの隊員は驚きを見せたが、総司令官は驚かずに言った。「ほう、あのリンクの子孫か。ならば、その実力、見せてもらおうかな」「望む所だ!」「良い意気だ。だが、そんなに入隊を希望するのなら、去年なぜ受けなかった?まさか落ちたのか?」「この俺が落ちるだと?去年は知らなかったから受けていない。つい先日旅の途中で知って飛んで来たんだ!」「なるほど。ついてきたまえ」総司令官が彼を案内した先は、SONGが有するコロシアムの地下だった。「ここでは、SONG(ソング)隊員の入隊試験では特例の場合に用いる訓練用の獣を飼育している。見えるかな?あの柵の向こうにいる獰猛な獣と対戦して見事に勝つことが出来れば特例として入隊を認めよう。万が一危険な場合は笛で安静に出来るから安心したまえ」彼は自分が下に見られたようで気に食わない顔になった。「その顔なら大丈夫だ。対戦は、来週だ」「今すぐでいい!」「ははは。その気合を来週に取っておいてくれ。これは通例の事で、特例試験を行う際は観客を呼ぶために1週間先にする決まりがあるんだ」その時、近衛衆が総司令官に言った。「本当に大丈夫でしょうか?特例試験の一つ、獣との戦闘は、以前候補者が出血したことで獣が興奮し、観客にけが人が出た為に一時禁止されていましたが」「大丈夫。あの日は初めてのことで対処に手間取ったが、今度起きた時は予測が出来ている」「そうだといいんですが…」「大丈夫。あの男の目を見てみろ。あれは…本気の目だ。それに、いざとなったら、私が止める」「了解しました」「おい、聞こえてるぜ。それは俺が負けた後の話だろ。そんなことは絶対にない!」「それなら今度実際に証明してもらおう」「任せとけ!」「幸運を祈る」総司令官は後の手続きを近衛衆に任せその場を去った。彼は、ライオンを素手で倒したことで自信がついており、自分を下に見ている総司令官の事をどうも好きになれずにいた。

  

【宇宙人、現る】

 ある朝、突如事件は発生した。ドゴーン!!!「何だ!?」物凄い衝撃音で、目を覚ました。倉庫兼宿舎にいた周りの隊員も全員起きたようだった。その音がした方へ皆が向かった。そこには、土煙が立ち込めていたが、やがて正体が現れた。「何だ!?」それは、人でもなく、物でもなく正体不明の生物だった。これを未確認生命体というのだろう。「…フフフ、ツイニツイタゾ」「喋った!」誰かが言った。「ヨクキケ、ワレハ、ウチュウノカナタニアルロニョセイカラヤッテキタ、ロニョセイジンダ!」しばらく沈黙があった。「…アレ?ナゼダマルノ?」誰かが叫んだ。「侵入者だ!捕らえろ!」「チガウ」「待ってください。奴は得体が知れません。一体どんなものを隠しているか…」「ソウダ」誰かが勇気を持って聞いた。「宇宙人なんて本当にいるの?」「イル。ワレガソウダ」「そんな話信じられるか!」「ナニヲ。ワレノスガタガナニヨリノショウコ」確かにそれ(・・)は、顔が非常に白く、長かった。特に額部分が長かった。それなのに、胴体部分は僕らと変わらなかった。また、誰かが勇気を持って聞いた。「…じゃあ、仮に本当だとして何のために来たんだ?」「ヨクキイタ。…ソレハ、ココ、チキュウヲワレノモノトスルタメダ!」それを聞いた隊員たちはその場にある武器を手に取った。「ナンノマネダ?」「今、否定しなければ、侵入者とみなし対処する!」「オイ、マテ」隙を与えてはならないというSONGの教訓から、数人の隊員たちはそれ目掛け駆け出した。「マテ!ヤメロ‼…スマナカッタ。イマノハジョウダンダ、ジョウダン。ホントウハタノミガアッテキタ」数人の隊員たちは急停止した。「頼み?」「本当かよ」「ホントウダトモ!シンジテクレ!ワレ…イヤ、オレハモトハニンゲンダッタ。ダガ、アルヤツラニダマサレテコンナミニクイスガタニカエラレタンダ!」隊員たちは武器を下した。「ある奴らって?」「ソレハオレニモワカラナイ」「騙されたというのは?」「モトモトアルバイトノボシュウデイッタ。デモ、ホントウハチガッタ。アア、イウノモオソロシイ」全員が集中していたので、同じようにこけた。「言ってくれ!」「ウン、ワカッタ。ソコデハジンタイジッケンガオコナワレテイタ」「人体実験!?」「ソウ」「どんな?」「イウヨリ、ミテモラッタホウガハヤイ」そう言うと、それは全身が光り始めた。全員が固唾を飲んで見守った。それは、みるみる姿が変わり丸い姿になった。「変身した!」「本当に人間だったの?」「嘘でしょ」「ソウオモワレテモシカタナイ。デモ、ホントウダ」誰かが言った。「それで結局どんな実験だ」「ソレハ、モウワカッタデショ」(分からないよ)誰もがそう思った。「アナタガタ、タイインデスヨネ?ダッタラワカルハズダ。コノスガタニミオボエガアルトオモウ」またしばらく沈黙があった。誰かが独り言のように言った。「…まさか、ゼラチン族じゃあるまいし…」「ソレダヨ!オレガウケタノハ、ゼラチンゾクトニンゲンノガッタイジッケン」「「ええ!!」」全員が驚いた。ナイルも驚いた。「おお!…オホン!君たち、何の騒ぎだ?」その声を聞き、特に上級の隊員たちは驚いて敬礼した。その中で、隊長らしき隊員が答えた。「はっ!先ほど、この宿舎に、突如未確認生命体が現れ、その確認と詳しい聞き込みを行っておりました!」「そうか。だが、今何時だと思ってる。任務開始は当に過ぎてるぞ。ここはいいから!出動!」「はっ!」慌ただしく、上級の隊員たちが出かけていき、その場は未確認生命体とナイルと“ドレミレド”だけになった。ナイルは言った。「君、名前は?」「オレノナハ…タシード・ガルア・デ・ロニョテシクリャロニョロニョルスニテヲイカセ、ダ」「長…嘘だよね?」「スミマセン。ロニョ、デス」その後、ナイルは初めの姿に戻ったロニョを連れSONG(ソング)本部に戻った。マロー達、下級隊員は当然その場の後片付けをせざるを得なかった。その日の午後、ロニョが帰ってきた。話を聞くと、彼の元の姿に戻りたいという熱意に押され、彼に実験した者の捜索をSONG(ソング)は引き受けた。その代わり彼は特別に短期間SONG(ソング)隊員として働くことになった。「ヨロシク」彼と一緒に後片付けを続けて、1週間以内に終わった。この騒動に直面したドレミレドの僕らは、総司令官の計らいで、コロシアムで行われるという特例の入隊試験の見学に招待された。そこで、マローとロンドは出会う事になる。

  

【特例試験】

 特例入隊試験当日。コロシアムにて。「いよいよか」「いよいよです」「…それにしても試験の彼、なんて強さだ。簡単に百人抜きしてくれるとは」「…そうですね」「これは期待の新人だぞ」「まだ合格と決まったわけでは」「…ところで、前に座っている彼は誰だ?」「ああ…彼は例の、落下してきた」「そうかそうか、彼もいたか。依頼人でもあるからな。見るのは初めてだが、やはり長いな」「長いです」「ちょっと話してこよう」総司令官はロニョの側に近づき、彼の背後に回るとそのまま頭をつつくように触った。「おや、やはりプニョプニョしている。噂は本当なのだな」「…アノ、コトワリモナクサワルノヤメテモラエマスカ。ビックリスルノデ」「これは失礼。興味があったものでな。でも、君、その頭不便じゃないか?」「スコシフベンデスガ、マダマルイカタチカコレシカヘンシンデキナイノデ」「なるほど。面白い。ひとまず今日は楽しんでくれ」「ハイ」総司令官は話が一段落すると元の席に戻った。「いやー気持ちいいな、あれ。たまに触ろう。そういえば、ドレミレドの彼が言っていたよ。もう少し特訓のレベルを、特に個別の方を下げてほしいと」「そんな事を言いましたか。弱気な発言を、しかも総司令官様に言うとは」「まあまあ。彼は未経験だし、もう少し下げてあげて」「…分かりました。でも、元は貴方様が提案した事ではありませんか?」「確かに。まあ、それも彼の能力を確かめるため」「まさかあの話本当なのですか?」「分からない。ただ様子を見る必要はある。お、もうすぐ始まるみたいだ」コロシアムには周辺の住民や休みの隊員たちが集まり、会場の席はほぼ埋まっていた。あちこちの話声で騒がしい中、演奏が流れた。これがSONG(ソング) の入隊試験の始まりの合図である。演奏中にまず、審判団が入場した。演奏が終わると会場は拍手に包まれた。審判長がマイクを取った。「ええ、本日はお集まり頂いて有難うございます。本試験は二段階構成となっております。本日は、第一次・SONGの精鋭たち百人抜きを突破した者のみ対象に行う、第二次・SONGが飼育する獣との一騎打ちとなります。では早速試験の方を進行してまいります。まず候補者の入場です」すると、閉ざされた門が開き、そこから全身赤い衣服を身にまとった者が現れた。その男、ロンドは闘志に満ち溢れていることが一目瞭然だった。ロンドが所定の位置につくと、再び審判長がマイクを取った。「続いて討伐対象の獣を投入します」今度は閉じられた柵が開かれ、そこからは、大きな牙を持つイノシシに似た大型の獣が現れた。人の3倍の高さはあった。その獣もだいぶしつけられているのか所定の位置について止まった。「では、これより、特例入隊試験第二次を開始します」そう言うと、審判長はマイクの代わりに合図用の銃を取り、それを上に向け、パーン、と鳴らした。「はじめ!」すると、獣が先ほどとは打って変わり、暴れ出す準備動作として前足で地面を蹴った。「突進をするようだ」ロンドは腕を組み微動だにしない。獣は逆に挑発されたと思ったのか突進を開始した。ロンドは動かなかったがギリギリのところで避けた。「あの突進を避けるとは、彼やるな」獣は勢いを弱めるのが苦手と見えたが、コロシアムの壁の寸前で方向を変え、突進を再開した。しかし、再びロンドは寸でのところで躱す。獣も再び壁の手前で方向転換し突進する。その後しばらくロンドが避け、獣が突進する繰り返しだった。観客からは同じ展開に不満を言う者もいた。そこで、獣が同じ手法を止めた。獣は突進はやめ、コロシアムの周りを走り始めた。獣の勢いは更に加速し、ロンドの周りを回った。この勢いで突進すれば先ほどまで以上に勢いが増し避ける事は困難になる。しかし、ロンドは依然として微動だにしない。獣は耐えきれずロンドに迫った。ロンドはまだ動かない。観客がぶつかる、と思った時、ロンドが獣の腹部に滑り込み獣の体にしがみついた。獣は予想外の事に驚き、壁寸前の方向転換が遅れ、壁に少しめり込みながらも走り続けた。コロシアムは大変な振動に包まれ、今にも破壊しそうだった。いや、既に壊れていた。「皆さん、直ちに外へ避難してください!急いで!」会場は騒然とした雰囲気に包まれた。観客は逃げ惑い、更には総司令官までも逃げていた。試験どころではなかった。マローも同じく逃げ始めた。しかし、ここでマローの不運が発動した。落ちてきた瓦礫に足を挟まれてしまった。助けを求めた時にはもう誰もいなかった。(こんなところで死ぬなんて…)その時、誰かに声をかけられた。「大丈夫か!今助ける!」その人は瓦礫の下に手を入れ持ち上げようとしたが、重く無理だった。「くそ!だったら…」そう言うと、拳を握りしめ、そこに息を吹きかけ、念じた後、勢いよく瓦礫を殴った。「壊れろ!すると、忽ち瓦礫にヒビが入り粉々になった。「す、すごい…!」「俺はどんな壁も破壊する男、ロンドだからな!それより、早く出るぞ!」そして、彼らはそのまま外に向かった。「やったな…初めてあんなデカい岩壊せた。それより見たか!俺の最後の蹴りをよ!」「蹴り?今のはパンチじゃ?」「何言ってる?試験の話だよ!ケリを付けただろ、蹴りで!今頃気絶してるぜ?」土煙の中をよく目を凝らすと、確かに獣が倒れていた。ここで、マローはその人が全身赤い服であることに気付いた。「あ!あなたは候補者の!」「そうだ。今更気づいたのか!面白いなお前。名前は?」「マロー」「俺は、ロンドだ!あの英雄リンクの子孫だ!よろしく!」「よろしく…」今にも崩れゆくコロシアムの中で、マローとロンドは出会った。

  


 その後、コロシアムは完全に倒壊した。これによる負傷者は奇跡的にいなかった。いや、強いて言うなら、あの獣だった。コロシアムの瓦礫の撤去作業時に獣の遺体が見つかった。本来生きたまま倒すことが試験の内容だった。それを踏まえ、総司令官は決断し、今自分の部屋に招いたロンドに向かって言った。「君、何したか分かってるかな」「言われた通り、気絶させただけだ!」「気絶の意味を知っているかな。動かないようにすることではあるが命まで奪うことではない。それに、コロシアムがあんな事に…」「あんな事になったことは謝る。でも、それはあの獣が暴れたせいだ」「まあ、コロシアムも老朽化していたし仕方ないとも言える。しかし、あの獣を暴れさせるようにしたのは君だ。あんな戦い方をせずとも気絶させる方法はあったはずだ。頭を使えばいくらでも。むしろあの獣はああ見えても冷静で賢かった。」「…何言ってやがる!あんなに真っすぐにしか進めない奴のどこが賢いんだ!」「あれはそういう獣の特性だ」「なら、事前に教えておいてくれ!それなら、こっちにも対応の仕様があった。こっちは獣相手に戦うのなんてまだ2回目だ!」「落ち着け。君は合格だから!」「…え、今なんて?」「だから、合格だ」「本当か!?やったぜ!!」「こちらも人員が不足している状況。それに君の実力は認める。故に、君の入隊を認めよう。早速、明日から配属先に加わってもらう。但し、君のやり方には頂けない所がある。少し乱暴な所だ。今後気を付けたまえ。以上だ」部屋を後にしたロンドは合格した事に喜んだのも束の間、自分の至らない点を指摘した総司令官の事をやはり気に入らなく思っていた。ただ、少し乱暴な所について気にしてもいたのだった。とにもかくにも、ロンドは、この時、SONG隊員となった。

  

【異動】

 それから、1週間後、ロンドはその実力を試されていた。「行けー!」「「はい!」」今、ロンドの目の前には数種類の獣がいた。それらは訓練用の獣で、隊員であれば誰もが戦う相手だった。一種は“ガブリエル”。対象を丸のみにして強力な胃酸で溶かし捕食する。しかし、極めて弱い。万が一のみ込まれても仲間が救出すれば何の問題もないが、数秒で胃酸を発するので素早い対処が必要である。一種は“ヒヨッコリー”。その名の通り、何処からともなく現れる鳥獣。成長してもヒヨコ程度の大きさしかないが、甘く見てはいけない。頭蓋骨が非常に硬く、それを活かした頭突き攻撃が得意である。しかも小ささを補い集団で行動する習性から連続の頭突き攻撃には要注意である。最後の一種は“プラント”。文字通り、植物の獣。木に極似しているが、明らかに違う点がある。それは根で動いている点である。枝分かれした部分を使い攻撃してくる。又、そこを切り落とすと、それが新たに別の個体になる。この次々と生まれる事から、名前は工場の意味も持つ。その為、倒すには幹を狙って攻撃する必要がある。ロンドはその中でヒヨッコリーを狙った。何故なら、自らの拳でその頭蓋骨の硬さを上回るためである。そして、次々に襲い掛かるヒヨッコリーたちをロンドは次々と気絶させていった。その間に他の隊員が残りの獣を片付けていた。「よし!今日はこれで終わりだ。皆、お疲れ!解散!」訓練は同じ小隊から2人1組になって行う。小隊は7名で構成される為、余った1人である小隊長が訓練の指揮を執る。訓練が終わると更衣室で着替え、組ごとに一日の反省を行う。その後、隊員は就寝前に余暇を過ごす。そんな中、ロンドは誰よりも先に就寝する。「おい、見ろ。彼また一人先に寝てるよ」「良いよ。彼は俺らとは違うんだ」ロンドにはある目標があった。今までの歴史で入隊から最短の近衛衆になり、あの気に入らない総司令官グレートに決闘を申し出て、勝利する。そして、自らが総司令官となり、部下となったグレートに対して上から目線で指示を出す。その目標を実現するため今日もロンドは誰よりも先に就寝するのだった。



 同じ日、マローは特訓の成果を試されていた。「来い!」「とりゃー!」「初めに比べ良くはなった。だが、まだだ。気迫が足りん!」既にこの日通常の任務、即ち清掃や物資の整理を終えてからかれこれ3時間ずっと特訓は続いていた。「とりゃあー!」「違う!もっと命を懸けて剣を振れ!」「くぅ…」マローは疲れが限界に達し、自棄になった。「の、のりゃー!!!」「いいぞ!それだ。今の感覚を忘れるな」「はあ、はあ」マローは倒れるようにその場に伏した。「よく頑張った。これでようやく全て終わりだ」「すべて?」「ああ。私の特訓、つまり私の役目が。もうお前さんは一人前の兵士の仲間入りだ。明日からお前さんは異動になる」「え!?ど、どうしてですか?」「ついこの間来た、ロニョとかいう者がドレミレドに入る事で定数がオーバーしたんだ」「それならドレミレドの隊長を」「あいつはここが合ってるからこのままにする。他の者共も同じ理由だ。だが、お前さんはまだ伸びしろがあると見た」「いえいえ、そんなの…」「聞け!言いかえれば、お前さんは期待されているんだぞ。それに次の配属先は場合によっては今よりも気楽で居られるぞ。場合によっては出動もあり得るが」「しゅ、出動!?」「ああ。SONG(ソング)における出動とは獣の討伐・災害救助が主だ」「えぇ!そんな事まだ無理です!」「今更何を言っとる。安心しろ、そこには優秀な先輩たちもいる。それにもうお前さんは大丈夫だ。近衛衆筆頭の私が言うんだ。自信を持て!」とりあえず、挨拶はしておこうとマローは思った。「今までありがとうございました」「おう。また会う時が楽しみだ」これがナイルの特訓最後の言葉だった。(終わったのか…。長かったようで短かったような、その逆のような…。異動か、不安だな。でも、看守のおじさんの特訓にもなんとか耐えたし、なんとかなる…なってほしい)


  

【タブラ・ラサ】

 更に月日は流れて、現在マローは前の仕事場である宿舎から離れ、SONG(ソング)本部の建物にいた。仕事内容は前の宿舎での雑用ではなくなり、基本的に任務につくと聞いていた。しかし、その任務は他の部隊と同様の類ではないらしかった。それについてマローは、配属初日に、部隊長であるモゲレオ・ノルマレンディーに聞いた。「本日付で配属された、マローです。よろしくお願いします」「よろしく。ようこそ“タブラ・ラサ”へ。この部隊名の意味は、“白紙”、つまり部隊としての絶対命題はない。この部隊の良さである自由であることでどんな任務もこなすことができる。それがこの部隊の生まれたわけさ。その任務がない時は完全に自由だ。そうは言っても、何も制約がないわけではなく、すぐに動けるように備えていなければならない。でも、それだけ守ればあとはやりたい放題さ。まあ、確かに変わってるといえば変わってるから、“へんたい”と言われる理由も分からないでもない」「へんたい?」「ああ、元々は編入の編に部隊の隊で“編隊”が正しい。だが、周りの奴らはそれを文字って変な部隊で“変隊”と言うんだよ。どう思う?ひどいと思わないかい?」「そ、そうですね…」その後、しばらくモゲレオ隊長が一人でぶつぶつと言い出したので、マローは質問した。「あの、ここでは、主に何をするんですか?」「お?良い質問だね。例えば、総司令官様の書類整理の手伝いだったり、総司令官様の会議の下準備だったり、時には、総司令官様の行く先にいる獣を倒すことだってある。総司令官様の補助の役目をすることが基本だ!」「それって…?」「そう!主に総司令官の雑用だ」「また雑用か…」「そう落ち込むな、新米。僕たちはね、何も抱える任務がないからこそ、何でもできる、可能性を秘めた部隊、私はそう思っている。君もそう思えば、配属されて良かった気がするだろう?まあ、元気を出したまえ」「はい…」「それじゃ、私はちょっと用があるから、失礼する」そして、マローは元々2人しかいなかった部屋に1人残されてしまった。ここの隊員は何人構成なのか分からないが結構広いその部屋に静けさが満ちた。マローは不安感を覚えた。ここに来る前にナイルに聞いていた出動への恐怖が思い出されたのだった。その事に対し、ナイルは優秀な先輩がいると安心させてくれたが、あの口髭のある隊長だとしてもまだ優秀かどうか正直分からない、と思っていた。それに他の人は一体どこにいるのだろうか、それとももしやあの隊長だけで構成されているのだろうか、など様々に考え、今後に更なる不安を抱えていた。その時、部屋の扉が開かれた。「君が、新入隊員のマロー君だね?」「は、はい」マローは突然で動揺した。「ようこそ、タブラ・ラサへ!」何だか聞いたことのある台詞だった。「ここはね、部隊名の通り…」ここまで聞いてモゲレオ隊長と同じ説明だと分かった。「あ、その話聞きました」「え、誰に?」「モゲレオさんに」「ごめん。知らなかった。いやー、僕ら自由だからあまりお互い話さないんだ。それより、僕はペリドット。一応ここの副隊長だ。よろしく」「よろしくお願いします」「まあ、ゆっくり休んで」その後、ペリドット副隊長は椅子に腰かけ、新聞を読みだした。(この人は同じくらいの年かな?もしや、年下かもしれないくらい若い)「あれ?そう言えばマロー君って、今まで倉庫で雑用してたんだよね?」「はい」「という事は、本部基地に来るの初めてだよね?じゃあ、案内するから、ついてきて」「あ、はい」正確には逮捕時に来ているが、話すと面倒なので、そのまま、彼に従い本部基地を案内してもらった。その後も部屋で休んでは思い出したように話を聞かれて答えたり、たまに質問したりして大体の事が分かった。気さくに話してくれるこの人のおかげで思ったより悪くない場所だとマローは思い始めていた。

  

【暴走者、現る】

 同じ頃、ロンドはついに実地任務に当たっていた。実地任務とは、主に国民の暮らす町や村に出没する獣の討伐、災害発生を抑制する活動の2種類であった。これは、訓練を乗り越えた隊員にしか任されず、少なくとも2か月は時間を要する。しかし、ロンドはたったの2週間程度で乗り越え、今に至る。その彼は、今、一体のライオンと対峙していた。「二度目の遭遇だな」ロンドが独り言を言うと、同じ組の隊員が言った。「お、君も?実は僕も二度目だ…。でも、前は危ない所を大隊長に助けられたんだ…」ロンドはライオンと目を逸らさずにじっとしていた。「…聞こえた?」ロンドは聞きながら考えていた。ライオンは、一瞬の油断で死を迎える相手。つまり、不安になるような事は考えてはいけなかった。そこでロンドは一言答えた。「話す余裕あるなら勝つ努力をしろ」その時、ライオンが咆哮した。「ガオオウ‼」「そっちがその気なら、こっちも負けられねえ!」ロンドは持っていた武器を捨てた。「え!使わないの!?」ライオンが向かってくる。ロンドも駆け寄り、交錯した。刹那の後、ライオンは倒れた。その時、陰で見ていた大隊長が拍手しながら現れた。「強い!君はセンスがある!ガッツもある!それにまだ強くなれる!君は向いている!いつかは私の後を任せたいと思う!」ロンドは大隊長に認められ、過去最短となる大隊の副隊長の命を受けることになる。なんと、彼の名である“ロンド”は部隊の名でもあった。部隊名と名前が同じだと紛らわしいという理由で改名を迫られた。彼は、少し考え、すぐにあの英雄リンクの名を使おうと思いついた。「俺はかつての大英雄、リンク様の子孫だ。それなら俺はその名を使わない手はない。リンクとロンド、合わせて“ロンク”!」「おお!素晴らしい!」大隊長は絶賛し、任務に当たる時ロンドはロンクとなった。それからロンクの活躍は凄まじかった。副隊長の候補者たちや元副隊長は、文句を言いたかったが、ロンクの活躍の凄まじさに何も言えなかった。その中で最も凄まじく、副隊長昇進の決め手となった活躍が“悪宿剣”の事件だった。ある日、ロンクは外の任務に就いていた。そこは森の中でも視界が開けた場所だった。その時、遠くの草の茂みの辺りから違和感があった。「ん?何だ?」気になり近づくと、向こう側から何やら聞きなれない音がしていた。それは、剣と剣がぶつかる音だった。その音がする時は人同士の対戦だけだった。草むらをかき分け向こう側に出ると、そこにはライオンの死体と負傷し倒れる隊員、そして何者かが他の隊員に襲い掛かっている光景があった。「ロンク!助け…」隊員が目の前で斬られ倒れた。それは、ロンクに悲しい過去と重なった。その時、相手がロンクを見た。その人物は、瞳は黒く光を失い、無表情で、全身から得体の知れないオーラを発していた。まるで人ではない。例えるなら、悪魔だった。

  


 ロンクは、今目の前で仲間を斬った相手を見据えていた。相手もまたこちらを見ていたと思ったが、焦点が合っていない。ロンクの脳裏にはある一つの事があり、口に出した。「…お前、シャドウだな?」ロンクは相手のその冷徹な雰囲気から自分が追う闇の存在、シャドウだと思い込んでいた。しかし、相手は答えない。「…俺の親父を殺したか」やはり相手は答えない。相手は、地面につけたままの剣を左右に動かしている。ロンクは、相手の反応に関係なく、拳を固めていく。「どちらでもいい…倒されてくれ!」そう言うとロンクは相手を目掛け拳を繰り出した。当たる直前で相手は倒れるように避けた。そのまま剣を振り上げようとしたのを、ロンクは見逃さず、素早い蹴りで剣を持つ手を弾いた。「これは以前お前の仲間にやられた反省から編み出した蹴り技だ!」相手の剣は弾き飛び、遠くの地面に落ちた。相手が体勢を低くした。ロンクは剣を拾う間も与えずに相手の顔面を狙う。しかし、相手も腕で防ぐ。その時、相手は不敵に笑みを浮かべる。一瞬だった。気づいた時、ロンクは地面に横たわっていた。動こうとすると腹部に痛みが走る。痛みをこらえ前を見ると、相手が剣を持っていた。剣を地面に轢き釣りながらこちらへ来る。(やられる…)そうロンクは思った。相手が剣を振り上げた時、何者かがロンクの前に現れ攻撃を防いだ。「ロンク…!大丈夫か?」「ああ…!死を覚悟した。…だが、ここから逆転だ!」ロンクは同じ部隊の仲間アジズに助けられた。アジズは剣で、ロンクは拳で応戦する。しかし、相手の尋常でない力と速さに2人は再び危機に瀕する。「このままでは…」相手が不敵に微笑み、剣を振り上げた時、その剣を何かが止めた。今度は、植物らしきものだった。それは普段特訓相手として戦っている獣プラントだった。「…チャンスだ!」ここぞとばかりにロンクは再び蹴り技で相手の剣を弾き飛ばした。相手は今獣に自由を奪われ、その上武器も持たない。これで一安心だと思った時、相手は剣の鞘を勢いよく獣の胴体に突き刺した。獣は一瞬で倒され、二人はまた窮地に追い込まれた。「…来るぞ!」アジズは相手の攻撃を剣で防ぐ。しかし、相手の力が勝り、度重なる攻撃にアジズは弾き飛ばされた。「大丈夫か!」「…あ」アジズは何か閃いたような声を出した。「お前何か思いついたか!」「…そう言えば、相手が持つ剣、どこかで見たと思ったら、前に盗みだされた悪宿剣という剣にそっくりだなあ、と」相手は見失ったのか剣を探している。「本当か!?それで何か解決できるのか!」「う~ん、分からない…」「おい、思い出せ!何かあるはずだ!その剣の特徴とか!」相手が剣を見つけた。「え~と、その剣は選ばれた者にしか抜けない、抜いた者は悪魔と化す…つまり、その剣を抜くまでは何の効力も無いんじゃ?」「それだ!!」相手が剣を手に、ロンクに駆け寄る。ロンクの目が変わった。相手の攻撃をしゃがんで躱すと同時に足を伸ばし相手を転ばせる。すかさず相手に圧し掛かり、剣を奪おうとするが上手くいかない。よく見れば綺麗な顔立ちをした青年のようだが仕方なく相手の顔を殴る。ついに、剣を奪うことに成功する。それを見て、アジズは叫んだ。「わ!ロンク、自分が悪魔に!」「え…」ロンクも一瞬ヒヤリとしたが何もない。その時、相手が剣を奪いに起き上がる。「ロンク、速く!」ロンクは右手の鞘に左手の剣を仕舞う。すると、相手は嘘のようにその場に倒れた。「お…終わった」2人もその場に倒れ込んだ。その後、あの悪魔と化した青年はSONG(ソング)本部の医務室に運ばれ、今は安静にしている。彼に斬られた隊員も無事一命を取り止め安静にしている。アジズとロンクの2人は、報告を終え話していた。「一体誰だろうね?」「さあ。(とりあえずシャドウでは無さそうだった…)」「やはり指名手配犯か」「さあな」「それにしてもお互い怪我がなくて良かった」「ああ」この時、ロンクは心の中で初めて仲間と呼べる者が出来たかもしれないと思った。

  

