12.満開


「ああーーーーつっっかれたあああァーー!」


再度名付けの儀式を終え、新しい星になった少女がベッドにボフンと倒れこむ。


天井に向かって伸ばした自分の腕が、新品の服に包まれていることを思い出し、少女がいそいそと立ち上がった。


真っ白な星の衣装に身を包んだ姿を窓のガラスに写し、くるっと回る。

軽やかなシフォンのスカートの裾がふんわりと空気を含んで舞い上がった。


「……天才か……。」

衣装の製作者、うみへび座のアルファルドがいる南の空に向かって手を合わせて拝む。


地上にいるときは、シフォンのスカートなど自分のキャラに合わないと思って履いたことはなかったのだが、窓に映った自分を観察してみた限り、大変よく似合っているように見える。


今は研修生(トレーニーと呼ぶらしい)なので、ブラウスとスカートのみ着用しているが、こと座の館での研修を終え、北の空へ正式に配属されるとベストをもらえるらしい。


襟元に、桜の花のピンバッチを着けたいとお願いをして、ここに戻ってきたのが10分ほど前。風花は、やっと星になれたのだ。



 2度目の名付けの儀式は、全く滞りなく終了した。


風花がおとめ座の一等星を希望すると、先日と同じようにカノープスがその名を呼称し、天球儀が光って夜空と同じ形のおとめ座が、空中に浮かび上がった。


天球儀から浮かび上がったおとめ座は、今度は崩れることなく、一番明るい星が風花の胸に吸い込まれた。


胸の奥に一瞬冷たさがあり、まるで氷が溶けていくように身体中に透明感が伝わる。


その不思議な感覚が消えたとき、情報として聞いていただけだった天界の様々な知識が、実感を持って体に染み込んでいるのを感じた。


これが『星になる』ということなのだろう。


手元には、自分の名前が書かれた日誌がある。

それをぎゅっと、大切に胸の中に抱えた。



 1度目の名づけの儀式の後、天界は少々荒れたらしい。

フォーマルハウトは寝込み、アルデバランは新しい星を迎えることを渋ったようだが、カノープスとベガが関係各所に説教を行い、何とか再度名付けの儀式を迎えることができたのだ。


思えば、死んでからここに至るまでが長かった。

プロキオンに連れられ、この世界に来たのが遠い昔のことのように思える。


わけもわからず希望したおおいぬ座の一等星の名前。

その星になることを拒まれ、散々泣いたけれど、もうその名に未練はない。

風花には、プロキオンが考えてくれた、とっておきの名前が付いたのだから。


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