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【しかしながら依然解決していない問題がある。それはウォランス家の当主。その問題を話し合う為に、ウォランス家からキャルティック家へ嫁されたクロエ・キャルティック様とフィンリー様の妹君でありウォランス家からアルディラン家へ嫁されたエヴィ・アルディラン様、お二人の旦那様であり両家の現当主であるアティカス・キャルティック様とサイラス・アルディラン様、フィンリー様の義兄でありオフィーリア様の兄そしてフォーマルハウト家の現当主でもあるディラン・フォーマルハウト様はウォランス家に集いご夕食を囲まれた】
「お坊ちゃま。落とした物をご自分で拾ってはいけません。すぐに私どもが交換させていただきますので少々お待ちください」
「真琴、厳し過ぎだよ」
すると頬を膨らませ不貞腐れたようにそう仰るお坊ちゃま。そのお顔でさえ愛らしい。
だがどんなに愛らしくとも手を抜くことは出来ない。これも全ていずれ当主となるお坊ちゃまの為。
「大変申し訳ございません。ですが大切な事ですのでどうかご辛抱下さい」
「もぅ。しょうがないなぁ」
「お坊ちゃまはお優しいのですね」
「まぁね!」
朝食が終われば午前の予定が始まる。お坊ちゃまは主にお勉強だ(午前は基本的に復習)。私は、朝の清掃で着ていたメイド服へ着替えお坊ちゃまの寝室や自室などの清掃。時折、お坊ちゃまへお飲み物を運んだりもする(この時に分からない箇所などをお教えする)。またこの時は清掃をした服でお坊ちゃまの元へ行ってはいけない。そしてお昼が近づけばしっかり服を着替えキッチンへ。
午前の予定が済むとお坊ちゃまをお迎えしダイニングにて昼食。実は、手を抜かないと言いつつも昼食だけはテーブルマナーに関して見逃してる部分が多々ある。午前のお勉強を頑張り午後にもうひと頑張りするお坊ちゃまには少しばかり気を抜いて休憩して欲しいからだ。
そして午後になるとお坊ちゃまは曜日ごとの先生を迎え音楽であったり、マナーであったり、ダンスであったりと様々なお勉強。
この屋敷へ出入りする人間は最小限に限られており出入りの際は私が責任を持って出迎え見送りをすることになっている。
一方、私は先生に任せている間に曜日ごとの清掃だ。浴場であったり窓ふきであったり洗濯であったり(基本的に洗濯物はあまり出ないので週に一~二で間に合う)。だがもし曜日の掃除であっても別日に汚れを見つければ直ちに掃除し常に清潔を保つ。故に私は屋敷内を歩きながらも隅々にまで目を光らせ些細な汚れでさえ見逃さない。
【その話し合いの結果、次期当主であるアーサー様が当主としてウォランス家を担えるようになるまで、この三家を中心とした同盟が組まれウォランス家を支える事となった】
夕方になると武道の先生がお見えなり私も一緒に武道場へ(先生が来られない日は僭越ながら私がお相手をさせて頂く)。基本的に武道のお勉強には私も参加させてもらってる。武内先生はお年こそ召していらっしゃるが、武の腕は相当なもの。基本的には先生が直接指導されるのだが、私がお坊ちゃまのお相手をさせて頂き先生がそれを見ながらご指導される場合もある。
先生に何度倒されても立ち上がり武に取り組むお坊ちゃまの姿はとても勇敢なものだ。
「真琴。こっちへ」
息の上がったお坊ちゃまへ水分補給とタオルを渡していた時だった。先生はそう仰られ自分の目の前へ私を呼んだ。それに従い先生の前へ足を運ぶ。
「ひとつ。手合わせをしよう」
「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
私は深く頭を下げた。
時折、先生は直接私へご指導くださる時がある。先生のような武を磨き上げている方とお手合わせ出来るのはとても喜ばしい事だ。