【真犯人】

 SONG(ソング)本部総司令室にて。総司令官グレートと近衛衆達は会議をしていた。「本当にあの青年が真犯人なのでしょうか?」「うむ。まだ確証は持てない。…だが、ナイル、あの話は本当なのか?」ナイルは近衛衆の何人かとしていた話をやめ答えた。「ええ。今も話していましたが、あの青年、以前在籍していた隊員の顔とどうやら一致します」もう1人の近衛衆がその隊員の顔をボードに表示した。「彼です。名前は、オサフネ、という者です」「オサフネ?確かに同じ顔だ。脱退日は、あの獣の事件の時か」先ほどの近衛衆が答えた。「はい。そうです」「そうか…。彼はあの獣と化した隊員と共に突然姿をくらませた。しかし、元々の指名手配犯の顔とは全く違う。共犯か、それとも何らかの形で彼の手に渡ったか」「いずれにせよ、これであの剣は戻りました」「ああ、そうだな。心が晴れたようだ。これもアジズ君とロンク君のおかげだな!彼らの階級を昇進だ!ところで、ナイル、あの謎は解けたか」「いえ。例の剣の封印は、保管する寺の僧でも知らない暗号でなされ、そもそも剣は、関係者でもなかなか近づけない神域の祠に閉ざされています。その暗号は、あの怪盗ですらそうそう簡単に解けないと思われます。この犯人、よほどの手練れかと」「有難う。いったい何者なんだ」


 「…へっくしょん!」「どうなされた?クリスピー殿」「誰か噂でもしてるんじゃない?」「そうなのかな」オサフネを追いかける7人は雨宿りをする為、茶屋で休んでいた。「雨、止みませんね」「そうですね」「…おい、こんなことしてる間に奴が暴れたらどうすんだ?」一番考えて無さそうな筋肉ムキムキのタイミャーが言ったので、皆静まり返った。「御尤もである。早くいかねば」「いやいや、長船さん。少し休もうと言った時賛成してたじゃありませんか。休息も必要だと」ダイアンが言ったことが図星だったのか長船は黙った。全員一斉にお茶をすする。茶屋に静けさが広まり、テレビに流れる音がよく聞こえる。「…次のニュースです。厳重に保管されていた国宝“悪宿剣”が盗まれ行方不明になっていましたが、昨日SONG(ソング)大隊ロンドのロンク隊員、アジズ隊員の活躍により回収されました」それを聞いて飲んでいたお茶を吹いたり、むせ返る者がいた。「…ごほっ!」「汚いな!」「…それよりも、回収されたって!?」「そうみたいですね!」「あの、今は聞いた方が…」マーリンの言葉に全員テレビに耳を傾けた。「2名の隊員が剣を持って暴れていた男と戦闘となりましたが、剣の回収に成功しました。その後、男は意識を失いましたが、現在SONG本部基地内の病室で安静にしているそうです。現場にはライオンの死体がありましたが死者はいなかった模様です。これにより、ロンド隊員は大隊ロンド副大隊長、アジズ隊員は大隊ロンド一等兵に昇進が決まりました。次のニュースです。…」ダイアンが驚いた顔で言った。「これ、オサフネの事だ!」全員うなずき、喜んだ。「誰も被害がなく、安静にしている、だって!」ダイアンはプークスと抱き合い喜んだ。「い、痛い」「おお、ごめんなさい」「と言う事は、SONG(ソング)基地に行けば、オサフネに会えるということ?」「そうだ、シュン」「でも、基地なんて入れないですよ…」「いや、入れるぞ、マーリン!何故ならば、この俺ダイアンは、元SONG(ソング)隊員だからな!」「「え!」」「その証拠に隊員バッジがこれだ!」そう言ってダイアンは机の上にバッジを置いた。「凄いですね!これで中に入れます」「ああ。じゃあ迎えに行こう。オサフネを」ちょうどその時、外の雨は上がろうとしていた。

  

【タブラ・ラサの休日】

 “会議室(仮)”と書かれた、SONG(ソング)本部の片隅にある部屋はタブラ・ラサのアジトであった。ここに配属されてから、任務を嫌がるマローでさえ心配になる程、言われていた総司令官の雑用以外ほとんど何もしていなかった。今、マローは、タブラ・ラサの隊長モゲレオと、副隊長ペリドットと共にいた。「いやー、まさか君が、あの指名手配犯にされていたとはね。おかしいよ。君に盗み出すことが出来るわけないよね?」「…はあ」ペリドットの言葉は、マローを複雑な気持ちにさせた。「おい、ペリドット、その言い方は、良くない。マロー君でもそれくらい出来るよな?」「…はあ」モゲレオにこう言われ、慰めてくれたようだが、逆に返答しにくい言葉で困った。「違うよ。盗み出すような悪事が出来るわけないって意味だよ」「俺は元々そう思ってたぞ」「じゃあ、出来たらダメじゃない?」「いや、それくらいの度胸があってもいいって意味だ」「ふーん。でも悪事をするような度胸はいらないと思うけどね」「何だと?隊長に異議を唱える気か?」(何となく“へんたい”と言われる理由が分かった気が…)二人のやり取りを聞き、マローは思った。マローの元に、あの剣の知らせが届いたのは、昨日だった。その事を告げに、総司令官は直々にこの部屋を訪れた。「やっぱり思った通り、君じゃなくて良かった!あんな恐ろしい剣、君には扱えないよ。どうする?約束では、真犯人が見つかるまでという話だったけど、やっていけそう?」総司令官が質問した時、マローは隣にいる二人の顔を見た。髭の生えた男と、眼鏡をかけた男が神妙な顔で見ている。そして、マローは目の前に立つ総司令官の顔をまっすぐ見て言った。「…もう少しやってみてもいいですか?」総司令官はゆっくりと頷いた。それから言った。「じゃ、これからもよろしく!」「君が入ってくれて良かった。改めて歓迎するよ。ようこそタブラ・ラサへ!」マローは、改めて隣の二人を見た。先程と同じく髭の生えた男と、眼鏡をかけた男がいた。ここまでのSONGでの出来事を思い返した。(…案外、悪くないのかな)その心中を察したのか、モゲレオがマローの肩を持ち言った。「おい!お前はここで続ける気があるのかー?」(まるで酔ったおじさんだ。まだ酒は飲んでいないはずなのに)そう思いながら、マローは決心した。「分かりましたよ!僕、ここで頑張ります!」「よく言った!よし、今日は真犯人も見つかったことだし、新米マロー君の歓迎会だ!おい、ペリドット、あれを!」「了解、隊長!」え!とマローは心の中で驚いたが喜ぶ二人を見て何も言えなかった。モゲレオはペリドットが冷蔵庫から持ってきたものを手に取った。「不安そうな顔だな。これは、体内のあらゆる汚れを取り除く聖なる水、その名も“聖水”!…高いんだぞ。だが、今日は特別だ!さあ飲め、新米!」「…はあ。じゃあ」仕方なくマローは聖水を飲んだ。味は普通の水だ、とマローは思った。しかし、これは後にマローも貴重とわかるほど活躍する。「いやー、うまい!昼から飲む聖水は最高!」マローは、酒ではないとしても、他の部隊が汗を流している時間にこれほど気楽な上司達を見て呆れていた。しかしマローの気持ちが180度変わる出来事が世界で起きていた。そこに1本の電話が鳴る。騒ぐ部屋が静まる。「はい、こちらSONG編隊タブラ・ラサ。…え!本当ですか。…はい。了解致しました。直ちに向かいます。任務だ、それも災害関連だ。おい、そんなの飲んでる場合じゃない」「いつです?」「今すぐだ!行くぞ。新米マロー君」「へ?」この後から、総司令官の雑用係だった『タブラ・ラサ』は、他の部隊同様、災害を抑えるための任務に赴くようになる。

  

【病室にて】

 ロンド、アジズの2人は、休日に、あの剣士のいる病室を訪れた。「…まだ眠っているようだ」「そうっすね」「何で敬語なんだ?」「だって、ロンクさん、副大隊長になられましたから」「あ、そうか」ロンドは納得した。「そういうお前も一等兵になったな。つまり、俺の部下だ。命令してやる」「えー、それは困りましたね。ロンクさん厳しそうだから」ロンドは笑いながら、アジズの背中を叩いた。「そんなことはない。いつも通りの事だ」「それが厳しいんすよ」「…あれ?ここは?」その時、病室のベッドで眠る剣士が目を覚ました。「わ!ロンクさん、見てください!」「もう見てる」ロンドは剣士に正直に質問した。「おい、お前は指名手配犯か?」「…あなたは誰ですか?」剣士もまたロンドに正直に質問した。「質問に質問で返すか。いいだろう。俺はロンド。あの英雄リンクの子孫だ。もう一度聞く。お前は指名手配犯か?」「いえ、違います。ところで、ここはどこですか?」「そうか。ここは、SONG基地内の病院だ。お前、覚えてるか。暴れてSONG隊員に怪我させた事を。しかもライオンまで倒してやがった」「いや、覚えてません。何も。今思い出すのは、闘技大会に出場していた時の事です」「闘技大会!?それは確か、あの壊滅的な災害に被災した地、元刀国の地で年1回開かれる、あの大会ですよね?一度出てみたいんですよ」興奮したアジズに剣士は冷静に答えた。「そうです、その大会に僕は旅の仲間と共に出ました。いったい何故…」「そうか。あの剣を使った記憶はないのか。だが、お前は強い。俺も強さに自信はあるが暴れるお前と戦った時、死ぬかと思ったぜ。そんな事シャドウやライオン以外には無かったぞ!」突然オサフネが何かを思い出した。「…まさか!あの時大会の休憩で出会った人に借りた剣があの指名手配の剣だったのか?…と言う事はあの人が指名手配犯…」「おそらく」アジズは答えた。剣士はふいに腰のあたりを探りだした。「確かもう一つ剣があったはず…」「これの事ですか?」アジズはベッドの横に立て掛けてあった剣を見せた。「それです!」「良い剣ですね。名刀長船じゃないですか」「そうです。実は僕の名前もオサフネといいます」「え!まさか、長船を製造する者が襲名するという…」「いや、そうではなく、僕は記憶がなくて、この剣を買って以来この名を借りています」2人は驚いた。「記憶がなくなったのはいつだ?」「確か5年程前です」「あの剣が盗まれたのは約半年前…。覚えているな」「はい、僕じゃありません」「そうか。分かった。指名手配犯はお前じゃない、と」「はい。すみません、何だかまだ眠いようで…」「もしかすると、あの剣の作用かもしれません。寝て休んでください。お邪魔しました」アジズが出ていき、続いて、ロンドも出ようとしたが立ち止まり振り向いた。「オサフネ。お前とはまた会う気がする」そう言ったが、オサフネは既に眠っていた。病室を出ると扉の横で待っていたアジズが言った。「あの人じゃなさそうですね」「ああ。あいつは、嘘をつけない奴だろうからな」「なんでそう思うんすか?」「あいつは眠いと言ってからすぐ寝た」「それだけすか?」「それだけだ」


【オサフネ奪還作戦】

 ダイアン率いるオサフネの仲間たちは、SONG本部基地に向かっていた。「どんなところなのかな。楽しみです」「やっぱり本部というくらいだから、それは立派な基地でしょう」「前もって言っておくがそんなに期待しない方がいい。普通の基地だ。立派でも何でもない」「え…」「ちょっとダイアン!マーリンが珍しく盛り上がっていたのに」「ごめん。でも本当のことだし、見て落ち込む前に言っとこうかなと」「なるほど」落ち込むマーリンをシュンやタイミャーが慰める中、クリスピーは緊張した面持ちで歩みを進めていた。「ダイアン殿は普通と言っておるが、私は豪華な印象を受けますな。どう思いなさる?クリスピー殿」「…」やはりクリスピーはどこか様子が違った。「どうなされた?顔色も悪いようであるが。まさか、今更ここへ来たことを後悔なされておるのか」「まさか。私はもう覚悟した」クリスピーは、本部基地に向かうと決まった時、悪宿剣を盗んだ指名手配犯として自主することを決意していた。全員をその決意を聞き一緒に、本部基地近くに到着した。「では私は先に」「分かりました」会釈してクリスピーは本部基地へ向かった。それから彼らはしばらく時間を置いた。「じゃあ僕らも行きましょう」彼らが門に差しかかると、門番を務める隊員が話しかけてきた。「通行証か隊員証の提示をお願いします」ダイアンは持っている隊員バッジを自慢げに取り出した。「お願いします」門番の隊員は難しい顔で確認した。「確認しました。一つお伺いしますが、入場の目的は何だったでしょうか?」「えー、彼らはここの入隊希望者で、私は紹介者です」門番の隊員は難しい顔で手に持つ用紙に記入した。「分かりました。どうぞお通りください」「ありがとうございます」「そうですか。とりあえず中に入ってすぐ右側の待合室までご案内させます。それでよろしいですね?」「よろしいです」自慢げにバッジを仕舞ったダイアンは、仲間と共に基地の中へ入った。しかし、一行は知らないが、門番の隊員は基地内の隊員に連絡する時、ダイアンを見ていた。何も知らず、進む一行。「案外すんなりとは入れましたね」「まあ、俺が元隊員でしたから」「誇らしげだな」その時、連絡を聞いた2人の隊員が駆け寄ってきた。「すみません!ちょっと確認していて遅くなりました。あなたが隊員ですね?」「はい」「では、他の方はこちらへどうぞ」別々の隊員に従い別れる時、ダイアンと仲間たちは目で合図した。彼らは本部基地へ来る途中、基地での行動パターンを何通りか予想していた。思い出していると、隊員に話しかけられた。「あなた、隊員ですか?」「え?だから、そうですよ」「…いや、元、隊員と言った方がいいですか、ダイアンさん」ダイアンは何やらまずい状況だと気が付いた。「元隊員だとまずいですか?」「いえ、別に構いません。ただ、脱退理由がよくありません。あなた、昨年、獣になって大変な事態を起こし、それ以来姿を消した。そうですね?」「まさか、ばれてたとは、ははは」「笑い事じゃないですよ。もしかして、さっき自首しに来た指名手配犯とも関係があるんじゃないですか?」「そんなわけないでしょ(…実はあるけど)」「本当ですかね」「それより、俺の事知っていたなら、どうして中に入れたりしたんです?」「SONGでは、門番が指名手配犯のリストを持って確認し、該当すれば直ちに補足する義務があります。それに対して、脱退理由に問題のある隊員はあえて中に入れます。なぜなら、SONGに抵抗することの無意味さを知っていますから」「ああ、なるほど…」ダイアンは一緒にここまで来た仲間、そしてオサフネの事を思い浮かべた。(ここで捕まるわけにはいかない。行くしかない!)「行きますよ」「すみませんが、俺、無意味さをわかるほど賢くないんですよ」その瞬間、ダイアンは隊員の腹に体当たりし、一目散に逃げだした。倒された隊員もすぐに起き上がり、壁に備え付けの非常ベルを鳴らした。「連絡!只今、元隊員ダイアンが基地内を脱走中。見つけ次第捕獲せよ。繰り返す…」その頃、待合室。「一体何事!」「分からない。一つ言えることは、まずい状況だという事だ…まさかダイアンは何か問題を抱えていたのでは。それを承知でここに来た」「ならどうしてそれを言ってくれなかったんだ!行きましょう、皆さん。彼は今頃大変な状況ですから、代わりにオサフネを奪還するのも僕らの役目です」「でも、僕は戦闘なんてできない…」「大丈夫だ!俺やシュン、長船がいる!」「拙者が先頭で参ろう」「いや、ここは僕が先頭に行きます」「いや、俺だ!」「仲間で争わないで下さい…!」「マーリンの言う通りだ。先頭は譲る」「では拙者が参る」「行こう」その頃、ダイアンは本当に大変な状況だった。(くそっ。逃げても逃げても敵がいる。ここまでか…)ダイアンの周りを5名の隊員が取り囲み、ダイアンは身動きが取れなくなった。(どうすれば…)その時、取り囲んでいた隊員の1人が呻いて倒れた。ついには全員倒れた。「大丈夫か?ダイアン」「クリスピー!どうして」「訳は聞くな!とにかく行け!」「…分かった!ありがとう。わからないけど無事を祈る!」ダイアンはその場を任せ走り去った。それを見届け、クリスピーはその場に倒れる隊員の1人に聞いた。「一つ聞く。もし断れば斬る。悪宿剣は今どこにある?」その頃、長船、シュン、マーリン、プークス、タイミャーはこの順に一列になって移動していた。一列になることで、はぐれない上に戦闘できる3人が前方と後方を守り、戦闘できない2人が情報収集をして、上手く基地内部を進んでいた。「よし、行けるぞ」彼らによって隊員たちが次々と倒されていった。「…強い。何者だ」その頃、ダイアンは人気の少ない廊下に着いた。「ふう。ここは、病室に通じる廊下だ。恐らくこの先に、オサフネがいるな」ダイアンは息が切れ、膝に手をついて休んでいた為、前から来る人に気づいていなかった。「おい、君、また暴れてるのか」「はい?」ダイアンは聞き覚えのある声に、恐怖を感じつつも顔を上げた。思った通りの人物だった。「かつて私の部隊で問題を起こし、しかも責任を取ることもなく逃げた。その責任は私がすべて受け、今では、一等兵まで落ちてしまった。ここで捕獲することで過去の事は水に流そう」(終わった)「分かっているな。君は、捕獲されれば、研究室へ連れていかれ様々な検査をされる。獣になった原因を突き止めるためにな!」大柄の元隊長が近づいてくる。恐らく普通に戦っても逃げられない相手だった。しかし、ダイアンは諦めが悪かった。(…やっぱり、ここじゃあ終われないよな)そして彼は、決死の覚悟で、獣の姿となった。その頃、シュン達は順調に基地内を進んでいた。「一体ここはどの辺なんだろう」「見当もつきません。そういえば、長船さん、忌まわしき事件とは何ですか?」「今聞くか?」「はい、気になるので」「…そうか、分かった」シュンの問いに応じ、長船は神妙な面持ちで話し出した。「…あれは、約30年前の事。ある山に修行を専門とする寺があった。そこの修行はかなり厳しいと評判で、そうなれば逃げる者も現れる。されど、そこには逃げてはならない絶対の掟があった。一見、当たり前のようだが、そこの修行から逃げた者は鬼になるという言い伝えだったのじゃ。修業は辛い。でも逃げ出せない。そういう状況でも修行を遂げる者もいるため続いてきたのだが、心の弱い僧がやはり逃げ出すことを決めた。但し、その僧も馬鹿ではない。考えた。その寺には一本の剣が封印されていると聞いていたが、それには絶対に近づいてはならないとも聞いていた。だが、その僧はその剣を手に取った。すると、忽ち様子が急変し、暴れ、仲間の僧を傷つけた。外に出ると、そこにいた親子を傷つけた。そこにはあと一人剣士がおり、それを見てまるで鬼、いや悪魔だと思ったらしい。剣士は、僧と戦い、剣を奪い取ることに成功した。それ以来、剣はより厳重に封印されたという。以上じゃ」「…すごい話ですね」「…さすがの俺様もビビった」マーリンは絶句していた。「ところで、どうして長船さんがその話を知っているんですか?」「いい質問じゃ。その僧を止めた剣士に聞いたんじゃ。その剣士は拙者の父じゃ。ついでに言うと、傷つけられた親子の子の方は、あのクリスピー殿じゃ」それを聞き、4人は驚いた。「え、本当ですか?」「勿論。本人が言っていたからのう」その時、彼らは不思議なものを見た。まだ通っていない道に隊員たちが倒れていたからだった。「これは…」「ダイアンがやったのか?」「いや、或いは…。すまぬ!拙者は用件が出来たため列から外れる」「用件って?長船さん!」長船は何も言わず走り去った。(間に合え!)長船は、途中倒れる隊員に尋ねた。「お主、誰にやられた?」「…あいつは指名手配犯」「そうか。何か聞かれたか?」「…剣の場所を聞かれた」「それで答えたのか?」「斬ると脅されて…」「たわけ!教えてどうする?」「あそこには大勢の隊員が警護している。だからどうせ無理だ…」「その場所は?」その後、長船はある場所へ向けて一目散に走った。そして、着いた場所は、『最重要機密』という文言が書かれた部屋だった。その部屋の外に倒れる隊員たちを避け中に入った。そこには一時的に保管される“悪宿剣”以外何もない部屋だった。その前に1人の剣士がいた。剣士は目を閉じ腰の剣を持っていた。長船は対象を目掛け腰の剣を抜いた。剣士も気づき、防いだ。「拙者の居合を防ぐとは流石である。クリスピー殿」「何故ここが?」「其方のしそうな事は大体察しが付く」「…成る程。では、私がここにいる理由もご存じで?」「剣を手に入れたい」「違う!」「ならば、破壊したい」「そう!」「どちらにせよ!例えその剣にどんな因縁があろうともうこれ以上関わることはしてはならぬ」「何を言う…あなたもこの剣の被害者の筈だ!」「…確かに、あの時片腕に傷を負った父が思うように居合抜きが出来ないのを幼少の折から見てきた」「そうでしょう!私はあの時、父を失ったのです!」「知っておる。其方の父を医者に運んだのは拙者の父じゃった」「それなら分かるはずだ!私のこの剣の存在が許せない気持ちが!これがある限り、同じ被害が必ず起きる!」「凶刃に遭った悲しみは分かるが、恨みを恨みで返してはならぬ!」「じゃあ、どうすれば!」長船は一度考え話し出した。「お主は聡明である。其故に破壊を企み、実際に簡単には近づけないと言われる場所に辿り着いた。しかし、お主はいざ破壊する時に一瞬迷いが生じたはずじゃ。そこに辿り着く程の手練れじゃ。その剣に魅せられてしまったのじゃろう?」「…」「破壊せずに一度手に取った後、幸い悪魔にならずに済んだものの記憶を失った」「何が言いたいんです!?」「即ち、その剣に関わってはならんのじゃ!」「…そこをどいてください」「ほう。本気なのか。ならば、手加減抜きじゃ」2人は本気で戦った。互いに同じ“長船”と言う剣を手に。「お主なかなかやるのう…」「今が絶好のチャンスですから」「馬鹿を言うな!そんな事のために長船はあるのではない!」「あなた、言ってたじゃないですか!この剣は人を守るためにあると!この忌々しい剣がまた被害を出す前に破壊する、それこそ人を守ることに繋がる!」「否!これを破壊すればお主ただでは済まぬぞ!過去に禍根があろうと、どんな理由があろうと、国宝級のこれを破壊してはならぬ!」その頃、これらの事を聞きつけた総司令官は、ある命令を下した。「何だ?侵入者?じゃあ、あれを使って」そして、基地内のスプリンクラーから液体が飛び出した。それは聖水といい、身体の内部の汚れを取り除く作用の他に、浴びるだけで戦闘意欲を失う魔法の如き水だった。シュン達やSONG隊員達、又は長船とクリスピーも、戦闘を止めた。事態は収拾したが、1人だけこの場から消えた者がいた。それはダイアンだった。


【タブラ・ラサの日常】

 SONG本部のはずれにある“会議室(予定)”。そこに普段いるはずの者たちは今いなかった。あれからタブラ・ラサは任務に頻繁に繰り出していた。「何だか、災害が激化しているようでな。仕方ないんだ。誰かが行かないと世界が滅んじゃうからな」「いやー、それにしても最近多いよね、“スクリーム”」“スクリーム”とは、所謂世界で発生する災害の事である。この発生時は非常事態を知らせるサイレン音が鳴る。これは、世界中で災害発生を監視する自然災害対策本部Natural Disaster Counter Center、上手く略せないため通称“対策本部”と呼ばれる組織から知らされる。「スクリームが起きました。直ちに現場へ向かってください」「噂をすれば何とやら。おい、行くぞ、新米」「は、はい!いきなりですね」翌日。「いや~。昨日の獣は強かった!と言うか凄かった!ははは!」「そうだな。その上で笑える元気があるお前も凄いが。見ろ、新米は分かりやすく疲れてるぞ」マローは昨日、遭遇したある巨大な獣から身を守るのに必死だったが、それだけで疲労困憊だった。「まあ仕方ないだろう。今日はよく休め。またいつ呼ばれるか分からん…」「スクリーム発生。急行せよ」「まただ、おい、行くぞ、新米。おい!」「…」「どうした!」「…もう駄目です。体力が持ちません。」「何?世界が滅んでいいのか?そうなったら、お前にも責任があるぞ。行くか、行かないか、どっちだ」「…わかりました、行きます!」また翌日。「いやー、昨日は一昨日ほどではないにしろ、2日連続の任務は疲れる」「そうだな…見ろ、新米は今にも死にそうだぞ。大丈夫か!おい!」「…大丈夫です。」「まさか3日連続ってことはないでしょう。今日は皆で休み…」「スクリーム発生です。急行してください」「…行くぞ!」そんな日々が繰り返された、とある日。連日のように鳴り響くサイレンがこの日も鳴った。「スクリーム発生です」「行きましょう!」「何だ?やけに元気だな、新米…。俺はきつくなってきた頃なのに。これが若さか」「いや、僕らが行かなきゃ世界が滅ぶじゃないですか!それだけですよ」「あ、そう」マローは先日、任務後に町の人からお礼を言われた。度重なる任務に倒れそうな状況だったが、その言葉で彼の精神が回復し、それは身体機能にまで回復をもたらしたのだった。「先、行きますね、先輩!」「お、おう。くそ、俺たちも負けてられないぞ」「ですね。行きますか!」そして、タブラ・ラサの任務は続く。


【覇権争う兄弟】

 少年時代は切磋琢磨しながらお互いに助け合う仲だった双子の兄弟がいた。例えば、兄が剣の腕を競う大会で使うと決めていた剣を間違えてしまった時それに気付いて弟が届けに行った事や、反対に弟が同じ大会に出る時兄がその大会で優勝した剣を弟に譲った事だった。しかし、後に、この剣は兄弟に悲劇をもたらす事になる。賢く知恵が働く弟。優しく心が大きい兄。闘技大会で活躍を見せた兄はその人柄で周りの人々に慕われ仕事を任されるようになった。しかし、弟はその知恵で命令された仕事に対してより良い方法を見つけ提案したところ従おうとしないとみなされ、兄に比べられ評価を落としていった。弟は悔しさから兄に直接剣で対決を挑むも断られることを繰り返す。兄には励まされ、周りには嫌みを言われ、弟の心は日に日に荒んでいき、ついに、弟は決心した。そして、弟は、仕事で外出していた兄を、帰り道の森で待った。ついに兄が現れ、弟は兄弟にとって思い出深いあの剣を手に取り、言った。「兄さん…」「どうした?迎えに来てくれたのか?」「ハハ…違うよ。今日こそ決着をつけに来た…」「…そうか。受けて立つよ」「兄さんは、俺にとって生涯の障害だった。俺は、今まで何度も兄さんを憎いと思って勝負を挑んだ。これはどちらかが生きている間終わりはしない。だから、お互い殺す気で勝負だ!」「もしお前に負けても、それだけ熱い思いがあるなら、寧ろ安心して後を任せられる。でも、剣は人を殺す為の道具なんかじゃない。剣は人を守る為にあるとそう思う。だからお前にも人を死なせる為に使わせやしない」「…兄さんはどうしてそんなに器が大きいんだよ。今まで実の弟に何度も刃を向けられても一度も動揺しないどころか俺を励ました。その大きさを感じる度に、俺は自分の小ささを思い知らされてきた。何か一つぐらい勝たせてくれよ、兄さん!」「お前の思いは十分伝わった。でもね、僕も負けられないよ、兄として。だから、何度でもその思い、受けて、断つ!」兄弟はお互いの思いを胸に、剣を振り下ろした。剣閃が起きる。一度離れ、構え直す。その後も何度か剣閃が起きては離れることが繰り返される。しかし、この時、自然も牙を剥こうとしていた。そして、不運にも決闘の途中で地震が起きた。兄はまず避難が先だと言った。しかし、時すでに遅く森の近くの山が噴火し、辺りは火に包まれ火の海と化した。その中に落ちそうになった弟を兄は庇った。弟は最期の兄の顔を見て驚いた。それは笑顔だった。「…兄さん」この時、弟は兄の本当の優しさを知り、兄を追った。彼らは世界的に名高い貴族の後を継ぐと期待されたが、不遇の事故により旅立った。そんな彼らの呼び名は“ゴールド兄弟”という。かつての英雄リンクの仲間の一人、武器商人ゴールデン・ゴールドの子孫である。


