9日目 川の向こう

歩く。

歩く。

歩く。

小さな川を頼りに、ただ歩く。


“それ”に遭遇することもあったが、ほとんどが動かなかった。

全員同じ方向を向いて。

動かなかった。



朝も昼も夜も、ずっと歩いた。

不思議と足が軽い。何時間でも歩いていられそうな気分だ。

でも彼女は違う。

だから時々休みながら、また歩いた。

申し訳ないという思いが、徐々に強まっていく。

太陽が沈み、辺りがひんやりと静まり返る。


「ひとりでもよかったんだよ」

「…」

「嫌だったんなら、今からでもまだ戻れるし、、」


後ろを振り向くと、二人の足跡が続いている。

大丈夫。この足跡を辿っていけば、まだ戻れるはずだ。

でも彼女は暗い顔をして、ただついてくる。

気まずい空気が流れている。


蝋燭に火をつける。

小さな炎があたたかい。

しばらく歩いていると、砂を踏む足音が一つ途絶えた。


「どうしたの?」

「…」

蝋燭で彼女の顔を照らす。

彼女は下唇を噛みながら、俯いている。

髪が目を隠していた。


「休む?それともどこか具合悪い?」

「………本当に行くの?」

「え?」

「………川の向こうに。本当に行くの?」

「うん」

「どうして?」


どうして?そんなこと自分でもわからない。

ただ、突然できたこの川の先を見てみたいと思った。

川の先にあるのはきっと海だ。

こんなに綺麗なものが流れた先は、もっと綺麗に違いないと思ったからだ。














それだけ?

本当にそれだけなのか?


ただ“見てみたいから”という理由で家を捨てたのか?

ただ“見てみたいから”という理由で今までの生活を捨てたのか?

やっとこの暮らしを好きになり始めていたのに。





「本当にこの先に海があるかなんて、わかんないじゃん」


その通りだ。




「もし海に着いたとして、そこからどうするの?」


わからない。




「………」


ごめん。







ごめん。

と言いたいのに、足が勝手に歩き始める。

彼女はそれを見て何かを諦めたのか、黙って後ろを歩き始める。

猫は彼女の腕の中でスースーと寝息を漏らしていた。




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