LINK03 桜葉のベンチ

俺は夢で語られたワードに従い緑道のベンチを見て回った。

そこは桜の木が生い茂り日陰となるベンチ。

彼女は座っていた。


俺は何も言わずに隣に座る。


「来たよ」

「ごめんなさい」


彼女の声は夢の中の声とは違い、今にも消えてしまいそうなか細い声だった。


「君は誰?」

「私は真心まこ


(なるほど『まこ』とは名前か。)


俺は用意してきた質問を投げた。


「なんで俺の夢に君の声が聞こえるのかな?」

「違う。あなたが私に見せているの。私はそれに『思って』いただけ。」


「『俺が見せている?』何言ってるかわからない。じゃ、もうひとつ君の目は見えているのか?」

「私の目は....それも違うの。見ているのは私じゃない。」


「まったく何を言っているのかわからない! とにかく俺に付きまとわない方がいい! 君は厄介なんだ」


彼女の閉じた瞼から涙がこぼれおちる。


「私、やっぱり厄介なんだね。ごめんなさい」


そういうと彼女は白杖を振りながら早足でその場を立ち去った。



**



それから夢の中で彼女の声がすることはなくなった。

だけれど、俺の心の中には風が吹く思いだった。


俺はなぜあの時『厄介』なんて言葉を使ってしまったのだろう。


俺はいつからこうなってしまったのだろうか....


「ええい! もう!! 仕方がないな!」


彼女を探した。

仕事中も車から行き交う人たちに目を凝らした。


仕事が終わると、用もなく笹幡町から初台や明大前まで歩いてみた。

あれほど頻繁に出会ったのに今はまったく見つけることができない。


俺は『体調不良』で会社を長期に渡り休ませてもらった。

別に会社などどうでもいいのだ。

解雇されたらされたで、それでいい。


働かなくても、俺の口座には、なぜか大金が貯金されている。


だがそんなイレギュラーな行動を監視が見逃すはずがない。


「どうした? 調子でも悪いのか?」


さっそくおいでなすった。

監視係の中尾だ。


「調子悪いんです。なんか、こう心がやるせないんだ」


嘘偽りないありのままを言った。


「ほう。今日はなんか素直だな。恋でもしたか?」

「そうかもね」


そんな下世話な冗談に憎まれ口で返す気持ちさえなくなってしまった。


「おいおい、どうしたんだ。お前らしくないな」

「いいからしばらく放っておいてくれないですか? 一人で居たいってあるでしょ?」


「こりゃ、重症だな ....おい、本当に恋の話なら相談のるぞ」


そう言いながら立ち去る中尾。

職務に実直なのか単に人がいいのかわからない。


そんなことより、俺は今、ここにいる。

緑道のベンチだ。


日に数回、あのベンチに足を運んだ。

彼女と俺との共通認識をしている場所だから。


待つこと5日目。


「何で?」

「いや、何ていうか。あの言葉は初対面の人にちょっと乱暴な言葉だったなって....」


「....ありがとう ....それにしても『虹のふもとに君を』って」

「ああ、まぁ、ただここに居るのも暇だったし、この本読んでたら、君に伝わるような気がして」


「うん。わかったよ。あなたがこの本を楽しんで読んでいたから、言葉が見えた。その小説は恋人を『待つ』お話だったね」


そういうと彼女は首を少し傾けながらクスクスと笑顔を見せた。


その笑顔を少しの間ながめていたくなった。


「どうしたの?」

少し黙っていた俺に彼女は問いかけてきた。


「いや、別に、何でもない」


「そう....じゃ、私、行くね。あなたの気持ちうれしかった。それにこんな気味悪い私を『人』と言ってくれてありがとう」

「そ、そんな....『人』だろう! どこをどうみても君は『人』だ」


俺には彼女の言葉があまりにも切なく感じた。

それは俺自身が欲している思いと同じだったからだ。


やさしく少し寂しそうに眉を八の字にして微笑んでいた。


「俺は月人だ。赤根月人。もう知ってるかもしれないけど....」

「私は真心まこ。もう言ったよね」


彼女がそう言うと静かに2人で笑った。


朝の陽ざしは少しずつ強くなったが、このベンチに流れる風だけはやさしく涼しかった。

それはこの桜の葉がつくった日陰のおかげなのだろう。

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