【シャドウとの戦い】

 大隊ロンドは最近激化している災害発生地へ遠征に出ていた。今回はSONG本部基地があるパンベンシティと同じ大陸の少し南に下がった場所で、地震が発生、それにより近くの活火山が噴火したという。現場に到着すると、火山から流れ出た溶岩が、近隣の森に流れ込み、一帯は火の海と化していた。「あれを頼む!」大隊長の指示で、副大隊長ロンクは鞄から奇石を一つ取り出した。「そうだ!これだ!」大隊長は奇石に念じて気を込めると溶岩の中に投げ入れた。すると溶岩は徐々に勢いが衰え、温度が下がりみるみるうちにただの岩と化した。「よし!各自散れ!」大隊長の指示で、ロンクはペアを組むアジズの元へ向かった。「やっぱりすごいな、あの石。普通の石に見えるのに。思いません?ロンクさん」「そうだな」「この前聞いたんすけど、この投げ入れた奇石って、回収した後エネルギーとして再利用されるそうっすよ」「そうか」「聞いてます?これ、結構凄いことっすよ」「あんまり興味ない」ロンクとアジズは周囲に住む人々の安否を確認しに回っていた。2人の任された区域の人々の安否を確認し終えた時、ロンドは思い出したように言った。「アジズ。もう少し先に俺の知り合いが住んでるはずだ。ちょっと寄っていいか」「いいっすよ。誰です?」「行けば分かる」そこに着くと遠くからでも分かる程光り輝く建物があった。「ここは!まさか。あの世界的に有名な貴族、ゴールド家の建物じゃないですか!」「そうだ。その兄弟が俺の知り合いだ」「ええ!流石っすね!」ロンドは扉をノックし応答を待った。すると、扉が開いた。「どちら様でしょうか?」その恰好からしてメイドだった。「本当にいるんすね、メイドって」「ああ。お前少しあっち行ってろ」「はい」ロンドはメイドに聞いた。「皆無事か?」「災害による被害は今の所ありません」「そうか。俺はウィンチェスター家の者なんだが、ゴールド兄弟はいるか」「ああ。これはロンド様。実はお2人共外出なさっておいでです。グッド様は今日お戻りの予定で、ラック様は先程出たばかりです」「外出?こんな時に。無事だと良いが」そこに女性が姿を出した。「あら!ロンド君、どうしたの?」「俺はSONGに入りました。それで地震の被害を聞き駆けつけました。大丈夫でしたか?」「そうなのね。ここは何とか大丈夫。でもね、息子たちが帰って来ないのよ。それが気がかりで…」「…母さん」「あれ?今声が…」確かにロンドも声が聞こえた。それはメイドの声だった。「ロンド。久しぶりだな。こんな姿で再会するとは思わなかったが」「何の冗談だ、メイドさん」「そっちこそ冗談はやめろ。ロンド」「え?ちょっとこんな時に冗談はやめて」「母さん、俺だよ。ラックだ」「どうしてメイドちゃんがラックみたいに…本当にラックなの!?」「そうだよ。心配かけてすまなかった」母親は理解ができず言葉を失った。「待て。お前からあの気配がするぞ。シャドウの…」「しゃどう…?」「俺の父の命を奪った、憎い存在、シャドウ。まさかラック、お前は死んで…」「そう、俺は死んだ。兄さんも一緒に」「死んだ…そんな…」「母さん!」メイドに憑依したラックは、母親を倒れる寸前で支え、家の中に運び入れた。ロンドは1人考えていた。(地震が発生したのは、約2時間前。そんな短時間でなれるものなのか、シャドウに…)メイドが戻って来て尋ねた。「ラック。災難だったな」「俺は死んで当然だ。だが、兄さんが俺を庇って先に死んじまった」「さすがはグッドだ。何故、お前らは一緒にいた?」「それは…俺が兄さんに決闘を申し込んだからだ」「またか!」「俺らはそういう宿命にあったんだ」「…やっぱりお前は『分からず屋』だ!兄の偉大さを受け入れられなかっただけだろ」「…お前に何が分かる。分かってたまるか、兄弟も仲間もいない孤独な奴に!」「なんだと…」ロンドは少なからず気にしていた事を突かれ黙った。「今は俺がいるっすよ!」その時様子を見ていたアジズが飛び出すもラックの微動だにしない背負い投げで投げ飛ばされた。「何だ、こいつは」「俺の仲間だ」「悪かった、仲間はいたのか、弱いけど」ロンドは今にも飛び出したかったが必死で怒りを抑えた。「俺は死後の世界に着いて早々生き返る為の方法を叫ぶ者共に会った。その者共が言っていた。任務を果たす、即ち現実の世界に生きる者を淘汰することで自らを生き返らせることが出来る、と」「…お前は人殺しを受け入れたのか」「当然だ。生き返るためだ」「前は家族の付き合い上、友として付き合ったが、今のお前は一発殴らないといけないようだ」「ロンド…対象はお前じゃない」ラックの視線の先にはロンド大隊長がいた。「まさか大隊長を!」「どかないなら仕方がない」飛び込むロンドの拳より、ラックの蹴りが勝った。ロンドは腹の痛みを堪えるのに必死だった。「ラック!兄が庇ったことを思い出せ!」一方、ラックが憑依したメイドは歩みを止めない。「兄さんは兄さん、俺は俺だ」「…やっぱりお前は『分からず屋』だ!」「それでもいいさ。これはすでに決められた事だ」「何を言ってる、ラック!」「足手まといのお前に教えとこう。俺たちは死という運命を与える存在。その名は地獄の使者“ヘルセブン”」「ヘルセブン…だと?」「よく覚えとけ。今度はお前に会いに来るかもしれないぜ?」そういうと、ラックは懐からナイフを取り出し大隊長の方へ歩いていく。「お前、それでも、あのゴールデンの子孫か!大隊長、逃げてください!!」そのままメイドは一瞬で大隊長に近づき、ナイフを背中から突き刺した。一撃だった。メイドの体躯の一撃で仕留めて来る力量を感じたロンドは、今まで自分が呼んでいた“シャドウ”、改め“ヘルセブン”の存在をより忌々しく思った。(ヘルセブン…ということはあんな奴が7人もいるのか…。気が遠くなるぜ)そう考えているとラックがこちらに戻ってきた。「いやあ、メイドの姿も体が軽くて悪くないな。冥土の土産になるぜ」「…」「じゃあな、ロンド。その時までに強くなれよ」「勿論だ!その時はお前を倒す!」メイドは先程までの動きが嘘のようにその場に倒れた。ロンドは何も言えず大隊長の元へ向った。大隊長はぐったりと横たわっていた。「…大隊長、大隊長!!」そこに気を取り戻したアジズも駆け寄ってきた。ロンドは大地を思い切り拳で叩きつけ、涙を堪えた。「くそ!ラック…いつか必ず、お前をぶん殴ってやるから待ってろ!」この後、大隊長は病院に運ばれたが間もなく死が確認された。メイドはその場に残る状況から犯人として逮捕された。何故か無抵抗だったらしい。まさか罪の意識があるのだろうか。だとすれば、それこそヘルセブンの思惑通りである。ロンドはより一層気を悪くしながらも総司令官室に入った。そこで、ロンドは大隊ロンドの大隊長、アジズは副大隊長に任命された。その後、2人は燃え上がる炎のように各地で活躍し、“炎の名コンビ”として名を広めていく。


【再会】

 SONG本部基地でのオサフネ奪還作戦は無謀のまま行われ失敗に終わった。その渦中にいたシュン達はその行いを咎められると肝を冷やしていたが、実際はそうではなかった。一旦拘留はされたが、すぐに解放された。訳は後に総司令官の口から話された。「君たち、やってくれたね。あの液体、高いんだ。そこで一つ相談がある。今、災害が激化してて人手が足りない。あの液体の弁償として、SONG隊員になってみないかい?」そのままシュン達はSONG隊員になった。彼ら4人は“ミファソファミ”という部隊に配属されたが、ここにもう1人彼らの知る人物が来ていた。「みんな!久しぶり!」それは、オサフネだった。皆彼との再会を大いに喜んだ。「オサフネ!どうして?」「それはこっちのセリフだよ。どうして君らがここにいるの?」オサフネの質問にシュンが答えた。「もう5日前になるけど、急にいなくなったオサフネを追っていた僕らはSONG本部基地内の病院にいるとニュースで知った。そこで、3日前、僕らはSONG本部基地に着いた」「そんなことしてくれてたのか…ありがとう」「いいんだ。それに結局、貴方がいる病院には誰もたどり着けなかった。始めはダイアンが貴方を1人で迎えに行く作戦だった。元SONG隊員の自分なら自由にうごけるだろう、と」「そんなわけない!だってダイアンは…あれ、そのダイアンは?」「ここにはいない。僕らも心配してて…」オサフネは何か心に決めた顔で話しだした。「そうか。この際だから皆に言っておくよ。ダイアンはかつて隊員の時任務で獣と戦って、自らが獣になった」「…へ?」「そうだよね。その反応が正しいよ。でも事実だ。この僕も獣になった、つまり獣化をした事がある」「「ええ!」」シュン達は次々と明かされる事実に驚きの声を上げるしかなかった。「獣化って、獣に噛まれるとなるっていう」「そう、僕はその記憶がないけど、二度あったみたい。でもダイアンは違う。彼の場合、自在に獣になれる。僕らの前ではその能力は封印してたみたい」シュン達は唖然としていた。「まあ、驚かないでよ、と言っても無理か。僕も彼が獣になって見せた時には驚いた。でも中身は彼のままなんだ。でも、それは暴走した後だった。任務で獣になった彼は暴走した。それを僕は止めようとした。その場は何とか収まって、それから僕らはSONGに戻らずに2人で旅をすることにした。これが僕らの脱退した真相だ」「へえ…すごい…」どこかシュン達は疲れ果てた。「聞いてくれてありがとう。とにかく、ダイアンがSONG内で自由に動くなんて不可能だ。何か考えがあったんでしょ?」「そう、大まかに2通り考えていた。まずは、ダイアンと僕らが一緒に行動できたパターンで、ダイアンの陰から僕とタイミャーそれから長船さんが援護する作戦だった。実際はもう1つのダイアンと僕らが一緒に行動できなかったパターンだった。その場合、それぞれがオサフネのところを目指す作戦だった。無謀だとは思ったけど、見るからに親類でもない僕らをそう簡単に近づけてくれないだろうからこうするしかなかったんだ。そうしたら、基地中サイレンが鳴ったり、こっちの長船さんが居なくなったりして、」「あの、途中で悪いけど、オサフネって僕以外にもいるの?」「ああ!オサフネは知らないんだね。オサフネが闘技大会で出会った2人のおさふね。1人はなんと居合切りで名高い代々受け継がれる本物の長船さんで、もう1人はオサフネと同じく記憶喪失でおさふねという名を借りた者で正体は指名手配犯のクリスピーだった」「そうか。微かに覚えてる人達かな。彼らは今、どうしてるの?」「クリスピーは統一国家の監獄の中だろう。長船さんは、僕らと一緒に拘留されてたけど保釈されたよ。長船さんは、クリスピーが悪宿剣を破壊しようとしたのを止めた事と何といっても本家の事を鑑みられてだと思う」「破壊!?その、クリスピーという人は破壊しようとしたの?」「うん。実は、長船さんに聞いたんだけど、長船さんとクリスピーの2人は過去にあの剣に親を傷つけられた被害者だった。それで、あの剣がなくなればいいと考えたみたい。忌まわしき事件と言っていたよ」「そんな事が…。僕もその剣で誰かを傷つけてしまったみたいなんだ…」「気に病むことはないよ。僕らの前からいなくなってから何があったか分からないけど、オサフネを抑えた隊員たちは傷だけで済んだ。でも、何もかもすべて剣のせいだ」「そうなのかな…」不安になるオサフネを4人の仲間は口々に慰めた。「気持ちも分かるけど考えても仕方ないよ」「元気出してください」「おう!お前らしくない」「そうですよ。今はとりあえずここで頑張りましょう」「…分かった。ありがとう、みんな。それで結局どうなったの?」「結局僕らもSONG隊員と戦闘になったりしたけど健闘もむなしくSONG基地の設備で出る何かに眠らされ捕まった。世界を守るSONGの、しかも本部基地を攻撃した罪で。もう終わりだと思っていた僕らの前に神のようなお方が在らせられた」「まさか総司令官様が?」「どうして分かったの?まさかオサフネも?」「そう。それはつい昨日の事…」オサフネは回想した。この日の前日、オサフネはまだ病室で寝ていた。しかし、既に体力が回復している事にオサフネ自身気づいていた。それでも彼は寝るしかなかったが、散々寝て無意味に寝るふりをしていた。その時、病室にある男が現れた。「君がオサフネ君だね」冷静なオサフネはすぐには起きず相手の言葉を聞いていた。「いや~今日は何ていい天気だろう!こんな日は外に出て一つ深呼吸でもしたい気分だ」オサフネは聞き覚えのある声だと思いながら姿勢を維持した。「ねえ君、ここにいるのも退屈だろう。どうだい?気晴らしに運動でも」オサフネはまだ起きない。「起きている事位分かってる。オサフネ君、いやオサフネ元隊員と言った方がいいかな」そこでオサフネは飛び起きた。彼の思った通りの人物がそこにはおり、珍しく動揺した。「総司令官様!何故ここに?」「まあ、落ち着け。あの君、もう一度復職してみないかい?」「え」オサフネは耳を疑った。「いいのでしょうか?私は一度脱退した身。更には記憶にはないのですが、SONG隊員を2名も傷つけた事を聞きました。それでも私を再び受け入れて下さるのですか?」「ああ。彼らは無事だ。それに君の場合、以前の脱退も理由があったのだろう?」「はい」「あえて聞かないでおくよ。復職は認める。君の強さはSONGに必要だ。それより、君、剣の件本当に覚えてないのかい?」「ええ、全く覚えていません」「まあいい。また思い出したら報告してくれ。今は休みたまえ」総司令官が去ったあと、病室に静けさが戻った。オサフネはまた先程の体勢に戻り、窓の外の空を見つめた。ここでオサフネの回想は終了した。「というわけで、僕はSONGに復職できた。とは言っても一番下の立場だけどね。でも、またやり直せるだけでも感謝だよ。それにシュン達ともまたこうして会えたし。何が起こるか分からないのが旅なんだ。やっぱり旅は面白いね」「そうだね。ダイアンがいないけど」「大丈夫。彼ならきっといつか会える」「獣になる姿見てみたいなあ」「また会った時に頼めば見せてくれるよ。だから頑張ろう。また会える事を信じて」その時上級隊員に呼ばれた。「おーい、君たちこっち来てくれ」「はい!今行きます」その頃、長船はSONGを後にしようとしていた。「道中お気を付けて」「感謝致す」長船は一つ会釈をすると、歩き出した。右手の中にはSONG隊員の証であるバッジが握られていた。それを見て一度立ち止まった。隊員の証を持つ、即ち、彼もSONG隊員になったことを示す。しかし、彼は任務を行う常時隊員ではなく、SONGの危機にのみ駆けつける臨時隊員であった。何故なら彼には長船と言う代々伝わる家柄を守る使命があるからである。彼はこれで良かったかと思っていた。一度は共に旅をした仲間を置いて去る。しかしこれで良いのだと思い直し、彼は歩き出した。(また会おう)


【事情聴取】

 それから1週間後、SONG本部基地内の拘留室にはクリスピーがいた。身体を縛られ、何やら呻き声を上げていた。「おい、出ろ」この日も取り調べが行われるようだった。彼は引っ張られ席に座らせられた。「…どうだ?言う気になったか?例の剣の封印を解く方法をどこで入手したか」「それは言えない…」「そうか…仕方ない。今日も飯抜きだ」そう、あれ以来クリスピーはご飯を食べていなかった。彼は拘留室に入れられ、鍵をかけられた。看守の男は彼を見て、哀れだと思った。「…死ぬなよ」一体彼が何を隠そうとしているのか、早く言ってしまえば楽になれるのに何故言わないのか。看守の男は疑問で頭がいっぱいだったが、飯を食べ始めた。「…何か飯がまずいな」看守の男は最後の一口を飲み込み、決心した。次の日、同じように看守の男はクリスピーを迎えに行った。呻き声を上げる彼を引っ張り取調室の席に座らせた。「…おい、言う気になったか?」「…言えない」「…おい、お前さん。いつまで黙ってやがる。俺が食う飯もまずく感じてるんだ。ほら。食え」看守の男は今日の飯をクリスピーに差し出した。クリスピーは飢えのあまり、驚いて目を見開いた。「…え…?」「良いから、食え!」クリスピーは看守の男の優しさに涙を流しながら、一口分の飯を食べた。「上手いだろう」「…はい…ありがとうございます…ズズ」「へっ、良いって事よ。お前さんの感謝の気持ちは分かった。それじゃあ、言ってくれるかい?どうして、封印が解けたのか?」「…それは言えません」「おい!話が違うだろう!感謝したんだったらそれに見合うものを返すのが武士の礼儀だろう?お前もあの剣に惚れた武士だろう。さあ、最後のチャンスだ。言ってくれ」クリスピーは中空を見つめた目を閉じた。ゆっくりと目を開いた。「…分かりました。言います」「おう。それでこそ武士だ。言ってくれ」「私は、あの剣に近づくため、あの剣に詳しい部族に会いに行きました」「部族?それは何て言う部族だ?」「…忍び族」「忍び族、だと!まさか、まだ生き残りがいたのか!」「はい。私はそこそこ名の通る剣士で、世界の裏事情なども旅する仲間の情報から知ることが出来ました。その中で絶滅したと言われた忍び族が世界各地で生き延びている事も知りました。元々あの剣を探していた私は、忍び族があの剣に詳しい事も知っていました。その為、すぐに忍びの頭領がいると聞いた場所へ行きました。そこからは険しく長い道のりでした」「何があった」「私は忍びに弟子入りしました」「何と!」「剣士の道から忍びの道に移りたいと嘘の話をし、自ら忍びになる事で、交代制である、あの剣の護衛を任される時を待ちました。そして、ついにその時は来たのです」「封印の解除方法は聞いたのか」「いえ。しかし、封印方法を書いた巻物を見つけ、それを逆に応用し、解除に成功しました」「天才か、君は!」「いえいえ。それほどでも」「いやー驚いたよ。君の実力と、あと忍び族の関わり。本来取り調べは終わりだが、もう一つ増えてしまった。」クリスピーの目が揺らいだのを看守の男は見逃さなかった。「…そうか、君が言えなかった理由はこれか。忍び族の今の居場所、言ってくれるね?」「はい。只、彼女らは常に居場所を変えます。今どこにいるのかは分かりません」「女性なのか?忍びの頭領は」「はい」「そうか。君の他に彼らの居場所を知る者はいるか」「…います」「どこに?」「パンベンシティの裏市場」「有難う。これで取り調べは終わりだ。じゃあ、君は悪宿剣の窃盗罪で拘束される」「はい」クリスピーは再び監獄に戻される。いずれ来るその時まで。

  

【影の戦い】

 SONG本部基地総司令官室内。豪華な椅子に腰かける総司令官の前に、近衛衆筆頭ナイルがいた。「どうだった?」「はい。彼は話しました」「そうか、良かった」「いや、それは良かったのですが…」「…どうしたの?」「その入手先があの忍び族の頭領と関わりがあるのです」「何!?忍び族だって?確か彼らはもう…」「そうです。以前、“バック”によって彼らの本拠地だった、忍びの国を壊滅させたはずです」グレートは荒立った気を鎮めようと息を吐いた。「…ああ。だが、『壊滅させた』では人聞きが悪いよ、ナイル。正しくは『制裁した』だ。我らSONGは統一国家の直属軍の立場として、統一に反対し独立を続ける国や団体に対し、制裁する義務がある。そうだろ、ナイル?」「ええ。その通りです。だからこそ、その義務は必ず成功しなければなりません。しかし、忍び族は生きていた」「ああ。彼らは頭領が生きている限りは生き延びる。奴らは知らぬ間に力を蓄え、我々の統一に応じない国に加担する可能性がある。このままにはしておけない。この場合、“レクイエム”に任せるしかないな」“レクイエム”とは、SONGの暗殺部隊“バック”の中でも秀でた類いまれな身体能力を持つ7人の事である。「では、直ちに指令を言い渡してまいります」「頼んだ。…これも災害に立ち向かう強固な統一国家を築くために必要な裏の顔。公に出来ない以上、失敗は許されない」


 その頃、ある森の奥深く。1人の女が道を歩いている。何者かが風のように近づいていく。木に音もなく飛び移り、歩く女の頭上まで移動する。忍びの出で立ちをした者は、女が気づかない内に飛び降り、女の口を塞いだ。「??」「驚いたか?」「…はい」それを聞くや口の塞ぎを解いた。「良く帰った。結果は」「はい。遠視で見ましたが、口の動きから、あの男、話しました」「そうか」この忍びの出で立ちをした者こそ、忍び族の頭領のアヤメだった。「これで、奴が動く」「でも良いのですか?わざと居場所がばれるような真似をして…」その場に、忍びの頭領は狼煙を上げていた。「いい。お前も早く脱げ」言われるままに女は町人風の衣服を脱ぎ捨てると、忍びの衣装になった。「でもどうやら“レクイエム”は7人いますが、」「分かっている。奴が来る確率は7分の1といいたいのだろう。だが実際は、十割だ。あの時の借りを返しに奴は必ず来る」その彼女らの元に一つの影が忍び寄っていた。「…」彼女こそ、忍びの頭領の宿敵にして、“レクイエム”の1人、元忍び族のクチハであった。「…アヤメ」クチハは凄い速さで木から木へ飛び移りながら、近づいていた。その顔は無表情だが、微妙に口の端が曲っていた。森の奥深くは元々風があまり吹かない。僅かになら吹くことはあるが、只今は全く吹かない。その森には長い静寂と沈黙が続いている。その一本の木の根元に息を潜める忍が2人。それを追う忍が1人。「でも来ませんね」もう1人の忍が話す。アヤメは目で答える。(静かに。気配を感じている)忍は僅かな音や気配のずれを感じ取り、敵の先手を打つ。もう1人の忍はそれに気づき、目で謝る。それから暫く沈黙が続く。そして、その時は突然訪れる。(…来た)アヤメの強い目を見て、もう1人の忍が耳を澄ますと微かに遠くで木の枝が折れる音がする。その音がだんだん近くに聞こえる。その速さが音の近づき具合から容易に判断できる。アヤメは短刀を逆手に持ち構えた。その時、一瞬音がなくなると、アヤメの頭上から影が降りてきた。アヤメは不意を突かれ咄嗟に避け、体勢を立て直す。「待っていた。あの時の決着を着けよう」「…」クチハは何も答えず、続けて逆手に持った小刀で斬撃を繰り出す。それをアヤメは同じく逆手にした短刀で躱す。「安心した。腕は衰えていないな」「…」「相変わらず無口だな。“無の暗殺者”と呼ばれるだけはある」「…」クチハは只只管に敵の命を狙う。それだけしか頭にない。元は仲間であったことなど微塵も頭にはない。アヤメとクチハはかつて忍びの国において、次の忍びの頭領の座を懸けて戦った。その時は、互いに譲らなかったが、僅かな差でアヤメが勝利した。それは、アヤメの根性がクチハの殺意に勝った結果だった。それ以来クチハは姿を消した。アヤメは気にかけ密かに様子を探ると、クチハはSONGの暗殺部隊の上位7人に選ばれていた。「今回も負けない」アヤメは内心、クチハを取り戻したいと考えていた。その為には、まずクチハの動きを止める必要があった。アヤメは宙返りで躱すと同時に、手刀を投げる。クチハは後ろに避けるも、そのクチハを追うようにもう一本の手刀が頬を掠め、僅かに血が滲む。「しまった!腕を狙ったのに…」クチハの目の色が変わる。「…死ね」クチハは両手に挟めるだけの手刀を持ち、片手ずつ放った。それは先程のアヤメと同じ攻撃で、かつ上回ろうとしていた。アヤメは一度目をギリギリで躱すも二度目がその先を狙っていた。「危ない!」その時隠れていたもう1人の忍びは飛び出し、身代わりとなった。「おい!お前しっかりしな!」クチハは無で前を見据える。「…クチハ。やってくれたね」「…」残る2人は腰の刀を抜き構える。2人は鍔迫り合いになる。単純にクチハの腕力が上でアヤメは飛ばされる。「ぐっ…」「…」その時、クチハは足に痛みを覚える。見ると一本の手刀が刺さる。来た方はあの身代わりとなった忍だった。「…アヤメさん、貴女だけは生きて…」「御免…」アヤメは一瞬迷いつつも煙幕を使い、姿を消した。「…」クチハが辺りを見回してもアヤメの行方は知れなかった。その小柄な体でどの忍よりも速く動き、その根性ある性格でどの忍よりも強いくノ一だということをクチハは思い出した。逡巡した後、クチハは木に飛び乗ると、目にも止まらぬ速さで何処かへと消えた。

  

【博士、現る】

 SONG本部基地正門前。1人の老人が門番に足止めされている。「だーかーら!何度言ったら分かるの。ここはね、国の軍の施設で、研究所じゃないの。さあ帰った帰った」白い顎鬚に少し汚れた白衣を着た老人は何やら小型のロボットを腕に抱えていた。老人はしばらくの間、困った様子でいたが、一向に帰ろうとしない。「うーん、困った爺さんだな。あ、先輩!どうにかしてくださいよ、この人」先輩と呼ばれた隊員は、状況を確認する為、老人に質問した。「お爺さん、貴方ここへ何しに来たの?」「わしは、これを届けに来たんじゃ」「誰に?」「それは勿論、グレート君にじゃ」「総司令官様の事じゃないか。それを総司令官様に?」「そうじゃ」「そんな何に使えるか分かりもしないガラクタ渡せるか!」始めの若い隊員が罵声を浴びせた時、先輩隊員の脳裏に記憶が蘇った。「…待てよ。俺はこの人をどこかで見た事がある。世にも奇妙な発明を繰り返し、失敗が多いが、時々成功する博士。まさか、貴方は」老人は、薄汚れた白衣を正し、自慢げに答えた。「いかにも。わしが、世にも有名な名博士、ウォーリーじゃ」その名を聞き、先輩隊員は門を開けた。「どうぞ。こちらです」「すまないのう。お前さん、案内を頼む。あと、ついでにこれ持っとくれ」「はい」「先輩!いいんですか!勝手に通して」「大丈夫だ。この人を送る間、門番頼むぞ」若い隊員は不審な目で中に入る老人を見ていた。「お前さん、名前は?」「いえ、名乗るほどでは。只今、総司令官様は自室で休憩なさっています。こちらです」「どうもありがとさん」老人は隊員が開けた扉を入った。扉を閉める時、隊員は慌てて戻ってきた。「すみません、これを総司令官様にとのことでした。失礼します」隊員は敬礼をし、出ていった。「本当にどうもな。いやー、若者は、特にここの者は逞しくてええのう。わしも若い頃に戻れればここで幾らでも戦ってみせるのじゃが」長い独り言を言い出したウォーリーに対し、グレートは挨拶した。「お久しぶりです。ウォーリー博士。それは、前に言っていたアレですか?」ウォーリー博士は、思い出したように話した。「ん?いや違う。これは、その例のアレの試作品じゃ」「これ、それが多くてまぎらわしいですね…とにかく言っていた物ではないのですね?」「ああ。まだもう少し時間がかかる。待ってもらうために作った」「それを作る間に出来たのでは…まあいいです。取りあえず、試作品の実力を見せてもらいたいです」「見たいか?仕方ないのう。ほれ」ウォーリー博士が小型ロボットの電源を入れた。その途端に、ロボットは異質な音を出しながら上下に小刻みに揺れる、まさに奇怪な動きをした。「あの、ウォーリーさん。これ大丈夫ですか?」「たぶんな…」奇怪な機械は動きを速め、総司令官室中を駆け回り出した。「あの、ウォーリーさん?」「たぶん…いや、これは駄目じゃ。失敗じゃ!」「またですか!仕方ない」奇怪な機械が見た目に似たウサギのように飛び回り出し、ウォーリー博士に飛びかかる寸前、グレートの拳が動きを止めた。「ふう、危なかった…」「本当じゃ、全く」「あなたが作ったんですよ!」「そうじゃ…。すまんのう、いつもガラクタばかりで。あの門番の言う通りじゃった。」「自分を悪く言わないでください。たまに良いものも発明するんですから!次は期待していますよ」「分かった!明日には良いものを持ってくる!待っておれ!」「ウォーリーさん、今度は頼みますよ…いない」ウォーリー博士は落ち込む様子もなく、小型ロボットを抱え、帰って行った。「そうだ、聞くのを忘れてた。まあいいか。良くないけど。あ、休憩終わりだ」


  次の日。老人はSONG本部基地にやって来た。例によって、門番に話しかけられた。「お前さんは昨日も会った若いの。いやー、お前さんの言う通りで、昨日わしが持っておったのはガラクタじゃった。ただ、今日は違うぞ!昨日使用したモーターの不具合の原因を一から見直し…」「分かった。爺さんが凄い人だという事は昨日先輩にあの後聞いた。だから、通っていいぞ」「本当か。すまんなあ。お前さん、名前は?」「名前?そんなの言う程じゃないよ」「そうかい、またな」ウォーリーと言う老人は、手が空いた隊員に付き添われ、総司令官室前にやって来た。隊員は扉をノックした。すると、中から返事が聞こえた。「はーい。これは、ウォーリー博士。有言実行なりますかね」「今日はリベンジじゃ」そう言って早速持ってきたロボットの電源を入れた。すると、今日は昨日とは違い、何も動作しない。「ウォーリー博士。これは成功ですか、それとも失敗ですか」「まだ分からん。おい、君、そうじゃ、君じゃ。このロボットを捕まえてみたまえ」隊員は面白そうで見ていただけだったが、指名され仕方なくロボットを捕まえようと手を伸ばした。その時、ロボットが跳ね、隊員の顎に直撃した。隊員は思いのほかの衝撃に倒れた。「成功じゃ…それよりも大丈夫か!?」「…はい」「すまんのう。昨日の悔しさからモーターを改良しすぎたようじゃわい。お前さん名前は?」「私ですか?」隊員が答えた時、ウォーリー博士は再び詫びた。この時、グレートはウォーリー博士が首を傾げた気がしたと思った。「では私はこれで」「おう、ありがとう。ウォーリー博士はよく隊員に名前をお聞きになりますね」「なあに、世話になった隊員の名前くらい聞いていいじゃろうて。それより、今回のロボットどうじゃった?良い出来じゃろう」「これは、確かに良い出来です。あの反応速度は獣相手にも使えそうだ」「そうじゃろう。いやー、これは次回の本作も期待してくれて良いぞ!何せ昨日の悔しさと言ったら、それはもう」「分かりました。確かに本作も期待しています。それより、ウォーリー博士。貴方に聞きたいことがあるのです」「なんじゃ?」「もう結構経ちますが、先日我が基地にある生命体が飛来しまして」「ほう」「それは、元は人で、ある者に実験をされ、白いプニョプニョした体にされてしまったというのです」「ほう」「その実験をした人物について聞きたいのです。ただ、現時点で恐らく犯人の目星はつきます。しかし、その所在が分かりません。何か知りませんか?」「そうか。それは奴の仕業じゃな」「誰か知ってるんですか!」「ああ。ワストの奴、今どこにおるんじゃろうな」「場所までは知らないですか…」「じゃが、思い当たる所はいくつかあるぞ」「本当ですか!全部教えてください!」「いいぞ。そうか、ついに奴も本領発揮し出したか」その頃、ある山中の研究所。複数の研究者達が何やら怪しい動きをしていた。ある者は毒毒しい色の液体を入れた容器を持ち、ある者は獣の標本を入れたケースを運んでいた。「もうすぐ完成でしゅ」ある者はガラスを削る道具を持ち、ある者は分厚い本を運んでいた。「獣の力を手に入れるビースト」それぞれの者はそれぞれの研究を得意とする幹部の元へ持ち物を運んでいた。「前は成功した。次はあれとあれを試そう、ひひ」幹部は全部で4人おり、それぞれの得意分野は洗脳、獣化、融合、巨大化だった。「巨大こそ最強」その4人を束ねる人物こそ狂気の科学者、ワスト博士である。「にひひ。ウォーリー博士。貴方を超えてみせる」彼の実験が始まろうとしている。

