4.五分咲き

天は北極星であるポラリスが統治する、現世とは別の世界である。


ポラリスの直轄地である北の空では魂の回収を、カノープスが指揮する南の空では天界の調整任務を行っている。


『星』を管理し、無事に次の人生に送り出すのが務めである南天には、自身は転生を取りやめ、永続的に天に従事する選択をしたものが多い。




眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな顔をして大量の書類に目を通しているアルデバランもまた、転生を希望しない星の一つだった。


アルデバランはおうし座に所属する一等星で、軍人のような風貌をした大男である。見た目通りの堅物であるが、星としてのキャリアはカノープスに次いで長く、この世界を熟知している。


「今度は女か。」


ため息交じりに漏らす声の先では、利発そうな青年が白い布と格闘していた。


「17歳なんですって、とても素直で元気な子だとお師匠様からお聞きしていますよ。」


布の山の向こうから、凛とした声が聞こえる。

声の主は、うみへび座の一等星アルファルド。南天でカノープスの秘書をしながら星の衣装を仕立てる職人である。


片眼鏡がよく似合う端正な顔立ちの青年は、シフォン生地の布を広げて満足げに頷いた。


「軽やかなスカートにしようか、活発な子ならお師匠様と同じようなパンツスタイルにするか、どちらがいいと思います?」

「どちらでも構わん。着用できれば問題ないだろう」

「駄目ですよ。女の子にとって、洋服は重要です。時には武器にもなるんですよ。」


武器、と聞いてアルデバランが姿勢を正す。

なるほど寄越してみろなどと言いながら、先ほどとは似ても似つかない真剣な表情で、デザイン画を物色し始めた。



我が兄弟子ながら、わかりやすい人だなあとアルファルドが苦笑いを浮かべていると、ドアの向こうからけたたましい足音が聞こえてきた。


誰かななどと考える暇もなく、バァン!!というド派手な音とともに執務室のドアが開かれる。


「まだこちらにおいででしたか、マスター・アルデバラン。そろそろ新人が到着するので、南十字までお越しくださいと申し上げたはずですが!!」


よく通る声と仰々しい物言いに驚いて振り返るアルファルドの目に、みなみのうお座に位置する一等星フォーマルハウトが、ずかずかと飛び込んできた。


彼は南天で星の名前を管理する『ガーディアン』という位についている星で、変わり者だが仕事はできるという、良し悪しを判断しにくい評価がついて回る存在である。


「すぐ行く。」


デザイン画から目をあげずに答えるアルデバランの前で、盛大なため息をつき、フォーマルハウトが歌う様に文句を述べる。

なかなか止まないぼやきのさえずりに嫌気がさしてきたのか、眉間の皺をもっと深くしてアルデバランが重い腰を上げた。



「……いってくる。」

「お気をつけて、良い名前が決まりますように。」


渋々出て行った上司を執務室から見送り、布の山に意識を戻す。


星になるということは、現世では満足な人生を送ることができなかったことと等しい。それならばせめて、こちらで身に纏う衣装は満足のいくものを渡してあげたいのだ。


「さ、はじめようかな!」


うみへび座の仕立屋が開店した。

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