くろの独断行動
「どうでしょうかご主人様」
着物と割烹着を着込んだ彼女が、左右に体を揺らしながら僕に着物姿を見せつけて来る。
彼女の姿は、黒髪と相まってよく似合っていた。
「うん。似合っているよ」
僕は、心に思った事を素直に彼女に告げる事にする。
すると、彼女は嬉しそうに表情を悦ばせながら、頷いて僕の方に近寄って来た。
「うぅぅ…うい、やああっ」
しかし、彼女が僕に近づいてくると、決まって瞳が邪魔をしてくる。
そんなに彼女の事が嫌なのだろうか、と僕は残念に思った。
「瞳、彼女はもう、敵とかじゃないんだ。同じ家族なんだよ。だから、何時までもそんなにいがんじゃ駄目だよ」
僕は、彼女にそう言って窘めた。
そうすると、彼女は一応は言う事を聞いて僕の背中に回り込んでくるけど、僕の見えない所で、くろに対して牙を剥いているのが分かった。
「その様な顔をしなくても…私は、貴方を傷つけたりはしませんよ」
そう言って、くろが微笑んだ。
しかし、その表情は陰が差し込んでいた。言葉では簡単に言えるが、やはり、化け物同士では何かと相いれない所でもあるのだろう。
そんな事を考えながら、僕は今後どうするか考える。
今日はもう遅い、そろそろ、明日に備えて寝ておかないと。
明日からまた学校だ。だから、早寝早起きが重要だ。
こんな遅い時間にまで起きていて、朝早く起きれるかどうか心配だった。
「どうかなさいましたか?ご主人様」
くろが僕の顔を見ながらそう聞いて来た。
どうやら、彼女は僕の考えていた事を察したらしい。
僕は素直に、彼女に僕の秘中を言う事にした。
「朝早く起きれるか、心配、と言う事ですか」
でしたら、と。
くろが自らの胸をとん、と拳で叩いて胸を突きあげた。
「ご主人様が早く起きれる様に、私が声を掛けましょう。朝になれば、起こせばよいのですね?」
と、彼女がそう言った。
僕を起こしてくれるなんて、なんてありがたいのだろうか。
「ありがとう、くろ」
僕は彼女に感謝の言葉を口にした。
そうすると、彼女は首を左右に振っていいえ、と答える。
「私の命は既に、ご主人様の為にあるのです。ですから、ご主人様のお悩みは、全てこのくろが受けましょう…全ては、旦那様の為にです」
と、目を細めて、何処か、獲物を狙う獣の様な表情をした。
そして、僕は彼女の言葉に対して首を横にする。
「今、なんて」
「あ、間違えました…はい、全てはご主人様の為です」
また、笑顔を顔に張り付けて、彼女は本心を隠した。
何処か、発情している獣の様な表情が、ちらちらと見えている様な気がした。
…さて。
ご主人様がご就寝なさいました。
これによって、私は自由時間を得る事になりました。
ご主人様のお守り役は、口惜しいですが、あの外神人外に任せる事にしましょう。
早速私は、玄関から外に出る。
そして、未だ暗い空に向けて飛び出す。
地面を蹴って、私の体は宙へと向かい、そして住宅街の屋根へと着地してまた蹴り飛ぶ。
これを繰り返して、私はある場所へと向かう事にした。
そのある場所とは、私が封印されている最中に聞いていた話。
あの、私を封印した憎き老婆と会話をしていた男…武之内と言ったか。
あの男と、少々話をしなければならない。
そう思いながら、私は、あの男から放つ臭いを追って、夜を駆けだす。
そして、向かった先はある一軒家。
ここに、あの武之内と言う男の臭いが濃く感じて来る。
私は早速、家の中へと入り込む事にした。
「…な、なんだああ!?」
大きな声が聞こえて来る。
どうやら、私が玄関を無理に破壊したおかげで、大きな音が立ててしまった。
その音に気が付いて、家の中の人間が起きた、と言った所でしょうか。
早速、私は目覚めた男の元へを向かい出す。
パジャマを着ている、白髪染めをした男がベッドの中から私を見ていた。
部屋の中は、何か、小うるさい音が聞こえて来る。
「だ、誰だ」
武之内と言う男は、暗闇の中、私が誰なのか分からないと言った様子で、その様に聞いて来る。
「章枝珠子は私が殺した」
そう言うと、暗闇の中で押し黙る武之内。
そして、携帯電話が鳴り出して、それに出る武之内は、ゆっくりとした口調で言う。
「すいません、誤作動です…はい、警備員は、大丈夫です…はい、申し訳ありません」
と。そう言った。
この小煩い音は、この男が鳴らしていたのだろう。
しばらくして音が止まる。武之内と言う男は暗闇の中から会話をしてくる。
「…章枝さんが死んだ…お前は誰だ?」
「私は、章枝珠子に眠る式神の一人です。故あって章枝珠子を殺し、契約を切りました…そして、お前の元に来たのは、これから警告をする為です」
武之内にそう言う。
この男のしでかした事は、全て水晶に眠っていた時から聞いている。
ご主人様を迫害したこの男、それは決して許せる事ではない。
けれど、ご主人様と喋って分かった事がある。あの人が欲しているのは日常だ。
私がここで町の全員を殺してしまえば、ご主人様の願いは叶わない。
だから、ご主人様の為に、この憎悪を押し止めて会話をする。
「外神人外と、章枝珠子の式神である私は、平人真純の配下となった。彼に危害を加えるのは止めなさい…でなければ、この町は酷い事になるでしょう」
脅す。
武之内は答えない。
「貴方が何を考えているのか知りませんが、ご主人様に危害が加わればどうなるか、試してみますか?」
私はそれだけを伝えた。
何処か空気が変わった、恐怖の様なものを感じているらしい。
「警告はしました…では、今日の所はこれにて…二度目が無い事を祈ります」
それだけ残して、私は、ご主人様の元に戻る。
これを伝えれば、ご主人様はきっと私をお褒めになるでしょう。
しかし、それはしない。そうしてしまえば、造られた日常だと、ご主人様の脳裏に浮かんでしまう。
多少、日常が変わっても、疑問を浮かべる程度で良いのだ。
だから私は、この事はご主人様に言うつもりは無かった。
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