  

【雑務係の日常】

 ワスト博士の実験などつゆ知らず、SONGの倉庫兼宿舎では、今日も雑務が行われている。「おーい、早く持ってきてー」「はい!」元気に返事をする余裕がある者もいれば、ない者もいる。「おーい、今日中に全部運ぶ予定だ!早くしろ!」「はい…分かりましたよ。よいしょ、っと、あああ!」「大丈夫!?プークスさん!」オサフネは片手で荷物を持ちながらも、咄嗟に倒れるプークスを支えた。「いやあ、すまないね。こういう体力仕事は苦手でね。だから、カメラの道に進んだ。でもそれも結構体力が必要だったし、今も自分が選んだ事だからね。頑張るよ」「一緒に頑張りましょう。それにしても重いですよね、これ」「そうだね…。でも、あの人軽々と運んでるよ。見た目が不思議なんだけど力持ちなんだ」「そうみたいですね」プークスとオサフネが見ていたのは、白いぷにょぷにょした頭で普通の人の体をした者だった。「あの人、今日一度も休んでないよ。それに一番重い荷物をずっと運んでる。すごい」「本当ですね。ちょっと話してきます」「え、オサフネ君!待ってよ」オサフネは荷物を持ち、白い人物の元に走った。「あの、すみません。貴方もSONGの隊員ですよね?どこの部隊ですか?」「エ?オレ?オレハ“ドレミレド”ッテイウブタイデス」「そうですか。僕は“ミファソファミ”のオサフネと言います。貴方の働く姿を見て感動しました。力持ちなんですね」「エエ、コノカラダ、チカラスゴインデスヨ。デモウレシイデスネ。オレハ、ロニョッテイイマス。ヨロシク」「よろしくお願いします。あと凄い良い声ですよね」「ソウ?ウレシイネ」「オサフネ君!待ってくれ」「あ、この人はプークスさんです。ここに来る前の旅仲間で、あと他にシュン、マーリン、タイミャーがいます」「オレハ、ロニョッテイイマス。ヨロシク」「それにしても、特徴的な頭ですね。何か被ってるんですか?」「チガウヨ。コレニハワケガアッテ…ハナセバナガイヨ。キク?」「ぜひ」「ジツハ、アルアルバイトノボシュウガアッテ、デモソレハキケンナジッケンダッタ」「実験?それでその頭に?」「ソウサ。イマハコウダケドマエハフツウノニンゲンダッタンダ。シンジテクレナイトオモウケド」「信じますよ、ねえプークスさん」「…ああ、信じるよ」「アリガトウ」「僕も聞いていいかい?」「ドウゾ」「どうしてここで働いているんですか?」「ソレハネ、シュウリダイヲカセグタメダネ」「修理代?」「ソウ。オレジツハ、コノキチニトンデキテアナヲアケチャッテ…」ロニョは頭をかいた。「飛んできたんですか!」「フツウニハイレテモラエナカッタカラ。トリアエズコノスガタニシタヤツヲサガシテモラウカワリニココデハタライテイルンダ」「なるほど。そう考えると、僕らもこの基地でひと暴れした代わりに働いてるのか」「僕ら似た者同士ですね」「おーい、そこの3人、話してないで早く運べ!」「行きましょう」「ソウデスネ」「あ、待って」「早く、プークスさん。あ、シュンとマーリンです」「オオ、アイサツシナキャ」その頃、総司令官は一年に数回しかない休暇にも拘らず、この倉庫兼宿舎に向かっていた。ある目的のために、今からする事を頭に思い描きながら。


 SONG倉庫兼宿舎。そこは、SONGにおいて必要な物資が全て備蓄されている。それらを守るため隊員たちが周囲を警備していて、獣が出現する心配がない安全な場所である。その為、ここで雑務、いや任務を行う隊員たちは、動きやすいように武装はしていない。「はあ…やっと終わった」「お疲れ様です!プークスさん」「おお、シュン君。お疲れさま。もうあちこちが筋肉痛だよ…」「そうですよね、でもまた明日があります」「そうなんだよ、明日があるんだ。早く寝て体を回復させよう」「そうですね」「…あの、シュン、オサフネはどこか分かりますか?」「マーリン。あれ?そういえばどこだ?あの白い人と話しているんじゃない?」「あ、そうですね」その頃、オサフネはロニョと共に、今日最後の物資を運んでいた。「ヨイショッ。コレデサイゴダ」「そうだねえ。さすがに疲れたよ」「クタクタダ」「帰ろうか。あれ?何かあそこいる?」「エ?ホントウダ。オトガスル」「何だろう。まさか獣かな」デモココニハイナイハズ。ソンナコトハナイヨ」しかし、ないと思う事も時に起こる。「いや、あれは獣だ!ロニョ、下がって」その時、一頭のライオンが現れた。「イヤイヤマサカ…アレナニ」「…大きい。ここは安全なはずなのにどうして?」ライオンは今にも襲い掛かりそうにこちらを見ている。「ドウスル、オサフネ」「武器があれば…あ、そういえば僕は持ってる。この長船を」オサフネは任務の時でも寝る時でも常に腰に長船を差していた。「ここは武器を持つ僕が相手になる!ロニョは上級隊員に知らせてくれ!」「ワカッタ!シヌナヨ!」「分かった!」ライオンが走るロニョを目で追うのを、オサフネは剣を振って遮った。「おい、ライオン!相手はこっちだ!」ライオンは言葉が分かるかのように、オサフネに向き直り、勢いをつけ突進した。「おっと」オサフネは寸でのところで躱す。ライオンの勢いは増していく。「おおっと」それをオサフネは躱す。「まずい。まだ任務終了直後だし助けはこない。これではいつかやられる。こっちも仕掛けないと」そして、オサフネは一か八かの賭けに出る。「ガオオオ!!」ライオンは最高の勢いでオサフネに向かう。オサフネはそれを躱さずに剣を構える。一瞬の一閃。それでライオンの左前足を斬った。「ガオオオ!!」そこにロニョと上級隊員が駆けつけた。「ヨンデキタ!」「大丈夫か?」「…はい、なんとか撃退しました」そこにはもうライオンは居らずその血痕のみが残っていた。そこから少し離れた森の中で総司令官は自室に向け左腕を抑えながら、歩いていた。「はあ…これで彼を上げられる」


 それから数日後。オサフネにある命令が下される。それは、上級部隊である“ソナタ”への異動命令。突然の事に彼の仲間たちも動揺したが、彼の事を考え、喜んで受け入れた。「頑張ってください」「ここは任せろ!」「…応援してます」「またいつか会おう」「うん。プークス、タイミャー、マーリン、シュン、みんな元気で。また旅のどこかで」彼は意気揚々と本部基地へ向かった。「大隊“ソナタ”…。かつていた所に戻ってきたか」ソナタとは、音楽用語で、第一楽章の意味がある。その事から、SONGでは、戦地に真っ先に赴く部隊である。従って、必然的に所属する隊員は、冷静かつ勇敢な者、又は身動きが速い者が選ばれる。オサフネの場合は前者が当てはまる。一方、後者に当てはまる者としては、状況判断が速いとかではなく、単純に足が速いなどの理由で選ばれる。その中で一番とされる隊員が通称“瞬息”と呼ばれる人物である。そして、その弟子として期待される若手が通称“瞬足”と呼ばれる人物である。この2人を入れた上位7人―小隊“プレリュード”―が現在ソナタにおいて活躍している。オサフネは配属初日に、偶然にも瞬足本人と出会う。「…というわけでここの事分かりました?」「分かった、というか前にいたので思い出しました」「なるほど。ところで俺のこと知ってます?」「ガル・ハインド・蒼龍さんですよね?有名な方に会えて光栄です。僕はオサフネです」「よろしくお願いします。でも本当にあなたついてますよ?初日に俺と会えるなんて。瞬足は常に走ってて止まらないから」「はあ」「じゃ、俺これから自主トレがあるんで、また」そう言うと、ガルはその場から走り去った。結構長い距離だったが一瞬で見えなくなった。「は、速い…さすがに瞬足だ。あれでもここの副隊長か。まだ上にすごい人がいるのか」その頃、総司令官室内。近衛衆筆頭ナイルとグレートが話している。「だいぶ左腕も治ってきましたね」「ああ。やっとお前たちに合流できる」「ええ。どうも最近、災害だけでなく獣も増加しています。それに強さも増しているように感じます。これは何かの前触れではないか、と周囲で言われる程、任務は苛烈を極めています。総司令官様のお力も必要になります」「私はライオンへの獣化が出来る数少ない人種だからな」「はい。但し無理はなさらぬように」「分かっている。明日には復帰すると他の近衛衆にも伝えてくれ」「畏まりました」1人、自室に残されたグレートは窓から外を眺める。「…“ソナタ”、“ロンド”、“タブラ・ラサ”に各1人。あと残るは4人か」彼の目が、光った。

  

【大隊の仲】

 SONG内でも権力を巡る闘争がある。それが特に顕著なのは、大隊ソナタと大隊ロンドの二大大隊の間である。両者の言い分は次である。まずソナタである。戦地には危険が伴う。その中で真っ先に戦地に向かう事は勇気が必要であり、自分たちにこそ最も権力があるという。次にロンドである。戦地には危険が伴う。その中で最後に戦地に向かう事はそれだけ戦いが険しいことを表し、それを終わらせる責任がある、言わば“後片付け”する自分たちにこそ最も権力があるという。その張り合いは両者が出会う度に日夜繰り広げられている。そして、今日もそれぞれの大隊長、副隊長がばったり廊下で出会った。「おお!これはどこぞの大隊長、ロンク君ではないか!」「…どうも、ソナタ大隊長、“瞬息”さん」「なんだね?いつもの気迫がないぞ。それに私はジュゼットと言う名があるのだが」「これはすみません。ロンクさんは昨日の任務を終えたばかりで疲れてるんです」「そうか。それなら…」「違うぜ、アジズ。俺は疲れてるんじゃない。このよく分からない張り合いにうんざりしてるんだよ」「ほほう。確かに君は言ってもまだ入隊して一年も経たない。だから分からないのも無理はない。だが、こちらは違う。もう長年任務を行い、数多の部隊の中でどの部隊が最も権力があるかと言う張り合いは決して無駄ではない、寧ろこれこそ数多の部隊が互いに切磋琢磨し全体が強化される事に繋がると私は思う。お前も思うだろ、ガルよ」「…ですね」「ちょっと引いてる…」「引いてない!」「どっちでもいい!さっきはああ言ったが俺は早く寝たいんだ。どけ」「なんだ?その口の利き方は?」「代わりに謝ります。すみません」「謝るな、アジズ!とにかく、先頭に立って戦闘するソナタさんがそこで解決してくれればいい話なんだ」「何だと!そうはいかないから部隊が多く分かれているんじゃないか!」このように話が白熱し収まらなくなる時、SONG基地内であろうと勝負で決着を着けようとするのが隊員の性である。「そこまで言うなら、この拳が強い方が権力があるって事でいいか?」「それは基本的にロンドが上に決まっている」「だがこっちは疲れと言うハンデがある。それでいいだろ」そこに察知してきた者が止めに入る。「何だ何だ?またやってるのか?ロンク、お前はもう相手にしないと言っていたではないか」「うるせえ!向こうがしつこいから拳でケリを付けてやる!」「まあまあ、そう熱くなるな。炎の名コンビだけども」「僕はそんなにですけど」「取りあえずここは抑えろ。敵は外にうじゃうじゃいるんだ。それに向けて怒りを取っておけ」彼らはさすがに聞き入れ、立ち去った。「やれやれ。骨が折れる連中だ」これも近衛衆の役目の一つである。

  

【タブラ・ラサの任務】

 編隊タブラ・ラサは、現在珍しく任務で災害抑制活動をしていた。災害抑制活動とは、例えば火山の噴火口やプレートの境目などの現地に行き、魔法の石“奇石”を使い、未然に災害を防ぐ活動の事である。今回彼らは、今まで誰も訪れたことのない、未踏の秘境に来ていた。ここでは竜巻が多発しているとみられていた。強い風が吹き、髪が乱れる中、彼らは進む。「ところでどうやって使うんだ?この石」「ちょっと、そんなことも知らないんですか、隊長」「すまない…ペリドットが知ってるはずだと信じてたから」「隊長…。分かりました。僕がやりましょう」「ペリドットさん」「ん?どうした新米君」「その呼び方いつまで続くんですか…」「君が1人で獣に勝った時だね」「じゃあだいぶ先になりますね。それより、本当に石の使い方分かるんですか?」「え?何を言ってるの?使ったことないんだから分からないよ」「えー!それでどうして今回引き受けたんですか?」「そんなの暇だからに決まってるでしょ」「…そ、そんな理由で」「大丈夫!僕らはね、今までもどんな任務にもお答えしてきたんだ。例えば、凄い巨大な獣を相手にしても…そう、大体このくらい大きな、あれ、こんなの居た?」「…わわわ」「…何だこいつは!」突如、彼らの目の前に巨大な獣が姿を現した。彼らの身長の10倍はあると緑色の巨大な伝説上の竜の姿をした獣だった。その時、彼らに声が聞こえた。「我の名はティアマット。伝説の獣に憧れ、選ばれるために日々努力を重ねてきた。そして、ついに我は、あのバハムートを倒し、伝説の獣に選ばれた!」「わ!声?あの獣からか?」「そうだ。我はその類まれなる努力で人の言葉を話す知性も得たのだ」「わ!くっ、凄い風だ」「よくぞ言ってくれた。我は風の伝説の獣。そして、必殺技が、我特製“ツイストーム”だ!!!」「「…」」「な、何故だ!何故驚かぬ?」「ネーミングセンスないです」「なんだと!我のネーミングセンスを侮辱するとは…はっはっは!お前らは我の逆鱗に触れたぞ!それに、ここはバハムートを打倒す程に風が通る神聖な領域。ここを汚す者は何人も許さん!覚悟しろ!!」そう言うと、ティアマットはその両翼から竜巻を巻き起こした。「…これが、ツイストームの威力か!」「…吹き飛ばされる!」「うわああ!」彼らはその風圧で四方に吹き飛び、そのまま落下する、と思われた。その時、竜巻とは別に一つの風が吹いた。その風は、隊長モゲレオ、副隊長ペリドットの体を包み込み、衝撃を和らげた。そして、ティアマットの風を打ち消した。「なんだと…まさか、信じられない…」この風は、新米隊員マローによるものだった。「いや、我の風をそう簡単に消せるものか…!もう一度“ツイストーム”!!」しかし、ティアマットが風を起こすより僅かに速く、マローが風を巻き起こした。ティアマットは、文字通りの突風に怯んだ。「ぐお…この風、なかなかの威力…誰だ?待て!」その叫びも虚しく、マローらタブラ・ラサの面々は吹き飛んでいった。その後、タブラ・ラサの面々は軽傷で済んだ。会議室(仮)。「いや~、参ったな。あんな強いのを相手させられるとは」「そうですね。軽い怪我もしちゃいました」「幸い強かった風のおかげで衝撃が和らいだ。マロー君も覚えているよね?」「それが、あんまり覚えてないんですよ」「どうして?」「生きて帰ることで必死でしたから」「へえ~」(ということは無意識で、あの威力の風を…)「それより、隊長はどこへ?」「ああ、総司令官様の所さ。報告をしに」総司令官室。「そうか。倒せなかったのか」「全員無事で帰還しただけでも褒めてもらいたい」「そうだね。2人は力を使えなかったから」「おかげでマロー君の無意識の風の気を見せてもらったよ。それにしても伝説の獣を倒すのはそう簡単じゃないぞ」「そうだね。まだ早かった」「まあ、あの獣は大人しくあの場所に留まっている。倒すのは今じゃなくてもいい」「マロー君の事だけでも成果はあった。ありがとう」「いえ、何でも申し付けてください、総司令官様」部屋を後にするモゲレオ。


【レース大会、開催】

 突然、SONG総司令官室に連絡が入った。「大変です!あの、ワスト博士が現れました」「何!?どこに?」「いえ、場所ではありません。大会に出る模様です」「大会?何の?」「レースです!」「それはこちらとしても探す手間が省けて好都合。よし!SONGもエントリーだ!」そして、大至急レース用のマシンをウォーリー博士に発注。急遽レーサーとなる隊員を3人に限定。大隊ソナタ、大隊ロンド、そして編隊タブラ・ラサから各1名と決定。各部隊の様子1―ソナタ。「え?レースだと?ならば、速さに自信のあるソナタが優勝しなくてどうする。つまり私が」「隊長、今回副隊長が指名されました」「何だとー!…分かった。その代わり優勝しろ」「任せてください!俺は瞬足のガルだ」様子2-ロンド。「優勝。それは俺が目指すべきもの。だが、今回はお前に譲る。アジズ」「どうしたんすか?やけに控えめですね」「俺は優勝は優勝でも拳を使わないものは興味がない」「成る程」「任せた以上、優勝を目指せ。そして、ロンドの名を広め、俺を総司令官の座に近づけろ!いずれあの男を超える為に」「了解っす。優勝っすね!」様子3-タブラ・ラサ。「え?ペリドットさん出ないんですか!?」「ごめんよ。あの時に遭遇した獣の衝撃で微妙に腕に違和感があるんだ。だから任せた!」「そんな…。今まで普通の車すら運転したことないですよ!」「大丈夫!何とかなる!…でも分かってる?目指すのは優勝だよ?」「は、はい!」ウォーリー博士は取り掛かっていた発明を後に回し、大至急マシンを作製。ウォーリー博士は急ぐ。そして完成。「ふう…。この仕事は、老人には堪えるわい」迎えたレース当日。スタート地点は、パンベンシティから南東にある乾燥地帯の崖に囲まれたエリアで、その土地を活かしたコースを先に3周した者が優勝となる。「君らが選手じゃな?」「そうです」「おお!頼もしい顔じゃ。おや?君は…大丈夫か?」「…不安過ぎて吐きそうです」「安心せい。難せわしの特性なんじゃから。ところで君ら名前は何という?」「ガルです」「アジズです」「ほう。君は?」「マローです」「ほう。おかしいのう…」その時、レース開始を告げるアナウンスが流れた。「出場者の方はスタート地点に集合してください」「3人さん応援しとるぞ」そして、出場者が位置に着き、あと最後の出場者を残すのみで、司会者がマイクを取った。「さあ、ついにこの日がやって参りました。年に一度、名貴族ゴールド家が主催するレース大会です!一体今回はどんな展開が待っているのか!そして、どんなコースになっているのか。楽しみで待ちきれません。選手の皆さんも同じく今や遅しとレース開始を待っていることでしょう」「おう!その通りだ!早く始めてくれ」「狙うは優勝のみ!ロンク隊長の分まで燃えるぜ!」「…一体どうしてこんな事に…やっぱり僕は不運なのか、それともこういう運命なのか。とにかく無事に終わりますように」「おおっと!?ここで、最後の出場者が現れました。何だ!?あの車体は?いや、もはやあの大きさは機体と呼ぶべきです!」場内がどよめく。「あれが、ワスト博士なのか?」「分かりません。ただ、今捕えようとすれば、あの機体から何が飛び出すか分からない。今は様子見するしかありません」「そうだな…」「さあ、出場者は出揃いました。今大会の優勝候補は、中央に位置する、レーサー王。現在9連覇中。その両脇には、その優勝を奪うべく、双子のレーサー、モンキーズがいます。そして、何といっても注目すべき初出場者が4名もいます。世界を守ってくれるSONGから3名、あと1名は…付箋が張ってある…“捲ると文字があるから読め”と。ありました!えー“私はワスト博士。優勝は私が頂く。それを妨害する者は無事に帰れると思わない方がいい。私のマシンに要注意”と書いてあります。あの大きな機体は何を隠すのか。但し、注意事項にもある、命に関わる妨害行為は禁止されています。その審査は通っているようですね。今大会もどうなるか分かりませんが、開始まであと1分」場内のざわつきが大きくなる。「頼んだぞ、みんな。だが、無事を祈る」「大丈夫じゃ。わしの作ったマシンは並大抵の事では負けんよ。安心せい!」「信じますよ?ウォーリー博士」(ああ…。いつも以上に頑張って造ったからのう…何せ探していた彼が出るんじゃから…)「カウントダウンに入ります!5秒前、4、3、2、1、スタートです!」


【レース対決①】

 レースが開始した。一斉に発射する全マシン。「全員まずまずの出だし。いや、待てよ、あの宣戦布告した大きな機体だけ出遅れました!」「やっぱり重いんだ。さて見せてもらおう、ワスト博士」その頃、先頭争いは、優勝候補レーサー王とモンキーズ、それから、SONGのマシン一台だった。「どけー!」「おお?予想外のマシンが一台。あれは…SONGソナタ代表、ガル選手だ!彼は、その速さから“瞬足”の名で有名です。ここでも瞬足の速さで一位になるのか?」しかし、お互いに譲らず、ほぼ同位のまましばらく進む。「やるな…レーサー王め」その次からは、一台ずつ追う展開になっている。SONGロンド代表、アジズは焦っていた。「…くそ!思うようにエンジンが動かない!このままではダメだ!エンジン全開!」アジズはアクセルを全部踏み込み凄まじい速さで追い上げにかかった。しかし、その速さに目が追いつかず、危うく崖にぶつかる寸前でハンドルを切り躱した。「ふうー。危ない」その後ろに大勢の選手が続き、SONGタブラ・ラサ代表、マローは後ろから2番目にいた。「…順調。運転は安全第一だ」勝つ気などないマローの後ろ、つまり最後方にワスト博士がいた。いまだ外からは何も変化はなく、追い上げる素振りすらない。逆に恐ろしさをモニターで見る客に与えた。「何のつもりだ。このまま第2コーナーに入るぞ」グレートの言う、コーナーとは、コースの中で路面が変化する場である。全部で4コーナーある。第2コーナーは、まさに砂漠そのものである。砂の路面は明らかに走りづらく、砂がエンジンに入り動かなくなる事もある魔の場だ。先頭集団が第2コーナーに入った。「何だこれ?ハンドルが取られて思うようにいかない。何?あいつら何も損傷なく走ってやがる。…負けられない、瞬足としてな!」「さすがレーサー王です。砂の路面をいとも簡単に走行していきます。それもドライビングテクニックがあるから成せる技でしょう。ただ、モンキーズも負けずに着いています。しかし、“瞬足”ガル選手は離され4位。彼の瞬足はまだ発揮されていない模様」「何だと!今発揮する所だ!おりゃー!」ガルもアジズ同様、アクセルを全部踏み込んだ。通常、砂の路面で全速力を出せば、車体がスリップしてしまうが、ガルのマシンは、勢いよく前進した。そして、そのままモンキーズを抜き去り、レーサー王に一瞬で追いついた。「見たか!この速さ!」「おっと?ガル選手が追い上げた。やはり瞬足だった!しかし、レーサー王が一位は譲らないと追い上げる。恐らくガル選手もアクセル全開だったが、レーサー王は一枚上手だ!」「くそっ、必ず最後までには抜いてやる!」その時、ウォーリー博士が独り言を呟いた。「…わしは、急いでいたとはいえ、予めコースを読んでおった。じゃからSONGのマシンのタイヤには特殊なゴムを使用しておる。これで砂漠も思い切り走れる。更に、ソナタタイプ。これには、瞬足自慢の選手に最適なカラクリがある。これを、アクセル全開にすると更に一段階上の速さを体感できるように窓に景色が流れる映像が出てまるで自分が疾走している感覚を味わえる。景色は見えなくて危ないから一瞬じゃが」ガルは既に味わっていた。「ひゃっほー!俺の速さを思い知れ!」そして、窓が通常に戻る。「戻った。あれ?前にあいつがいない。まさか」バックミラーにはレーサー王がいた。「なんと、レーサー王が抜かれました!」しかし、そう思うも束の間、レーサー王が追い上げてくる。「来たか。負けないぜ!」その後ろには、ぞろぞろと選手が続く。大部分の選手が砂の路面は予想したと見え、勢いが衰えず進む。アジズも勿論アクセル全開で進む。「行けぇー!ここで追い上げだ!」またウォーリー博士が独り言を言う。「…ロンドタイプ。これには、燃える男が乗ると見越し、アクセル全開時に、更に一段階上の速さとなるよう車内が熱を帯びる。燃える男なら、プラスとなるじゃろう」「おおー!暑い!身体が燃えてきた!」勢いのあるアジズは、どんどん前の選手を抜き、先頭集団に近づく。その頃、マローは第2コーナーに入ったが相変わらず安全運転をしていた。「わっ、走りにくい」ウォーリー博士が怒る。「何でじゃ!タブラ・ラサタイプには、もっと特別なカラクリがあるのに!アクセル全開時に、マシンに翼が生える、まさに変体するカラクリが!!恐らく無理じゃな…何か起こらん限り」その時、ずっと息を潜めていたワスト博士がとうとう動き出そうとしていた。「…砂漠に入ったか。では、まずこれから始める」


【レース対決②】

 現在マローは第2コーナーを走る。「安全が一番♪…ん?何だ?」マローはバックミラーで後ろに異変がある事に気づいた。ワスト博士の操縦する機体が変形していた。「何だ何だ?ついにあの機体から何か飛び出すのか!」司会者の言葉に応えるようにワスト博士は言った。「その通り。今まで最後尾にいたのはこれを有意に働かせる為だ!」そう言うと、機体の前方が二つに開くと、中からは小型だが大量のロケットが出現した。「これで今第2コーナーにいる奴らはほぼ全滅じゃ!発射!」機体から放たれたロケットが四方に放たれ、ワスト博士の前にいた選手の車体に当たりエンジンをダメにした。「何と言う事だ!次々と停止していきます!恐るべしワスト博士!しかし、注意事項は守られているようです。マナーには反していますが止めることはできません!」「はっはっは!…ん?あれはわしのすぐ前にいたマシン!何故走っておる!あれは翼…?」「おお!わしの楽しみが実現した!やってくれたな、アクセル全開」マローは異変を感じた後、身の危険を防ぐ為にアクセル全開で逃げた。「何だよ、これ!当たるー!危ない!」その必死さでハンドルを目茶苦茶に結果的に巧みに左右に動かしロケットを全弾避けていた。「なんと目の前にいながらワスト博士の攻撃を避けた者がいます!彼はSONGのマロー選手です。まだ入隊も間もない中レース参加者に選ばれました。まさに奇跡の男です」急に褒められてマローは照れた。「いやあ、それほどでもないですよ♪…あ、攻撃は!もうない。ん?水?」その時、マローのマシンの下には、水があった。「何で砂漠に水が?…そうか!オアシスだ!」このコースの第3コーナーはオアシス、つまり水の路面の場だった。「こんな大きい湖渡れるの!?」ここでウォーリー博士が独り言を呟いた。「安心せい。わしを誰だと思っとる。大急ぎで作製したとはいえ水の対策くらいは当然の事じゃ。砂漠と言えばオアシスじゃからな!」たまたま予想が当たったウォーリー博士が作製したマシン以外は予想外だったようで多くの選手が脱落した。「今回のコースの難関の一つ、巨大オアシス。これには、多くの選手が次々と脱落しています。しかし、見てください!レーサー王は水上を走っています!あの速さで沈むより先に前に進んでいます!それを追う、モンキーズとガル選手。彼らも半分車体を沈ませながらも進んでいます。その後ろには、アジズ選手がいます。レーサー王は間もなく第4コーナーに入ろうとしています」ガルはレーサー王に後れを取り焦っていた。「くそう、水で思うようにスピードが出ない!横には、猿みたいな奴らがついてるし、うわ、こっち見て笑った!お前らも負けてるんだ、集中しろ!」その頃、アジズは同じく焦っていた。「急がないと優勝できねえ!」更に後方、マローはまた安全運転に戻っていた。「結構快適だな。このまま行きたいけど、後ろが気になる…もう何もありませんように!」しかし、ワスト博士は次のカラクリを用意していた。「“トゲトゲキャノン”の次だ。どうやらウォーリーの奴も予想していたみたいだがわしも勿論予想済み。オアシス用の“ビリビリレーザー”発射!」ワスト博士の機体から今度は一本アンテナが出た。その瞬間、ここから電撃が発せられ、今第3コーナーにいる選手は急停止した。「今度は何だ?…あ!今一瞬電気が走ったのが見えました!ワスト博士による電撃攻撃。これは一溜りもない。ただ相変わらず影響はマシンのみ。見るしかないです…これはいずれレーサー王も餌食になってしまうのか!」「はっはっは!見たか!もう残すはわしと合わせ、レーサー王、モンキーズ、SONGのマシンが1、2機、併せて6機…いや7機だと!あの翼の生えたマシン、生きていたのか!」「…飛んでる、なんで?」「答えよう。タブラ・ラサタイプのみカラクリがバージョンアップするんじゃ。あの翼はただの翼ではなく実際飛べるんじゃよ!…ある条件、例えば電気を感知する、という事でな」ウォーリー博士は格好つけたのを見てグレートが作り笑いした時、先頭集団で激闘が繰り広げられていた。「ここで逆転だ!」「俺も!」その時、砂漠の真ん中に一つの巨大な渦巻きが現れた。「泉を抜けた後は巨大なありじごく…面白い」「あれは!」第4コーナーの巨大ありじごくの中心には、まさにアリジゴクの獣がいた。「あんなのいるのか…物騒だな。ただレース中だし、このマシンには武装されていない。なら逃げるのみ」「ここ上手く走れない、またアクセル全開だ!」アクセル全開で先頭集団が駆け抜ける頃、マローは優雅に飛行していた。「うわあ。ありじごくだ。あんなの大変そう。僕は空から失礼します…あれ?おかしいな、地面が近づいている気が…うわあ!落ちてる!!」マローはアリジゴクの獣目掛けて落ちていく。「今じゃ!アクセル全開!」「えい!!」急にマローのマシンが火を噴いたので、獣は驚きひるんだ。その隙にマローは、一気にガルの前に躍り出た。「おわ!こいつは、SONGの!俺の前に出るとは良い度胸だ!だが、瞬足に勝とうとは百年早い!」ガルが加速しあっという間に追い抜く。その頃、ワスト博士は第4コーナーに入った。「次はなんじゃ?…獣は流石に予想外じゃ。だが気絶しとる。チャンスじゃ」そう言うと、機体はジェット噴射で、ありじごくを一気に抜けた。そのままスタート地点がある第1コーナーに入る。カーブの多い第1コーナーでも勢いを弱めない為崖にぶつかるその時、機体は崖に垂直に走り出した。「これで先頭集団に追いつけるわい」その言葉通り、先頭集団に追いついた。「射程圏内…じゃな」これから2周目が始まる。


