8.七分咲き(南の空)

「何なんだ全く!」


南の空の執務室に、荒々しい声がこだまする。

ドスンと大きな音を立てて革張りの椅子に腰かけたのは、先ほどまで名づけの儀式に出席していたアルデバランである。


奥のアトリエで衣装制作に没頭していたアルファルドが、音を聞きつけて顔をのぞかせた。


「どうしたんです?あれ、風花ちゃんは?」


上司の方を見ると、いつも険しい顔がもっと険しくなっていた。

儀式の最中に何かあったのだろう。

アルデバランが1人で帰ってきたのが、まぎれもない証拠である。


 アルファルドが作る衣装は、所属する星座のモチーフが取り入れられている。

衣装の雰囲気は人によって好みが分かれるため、名前が決まった新しい星と打ち合わせをするのが慣例なのだ。


「……あの小娘、シリウスを希望しおった。」

 アルデバランが苦々しい声を出す。


なるほど、それで機嫌が悪いのかとアルファルドは納得した。

冬の大三角は、アルデバランにとって鬼門なのだ。


大三角の一角であったオリオン座のベテルギウスは、彼と同期の重鎮であり、アルファルドの兄弟子でもあった。


そのベテルギウスが大罪を犯し、魂ごと消えてなくなるという罰を受けたのは5年前。そして、その3年後にはベテルギウスの弟子であった、おおいぬ座のシリウスが謎の失踪を遂げた。


二つの名前からは光が消え、冬の大三角で天界に残るのはプロキオンのみとなった。

あれからずっと、アルデバランの眉間の皺が消えることは無い。


「それで、シリウスになったんですか?」


いや、と話しはじめた内容を聞き、アルファルドの顔に驚愕の色が浮かび上がる。

星になってからもう15年以上経つが、名づけの儀式で星座が崩れたなどという話は聞いたことがなかった。


『シリウス』はいわくつきの星であることは間違いない。

しかし、星が名前の継承を拒否するなどということがあり得るのだろうか?


「……座が空いていない?」

ぽつ、と浮上した仮説を振り払うようにアルデバランが首を振る。


それならば、おおいぬ座の一等星には、名前に光が灯っているはずだ。

シリウスの失踪に、何らかの原因があるのだろうが今はそれを知る術はない。


「あの、バカ犬が。」

絞り出すようにつぶやいた声には、悲しさと悔しさがにじんでいた。


彼が、シリウスを気に入っていたことをアルファルドは知っている。

そして、この場での慰めが何の効力もないことも。

作りかけの衣装に目をやり、ため息をつく。


星に名を拒まれた少女は大丈夫だろうか。

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