第10話 SOS

入学式が終わると、私はさっさと宿舎に戻り、護衛4人に召集をかけた。

そして 私は人の顔・名前・場所などを覚えるのが苦手だから、最初の1か月間は常に私に付き添ってさりげなくフォローしてほしいと言った。

 平たく言えば 私が相手に名前呼びしないのは 相手の顔と名前がわかっていないからだと。だから その都度私に話しかけているのがだれか教えてほしいと。


4人の護衛は少し呆れた顔で互いに顔を見合わせた。

「もちろん 私たちも全力でサポートいたしますが、本来それは ご学友にご依頼になったほうが良いと思います」エドガー


「ならば 今から彼らとその護衛をよんできて 一緒に昼食会をやろう」あかつき


・・

入学初日の昼食会は、私の部屋での調理実習から始まった。


「殿下 お招きありがとうございます」

タッセーを筆頭に3人のご学友とその護衛達が入ってきた。


「まだ 食事の準備が何もできてなくて、今から4人で一緒に作ろうと思うのだがいいかな?」あかつき


少し残念そうな顔でムサシが言った。

「干し肉とパン・チーズは持ってきたんだ」


「僕たち4人で 護衛の分も含めて11人分のサンドイッチ・紅茶・スープ・サラダを作ろう。

 君たちの方の食材の在庫はどうなっている?」


「僕たち3人の所には 同じだけ配分されていたよ」

きさらぎが 在庫表を見せてくれた。


「あー 君たちの所は 各部屋2人分で 僕の所は5人分、量の違いはあっても種類は同じだね」あかつき


「生鮮食料品は明日の朝食分までだと聞いた」ムサシ


「スープは夕食の下ごしらえまで 一緒につくるかい?」アカツキ


「それってすごくたいへんなのでは?」ムサシ


「昼食用に 具だくさんのスープを作って、夜はそこにジャガイモを足してシチューやカレー、あるいはスパゲティにするという手もある」アカツキ


「ああ それいいね。学食が始まるのが明日からだから、今日の調理が簡単にできれば助かる」ムサシ


「昼食と夕食の献立は王子にお任せしすます。

 私たちは 言われたものを持って来て 指示通り動きますから」タッセー・キサラギ


「オーケー 任せた以上は残さず食えよ。そのうえで次回の案を出せ」アカツキ


「はい!!」


というわけで 予定を変更して、昼食は、パンとスープ、夕食はカレーライスになった。


1大鍋に少し水を入れてローレルの葉を浸しておく

2根菜類とエノキタケの下側3分の2を刻んだのを入れ、水も足して火にかける

3沸騰したら肉と青菜とエノキタケの上側(=2で入れた後の残り分)とコショウを入れる


実に簡単な作業だ。

 しかし ジャガイモの皮の剥き方、具材への包丁の入れ方など そのつど説明しなければいけなかった。


全員そろっていただきますのあと、むさしが言った。

「王子は 入学前にかなり練習されたのですか? 料理の手際が非常に良くて

 献立などもすらすら出てくる」


「王子じゃなくて あかつきと呼んでくれ。

 それに 私は人の顔や名前を覚えるのが苦手なんだ。

 だから 私が君たちの名前を気軽に呼びかけるようになるまでは、

 私の前では 君たちがお互いの名前を気軽に呼び合ってくれた方が助かる。

 護衛の名前も含めてね」


「かしこまりました。」一同


「よろしく頼む。

 料理に関しては、君たちは どれくらい経験があるんだい?」アカツキ


「昨日の夕食準備でパンの切り方を教わった」ムサシ


「私は先週から料理の本を読み始めましたが、キッチンに立ったのは今が初めてです」タッセー


「タッセーは 昨夜はどうしてたんだ?」ムサシ


「護衛のハンターに作ってもらいました」タッセー


「私は 護衛のグレーに言われて 湯を沸かしたり皿を出したよ」キサラギ


「もしかして魔法で?」アカツキ


「もちろん!」キサラギ


「私は 行軍に備えて自分で料理するのも訓練の一環だと言われたよ、

 護衛のだれだったかに」アカツキ


「それは 私アランです。」


「恐れながら殿下、殿下は本当に 人の顔と名前を覚えるのが苦手なのでいらっしゃいますのでしょうか、私マッタ―からの質問でございます」


「その調子で がんばって 自分の名前を連呼してくれ」


「俺はむさし! 力自慢のムサシでーす。」


「むさし 君は 気持ちの良い奴だな」アカツキ


「私エドガーも マッタ―と同じことをお尋ねしたいのですが」


「そういうの いじめっていうんだよ。

 人が言いにくいのをこらえて 思い切って助けを求めているのに

 マジかお前?見たいに しつこくいじるのは」アカツキ


「あかつき王子。先だって 王子が真夜中に起きだされたときに、お茶をお持ちした人間がだれだったか お忘れですか?」


「そういう 君の名前は?

