LINK39 不毛な道

牛久大仏の周辺には大仏を取り囲むようにいくつかの寺が散見している。

『延命寺』もそのひとつで、その同じ敷地内に『八坂神社』も祭られ神仏習合がなされていることから地域に土着した歴史のあるお寺だということがわかる。


経緯度が示したのはその寺のすぐ隣にある寺や神社とは全く雰囲気の違うログハウスだった。入り口には『ほそぎ造園管理センター』と書いてある。


「覗いてみるか?」


階段の先にある入口と大きな窓。

小屋の中には大きなテーブルと椅子、スコップや剪定鋏せんていばさみ、ハシゴなどが壁際に整理されている。

そんな造園の道具の他に物騒な看板がいくつか置いてあった。


『行政の横暴を許すな』『住民に説明を!』『大反対!』


牛久大仏の周辺でよく見かける看板だ。


「ここは反対運動の拠点ですかね?」

「まぁ、そうかもな。牛久大仏公園を管理している会社なら公園の取り壊しに反対していても不思議じゃないからな。ほら、あそこの森も伐採して半分むき出しになってるしな。また大きな鉄塔でも建てるんだろう」


東京の地下都市計画では『環境にやさしい電力を使おう!』と行政が推進している。だがその結果、東京への電力供給が半端なく、近県の自然環境を犠牲にしている。質の悪いブラックジョークだ。


『NeoYURI』計画だ。


東京は新都知事・福島陽子が一度立ち消えた東京地下都市『NeoYURI』プロジェクトを再開したのだ。


「月人、俺は中に侵入してみる。おまえは隣の寺でこの小屋の人物について聞いてくれ」

「わかりました。行こう、真心」


真心は目を閉じたまま、いつものように俺の左側の裾をつかんで歩いている。

不思議なものだ。

最初は引っ張られる感じが良いとは思わなかったが、今はそれが落ち着くんだ。


・・・・・・

・・


俺たちは延命寺の住職に隣のログハウスについて聞いてみた。このログハウスは自治体の施設で10年ほど前に『ほそぎ造園管理センター』という看板と共にひとりの男性が住み込みおで牛久大仏公園内の花の植え込みの委託業務をしていたらしい。だが3年もしないうちに男の姿は消え現在は公園取り壊しや強引な地域開発に抵抗する反対運動の拠点になっているという。


斎木博士に関する情報は掴むことができなかった。


真心の裾をつかむ手に力が入る。


「まだ、大丈夫だよ。暗号はここを起点に乙戸川おつとがわへの道のりを示してるんだから」


そう声を掛けながらも、『延命寺』で有力な情報を得ることができなかったのは、期待を大きく裏切っていた。


ログハウスに侵入した中尾さんも見つかったのは剪定用のハサミやスコップ、反対運動の看板ばかりだったという。


俺たちはこの場所から乙戸川に続く道を注意深く歩いていく。

畑と林に囲まれるのみの道にはこれといって手掛かりになりそうなものはなかった。

そしてそのまま乙戸川に到着してしまった。


「きっと何かを見落としているんだ。もう1回歩いて探してみよう。な、真心。不安そうな顔するなよ。何か見つかるよ」


だが2度、3度歩いても結果は同じだった。


「そうだ、きっとこの道じゃない他の道だよ。そうだろ? 中尾さん。あっちの道を探してみよう」


ログハウスから大きく回り込み違う道から乙戸川まで歩く。


「もう1回だ」


「月人、ここまでだ。何度歩こうと同じことだ」


「中尾さん、何でそんなこと言うんだよ。暗号を解いたのは中尾さんじゃないか。何かあるんだろ? 暗号ってそういうもんじゃないか」


「月人。全ての暗号が何かに行きつくとは限らない。中にはフェイクだってあるんだ」


俺は真心の顔を見ることができなかった。

川にかかる小さな橋をフラフラ力なく歩き、そこに流れる水の揺らめきを恨めしく睨むだけだった。


「何なんだ。いったい何のために、俺たちは....」


川の草むらをかき分け動物が水を飲んでいる。

狸か何かだ。

ボサボサの黒い毛が見え隠れする。


空のどんよりした雲の隙間から太陽の光が辺りを照らした。


泥まみれのシャツ、ズタズタに破れたズボンからは股間がはみ出していた。

川で水を飲んでいたのは動物ではなかった。

それは悪臭がここまで匂ってくる汚いホームレスだった。


「..ぁ.あぅ....あぅ....」と声を上げながら水をすする。


そんな何の意味もないホームレスに苛立ちを覚えた。


「笑っちまうな。旅をして振り回され、見つけたのがアレだよ。なぁ、中尾さん」


何を言ってるんだ、俺は。

こんなことを言う俺をきっと真心は軽蔑するだろう。


俺の声に反応してか、水を飲んでいたホームレスはチラリこちらを見た。


「....あぅぅ..ううぅ....」


「おい..何てことだ。あれは博士だ。斎木博士だぞ!」


そんな中尾さんの言葉に俺は海の底に落とされていく感覚を味わった。

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