【レース対決③】

 「現在、レース展開は、1位レーサー王、2位モンキーズ兄、3位モンキーズ弟、4位SONGガル選手、5位SONGマロー選手、6位SONGアジズ選手、7位ワスト博士となっています。大幅に少なくなりましたが、これから2周目はどうなるでしょうか!」ワスト博士の猛攻がついに始まった。「まずは貴様からじゃ!死ねえ!」機体からあのキャノンが発射された。狙われたのはアジズだった。「くそ!まだ良いとこ見せてない内に終わりかよ!!」一発が命中し、そのまま崖にぶつかり停止しアジズ脱落。残り6人。「はは。さあ次じゃ。加速」今度はジェット噴射で一気に前と差を詰める。マローは心境に変化が出ていた。「…ガル選手に抜かされた時、なんか悔しいと思った。安全運転もいい。でも勝ちたい。安全に勝つ!」その時、後ろからワスト博士が来たかと思うとマローのマシンの横で並走し始めた。「あれはワスト博士とかいう危険人物!何で僕の横に?」「はは。次は貴様じゃ!」そう言うと、機体はマローのマシンに体当たりし、崖に押し付けた。「うわ!!やめろ!!」「はっはっは!このまま脱落しろ!」「…なんとかしないと。あ、あれを使おう。絶対危険だけど仕方ない。ここで終わりたくないんだ!」マローはカーブの多い第1コーナーでアクセル全開にした。「うぉぉおお!」その時、マシンから翼が生え、ワスト博士の機体に一撃を食らわせた。「何を!?わしの機体に穴が…さすがじゃ、ウォーリー。だが、このままじゃ済まんぞ!」前を行くマローに今度はキャノンで攻撃する。「わわわ!危ない!逃げろー!」「逃がすか!」しかし、マローの意思が上回り、逃げ切った。「…この!すばしっこい奴め」マローはガルに追いついた。「こいつ!また来たか。いいぜ、勝負だ!」アクセル全開で進む2人。それをワスト博士がジェットで猛追する。「今度は逃がさん!レーザー発射!」「もうしつこいな!」「こいつはあいつか!」アクセル全開の2人はSONGマシンの特殊機能でさらに加速又は飛行し逃げた。「な!当たらない!SONGめ、さすがにやるわい」ガルは気づくと第3コーナーにいたが、マローが第4コーナーの上空を飛んでいるのを見つけた。「あいつあんな所まで!くっそおお!」ガルは、1周目でレーサー王が成した水上走行でモンキーズを抜かし、第4コーナーに入った。ワスト博士は次にモンキーズに狙いを定めた。「残念じゃった。貴様らもここまでじゃ。食らえ!」怒るワスト博士はキャノンとレーザーを同時に発射し、モンキーズに見舞う。レーザーで弟がやられ、残り5基。「ウキーーー!ウキ、ウキッキ!(わーーー!兄者、あなただけでも!)」「ウキ!ウキー?(弟よ!あれをする気か?)」「ウ!(はい!)」「キ!(よし!)」そう言うと、弟は兄の車体に連結した。その時、兄の車体後ろ部分と弟の車体前部分が一つのバナナとなり、兄のマシンはエンジンが進化し、オアシスから飛び出す程の勢いとなった。「ウ、ウキ!(行け、兄者!)」「ウキ!(おう!)」「ウキウキうるさいわ!」ワスト博士は勢いで飛び散る水飛沫の餌食となった。「わあ、動きが鈍った。まさか水が機体の中に!くそ、あの穴か!SONGの小僧と猿め!」遅れるワスト博士を置き、先頭集団は3周目に入ろうとしていた。「なかなか抜けないな、レーサー王。くそ、次が最後か。必ず優勝してみせる!」「現在レーサー王はいまだ1位をキープ。2位にはSONGのガル選手が、3位には同じくマロー選手。そして4位モンキーズ兄、5位ワスト博士です。また2名脱落者が出てしまいましたが、全員無事です。さあ、最終周。どうなるのか、誰が優勝するか、目が離せません!」会場もワスト博士の危険行為によって良いか悪いか盛況だった。「ふん、ワスト博士。盛り上げ上手なのは認めるが、やはり危険だ。何とか捕らえなくては」グレートが画策する中、レースに変化があった。「あれ?どうしたんだ?アクセル全開でも速くならない!」マローのマシンは度重なるアクセル全開によりエネルギー切れを起こしていた。それはマローだけでなくガルも同じだった。「ここに来てガス欠…まあ、無駄が多かったかもな。だがまだ俺にはこれがある!」「…そう、まだ最終兵器が残されておる。“赤いボタン”。これを押した途端、マシンは唸りを上げ、ひとっ跳びで1位と同じ位置に着ける。これはあくまでも1位に追いつく事にしか使えん。仕組みは秘密じゃ。後は実力で頑張るんじゃぞ」「…そう言えば、これ何だろう。ポチっと押すようにあの博士に言われたっけ。ポチっとな」その瞬間、カメラも追えない程、急加速した。「ううおお!」振動でほぼ操縦不可になりながらも2人はレーサー王の横に追いついた。「…え?今レーサー王の横?行けるかも」「ここから逆転優勝だ!!」さらに進化したエンジンを積むモンキーズ兄も来た。そこにもう一機、今まで見た事もないマシンが現れた。「水が入ったのは外側部分。本体である内側は無傷じゃ!…まあ武器はほとんど外側に収納していたが、まだ一つ残してある…ふはは」「何と最終周で思いもしない展開です!すべての選手が第2~第4までのコーナーを飛ばして、レーサー王に追いつきました!さあ、残りゴールまで数百メートル。優勝は誰の手に!?」「俺だー!」「いや、僕が!」「ウキ!(私が頂く!)」「…」その時、ワスト博士が少し後ろに下がった。「…っはは。貴様らは全員ここまでじゃあ!」ワスト博士は、最後の武器を取り出した。それは、バズーカ砲だった。「直接わしが始末してくれる!食らえー!!」全員攻撃を執念で躱しゴールを目指す。「ここで終わるわけにいくか!」「安全に勝つ!」ゴール手前。エネルギーのない2人はモンキーズ兄に抜かされる。そして、押されるようにして全員ゴールした。「ゴール!!!レース終了です!今大会、優勝は、10連覇のレーサー王です!」「ウキ…(2位か…)」「ウキ!ウキキ、ウ、ウキ!(兄者!2位で残念です、でも、無事にゴール出来て良かった)」「ウキ!(ありがとう、弟よ)」「くそ!1位どころか2位でもない、3位か…まだまだ速さを追い求める必要があるな」(ブービー賞か。それより、何とかゴール出来た…ふう)マローは心身ともに疲弊しマシンを止めた途端、脱力しため息をついた。その時、ワスト博士がゴールしたと同時にグレートが声を上げた。「かかれー!総員奴を捕らえろ!」「…おや?何だか騒がしいですね、大丈夫でしょうか?」なんと会場にいた約半数はSONG隊員だった。ワスト博士の機体に狙いを済ませる。「ワスト博士。聞こえてるか。お前は包囲されている。大人しく投降しろ」その機体に視線が集まる。しかし、しばらくしても反応がない。「おい!聞こえてるのか!こちらからいくぞ!」「…ふう、もちろん聞こえているとも」「お前に聞きたい事がある。ロニョと呼ばれる男は知ってるか?」「ああ。それは、何人も失敗したゼラチン族と人間の融合実験に見事耐え抜いた男の名だ」「やはりお前の仕業か」「それはつまり、奴がSONGに泣きついたのだな」「彼は元の人間の体に戻ることを望んでいる。ここで逃がしはしない」「そう言われて大人しく捕まるほど間抜けではないわ!」そう言うと、ワスト博士の機体はヘリコプターのように真上に飛び上がったかと思うと、回転を始めた。「無駄な抵抗はよせ!」「無駄?これでもか?」ワスト博士は手に持つバズーカ砲を打ちまくった。回転により四方に飛んだ射撃は、周囲の隊員を止めるのに十分だった。「待て!お前は逃げようと我らSONGが追い続けるぞ!」「ならば私は逃げ続けよう。SONG諸君。私は今、史上最大の実験をしている。それによってこれから世界を変えてみせる。その宣言の為に今日は来たのだ。ではまたお目にかかるまで」ワスト博士は捨て台詞を言い残し、機体をジェットで噴射させ、ワスト博士は消えた。「…くそ!逃がしたか。奴は一体何を企んでいる!?だが、機体に位置を特定する装置を取り付けた。本当に大丈夫なんですよね、ウォーリー博士?」「ああ。もちろんじゃとも。今回のレース大会で分かったじゃろう?」「では期待します」「機体だけに、ははは」「ワスト博士。いつか捕まえてみせる。この手で」グレートは拳を握りしめ、決意を固くした。

  

【歌手と剣士①】

 とある夜、町のはずれにある一軒の小さな居酒屋にいつもの常連たちが集まっていた。ざわつく居酒屋の中に陽気な音楽が流れ出す。居酒屋は静まり、常連たちが拍手をする。同時刻、ある広い野原に突然の雨が降る中、そこに居た剣士が剣を抜く。その剣士の周りを大勢の敵が取り囲む。舞台上に紫色の衣装を着た女性が登場し、お辞儀をする。剣士は狙いを定める。心を込めて、女性は歌い始める。気合を込めて、剣士は次々と敵を倒していく。酔いが回った常連が踊り始める。剣士は最後の敵と一騎打ちになる。女性は目を閉じ、何かを思いながら歌う。剣士は目を閉じ、呼吸を整え敵の動きを予測する。歌は最も盛り上がる部分にさしかかる。剣士は敵と一閃し、次をかわして切りかかる。居酒屋は大いに盛り上がる。剣士の足の怪我から血が流れるのを我慢し構える。歌は終盤に入る。剣士の一振りが敵に命中する。剣士は、最後の力を振り絞り、雨を防ぐため木陰に入る。店には女性の歌声が響き渡る。剣士の周りには雨音が響き渡る。歌が終わり、拍手喝采の中、女性は常連たちにお辞儀してその場を離れる。剣士は、遠くに明かりを見つけその場を離れる。居酒屋は名残惜しい雰囲気の中、常連たちが賑やかに帰っていく。剣士は足を引きずりつつも歩いて進む。着替えを済ませた女性が店主と語り合う。剣士は痛みをこらえつつ歩いて進む。話を終えた女性が窓の外を眺める。剣士はついに倒れる。女性は雨が降っていることを知る。剣士は匍匐前進で進む。女性は店主が帰るのを見送る。剣士はさらに進む。女性は誰もいない店内で雨宿りをする。ついに、剣士は力尽き、止まる。女性は居眠りを始める。剣士はもう動かない。女性は目を覚ます。そして、窓の外を眺める。すると、雨が上がり、日が昇り始めている。女性は外に出て伸びをする。と、目の前に怪我を負った剣士が倒れていた。それを見た女性は、慌てて店内に剣士を運び、店で最も高級で致命傷にも効くという酒を一杯注ぎ、飲ませた。この歌の上手い女性、ライラは、この剣士を助けたことが彼女の運命を変えることをまだ知らない。


 「…ここは?うっ…」「あ、動かないで!傷がまだ治っていませんから」剣士は腹部の傷口を確認し、包帯が巻かれるのを見る。「貴方は?」「私は、ライラといいます。ここの場で歌を歌う者です。仕事後に、店で休んで、外に出ると人が倒れてるのに気づいて…。驚きました。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。そして、有難うございます。私の名はピーナッツと申します」「ふふ。面白い名前ですね。ところで、体調いかがですか?」「体調は悪くないですが、如何せん傷が痛みます」「そうですよね…もう少しお休みください。そうすれば、オーナーか誰かが来てくれると思います」「はい」ピーナッツは、経験から傷が深さを悟った。彼は目を閉じながら、昨夜起こった出来事を思い返した。彼はある国の王の家臣である。仕事で他国、パンベンシティを訪れた。それは長らく招集されていたある理由からだった。それは自国が世界の統一に反して独立を続ける事を問う為だった。長らく指摘されていたこの件に、今回応じたのには訳があった。その訳は統一国家ユニオンが自国に対して、このまま独立を続ければ直属機関SONGが攻め入ると脅してきたからだった。そして昨日、統一国家の各代表者の集まりである委員会の1人にして、SONGの総司令官グレートと話した。話す前に抱えていた重い気負いを晴らすようにはじめは和やかに挨拶を交したが、本題に入ると一変した。「我らは統一国家の命令には絶対従います。今回は、代表者であられる王の身も危険です。…それでも国の独立を続けるお積りですか?」グレートの問いにピーナッツは考え、答えた。「そちらの考えは分かりました。一つ伺いたいのですが、抵抗し続けた自国が今従った場合は、何も制裁はないのでしょうか?」「ええ。一切。ただ、お分かりのように統一国家の法に従う事をお忘れなきよう」「存じております。ですが、私では答えかねます故、王に伝えた後再度文書で返答したいのですが」「分かりました。賢明なご判断を期待しています」ピーナッツが総司令室を去った後でグレートは一言呟いた。「…彼は良き人物だ。心の底から王を心服している事を彼の目が表している。でもそれでは、王の意見を変えることはできないだろう。…“バック”を呼んでくれ、ナイル」その夜、ピーナッツは襲われた。何故か分からなかったが、SONGの兵士である事は分かった。自分の使命を果たす為、死闘を繰り広げた。そして今に至る。(…やはり分からない。伝える前に何故殺される?…まさか、私が死ねば何よりの伝達になる、ということか)「あのー、コーヒーでもいかがですか?」いい香りが鼻を刺激した。「あ、是非」この女性には心が読まれていないとピーナッツは安心して、起き上がった。それからしばらくして、店のオーナーが現れた。「おはよう!ライラちゃん!…あれ、この人は?怪我してるみたいだけど」「お早うございます。この人は、ピーナッツさんです。今朝、外で倒れてて急いで手当てしました。…その時に、ちょっとだけ、『神酒』を…」「ああ、いいよ!酒は幾らでも買えばいいから。それより、その傷、貴方はSONG隊員?」「いえ、私は一国の王に仕える者です」「一国?国っていうことは」「そうです。独立を続けています」「えっ!じゃあSONGが黙ってはいないのでは?」「そうです。まさにその件で、SONGに伺いました。でも、その夜、襲って来た者の服には、SONG の紋章がありました」「…それ、本当ですか?」「はい。確かに見ました」「つまりは暗殺…」「そうです。あ、こうしてはいられません。すぐに戻り、王に伝えなくてはなりません」「でもその体では危ないです。もしまた襲われたら…」「大丈夫です。寧ろじっとは出来ません。手当て有難うございました。私、行きます」ライラとオーナーは店の前でピーナッツを見送った。「行っちゃった」「彼、大丈夫だといいが」


【ビーンランド①】

 ピーナッツは足を怪我していたが道中無心で走り続け、自国ビーンランドの王が待つ城に向かった。ピーナッツは王室に行く途中の廊下で王であるピスタチオを見つけた。「王!報告します。統一国家は現時点で統一に応じた場合、一切制裁しないそうです。但し、逆に応じない場合、どうなってしまうか分かりません。実際、私はSONGの追手に昨夜襲われました。この通りです」ピーナッツは、足の怪我を見せた。「おお、なんてことだ…それはすぐにでも独立をやめなくてはならぬが…私はそれどころではない」「一体どうなされたのです?」「…私は、私は、昨夜、妻を殺してしまったのだ!」「…そんな、まさか!」「本当だよ。ああ、私はなんてことを…私は、愛する妻を殺した、ビーンランドの王に相応しくない。まさに落花生だ!…」「ピスタチオ王!しっかりしてください!」ピーナッツはピスタチオを王室に運んだ。扉を開けると、王座には誰かが居た。「ピーナッツ、良く戻った」「お前は、ポンペイ。どうしてそこに座っている?」「どうしてって、私が現王だからだ」「何を言っている?」「お前がパンベンシティへ行っている間、昨夜の事だが、前王が妻であるパピヨン妃を殺害なさった。私は今朝それを前王自身から聞き知った。前王はひどく心を痛め、王の職は勤められないということから、代わりとして私が王になった」「そんな…どうして王が妃を?」「理由は私も知らない。だが、これは非常事態だ。誰かが王の職は務めなければならない」「それはそうだが…」「だから、ピーナッツ、今回の報告を頼む」ピーナッツはピスタチオに話した内容をポンペイに話した。「なるほど。統一に応じない場合、どうなるか分からないのか。しかし、この国は国外の侵攻や火山の噴火にも絶え、古代都市として長年栄えてきた歴史ある国だ。例えSONGが攻め入ろうともこの国は独立を守るべきだ、と私は考える。どう思う?」「そうだな…確かに以前はそう思って賛同した。しかし、これ以上の独立はこの国の存続すらも危うくさせる。状況は変わっているんだ。だから、統一に…」「おい、仮にも私は現王だ。言い方には気を付けろ。私は統一には応じない。仮にも前王に任された私が現王だ。そうと決まれば、兵の用意をさせろ、ピーナッツ」「…」「分かったら返事をしろ!」「…はい」ピーナッツはピスタチオを取りあえず兵の治療室に寝かせながら、優しかった王が愛していた妻を殺害したと到底思えなかった。又、自分の事も含め、昨日は悪夢の日だとピーナッツは思った。同じ家臣だったポンペイは王となり意見を変えようとしない。何としてもこの悪い流れを変える必要があるとピーナッツは思いながら、兵士らの元へ向かった。


【ビーンランド②】

 「敵はいつ、どこから攻めてくるか分からない。全員気を引き締めて配置に付いてくれ!」「「はっ」」ピーナッツは兵士らへの指示を済ませると、彼はやはりポンペイが出した答えが認められず、再び王室に向かった。「ポンペイ!君の意見は間違っている!今回はSONGに応じるべきだ!考え直せ!」「考え直すのはお前の方だ、ピーナッツ。私は王だ。王の意見は絶対だ。第一、先程言っただろう!言葉に気を付けろとな」「あまり調子に乗らない方がいい、ポンペイ」「何?」「君は仮にも仮の王で、真の王は治療室で休まれているお方、ピスタチオ様だ!私も君もその家臣に過ぎない。だから、私の意見も今は半分の権力があるといえよう」「戯言を言う暇があるなら兵に加勢しろ!」「何故だ?私は混乱している。2日前までの国と大違いだ。王妃はどこに行かれたんだ?王が殺したなど嘘だろう?君は知ってるはずだ。どうせ知らないと言う気だろうが、私はどんな小さな事からでも真実を突き止める」「ははは!さすが、君、面白いな」「何が可笑しい?」「正直に言おう!今回の事は全て私が仕組んだ事だ。君のパンベンシティの会議も、パピヨン妃が死んだ事も、全て!」「…ポンペイ、許さんぞ!」両者は口ではお互いの意見が聞けないと分かると、剣を抜いた。「お?お前、足怪我してるのか…残念だな、優秀な兵士長だった君がここで破れるとは」「先ほどの君の言葉そのまま返す。戯言を言う暇があるなら、勝ってからにしろ」その時だった。下の階の方で、何やら騒がしい音がした。「…まさかもう来たのか?」ピーナッツの予想通り、SONGの追手が到着したのだった。ピーナッツは悟った。我が国がどのような返答を決断しようとも、今日ビーンランドは統一するだろう。「よそ見してる場合か!」ピーナッツが考えている間に、ポンペイが斬りかかってきた。「正気か、ポンペイ!」「正気だ!勝機もある!」「目を覚ませ!今我らが戦ってる場合じゃない!」明らかに目の色が狂っているポンペイの剣を一振りで薙ぎ払った。その剣は、王室の窓を割り、下へ落ちた。ピーナッツはポンペイの首元に剣を置く。「私の勝ちだ、ポンペイ」その頃、下の階では戦闘が進んでいた。圧倒的にSONGが有利だった。その数7人。彼らこそ、SONGの裏の顔を任される者“レクイエム”である。王の暗殺、それこそが“レクイエム”の仕事だった。その面々には、性格的な面からそれぞれ得意な戦法があり、それを表すコードネームが存在する。その一人であり、かつて森の奥地で忍び族の頭領と対戦した忍、クチハはこう呼ばれる。無の暗殺者―マイナー。本来は、暗い暗殺者だが、彼女の場合、暗すぎる、無感情などの理由からこう呼ばれる。「…」(事を成した時)「…」その他の隊員も続々と侵入する。明るい暗殺者―メジャー。「居た!」(事を成した時)「よし!」情熱的な暗殺者―パッショナート。「もう我慢できない!さあ!」(事を成した時)「ワンダフル!」滑らかな暗殺者―スラー。「滑らかに」(事を成した時)「良き哉」礼儀正しい暗殺者―ジュスト。「貴方を暗殺させて戴きます」(事を成した時)「ご冥福をお祈りいたします」優しそうな暗殺者―アダージョ。「痛くないように一撃で」(事を成した時)「出来たかな」1人、また1人と城内の兵が死に、レクイエムは徐々に上階に忍び寄っていた。ピーナッツはいまだ王室に居た。「近づいてきてる。あちらの勝負は我らの負けだ」「はは、ははは…負けてない、私はまだ…」「もう諦めろ!」その時、王室の扉が勢いよく開いた。王室にいた二人は扉を見るが誰もいない。その瞬間、背後で声がした。「…王はどこだ」いち早く着いた彼は、“レクイエム”のトップにして、無音の暗殺者―タチェットだった。彼は、他の6人の性格をすべて持ち合わせた人物で、音もなく背後から忍び寄り一撃で仕留める暗殺を得意とする。「…聞こえたか?王はどこだ」この質問をした相手が良くなかった。それはポンペイだった。彼は指さして言った。「…王は、横にいるこいつだ!」聞くとタチェットは音もなくピーナッツの背後に移動した。「…お前は王か?」一瞬ピーナッツは考えた。この男には敵わない。だが、この男はただで帰るはずはない。(ならば…)その時ポンペイは叫んだ。「…おい、さっきのは嘘だ!俺が王だ!」その瞬間、タチェットはポンペイを背後から刺した。「…任務完了」ピーナッツはその光景を見て思わず叫んだ。「ポンペイ!!」その瞬間、背後からタチェットが言った。「…これを預かっている。受け取れ」それは、1通の手紙だった。ピーナッツはそれを受け取り、読んだ。「『この度、貴国の王の暗殺完了に伴い、貴国を統一国家ユニオンの一都市“ビーンシティ”とする』…」「…突然の襲撃、申し訳ない」そう言うと、タチェットは居なくなった。王室には、暫く2人と静寂があった。「ポンペイ…」「…すまなかった。頼むぞ…」「…ポンペイ。君は、王になろうとしたばかりに、王の身代わりになった。つまり、君の選択は、君にとっては過ちだったが、王にとっては良かった…。一体何ていう悲劇なんだ」そこに一人の兵が現れた。「大丈夫ですか!ピーナッツ様!」「ああ、私は大丈夫だ、アルモンド兵士長。…だが、ポンペイが斬られた、直ちに治療室に運ぶのを手伝ってくれ」「はい!」その夜、ポンペイは亡くなった。それに反して、パピヨン妃が無事発見された。ピスタチオは、愛する妻が生きていたと知るや否や、飛び上るように回復した。又、彼女から真相を聞き、安堵した。「…すみません、貴方。私は、大変なことを…」「いいんだ。お前が生きていてくれればそれだけで。ポンペイめ、何て事を…だが、死ぬことはなかったのに」「ええ…。でも彼をあまり責めないであげて!彼はただこの国を思うあまりに行動したのよ。私を死なせるつもりなんて少しもなかったわ」そして、パピヨン妃は事の始まりを語り出した。あの夜、パピヨン妃はポンペイに王室へ呼び出された。「話とは何?」「…驚かないで下さい」「きゃあ!」「静かに!」「…だって、それは刃物よ。何に使うの?」「まあ、よく聞いてください。この王国は私の意見、いや助言により独立を維持しているが、今王の心はかなり揺らいでいる。でも王妃、お分かりですか?この国は古代都市として独立を守り続けた歴史ある国です。もしも統一に応じれば過去の努力は全て水の泡となってしまいます。…何のためにこれまで苦労してきたのか…とにかく、独立を維持するべき、そうですよね?」「ええ…」「王の心を独立に向かせたいがそれはもう無理です。それならば、王を変えるしかない。その王には私がなります」「ええ!どうやって?」「そこでこの刃物です。この刃物は王愛用の果物ナイフです。明日の朝、それを手に握らせ、起床した王に、血に濡れた貴方を見せ、酒に酔った自分の仕業と錯覚させます。そうすれば、王は職務を出来ないと私に言ってくるでしょう」「…何を言ってるの?私は嫌よ!死ぬのなんて!」「死んだふりでいいんです。今から貴方には芝居をして頂きます。さあ、準備を始めますよ…」彼女はポンペイに言われた通り、王の前で芝居をし、その後クローゼットに監禁されていた。あのSONGが侵入した時も、そのお蔭で生き延びたともいえた。結果的に、ポンペイは、予想外の形で王と王妃を救ったのだった。話を聞いて王は言った。「ならば、私はポンペイの分までこの国をまとめる義務がある」数日後、ピスタチオは新たにビーンシティの代表者に選ばれた。数日前に起きた王による王妃の殺害の噂は瞬く間に人々の間に流れたが、王への信頼は絶大で誰1人信じた者はいなかった。王は優しいお方、心から王妃を愛していた、王がそんなことをするはずがない、と。又、王によく意見していた家臣のポンペイの仕業だと言い当てる者もいた。そこには以前と変わらない日常があった。変わった事は、城内の様子だった。「では、今回の議決はピーナッツの意見を採用しよう。異議がある者はおらぬか?」会議室は静寂に包まれた。「…よし、決まりだ。一同解散」会議室を去る者の中にはこう言う者がいた。「寂しいな。意見する者がいないのも」「ああ」「何を言っている?今まで以上に会議がスムーズに進むから良いじゃないか!」そう言って立ち去るピーナッツの背中はどこか悲しげだった。