 王宮の護衛って みんな いけマッチョで 制服着ると全員そっくりさんじゃないか?

 ついでに言うと おれ 制服姿で覚えた人間が私服になったら とたんに誰が誰だかわからなくなるから」アカツキ


「アランです。ご忠告申し上げたのも お茶をいれてさしあげたのも、先ほどご質問申し上げたのも」


「アランって 兄貴の護衛にもいたよね」アカツキ


「私とブレッドは かつて第二王子にお仕えしておりました」アラン


「じゃあさ 聞くけど 兄貴も俺と同じで 人の顔の区別をつけるのが苦手なの知ってた?

 兄貴が死んだのは 皆が言うハニートラップにかかったんじゃなくて

 単純に 自分に声をかけてくる女の区別がついてなくて

 でも 「おまえだれ?」っていちいち女の子に尋ねて怒らせるのが嫌で

 来るもの拒まずを気取っていたからだったって わかってる?」アカツキ


「まさか」アラン

「くっ」ムサシの護衛ブレッド


「アカツキ王子は そのことを 今までどなたかにお話になられましたか?」タッセー


「おまえ 俺を情報源として利用するなよ」アカツキ


「アラン 護衛の仕事は 俺を守ることであって 俺に『ご忠告』することではないと思うんだが、ちがうか?」


「俺が 最大の 人に知られれば致命的な弱点を告げたのに、

 そのことをもとに 俺の護衛方針を変更しようともせずに

 俺に『忠告』しようとするとは いい加減にしろよな。

 しかも その「ご忠告申し上げ」ってなんのことか 俺にはわからんよ。

 お前 兄貴を死なせた責任も取らずに 俺も死なせる気かよ。


 それに タッセー、お前もご学友失格。

 俺のSOS無視して てめーの点数稼ぎのための情報集めやってんじゃねぇ」アカツキ


「申し訳ありませんでした!」ブレッドは膝まずいた。


「第二王子殿下は 御聡明であられましたので、よもや人の顔の区別がつかないなどと言うことはないと思い込んでおりまして、不覚をとりましたことを あらためてお詫び申し上げます。」ブレッド


「まあな、頭の回転の良しあしと 暗記力や顔や名前を覚える能力は別物だからな。 でも そのことに気が付く人間は その立場で悩みまくってる当人だけだってことは 俺も兄貴から教えてもらったから ブレッドを責める気はない。

 だから 親父に頼んで ブレッドをムサシの護衛役にと推薦書も書いてもらった。

 あんたが ほんとに兄貴を守り切れなったって悔やんでいたことを知ってたから。


 だから 俺は 兄貴のてつを踏まないために 正直に自分の弱点をさらしたんだが

その甲斐のなかったアランとタッセーには 応分の報いを受けてもらいたい。

それにアラン、俺が最後に夜中に茶を入れてもらったのは、エドガーで

さきほど俺に質問したのも そこの二人であっておまえじゃねぇ。

人をあなどって たばかるんじゃねーよ」


(実のところ、統合されたアカツキ(真)の記憶の中には 「人の顔の区別がつかない・名前を覚えられない」苦労と対策について 第二王子とアカツキが何度も話し合っていた思い出などがあったのには 驚いた)


天井から飛び降りて来た影の者2人によって、タッセーとアランはいずこかへ引き立てられていった。


厳しい尋問により、タッセーは 第三王子失脚を狙う一派に属していたことが判明した。

一方 アランは単に性格が悪い男であったことが判明し、徹底的に再教育されて

再び 私のもとへ帰されてきた。とにかく戦闘力だけは高い男であったから。

 しかし こんな不遜な男を部下として使いこなすのも上に立つ者の器量のうちだと言われてもなぁ・・・。


ご学友についている護衛達は、もともと王家につかえる護衛隊から派遣された者だったので、タッセーの護衛に任じられていたハンターは、タッセーとともに昼食の場で私の弱点を知ってしまったこともあって、アランの代わりに そのまま私の護衛になった。


一方、復帰してきたアランには、門番を務めるように命じた。

そして アランの監督はカゲの長にまかせた。

私では どうしても「嫌いだ!」と言う感情が先にたって 私の方からいらぬ軋轢を起こしてしまいそうだったから。

(護衛を 好みの人間だけで固める問題点は理解しているが

 表立って常時付き従う役目に、嫌いな人間を充てる必要もないだろう

 王子には 影から王子を守る役目のカゲの者もいるのだから)


ちなみに アランは うらやましくなるくらい 人の顔と名前の記憶力に長けていた。

 そんな彼だからこそ 彼にとっての「当り前=人の弁別」について おっそろしくトロイ私や兄のことが理解できず 受け入れられなかったのだろう。


 もっとも 雰囲気で人を記憶する私は、変装に騙されることはないが

顔と形といった外見を記憶するだけのアランは 変装にころっと騙されるタイプでもあるということが のちに判明した。

 


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