一つ葉 種まく芒。人の声は至って

6/13


今日からこの見た夢を書くノートは日記帳にすることにした

あそこから逃げてもう夢を覚えておく必要が無くなった  これからは気になったことがあったら日記を書こうと思う

やっと生活が落ち着いてきた  そして逃げる時は慌てていたからと荷物を確認したのだ

お金は金庫から盗んだ  いつもお布施だと言って騙し取った物を私が受け取って入れていた  金庫を開けるのは簡単だった  着替えは持たせてもらって居なかったので下着数着と着物にひらひらしたベールが沢山着いた服と太ももまで丈のある長い靴下からなる仕事着しか無かった どちらも真っ白だ  あとは日傘  私は日に当たれないので『巫女様にもしもの事があってはならない!』ととてもしっかりとした物を貰った  唯一の個人的に貰ったプレゼントだ  ただ「大切に使います」と言ったきり結局1度も使わせてもらえなかった  このノートを持ってくるつもりはなかったけれど 荷物を急いでバックの中に詰め込んだので 偶然このノートが入っていたみたいだ


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 覚えている最初の記憶は、真っ白で綺麗な着物を着せられて、ただ皆よりも高い位置で座っているだけの記憶。ただ自分に関心が向けられているのが嬉しかった。だからその後教えられた通りに頑張って練習した。綺麗な立ち振る舞い、言葉遣い、どうすれば荘厳な雰囲気が出るかまで!

「ありがとう、フィール」

そう両親から言って貰えるのが1番の喜びだった。私は、・・・・・・入江愛子は、そう信じていた。それだけが私の生きる意味だった。


6/15


願いが叶うなら何がしたいか  ありがちな妄想だ   しかし笑っていられるのは現実には起こらないと理解しているからだ  現実になるなら待っているのは醜い足の引っ張り合い  妄想で金を稼ぐ集団にいた私はそのことをとてもよく知っている

閑話休題  今日は図書館で本を読んでいた  いつの間にか図書館で本を読むのが日課になっていた  

  この熟語も本の中にあった  耳に閉館が近いことを知らせる放送がまだ残っている

予約している宿泊施設に向かう  逃げたあの日から あちらへ数週こちらへ数週と旅という名の放浪をしている  幸いお金はたくさんあった  しかしいざ逃げ出してみると実際には毎日何か食べる物を用意しなければならなくなったり 人の言っている事が本当か確かめなくては行けなかったり 不便な事は増えた  それでも人を騙す必要が無くなったことはそれ以上に嬉しかった  帰り道の途中で脇道からのびる鳥居と階段を見つけた  図書館には良く寄るが神社は初めて発見した  登った階段は苔に侵食されていた  先には木々で赤黒い日をほとんど遮る暗い神社がたっていた  寂れていて人気がなかったが、賽銭箱の上に座っている黒猫と目が合った  私と猫どちらがおかしいかは分からないが その黒猫は喋った 『やぁ』『君 変な子だね?』  他人に言われる事はあっても猫に言われるなんて初めてだった  トラウマが酷くなってここまで来たかと自分が嫌になって 見透かされるような細い目が怖くなって 私は逃げ出した  

帰って日傘を閉じる時に手の甲に四つ葉のクローバーがあることに気が付いた  黒縁のハートが4つ向かい合うように着いている  不審に思いながら部屋に入るとその部屋の机の上に黒猫が居た  良く悲鳴を挙げなかったと思う  前足で顔を擦りながら『話の途中でどこかにいくなんて失礼だね』と話す黒猫は私の手の甲についても語った

あの神社では信仰が集まらず近いうちに消えてしまうと感じた神である自分が最後の力を使って1つの儀式を始めたのだということ

内容は四つ葉のクローバーになぞらえて私が投げかけられて記憶に残った4つの言葉に応じて何か1つの願い事が叶うということ  起こったことが信仰を取り戻す事に繋がるということ

儀式をしている人だけが神体と繋がりがあることと いつも賽銭箱で寝ていたため繋がりが出来た黒猫を通して話が出来るということ

こんな意味のわからないことだけを話して少し空いた窓から黒猫は姿を消した

頭の中で言葉がこびりついている


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 朝の決まった時間に、決まった人が服を着せにやってくる。何度も着せられて居るので自分で着れるが、それでは行けない。服を着させられる私が、望まれたた振る舞いだ。夜もベッドも私の服も部屋で待つ。誰でも出来ることをやってくれたことを感謝する。食事は真っ白な服を絶対に汚しては行けない。汚さないことを気をつけていたら1度に食べられる量がどんどん減っていった。結局年相応の身長は1度も無かった。

