三つ葉 大きな夏。小さな人を飲む

7/23


 思ったよりも街に近付いていたようだ。周辺警護をしている人に起こされて、身元不明の児童として車で連れていかれてしまった。黒猫はいつの間にか居なくなっていた。

 入った街は、大きくて高い建物がズラズラと建ち並んでいた。その中の一際大きな建物に入れられた。なんであんな場所に居たのか、親はどうしたのか、色んなことを聞かれた。旅をしてきた、親は分からないと言ったら「ふざけないでくれ」と言われた。

 小説家の顔が浮かんだが、向こうとは何かが違った。ただ事実なので何も言えずにいると名前を聞かれた。よくわからない人に名前を答えるのは安全ではないと黙っていると、イライラしたのか「妨害をするなら公務執行妨害で逮捕するぞ」と脅してきた。

 警察の名前を騙る方がよっぽど問題だろうと思っていたらもう1人部屋に入ってきた。「可愛い嬢ちゃん脅す方がよっぽど事案だぞ」と怒っている人を宥めて、こちらに手帳を出してきた。この人は確かに警察の様だった。「俺たちは嬢ちゃんが心配だからよ、名前を聞いて『探し人』をやろうって思ってるのよ。だから頼むわ」と言われた。警察に求められた以上は拒否する理由もない。

 ただ脅してきたあの人は危険だ。あの後シェルターと書かれた建物へ連れていかれた。その移動時に日傘をさそうとすると盗んだ物だろうと奪い取ろうとしてきた。私を殺すつもりなのか。また警察に窘められて止まった。身寄りが分かるまでここに居てくれと言われた。宿泊施設のようだがお金が安かった。

 自分の名前に、価値があるのか私にはわからない。


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 私がお願いをするのはいつも母親だった。父はいつも忙しそうに何かを数えていた。あの頃はすっかり巫女が染み付いて、誰に対しても丁寧な言葉が消えることは無くなっていた。親に対しても。巫女を徹底する事が、両親の望むことだと信じていたからだ。母はいつも

「わかったわ、フィール」

と言っていた。

 母が失踪した。最低限の荷物をもって居なくなっていた。今なら分かる。母にはフィールと入江愛子が別人だったのだ。私が必死になってなろうとしていたフィールという巫女像は無価値だった。フワリと浮かぶような、剥がれるような感覚。少しだけ、フィールのことが嫌いになった。


7/24


 このシェルターという所は、同じ所に住んでいる人と一緒に食事を取る決まりになっていた。そこで初めての人は挨拶をして欲しいと言われた。警察の方が私の親を調べる間ここに住むことになりました。とだけ伝えた。私のことを知りたいと思う人は居ないだろう。見えている地雷を踏み抜こうとする人は、そう居ない。

 隣に座った人が「そんなに若いのにここに来るなんて大変だったんだね、心配だよ」と言っていた。それを聞いた周りの人々もうなずいていた。

 どうしてだろうと思っていたら、逆隣の席の人が話してくれた。ここに住む人は多くが住処を失った人らしい。この街ではそんな人はシェルターの中で生活をしながら新しい住処を得る方法をさがすのだそうだ。

 今日は随分久しぶりに図書館を探した。外へ出ると黒猫がいた。「変なの乗り物で連れていかれるから心配したよ」と道の端の石の塀に寝転がりながらそう言った。図書館も周りの建物と同じビルだった。種類に別れて階層が決まっているらしい。特に考えずに見ていると『建物・土地』と書かれた本があった。そこにこの街に多くある高くて多い建物、ビルのことが書いてあった。鉄の棒で骨組みを作りコンクリートで肉付けをする。そして隙間をガラスで修飾する事で出来るそうだ。縦に伸ばすことで狭い土地に大きな建物を建てることが出来るのが利点だと書いてあった。

 決して届かない空を掴もうと手を伸ばしているように見える。日傘のせいで見えない頂上を見上げながら、そう感じた。


7/25


 小説家からの紙を読んだ。「」を入れる時は改行をする。人の言葉と自分の言葉を分けるためだろう。

 また始まった日課では、小説を探して読んだ。怪物を殺す仕事をしている男が、怪物の事情を知って殺さない話だった。ただ怪物は殺される方がよっぽど幸せで、男はそのせいで生活が苦しくなる。

 今回は何となくではなく、きちんと目的があって探した。紙の1番下、小説家の名前と一緒にあったもうひとつの名前が書いた物を探した。棚の1列をほとんど占領する名前の棚には

『期待の新星! 今読みたい小説ランキングベスト3入り!』

と書かれていた。

 帰り道、黒と白で出来ている同じ服を来た3人の女性が居た。

「え! あの子やばくない? コスプレ?」

「めちゃ綺麗じゃん」

「でもちょっと若すぎない? 誰かの趣味?」

「なんか心配になるね」

「ね」

 前の針みたいな声ではなかったのに、また言葉が頭にこびりついている。


7/26


 今日は日課が出来なかった。警察の人が来て、親が見つからないと話された。捜索を続けるか、諦めるか選べと言われたので諦めてもらった。きっと1人はもう忘れたくて、1人にはまだフィールのままなのだろう。良いのだ。きっと会うことはないのだから。

