LINK13 達磨寺

俺たちは『達磨寺だるまでら』の中に入った。


真心は俺の左のすそをつかみ、1段1段階段を上る。


賽銭箱さいせんばこに乗せられた赤いだるま。

俺が見た映像はこれだ!


「赤いだるまだね」


真心がつぶやいた。


「真心、見えるのか?」

「ううん。月人さんが今、このだるまを見て心が動いたでしょ。少し映像が浮かんだの」


『あなたが私に映像を見せている』と前に真心が言っていたのはこういう事か。

なるほど、ベンチで読んでいた小説も俺が『面白く』、『切なく』思ったから小説の活字がイメージとして見えていたのか。


俺たちはそのまま本堂に入った。

台座には仏像ではなく大きな達磨像だるまぞうが置かれている。

4,5mくらいはあるだろうか。


その達磨像だるまぞうを眺めていると、どこともなく僧侶が近づき達磨寺だるまでら達磨像だるまぞうについて観光ガイドブックのように説明をしてきた。


そんな観光案内はどうでもよかった。

今はとにかく和尚から話を聞きたいのだ。


だが隣でつぶさに耳を傾ける真心の姿を見ると、話をさえぎることが出来なかった。


「———と言われています。ありがとうございました」


話が終わると間髪入れずに割って入った。

「あの、今日、このお寺の和尚はいないですか?」

不躾ぶしつけな質問だったが僧侶は笑顔で応えた。


「大概の事なら私がお応えしますが、何かご質問があればどうぞ」

「いや、観光の事じゃないんです」


「と言われますと....」

以前の俺ならば事情も説明しようともしなかったであろうが、五暁寺ごぎょうでら澄徳ちょうとくさんの事を思えば、物事は礼節をわきまえて順を追って話した方が実りは大きいと学んだ。


「実は今、人を探しているんです。科学博士の斎藤ってひとを。和尚に直接ききたいのですが....」

それにしても自分の質問下手には辟易へきえきとする思いだ。


俺の腕をグイっと引っ張るのは真心だった。

その顔には迷いと不安があった。


「真心、俺は『燐炎りんか』に好き放題させようと思ってないんだ。そのためには斎藤博士の力が必要なのだと思う。だから空振りになろうと聞くだけ聞いてみようよ」


彼女は首を縦に振る。


ちなみにその間、太郎君はカメラで達磨像だるまぞうを撮りまくっている。


「『斎藤博士』ですね。私も存じ上げていますよ」


意外だった。

真心にはあのように言ったものの内心、『存じ上げません』という言葉が返ってくると思っていた。


「本当に?」

「はい」


「ただ、私は直接お会いしたことはございません。詳しい事情についても聞いておりません」

「どういうことでしょう?」


よく呑み込めない話だ。

僧侶は話を続けた。


「どういうことか説明いたします。実は和尚からは『斎藤博士』の名は聞かされておりました。私が訪れた方々へ、寺の案内係を始めて5年が経ちます。この係を申し渡された時、和尚に言われました。もしも盲目の女性を連れて誰かが訪ねてきたら『五平荘ごへいそう』に案内するようにと言われております。私の前任者もそのように教えられたと言っておられました」


「『五平荘ごへいそう』って?」

「ここから少し土肥温泉郷へ戻った海岸線にある民宿でございます」


僧侶はそれ以上の事は聞かされていないと言っていた。

だが『五平荘ごへいそう』に斎藤博士の足跡の手がかりがあるのかもしれない。


俺たちは達磨寺だるまでらを出た。


博士は事前にこうなることを予測していたかのようだ。

その準備周到さに少し気味の悪さを覚えた。


「『五平荘ごへいそう』へ行こう」

「うん。でも.... 『恋人岬』にも行ってみたいな」


どうせ見えないのに....などとは思わなかった。

きっと、その場所の音や空気を彼女は感じたかったのだろう。

それに俺が見た映像が伝わるかもしれない。


俺が素直な気持ちで景色を見ることができれば、きっと真心にも伝わるに違いない。

そんな決意にも似た強い気持ちを心に思う。


「ふふふ」

「何? どうしたの?」


「なんかね。今、やわらかい白.... ううん....もっと暖かい日差しのような色。今ね、少しそんな色が見えたの」


..俺の思いも色のイメージで伝わるのか。

でも、真っ黒って言われなくてよかった....


照れかくしに足早になった俺のすそをつかむ真心は少し満たされた笑みを浮かべていた。


俺たちは青い海を背景に『恋人岬』まで歩いていく。

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