四つ葉 秋が立つ。ひぐらし、色を探す
8/8
ツリーハウスに住む人間が死ぬより、木の寿命の方がよっぽど長い。それは個人の話で、街全体でそれをするなら時に逆転する可能性がある。森の中をくり抜くような町は、木の一つ一つに家が建ち、それら全てが空中にぶら下がる吊り橋で繋がっていた。いつか来る終わりを信じていないようだった。
「ようこそ、木組みの町へ」
ツリーハウスへと登る大きな階段の前にいた人にそう言われて登る。木に宿と書かれた建物へ入る。内装も全て木が使われていた。
黒猫も部屋に着いてきた。全て木なので外に行く必要が無いと言った。部屋の中には小さなテレビが備え付けてあった。黒猫につけてよ、と言われたので台に貼り付けてあった起動方法を見ながら起動する。ニュース番組しか無かった。
8/9
今日は黒猫に起こされた。火事で家が全焼したニュースが流れていた。どうやらつけたまま眠っていたみたいだ。
「これってここも危ないんじゃないの?」
簡単に全焼するようならとっくに全て無くなっているだろう。
もうすぐ儀式がおわるから、そろそろ何を願うか決めておきなよ。そう言われて、この儀式が願いを1つ叶える物だったと思い出した。
「もちろん、ここまで頑張ったのは君だからね。取引ってやつさ。ただ、僕も全能じゃない。もし願いが無いなら、そのクローバーが君の記憶を覗いて願いを叶える。その時に覚えていて欲しいことがある。『願いを叶える』ということはなにも得るだけじゃない。減らす事で叶うことだってあるのさ」
そう言って黒猫は悪魔みたいな笑顔をして言った。
「『両親』の記憶とかね」
黒猫の後ろのニュース番組では、家屋から重傷者の女性が病院に搬送された事が挙げられていた。
「8月の31日。それが儀式の期限だ」
8/10
やることがないので図書館にいった。何を読んだか覚えていない。黒猫はあの日から顔を見せなくなった。
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こうして私は旅に出た。かつての聖人がしたように、様々な場所へ赴こうと思った。本に習って聖人の行動をなぞるためだったが、同時に死ぬ前に少しでも本当の世界を見てみたかった。自分が神様の使いではない世界を。
しかし、普通でない人は、普通では居られない。黒猫は私にそう言っているみたいだった。
8/11
図書館に行くこともしなくなった。逃げるように部屋にこもる。もしも。もしも私の願いが叶えるに値しない物なのだとしたら? そんな考えが頭を過ぎる。そんなことばかりを考えていた。
8/12
日だけ過ぎていく。何かが足りないのか。それとも足りないものが多すぎるのか。
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過ごしている内にわかったことがある。全ての身分やしがらみを捨てた私はどうやら鼻つまみものである、ということだ。少し前にも書いた気がするが、私のような見えている地雷を踏み抜こうとする人は居ない。怪奇であれ心配であれ、私に積極的に関わろうとする人が居なくなったのだ。あの家にいた頃は、我先に私と関わろうと考えている人が多かった。いや、私にでは無くフィールに。
8/13
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以前フィールに狂ったように関わろうとする人が多かったことと、誰にも見られず、関わられない今とを考えた時に、昔読んだ本の中にあった。消費期限という概念を思い出した。どんな物も劣化していき、最後には食べられなくなって腐敗する。腐敗した物に触るのは捨てなければならない人や、そういうことを気にせず食べる物好きだけだ。
8/14
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村に行く時も、シェルターに連れられた時も、黒猫には悪いことをしている思いがあった。それも今考えると説明がつく。本来ならば関わらなくて良かった私に出会ってしまったばかりにわざわざ私に着いてこなくてはならなくなった。本当ならすぐにでも離れたいであろう私に。しかもよりによって私の望みは、叶える価値のない物だ。
8/15
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私の価値は、ほとんどフィールに取られてしまった。私の人生の消費期限は、きっと長くない。なんなら、もう終わってしまっているかも。
8/16
久しぶりに図書館へ行った。部屋とは違う木の匂いがした。茜さす日を日傘で遮る。和歌の本だった。『和歌とは』から始まるその本は、風景と心情を重ねる。綺麗な言葉ばかりが並んでいた。頭に入ってこなかった。
8/17
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夏は足が早い。ズボラな私にはついていけないスピードで走り去っていく。食べ物も、飲み物も、ゴミも、そして人も。宿泊施設にあった冷蔵庫は、永続に保存出来るものなどないことを思い出させてくれた。
