第2話
事故で死んだスピカの母は幸いにも二人女を産んでいた。お陰で魔法少女の配置には困らなかった。妹はあまり能力が高くなかったため、補欠として普通の少女としての扱いをしていたがついに妹にも声が掛かった。九歳だ。魔法少女や候補の子らは発育を遅らせるよう薬を投与しているので十五歳まで活躍する少女も少なくない。
妹レグルスへ魔法少女になるよう告げると酷く取り乱した。会ったことも無い姉を罵倒して泣き
「ふざけんな! ふざけんな何で私がそんなわけ分かんないことやらなきゃならないの!? 何で私なの!? 他の人がやればいい! 私はやらない!! 絶対にやらないから!!」
「駄目よ。そんなワガママ言わないで。お願い」
「何がワガママなの!? じゃああんたがやればいい!」
世話係の女性を振り返ってレグルスは怒鳴り散らした。世話係の女性は表情を崩さない。三十年以上に
「ねえレグルス。貴方は何のために自分が生まれてきたのか分かる?」
「そんなの……確かに昔から言い聞かされてきたけどそれとこれとは別の話だって」
「貴方は人類を守るために生かされてきたの。言ってる意味、分かるかな」
「わ、分かるよそれくらい」
レグルスはまだ幼く、動揺を隠しきれず口元を震わせた。世話係の女性は哀れむ顔一つ見せない。彼女にとっては、何度も繰り返して既にうんざりした作業をまた行うだけだった。皆それぞれ人類のためにと働いて、自分の意思など存在しないのに、幼子は尚も自分の主張を通したがる。あまりに
そんな彼女が繰り返し赤子を育て続けるのは、こうして子を送り出す時彼らが大人になる瞬間を見るのがたまらなく好きだからだ。世間を知り絶望を抱えて震える姿は、育てた苦労が消し飛ぶほどの悦楽だった。
「さあ。もうあなたも子供じゃないんだから。聞き分けてくれる?」
女性は、少女が頷くのを待っていた。拒否は出来ないものだが、少女が未熟すぎると判断された際には不要になるのでそれなりの処遇が決まっている。
レグルスは右足を少し引いて両手を固く握りしめていた。困った時の癖だ。
「私、だって、こ、子供……そう、子供が出来たの! だから行けない」
「嘘を吐くのはやめようね。知ってるから。もう大きいから色々理解してるはずだよ。貴方の体じゃまだ子供は出来ない」
無感情に諭す彼女に対して、少女は遂に寝そべって梃子でも動かない姿勢を見せた。
「私行きたくない。行くくらいなら死んでやる」
「そうなの。分かった」
「本当に?」
女性が淡々と頷くと、少女は慌てて顔だけ起こした。表情は引き攣っているが、本人は平然を装っているのに違いない。
「うん。貴方は今から死ぬか、魔法少女になって生きるかどちらかしか選べない。役に立たない人を育てるほど余裕がないから」
「人が死んだらどうなるの?」
「分からない。ただ何も無くなるだけ」
「何とか言って他の人にやってもらうことは出来ないの? だってママはいつも私のこと褒めてくれたよね、他のことだって出来るもん」
潤んだ目でレグルスは女性に訴えた。ママというのは世話係の女性のことだ。皆ママと呼ぶ。女性は細い目を更に細めながら少女に歩み寄って言った。
「あのねレグルス。私が褒めるのはそうすれば貴方が言うことをよく聞くからだよ。他に理由なんて無い。貴方が出来ることは他の皆はもっと上手に出来る。でも魔法少女は、スピカの代わりは貴方にしか出来ない」
少女は素早く身を起こすと女性に体当たりをした。拳で何度も女性の体を叩いた。腕や腹や頭、髪の毛を引っ張ったりした。嗚咽を零しながら何度もやった。
「嘘吐き! 嘘吐き嘘吐き嘘吐き! 嫌い!! 大嫌いママなんか嫌い! 出てってやる!!」
「だから、さっきからそう言ってる。貴方はここを出るんだよ」
「うるさああい!! 黙れ! 喋るな! 馬鹿! 馬鹿あぁ、あぁぁあん!!」
泣きわめく少女に殴られ続ける。女性は、いずれはこんな騒々しい存在が消える時が来るのだと自分を慰めて耐えた。
一時間後、疲れ切ったレグルスは役員に連れて行かれる。抵抗をする気力は失くしていた。幼い子供は移り気な上回復が早いので早々に処置をして逃げ道を塞ぐ。
レグルスは「私は大きくなったら赤ちゃんを産むの」とぼやいていたが誰も返事をしなかった。手術をし、スピカの石を移植した。
それから二年後、レグルスは前線で魔法少女として活躍していた。その日は、隕石を処理するのが仕事だ。他の魔法少女と科学者たちにより既に落下予測地点と時刻は割り出してある。レグルスは決められた場所で隕石の来訪を待つこととなった。
しかし隕石の材質までは分かっていない。魔法石の場合は全て持ち帰らねばならなかった。魔法石は
魔法石でないようレグルスは祈った。破壊せず破壊させず守るのはとても骨が折れるのだ。最悪の場合、嘘を吐いてでも破壊するつもりだった。彼女にはもう人類も未来もどうでもよかった。この先同じ思いをする少女が増え続けたとしてもどうでもいい。誰かが代わりに働いてくれるならぜひ頼みたい。レグルスは自分が辛い目に会うのは嫌だった。身代わりが欲しかった。褒めてくれなくてもいい、金もいらない、ただ楽に生きたかった。
魔法少女として力を使いながら日々を過ごす。次第に体が言うことを聞かなくなっているのを感じていた。頭も体も重く、ひたすらに
『来たよ』
顔も名前も知らない魔法少女からの通信だ。テレパシー、に似ているそれは、直に耳に聞こえた。隣で囁かれているように聞こえるのが不思議だ。
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