第4話
「どこ!?」
『ちょっと遠く。こいつらは一旦集めてから一気に潰した方が楽だし早いよ』
その手があったか、とレグルスは感心したがそれを口に出すのは憚られた。癪だった。言われた通りにするのも気に障る。結局一匹ずつ潰していた。
『ねえ。そんな意地張っても意味ないよ。いいからやりなって。疲れちゃうよ』
「うるさいなあ。顔を見せてから喋ってくれる?」
『あーあ、本当生意気。アンタみたいなのが魔法少女なんて信じられない』
「お前みたいなのが女なんて信じられない」
レグルスは吐き捨てて足元の瓦礫を蹴飛ばした。もやもやした気持ちをぶつけるようにスライムを潰していく。
内側にわだかまった何かを上手く吐き出せない。歯痒いような身悶えするような、不快だが不愉快ではない気持ちだった。彼女と会話をすると、レグルスは感情の起伏が激しくなる。怒りや苛つきだが、普段は無感情を保っているだけに普段以上に疲労を覚えた。
「はあ。本当キリがない。いつ終わんのかなこれ。帰りたい」
わざと大きな声で愚痴を零した。独り言の体裁で、しかし本心では返事が来るのを期待していた。当然に、期待通り神経質な声が聞こえてきた。
『私に言ってる? アンタ連絡用の端末とか持ってないわけ?』
「端末? 何それ」
レグルスはいつも手ぶらだ。何かを持たされたことは無く、飲食が必要なほど長時間働いた事も無かった。
『嘘! 無いの!? 物資不足の所為かな……。え、じゃあアンタ仕事が終わったとかどうやって判断してるの?』
彼女は本当に驚いた様子で、レグルスは勝ち誇った気になった。実際は勝ち誇るべきことではないのも分かってはいたが。
「誰かが伝えに来る」
『へえ。随分、その、古い方法を使ってるんだね』
言葉を選ぶような慎重な言い方にレグルスは腹も立てられなかった。実際困ったことは何度もあった。伝達に来たであろう人物が背後で死んでたこともあった。
「だから今回もよく分からない。誰かが来なきゃ」
『そうだね。アンタは永遠に一人でうろうろする羽目になるわけだ。面白いわ』
「……適当に切り上げる時もあるけど今回はそうはいかないし」
レグルスは危うく同意しかけたがまた馬鹿にされるのを見越してそう言った。三〇八号は完全に全滅させるまでは終われない。個人での判断は出来ず、さすがに連絡無しに帰るわけにもいかなかった。
『えぇ!? 勝手に帰ったら怒られるじゃない! ほんっと自由、有り得ない』
「怒られたって、連絡来ないんだからしょうがないじゃん。てか、何、怒られるの怖いの? あはは。子供~!」
『な、んな、そんなわけ、ない! 子供はそっちでしょ!』
取り乱した彼女が痛快でレグルスは笑い声を上げていた。恐らく向こう側で歯噛みをしているであろう金髪の姿を思い浮かべながら。
ゴツンと後頭部に衝撃を感じた。レグルスは覚えのある感覚に振り返ると、まさに想像していた通りの金色の髪がなびいていた。気の強い目が吊り上がっている。
「年上を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
「は? 年下に暴力振るって何威張ってんの?」
「これは躾だから!」
「殴るのは躾じゃな、わっ!」
レグルスは彼女に詰め寄ろうとして足を引っ掛けた。踏ん張ろうとしたもう片脚も滑って前のめりに転ぶ。よりによって今転ばなくてもいいのにとレグルスは悔しいながら立ち上がろうとして、足が動かないのに気付いた。
「ちょ、嘘、何? お前また何か」
「動かないで!!」
気迫に押されて身動きを止めた。数秒待っても説明が無いので顔だけ上げると彼女が真剣な顔でレグルスの足元を見ていた。
「何?」
「悪いけど、アンタもう歩けないよ」
「え、は? いった! 痛い! 何してんだよ止めろ!」
レグルスはすぐに痛みを遮断したがお陰で何が起こっているのか分からなかった。
「いいよ」
彼女に言われて立ち上がろうとしたが立てない。身を起こそうと意識したが上手くバランスが取れなかった。
「下手クソ。ほら、手伝うから動かないで」
結局彼女に手伝ってもらって体勢を変えた。レグルスは彼女に文句を言う前に言葉を失った。右足の膝から先が無くなっている。
「足が、何で」
「スライム野郎に取り込まれてた。足元にいるの気付かなかったのね」
「は……マジか」
「私は一応救護の心得があるから魔法で止血と切断はしたけど、後はアンタが自分で上手く立てるよう練習するしかないね。それか、再生が得意な子を探すか」
「それっているの?」
「さあ? 少なくとも私は知らない」
レグルスは呆然と膝を見ていた。足が無くなったが、魔法少女ならば生活に問題は無かった。浮遊して移動も、遠方へのテレポートも、足があると仮定して普通に歩くことも出来る。そのせいか、それとも既に色々諦めていたせいかレグルスは、自身でも予想していたほどの感情は抱かなかった。それは、金髪の彼女も思ったようで眉を潜めた。
「怒らないんだ?」
