LINK40 安らかな夜を
変わりはてた斎木博士の姿を見つけると中尾さんはガードレールを飛び越えヨシの草をかき分けながら川に降りて行った。
「は..博士....」
「あぅ..ああ....あ..あぅ....」
中尾さんはポケットから取り出したハンカチを水で濡らすとそのホームレスの顔の汚れをふき取った。
(この人が.... この人が俺たちが探していた....真心の父親なのか!)
「お父さん? お父さんなの??」
そこにあるガードレールを無造作に
今、俺に出来ることは、彼女をかついで父親の元に連れて行くこと。
そんな事しかできない。
だが、なんてクソな現実だ!
「お父さん!! お父さん!!」
「..あ..ぁ....あぅ..うぅ」
真心の呼びかけも虚しく、博士は何が起きているかも理解できずにただ宙を眺めながらうめくのみだった。
廃人
あまりにも悲しい事実。
誰もが眉を
だが真心はそんな父親を強く抱きしめるのだ。
「会いたかった。会いたかったよ....お父さん」
「おいっ! 月人、あれを見てみろ」
中尾さんが橋の下を指さす。
そこには毛布と食器が置いてあった。
周辺は酷い匂いだが毛布は比較的新しかった。
「ボランティアが置いていったのかな?」
「いや、違うな。今の人道支援を呼びかけるボランティアがこんな劣悪な環境に放置したりしない。ましてや衣服だってもっと細目に支給するはずだ。だが、あの状態の斎木博士がどこからか盗んできたとも考えられないな」
「くそ! ....ひでえ」
「どうした? 月人」
「これ、見てくださいよ。この皿、犬用の食器です。そしてここに散乱しているもの。これはドッグフードですよ。誰かがここにドッグフードを入れているんですよ。斎木博士の食事として」
人の尊厳を無視したこの行為に悔し涙が出た。
「とにかく彼をここから連れ出そう」
俺は
寺の多いこの地区。
どこかに頼れる寺がないかを尋ねた。
「それなら、その近くに『
乙戸川のその場所からほんの1km弱の『蓮照寺』
牛久大仏を見上げるほど大仏からは近い位置にある。
その大仏の顔はまるで愚かしい人間を
その汚れ切った斎木博士を嫌な顔ひとつせずに照安和尚は招き入れてくれた。
「何て事でしょう。私も永承会には一度参加したことがありました。その時、1度だけ斎木博士とはお話したことがあります。まさか、橋の下のホームレスが斎木博士だとは思いもよりませんでした」
..ぁ..あ....
廃人に成り果てた斎木博士を見ながら照安和尚は経を一説唱えた。
「照安和尚、『橋の下のホームレス』とおっしゃっていたがご存じだったのですか?」
「はい。もう7年ほど前から住み着いていたという話です。地元ですから、そういう者がいるということは聞いておりました」
なるほど、毛布はもしかしたらどこかの寺からの施しか?
しかしドッグフードは....誰かが常々足を運んでいたはずだ。
「ささ、湯が沸きましたので離れの風呂場をお使いください」
「真心、俺が斎木博士を綺麗にしてきていいかい? 俺にやらせてくれ」
「うん。月人さん、お願い」
俺はゴミ袋を用意し、その衣服を投げ入れ、借りたハサミで板のようになった髪を切り落とした。
ハサミを入れるたびに悪臭が漂い、ノミのようなものが飛び跳ねる。
形は悪いが短くした髪になった斎木博士は、少しだけ写真の斎木博士に近づいた。
シャンプーは2度やったが泡たたず、3度目は石鹸を泡立つまでこすり付けながら洗った。
陰部、肛門を洗うのさえ俺は平気だった。
2度、3度繰り返し洗う。
真心に綺麗になった父親に会わせてあげるんだ。
一番ひどいのが足の指の炎症だった。
「中尾さーん!!」
風呂場の窓から中尾さんを呼ぶと、顔を抑えてもらいながら髭や飛び出た鼻毛を切った。
用意したTシャツとスウェットを着せた。
その夜、ふかふかの布団の中で斎木博士は真心と一緒に眠った。
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