LINK28 妓楼の夜は危ない

「はああぁああ」

「ま、真心!!」


「..はぁ....はぁ....」


地面に手をついて呼吸を整える真心。

すると....


「月人さん、私、ここ知ってる。お父さんとお母さんがここに来て.... 私もそこにいた!?」


真心は混乱しているのだろうか。

真心の母親・真莉愛さんは真心を出産してそのまま亡くなったはずだ。


息絶え絶えに苦しそうな真心の様子を見て聖子さんが駆け寄る。


「ごめんなさい。大丈夫、真心さん」

「はい。もう、大丈夫です」


真心を抱えながら人力車に乗ると、そのまま『旅館ふせふじ』に帰った。


・・

・・・・・・


真心を布団に寝かせると、俺は広縁ひろえんの椅子に座りながら庭を見つめた。


池の錦鯉が「ボチャン」と音をたてる。


「ふぅ....『ごめんなさい』か....」


そうあの時、聖子さんは真心に向かって咄嗟とっさに謝った。


頭の中で映写機を見せられて記憶を取り戻した博さん....

奇跡のような事。


「そういうことか....」




「失礼します。お夕飯をお持ちいたしました」

仲居さんが食事を運んできてくれた。


『ご飯?お腹減った』と布団から真心の声がする。


料理は前菜、焼鮎、刺身、煮物、そして飛騨牛と朴葉味噌ほおばみそのステーキ。

特別な陶器製のコンロで飛騨牛ステーキを焼くのだ。


並べられた料理の献立を聞くと、胸をときめかせる表情はやはり16歳の女の子だ。


『お食事のお手伝いを....』と中居さんは申し出たが、真心は丁寧に断った。


「ありがとうございます。でも、私、自分でできる範囲は自分でやりたいんです。そして、その見極めを今は月人さんが一番わかっていると思うんです。だから..月人さん、いい?」


「ああ。いいよ」


そう言うと仲居さんにお心づけを手渡した。


食事を食べ終わり、床に寝っころぶと、となりに真心も寝っころぶ。


「はぁ! 食った、 食った。 おいしかったね! 今日、ごめんね。きっとあれは何かの勘違いだよ。記憶というよりそんな気がしただけだったから..忘れて」


「ああ.... 真心、体は大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ」


網代造あじろづくりの天井を見つめ、しばらくすると旅の疲れと満腹感で眠ってしまった。


・・

・・・・・・


目を覚ますと胸までタオルケットがかけられていた。


『いい湯だったよ』と真心の声。

ふんわりと石鹸の香りをさせながらたたずむ浴衣姿が行燈あんどんの明かりに照らされる。



「(ヤバイ....)」


どうやら今夜も俺は自分との闘いをしなければならないらしい。

場所が場所だけに。



布団に入り再び天井を眺めると、ふと思った。


「(なるほど、天井が網代造りなのは....)」


網代の編み込みはまるで男と女の絡み合いを表現しているように見えた。


「(下らないこと考えてないで..寝てしまおう)」



**



翌朝、山岡夫妻の勧めで重要伝統的建造物群保存地区『白川郷』に行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る