第3話

 レグルスは一気に飛び上がる。どんどん高くへ上っていく。酸素濃度だとかは彼女らには関係がない。苦しいと感じたなら苦しくないように意識すればいいだけなのだ。

 それらしい物体が見えたのですぐに静止させる。近付いて行くと、想像していたより大きかった。大人二人分ぐらいの大きさだ。不気味に白く、見た目では軽そうな石だ。

 レグルスには感覚で分かる。これは魔法石だ。どうするべきか逡巡した。通常なら安全な場所に降ろして上司に連絡を入れるべきなのだが、現在地上より十キロメートルほど上空にいるレグルスには選択の余地がある。細かく破砕して適当に海まで誘導して落下させれば楽に終われる。

 安全に地上に降ろすというのはレグルス一人の判断では難しい。いちいち指示を仰いで、それでも叱られることが多々ある。彼らの言うことはレグルスには難しい。怪我人が出なければいいと思うのだが、彼らにだけ存在する難しい問題があるらしい。国境だとか、私有地だとか、レグルスには関係のないことばかりだ。レグルスはその度に苛ついた。

 思い出しただけで気が立ってきたので、レグルスは気付かなかった振りをして破壊しようと決めた。すぐに大きなヒビが入る。ミシミシと軋みを上げて石、というより岩は砕け、みるみる内に小さく細かくなっていった。

『何してるのアンタ!』

「は?」

 バチンと頬が鳴った。レグルスは自分が叩かれたと気付くのに時間が掛かった。知らない少女が、レグルスの頬を叩いていた。

「何すんだよ!」

 レグルスはカッとなってやり返した。レグルスの平手打ちを受けた少女は、痛がるでも無く、金色の長い髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

「アンタね、何してるか分かってんの?!」

「怒ってんの? お前何様?」

「何で破壊したの! 貴重なものだって分かってるでしょこれが!」

「あーそうなの。へー知らなかった~~」

 レグルスはうんざりして顔を背けた。やりたくもないことを無理矢理やらされているのに、何故怒られなければならないのか。相手の高いがなり声が脳に響いて痛む。

 金髪の少女は勇ましく鼻の穴をひくつかせながらレグルスに詰め寄った。

「ふざけないでよ」

「うるさいな。何しに来たの? 私の代わり? じゃあさっさと片付ければ?」

「アンタずっとその態度でやってきたわけ?」

「そうだけど。もうさ怠いんだよね。早く帰って寝たい」

「何歳?」

「十一」

「……そ。私は十三だけど」

 金髪の少女は事実を伝えただけだが、レグルスは苛ついた。年上だからと諭してくる人間は嫌いだった。ただ無駄に長生きしてきただけで胸を張る理由になるとは思えない。

「それが何?」

「責任感ないんだね」

「あるわけない。やりたくもないのに」

「嘘。珍しい」

 本当に驚いた様子で目を見開いていた。レグルスは荒んだ気持ちでいた。望んで魔法少女になる者も少なくないらしい。噂で耳にした程度だったが真実だとは信じ難かった。レグルスは少女の金髪を汚らしく思いながら顔をしかめた。

「その髪何? 馬鹿みたいに見える。てか実際馬鹿でしょ。魔法少女なんていいように使われるだけなのにやりたがるなんて、馬鹿」

「これ地毛だし。アンタの基準で人を判断しない方がいいよ。それこそ馬鹿っぽく見える」

 レグルスは彼女の言葉に驚いたが仕草に出さないよう気を使った。地毛だとは信じられない。黒以外の髪色は全て染めているのだと教わっていたからだ。あんな派手な色は馬鹿っぽいでしょ、とは誰に言い聞かされたのか今では思い出せない。

 レグルスが何も反応をしなかったからか、少女は肩を竦めた。

「でもさ、私達はこうやって働かないと後は子供産むだけでしょ。そっちの方が嫌じゃない? 家畜みたいだし」

「家畜? じゃあ今のこの仕事は何? ただ石を潰すだけ、知らない生き物を殺すだけなんて機械みたい。いらなくなったらポイって捨てられるだけ。それだけじゃん」

 レグルスはすぐに反論した。金髪の少女は馬鹿にした笑みを浮かべている。

「それさ、子供を産んだって同じだよ。産んだら“ポイって捨てるだけ”」

「でも」

 言い返そうとして、彼女の笑みが自嘲を帯びていたので止めた。「でも?」少女が首を傾げたがレグルスは何も言わなかった。


 明くる日、地球外から生物の群れが来ると知らされレグルスは魔法少女として再び現場に配置された。地球外生物は詳細が不明な物も含めて多くいるが今回は定期的に訪れるとある生物の群れだった。三〇八号と呼ばれているものだ。群れが訪れる周期は大体三、四十年だが今回はそれより早い。三〇八号はスライム状の生物で、最初は一つの塊だが地球に侵入すると分裂して地上に落ちる。後は植物だろうが鉱物だろうがあらゆる物を取り込んで成長し、ある程度の大きさになると分裂する。そのスピードは凄まじく、地上のあらゆる恵みを平らげる姿は天災のようだった。

 万が一の要員としてレグルスは配置についたが、その万が一の事態が起こったらしい。担当区にいた魔法少女が落下してきた群れを破壊出来ず呑み込まれて死亡した。群れは既に地上に降りたらしく、他の魔法少女らはそれを全て消滅させなければならない。落下地区は既に封鎖されているが被害は今も増え続けている。

 魔法少女の欠点として、漠然とした現象は起こせない。ただ全部破壊する、もしくは誰彼構わず殺すなどということは出来ないのだ。とにかく人手が必要だった。

「二十四、二十五、二十六……」

 レグルスは一匹ずつ潰しながら数えていた。とにかくキリがない。分裂の時間は平均二分と言われているので間髪入れずに殺し続けなければならなかった。手練れの魔法少女ならもっと手早く済ませる方法もあるのかもしれないがそれを教授しているような時間も人手も無かった。

「無理、マジ無理、こんなの終わらない。終わるわけない……」

『アンタ何ちまちまやってるの? やっぱ馬鹿だ~』

「またお前か! どこにいる!」

 耳に響いた声は聞き覚えのあるもので、レグルスは思わず辺りを見回してしまった。彼女は声の伝達が得意らしい。言語イメージだけ送り込む者もいるが、直接声を送ってくる嫌味たらしいのはどう考えても先日の金髪の少女しかいない。

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