頭を上げると私は手早く構え、先生もゆっくりと身構えた。
お互いにピクリとも動かなかったが既に始まっている事は分かる。流石、という言葉以外見つからないほどに隙が無い。何も起きぬまま秒針だけが歩みを進めていく。
すると先生が(気を使ってくれたのか)先に動き始めた。その一突き、一振り。全てが力強く、鋭く、切れがある。少しでも気を抜けばガードをすり抜け私の体へ己の甘さを痛みとして伝えるだろう。
私は先生の動きの全てに集中した。
だが当然ながら私も受け身ばかりではない。それは失礼というものだ。例え些細な隙だとしても見逃ささず、確実に利用出来るようにしなければならない。実践ではその小さな要因でさえ勝敗を分けるのだから。つまり生死が掛かってる。
しかしながら先生はとてもお年を召しているとは思えない反射速度で私の反撃を的確に防いでいく。それでいて透かさず反撃を試みるのだから頭が上がらない。
そしてそれは私の拳と先生の拳が同時に互いの眼前で寸止めとなったところで終わった。私は体に両手を着け最初同様に深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。あなたにはいつも驚かされる。まだ若いという事を差し引いても驚異的だ。余程、良い師に教えを貰ったと見える」
「いえ。先生には敵いません。先生のご尽力によりお坊ちゃまは日に日に逞しくなられております」
「それは喜ばしい限りというもの。――ではアーサー様。また次回までに鍛錬を怠らぬようお願いいたします。とはいえ、彼女が付いているので心配はないかと思いますが」
先生がそう言うとお坊ちゃまは立ち上がり私同様に頭を下げた。
「ありがとうございました」
それに対して先生も頭を下げて返す。
「こちらこそ。では私はこれで」
「ありがとうございました」
私は最後に深く頭を下げた。
そしてお坊ちゃまの方へ体を向ける。
「ではお坊ちゃま。まずはお体をお流し致しましょう」
「うん!」
それからお坊ちゃまと共に浴場へ向かうと私はその小さくも逞しいお背中をお流しさせて頂き湯舟に浸かるまでお手伝いをしたのち一度、外へ。この屋敷の湯舟は三十七~三十九度に設定されておりお坊ちゃまは約二十分浸かられる。その二十分の間に武道のある日、私は自室へ戻り汗を流す。手早く済ませ、時間が余れば夕食の準備を始める。
そして二十分経てば浴場へ行き、タオルを持ってお坊ちゃまに時間を知らせるのだ。お客様が来られる場合は黒いハーフパンツと白いシャツに伸びるサスペンダーという服装を着て頂くのだが、そうでない日は比較的ラフな格好をしてもらう(お坊ちゃまもその方が良いと仰ってたので)。
お風呂が終わるとお坊ちゃまのご希望に沿い娯楽室や図書室、寝室へお連れし私は引き続きご夕食の準備。それが済むとお坊ちゃまをお呼びしてご夕食となる。
「お坊ちゃま。お魚はもう少し綺麗に食べられるようにしましょうか」
「はーい」
お坊ちゃまはまだ骨付き魚を食べるのが苦手なようだ。どうしても散らかってします。私としてはその苦戦する姿すら微笑ましいのだが、このまま成長してしまってはいずれお客様の前で恥をかいてしまう。だから今のうちに直さなければ。
「真琴の作るご飯はいっつも美味しいくてボク大好き!」
不意にそう満面の笑みを浮かべたお坊ちゃま。私はこれから骨の付いた魚の食べ方をお教えしようとしたが、つい嬉々としながら面映さを感じてしまい今日はいいかと思ってしまった。
「そうですか……ありがとうございます。そう言っていただき、大変嬉しく思います」
もしこれが指導を避ける為のお世辞だとしたらそれはそれでお坊ちゃまの当主としての成長を感じてしまう。そうじゃないとしたらそれはそれでシンプルに嬉しい事だ。
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