7.七分咲き(北の空)
ミルキーウェイ。
夏、北の空を流れる天の川の別名である。
新しく星になった魂が最初に過ごすのは、天の川のほとりにある、こと座の館だった。新人の星は館の主から、必要最低限の天界の知識と魂の回収任務の基礎を学ぶ。
とはいえ、星になったばかりの魂はまだ現世への未練が強く、己の運命を嘆いてしまうことが多い。
そんな魂たちを優しく受け止め、癒していくのもこの館の主の仕事であった。
「遅いわねえ、こいぬちゃん何してるのかしら?」
館のバルコニーでゆっくりをお茶をすするのは、こと座の一等星ベガ。七夕の織姫星として親しまれる星であり、この館の主人である。
柔らかな白髪交じりの髪をゆったりと一つにくくり、物憂げな表情を浮かべてため息をつく。
白雪のような着物を締める帯は、まるで天の川のように長く尾を引いている。
久しぶりに新しい星を迎えることになったからと、はりきって用意したお茶とスコーンはすっかり冷めてしまった。
普段なら、名づけの儀式を終えた魂がアルファルドと衣装の打ち合わせをし、緊張した面持ちでここにやってくるまでに半日もかからないはずだ。
何かあったのかしらねえ、と大きめの独り言をつぶやきながら館の主は3杯目の紅茶をカップに注いだ。
「ベガ先生!」
聞き覚えのある元気な、歳の割には高めの声を耳にし、ベガの口元が綻ぶ。
待ち人が来たようだ。
「すみません、遅くなっちゃって。ちょっといろいろありまして…」
くすんだ金色の髪がぴょこぴょこと揺れる。
こいぬ座という名前が、これ程似合う見た目の人間が他にいるだろうか。
彼が星になった頃、初めてここで会った時は、無理して元気に振る舞っているようだった。
研修中も生前の様子を全く話そうとしない彼を、少々心配しながら送り出したのが、まるで昨日のことのように思い出される。
けれど、北の空で良い仲間に出会い成長をしたのだろう。左肩についたマントが頼もしい。
彼が転生の希望を取り消し、マントをもらってから2年が経つ。
プロキオンが慕っていた先輩が、ある日突然失踪したのが今から2年前。
星がほとんどいなくなってしまった北の空で、それでも笑顔を絶やさずにプロキオンが頑張っていたことを、ベガは知っている。その歳月が彼を大人にしたのだと考えると、少し切ない気持ちになった。
「ベガ先生?」
しばらく考えに耽っていたベガを、不思議に思ったプロキオンが覗き込む。
ああ、ごめんなさいね!と思考を戻し、ベガは新しい星に意識を向けた。
「その子が、新しい子?」
プロキオンの背中越しに見える少女に声をかける。
5年ほど前に満期を迎え、転生していったオリオン座の女の子によく似た雰囲気を持つ活発そうな子だった。
「はじめまして、私はベガ、こと座の3番。
あなたの先生になるのよ。あなたのお名前は?」
星として受け継いだ名を問う。
すると、少女の目に大粒の涙が溢れ出した。
あわあわとプロキオンが慌てだす。
よく見ると、彼女は星の日誌を持っていない。
星は、名前と共に日誌を受け継ぐ。
日誌は『星』として天に従事している証拠のようなものだ。
星として生きた日々を記録し、魂の浄化を行う。星になった魂が転生を迎えた時には天に返され、また次にその名前をもらう魂に継承される。
それが大昔から繰り返されてきた、この世界のルールだった。
「ねえ、ベカ先生。星が拒否することってありえるんですか?」
不安そうな顔で、プロキオンが尋ねる。
「私、名前もらえなかったんです。」
大きな目を真っ赤に腫らしながら、名無しの星になった少女、蓮見 風花がぽつぽつと話し出した。
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