 ただ小さくて華奢な方が望ましい。当時は分かっていなかったが儚げな雰囲気、というのは時に有利に働く。大きな声は出さない。人前で正座は崩さない。難しかったのは文字に関することだった。綺麗な時は気をつけないと書けなかったし、丁寧な言葉遣いはお手本が無いので相手の言葉を覚えて何とか身につけた。

 周りの人や両親に好かれる人、認められる人になることだけを求め続けた小さな女の子は無事、歪んた性格と巫女として綺麗な性格を持つ変な人になった。


6/17


昨日荷物をまとめてしまったのは失敗だったかもしれない。ノートを出すのが面倒くさかった。

ただ、毎日本で見たことはなんでも必ず1度実践するようにしている。言葉と言葉の区切り目、そこに、と。を打つ。前までは話す時を思い出しながら間を開けていたが、こっちの方がよっぽど見やすい。今まで本で何度も目にしていたが、存在意義を考えたことがなかった。

新しい発見もあった。1万人から2万人に1人。これが私の人生が狂った確率らしい。明日にはこの町を出るが、日課は日課として図書館で本を探していた。そこで見つけた『数字でわかる遺伝子疾患』という本に書いてあった。手に取ったのは遺伝子疾患という言葉を聞いたことが無かったから。私の体はアルビノ、というものらしい。神の使いたる巫女様なんて言われたこの体も、化学としてはよくある1つの病気だった。

帰り道、偶然しばらく同じ道を通る女性2人がいた。他にもすれ違う人は居たが、2人はこちらを見てはくすくす笑っていた。

もしかしたら関係がないのかもしれないといつも思うが、それでもあの針のような声には耐えられない。幸い直ぐに消えた。

フロントにいつも立っている人に明日に出ることを伝えた。

しかし少し不思議だ。こんな簡単に本で分かるなら、私の体の事も常識になっていてもおかしくは無さそうなのに。住み着いた街を歩いてしばらく経つと、毎回針が飛んでくる。周りの人からの目が変わる。1度街を歩いていたら、すれ違った女性から悲鳴を挙げられた。本を読んでいる人と会話できることはあっても、たったの1度も仲がいい人、は出来なかった。そのうち仕方ないが普通になった。

私の手の甲のクローバーの1つが、黒く染っていた。ピンク色にでも染まれば、ハートのシールでも貼っているように見えるかもしれないのに。色素の薄い肌には不気味なだけだった。帰りに神社に寄ってどういうことか聞こうと思ったが、黒猫は居なかった。


6/18


まちを出た。よるはくらくて、もじがよくみえない。ふくざつなかん字はかきづらい。

くろねこがついてきた。『おいて行くなんてとんでもない、フィール』と言っていたが、なんでわたしがあそこにいたときのなまえを知っていたんだろう。いやなので名前が入江愛子であることを伝えた。『大丈夫、知ってるよ』と取り合ってもらえなかった。代わりにじんじゃに居なくて大丈夫なのかきいたが、こちらもむしされた。

手のこうについてきくと、わたしの心にのこったことばに対するかんじょうで色が決まるらしい。きおくにのこったことばなんて、それはたしかにまっくろになるに決まっている。なっとくしてしまった。


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 どれだけ頑張っても、だんだん両親は私を認めてくれなくなった。そもそも日頃の頑張りなんて見られることは無い。私が私として何かを喋ると、そんな言葉遣いでどうするんだ、と怒られた。フィールと私が別人になっていく感覚がした。

 ​──あの頃、私はフィールの方が好きだった。褒められない私よりも、皆が好きでいてくれる方が良かった。


6/21‪✕‬ 22


黒猫は時間感覚が優れているようで、今日は21日、という私の声にすぐに訂正を入れてきた。

偶然街灯の近くに休めそうな場所を見つけた。ここまで石畳の道が続いていたが、ここからは土の道だ。街灯がないので、暗い。早く次の街に着いてくれる事を願う。


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 夢を覚えていることがたまにある。特に意味は無く、変な繋がりばかりしている。顔を覚えている人が何かをしていて、その人と関係の無い人が何かに反応する。

 子供心にいつもは覚えていないそれが面白く、親に嬉々として話したことがある。それが預言の始まりだった。

 巫女様が語った夢だ、きっと予知夢で意味があるに違いない!

