【前半】5日目 鳴き声

「に”ゃーお”」


今まで鳴いたことのない猫が鳴いた。

それまでベッドで横になっていた男は、勢いよく起き上がる。

心臓の音がうるさい。

血の気が引いて、頭がうまく働かない。


猫はじっと玄関を見ている。

忘れかけていた恐怖が、底から湧き上がってくる。


雲に隠れていた月が顔を出し、窓から光が差し込む。

壁には多くのメモが貼り付けられている。

そのメモは昔男が調べていた“それ”に関するものだった。

“それ”はよくある映画のように人を襲ったりはしない。

ただ歩き、朽ち果てるだけだ。

男は今まで何体も解体してきた。だから間違いない。

そして、ある日男は共通点に気づいた。と同時に調べることをやめた。

特に理由はない。無駄だと分かっただけだ。

最後に書いたメモは下半分が破られていた。


男は以降むやみに“それ”に近づこうとしなかった。

知らないのは怖い。

でも、男にとっては知ることの方が怖かった。


とにかく家の前に来ていようと、特に問題はない。

このまま眠ってしまえばいいだけの話だ。


「に”ゃーお”」


もう一度、猫が鳴いた。

今度は、爪でドアを引っ掻く。


「おいで」


猫はまたドアを引っ掻く。


「外は明日連れてってやるから。ほら」


猫はまたドアを引っ掻く。

男は諦めて布団を頭から被り、目を閉じる。











コンコン



ノックが聞こえる。

ドアがひとりでに開く。




月の光に照らされていたのは、不貞腐れた顔をした、あの女だった。


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