化け物の無慈悲な殺害

お父さんが部屋に入ってくると化け物を見た。


「お…おおお!!来たぁああ!!」


そして嬉しそうに表情を歪ませる。

父さんは両手を広げて歓迎する様に大いに笑った。


「土地神、外神人外様、どうぞ、その供物を戴きなさいませ、そして、願わくば私の願いを叶え下さい!」


化け物を敬い、媚びへつらいながら、お父さんは敬語で大きい声を荒げる。

しかし化け物はお父さんに話しかけられたせいか機嫌そうな表情をしていた。


「おまぇ…くさい…く、さいいいいい!!」


臭い。

何が臭うと言うのだろうか。

化け物は父さんに牙を剥き出しにする。

その時点で、父さんは何かがおかしいと感じ取ったのか。

顔を強張らせて後退しようとする。


化け物は大きく手を広げた。

車なんて余裕で掴める程に大きな手だ。

それを、お父さんに向けて振り下ろす。

誰にでも分かる、攻撃だ。

お父さんは、逃げようと走った。


「くさい、くさぃいいいい!!」


だけど、化け物の腕の方が早い。

お父さんは、化け物に叩かれた。

ぶちりと、音が聞こえる。

叩かれた衝撃で、足の骨が砕けて、皮膚から骨が見えている。

大きく膨らんだお腹は、先程の一撃で破裂し、内臓が見えた。

どうやら、先程の音は、お腹が破裂した音らしい。


「ぎ、いッ!ち、違ッ、く、供物はそいつッ!わ、たしじゃッ!」


「くさい、くさぃ、くさぃ、くさぁいいいいいいい!!!」


何度も化け物はお父さんを叩き潰した。

人間の原型は崩れていき、地面には、赤い絨毯の様に、部屋中に血しぶきが飛び散った。

お父さんだったものは肉片になって散らばっていた。

まるで果物をミキサーでグチャグチャにしたような状態。

生暖かいものが僕の足に付着した。周囲に広がるお父さんの血。


「ああ…」


死んでしまった。

こんなにも簡単に、お父さんは殺されてしまった。


「うううう、嫌い、あれ嫌いいいい…」


僕の方へ顔を向ける化け物。

父さんの血が付いた手を広げて、僕の方へと寄ってくる。


「これ、すきぃぃ」


ご機嫌な声色で、僕の方に寄って来る化け物。

僕の視界には、無惨な姿となった父さんしか目に入らない。


お父さん。

養子として僕を迎え来れた人。

けど僕に、何も興味がなかったのだろう。

それでも僕には拾ってくれた恩は感じている。

僕がご飯を食べられるのも、雨風をしのげる場所を提供してくれたのも、僕が着ているこの学生服を買ってくれたのも、全部はお父さんに僕に施してくれたから。


「すき、すきぃいぃ」


「…近寄るなよ」


僕の冷めた口調に、化物はたじろいだ。

拒絶された事を理解しているのか、カマキリのような鳴き声が聞こえてくる。

怒っているんだろうか。


「化け物め」


殺されても構わない。

ただ、言いたい事だけを僕は口にする。


「ばけ、ばけぇ…うぅううぅうう」


化け物はうわ言のように呟くと。

僕の部屋から飛び出していく。

化け物が階段を上っていく。

僕はそれを追いかける。


一階からは激しい音と甲高い悲鳴が聞こえてくる。

若々しい女性の声だ、階段を上って廊下へと出る。。


たりはまだ暗くて電気を点けてないから薄暗い。

僕は廊下を歩く。

少し離れた先にはお母さんが壁にもたれかかっていた。


「…お母さん」


僕は向かっていき、お母さんの肩を抱く。


「ひゅぅうぅう、ひゅぅぅぅぅ」


お母さんは風の様な呼吸をしていた。

どうやら首が折れているらしい。

お母さんは目や鼻から血を流しながら、俺の頭を見て唇を震わせていた。

何か喋っているような気がするけど、何を言っているのかよく分からない。


僕は、お母さんを置いて周囲を見渡す。

化け物が近くに居るかもしれない。


「…」


廊下を歩く。

何かびちょびちょとした音が聞こえてきた。

歩き、前に進み、人影が見える。

床は赤色だった。

血の海だ。

その中心に彼女は座っていた。

…妹だ。


血の繋がっていない妹が血の海の上に座っていた。

気配に感付いたのか、僕の方に顔を向ける。

彼女の首には赤い線が出来ていて、そこから血が流れていた。


彼女はゆっくりと、僕に手を向けて大きく広げる。

それはまるで抱きしめてほしいとジェスチャーしているようだった。

怖いのだろうか、そう思った僕は彼女の元へと向かいそして恐る恐ると手を伸ばす。


