第4話 自分の心の持ちようで世界は変る?

 今回は、スピリチアルでよく言わる”自分の心が変われば、自分をとりまく世界が変わる”という教えについて、個人的な考察を語りたい。


 スピリチアルと聞いて「どうせオカルトだろ?」とか「宗教がかっている」と考える人は少なくないと思うが、ひとまずそういう偏見は抜きで読んで貰えるとありがたい。


 ”自分の心が変われば、自分がとりまく世界が変わる”……まず、この教えが科学的に正しいと思う人は稀であろう。

 「自分が変わったって周囲は変らない」「自分が心を入れ替えたって、悪さをする人が心を入れ替えるなんて事はある訳がない」というのが、現在我々を取り巻く社会で常識的な考え方である。

 が、果たしてそうだろうか?

 例えば仕事仲間で、例えば同じスポーツチームのメンバーで、例えば家族で一人でもイライラしている人が混ざっていたら周囲の者はどうなるだろう?そのイライラが周囲にも伝わって落ち着かなくなるのが常ではないか。

 己の心の内にあるものは、隠そうとしても何らかの形で外に漏れ出てしまう。それは僅かな態度の変化かもしれないし、もっと分かりやすく周囲に当たり散らすのかもしれない。だが多かれ少なかれ、なんらかの形でそれは外に漏れだし、周囲の者に影響を与えてしまう。だから少なくとも自分の周囲の空気を自分の心が変えてしまっているのは確かなのだ。

 では逆に、いつも自分がハッピーでルンルン気分でいたらどうなるだろうか?これはムードメーカーと呼ばれる人物を考えてみればすぐ分かる事だろう。

 つまり、自分を取り巻く空気は、自分自身の心で作る事が可能……言い換えれば、”自分の心が変われば、自分がとりまく世界が変わる”という事なのである。これはオカルトでも宗教でもない。


 では次に”自分の心で変えられるのは、自分の周囲だけなのか?”という事について考えていきたい。

 結論から言えば、それはNOである。自分の周囲にネガティブな集団を作れば、その集団は周囲にある集団にネガティブな思考を伝え、自分の周囲にポジティブな集団を作れば、その集団は周囲にポジティブを振りまく。他所の集団から紛れ込んだ人から他人の悪口を聞かされる事もあれば、心温まる話を聞いて気分が良くなる事もあるだろう。

 例を挙げよう。あなたが”A国は嫌いだ”という考えを周囲に振りまいた、あるいは周囲に同調して”A国は嫌いだ”と吹聴しだしたとする。この場合、あなたの心はその分だけA国と諍いを起こす、また最悪の場合は戦争を起こす方向に世界を傾けてしまう事になる。あなたは周囲の人に影響を与え、あなたの周囲の集団はその更に外にある集団に影響を与えているのだから。


 多くの人は「自分が周囲に与える影響などたかが知れている」と考え、自身の心のありように責任を感じていない。だが、それはとんだ思い違いであると、よく周囲を観察してみればわかる。

 自分で自分を大切にしていなければ、周囲の人も自分の事を大切になどしてくれない。

 自虐すれば卑屈な態度としてそれは現れ、周囲も卑屈な分だけ自分を見下してくる。

 ”自己犠牲だ”などと思って我慢していれば、周囲はもっと我慢して自分達のために犠牲になる事を要求してくる。

 収入や権威の有無が絶対だと自分が信じていれば、周囲も自分の事を収入額や地位でのみ評価するようになる。

 イライラしてればイライラが周囲から返ってくるし、周囲の人間を厳しい目で見てジャッジしてれば、周囲も自分をジャッジして窮屈で窮屈でどうしようもない世界に変わってくる。


 では、どうすれば自分の心をより良い状態にできるのかという話なのだが、これが存外難しい。

 最後に例に挙げた「他人をジャッジメントする」という項目に絞って考えてみよう。

 他人をジャッジしないようにするのならば、まずは他人の良い面を積極的にフォーカスするようにして、ジャッジする材料を探さないように心がける事だろう。

 そして、他人が何をしても許す心構えも必要になる。が、問題は自分がして欲しくない事を他人がしてしまう場合だ。

 これを消化するには、他人の自由を全面的に認めた上で「でも自分は好きじゃないので、彼、あるいは彼の好きでないところからは距離をおきます」というふうに心を操作しなければならない……ならないのだが、実際にやってみるとこれが難しいのだ。

 そして、どうすればうまく心の操作ができるようになるかもスピリチアルの教えに説かれてはいるのだが、これは各人が納得できる教えを探して試してみるしかないだろう。

 なにせスピリチアルの実践論にはオカルト的だったり、宗教的な話も盛り込まれているのだがら、各人がそれ等に対してどこまで受け入れられるかという問題になってしまううえに、僕自身どれが正解なのかを断言できるほど悟れてはいないのだから。


 ちなみにスピリチアルの考え方そのものが不完全で、返って悪化するケースもあると批判する人もいるのだが、 僕の考えではそれもケースバイケースだ。

 スピリチアルで好転する人もいれば、それが合わない人もいるし、万人に有効な方法があるとも思えない。結局は自分に合うものを自分で探すしかないのだが、探す過程で失敗したり苦しんだりした経験も、後々役に立つだろう。これはまだまだ道半ばの僕の経験則である。

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