【悪魔】

 最近、統一国家ユニオンの首都パンベンシティで確認されていた女性のみを襲う悪魔による被害が、ビーンシティ周辺の地域で起きていると噂されていた。これは、その悪魔の話。ある一人の少女がいた。少女は孤児で、ある貧しい家に拾われた。この家の男の方は優しく、彼が少女を拾った。しかし、女の方は、欲が強く、少女に辛く当たった。彼女は、優しい男への好意は大きくなっていた。その反面、女に抱く感情も大きくなっていた。ある時、女は多額の借金を解消するためのいい方法を考えていたが、今も目の前で泣く少女を見てふと思った。この少女を、子を望む貴族に売りつける事だった。そして、ある貴族と契約し、多額の財産が手に入る事になった。勿論、男は反対した。しかし、女の意思は固く、少女は捨てられた。一方、少女は貴族の家になかなかなじむことが出来なかった。次第に、その家に雇われる使用人の女に虐められたり、貴族の家にいた姉妹にはそれを知りつつも見過ごされたりした。ある日彼女はその家を飛び出した。その後、その貴族の家では、その家の女性だけ獣にやられたような傷跡で死体となって見つかった。彼女は再び孤児になったが、周りにも同じような境遇の子がいる事を知っていたため、何とか生き延びた。時が立ち、少女は大人になり、ある噂を耳にする。それは、親と同姓同名の人物が貴族の華やかな会に参加しているという事だった。彼女は裏切られたと悟った。彼女の心に、今まで感じたことのない感情が生まれた。呆然と立ち尽くしていると、ある男と出会った。彼は生まれた時から裕福で、彼女を家に引き取り、二人で楽しい日々を暮らす事を約束した。これだけなら良かったのだが、彼女は、二人の間で決して嘘をつかない事、つまり隠し事をせず秘密を作らない事を守る約束をした。しかし、彼はある秘密を隠していた。それは、彼女は気づいていないが、彼は幼少期の彼女の事を知っている事だった。彼女が捨てられてからも彼は彼女を気にかけていた。まさに、今こそ、彼は彼女を救えるのは自分だと、彼女に近づいた。更に、彼は気づいていないが、彼女が疑問に思うことがあった。それは彼の側にいる、知らない女の存在だった。彼女はこれを街で偶然目撃してしまった。彼女は、彼を信じているので、彼が何か言うまで間違いだと自分に言い聞かせ、何も言わなかった。ところで、彼らの住む町では、深夜に出没する長い黒髪の女の姿をした者により女性のみが狙われる事件が頻発していた。同じく深夜に男性が襲われる事件もあったが、この事件の被害者は必ず三本線の傷跡が残されることから別事件とされた。この事件は世間でも噂になり、ターゲットを絞った事件性から正体は人だという意見や、何かの能力を持つ獣だという意見の2つに分かれた。被害者の傷跡が人によるものとは思えないことから獣であるという意見が正しいとされた。しかし、どちらにせよ、その被害の悲惨さから、これは“悪魔”の仕業だと言われた。二人もそのことを話し、怖がっていた。「ただいま~」「おかえり。今日も遅かったね」「うん」「聞いて。今日聞いたんだけど、今噂のあの悪魔に、この近くの人が昨日襲われらしいの」「そうなんだ…」「怖いわ…」「そうだね…」「…何かないの?」「え?」「だって、近所の人が襲われてるのよ?次は私かもしれない!」「ああ…」「なんであなたって大事な時に黙るの?何か隠し事があるんじゃない?たとえば、私の知らない女性と一緒にいるとか」彼はこの発言に動揺した。「…え?」「その驚き様、やっぱりね!」彼女の中で彼の秘密の疑念が確信に変わった。すると、彼女は彼を責め立て親のことや、側にいた女のことを問い詰めた。しかし、彼女が一方的に話すため、彼は何も打ち明けられないでいた。すると彼女はたちまち噂の“悪魔”の姿になっていった。彼は、あまりにも予想外の事態に驚き、呆気にとられた。この時、彼よりも彼女の方が重大な秘密を抱えていたのだった。彼女の恨みは、彼の傍の女を見た時から増していき、ついにこのような状況になってしまった。これは彼女が、自分の中に湧き上がる感情を人に知られまいとする反面、彼との間に秘密は作らないと約束をしたことで、彼女自身にも嘘をつき彼女の知らないところで恨みの感情が募り、彼女には制御できなくなってしまっていたのだった。そして、彼女は、その大きな爪で彼に襲い掛かろうとした…。その時、家の窓を破り、中に一匹の獣が入ってきた。その背中には獣に抱き着く形で女が乗っていた。美貌に溢れた一人の女。この女こそ彼の側にいた女。彼女は思った。(どうして…?)女は言った。「あなたは、今のままでいいの?」それを無視して彼女は言った。「あなた誰ですか?」また、女は言った。「まあ、落ち着いて。そうね、簡単に言えば、彼女は貴女たちを救いに来たの…」それを聞いて、彼女は女に質問した。「救いに?どういうことですか?」女はそれに答えた。「貴女が彼と決めた約束のことよ。秘密を作らないという。それが貴女たちを苦しめている」「そんな!あなたに何が分かるのよ」「分かるわよ。彼はね、私に相談していたのよ」「…相談?」「そうよ。秘密は良くないから言うけど、彼は、貴女のお母さんと知り合いよ」「うそ…」「最後まで聞いて。でも、彼は貴女と親が和解するための機会を準備していた。彼はもともとその為に貴女に近づいた。ただ、上手くいかなかった。その彼の相談に私は乗ってあげたの。これが彼の秘密よ」「そんな…」「だからあなたも打ち明けてしまいなさい。貴女のその爪、その姿、その全てを…」「何の話?」「え?貴女、自覚していないの?…いいわ。まだ秘密のルールは続けるつもり?」「ええ」「そう。我慢強いのね。まあ、貴女も夜は我慢しきれてないみたいだけど。私が貴女ならそうはいかないわね。だって、私は<色欲>だから」「色欲?・・・え?」「そう。私は<色欲>。私は女性性だから、本能で、良い男を見ると衝動を抑えきれないのよね。貴女が悪い女を見ると、そうなってしまうように…。先に見せてあげるわ。これが私の正体よ!」女は何やら胸元を開いた後、指を鳴らした。すると、彼が気絶するように倒れた。女は彼の顔を両手でつかみ、その首元にかみついた。「たまらないわ!本格的に頂いていいかしら…いや、もう許可なんていらないわね!」この時、彼女の中で、強い衝動があった。「やめて!」止めようとした時、獣が彼女に噛みついた。「うっ」彼女は痛みを感じたが、その痛みが熱に変わり、全身に広がった。一瞬意識を失い、気が付くと、二倍ほどの高さの目線になっていた。「貴女、手を見て御覧なさい」彼女は言われるまま自分の手を見た。それは、血で染まった大きな三本の爪だった。見ると、獣の腹の横に三本線の傷跡がついていた。彼女は恐る恐る鏡を見た。その姿は、髪が長く、爪が鋭く尖った、噂通りの悪魔がいた。「嘘でしょ…」「本当よ。それが、貴女よ。まだ秘密にできるのかしら?」彼女はその場に立ち尽くした。彼女が気づいた時には、女の姿はなくなっていた。(そうか…そういうことか。これですべて繋がったわ。彼の秘密を追うあまりに我を見失っていたのね。まさか悪魔と呼ばれるなんて…まあ、元々気性の荒い一族だったもの、でも最後の生き残りとしてこれで良かったのかしら…)しばらくして、彼が意識を取り戻した。彼と彼女の目が合った。彼女は嫌われたと思っており、視線を外そうとした。その時、彼は、彼女を見て、いつも通りに笑った。そして目を閉じた。次の日、彼が目を覚ました。首元に痛みを感じたが、そこには包帯が巻かれ手当てされていた。昨夜の記憶がほぼない彼は、辺りを見回し、彼女を探した。そこに彼女はいなかったが、机上に一枚のメモ紙があった。そこには一言だけ〔ありがとう〕と書かれていた。彼は、割れた窓の向こうの空を見つめた。


【悪魔と歌手】

 そんなある日、ビーンシティの重臣ピーナッツは、休暇を利用し、自分を救ってくれた恩人にお礼を言いにある場所へ向かっていた。それは、一軒の酒場だった。「ライラ殿はおられませんか?」「私ならここにいますが、あなたは、確かあの時の剣士のピーナッツさん」「はい。あの時は本当にありがとうございました。今回伺ったのもそのお礼をしたいと思ったからでして」「まあ、嬉しい」「そこで、もし都合が良ければ、我が領の城に案内したいと思うのです。我が領の伝統的な観劇をお楽しみいただきながら、豪華な食事でもてなしたいと考えておりますが、いかがでしょう?」「…私が、そんな事受けていいのかしら」「貴方は私の命の恩人。その話を聞いた元王ピスタチオ様やパピヨン妃、それに城の大勢の者が歓迎したいと申しております。是非!お越しください!」「…それじゃあ、お言葉に甘えてお受けします」「それではお待ちしております。何時でも都合の良い日にお越しください」それから数日後、ライラは、預かっていた地図付きの手紙を頼りに、1人で森を抜け、ビーンシティ領の城を目指した。「『山頂が2つになった火山、ヴェスピア山があります。大きいので遠くからでも分かります。』あれね。本当に大きくて良く見えるわ」ライラは城に着くと、門にいる兵に名乗った。兵が中に入ると、待ち受けていたかのようにピーナッツが現れた。「お待ちしておりました!こちらへどうぞ」ライラが案内されたのは、大きな広間だった。その中にあるテーブルの上一面に並べられた、豪華な食事はライラ一人では決して食べきれる量ではなかった。「…これ、全部私の分?」「いいえ、ここは常にどんなお客が来られてもお迎えできるように食事が整っています。ここに入れるのは限られた方のみですが、貴方はその一人です。でも、ここにある物はどれでも好きなだけ召し上がってください」「ありがとう」「間もなく、前の舞台で劇が始まります。お待ちください」ライラは、少し戸惑いながらも、食器を取り、数々の料理を少しずつ載せ、席について食べた。「…わ!おいしい♪おかわりしてもいいのよね?」再び戸惑いながらも数々の料理の中で食べていないものを取り席に着いた。その時、大広間の照明が暗くなり、ブザー音が鳴った。「えー、只今より、我が領の伝統劇を始めます。題名は『元ビーン王国の歴史』です。どうぞお楽しみください」ピーナッツの声だった。(あの人、アナウンスもするのね)幕が上がり、荘厳な音楽の中、舞台上で踊り子が舞を踊った。ライラは、初めのうち、退屈に感じていたが、終盤に差し掛かるにつれ、徐々に劇が語る歴史に興味を持ち始め、引き込まれていた。劇が終わり、幕が下りる時、ライラは拍手をした。大広間が明るくなり、舞台上には出演者たちが横に並び、更にマイクを持ったピーナッツが現れた。「お楽しみいただけましたか?」「ええ!とっても良かったわ!」「そう言って頂けてこちらも良かったです」「私も歌い手として新たな発見がありました。お返しと言えるかわからないけど、私の歌を披露しても?」「え!?それは是非お願いいたします!実は、パピヨン妃が歌に興味がおありで、貴方の歌も聞いてみたいと言っていらしたのです。今、すぐにお呼びしてまいります」間もなくして、大広間にパピヨン妃、それからピスタチオが現れた。「楽しみだわ」「ああ」再び大広間が暗くなり、舞台が照らされる。その中心にライラが立ち、マイクを握った。ライラは、普段酒場で歌う歌を歌った。それは、広く知られた民謡だった。その歌を知る者が演奏し、踊り子が後ろで歌に合わせ踊った。パピヨン妃は感動した。「素晴らしいわ!特に、歌の最後、貴方の歌声だけの部分がすごく良かった」「ああ。心のこもった歌声だった。どうも有り難う」ライラは、一国の王だった人から賞賛を受け、身に余る思いだった。「そんなお言葉私にはもったいないです」「いえいえ、貴方、才能あるわ。ここで毎日聴きたいけど、出来ないのが残念ね」「ああ。君はこれからもその声で周りの人を癒してあげて欲しい」「ありがとうございます!これからも頑張ります」そして、夜になり、帰る時間になった。「今日は、豪華な食事から劇まで楽しめました。それに、お土産までこんなにたくさん頂いて」「どうぞまた来てください」「本当にありがとうございました」「こちらこそ。最近、この辺りで例の悪魔が出現するとの噂です。こちらは我が領でも優秀な兵士長、アルモンド・ヘイブン君です。彼を護衛に付けましょう。では気を付けて」その帰り道は、外灯も少ない薄暗い森の道を通る。「こんな遅くまですみません」「いえいえ。貴方はピーナッツ師匠の恩人ですから。お守りして当然です」ライラはアルモンドの言葉が、非常に心強く、安心した。(これならもし悪魔が現れたって安心ね。)突然、雨が降り出した。「あれ?雨ですね」「ええ」「それにしても、貴方の歌声、本当に良かったです」「え、貴方も聞いていたんですか?」「ええ、大広間にはいませんでしたが、城内中に響いていたものですから。おそらくマイクを通して聴こえたのでしょう」「あ、なるほど」その時、ライラは、誰かがこちらを見ているように感じた。「あの、1つ良いですか?」「はい」「もし宜しければもう一度歌声をお聞かせ願えたりは…?」「良いですよ」ライラは再び民謡の一節を歌った。また誰かがこちらを見ている気がして振り返った。しかし、誰もいない。安心し、前に向き直る。すると、目の前に女性が一人立っていた。(いつの間に…?)「ライラ殿、下がってください!あれは、噂の悪魔です!」「…まさか!」「今は普通の姿をしていますが、あれは仮の姿なんです!前に新聞で見ました」アルモンドが剣を抜き、女性を目掛けて斬りかかる。しかし、女性は少し横に移動して避けた。「ほらね、この身のこなし、って危ない!」その女性は、ライラの方へ歩いて近づいた。この時、ライラは身動き一つ出来なかった。「きゃああ!!」その悲鳴は、たまたま近くにいたSONGビーンシティ支部所属で見回り中のソナタ大隊隊員オサフネと、偶然居たマローの耳に届いた。ライラは叫んだあと、声を聞いた。「…あ、あの」目の前の女性は何か話そうとしている。「大丈夫ですか!」アルモンドは再び女性目掛けて斬りかかった。(女性はまだ何もしていないのに…待って!)その時、女性はみるみるうちに、噂通りの、爪と髪の長い、悪魔の姿に変身した。「本性を現したな!」悪魔と呼ばれた女性は、アルモンドの攻撃を爪で防ぐと、反対の爪で彼の足を割いた。「うわ!」アルモンドは倒れ、ライラの前には、悪魔の女性が立っていた。もう先程の安心感はない。女性がライラに近寄る。(こっちに来ないで。誰か、助けて…)声にならず、そう思った時、また声が聞こえた。「…あの、あなたはいいひとよね?このあたりはけものがおおいから…あなたをまもりたいとおもって」「…え?」この“悪魔”と呼ばれる女性は、確かに見た目は恐ろしい姿だったので恐怖心を抱かせたが、思いがけない言葉を発するため、ライラには悪い者と認識することは出来なかった。次の言葉も同じだった。「あなた、うたってくれませんか?」「歌、ですか?」「…はい」ライラは、恐怖心を何とか押し留めて歌った。「…いいこえ。きもちがやすらぐわ。ありがとう」そこにオサフネの呼びかけで集まったSONGが到着した。「大丈夫ですか!?今、助けます!」また、マローも木陰で見ていた。「…あれって、噂の悪魔だ…でも、彼らならきっと大丈夫。僕はここで大人しく見てよう…」次々と剣を抜く隊員たち。女性の周りをSONG隊員が取り囲む。「お前は爪の獣だな。今日こそ仕留める」(彼女、戦おうとしていない、それに逃げようとも。やめて…)その後はあっという間だった。爪の獣は何か心に決めたかのように、自らの武器である爪をだらりと垂らしたまま、SONG隊員達の攻撃を全て受けた。爪の獣は倒された。その最期の瞬間、ライラの目には、女性が自分に向け笑みを浮かべたように見えた。「やったぞ!悪魔を倒した!」SONG隊員たちは喜んだ。しかし、ライラは、悪魔と呼ばれる女性を見て、何故か悲しい気持ちになった。最期に見た彼女の笑みは、まるで死を選択した事が正しいかのように、朗らかだった。ライラは、決して彼女の事を悪魔とは思えなかった。「そこにいる人、手を貸して欲しい」マローは知らないふりをしていた。「木陰にいるあなたです。被害を受けた女性の家までの護衛と、傷ついた兵士を運ぶ為の人手が足りません。こっちに来て運ぶのを一緒に手伝ってください」(…ばれてたか)マローはしぶしぶと姿を露にした。「…あのー、僕が隠れてるのいつからばれてました?」「ここに到着した時からです」「あ、そうですか」因みにこれが、マローとオサフネの出会いである。「結構重いですね…」「頑張ってください」


【悪魔事件後】

 翌朝。SONG総司令室内には、昨夜、爪の獣に遭遇した一部の者たちが集められていた。グレートが椅子に座りながら、話を促した。「では、報告をしたまえ」「はい。昨夜、私は、勤務で夜の巡回をしていた際、女性の悲鳴を聞きつけ、直ちに仲間の隊員と共に駆けつけました。そこには、討伐対象の爪の獣がいました。我々は女性の身を案じ、取り囲むようにして全員剣で攻撃し全て命中し仕留めました」「ほう。それは良かった。でも、報告通りなら、もっと手こずる相手だと思うが、なぜ昨夜はいとも簡単に仕留められたんだ?」「…分かりません」「おかしいね。少しでもいつもと違う事は無かったのかい?」「そうですね…たしか、女性の歌声が聞こえたような」「もしやその女性はあなたですか?」「そうよ。彼女が言ったのよ。私に、歌ってほしいって」「あの悪魔がそんな事を言ったんですか?信じがたいですね」「私の歌を褒めてくれた彼女は悪魔なんかじゃないわ!」「お言葉ですが、報告では、すでに100人以上の犠牲者を出しています。悪魔と呼んでおかしい事は一つもないです」「そんな事…本当に彼女がしたの?あなた実際に見たの?」「それは…ですが、犠牲者には三本線の傷跡が残っており、あの悪魔には大きな三本の爪があります。これが何よりの証拠です!」「それだけで決めつけるなんて…SONGも呆れたものね!」「さらに言えば、あなたの目の前で実際にビーンシティの兵士が斬られたこと、それが証拠です!」「でも、彼女は…!」「まあまあ、二人とも。ところで、ライラさん、歌がお上手なんですよね?」「…ええ、まあ。今は小さな酒場で歌手をやってます。昨日は、ちょっとした縁でビーンシティの城に招待されてそこでも歌いました」「そうですか。つまり、私の見解だが、あなたの歌声があの爪の獣を鎮めた、といえる。普通、今までの例では容赦なく襲っていましたが、あなたに対しては襲うどころか会話をしてきた。それだとしたら本当にすごい事だ。なぜなら、あなたはSONGの誰にも、この私にも出来ない事が出来てしまう。獣を歌で鎮めるということがね」「そんな私はただ褒められても何も…」「何も出なくても良いです。ただ、貴方に1つだけ頼みがあります。貴方には、是非SONGの戦闘隊員になってもらいたい!」このグレートの言葉に、ライラよりも現隊員であるオサフネが驚いた。「総司令官様、本当ですか!?この女性が戦闘隊員とは」「無論、彼女には戦闘ではなく、その歌声で戦闘隊員を補佐してもらう。つまり、位置づけは、戦闘隊員と同じになるが、所属は戦地での応急手当・治療を行う“オブリガード”だ」「なるほど。オブリガードなら納得です」「そうだろう?」グレートとオサフネの会話の切れ目に、ライラは言った。「あの、もういいかしら…私がSONGの隊員になるんですか!?」時間が遅れたので、わざとらしい反応になった。「そうです。あ、ただ、一応あなたにも選ぶ権利はありました。どうですか?」ライラは、一瞬目を閉じ、ある子供たちの顔を想像した。もし、この依頼を受ければ、命の危険というリスクはある。ただ、その見返りというリターンの方が彼女にとって重要だった。まさしくハイリスクハイリターンだが、間違いなく今の仕事よりも見返りは高い。そして、威勢よく答えた。「分かったわ、私、文字通りのSONG隊員になってみせるわ!」「お、上手いこといいますね!私は、グレート。あなたの名前は?」「ライラよ」「ライラさんか、良い名だな。ようこそ、SONGへ」この時、ライラは、SONG隊員となった。「ところで、報告書によれば、獣の運搬・女性の家までの護衛・けが人の病院までの搬送の合わせた隊員人数が、今ここにいる人数より1名多い。その人は、誰だ?」「確か、ただの通りすがりで、マローさんと言う方です」(マロー?聞き覚えが…)ライラは思った。「何ていう巡り合わせだ…」「総司令官様、どういたしました?」「その人は、SONGの人間だ」「え?そうだったんですか?なぜ黙っていたんでしょう」「私の見解だが、出るタイミングを失ったから言い出せなかったんだ」その頃、会議室(仮)内で、くしゃみが起きた。「おい、マロー大丈夫か?」「…はい。あ!そう言えば、新米っていう呼び名、やめてくれたんですね!」「ああ、この前のレースでもペリドットの代わりに健闘してくれたし、感謝の気持ちを込めたんだ。これからも活躍期待している。だから風邪ひくなよ、新米」「はい…って隊長、戻ってますよ!」

  

【見えない獣】

 「結局、あの悪魔は、死んだようだ」「そうみたいっすね」SONG隊員が何人も被害に遭った、悪魔の討伐の連絡は、各部隊にも知れ渡った。炎の名コンビ、ロンク、アジズの2人もそれについて話していた。「でも、あの悪魔、どっちなんすかね」「何が?」「女性の姿をした獣なのか、獣が女性の姿をしていたのか。どっちにしろ女性すけど」「それについてだが、奴は“人化”をしていたらしい」「ヒトカ?あれっすよね?獣が人に化けるとかいう嘘みたいな能力」「それだ」「となると、悪魔は獣だった、っすね」「ああ。人化は、獣の体内に人の血液が入り、遺伝子に作用することで起きる、らしい。しかし、その作用は命を奪う危険があり、それに耐えた個体の身が得る能力といえる。それはかなりの低確率で、奴は奇跡的に耐えた唯一の獣、らしい」「唯一っすか」「ああ。だから、奴は昼の間、人に紛れて生活していたが、夜になると、元来の姿を隠せなかったようだ」「隊長、随分と詳しいっすね」「一応俺は責任のある立場だから、指令を受ける時に聞いたんだ」「成る程。でも、どうしたんすかね?」「何が?」「悪魔は、散々暴れたのに、最期は無抵抗だったって」「ああ」「現場に居た被害女性が悪魔の前で歌を歌ったとか」「ああ」「何か関係あるんすかね?」「…それは知らん。それよりも今は任務に集中しろ。今回の対象は厄介者みたいだからな」「何が厄介なんすか?確かこの辺にはライオンのように強い獣も出ないですよね?」「ああ。ただ、今回の対象は弱くても、姿が見えないらしい」「え!」「変色種、別名スケルトン種。進化の過程で体色を変化させる能力、即ち擬態能力を得た特殊な個体の総称、らしい」「へー」「ああ、普段は通常の種の個体と同じ色をしているが、特徴として時々7色に体色が変化する。周りの景色にも溶け込めるため、戦闘においては気配を感じ取る必要がある。その種が初めて確認されたのは、昼だった。当時、隊員は他の獣を対象に捜索していた。その時、歩く横にあった湖の水面に風も起きていないのに波紋が出来た。すると突然上空から攻撃にあった、らしい。防戦一方になった為、隊員は一時撤退し、報告した。SONGは、対象をその見えない獣に定め、夜に獣の目が光ることを利用して夜に対戦することにした」「どうなったんすか?」「隊員が再びそこに行くと、案の定、対象の目が光り、それを目当てに討伐に成功した、らしい」「良かったっす!」「だが、ここからが問題だ」「何すか?」「その討伐した隊員というのが、俺らの所属するロンドだった!」「え!つまり・・・」「そうだ。変色種が出たら、ロンドが担当として呼ばれるわけだ。今みたいにな!」「…でも、何もこんな真夜中に呼ばなくても…」「全くだ。昼も任務して、明日もあるのに、寝かせないとは…SONGもブラック企業だ」「…はい」その時、茂みの方から何やら音がした。「おい、来たぞ」アジズは眠い目をこすりながら音の方を見た。「…見えませんよ、うわ!」「アジズ!それだ!何の獣か分かるか」「何か木みたいな感触っす」「じゃあ、プラントだ!幹を狙え!」アジズは手に持つ剣で後ろ向きに刺した。すると、束縛から解放された。「助かりました。あ、隊長、後ろ!」「うお!」ロンクの腰部分にとてつもなく硬い物がぶつかった。「痛って!こいつはヒヨッコリーの頭突きだ!という事は気を付けろ!集団の可能性がある」「了解っす」2人は、目の前にいる獣を蹴散らした。「痛って…」「さすがっすね。あの石頭の獣相手でも素手で挑むとは」「まあな。それより、お前、頭が…」「え?うわー!何かに食べられてる!」「そいつはガブリエルだ!丸飲みされたらお終いだぞ!今助ける!!」ガブリエルは、ロンクの拳を受け、気絶した。「…死ぬかと思いました。もういないっすか?」「分からん。今までの奴らも透明だった気はするが、辺りが暗すぎて良く見えないしな。眠気もあるし、これ以上は2人では厳しいな」その時、2人の背後に近寄る大きな影。そして、それを追うもう1つの影。どちらにも彼らは気づいていないが、もうすぐそこに迫っていた。


 ズシンズシン…。「隊長、もう帰りましょう。限界っすよ、俺」「駄目だ。今日は徹夜も覚悟しろ。アジズ」ズシンズシン…。「マジすか。もういないと思うんすけど」「いや、そう思う頃に限って出るんだ。特大のがな」ズシンズシン…。「そりゃ勘弁すね」「でも、さっきから聞こえるだろ?ありゃデカいぞ」ズシンズシン!そして、ついに大きな影が二人の前に姿を現した。「ガオーー!」「…マジで?こいつもスケルトンっすか。相変わらず見えないすけど、ぱっちりした大きい目がよく見えますね」「ああ、かなりデカいな。今回の指令対象はこいつで決まりだ!」「今まで何かと試練を乗り越えたつもりでしたけど、今回も結構ハードっすね」そう言いながら、アジズは、剣を構えた。しかし、相手の何かがぶつかってきて後ろに飛ばされた。「大丈夫か!?」「…隊長、あいつ、デカいです…」「知ってるよ!」アジズが一瞬で気絶した今、ロンクは1人で巨大な姿の見えない獣と戦う翼目になった。「くそっ…こうなったら、やけくそだ!」ロンクは、思い切り駆け出し、獣に向かった。その勢いを跳ね返すように獣の何かがぶつかり、アジズ同様にアジズの真横に飛ばされた。しかし、ロンクは立ち上がった。「こんな事で気絶できねえ!俺は、かの英雄リンクの子孫、ロンド、いやロンクだ!どんな困難、どんな壁も乗り越える!」獣が起こす地響きで倒れそうになるのを何度も堪え、立ち止まってはまた駆け出す。その繰り返しで、一向に攻撃が出来ないでいた。「くそっ、どこが体なんだよ!?」ロンクが焦る中、獣の足が、ロンクの頭上から迫っていた。必死に考えるが、何も良い案が思い浮かばない。その時、1本の光の筋がロンクの頭上を照らした。「わ!足が!」ロンクは咄嗟に見えた足から転がり避けた。「危なかった!今の光は?」その光は、次にある一点を差して止まった。「…ここだ」「誰だ?ここって何だ?」「…弱点だ。ここをつけばこいつは倒れる」「本当か?嘘なら承知しないぞ!」「…そんなこと言ってる場合か?今は私を信じろ」「仕方ない」ロンクは、獣の足の地響きを利用し、光が照らす一点目掛け高くジャンプした。そして、思い切り後ろに引いた右足を力強く戻し蹴り入れた。「ギャオー!」そこは本当に弱点のようで獣は変色を維持できず姿を現した。そこは獣の腹部だった。しかし、まだ倒れていない。「もう一丁いくぜ」一度着地した後再びロンクがジャンプ蹴りをお見舞いすると、4本足の獣は横に倒れた。とてつもない地響きにアジズが目を覚ました。「…わ!どうしました、隊長?」「倒した」「流石っすね、隊長!どうやって?」「突然、現れた光と声に導かれるように倒した」「声?」『ここが弱点だ』って言ったな。その光る部分に蹴りを入れてやったら倒せた」「その人はどこに?」「分からん。そういえば、誰だったんだ?」辺りを見回してもそこには誰もおらず、2人を空高く輝く月が照らすばかりだった。しかし、その正体は翌日明らかになった。SONG本部総司令室。「昨日はご苦労だった。あの獣はビッグレッグタートルといって、通称BLTは名のとおり大きく長い脚が特徴の亀の仲間だ。普段は大人しいが、一度暴れると厄介なんだ。でも、弱点はあるし、そこを突けば、少数でも倒せる相手だ。しかもスケルトンだから、ロンドの名コンビである君たちに頼んだってわけだ。やっぱりスケルトン種担当はロンドだね」「そうでしたか」「その君たちに2つ伝達事項がある。まず1つは、君らは今日特別休暇だ」アジズは小さくガッツポーズした。「もう1つは、これだ。入って来たまえ」そこに、1人の女性が入って来た。「私の名は、レイピア。これから、SONGに入るのでよろしく頼む」「この女性は?」「彼女は修繕したてのコロシアムにおいて、ロンク君と同じく特例試験を受けて合格した。これは女性で初の快挙だ。昨日君らをサポートしたのも彼女だ」「あの声は、あんたか。あの光は?」「ただの懐中電灯だ」「あ、そう。それより、あの時壊れたコロシアムもう直ったのか」「世界のSONGとしては当然だ。因みに、彼女はコロシアムを傷一つ残さずに勝利した。その実力は君以上かもしれないな」(また気に障る発言を…)「そこで、今日は、特別休暇の君らに彼女のためにSONGの案内をしてほしい」「「え…?」」「君らにとっては後輩だ。君らも先輩に入隊時は案内されただろう。頼んだよ」(今は…俺は立場的に総司令官の言いなりだ。それは仕方ない。だが!いつかその立場に俺がなる!)3人は部屋から出た。総司令室に書類を運ぶマローは、偶然3人に会った。「よう、久しぶりだな」「あなたは、確か…コロシアムの時の!」「そう、ロンドだ。覚えててくれたか。今日は用があるから、じゃあまたな」「はい」マローは立ち止まり、3人の後ろ姿を眺める。(誰だ!?あの美人な人は!)3人が出た後、総司令官グレートは呟く。「彼女にはソナタ大隊の小隊“ソナチネ”に所属してもらおう。これで、ソナタに二人、ロンド、オブリガード 、タブラ・ラサに一人ずつの計5人。残るは二人…もうすぐだ」

  

