炎を託して-4
「すみません、よろしくお願いします」
通話を切り、一息つく。倒壊した住宅街の真ん中で、俺は気絶してしまった少年の前で応援を呼んでいた。応援と言っても、戦力としての応援ではなく、あくまで彼を拘束するための人員。
やったのは俺とはいえ、子供に似つかわしくない生傷が全身を埋め尽くしていた。正直なところ手加減してたらこちらが死んでいただろうから、仕方の無い抵抗だった。だが如何に親の敵とはいえ、こうして貧相な出で立ちの子供がこのようになっていると、一抹のやりきれなさがある。
落ち着いて分析すればする程奇妙な話だ。身なりに関してはスラム出身みたいな様子なのに、Phoneを持っていた。普通に考えればあり得ないことだ。第一に、用途次第でこんな悲惨な事故を引き起こす代物である以上、免許の取得は必須。そしてPhone取り扱いの免許が取れるのは満十五歳以上と定められている。彼の背丈からするに、もう一つか二つくらい、その年齢制限に届かない気がした。
しかもPhoneとは言うなれば高級品だ。年々価格も落ち着いてきているとは言え、中古車程度ならゆうに超える額を必要とする。それをこんな子供が用意できるとは思えないし、イリーガルなPhoneともなれば裏社会との繋がりも必要不可欠だ。戦闘中の叫びを聞く限り、彼はスラム、おそらくはイーストエンド出身だ。そこに住む貧しい子供が、そんな人脈を持っているとは到底思えない。
じっくり腰を据えて考えようとすると、どうしても俺には難しい。
ロンドン全域にかけての大規模テロ。それが上の人間の判断だった。俺のところで起きた出来事を報告した際に、襲撃事件は様々なところで起きていると聞かされた。ただ、本当に無差別な暴動だとは俺には思えなかった。
「ロンドンの各地に、守護神アクセスを行い、破壊行為や侵略行為を繰り返す小隊が見られている」
「彼らの位階は五桁や六桁の守護神ばかりで、雑兵を鍛え上げたような一団だった」
とのことだった。そのことが、自分の身にふりかかった出来事と重なってくれなかった。その情報とは裏腹に、俺のもとにはたった一人の、高位の強力な守護神と契約した精鋭が遣わされていた。
おそらくこれは大規模テロではるが、その多くの人員は陽動に過ぎない。その裏で何か別の思惑がうごめいているような気がしてならなかった。
ポケットの中でPhoneが震えた。押し込んだばかりのそれを取り出し、着信ボタンを押す。セクエントに配布されたPhoneは、セクエントの人間の持つPhone同士に限られるが、互いに連絡を取ることが可能だ。
見慣れない番号に怪訝になりつつも、俺は耳に端末を当て、相手の声を待った。
「初めまして、こちらの声は聞こえるかい?」
「はい、こちらジョージ・ウィリアムズと申します。失礼ですがどちらの隊の方でしょうか」
「すまない、隊には所属していなくてね。アルフレッド・スタンホープ。こう名乗れば分かるかい?」
「……失礼いたしました。軍事特使の少将殿ですね」
「かしこまらなくていいよ。君はまだ正式入隊しておらず、私のことを知らなくても無理はないからね。気づけなかったことも気負わなくていい」
「いえ、そんな……」
電話越しに声だけ聴いても分からなかったというのは事実なのだが、流石に分かるべきだった。現代のイギリスにおける最高戦力、アルフレッド少将。平たく言えば、英国において最強の守護神と契約している男性だ。その位階は驚異の199。末席とはいえ
元々文官の政治家ではあったのだが、守護神の力があまりに強大過ぎて軍の方へ異動になり、それと同時に昇進扱いとして初めから少将の肩書を与えられた。まだ四十手前で、士官経験もないのだが、それだけの価値がグランドクラスの守護神にはあった。
イギリスにはELEVENもいなければ、高位の守護神もあまり見つかっていなかった。その最中、アルフレッド少将が判明している中での最高戦力として台頭したのだ。これまで守護神を軍事利用された際に、兵力の観点で不安が残っていたイギリスだったが、彼一人で状況はある程度改善した。
だが、その強すぎる能力のため、滅多なことで彼は守護神アクセスを行わない。どうしても彼の力が必要な時にだけ活躍する、軍事の特使。それが彼の立場だった。本人が元々政治家で勉強熱心なところもあるので、就任以降は軍隊の規則や戦術など、様々なことを学んでいるようだ。おかげで組織内外問わず支持率は上昇傾向だ。
そしてそのような立場にいるためだろう。まだ自分は出動するタイミングではないという理由から、このように各地のセクエントに指示を出し、中枢で指揮をとる立場に就いてくれているようだった。
「ところで、どうしてわざわざ少将が私などに連絡など……」
「ああ。普段ならこのようなことはしないのだが、頼めそうな場所にいるのが君しかいなくてな……」
セクエントのPhoneは盗難防止や本人の悪用濫用の抑制のために解除不可のGPSが内蔵されている。それで現在セクエントの所在地を可能な限り調べてみたところ、問題が起きている場所の近辺にいて、交戦中でないのが俺しか残っていないとのことだった。
「テムズ川にかかっている橋の一つが落ちた」
「なっ……冗談でしょう?」
「本当だ」