 シェルターにはもう少しだけいてもいいそうだ。ここにいる間に紙を読み切ってしまいたい。せっかくの大きな図書館だ。小説家の小説も少しは・・・・・・。

 紙を読んだ。三点リーダーの存在。言葉や文字で表せない物を表現する。2個セットで使う。あまり使い方が分からなかった。言葉で説明すれば良いのではないか。言葉には意味が必ずあるが、この紙に書いてあるルールはわからないことばかりだ。


7/27


 今日は性別が変わってしまった元少年が、身体を悪用してお金を稼ぐ話を読んだ。いつの間にか戻れなくなっていたが、少年も既に少女を望んでいた。


7/28


 ——今日は紙を読んだ。ダッシュ。言葉を加える、切る、余韻を作る。お気に入りなのか、小説家の小説にはよく見る気がする。伸ばし棒とは少し違うようだ。とてもよく似ているが使い道が全く違う。使うなら違いを分かるようにと書いてあった。


7/29


 今日は色盲の病気の少女が、病で塞ぎ込んでいる少年のお陰で色を取り戻す話を読んだ。少年が、退院の目処がたった少女に嫉妬して、いっそ殺してしまおうとするのが色が戻るきっかけだった。紙を読んでいると、シェルターの方が気になって見に来た。名前の所には誰にも知らせないこと、と書かれていたので、友人からと嘘を着いた。

「友達が居るんだね! いつも寂しそうにしてるから心配してたけど、それは良かった」

 間違いを口にするのはやっぱりあまり好きではない。コロリと騙される人を見る度にそう思う。紙にはオノマトペと書かれていた。音を表す言葉を入れる。これも、あまり使い道がよく分からなかった。


7/30


 8月になったらシェルターにいることは出来なくなる。小説家の小説はまだまだ道の草のようにある。読み切ることは出来なさそうだ。紙は今日で最後の項目だ。比喩。他のものや人に例える。ような、を使う、使わない、人では無いものを人に例える。イメージしやすくなるのだろう。

 1番下にメッセージがあることに気がついた。「小説は知らないものを知っている振りをして書き、見てないことを見た振りをして書く。変態みたいな想像力が必要だ。その想像力が君の心配をするけど、人殺しは大変だからやめた方がいい」

 ​そんな。まさか。 


7/31


 お別れ会と称して出ていく私にプレゼントをくれた。旅をすることは伝えていたので、そこまで大きな物ではなくて助かった。


8/1


 おきたら、手に白いハートがふえていた。にもつをもって外に出るとくろねこがいた。

「ずいぶんともどってきたよ! 君のおかげだ。ありがとう」

 そう言いながらくろねこは、ふしぎな力を見せてくれた。くるりとちゅうがえりをすると、まっくろなふくをきた、おとこの人にかわったのだ。

「これってつかれるから、あんまりつかわないんだけどね。ねのの方がべんりだし」

 私のりかいをこえながら、くろねこはこともなげにそういった。

 あと一つ。まちの外へむかう。またみちがくらくなった。コンクリートは土のみちにもどっていた。


8/2

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 母が居なくなってから父はガラリと変わってしまった。タガが外れたみたいだった。持ちうる全ての手段を使ってお金を稼ぎ始めた。

 母の失踪、父の変貌を見て、ようやく私は理解した。私は愛されていない。

 神は実在しない。人々の偶像崇拝の1種だ。

 自分が自分として大切にされていないことを知った頃。そう思いながら宗教集団の集会を行っていた。

 ​──どうにもならない現実を生あたたかい教えで乗り切るには少し現実が厳しくて。届かない理想を願うにはあまりに都合が良すぎて。

 ​──宗教の自由は、親の保護を受けている子供にはない。


8/3

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 そこから自分が分からなくなった。みんなが見ているものがお金なのか、私を管理する父なのか、救われたい自分自身なのか。私が欲しいものはなんなのか。

 私は、この活動に加担していて良いのか。離れるとして、どうすればいいのか……。

 その頃はもう、金庫にお札を入れるのも大変なほど溢れていた。


8/4


 木がふえはじめた。日かげが多いのですこしたすかる。大きなたてもののけはいは、すでにない。だんだんと大きくなる木々は、まるでビルに自分たちの方が太ように近いんだといいたげだった。


8/5

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 自室でやることがまた増えた。どの時間に誰が居ないのかを聞き出してリスト化する。日傘も引っ張り出して手入れをする。殆ど劣化していなくて驚いた。


8/6


 どんどん木が多くなる。みちのある森のようだった。みちだけしっかりとつづいているのは、この先に何かがあると言うことだろう。


8/7

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 母が居なくなって管理がずさんになっていたのか、悪い人がいたのかは分からない。ただ、私に直接一冊の本が渡された。『新約聖書』。世界で最も多くの人が信じている宗教の経典。両親が絶対に入れさせなかった、宗教の本。

 本当かどうかは知らないし興味も無い。そもそも神様なんて私には真似出来ない。ただ知りたかったのは、先人の知恵。本は信用出来る。多くの人に受け入れられなければ発行出来ないから。どうすれば、望みが叶うのか。許されるのか。

 予想外の情報があった。神の使いが居たのだ。私と同じ、人に期待される事を強制された人が。イエス・キリスト。神の子として世界の人々を救い、裏切られ、殺される。

 ここで私は理解した。この人と比べて、私は圧倒的に劣っていて、絶望的に間違えていた。

 そして、神の子は、死ねば美談になる。考え直してくれる。その死はみんなの心に残る。

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