13.桜吹雪


コンコン、とノックの音がしてドアが開く。

この館の主人、こと座のベガが、ガラスのポットとカップを銀色のお盆に乗せて立っていた。


ポットの隣には、焼きたてのスコーン。

色とりどりのジャムが添えられている。

少女のお腹がグウと鳴った。


「お腹がすいたでしょう?一緒に食べましょう。」


元気よく頷いてお盆をベガからもらい、部屋に招き入れる。よく見ると、カップの数が3つ。


ややあって、少女を天界につれてきた金髪の青年が駆けこんできた。

2度目の名付けの儀式が終わった後、姿が見えないと思っていたがどうしていたのだろうか。


「ごめんごめん、ちょっと用があって。」

金髪をワシワシとかきながら、プロキオンが笑う。

彼がいると、その場がパッと明るくなったように感じる。まるで、お日様みたいだ。


どうぞ、とソファを勧め、カップにお茶を注ぐ。

うす黄色の液体と柔らかな香りが心地いい。

こちらに来て最初に飲んだ、カモミールのハーブティーだった。


「良かったわねえ、その名前よく似合ってる。」

ベガがニコニコと声をかけると、くすぐったそうに新しい星になった少女が微笑んだ。


一時はどうなることかと思ったが無事に星になれて良かった。これもプロキオンのおかげだ。


「先輩、ありがとうございます。」

素直に感謝を伝えると、プロキオンの顔が蕾が開くような笑顔に変わった。


やはり、この顔に弱い。


敵わないんだよなァと焼きたてのスコーンを口いっぱいに頬張りながら、頼りないようで、とても頼り甲斐のある先輩をじっくり眺めた。


「僕の顔に、何かついてる?」

「なんでもないでふ。」


スコーンをハーブティで流し込む。

やっとお腹が落ち着いた。


「そういえば、先輩どこ行ってたんですか?」

「ああ、えと、ちょっとね」


なんだか歯切れが悪い。

もごもごと口ごもるプロキオンの隣に、ベガが体をくっつけるようにして座った。

顔がにやついている。


「早く渡せばいいのに。」

「ねえ!ばあちゃん!!」


仲の良い祖母と孫のように、ベガがプロキオンをからかう。後輩の前では先生と呼んではいるが、普段は砕けた口調なのだろう。

その様子を新人の星がほほえましく見守る。


ベガに押し出されるようにして、プロキオンが小さな袋を差し出した。


「これ、無事に星になれました記念。

……おめでとう、スピカ。」


スピカ、と呼ばれた少女は驚きと照れで顔を真っ赤にし、思いがけないプレゼントを受け取った。


不器用にとめられた犬の足跡型のシールを剥がすと、中からコロンと耳飾りが現れる。


パールと桜色のローズクオーツがあしらわれた、大ぶりのイヤリングだ。


「うっそ……」

「スピカって、真珠星っていうんだって。だから…」

「ありがとうございます!!!すっごいすっごい大事にします!転生しても大事にします!」


プロキオンの言葉を遮り、スピカが目に涙をためながら何度も頭を下げる。

この1日で何度も涙を流したかわからない。

だが、これは今までとは全く違う涙だった。


「つけてみたら?」

ベガの言葉にこくりと頷くと、スピカは真珠のイヤリングを丁寧に両耳に着けた。


もう一度、窓ガラスで自分の姿を確認する。

うん、悪くない。特に、耳元が。


窓ガラスの前で嬉しそうに耳を触る少女に、こいぬ座の一等星プロキオンが笑顔で手を差し出した。


「おとめ座α、67番。スピカ。

これから、よろしくね。」


スピカの頬が桜色に染まる。

冬の雪が溶けて春になるように、『かざはな』は桜吹雪に変わった。

地上では、校庭のソメイヨシノが満開を迎えていた。


春の盛りが、やってくる。


おわり

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春には真珠の耳飾りを 草野冴月 @horizon_kusano

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