淡々と、あるいは冷静に述べる少将の言葉に、顔から血の気が引いていくのを自覚した。今、そちらの方面にはオリヴィアが向かっているはずだ。急がなければ。しかし、本当にオリヴィアが巻き込まれているとは限らない。現状把握の方が大切。心を殺し、一先ずは少々の指示と説明を聞くことにした。
「でも、誰がそんなこと……」
「マイフェアレディだ」
「……! まだ生きていたんですかあの女」
「死んだという報告が無かった以上はそうだろうな」
「何で今さらまたロンドンに……」
「分からん。だが、狙われている人物は既に分かっている。彼は今交戦中だ」
ロンドン橋が崩壊する直前にはマイフェアレディ、崩壊した直後にもう一つ、大きな守護神アクセスの反応があった。その反応はセクエントスクールの生徒に配布される見習い用の、通信機能が排除された単純なPhoneだった。
その交戦している学生の守護神はガウェインだという。カイウスから聞いたことのある、円卓の騎士の一人。カイウス曰く、その本来の位階は800程度だということだが、円卓の次回により1200番台の
円卓の騎士の中でも一、二番手の座を争う強力な守護神だ。それがまさかセクエントスクールの新入生に現れるとは。円卓にまつわる守護神の多くはイギリスに集まるというが、その歴史がまた一つ、新たに刻まれた。
「スクールの学生課、入学担当者に問い合わせたところ、彼の名前はアーチー・ブラウン。どうやら同い年ぐらいの少年と少女、二人を庇いながら戦っているらしい」
「アーチーが……? いやそれより、他にも人がいるんですか?」
「ああ、衛星から中継してみたところ、非戦闘員の姿が観察されている」
アーチーがガウェインと契約しているという話はまだ聞いていなかった。本来なら今日直接会う予定があったため、その場で教えてもらうことになっていた。やけに得意げにもったいぶっていたアーチーだったが、ガウェインならばそれも頷ける。驚かしてやろう、など考えていたのだろう。
だが、今の俺の心配事はそこじゃなかった。アーチーが二人の人間を庇いながら戦っている。先ほど所在地はテムズ川付近だと伝えられたばかりだ。アーチーが行動を共にしかねない人間で、テムズ川付近にいることが確定している人間。
巻き込まれているのは間違いなくオリヴィアだ。おそらくもう一人の少年というのはデイビッドだろう。
オリヴィアが巻き込まれていることが確定事項に変わった以上、これ以上手ぐすねを引いている訳にはいかない。今にもこの通話を切り、カイウスを再び呼び出したくなるのを最後に一度だけ堪える。
「お願いします、今すぐ向かいますので正確な座標を教えてください。そこにいるのは俺の知人で……おそらく妹も巻き込まれています」
「そうだったか……。分かった、一旦ここで多くは語らないことにしよう。早急に駆けつけ、ガウェインとカイウス二人がかりで何としてもマイフェアレディを抑えてくれ」
少将からの通信が途切れると同時に、情報部からのチャットの着信が入る。そこには画像データが添付されており、川沿いの地域の簡易的な地図が載っていた。そして一つ、大きな赤い丸が目立つようについている。この地点に急げということなのだろう。
実際この丸印は、我が家からセクエントスクールに真っ直ぐ向かう道沿いにつけられていた。元々断定していたオリヴィアの所在をここで揺らぐことのない確信に変える。父を喪っただけでなくオリヴィアまで助けられなかったとなれば、おそらくまだ無事な母に合わせる顔が無いし、先に殺されてしまった父にも合わせる顔が無い。
「人使い荒くて悪いな、カイウス」
再び守護神アクセスを実行する。紺色のオーラが迸り、俺の背後を守るように甲冑の騎士が現れる。再び呼び出されたこと自体に対する苦言は彼から出てこなかった。事情を説明する時間がもったいなかったから、走りながら説明することにした。
アーチーが守護神モルガーナの契約者と戦っていること。そこにおそらくオリヴィアが巻き込まれていること。そういったところをかいつまんで説明する。あのやんちゃ坊主がガウェインの契約相手かと、カイウスは面白そうに呟いた。
『大丈夫か、あの器だとガウェインに使われる不格好な騎士見習いになりかねんぞ』
「俺も人の事言えねえさ」
『昔の話だ』
「何だよ、普段の毒舌はどうしたよ」
『なんとなく、な。今日は毒は少ない方がいい。そんな予感がした』
「何だそれ。じゃあいつもそうしてくれよ」
『黙れ。それなら言わせてもらうが、妹が巻き込まれただけでそんなに慌てるか。当世の言葉にするとシスコンというやつか』
「しゃあねえだろ、兄貴ってのはそうできてんだよ」
少しからかってやると、売り言葉に買い言葉で煽り文句が返ってきた。とはいえ可愛い妹を心配するのは兄の責務だ。率直な本音でそのまま反論してやると、意外なことにカイウスは黙り込んでしまった。普段なら何を言い返しても、満足するまで毒まみれのマシンガントークをお見舞いしてくれるものだが、今回ばかりは様子が違った。少々気まずさも感じる沈黙の後、カイウスは重たい口を開いた。
『確かに、俺も
冗談めかした言い方でも、皮肉を含んだ言い方でもない。心の底からもらした、兄としての本音が、カイウスの声には含まれていた。
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