風呂

次の日。

目が覚めると、僕の布団の中には、瞳が一緒に入っていた。

ベッドの中に潜り込んでいた彼女は、僕の首に腕を巻きつけながら、すやすやと眠っていた。

僕はゆっくりと体を上げる。

僕は今、お父さんとお母さんの寝室で寝ていた。

いや、正確には、ここは、もうお父さんとお母さんの部屋なんじゃない。

ここは、もう僕の部屋で、お父さんとお母さんには必要のないものだから、せっかくだから僕が貰ったんだ。

彼女、瞳も、それなりの部屋は用意してある。

瞳には、元々の瞳の部屋があり、彼女は其処で眠っていた筈だけど、何故か僕の寝ている部屋に忍び込んで来たらしい。

仕方が無い子だ。

けど、そういえば、家族と言うものは一緒になって眠る事があると聞く。

ならば、彼女は一番家族らしい事をしているのではないのだろうか。

僕はそう思って、彼女の頭を軽く撫でて、部屋から出ようとする。

時間は朝五時頃だ。もうじき、六時になるぎりぎりの時間だけど。

随分と早く目が覚めたらしい。


僕が起きて、時計を確認している。

そして六時になった時、扉が開かれる。


「おはようございます。旦那様」


そう言って、黒髪の、犬耳を生やす彼女が顔を出して来た。


「…あぁ、ご主人様、もう既に、起床されていましたか」


しゅんと、少し悲しそうな表情を浮かべる彼女は、そう言いながら僕の元へと近づいて来る。


「うん、今日はなんだか、早く目が覚めてしまったからね、けど、ありがとう。大体この時間帯に起こして貰えれば良いから」


僕はそう言って彼女に感謝の言葉を伝える。

くろは僕の方てと近づいてきて、胴回りに手を回すと、ゆっくりと僕をベッドから起き上げる。


「でしたら、このまま、お風呂で、お体でも洗いましょう。朝起きてからのお風呂は、なんとも気持ち良いものですよ」


朝風呂か。

なんて贅沢な響きなのだろう。

僕には、シャワーしか許されていない。

しかも、時間制限付きで、たったの三分間だけだ。

朝からお湯を沸かして、それに浸る事が出来るなんて、とても嬉しい事だ。


「いいね、そうしよう」


僕はくろの意見に同意した。

するとくろは、はあはあと息を漏らして、僕を強く抱き締める。

顔は赤く紅潮としていて、目には、なんだか、淡い色を帯びていた。


「でしたら、この私が、ご主人様のお背中を流します…良いですよね?よろしいですね?ねぇ、ご主人様」


とても興奮している様子だ。

彼女と一緒にお風呂に入るのは止めた方が良いかもしれない。

僕は、彼女の拘束を解いて一人風呂場へと向かう。


「体を洗うのなら、瞳にしてあげてよ」


僕は、一人。

風呂を満喫する事にした。


準備を整える。

僕はこのまま、学校へと向かう事にする。

朝食は豪勢だった。

くろが作ってくれた食事は、なんだか現代には不慣れな、まさに昔話に出て来る様な食事だったけど、味は美味しかった。

僕が作るよりも、はるかに上等な代物で、僕のお腹と心を満たしてくれた。

その状態で、僕は満足感を得ながら学校へと向かう。


「いってらっしゃいませ、ご主人様」


くろはそう言って僕に軽く手を振ってくれる。

瞳は、くろの腕の中だった。


「真純ぃ…真純ィ」


僕を切なそうな表情で呼んでくる。

けれど仕方が無い。

このまま彼女を野放しにしてしまえば、きっと、僕の居る学校に意地でもついてくるだろうから。

だから、仕方が無いから、瞳はくろと一緒に居て貰う。


僕は二人の視線を感じながら学校へと向かう。

何時もとは違う朝だったけど、次からは、いつも通りの学校生活が始まるだろう。

校舎へと入る。教室の中では、なんだかお通夜の様な空気が流れていた。

僕の机は…良かった。ある。

それに、落書きもされていない。引き出しの中も、特別、何かされている様子じゃなかった。


僕は椅子に座って、教科書を取り出す。

誰も、僕に対して嫌そうな視線を浮かべているけど、直接、何かしてこようとはしていない。

そのおかげで、この時間は、僕は有意義に次の時間の勉強の予習をする事が出来た。

なんとも不思議な事だ。


武之内くんは、一体何をしているのだろうか、と僕は武之内くんの方に顔を向ける。

大抵は、武之内くんが中心になって僕をイジメて来るから、武之内くんが何もしない、と言う事は無かった。

けれど、今日。武之内くんの姿は全然見えなかった。

どうかしたのだろうか、もしかすれば、体調不良だったのだろうか。

若干の心配を帯びながらも、やはり、彼が居ないと授業が進み、そして、僕は誰にも邪魔されずに学校生活を満喫する。

周囲の空気は以前淀んでいるけど、それでも僕にとっては勉強がしやすい環境だった。


昼休みの時間。

僕はバッグの中から弁当箱を取り出す。

この弁当箱は、朝、くろが作ってくれたものだ。

弁当箱を取り出した時、丁度その時。


「おい、平人」


そんな声が聞こえて来る。

顔を上げると、教室の傍から、僕を呼んでいる男子生徒がいた。


「ちょっと来い」


そう言われて、僕は弁当箱を広げたまま、机から立ち上がり、その男子生徒の方へと向かう。

男子生徒は、僕が来ると、段々と嫌そうな表情を浮かべていた。


「なんですか?」


「いいから来い」


そう無理矢理、僕はその男子生徒に連れられる…けれど、結論から言ってしまえば、僕は何もされなかった。

ただ、校舎を一周された。

そして解放されたのだけど、一体、なんだったんだろうか。

僕は教室に戻り、くろが用意してくれた弁当を食べるのだった。


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