【黒の剣士】

 僕は今、総司令官グレートさんに連れられ、ある場所に向かっていた。グレートさんは、総司令官である自らが直々に現地に赴く理由を次のように話した。「今から向かうのは、アローンシティ。そこには、SONGとして重要な人物がいる。獣や災害が増加する今の苦しい現状を打開してくれる可能性を持つ人だ。だから、私が直接会ってSONGに来てもらうよう話す必要がある」総司令官がこう言う程、SONGに重要な人物とは一体誰なのだろう。因みに、総司令官が外出の際は必ず近衛衆が同行する。しかし、今回は近衛衆ではなく、なんと僕ら、タブラ・ラサがその役目を任され、同行している。つまり、モゲレオ隊長とペリドット副隊長もいる。「君らは、編隊、つまりどの部隊よりも行動が自由だ。そこで今回は“臨時近衛衆”に任命する。よろしく頼む」「分かりました。責任を持って同行致します」「私も同じくです」「でもなぜ我らが選ばれたのでしょう」「それは、聞くな」僕は、この時のグレートさんの目が急に怖くなったと思った。「あのー、ところで、それほど重要な人とは一体誰ですか?」僕が気になっていた質問を副隊長がしたので、注意して聞いた。「君たちは“英雄”って知ってるかい?」「いや、ちょっと…」「私も…」「僕知ってます。確か、昔この世界を救った者の呼び名ですよね?」「そう。その始まりは、誰か知ってるかい?」「はい。かつて世界を巻き込む大戦争を終わらせたキンコウの三剣士ですよね?」「そう。詳しいね、マロー君。でも、その後、英雄が姿を消す理由は知ってるかい?」「確か、黒の事件だと思います」「そう。長い間姿を消すんだ。でも、しばらくして勇者と呼ばれるリンクという人物とその仲間たちが世界の危機を救い、新たな英雄として世間に知られた。これは私も凄いと尊敬する、リンクの伝説の一つだが、彼は世界を救うだけでなく、途絶えていた血の繋がる英雄を蘇らせたんだ。彼の死後、英雄は世界の悪と戦い続けた。でも、近年、また姿を消した」「…」「でも、実はまだその存在はある」「「え!」「これはあくまでも私の見解だが、黒の事件の被害者、キンコウの三剣士の末裔として血の繋がる英雄が今もどこかに生きているはずだ。その内唯一所在が明らかな者が、今から向かう場所にいる」僕はそれを聞いて、心ここにあらずの状態だった。まさかいないと思っていた英雄が今もいるなんて…。もしかすると、黒の事件の事を知る人物かもしれない。黒の事件は、名前として僕の人生に闇をもたらす。それは恐ろしい不運となって僕を苦しめる。僕の名前、“ノワール”には気軽に口に出来ない程の重要な由来がある。それは、“黒”と言う意味で、文字通り、黒の剣士が深く関わっている。黒の剣士、彼の正体は、以前話した水の国の選ばれし者、青の剣士だった。彼は、他の火・風・土の3国の剣士と並ぶ存在だった。しかし、失敗を立て続けてしまい、自らに引け目を感じていた。その結果、後悔などの負の感情によって闇に染まったもう1人の自分を作り出した。彼は、頭を抱えながら、ある下町の武器商の前をふらりと立ち寄った。そこで、扱えない者ばかりで役立たずの剣として毛嫌いされ、値段も格安で刃がボロボロの剣を見つけた。店主の忠告を払いのけ、彼はその剣を購入した。「安物買いの銭失いだぞ、兄ちゃん」「自分にはこのくらいが合っている」しかし、彼が、その剣を持った瞬間、剣は眩いほどの黒い光に包まれ、彼は意識を失った。この剣こそ、闇を抱える者に反応する奇石が装飾に施された、後に、何人もの被害者を出す、“悪宿剣”だ。そう、僕がSONGに追われた理由の剣だ!…まあ、そのお陰で今ここにいるのだけど。話を戻すと、その後、目を覚ました彼は、町を襲い、まさに悪魔と化した。それを聞き駆けつけたキンコウの三剣士を、諸共しない強さで圧倒し、殺害した。正気を取り戻した彼は、目の前の光景に愕然とし、自分がしたことを受け止めきれず、自害しようと考えた。彼は、意識が朦朧となりながら、山奥へ入った。ついに崖の手前まで来た時、彼はある男に話しかけられた。「ある術を教える代わりにその剣を譲ってはもらえないか」彼はよく分からず応じた。この男は僧侶で、悪宿剣はその後、2度の持ち出しを除き、僧侶の寺に厳重に保管されることになる。何で僕がこんなに知っているのか、それは親から伝記を読み聞かせられるからだ。しかし、その伝記に、キンコウの三剣士や黒の剣士のその後は書かれていない。巷では、術は、蘇生術でキンコウの三剣士を蘇らせたという話や、実は黒の剣士はキンコウの三剣士に倒されたという話も伝えられるが、これは昔から今までの間に誰かが創作した後付けの物語で、事実かどうか全く分からない。以上が黒の剣士についての話だ。でも話はまだ終わらない。寧ろ、この後が本題だ。もう分かったと思うけど、“ノワール”とは、黒の剣士の意味だ。黒の剣士は実のところ、被害者なのかもしれないとも思う。なぜなら、黒の剣士本人は意図してキンコウの三剣士を襲っていないし、それに、彼は後世に事あるごとに悪者の代名詞として語り継がれるのだから。それを示す話がある。かつて常人離れした能力を持つアーク・シャウトという少女がいた。彼女自身はその能力に自覚が無いまま過ごしていたが、彼女の家族は知っていた。彼女は非常に優しく、小さい友達と森で遊んでいた。しかし、ある日その友達が連れ去られる。すると、彼女の悲しみと怒りがその彼女の力を目覚めさせた。彼女を守ろうという心優しい人たちが保護していたが、彼女の力に目をつけた世界各国に狙われ、ついに捕まった。彼女を手にした国は、世界征服の切り札に利用できると考えた。「彼女の力は感情が高まるとき発揮する。ならば…」そう考えた代表者は家族を彼女の前に連れてきた。嫌がる彼女を無理やり押さえつけると、彼女の体は力を発動する前兆の光を放ち始めた。代表者は歓喜の声をあげた。しかし、彼女は必死に力を抑え、意識を失った。この時、なんと、あの悪宿剣がどこからともなく彼女の元へ飛んできた。邪悪な気配を身にまとった彼女は剣を手にした。覚醒した彼女の力は圧倒的で、他国を次々と壊滅させた。それで終わらず、利用した国も壊滅させた。彼女は行方をくらませた。国の代表者たちは、その災禍による被害の全てを、悪宿剣がもたらしたとした。そして、それを使用した彼女の罪を問い、代償として、生き残る彼女の家族に、悪者の代名詞“黒の剣士”を示す名を与え、その子孫だったと知らしめた。その後、一族は世間に疎まれた。一歩外に出れば、ささやかれ冷ややかな目で見られた。それが原因か分からないけど、早死にする人が多く、今では僕と両親だけ。これが、“ノワール”に隠された真実。この事実を小さい頃から聞いていたけど、深く理解したのは最近だ。なぜなら、僕はそれほど世間に疎まれていると感じたことはない。(不運なことはさておき)ただ、自分の名前を言うと、必ず相手が冷たく感じた。その時から、僕は悲しみと怒り、そして虚しさに襲われた。でも、それを誰にぶつけていいかも分からず、そのまま現在に至る。もしこの真実を知る人がいたら、共有して気持ちを分かってもらいたいと思った。ただ、それが誰か分からなかった。ここで、総司令官のグレートさんをふと思い出した。「他人事のようで申し訳ないが、君はその名前で苦しい思いをしてきた事だろう」これは、ただ単にその名の意味を知るだけなのか、それとも、あの真実を知っているのか分からない。ただ、今から行く先にいるという英雄なら、知ってるかもしれない。僕は胸を高鳴らせ、前を歩くグレートさんに付いて行った。


【英雄の末裔】

 「どうしたの?難しい顔しているけど。そんな顔は君らしくない」「…すみません」「あそこが目的地だよ」グレートの言葉に、マローは長い考えを止め、前を見た。そこには、石で出来た立派な城が聳え立っていた。城の前までくると、大きな門があり、その中心にベルがついていた。これを鳴らすと、直ぐに人が現れた。「お待ちしておりました。こちらへ」そう言う、騎士の格好をした者に付いて行く。城の中は、外見と同じ石の素材が丸分かりの簡素な内装だった。「こちらになります」案内されたのは、城の屋上に一室だけある部屋。「中でお待ちです。お入りください」(ここに英雄がいるのか…どんな人だろう)マローが恐る恐る入る。そして、目に映ったのは、外を見つめる、1人の少女だった。「…あの方が?」「はい。まだ14歳にして、この自治区、アローンシティを治める長を務め、そして、はるか古から受け継がれる“土守”でもあられるお方、ナタリー様です」(あれ?想像していた人と違う…)「土守とは、土の守り人のこと。守り人とは、英雄の正式な末裔のこと。ナタリー様は、世界で唯一の守り人」「その通りです。姫様の本名は、ナタリー・メガでございます。かつて大戦争の際、土の国マントル代表の剣士に選ばれた英雄、クック・メガ様の子孫でございます」マロー含め、タブラ・ラサの者達は、聞き慣れない言葉に呆気に取られていた。「初めまして、ナタリーさん。私は、統一国家直属の軍組織SONGの総司令官を務めるグレートです。今日はお会いできて光栄です」ここで、少女がグレートの方に向いた。「はじめまして、お会いできて光栄です。SONG総司令官グレート様」グレートは、ナタリーを、まだ少女といえど、礼儀正しい対応に姫の気品を感じた。「早速ですが、今日お伺いした理由についてお話しします。単刀直入に申しますと、ナタリー姫、貴方に是非SONGの力になって頂きたい。私は、ナタリー様が特殊な力を持つと聞きました。もしよろしければ、その力を実際に拝見したいのですが…」それを聞くと、ナタリーは立ち上がり、部屋の奥へ行った。何やら高級感溢れる漆黒の箱を手に戻ってきた。その箱の紐を解くと、中にあったのは1本の剣だった。「この事ですか?」ナタリーがその剣を持つと、まばゆい黄色の光が放たれた。「「うわ…!」」タブラ・ラサの面々が光から目を覆う中、グレートは答えた。「眩しい。さすがは、“聖剣”ですね」(聖剣…!?本物だ!)「しかし、その事ではなく、ナタリー様の持つ、相手の本心、即ち、“魂の声”を聴く力のことです」(魂の声を聴く力だって・・・!?)「ええ、確かに姫様はお持ちです。何故か存じませぬが、姫様はとにかく繊細な心の持ち主ですから、相手の心の声を聴き取れるのです」「…この事でしたか。なら、あなたでよろしいでしょうか?」ナタリーはマローを見て、言った。「え?僕ですか?…どうぞ」「では、失礼します」すると、ナタリーは目を閉じた。「あなた、何か悩み事を抱えていますね?」「え!当たってる…」「流石ですね。一体、マロー君が何に悩んでいるのか分からないけど…」全員の視線がマローに注がれる。「その…聖剣って何ですか?」「もう知ってると思うけど、災害時にも用いる不思議な石、奇石を装飾に施された剣、それが聖剣だ。姫様の剣は土の気を秘める奇石を用いてある。分かったかい、マロー君」「…何となくですが」「良かった」(後で、真実を知ってるか聞いてみよう)「では、本題に移りたいと思うのですが、我々SONGの本部基地の傍に、“鎮守の森”があります。その森は、非常に広大で、その森を守る“森の主”がおられます。そのお方は、奥深くにある大樹に祀られています。定期的にご挨拶に伺うのですが、いつもは確かに気配を感じるのですが、最近では全く感じないのです。ナタリー様のお力で、森の声を聴いて欲しいのです」「分かりました。…ですが、多少心配ですね」その時、騎士風の男が7人に増えた。マローは驚きの声を上げた。「え?増えた!?」「これは驚かせて申し訳ありません。申し遅れましたが、私共は、姫様の護衛として長らく務めております。その森の件ですが、私共も同行して宜しいですか?」「そう思う気持ちも分かります。ただし、SONGとしては、姫様のお力をお貸し頂く以上、全力でお守りします。それに、あなた方がいなくては、ここをまとめる人が誰もいなくなってしまいます」「ならば、私だけでも」「何を言う。私が行く」「いや、私が」「何やら揉め出したぞ、ペリドット」「ここは隊長が『自分が姫様をお守りしますのでご安心ください』というべきです」「そうだな…お前先に言え」さらに揉める上司達を見てマローが言った。「姫様は、必ず守ります!」7人の護衛は言い争いをやめた。「マロー君の言う通りです。ナタリー様は私たちが犠牲になってでも必ず生きて帰すと誓いましょう」しばらく沈黙した後、護衛が答えた。「その言葉信じますよ。姫様、支度を致しましょう」「分かったわ」「では、我々は外に」部屋を出た時、モゲレオはマローに肩を叩いて言った。「頼もしいな、新米君!」続けて、ペリドットが言った。「当たり前ですよ、隊長!僕らの後輩ですよ?」「確かにマロー君のお蔭だ。ありがとう」「いや~それほどでも」(こんなに褒められると照れるな…)しばらくしてナタリーが出てきた。「お待たせしました」「いえいえ」「では、門までお見送りいたします」そして、7人の護衛たちが声をそろえて言った。「「姫様、くれぐれもお気をつけて、いってらっしゃいませ!」」「爺やたち、行ってきます!」お辞儀を終え、手を振って別れた。歩き出した後、マローが振り返ると、7人の護衛たちはまだ手を振っていた。(愛されているんだな)しばらくその光景は続いた。


【森での戦い】

 総司令官グレートとタブラ・ラサの3人にナタリー姫を加えた5人は、鎮守の森に到着した。「どうです?ここが森ですよ」「とても空気が澄んで、いい場所ですね」「そう言ってもらえて安心しました。空気まで淀んでいるとしたら、森が何らかの病に陥っている可能性があり、その場合燃やす必要も出てきますから」「ただ、ここでは声は聞こえません。少し森の中に入らないと」「では、姫様の言う通りに。森の奥は薄暗いので、一列になりましょう。ナタリー様は僕の後ろに、その後ろにタブラ・ラサの皆がついてくれ。じゃあ、入ろう」見渡す限り広葉樹が埋め尽くす森の中を進む。(結局、真実について聞けてない。なんて言えばいいかな…)「どうです?良い所でしょう」「本当にそうですね。ただ声はまだ聞こえません」「そうですか。よし、行こう」5人は、一言も話さず、黙々と歩みを進める。「ここでは聞こえますか?」「いえ、まだ。もう少し入らないと…」「分かりました」奥に進むにつれて、周りの木々が針葉樹に変化していく。つまり、日光が当たりにくい奥深くに来た事をそれは告げている。(今任務中だし聞けない。終わった後に聞こうか…)「だいぶ来たな。あまりこの辺まで来ることはないんだ」「道もだんだん険しくなってきましたね…」「姫様、足は大丈夫ですか?」「…はい。なんとか」「私で良ければ、背負って差し上げましょう」「…いえ!大丈夫です」「そうですか」5人の疲労が溜まってきた頃、森の中で木々に動きがあった。ざわざわとあちこちでツタが動き、まるで5人を狙うように後を付ける。ふと、ナタリーが声を出した。「…!待ってください。声がします」「「え!」」「本当ですか!一体何て言っていますか?」「…森が怖がってる。何か奥にとてつもないものがいます」「一体何がいるんだ…」ナタリー以外の4人は辺りを見回す。時すでに遅し、とはこの事だった。「うわー!」「マロー君!」マローは木々から伸びたツタに捕えられ、宙に浮いた。(…あれ?浮いてる!)「助けてー!」「どうして気が付かなかった!こんなになるまで」この時、辺り一面ツタで覆われていた。「…こっちは森の声が大きく聞こえる」「ちょっと!ナタリー様、動くのは危険です!」その時、1本のツタが姫を目がけて伸びる。「危ない!」ペリドットは咄嗟に剣を抜き、斬った。「総司令官殿、ご命令を!」「了解。ナタリー姫の身を最優先に、直ちに根源となる獣を突き止め殲滅せよ!あとね、総司令官でいいよ」「「は!」」それから、グレート、モゲレオ、ペリドットの3人は剣を手に、姫を中心に囲った。「必ずお守りします!」「この剣に誓って!」「来るぞ」木々から伸びてくるツタが3人を襲う。しかし、3人に当たることはなかった。「片付いたようだ」「はい!」しかし、3人はある事を忘れていた。「…あのー、そろそろ僕、助けてもらえますか?」「「あ」」「今のは、皆さん忘れてましたよね?」「すまない!今助けるから…」「え?」マローが異変に気付いた時は、森の奥に運ばれ始めた後だった。マローとの距離がどんどん離れていく。「マロー君!」「新米!」「まずいな。運ばれた先、あっちは森の最奥部、大樹のあるところだ」3人が行こうとしたとき、ナタリーが立ち止まった。「姫様、どうなさいましたか?」「…ここは危険、逃げて、と森が言っています」「確かにこの先は危険でしょう。但し、今見た通り、大事な仲間が1人連れ去られました。ここで引くわけには行きません。ですが、姫様はここにお残りください。ペリドット、君はここで姫様を守ってくれ」「は!」「モゲレオ、行くぞ」「は!」自分たち以外の音が何もしない静かな中で、ナタリーが震えているのを見て、ペリドットは言った。「さぞかし心配でしょう。でも、総司令官も隊長もとても強い人たちです。そう簡単に負けません。安心してください」しかし、ナタリーの震えは止まらない。ペリドットは姫を見て、少し不安を感じながらも冷静に振る舞った。その頃、グレートとモゲレオは、大樹の前に来ていた。「これが…大樹ですか」「そう。ここに森の主が祀られている」そこは木々に囲まれた空間で、大樹と、その前に小さな社があるだけだった。大樹の幹は、大人3人が腕を回しても一周しないほど太かった。大人が見上げる位置に、立派な注連縄が巻かれていた。辺りは静まり返っている。「…本当に何か出そうです」「確かにね…ん?」その時、グレートは、大樹の奥に何かが蠢くのを見た。「何か樹の向こうにいる。行ってみよう」「…分かりました」2人は恐る恐る木々の間を進んだ。すると、その先にとんでもない光景を目の当たりにした。「なんじゃこりゃ!!こんな化け物が森の奥に!」「ここは、鎮守の森の領域外。ここで、森中にツタを張り、捕獲した獲物をこの動けない本体が栄養として蓄えて大きくなったんだ…文献で見たものより大きいぞ。でも、この獣は確か、人の手が加わり生まれるはず。一体、誰が、いつの間に…?」木々が生い茂る中に大樹の幹以上に大きな花があった。その花は、きれいな見た目で異様な悪臭を放つ世界最大と言われる花。それを纏う花の獣は、学術的には“フォレスト・ラフレシア”と呼ばれる。「キィィィィィ!」「…鳴きよった」「鳴いたね。こいつには簡単に手を出すな。あの花には毒がある。恐らく、この森中に張り巡らせたツタで捕まえた獲物をあそこに運んだ後、捕食するんだ」「分かりました」その時、モゲレオはツタでぶら下げられるマローを見つけた。「あ、マローが!!」「そう、早く彼を助けなくては」「どうすれば?」「今考えている」花の獣は今のも2人を捕らえようとツタを伸ばしていた。「総司令官!攻撃が」「取りあえず避けよう」ツタは地面に当たり、凄まじい音と衝撃を発する。モゲレオが見ると、ツタが当たった地面にひび割れていた。ツタはしゅるしゅると本体に戻る。「総司令官!あのツタ、やばいです!」「分かってる。まるで鉄、当たったら一溜まりもないな。でも、避けられない速さじゃない。避けてくれ」「了解です」先程と違うツタが順番に伸びてきては2人を襲う。2人が避ければ本体に戻る。硬直した攻防の時間が続く。「総司令官、思いつきました?」「まだだ!」(すみません、もう限界です。私も年なもので・・・あれ?さっきよりマローが花に近づいてる。まずい!)突然、モゲレオは走り出した。「待て!勝手に動くんじゃない!」モゲレオは本体のツタを飛んで躱し、木々のツタを斬りながら進む。そのまま、マローの元まで辿り着くと、剣を横に振った。「決まった…」モゲレオは着地を決め、剣を収めた。しかし、マローがちょうどモゲレオの上に落下した。「うおう!」「いたた…日頃の恨みか?まあ、助かって良かった、新米君」「…隊長、ありがとうござ…」その時だった。「キィィィ!」「…うっ」獣の叫び声の後に聞こえた、それはグレートの呻き声だった。「総司令官!」ここからでは、獣の巨体が邪魔でグレートの状況が見えない。急いで2人は駆けつける。「そ、そんな…総司令官に消化液が…」「?」「あの化け物が花の中に蓄えているんだ。新米君も危うく食べられるとこだったんだぞ」「それはどうもありがとうござ…」その時だった。「危ない!」マローの背後から本体のムチが迫る。しかし、あろうことかムチが斬られ上空を舞う。「キィィィ!」「なにやってるんです?2人とも」それはペリドットだった。「お前、そこは危ないぞ!」ペリドットが立っていたのは、正に花びらの上だった。「意外と硬いですよ」「そういう事じゃない!」「いや、姫様に聞いたんですよ」「何を?」「森が助けるから頑張れ、って言ったことを」「一体どういうことだ?」その時、獣は花から消化液を出し、球状にした。「恐らく飛ばして攻撃する気だ!避けろ!」案の定、獣は球をペリドットに向けて飛ばした。「おっと」ペリドットは上手く躱し、モゲレオたちの方に着地した。「驚かせるなよ」「どっちがですか」「それよりも、総司令官様を早く医者に診せねば!!」「…あの、2人とも前を!」彼らの前には、あの消化液の球がすでに放たれていた。「「うわー!!」」その時だった。白く、幻想的な光を放つ、体躯はライオンほどある、狐の形をした獣が現れた。白い獣は、尻尾で球を弾き飛ばし、ムチの攻撃を軽やかな跳躍で躱す。そして、木に垂直に着地し、瞬時にツタを避け、隣の木に移る。それを繰り返しながら、高い位置に来ると、全てのツタを跳ね除け、怒り狂う獣の花の中心に飛び降りる。そこで高らかに一声鳴く。直後、あれほど凶暴だった獣は、まるで雪のようにきれいな光の結晶になった。花の獣は跡形もなく消え、それと共に、森のざわめきも消えた。そこには、一匹の白い獣だけがいた。「…な、何が起きた?」「…一瞬で倒した」「…まさか、あれが…森の主?」「…うっ」「総司令官様!」その時、白い獣がモゲレオたちに振り向いた。「わっ」彼らを通り超し、グレートの手前で止まった。そして、横たわるグレートの上にかかっていた消化液に、前足をつけた。すると、球状にまとまり、花の獣と同様、光の粒となって消えた。「…ん?」グレートは目を覚まして白い獣を見た。「…あなたは森の主ですね?」白い獣はそれに応えなかった。そこに、ナタリーが来た。「皆さんご無事ですか?」「はい。姫様こそおけがはないですか?」「大丈夫です」「良かったです。僕が行ったあとに、何かあったらどうしようかと、7人の騎士殿に何をされるんだろう、と思ってました」「それを言うなら私たちも一緒だな?新米君」「…はあ」「ははは。それにしても、やはり、ナタリー様の森の主の声を聴く力なくしては、この結果は無かったです。感謝致します」「…そんな。私は、ただ、声を聴いて、助けて、って言っただけで」「森の主と会話を…。やはり、貴方はSONGに必要なお方です。来ていただけますね?」「…でも土守としてはあそこにいないと」「分かりました。では、臨時隊員はどうでしょう。貴方には、時々、必要な時だけでも協力して頂きたい」「…分かりました。護衛の皆さんにも話してみます」「ありがとうございます!」様子を見ていた森の主は、ゆっくりと大樹の方へ歩きだした。一度振り返り、タブラ・ラサの面々を見た後、そのまま大樹に登り、消えた。「消えましよ…?」「そういう存在なんだ…。ずっとここで、SONGを守ってくれている。これからも森の主の加護があれば、SONGは守られていく。それにしても君たち、私が倒れている間によくやってくれた」「何をおっしゃいます!私なんかを庇ったせいで、総司令官があのような目に…」「とにかく無事倒せたんだ。一件落着さ」「あのー、一回こっちを見られたような…?」「きっと、君らに何か感じるところがあったんだろう。例えば、希望」「ああ…」全員森の主に思いを馳せた。モゲレオは言った。「…マロー、大丈夫か?放心状態だぞ」「…はい。まるで夢をみてたようで」「安心したまえ。頬をつねったら痛い」「「ハハハ」」グレートとタブラ・ラサの者らは笑いながら、話し出した。(あ、今がチャンスだ)マローはナタリーに質問してみた。「あの」「何ですか?」「ナタリーさんは、その、ええと」「…やはり何か悩んでいるんですね」「ええ、はい。よし!ズバリ聞きます!ナタリーさんは、悪宿剣は知ってますか?」「…」(まずい…いきなり何を僕は)「知ってますよ」「え?本当ですか?」「確か、持つと悪魔になるという…」「そうです!それを使った人のことは知ってますか?」(黒の剣士でも、覚醒する少年でも…)「いや、知らないです」「そうですか。では、剣のことはどこで?」「この前、私の城に指名手配犯の顔のポスターを貼りました。あれ?そう言われたら、マローさん似てる気が…」「別人です!僕はそれでSONGに入れたけども。まさか姫様にまで…」「大丈夫ですか?…凄い、悲しんでる。ごめんなさい」「いいんです!いや、英雄のあなたなら何か知ってるかと思っただけで」「お役に立てなくて、ごめんなさい」「いいんです!」結局のところ、ナタリーはマローの共有したい真実については知らなかった。それから、マローらはナタリーを一度城まで送り、本部へ帰還した。数日後、ナタリーの自治区から返答があった。「早速読もう。『土守とは、即ち、土の聖剣を守る人の事。従って、聖剣を手にしていれば、姫様がご存命の限り、土守は存在し続けるという事です。その為、姫様の命を保証してくださるのでしたら、姫様をお預けしても良いと結論が出た次第です。姫様の事を宜しくお願い致します。くれぐれも約束通り、姫様を守ってくださいよ! 7人の護衛より』成る程。お任せください」グレートは机の中から便箋を取り出した。「返事を書かなくては…『この度は有難うございます。必ず約束を守るとここに誓います。早速ですが、姫様には、聖剣を持参のうえ、一週間後にSONG本部内、最奥部にある総司令官室へお越しください、とお伝えください。その際、門番が中をご案内致します。…』」この時、ナタリーがSONG隊員となった。


 その後、鎮守の森には、以前と同じ偉大な姿があった。その最奥にある大樹を見上げるグレートがいた。「先日はどうも有り難う御座いました。お蔭で助かりました。今後もどうぞよろしくお願いします」大樹に一礼すると、森の入り口に向かって歩き出した。(…さて、ナタリー姫は6人目に迎えることができた。となると、残るはあと1人か。誰を選ぶべきか)「悩むな。うーむ」独り言を呟き、グレートは歩みを進めた。


【候補者探し~宿舎兼倉庫~】

 まず初めに私が向かったのは、SONGの宿舎兼倉庫である。そこでは、練習曲という意味の通り、通称“エチュード”と呼ばれる大隊に所属する隊員が練習を兼ねて雑務をこなす。その中にも個性豊かな隊員が大勢いる。例えば、ミファソファミという小隊に属する筋骨隆々の男、タイミャーだ。「あ!これは総司令官!どうも!」「お、おう。今日も元気だな」「はい!やっぱり体を動かすのは元気の源で、体の調子も最高ですよ!」「そ、そうか。それは何よりだ。頑張れよ」(この男ではない)そう思いながら、私は移動した。次に出会ったのは、同じくミファソファミのプークス。彼は元パパラッチだった。「やあ。元気かい?」「総司令官様ではないですか。おかげ様で毎日元気です。私の他にも仲間が居てくれるのが頼もしいです。あ!ちょうどマーリンとシュンが来ました」「おお、奇遇だねえ。こんにちは、マーリン君にシュン君」「こんにちは」「どうも、今日はどうしましたか?」「総司令官としてはね、我が隊員がしっかり働いているか見ることも必要なんだ」「なるほど。じゃあ、行きましょう皆さん。総司令官に良い所を見せるために」「そうだね、シュン」「はい」「では失礼します」(シュン君は確か戦闘に長けたな。彼は候補にしておこう)そして、ミファソファミの3人を見送った。だが、私は最も個性的な者を知っている。「オヤ、ソウシレイカンサマ。コンニチハ」そう。彼である。「ロニョ君、久しぶりだね。元気かい?」「ハイ。ソレハモウ」「良かった良かった」彼は、ある時、隕石のようにSONG本部へと落下してきた。それは、通常では受け付けてもらえないから取った行動だった。彼はワスト博士と言う危険人物に実験を施され、ゼラチン族との融合をさせられてしまった。その真犯人の捜索をSONGが引き受けた代わりに、彼はSONGの臨時隊員としてドレミレドで働いているのだ。「ソレヨリモ、ソウシレイカン。アレ、ヲアナタニオミセシタイ」「アレ、とは何だ?」「コレデス」そう言うと、彼はジャンプした。すると、一回転した途端、姿が変化し、地面に突き刺さった。「何!?」それは、剣の形だった。「ヘヘ、オドロキマシタ?」「一体君に何が起きた?」「イヤー、ボクニモヨクワカラナインデスケド、ヤッテミタラデキチャッタモノデ」「やったら出来た、はは!君は面白いな」「ホカニモ、コンナノモ」そう言うと、彼は盾の形に変わった。剣の状態から変身したので地面に刺さったままだ。その姿が何だか哀れに思えたので、私は抜いて手に持った。「結構固く丈夫な盾だな」「ソウデス。コウドモショグザイデス。コノノウリョク、ナニカニヤクダテラレマセンカ?」「そうだな…。少し検討してみよう。その調子で他にも増やしておいてくれ」(変身能力は魅力的だが、もう少し他も当たろう)私はその場を後にした。


