LINK43 精神の瓦解(がかい)

「長かったな....本当に長かった。クソ野郎が! いや、失敬。でも、おかげで私の髪が白髪だらけになっちまいましたよ」


そう言いながら近づいてきたスーツ姿の男。

どこかで見た事がある。


「誰だ? おまえ」


「月人君。何すっとぼけたこと言ってるんだ。どうせ今、あなた達の頭の中でチカチカと私の顔を探っているんだろう?」


「鷲田博士か」

「おお、中尾君、久しぶりだね。君とは10年ぶりかな。もっともその時、君は下半身と背中がぐちゃぐちゃな瀕死状態だったからね。奇跡の復活だね。リハビリ大変だったでしょ?」


「何の用だ」

「何の用?『何の用だ?』だって? ずいぶんと軽い感じで言ってくれますねぇ。その『用』のおかげで、俺は12年3カ月も煮え湯を飲ませれてきたんだ! クソがっ! いや、すいません。ちょっと言葉が乱れてしまって」


「話にならない。こんな奴放っておいて行くぞ、月人、真心」


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな風にあっさり行かれたら困るんだ。君たち大人しくしないと、怖い人らが、ほら、あそこにもあそこにも。ついでに遠いあの場所でもあなた方の頭を狙っていますよ」


「くっ、クソが!」

「月人君、親近感湧くね。君の言葉。そうだよ。この世は『クソ』ばかりさ。でも君は私に何もすることができない。この辺は公園と寺と林ばかりの場所、君が得意なシステムをどうのこうのする力は何にもならないから。君の生態AIは何もできやしない。だから大人しくしときなさい、クソガキが!」


「おまえ、何が目的だ」

「そんなの決まってるだろ。そこの女の子の頭をちょいちょいとほじくって、それとその土の中にある研究資料ですよ。そこでうめいている野郎が全部持って失踪しやがったから、その後の俺がどれだけ苦渋を味わったか。その適合データが持ち去られた意味を素人連中の政治家や緑のババァもわかっていないんだ。それなのに私を担ぎ出し研究を再開だと! そんなの無理に決まってるだろうが! おかげで私は恥をかかされた上に権威も威信も根こそぎ剝がされてしまったよ。ついでに失職だとさ」


「失職したなら、もう落ちぶれたお前になど研究はいらないだろう?」

「さっきからうるせえな、中尾君。調子に乗るなよ」


鷲田が中尾さんの足をゆっくりと指さすと「ブッ」という風を切る音とともに銃弾が脛を撃ち抜いた。

「ぐああぁ....」

「おやおや、また足を負傷したねぇ。これでちょっとは口数が減るかな。今、ここで一番強いのは私なんだから許可ない発言は慎んでほしいね」


「クソ野郎」

「おいおい、月人君。君には用はないんだから、そんな汚い言葉ばかり使う口を撃ち抜いちゃうぞ」


「グ..グ....月人だまって..ろ」

「中尾君、痛みに耐性あるねぇ。さすが、さすが。じゃ、敬意を払って君らが知りたいこと教えてあげよう。 『新・NeoYURI』プロジェクトの再開だよ。それによって私は復職したんだよ。やっぱりE-LAIイーライ研究室の天才の頭が必要なんだ。生態AIの組織再生技術で世界を牛耳るのが新都知事・福島陽子の野望だ。俺は、斎木が作ったアメーバ式生態AIを完全に再生(コピー)したからな」


「じゃ、もう俺と真心には用がないだろうが! 斎木博士だって研究データだっていらないだろ!」


「月人君、君は出せなかった声がでるようになったんだろう? それでどうだった?」


「は??」

「凄く便利になっただろう? 快適になったはずだ人生が!! 『若者は人生を謳歌おうかする!』だ!」


「そんないいもんじゃないさ!」

「いいや、失ったものを取り戻すのは良いことだ。だけどな、私の作った生態AIはそいつを理解しないのさ! 私が作った生態AIは宿主が長生きするためには内臓だって修復するが、目を再生することも声帯を再生することもない。ただ長生きさせるだけなんだ。宿主に人生を謳歌させやしない。斎木はそいつを知ってるんだ。研究データにはその答えが記録されてるのさ!」


鷲田は演説しながら自分に酔っているようだった。


「お、おまえが斎木博士をこんな風にしたのか....」


「中尾君、まだ質問する元気あるんだね。ああ、そうさ。こんな身近なところに潜んでるとは灯台下暗しだよ。ここは、斎木と真莉愛だけの思い出だけじゃない。私の思い出でもあるんだからな。ここのコスモスを見る真莉愛の目は全てを包み込むような愛おしい目をしていたよ。私は真莉愛を愛していた。彼女もそうだったに違いないんだ。だって私があれだけ想っていたのだから。それをこの斎木が奪いやがった。けがれない真莉愛に子供まではらませやがって! だから俺が罰を与えたのさ。おかげで子供は失明して真莉愛は浄化されたよ。私が真莉愛の脳データから浄化されたマリアを作ることを提案したんだぜ。研究には彼女の知識が必要だと言ったら、斎木の野郎、承諾しやがった。『娘の目を治したい』ってな」


鷲田は高笑いをしながら続けた。


「だが、こいつ何かに気が付いたのか失踪しやがった。マリアのAIを持ってだ! ゆるせねー。また私から奪っていきやがったんだ。だから私は必死で斎木を見つけ出したよ。そして脳から直接記憶を取り出して、研究データやマリアのAIの隠し場所を知ろうとした。だが設備が整っていない研究室でちょっと失敗しちまった。脳データも取り出せず、斎木はこんな風に...... ちくしょー!こんなはずじゃなかったのに! みんなこいつのせいだ! 失敗はこいつのせいだ! クソが! クソが! クソが! ああ、おさまらないな.... 私の気がおさまらない。そこで私は橋の下であいつを野良犬として飼うことにしたよ。「あぅ....あぅ..」ってな」


「ひどいっ!!」

「クソはおまえだ! 鷲田!」


「うるせぇ! 私はやっぱり選ばれた人間なのだ。月人君、君が死んだはずの娘を黄泉よみの国から連れ戻してくれた。そして私は知っているんだ。君たちが奈良井宿ならいじゅくでやってみせたことを。記憶をなくしたじじぃの記憶を取り戻しただろ。だからその娘なら斎木の記憶を呼び戻せるんじゃないかってな。俺は先回りして、机に暗号を入れておいたんだ。素晴らしい『詩』だっただろ。へへへ。真心ちゃんありがとうよ。おかげで研究データまで掘り起こしてくれたな」


「く、クソ!!」

真心が悔しさのあまり初めて汚い言葉を口にした。


「ついでにだ。もう真心ちゃんには用がないから、研究材料として脳みそだけちょうだいよ」


「ふざけるな!」

「だから月人君。2回目の注意だよ。社会人は同じ過ちを2回繰り返しちゃいけないよ。何もできない君にも罰だ。そこで大人しくこの娘が死んでいくのを見ていろ」


「や、やめろ。やめてくれ」

「なに?月人君、お願い?だめだねぇ。そんな『お願い』はきけないねぇ」


な、なんだ。

空気がゆっくり流れる。

奴の指が高々と天をさして、そのまま真心に向けられていく。


俺はこの重たい空気に身動きさえできない。

ダメだ。

ダメだ。

ダメだ。

真心を助けろ!


「やめろー!!!」


視界が地面から離れいくと地球が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る