生贄の準備




いよいよ帰宅の時間だ。

早く家に帰って、家事をしないと…また、お母さんに怒られてしまう。

学校から出ようとした。

けど、その時、僕に話しかけてくる人がいた。

黒髪で清廉潔白そうな同じクラスの女子生徒だった。


「平人くん、話があるんだけど」


表情を赤らめながらクラスメイトはそう言ってきた。

学校でいじめられてる僕に何の用があるのか。

何か嫌な予感を感じながらも僕は彼女と共に歩いていく。

学校から離れて、僕は彼女の後ろを着いていく。


僕を連れて何をするのだろうか。

夕焼けのオレンジ色の光がコンクリートに溶け込んで僕と彼女の影を作り出していた。

そして地面を向きながら歩いていた僕は不意に後ろから迫ってくる影に気がついた。


後ろを振り向くと同時に、僕の顔面に固い感触が伝わる。

額が割れて頭から血が流れ出す。

そのまま僕は壁に背を向けた。


意識が朦朧としていて頭を殴られた為か、うまく立ち上がることができない。

僕は自らの頭を殴った犯人を確認する。

その男は口元にバンダナを巻いていてよく確認できなかったが、目元は、武之内くんにそっくりだった。

バットを振り上げて何度も何度も殴りつけてくる。


「死ねッ!死ねぇ!!」


興奮しているのか、僕は滅多打ちにされる。

それを止めたのは、彼女だった。


「駄目よこれ以上、供物の役割が無くなっちゃうわ」


そう言って、武之内くんを止める女子生徒。

僕は、うっすらとした意識で、彼女たちを見る。

…二人は抱き合っていた、どうやら、恋人であるらしい。


「もう一度殴ってみるか」


「これ以上は死ぬって」


武之内くんがバットを振り上げて最後の一撃を喰らわそうとしていたが。


「キミたち、何をしているんだ!!」


という声が響いた。

それは巡回中の警察あった。

警察の声に驚いた二人はその場から逃げ出してしまう。

なんとか殺されずに済んだ。

そう思った僕だけど…警察の人は僕を見るや否や「あぁ…こいつか」と蔑んだような声を漏らして言う。


警察は仕方なく僕の体を持ち上げるとそのまま僕の家へと運び出した。

そして警察の人は僕を玄関前に置くと嫌悪感をむき出しにして言う。


「さっさと死んで貢献しろよ餓鬼」


その言葉だけ残して警察は離れていった。

すでに虫の息だった僕は、玄関先で息を整える。


しばらくして、お父さんが帰って来た。

僕を発見すると今にでも死にそうな、僕の襟首を掴んだ。


「やっと供物らしくなったな…長かったぞ」


そのまま地下室へと引きずっていく。

地下の部屋へと放り込まれる。


そして父さんは俺に一言も入れることなく扉を閉ざした。

…確かにお父さんは笑っていたような気がした。




…男は黒電話使い連絡を入れる。

連絡先はこの町の市長に向けてだった。


「一年、熟成させ続けた甲斐がありました、これで外神人外とがみじんがい様もお喜びになります、あとはただ待つのみですよ」


その男は、平人の性を持つ男性だった。

平人真純の義理の父であり、彼は、息子に見せる事の無い笑みを浮かべる。


『外神人外様が、あの供物を気に入れば、私たちの町は向こう10年は安泰するでしょう…』


電話先の市長がそう言った。

その言葉に対して、初めて、義理の父は顔を顰める。


「しかし心配です…義理の息子、生贄とは言え、外神人外様が供物を所望しなければ、殺し損です。そうなれば…紙面上の関係を持つ私は、殺人容疑で捕まるのではないのかと」


その心配事は、何処までも、息子に対してではなく、自分自身の保身に対してだった。


『心配することはありません。この町の警察も我々の味方です。死んでしまったとしても、蜥蜴しっぽ切りなんて言う事はいたしませんよ』


市長はそう言って、安心させる。

既に、町は一丸となって、平人真純を陥れる準備をしていた。


『長い期間の間、精神的かつ、肉体的、その両方の心身を痛めつけることによって肉体は生贄としての準備を始める。そして心身ともに限界を迎えた時、そこで生贄を瀕死にさせる事で外神人外様にとって最上級の供物となる』


外神人外と呼ばれる土地神。

糧を与える事で、町に幸福を齎す、その風習は現代まで続いている。


『彼を生贄に捧げる為に、町の皆さまが頑張ってきました。全員の人たちに大いなる祝福を期待出来るでしょう』


最後に、市長はそう言った。

最後まで、平人真純は蚊帳の外だった。




平人真純は地下で夢を見る。

それは、彼が平人家に引き取られる前の記憶。

彼は祖父と過ごしていた。誰も居ない山奥で二人過ごしていた。

老人は布団で休んでいる、寿命が近く、もうじき死ぬのだ。

死ぬ寸前に、老人は、自らの血筋に伝える。


『真純…お前には特別な力がある…それを、人に使ってはならない…』


老人は誰かの為に使えとは言わなかった。

その約束を、平人真純は今も守り続けている。




其処で、僕は目を覚ます。

いつも通りの部屋の中。

その中は、なんだか、空気が違った。

部屋の中に、何かが潜んでいるような感覚だ。


「…」


天井を見上げる。

暗いけど…何かが、僕の方を見ていた。


「…」


あれは…化け物、なのだろうか。

何かが、僕の方へと延びていく。

枯れ木のような手が、僕の頭部を掴んだ。


「…ああ」


殺されるんだ、と思った。

僕は大人しく目を瞑る。

せめて痛みなく殺してほしいと願った。


散々な人生だったけど…これで終わりだ。

そう思い、僕は安堵を覚えた、けど。

僕は、死んでいない。

その手は、僕を握りつぶすどころか柔らかく優しく、そして愛でるように撫でている。


僕は痛みで意識が遠のきそうな状態で目を開く。

僕を撫でる化け物はどこか嬉しそうに口元を歪ませていた。

もごもごと 枕で口元を押さえながらしゃべるかのような声が聞こえてくる。


「ぃ、き、こえ、すき、すきぃぃ」


その言葉は、僕に好意でも持っているのか、化け物は何度も何度もオウムが覚えたかの様な言葉を連呼している。


三日月型の口が開き、そこから、長くて、細くて、とにかく多い、蚯蚓の群れの様なピンク色の触手が、ぼくの口の中へと入っていく。

ぬるり、ぬるりと、体の中を廻る…ずきずきと痛む体が、だんだんと鎮まる。

何をしているのか…そう思った時、化物は、僕の口から触手を離した。


「ッ、けほッ」


僕は、喉を抑えて咳き込んだ。

化物は、何か警戒をしている様で、扉の方を見詰めている。

上から、音が聞こえて来る。

多分父さんが何か異変をを感じ取ったのだろう。

一階から階段を下りる音が聞こえてくる。

そして、扉を開けて父さんが顔を出した。



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