LINK12 ランドナーに乗る少年

まだ朝早い土肥の海岸沿いの道は風が涼しく、海は静かに揺らめき、雲一つない快晴だ。

向かい側には雪が積もっていない夏の富士山が見えている。


そんな道路を90年代のヒットチャートを流しながら車を走らせる。

聞こえてくるのはどれも誰もがどこかで聞いたときあるスタンダードナンバーだ。


「私、この曲聞いたことある。とても好きな曲」

そう真心が言った曲はスピッツの『チェリー』だ。


2番目がかかる時、左側の道路で自転車を修理する14歳くらいの男の子がいた。

いつもは関りを避け、通り過ぎるような俺が車を停めたのは、このさわやかな朝がさせたことなのか。


「どうしたの?」

真心が心配そうな声を出す。


「少年が困っているようなんだ」

「じゃ、助けるんだね」


ただ様子をうかがうだけしか考えていなかったのに、真心はその先の行動を決めてしまった。



「おはよう。少年、どうした?」

「えっと.... タイヤがパンクしてしまって....」

見たところ自転車で旅をする少年みたいだった。


「君の家はこの近くなのかい?」

「いいえ。家は山梨です」


「山梨からここまで自転車で?」

「はい。この自転車なら、そう珍しいことでもないですよ」


たしかに少年とはいえ自転車は本格的な自転車だった。


「この自転車の修理セットとかは持っていないの?」

「すいません.... 持ってないです」


「じゃ、乗っていくかい? この先にどこかに直せるお店があるかもしれないし」

「いいんですか? ありがとうございます」



自転車をラゲッジに積むと、少年を乗せ車は再び走り出す。


真心が盲目ということに多少とまどいを隠せないのはやはり14歳の少年だ。


彼の名を聞くと少年は声小さく『田中太郎』とつぶやくように言った。

俺の「へぇ」といった返事に、少年は反応した。


「『太郎』って今時ない名前ですよね。しかも苗字が「田中」とありふれた苗字。僕、嫌なんですよ。こんな適当に付けたような名前」


「どうした? 何を急に?」


「お兄さんは『月人』なんてかっこいい名前じゃないですか。僕もそんな名前がよかったな」


「.....ところで太郎君は旅してるの? 私たちと一緒だね」


「うん。僕は旅をして綺麗な景色を写真に収めてるんだ。このカメラで」

「ほぉ、レトロなデジカメだね」


「うん。このカメラとランドナー(自転車)は父の形見なんです」


「..へぇ」

「どんなカメラなの?」

時々、出てしまう俺のそっけない返事を取り繕うように真心が言葉をかぶせてきた。


「うん。カメラのボディは黒くて、Canon GX7て右上に書いてあるよ。これ、昔のデジカメの名機なんだよ。これで綺麗な景色をいっぱい撮るんだ」

「綺麗な景色かぁ。私も見たいなぁ」


「太郎君、自転車屋を見つける前にちょっと2,3か所寄ってもいいかな?」

「うん。全然いいです。だって乗せてもらっているんだし」



車はだるまの顔の看板が出ている『達磨寺』に停まった。

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