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 ご夕食が終わるとご就寝までの間、お坊ちゃまはご自由に過ごされる。チェスやビリヤード、カードなどの娯楽兼お勉強のお相手をさせて頂くことも多い。

 この日はチェスをご所望だったので娯楽室にてお相手をさせて頂いた。


「チェックメイトです。お坊ちゃま」

「もう一回」


 一応、これもお勉強の一環ということで基本的には手は抜かない。だがお坊ちゃまのモチベーションも大事なのでその天秤を大きく傾けぬように時折、ギリギリで負ける事もある。


「はい! ボクのチェックメイト!」

「流石です。お坊ちゃま」

「真琴がどうしてもって言うならもう一回やってもいいよ?」

「ではもう一戦。お相手よろしくお願いいたします」


 でも私は別に悔しさなどない。むしろお坊ちゃまの自信に喜びと満ちた表情をこんなにも目の前で見えれるだけで幸福さえ感じる。

 そんな風に食後を過ごした後は、二十一時にご就寝。寝室へと行かれたお坊ちゃまがパジャマへとお着換えするのをお手伝いするのと共にご就寝のご準備をお手伝いし、羽毛布団をお掛けするまでが仕事だ。


「ねぇ。絵本呼んで」


 もちろん、お坊ちゃまが望めばお眠りになるまでご一緒するのも絵本を読ませて頂くのも仕事の内。いや、仕事でなくともさせて頂く。


「かしこまりました」


 それから私が失礼ながらお坊ちゃまのお隣へ横にならせていただき絵本を読んでいると、いつの間にかお坊ちゃまは(体を動かした疲れもあるのだろう)すっかり眠り付いていた。

 私はそれを確認すると物音ひとつ立てずにベッドを降り明りを消し、寝室を後にする。

 それからまずキッチンへ行き、洗い物と簡単な掃除を済ませる。それから武道場を使用した日は簡単な清掃をしたりとやり残したことをこなし自室へと戻りシャワーを浴びるのだ。

 寝る準備が整えば日誌を記入しベッドで明日に備える。


         * * * * *


 お坊ちゃまと初めてお会いしたその日。主であるお方とご挨拶を交わさせて頂いた私へお坊ちゃまをこの屋敷までお連れしたディラン・フォーマルハウト様はこう仰られた。


「アーサーは私の甥でありウォランス家の次期当主だ。どんな理由であっても失敗は許されない。もしアーサーがウォランス家の当主となれなければそれはお前の死を意味することになる。分かっているな」

「はい。重々承知しております」

「では気は抜くな。それと何かあれば報告する相手は分かっているな?」

「はい」

「よし。これからアーサーを頼んだ」

「お任せください」



         * * * * *



【しかしこのウォランス家が弱体化した一世一代のチャンスを物にしようと企む者も少なくない。その事を重々承知していた彼らはアーサー様の身の安全に対し細心の注意を払った。アーサー様が当主となるその日まで安全な場所で暮らせるように手配を整えたのだ。そしてその屋敷でアーサー様のお世話役を担ったのが私である】



 深夜。何時かは分からない。

 私は異変に気が付き目を覚ました。数秒、ベッドの中で耳を澄ませてみる。

 すると微かだが物音がひとつ。この屋敷を――お坊ちゃまを守る身としてこの異変と些細な音を聞き逃す訳にはいかない。

 私はすぐさまベッドから出ると傍らの棚上からクナイを取り出し数本は体に忍ばせ一本は握り締めた。そのまま出ようかと思ったが流石にこの格好のまま歩くのはと思いガウンを一枚羽織る。

 そして手始めに自室前の廊下を確認。誰もいない。その事を確認すると静かに部屋を出て、屋敷内を見回ろうと物音を立てぬように進む(いるかもしれない侵入者に気づかれぬようというのもあるが、何よりお坊ちゃまへの配慮だ)。



 暫く歩き続け、やっぱりあれは私の勘違いかとホッと胸を下ろしかけたその時。人の気配を感じた私は近くの部屋に隠れた。それから気づかれぬようにそっと廊下を確認する。

 そこには拳銃を手に持った男が複数人、ハンドサインでコミュニケーションを取りながら一つずつ部屋を確認していっていた。先頭の二人が部屋に入り残りが先へ進み部屋を確認し終えた者が後ろに合流。

 それを確認した私はそっとドアを閉めた。



 しばらくして静かすぎる部屋に微かに軋む音を立てドアが開く。銃を構えながら二人の男は手慣れた動きで侵入、進行した。声は出さず足音さえ最小限にする男たち。

 私は壁際に置いてあった甲冑の置物の裏で息を潜めていた。そして後方の男が前を通り過ぎようとしたその時。私は素早くだが音は出さずに後ろから男の喉にクナイを走らせた。声にならない声を上げその場に倒れる男。

 そしてその音で後ろを振り返ったもう一人の男は、倒れる仲間を目にした途端、警戒を限界まで高め辺りを見回した。だがその時には既に男の後ろを取っていた私にあっという間に捕まった。喉へ血が一滴溢れる程にクナイを押し付け口を手で覆う。


「目的は?」

「……」


 少し手を緩め話せるようにしたが無言の男に、私はクナイを喉から離すと容赦なく腿へ突き刺した。透かさず押さえ付けた手の中で男の叫声が暴れ回る。

 それが落ち着くともう一度、喉へクナイを押し付けた。


「目的は?」

「……ガキだ」

「人数は?」

「十五」

「誰が雇ったの?」

「俺は知らない」


 その言葉の直後、男は血を垂れ流しながら床に倒れた。


「あと十三」


 このような汚らわしい者共にお坊ちゃまへ指一歩触れされせてはいけない。私の中にはその強い想いがあった。

 そして少し強くクナイを握り締めた私は部屋を後にしようともう一つのドアへ足を進めた。

 だがまるでタイミングを見計らったかのように直前で突然ドアが開き、仲間の男が一人現れた。中々出てこない仲間を心配でもしたんだろう。

 しかし心のどこかでは何事も無いと思っていたのか、私とバッタリ出会った男は驚きのあまり声すら出さず硬直状態。でも私もお坊ちゃまの安全を考えていた所為で吃驚とし一瞬、固まってしまった。自ずと始まった反応勝負。

 男より一歩素早く動き出した私は、まず手に握っていた銃をもぎ取るように弾き飛ばし無防備になった男を部屋へ引きずり込みドアを静かに閉めた。直後、透かさず反撃してきた男の拳を受け止めると、ほぼ同時にひと蹴りで片膝を着かせ蟀谷にクナイを一突き。

 男の動きが止まり腕がだらりと落ちるとクナイを抜き倒れていく体を背にドアへ向かった。


「あと十二」

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