「いや、別に。そうなんだーってだけ。自分でも不思議なんだけど」
「そんなものか。まあ、そうだね、困らないし」
「それより、膝までって事は割と大きい奴? まだこの辺にいるのかも」
どれくらいの大きさで分裂するのかは知らないが、一匹いたという事はまだいると思っていいだろう。
「手伝うよ。私の方は大方片付いたし。アンタまだ上手く動けないでしょ」
彼女は金髪を掻き上げて立ち上がった。背中が頼もしく見えた。気恥ずかしくなったレグルスは軽口を叩こうとしたが上手く言葉が出て来ず、止めた。
それから一時間ほど経っただろうか、彼女はひたすらにかき集めて潰す作業を淡々と行っていた。よく疲れないものだとレグルスは感心した。あれだけ潰したのにどこから湧いてくるのか、彼女は物陰や瓦礫の隙間からスライムを引っ張り出していった。
「コツとかあんの?」
一息ついた彼女に声を掛ける。彼女は面食らったらしかったが、茶化すでもなく真面目に答えた。
「こいつらって、成長すると頭が働くようになるんだよ。物陰に隠れたり周りと同じ色になったりあんまり動かなくなったりする。分裂して数を増やさなきゃいけないからね。だから大きい奴ほど見つけにくくなる。この感じだと、アンタは見つけやすい小さい奴ばっか潰してたんだね」
「知らなかった。そういうのって誰も教えてくれないんだね」
嫌味も無く丁寧に教示してくれたのでレグルスも素直に言った。一方彼女は表情を曇らせる。
「こういうのは先輩から引き継ぐ時に聞くものだけど。いないの?」
「死んだ。それで私いきなりやらされたから」
「なるほどね。覚悟も決まって無かったんだ」
「……ん、まあ」
事実だが指摘されると頷くのを躊躇った。駄々をこねる子供のように思われるのが嫌だった。そんなレグルスの心境は気に掛けていないらしく、彼女は難しい表情をしていた。
「そういうの、良くないんだよね。死人が増えるばっかりで」
過去に覚えがあるような様子だ。レグルスは踏み込むのが面倒に思われて触れなかった。重い話は好かない。わざと明るい調子で言った。
「知らないよりは知ってたほうがいいよね。まあね」
「そんな簡単な話じゃないよ。知らないほど死にやすいってことだから」
「知ってても死ぬのは一緒じゃん」
「それは、そう、だね」
彼女のお陰もあって、レグルスは帰路に着くことが出来た。彼女の端末があったので作業の終了が分かったのだ。連絡用の端末は地区によって形状や物が違うらしい。彼女が使っていたのはトランシーバーで、彼女の力で送受信の範囲を広げているという。
魔法少女達は機器の性能を上げられる為、多くは一昔前の連絡手段を用いられていた。よくある携帯電話は一般人が使うものとしてある。電波等の管理体制も十分でないので使用する人数は限られていたのだった。
レグルスは魔法少女になってから割り当てられたマンションの一室、いわゆる社宅のようなもの、に着くとベッドに身を沈めた。
いつもならどれだけ疲れていようとシャワーを浴びて身支度を整えてから寝に入るのだが、今日はやけに頭痛が酷く耐えられなかった。仕事を終え、彼女と別れてから頭に妙なノイズが走っては思考が乱れる。
魔法石の異常だろうか。明日上司に相談しようと決め、目を瞑った。しかしそうして目を閉じても、横になっても、ガラスが派手に割れたようなキンとしたノイズが脳を満たし続けている。とても眠れない。
移動するのに力を使い過ぎたせいかもしれない。レグルスは無い足を擦った。義足を作ってもらうことは出来るだろうか。以前どこかの施設で義手の人間を見た気がする。最悪マネキンの足でも貰えば今より楽だろう……と考えたところで、このノイズは遮断してしまえばいいということに気付いた。
しかし嫌な予感がしてレグルスは思い止まった。自発的なノイズだと思い込んでいたが、外から送り込まれている可能性はないだろうか。背中に浮いた汗に知らぬふりをして、感覚を研ぎ澄ませた。酷い頭痛だ。だが耐える。そして正体を掴んだ。例の彼女から、デタラメな信号を送り込まれている。レグルスは怒っていいものか、少し悩んだ。彼女がそんな意味の無いことをする人間とは思えなかったからだ。
「うるっさいな! こんな時間に何してんだよ嫌がらせはやめろ!」
返事はない。レグルスは暴れる心臓を落ち着かせ、信号の方向を探った。何となくしか分からないが、現場に向かうことにする。本人を殴らなければ気が済まないからだと適当な言い訳を作って。
部屋に唯一あるテーブル、ガラス製だが、その足を取ってレグルスは自分の脚に付けた。三本脚になったテーブルは役を成さなくなったが仕方ない。
レグルスは魔法少女としては優秀ではないので同時にいくつもを操作することが出来なかった。あの喧嘩相手の場所まで飛ぶためには居場所の詳細が必要になる。少し外を歩き回らなければならないようだ。レグルスは頭痛を抱えたまま部屋を出た。
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