名前をつける
僕はこの黒髪の女性を家に迎え入れる事にする。
けど、それに反対だったのは、なんという事か、瞳だった。
「うぅぅううぅう」
唸り声をあげながら僕の体にしがみつく彼女。
どうやら、僕はこの女性に虜になって、取られてしまうとでも思っているのかも知れない。
しかし、今度は犬耳を生やす女性の方が、僕の腕を掴んで引っ張り寄せる。
「ご主人様、この子は危険です…私と同じ土地神、元々はタタリとして封じられた恐るべき存在です…それに加えて人間の臭いも致します…皮を被っていますねこれは…早く、離れた方が良いです」
そう言って、僕を瞳から遠ざけようとするので、僕は黒髪の女性の手を強引に解いた。
あ、と切なそうな表情をする黒髪の女性だが、そんな事はどうでも良かった。
「彼女は僕の大切な妹だ。それを離れた方が良いだって?キミにそんな事を言われる筋合いはないよ」
僕はそう言った。
その言葉に、彼女は表情を蒼褪めて、コンクリートの地面に頭を擦り付ける。
土下座をしていた。
「も、申し訳ありません、出過ぎた台詞をッ…ご主人様の身を案じた故の無礼をお許しください…何卒、何卒ッ」
震えている。
どうしてそんなに身を震わせているのか。
もしかして、僕が怖いのだろうか。
そんなに怖がらなくても、僕は何もしないのに…。
いや、もしかしたら、捨てられるのを怖がっているのだろうか。
彼女はずっと、お婆さんに使われてきたと言っていた。
そこから人に使われる事に対して慣れて来て、一人になるのが嫌だから、とか。
いや、お婆さんの話は違うかも知れない、けど。
少なくとも、彼女が怖がるとしたら、それは孤独かもしれない。
僕も孤独は少し堪えるから分かる様な気がした。
だから僕は、彼女に対して、手を指し伸ばす。
「いいよ。これからは、僕も、キミも、瞳も、同じ家族だ。だから、悪く思うのはやめよう」
そう言って僕は黒髪の女性の頭を撫でる。
撫でる際に、彼女の頭部に映える耳が掌に当たった。耳、硬いな。
僕が撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。
「あ…ありがとうございます、ご主人様、ありがとうございます。ありがとうございます…」
そう言って、歓喜を過らせる表情を僕に見せた。
瞳は、不満げにしていた。唇を噛んで、僕と、黒髪の女性の方を睨んでいる。
僕は、そんな寂しそうな表情をする瞳にも、頭を撫でる事にした。
「む。う、うぅぅ」
不満な声が漏れるものの、悪い気はしないらしい。
彼女の中の不満が消えるのも時間の問題だろう。
「あ、そうだ、キミ、なんていう名前なんだっけ?」
「私、ですか?私の名前はつむ」
「いやいや、そうじゃない、名前と聞いて人間とは答えないよ。僕には平人真純と言う名前があるように、きみにも、そんな名前があるだろ?」
いつまでも、頭の中で黒髪の女性と呼称し続けるわけにもいかないからね。
「…でしたら、ご主人様が、私に名前を下さい」
僕が名前を付けろって言うのか。
名前かぁ…じゃあ直感で決めるか。
「くろ。キミはくろだ」
黒色の髪をした女性だからくろ。
なんとも安直な名前だった。
それでも彼女は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「嬉しいです…ご主人様」
くろは、そう言った。
嬉しいのなら、まあ、良い事だな。
僕はそう思った。
僕は家に戻る。
家に戻ると暗闇は綺麗になくなっていた。
特に代わり映えしない家の中に入ると、早速僕はお父さんたちの居た寝室へと入る。
くろの衣服をどうにかしないと。
くろは現在、僕の衣服を着込んでいて、シャツに全裸と言う格好だ。
なので僕は、彼女の服を見繕う為に、お母さんが使っていたクローゼットを探る。
「あ、通帳だ」
途中で、僕はお父さんとお母さんが使っているであろう通帳を発見した。
僕は早速、通帳の中身を確認していくと、通帳には、二千万と言う数字が刻まれていた。
「凄いな」
二千万円。
これはかなりのお金じゃないだろうか。
これ程のお金を、どうすれば貯める事が出来るのだろうか、なんて考えながらも、僕は一先ず通帳を置いて、くろの為に衣服を探す事に注力した。
「ご主人様、此方の衣服は?」
そう言って、くろがタンスの中から取り出したのは着物だった。
着物に、割烹着、このふたつを、彼女は手に持っている。
「それを使うの?」
僕は少し否定的だった。
着物って、結構着こなすのは難しいと聞いている。
まだ人間になって久しい彼女には、少し扱い辛いんじゃないんだろうか。
「ご心配ありません、私、昔はこういった衣服を着ていましたので」
と彼女は自信満々にそう言った。
昔、と聞いて、僕は彼女に聞き返す。
「昔って、何時の話?」
僕の言葉に、彼女は笑みを張り付けたまま口を閉ざす。
なんだ、少しだけ気になるな。
僕は彼女の方へと詰め寄って、何年前の話なのか、お願いする。
「知りたいんだ。教えてよ」
しどろもどろと言った具合で、視線を左右に動かしているくろ。
ついに観念したのだろう、溜息を吐くと、彼女は答えてくれた
「えぇと、確か、三百年程、前でしょうか?」
三百年前。
なんという途方の無い数字だろうか。
僕が生まれていない頃だから、なんとなく、ピンと来ない。
「あ、あの、ご主人様…私、かなり年増と思われますが、実際は封印されていた期間があるので、そこまで歳はいってないのです…あの、だから」
だから、と。彼女は目を潤ませながら。
「決して、老婆ではありません」
と、念を押して来た。
そう言われても、別に気にしていないけど。
「まあ、キミが老婆と思わないで欲しいと言うのなら、僕は思ったりなんかしないよ」
別に、そう思った所で、彼女と言う存在が何か変わる筈もあるまい。
僕らはもう家族だ。家族がどんな存在であろうとも、その縁が切れる事は絶対にありえない。
「どんなキミでも、僕は家族として接するよ」
だから安心して欲しいと、僕は言った。
「ご主人様」
嬉しそうに犬耳を左右に震わせるくろ。
さて、彼女は一人で着物が着れるらしいので、僕はリビングに戻る事にした。
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