【候補者探し~自室~】

 私は自室に戻った。何故なら、この後に来客があるからだ。その時、部屋の扉にノック音がした。「どうぞ」「どうも、グレート君」来客というのは、ウォーリー博士だ。博士は部屋の中に入ってこない。何やら手を後ろに隠している。「博士、ついに、アレが!?」「その通りじゃ!アレが出来たぞ!」「おお!お疲れ様です!今、猫の手も借りたい程人手不足なSONGにとって、必要となる代物です」「では早速お披露目と参ろう。スイッチオン!」そう言うと、博士は手に持った操縦器のレバーを引いた。すると、博士の後ろから同じぐらいの背丈の、二足歩行をする銀色のロボットが現れた。「これが、例の。すごい!なかなか格好いい」「ドウモ。ハジメマシテ」突然、話しだしたので驚いた。「え!これ話すんですか!?」「そうじゃよ。こいつは、人工知能AIを搭載した最新アンドロイド。自分で考え、動く。勿論会話もできる。試しに話してみよ」「すごい。君の名前は?」「メビウス、トモウシマス」「おお!何て賢いんだ!」「まだ名前しか言うとらんがな」「…でも博士。こんなにすごいロボですが、いつものように暴走したりしないですよね?」「安心せい!こいつに限ってそんな事は…ないじゃろう!何しろ学習機能があるからのう。それにこいつは、自分で自分を充電する自己充電機能だってあるんじゃぞ!」「それはすごい」「それにより、電気の消費を通常に比べ大体半分に遅らせることが出来る!」「ああ、遅らせるだけか…」「…とにかく!こいつの身体能力は半端じゃないぞ!身軽じゃし、何しろ学習機能があるからのう。SONGで活躍すること間違いなしじゃ!」「学習機能を押しますねえ。分かりました。取りあえず、彼には特待生として訓練を受けてもらいましょう」「なるほど。それで学習させるんじゃな」「そうですね。実戦に出すのは暴走の危険がないと判断できてからです」「お前は、用心深いのう。まあ、総司令官に必須の性格ではある。じゃ、こいつをよろしく頼む」「分かりました。任せてください」「ヨロシク」「おお、すごいな!」博士は、分厚い取扱説明書を置いて、帰って行った。「ここに、こいつの全ての機能と、異常時の対処方法なども書いてある。まずは熟読することじゃ」絶対に説明が面倒だったんだ、と思いながらも心にとどめた。只、この分厚い説明書を今すぐ熟読する気にはなれなかった。しかし、一瞬開いたページに書かれた一文に目が留まった。『電池切れの際は、充電するか、又は電池の交換で再び起動します。』(これ、電池で動くんだ…。このアンドロイドを最後の1人にするのはリスクが大きすぎる。あえて、ウォーリー博士は…身体的に、駄目か。パワードスーツを着ない限り無理だ。もう少し他も当たってみよう)『本体の電源の起動スイッチは、首の後部にあります。』先ほどの一文の近くに書かれた説明通りに、アンドロイドの電源を切り、私はその場を離れた。


【候補者探し~森~】

 私は、今日休暇である、大隊ソナタの中の精鋭7人プレリュードの1人を探した。その人物は、普段自主訓練を行う、努力家だ。その為、常に決まった場所にいる事がない。その人物の居場所を知っていそうな大隊長ジュゼットを訪ねた。「彼の居場所知らないですか?」「分かりませんね…。奴は、またいつものコースで、いつものハイペースで走り込んでいるはず。そのコースを書きますので、お待ちください」数分後。「お待たせしました。これが奴の周回コースです」「ありがとう。これを見て探すよ」そして、私は、彼の通るコースの途中で、待った。しかし、なかなか現れない。彼の力でこのコースを一周するのにかかる時間はもうとっくに過ぎている。つまり、今日はここで自主訓練を行っていないという事だ。(一体どこにいるんだ?)考えていると、向こうから誰かが走って来た。あれは、僕が選んだ1人の・・・。「オサフネ君!ちょっといいかな?」すると、オサフネ君は気づき、こっちに来てくれた。「総司令官様、お疲れ様です!どうなさいました?」「今、ある人を探してたんだ。いつもここを走ってる君の上司の事だが」「ああ!ガルさんですね、瞬足の」「そう。彼が今どこにいるか知らないかな?」「あいつ、確か、昨日の夜、宿舎で言ってました。明日の訓練は久しぶりに森でアレを極めよう、って」「それだ。有難う」そして、取りあえず森に着いた。(アレを極める…。アレとは何だ?アンドロイドじゃないし…彼といえば、足が速い。だから…)その時、何やら剣の音が聞こえた。音の方に行ってみると、そこにガル君はいた。彼は訓練用の獣でもあるヒヨッコリーを相手に何故か苦戦している。よく見ると、何かを庇いながら戦っているようだ。目を凝らすと、その何かは、身体が透明な物質で出来ていて、向こう側が少しだけ透けて見える。(あれは…ゼラチン族?)それは、滅多に森には現れないはずの、ロニョ君が融合実験を施されたゼラチン族の一個体だった。「ガル君らしくないな。助けた方がいいかい?」「すみません、お願いします」私は、剣を抜いた。獣はこちらの不利な状況などお構いなく攻撃してくるものである。今回はヒヨッコリーが群れで頭突きを次々と繰り出してくる。しかし、この獣は礼儀正しくも一匹ずつ順番に頭突きする習性がある。そこで、あえて私は、剣を構え攻撃を待ち受ける体制を取った。一匹が頭突きをしてきた。私は剣で頭突きを防ぐ。まるで金属音のような音が鳴る。腕に衝撃が走るのを耐え、相手を弾き飛ばす。すると気絶したようだ。同じ要領で次々と倒し、無事に全体を始末した。「流石は総司令官様!見事です」「いやいや、それほどでも」「ところでどうしてここへ?」「ああ、それはね、君が何かを極めていると耳にしてね。その何かって何の事?」「それは」ガル君が見せてくれたのは、彼の愛用する二本の剣、“双竜”だ。「この双竜を使った、ここぞという時の大技を極めてたんです。名前もあります。その名も“乱竜”です!」「ほう。凄そうだ。で、どんな技なの?」「話すよりも今お見せします!」そう言うと、彼は、勢いよく森の中を縦横無尽に駆け回り出した。彼の勢いは加速し続け、姿を追うのが限界の速さに達した。その瞬間、目の前にあった6本の木が綺麗に同じ所を目掛け倒れた。次の瞬間に、ガル君は目の前に現れた。「今のです。どうでした?」「良いね。迫力があって。(相変わらずよく見えなかったけど。)それより、君の後ろに居たそのゼラチン君はどうしたの?」「ああ…こいつは、さっき川の端で引っかかってたんですよ。かなり弱ってて、獣でもなんか可哀そうで。誰かを呼ぶより自分の足で運ぼうと思ったんです」「なるほど。君は優しいな。獣なら倒すべきだ。君、運ぶって言ったけどSONGでは受け入れられないのは知ってるよね?」「はい」「それならどこへ?」「それは勿論、獣生物保護団体、BATTです」BATTとは、Beast and Animal Treatment Teamの略で、通称バットという。“生類憐み”というスローガンを掲げ、世界各地を、文字通りコウモリをモチーフにしたマークのトラックで移動しながら、各地で傷つき動けなくなっている獣などを保護している。即ち、獣を抹殺しようとするSONGとは敵対関係にある。「そうか。だが、もうそれも叶わないな。私はSONG総司令官だ。獣に大小は問わない。ここで見逃すことはできない」「そんな…」「すまない」その時、ゼラチン族が動いた。「あ!待て、逃げる気か」しかし、そうではなかった。私に近づいてきて、背後に回ろうとしている。まさか私と戦う気なのか。望む所だ。そう思い振り向いた時、生き延びていたヒヨッコリーの頭突きをゼラチン族が防ぐのが見えた。そのまま、ゼラチン族はヒヨッコリーの顔面を包み込み、息絶えさせた。「…おお」私も思わず感嘆の声を漏らしていた。「俺も気づかなくて、すみません。でも今、こいつが気づかなきゃ、危なかったですね…それでもこいつを殺しますか?」確かに、まともにあの頭突きを受けて無事ではなかっただろう。私は、考えた。「…命を助けられては仕方ない。今回は特例で見逃すとする!」「さすが総司令官様!」喜んだのは、ガル君だけではなかった。私の言葉を受け、ゼラチン族が私と同じ身長はある人の姿に変身した。「何だ何だ?」すると、ゼラチン族はお礼の意味なのか、お辞儀の動きをした。「こいつ普通の獣じゃないですよ!お礼してますし、良い奴です。生かしたのは正解ですよ!」「そうだな。彼はSONGで引き取ろう」そう言うと、ゼラチン族はまたお辞儀をした。「またお礼してます!こいつ間違いなく良い奴です!」「そうだな。では、彼?彼女?か分からないがゼラチン君は私が責任を持って本部へ連れていく」「あ、待ってください!俺も行きます」私たち二人と一体は、共に歩いて帰った。そして、ガル君とは宿舎前で別れ、ゼラチン君には一旦悪いが、訓練用の獣を保管する檻の中で休んでもらうことにした。(えーと、何だかいろいろあったな。でも、間違いなくガル君は最後の1人の候補にはなる。但し、彼は今のまま残ってもらう方がいいかもしれない。あと、突如新たな仲間になったゼラチン君は、まだ正体が掴めない。もう少し様子を見る必要がある。よし、もういいだろう。今までの候補の中から一人を選ぼう。となると、あの人物しかいないな)そう考え、私は自室に戻った。


 ある昼のこと。SONG本部内を巡回する隊員が、床に奇妙な物を見つける。「ん?」それは、粘液だった。「気持ち悪!俺、ナメクジ嫌いなんだよ」隊員は独り言を漏らしながら急いでその場を去ろうとした。その彼の前に立つ者がいた。全身水色に包まれた、少し向こう側が透けて見える、まるで粘液で出来たような存在。「…」それはゼラチンだった。お辞儀をする。「きゃー!」隊員は走って逃げた。ゼラチンは不思議そうに見つめていた。


【異動命令~オサフネ~】

 オサフネは、ソナタ大隊に所属し、ビーンシティ支部に配属している。普段その地域は平和で、見回りも何事もなく済む日が多かった。しかし、この日は違った。その見回りのコースの森でライオンが現れたのである。直ぐにオサフネは支部に連絡した。「森にライオン出現。至急応援求む」そう言うと、無線の向こうが騒がしくなった。(慌てているな。まあ、いつも平和だからな。あの悪魔の出現からも日が経っているし)「了解。直ちに応援を送る。…待て、本部からの連絡だ」ライオンは今にも襲うとばかりに地面を蹴る。しかし、オサフネは至って冷静に無線の声に耳を澄ませる。「今本部から応援が向かう。それもあのプレリュードのガルさんだ。安心して待て」「了解」(まさか、あのガルさんが)その時ライオンが牙を剥き出しにして吠え、走ってきた。オサフネはすかさず剣を抜いた。ライオンを正面から受け止めては歯が立たない。その為、避けながら、攻撃するのが一般的な手段とされ、オサフネは剣を横にしてライオンの体躯に剣先を当てる。ライオンは傷の痛みで呻きながら一度倒れる。しかし、すぐさま起き上がり、再び吠えるとより激しさを増し走ってきた。(まずい、避けきれない…!)避けようとするオサフネだったが、ライオンの速さに敵わず、前足が横腹に当たり吹き飛ばされる。「うっ」そのまま木に衝突したが、隊服の甲冑に守られ被害は少ない。だが、オサフネは衝撃でしばらく動けそうにないのに対し、ライオンは向きを変え突進の体勢を整える。(今のまま受けたら、無事ではないな…)ライオンが来る。オサフネはぶつかる寸前の所で、ライオンの方へ前転して避け、ライオンは木に衝突した。(よし!上手くいった。これでライオンは気絶したはず…あれ?)オサフネの予想に反し、ライオンは木を薙ぎ倒して、再び突進の体勢を整えている。(これはまずい。ガルさんが来るまで耐えれば良いだけなのに…!)しかし、ライオンは容赦なく走ってくる。(そもそもライオンと戦う時は複数人が望ましいと教わってるんだ。これは人員不足が招いた結果だ…)オサフネの脳裏に死が浮かんだとき、目の前をとてつもない速さで人が走り抜けた。「遅くなった!間に合ったか?」「ガルさん!」「ああ、俺が瞬足のガルだ。安心しろ。もう勝ちは決まった」ライオンは顔面を斬られ、痛みに悶えている。その隙にオサフネは落ちていた剣を取り、ガルの側についた。ガルがオサフネにアイコンタクトをした。そして、ガルが勢いよく走って跳躍し、空中で横向きに回転して、彼の二本の剣がライオンの体躯を斬り裂いた。「とどめだ!」オサフネがライオンの心臓部に剣を突き刺した。ライオンは息絶えた。「やったな。君の補佐のおかげだ。オサフネ君」「僕の名前を覚えててくれたんですね」「前会ったじゃないか。これを君に預かっている」「え!?」「じゃあな、今度は気を付けろよ」「…はい」それよりもオサフネは珍しく動揺していた。何故なら、ガルから手渡されたのは総司令官直々の封書だったからだ。


【異動命令~ライラ~】

 ライラは、オブリガード編隊の中で仲間を作ろうと頑張っていた。「あの、ちょっといいですか?…ああ、行っちゃった。次こそ!」彼女の所属するオブリガード小隊は、戦闘部隊を戦場で支援する役目を担う部隊である。その構成隊員には、主に怪我を治療する者や、索敵を行う者がほとんどで、ライラのように歌で癒す者は他にいなかった。ライラは歌う事と同じくらい話すことが好きで、常に誰かと話していたかった。今までがそうだったからである。しかし、災害の激化に伴い、SONGの活動も激化しており、支援部隊も忙しかった。その為、ライラが話しかけても、誰も相手をせず、彼女は孤独を感じていた。「あの…少し話しませんか?」「すみません、私、薬の整理で忙しいので」「そうですか。…あの人はどうかしら?」彼女はこの日最後の賭けに出た。「あの~すみません今いいですか?」「ごめんなさい、相手している暇はないわ」ついにこの日も彼女は誰とも馴染めなかった。しかし、彼女は諦めない。(…私、負けないわ)そして、彼女は1人孤独に負けず、歌を歌うのだった。そんなライラに話しかける者が現れた。「貴方が、ライラ・アリアさんですね?」「…そうですが、貴方は?」「私は総司令官様の側近を務める近衛衆の1人、“おひょう”よ。貴方にこれを渡すために来たの」ライラはそれを受け取った。それは、総司令官直々の封書だった。「来て頂戴。新たな仲間が貴方を待ってるわ」


【異動命令~ロンド~】

 ロンドは、ロンド大隊の大隊長である。彼は任務中ロンクと名乗る。ロンクは副大隊長のアジズと合わせて炎の名コンビとして情熱溢れる闘志で活躍していた。そのロンクに憧れを抱く者も少なくなかったが、反対にライバル視する者も現れた。その人物は、ある日を境にロンクの前に現れて以来、毎日のようにロンクに戦いを挑んでいた。この日もそうだった。ロンクとアジズは任務を終え、本部へと帰還した。「今日も疲れたっすね」「そうだな」「…ちょっと待ちな」本部の正門前の壁にもたれ掛け呼びかける男を通り過ぎる2人。「…お、おい、お2人!」それでも気にせず進む2人。「待てよ!」「何すか?疲れてるんすよ」「お前じゃない。お前に用があるんだ!ロンク!」まだ進むロンク。「おい!お、俺は、お前を超える!戦え!」やっと止まるロンク。「…何だ?また負けに来たのか?」「何だと!?俺は、お前に勝つ!」叫びながら走りロンクに掴みかかる。しかし、ロンクは男を掴む腕を持ち腹部に膝を入れる。倒れ込む男をそのまま背負い投げした。「うっ!」ロンクは乱れた髪を直す動作をして一言残し立ち去ろうとした。「ふう。強くなって出直せ」しかし、男は類いまれな不屈の精神でロンクの足に掴みかかる。「しつこい奴だな」「俺はいつかお前を超えるんだ!」「超える…?その弱さで超えるだと?馬鹿を言うな!」今度はロンクが男に掴みかかり、一回転させ投げ飛ばした。抵抗むなしく飛ばされた男は悔し涙を流して言った。「く、くそう!どうすればいいんだ!」「…ロンクさん。やりすぎじゃないですか?」ロンクは男を見た。(この男は弱いにも関わらず毎日俺に挑んでくる。この男戦闘は弱いが、精神はなかなか…)「俺はお前ほど弱い奴を知らない。だが強くなりたいならSONGの特例試験を受けろ」「何!?あ、あんなに危険な試験を俺に受けろだと?馬鹿を言うな!」「本気ですか、ロンクさん?」「本気だ。お前は何故俺を敵視する?」「それは…」「それは、格好いいからだ!特例試験で派手な試合をし、見事に合格した後、任務で活躍を重ね、大隊長の座に上り詰めたこの俺が」「くっ」「反論できまい。何故ならお前は俺の活躍をすべて知っているからだ。そんなお前だからこそ、言う。ないとは思うが万一合格した時には、お前を認め、再戦を受けてやる。それまでは俺を超えるなどと口にするな!」その時、本部の正門から1人現れた。そして、倒れる男に手を差し伸べた。「君、大丈夫か?」「すみません」「君たち正門前で争いはやめたまえ。君、名前は?」「俺は、ゼックス。ゼックス・ムガだ!」「ほう。特例試験と聞こえたが、受けたいのかね?」「い、いやあ、まだその気は」「所詮お前の闘志はその程度か。少し認めた俺が馬鹿だった」「受けます!」「そうか!なら、私が申込所まで案内してやろう」「ありがとうございます。貴方は?」「私は総司令官近衛衆筆頭を務めるナイルだ」「このえしゅうひっとう!?(分からないけどきっと凄い人物だ)」「そうだ。ところで、ロンク君。君宛てに総司令官様から届け物だ。受け取れ」ロンクは受け取ると早速その場で封書を開いた。それを覗き込むアジズが呆然とした。「本当すか?」ロンクは文字を読んだ。「『異動命令』…?」「…そういうことっすか。頑張ってきてください」「おう。ここは任せた!」「はい!ロンド大隊大隊長として頑張りますっス!」そして、炎の名コンビは熱く、ハイタッチを交した。ナイルは思った。(噂通りの熱い者らのようだ)


【異動命令~レイピア~】

 レイピアは、ソナタ大隊内ソナチネ小隊の中で、唯一の紅一点だった。その男らに交じり、才能を発揮して浮いた存在となっていた。この日、レイピアは任務として小さき獣たちと戦っていた。「まずい!逃がした!おい!君!危ない…」「私に任せろ」仲間の叫びを聞いたレイピアは、手に持つ槍で逃がした獣を仕留めた。「つ、強い…」それを見たもう1人のフードを被った謎の男が言った。「いや、やはり君見所があるね」彼女は獣を仕留めると、槍を振り回し地面に突き刺した。「私はこの程度ではない」(やはり満足していないか)謎の男は言った。「そう言うと思ったよ」さらに続けて言った。「ならば、新たな場所でその才能を発揮してみないか」そして、一通の封書を彼女に手渡した。「これは何だ?」「それは総司令官からの君宛ての封書だ」レイピアは早速その場で封書を開いた。「『異動命令』…。良いだろう。ところで、貴方は?」「私は総司令官の使いの…」その時、レイピアは地面の槍を軸に蹴りを繰り出した。謎の男は咄嗟に一歩後ろに引いたが、レイピアは寸でのところで止めていた。「わっ!何をする?」「申し訳ありません。ですが急な攻撃に対する身のこなし方、総司令官様の使いで間違いないようです」「まあいい。付いて来たまえ」「はい」使いの男こと、近衛衆の男は思った。(今の動き、この女強いな)


【異動命令~マロー~】

 マローはタブラ・ラサ編隊に所蔵している。そこにおいて最も頻度の高い任務は、総司令官の庶務を補佐する任務だった。書類の整理から会議の下準備などいわゆる雑務と呼べた。そして、この日も例のごとく書類を整理していた。「よし。おかげでだいぶ片付いた。ありがとう。それじゃあ、今度は整理した書類を運んでくれるかい?」「はい」運び終え、総司令官室に戻る。「次はこっちを頼む」「はい」マローは言われた通り頼まれた任務を淡々とこなしていた。「次はこっちを頼む」「はい」例えどんな仕事でもやり遂げるつもりだった。「次はこっちを・・・」「・・・はい」しかし、グレートが整理しきれず大量に溜まっていた書類を整理する必要があり、ここ最近連日同じ動作が続いて、さすがに嫌気も出初めていた。「マロー君?大丈夫かい?」「…はい」「疲れてるね。…よし!もう後はこっちでやるからいい。君に渡したいものがあるんだ。ちょっと待ってて」「はい」マローが待っていると、グレートは一通の封書を手に戻ってきた。「はい。これを君に」「何でしょう?」「それは見てのお楽しみだ」「今見てもいいですか?」「勿論」マローは封書の中を見た。そこには“異動命令”の文字があった。さらにその下に書かれた文章を読んだ。「『貴方を新生の部隊の一員に任命します。詳細の説明をするので、受け取ったら直ちに総司令官室に集合してください。』…総司令官室、ここですね」「そうだね」その時、総司令官室の扉をノック音がした。「あ、ちょうど他のメンバーも来たみたいだよ」


【集合説明会】

 そして、SONG本部総司令官室内には、総司令官グレートと男女6人が集まっていた。「お前はあの時の…」「それはこちらのセリフだ」(あの美人な人だ…。あれ?あの人は…あの人も…というか僕全員知ってる!)「みんな集まったみたいだね」グレートから見て一番右にいる男が言った。「一体何処に異動になるのでしょうか?」「まあまあ。そう慌てずに。それよりオサフネ君、また異動だ、と思ってるよね?」「いえ、そんな事は…」「でも君の顔がそう言ってるよ。全く素直だ。でも、2回目なのは、マロー君も同じだよね」話を振られたのは、一番左にいる男だった。「そうですね」「ところで、ライラ君、歌の調子は?」右から2人目の女が言った。「練習したおかげで」「なるほど。頑張っていたんだね。ナタリー様は、聖剣をご持参ですね?」左から2人目の女が言った。「はい。…それと、ナタリーでいいです」「本当ですか?」「本当です」「では…。ナタリー君。その剣、とても大切にされているんだね」「未使用なだけです」「そうか…。では、そろそろ本題に移ろう」右から3人目の男が言った。「ああ。早く説明してくれ。ロンドの大隊長をどこに異動させるのかを」「まあまあ。落ち着きたまえ。ロンド大隊長はロンク君の相方に務めてもらうよ。君はまた今回の異動先で実力を発揮して隊長になってくれればいい」左から3人目の女が言った。「肝心の異動先をまだ聞いていないのだが」「君の言う通りだ、レイピア君。オホン!では言う。君らの新しい配属先は…カリュード、“編隊カリュード”だ!」それを聞き、面々は皆思った。「…かりゅうど?猟師の狩人ですか?」「その通り」「格好いい名前だけど、僕に出来るかな…」「私も不安…」「出来るとも!君らは支え合えば何でもできる。まず自信を持つんだ」「何でもいい。俺に任せろ」「私も一流の狩人を目指そう」「僕も頑張らせて頂きます!」グレートは反応に頷き、言った。「うむ。その意気だ。とりあえず詳細を説明する。現在、災害が激化し、イタチごっこのように切りがなく、被害だけが増えることで、世界各地に不安が広まっている。そこで、世界各地を回り、その不安を取り除くために獣を狩ること、それがこの部隊に課せられた任務だ。しかし、それだけでは、完全に不安を取り除く事は不可能だ。そう考えた私は、見事な歌声を持つライラ君と相手の心の声を聴く力を持つナタリー君をメンバーに加えた。よって、世界各地を回り、その活気を取り戻すこともこの部隊の目的の1つに加える。そうだ、メンバーだけどSONGの決まりで部隊は基本的に7人で一組。つまり、もう1人いるのだが」ちょうどその時、部屋をノックする者がいた。「入ってくれ」「はい」入って来た者を見て驚いたのはオサフネだった。「また会えたね、オサフネ」「シュン!君だったんだね!」「そう。彼が7人目のメンバーだ」「よろしくお願いします」「こちらこそ」「ああ、よろしく」「お願いします」「これで説明は以上だ。大丈夫かい?」全員一瞬静まる。「僕たちに出来るのかな」「勝手に決めるな。俺はやってやる」「…そうはいっても貴方ほど僕は強くないです」「不安になる気持ちは十分に分かる。だが、君らは1人じゃない。君らの助けは用意しているし、それに何かあればここに戻ればいい。君らにはSONGの今後の命運がかかってる。だから、決して死ぬことのないように。何分人手不足だからよろしくね?」「1つ聞いていいか。何で俺たちなんだ?」「それは…君たちは私のお気に入りだから。オホン。では、早速、最初の任務を言い渡す。直ちに旅支度を整え、明朝6時、正門前に集合せよ」そこで、マローは驚いた。「6時!?」「どうした、マロー君?」「…いや、起きれるかな」「何を言ってる。君はもう立派なSONG隊員だ。朝起きることなんて朝飯前にできるはずだ。私も行く。明日また会おう」


 ある夜のこと。SONG本部内を巡回する隊員が、またしても床に奇妙な物を見つける。「…嘘だろ」触ると、やはりネバネバした液体だった。「うえ!この前は確かこの後に現れたな。誰にも信じてもらえなかったけど、今日は証拠写真を撮る」振り向くと、彼の目に映ったのは、一匹の猫だった。「なんだ、猫か。迷ったのか?」抱きかかえようとした時、嫌な感触が隊員を襲った。「きゃー!」それはゼラチンだった。勢いよく手から離されたゼラチンは衝撃をものともせず人型になると、不思議そうに隊員を見つめていた。


【旅立ちの朝】

 翌朝。SONG本部正門前。既に編隊カリュードの7人は集まっていた。しかし、肝心のグレートがまだだった。「…あいつ、来ないな」「そうだね」「あいつ、人に言う前に自分が遅れてるじゃねーか」「ところで、昨日から気になってたんだけど、へんたいってどういう意味かな」「それは、僕の所属してた部隊タブラ・ラサと同じ名前で、本来は特殊な部隊の意味で、変わり者が多いことから変態という意味も…」「それで、俺たちも編隊か…」「何よ。私も編隊オブリガード所属だったけど、別にそこは変じゃないわよ」そこにグレートが登場した。「やあ、みんな。元気そうだね」一同気持ちをぐっと抑える。しかし、ロンドだけは抑えきれなかった。「あのー、貴方が集合時間を指定しましたよね?」「ああ、すまない。ちょっと用意に手間取ってしまって…。おーい!来てくれ!」グレートが叫ぶと、大きなバッグを抱えた人型のロボが現れた。「何だ、このロボットは!…格好いい」「彼は最新のAIを搭載したアンドロイド、メビウス君だ。まだ訓練中で手伝ってもらったんだ」「オモチシマシタ」「どうもありがとう、メビウス君。これだ!ここには貴重な栄養源ともなる奇跡の水、聖水が入っている!」「大量だ!」「そう、ちょっと重いかもしれないが、これがあれば、獣に襲われた場合の傷を癒したり、または攻撃的な対象物の攻撃的意思を取り除いたりするのに使えるぞ」アンドロイドからマローが渡される。「…え?僕ですか?」「大丈夫。最初だけだ。優しい仲間がいるだろう?」「はあ…」マローは他の仲間となる者らを見たが、皆が意識的か無意識的か目を合わそうとはしなかった。グレートはマローから全員の方に顔を向ける。「君らは、まず西に向かうといい。鎮守の森とつながる森がある。それを西に抜けた先の港で船に乗り、さらに西にある大陸に行くんだ。そこが君らの最初の活躍の場だ」「おい、徒歩かよ」「すまない、移動用のマシンはすべて災害用で使われている。今新しいマシンを開発中だ」「俺らも災害の発生地に行くかもしれないぜ?」「その時は避難及び誘導を優先してほしい。あくまでも君らの役目は獣や災害の脅威に怯え、疲弊する人々を癒し、救うことだ。獣を倒すこともその一つだ。君にもできるだろう?」「ああ。もちろんだ!」「いい返事だ。だが、困難や障害もあるだろう。そんな時は、手を取り合い助け合うんだ。君らならきっとやれる。僕はそう信じている」「有難うございます」「最後に君らに武器を授ける。ライラ君はともかく、マロー君は少なからず必要だろう。」この時、マローは初めて自分の武器を手に入れた。「これで戦うのか…」「そうだよ。それで数多くの人達を救ってほしい。さあ、行きたまえ!私のお気に入りの者らよ。健闘を祈っている!」そういってグレートとアンドロイドは手を振り彼らを見送った。彼らも手を振り返し、前を向き歩き出す。しばらく歩いてマローが振り向く。(まだ振ってる…)空中に浮きながらマローらを見つめる老人が言う。「ついに旅に出たか。数多くの試練が待ち受けるじゃろう。その先に待つのが絶望の闇であろうとも希望の光となりこの壊れかけた世界を救ってくれ」


【別動隊】

 ちなみに、彼らが旅立ってから2時間後。SONG本部総司令官室内にはグレートに集められた3人の者がいた。「諸君、集まってくれてありがとう。ソナタ大隊ファンタジア小隊所属バラン・ザック、ロンド大隊バラード小隊所属ンギー・ンゲレイ、ワルツ大隊マズルカ小隊所属テル・ズーボ、君らは編隊カリュードの一員に選ばれた。そうは言っても、ご存知のようにカリュードの7人は既に出発した。しかし、実はカリュードは全員で10人だ。つまり、君らは先に旅立った7人の後を追ってもらう別動隊だ。その訳は全滅を防ぐ為。万が一にも危険があった場合救ってやってくれ。理解してほしい」グレートの説明に対し、3人は各々答えた。褐色の肌で紺の野球帽を被った者は言った。「何や。そういう事かいな」色黒の肌で坊主頭の者は言った。「了解シマシタ」全身真っ白の着ぐるみで覆われた者は言った。「…分かりました」最後に、グレートが付け加えた。「君らにはSONGの今後の命運がかかってる。だから、決して死ぬことのないように。いいね?その為に別動隊を用意した。メビウス君!」例によってアンドロイドが大きなバッグを抱えて現れた。「オモチシマシタ。ドウゾ」「俺、かいな」「大丈夫。君は強いだろう?では、よろしく頼むよ」「はいはい」新たに3人が出発した。


 刻一刻と変化し、二度と同じ姿を見せない自然。その自然がたちまち猛威を振るえば、人間になすすべはない。二度目の大災害、セカンドスクリーム。これにより刀国をはじめとした多くの国が多大な影響を受ける。これを受け、世界の代表者たちが手を取り合う。人類史上最大の危機を乗り越えるために誕生した、統一国家ユニオン。その直属の軍として組織されたSONG(ソング)。ここに集いし強者たちは、選ばれし戦士としてその武勇で脅威である獣や災害に猛然と立ち向かう。その活躍はかつての英雄を彷彿とさせる。そこに、新たに加わることとなる選ばれし者たち、男女6人の物語が今、幕を開ける――



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