化け物がどこにもいない以上、まだ生きている妹を、どうにかして彼女をこの家から逃さなければならないとそう思った。


彼女は僕の体を優しく抱きしめる。

そこで彼女の力に対してどこか違和感を覚えた。

その違和感は先ほど感じた掌と似ている。


僕は察した。

妹の体が冷たい。

おじいちゃんの死後と一緒だった。

僕は彼女の顔を見た。

嬉しそうに頬を吊り上げている彼女は口を開いた。


「すきぃ…すきいいいぃい…」


その言葉がたどたどしい。

生まれたばかりの子供がしゃべる言葉のようだ。


僕は、この血の海がなんであるか。

お母さんのものでは無ければ、妹の血だ。

けれど、妹は無事だ…けど、何処か様子がおかしい。


「…お前は、誰だ?」


聞いた所で意味はない。

化け物は、妹の皮膚を剥ぎ取って着込んでいた。


「すきぃ…すぅ、き、すき、…スき、好き…好きぃ」


妹の皮が馴染んで来たのか。

彼女は次第に、人間らしい口調と言葉で僕に好意的な言葉を口にし出す。


頭の中で様々な疑問が浮かび上がる。

なぜ僕の家族を殺したのだろうか。

どうして化け物は唐突に僕の元に訪れたのか。

どうして妹を殺して、その体を乗っ取ったのか。

何故、家族を殺したのに、僕の体は治したのか。

数々の疑問が浮かび上がるが、しかし僕の心の中は平穏だった。

本当なら家族を殺された時点で泣くのが普通の人間だろう。

けど僕の感情は不変であり、涙どころか恨みの言葉一つ、彼女に罵る事は無かった。


「好き、…あう、好きぃ」


猫の様に甘えて来る彼女。

僕はこのままどうなってしまうのだろうぁ。

…もしかしたら、彼女が甘えて来るのは、化け物の嗜好なのかもしれない。

人間の姿に変身して、安心しきったところに化け物が人間を食べる、なんていう話はよくあることだ。


その為に、僕の妹に化けた、と言う可能性もある。

…僕はこのまま殺されてしまう。

家族と同じように、無惨に殺される。

けれど恐怖は感じない。

このまま家族と同じように惨殺されるのも悪くはないと思う自分が居る。

家族と同じ殺害と言われれば、まるで僕も、家族の一員の様になるかも知れないから。


それはとても素敵な事だ。

なら、殺されるのも、悪くはないかも知れない。


「ん~…」


だけど、僕の思いとは裏腹に、化け物はいつまでも、僕を食べようとはしなかった。

ずっと僕も温もりを確かめるように肌を密着させている。

次第に化け物が冷たかった体はだんだんと暖かくなっていく。

僕と同じ人肌の温度となった。


彼女は動きを抱きしめたままほっぺに頬ずりする。

猫の様な仕草だ。

…もしかしたら、彼女は僕を食べないのだろうか。

しかし、どうして僕だけ、殺さないのだろうか。

なぜ僕だけが生き残ってしまったののだろうか。謎は深まるばかりだ。


取り合えずは…この化け物が僕を食べない確証が欲しかった。

僕は人差し指を彼女を前に突き出した。

化け物が僕を喰らうつもりならば、この指を食べるかも知れない。

すると彼女は僕の指をじっと見つめていて口を開くと共に彼女は僕の指を食べた。


「う…」


やっぱり食べる気なのか…そう思ったけど指は全然、痛くない。


「ぺろっ…んちゅ…ちゅぅ…」


それどころか舌先を使って僕の指をアイスキャンディーのように舐めていた。


「しゅきぃ…しゅひ、しゅひ…ちゅっ…き、っ…」


何度も何度も繰り返して僕に好意的な言葉を口にする化け物。

多分…その時点で彼女は僕に対する敵意など持ち合わせていないのだろう。


「…そっか」


だったら僕は、彼女の頭を撫でた。

ここまで好意を以て接するのならば…僕は彼女を追求しない。

もしも、それが目的で、油断して僕を殺そうとしても…それでもいい。

ただ…彼女は、僕の両親と妹を殺した存在だ。

言うなれば復讐相手だ、そんな彼女を、僕は許せるのだろうか。

そう考えて、両親たちの顔を思い浮かべて。


「…まあ、いいか」


自分でも驚くほどにあっさりとした言葉だった。

今の両親達が死んでしまったのは、最早仕方のない事だと思って割り切ろう。

その代わりに…僕は新しい家族を見る事が出来たのだから。


「あ…でも、どうしよう」


家族だったものの遺体、掃除するのが面倒だなぁ。

そんな事を考えて、僕は新しい妹を軽く抱き締めた。

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