8日目 ドアノブ
この家と外の間には、重たく冷たいドアがあった。
それは自分の身を守ってくれる“安心”であり、同時に“殻”でもあった。
まるで外には出さないとでもいうかのように重く、体重をかけて押さないと開かない。そんなドアだった。
女はぶつぶつと文句を言いながら、自分の着替えや缶詰、猫の餌なんかを詰めていく。
もう一つのリュックサックには、水と万年筆と日記。
そして青いロープで作られたボールが入っている。
猫の黄色い目がじっとこちらを見ている。
何か言いたそうな目でこちらを見ている。
大丈夫、わかってるよ。
額をそっと撫でると、猫は目を閉じ膝の上に顔をのせた。
こいつが甘えるなんて珍しいことだった。
女の手は止まっていた。
窓を少しだけ開ける。
暑い風の匂いが鼻をかすめ、部屋の中に入ってくる。
壁に貼っているたくさんの紙がカサカサと音を立てて揺れる。
振り向くと女が玄関で猫を抱えて立っていた。
相変わらず荷物のたくさん入ったリュックサックを背負って。
いつも履いているくたびれた靴を履き、ひんやりとしたドアノブを握る。
力を込めてドアを開けると、やたらと眩しい外の空気がぐわっと襲いかかってくる。
暑い風が女の髪を揺らす。
ドアノブから手を離す。
重たいドアは音を立てながらゆっくり閉まっていく。
部屋が、徐々に見えなくなっていく。
一瞬、自分でもよくわからない感情になった。
全部がどうでもよくて、全部が大切だった。
背負っているリュックサックの軽さが、妙に切なかった。
でも行かなきゃいけない。
この川の向こうに。
強い風が吹いた。
壁に貼っているたくさんの紙が、まるで手を振っているようにみえた。
重たいドアが閉まる。
深呼吸をして振り返る。
少し離れたところで女が猫を抱えながら立っていた。
なぜだろう。彼女も僕と同じような顔をしていた。
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