 軽い気持ちで言ったことが大事になっていく。面白さよりも、不安に近い感情が大きくなる。夢の内容は殆ど覚えていないが、重要なのはそこでは無い。問題は、それが実現してしまったと言うことだ。どこかへ連れて行かれる人がどうしてわかったんだと怒鳴っていた。それを1番言いたいのは私だった。

 このノートが始まったのはここからだ。話にくる間に夢を忘れてしまわないようにここに書いて置くように言われた。意味の無い夢が、1冊まるまる埋まって、2冊目に突入していた。

 言葉には変な力がある。私はこのことをとうの昔に知っていたのだ。


6/23

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「若いのにしっかりしてるわねぇ」

 まだあまり人がいない頃に新しく来るようになったお婆さんから言われた言葉だ。しっかりしてる、という言葉がわからなかった。1度も言われたことが無くて心配になった事を思い出した。

 しっかりする、とはどういう事ですか?と聞いた。きっと困っていただろう。顔はもう覚えてないけれど、私なら困る。


6/24

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 私がしっかりする、ことを知った頃。木造の一軒家から、綺麗なレンガの家へと家が大きくなった。人も少しだけ多くなった。自分の部屋を貰って、あまり気軽に話に来てくれる人はいなくなった。

 部屋に連れてこられて、

「ここは貴女だけの部屋だから、好きなことしてていいわよ、今まで無くてごめんなさいね?」

「ああ、誰も入らせないようにしておくから安心しなさい」

 と言って取り残して行った。新品の大きなベッドにも、椅子や机にも手を付けず、私はカーペットの引かれた床で座っていた。

 本当に何も思いつかなかったのだ。そもそもそんな知識など無い。私の生活は、誰かに見られる為に用意するものでしか無かった。


6/25


とくにかくことがなくても、こうして日付のところだけうめていけば前みたいなことはおこらない。

ページがむだになっていくことだけがもんだいか。それも、どうせうまるほど長くはならないだろう。

みちがしっかりとしてきた。それでも、土なのはかわらない。少しだけあるきやすくなった。

たくさんの草と草の間のみちはまだつづきそうだ。

くろねこは草をうっとおしそうにしていた。『虫とか出てきそうでいやじゃない?』と言っていた。


6/26

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 自室の一面に真っ白な壁があった。ほかの壁は何かが置かれていたが、その面には何も置かれていない。その壁をじっと見つめる。初めは光の当たり方から生まれる色の違いや目に残った影が見えているが、だんだんとぼやけて分からなくなる。

 前からずっと、どこか1つをただじっと見つめる、ということをしていた。何が見える訳でもなく、何を考える訳でもない。たた静かで、何も無い。その時間が好きだった。巫女として呼ばれるまで、ずっとそうしていた。


6/27

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 どうやったらいっぱいのことを知れますか? と両親に質問したことがある。何故か私に問答をしに来る人が多く、そのほとんどが分からないのだ。その度に父が母が誤魔化していたが、限界が来ようとしていた。そのことを両親も理解していたのだろう。自室に大きな本棚が増えて、数日に1回数冊の本が入る様になった。

「初めは一緒に読んであげるわ」

 母と毎日本を読む。思えばそれが親から受けた数少ない家族の時間かもしれない。母の膝の上に乗り、頭上から聞こえる優しい言葉と目の前の膨大な量の文字を一致させていく。意味もいちいち尋ねて、文字に背景をつけていく。

 ​──もう少し、分からないふりをした方が良かったのかもしれない。今になってそんな後悔をする。当時の私には、言葉という壮大な海に溺れる感動に勝るものはないと思っていた。


6/28

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 両親が買ってくる本以外に本が増えるようになった。私が私の所に来る人に本をくれるように頼んだからである。様々な本を頼んだ。生活の本、法律の本、図鑑……。私に渡される前に両親がチェックしていたのか、彼らの共通意識があったのか。絶対に宗教関係や、日常が書かれる小説やマンガ等といったものは渡されなかった。

 それでも当時私は本だけを読み続けて、なにか覚えられるのも本だけだった。偏っていても、何かが分かるのは楽しかった。知識が増えて答えられる言葉が増える。その横で、家族との言葉が減っていることに気を配る余裕は、私には無かった。


6/29

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 自室でやることが増えた代わりに、何も無かった白一面の壁は無くなった。本棚には色んなタイトルが並んでいる。全てフィールのための知識がそこに眠っている。


6/30

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 私の自室での居場所は隅っこになった。本を読む時は部屋の中心、それ以外が隅である。白い視界を探すように動くと、いつの間にかそんな所まで来ていた。

 私の中で、私はいつ死ねるのか。思えばあの時もそんなことを考えていた気がする。

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