8/18
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だからだ。だから私は日記を書いた。死んだ時、きっと誰かが私の道筋をみてくれる。心に何かを感じてくれる。
だから私の心情はいらないと思った。腐りゆく私に価値はなくとも、残った何かには、きっとなにか価値が。
8/19
あと少しだ。どうせならと図書館に行った。
小さい図書館でしか行かなかった、絵本の列に辿り着いていた。
かと言って、特に見るものも無い。気まぐれで行動するべきでもない、そう考えていた。
その時だった。頭のどこかに残っている母の影が、数え切れないほどの絵本の中から1冊を手に取る姿を確かに見た。私は迷うことなく真似るようにその絵本を取った。
その本は、どんな小さな子供でも読めるように一切漢字が使われていない。内容も単純で、誰でも理解出来る。ただ、失敗した子供に親が。間違っていた親に子供が。それでも
「愛している」
と伝えるだけの本だ。
聞いたこともないその言葉が、どうしても頭にこびりついていた。
8/20
やっとわかった。
8/21
一日の全てを使って、私の中の記憶を書き出す。ひとつでも多く、日記の余白を埋める。抜け落ちていく前に。
街を出る。少し急げば、間に合うかもしれない。間に合わなくても、仕方ない。
「逃げる気?」
黒猫はちゃんと私を見てくれているようで、また着いてきた。
いいえ、最後まで一緒ですよ。
目指すのは、私が始まった場所。
8/22
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「私たちは皆平等で、神は私たちの為を思って試練を与える」
「神はいつも私たちを見守っていて、必ず助けてくれる」
父がいつも言っていた言葉だ。
教典で語られていたその言葉はとても耳障りがよく、神の存在はいかにも全知全能で本当に助けてくれそうだと思うには十分な雰囲気を纏っていた。
だけど、言葉はいつも穴が空いていて、いつの間にかその中身がどこかへ行ってしまう。
いただきますがただの食事の合図になってしまったり、誕生日おめでとうがパーティーの開催文句になってしまったり。形だけになってしまう。
だからそんな言葉はどうでもよかった。そんな救いは、どうでもよかったんだよ、お父さん。
8/23
かくたびに、なにも出きなくなる。それでもかきつける。あるく。立ち止まっているひまはない。ビルのまちで、いろんなところに手がみをかく。名まえしかきいてこなかったから、とどくかも分からない。それでもかく。ここまでついてきてくれたことばだけが、わたしを示してくれる。
8/24
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フィール。私になぜこんな名前が着いたのか。今までずっと分からなかったし、知る気もなかった。ただ、今ならわかる。言葉には必ず意味がある。
「あなたには、ただ感じたままの綺麗な世界を見て欲しいの」
feel。私の感じた世界は汚くても、フィールには、綺麗な言葉が詰まっていた。
8/25
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1番初め。私の生まれた木の一軒家には何も無かった。私が行きたい所に行くお金も、きっと迫害されるであろう私を守る場所も、それを変えるだけの地位も。
8/26
日にちも余白も、あと少ししかない。村をすぎる。ただ、もう見つかった。私の旅は、もうすぐ終わる。
8/27
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「言葉なんて形だけだよ」
私の考えは結局の所父母の言葉と思想、それと本の知識の合成品でしかない。
だから分かる。途中で止まれなかっただけで、初めは本当に尊かったのだ。言葉が形だけになるのは、消費期限が切れた後なのだから。
8/28
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でも、その上で思う。私が欲しかったのは、お金でも場所でも地位でもない。他の人なんて、本当にどうでもよかった。
8/29
分かれ道。左は黒猫のいた街や、そこまでの村などが並んでいる道。それらを全てほっといて、1番大きな街へと行く。迷いなく右へ。
8/30
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だって、間違っているのは私だ。こんな狭い所で育った子供に、正解が見つけられるはずがない。正解が見つけられない私に与えたところで、何も生まれない。正解なのは、絶対にみんなの方だ。分かりきったことなんてどうでもいい。だから欲しかった。言葉が欲しかった。綺麗な言葉だけを知りたかった。求めている言葉は今も、喉の真下に沈んだままだ。
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