2日目 万年筆
男には、ずっと大切にしているものがあった。
赤色の万年筆だ。
ところどころに金の装飾がついていて、手に持つとひんやりと冷たく
ずっしりと重い。
いつから持っているのか。誰から貰ったのか。
いや、もしかしたら自分で買ったのかもしれない。
それくらい前から。
とにかくこの万年筆だけは大切にしている。
そんな男には唯一、趣味といえるものがあった。
日記だ。
短いけれど、毎日きちんと書いていた。
人が“それ”になった日から毎日、毎日。
代わり映えの無い今日を生きたいと思えるように。
男が日記を開く。
今日は何を書こうか。
久々に雨が降って、猫と一緒に身体を洗った話でも書こうか。
猫はひどく嫌がっていて、何度も腕を引っ掻かれた。
誰のおかげで生きていると思っているんだろう。
猫は自分の場所だとでもいうかのように、男のベッドの真ん中で眠っている。
「ふー」
男は大きく息をつく。
万年筆をいじりながら文章を頭の中で組み立てる。
だめだ。頭が回らない。
男はゆっくりと日記をめくる。
日記にはくだらない内容ばかりが並んでいた。
崩壊した街を歩き回った日のこと
なんとか暮らせそうな家を見つけた日のこと
久しぶりに生の野菜を食べて泣いた日のこと
そして、一匹の黒猫と出会った日のこと。
その日の日記だけはいつもよりも長く、いつもよりも筆圧が強かった。
男はゆっくりと万年筆の蓋を外した。
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