第4話 足跡

『じゃあ、私が何か書いてあげる。

 知ってる?幽霊の足跡って話。浮遊霊の女の人が、偉いお坊さんに供養してもらった代わりに、お寺に足跡を残していったんだって。私も本当にここにいたっていう証拠に手紙を置いていくね。紙と書くものを持って来て』

 B子さんが微笑みながら言った。

『見ないでね。明日、朝起きてから見るって約束して』


 Aさんが料理を食べている間、Bさんはじっくり考えながら手紙をしたためていた。Aさんはその姿を見ていて、やっぱりきれいだなと、うっとりしながら夕飯を食べていた。


 二人は食事を終えて、Aさんだけが歯を磨いてベッドに入った。

 その後に、Bさんがパジャマに着替えてやって来る。

 いつもそうだ。生きている時も、着替える姿は見せない人だった。


『手紙書いておいたよ。もし、約束を守らなかったら、もう私来ないからね』

 そう言って、BさんはAさんの髪を撫でた。

 優しくて暖かい手だった。


「うん。でも、必ず来るって約束して。来てくれなかったら、俺・・・君と同じ世界に行くから」

『ダメ、そんなことしたら。もう二度と会えなくなっちゃうよ。辛いときは手紙を読んで私を思い出してね。私もA君が悲しんでいる姿を見るのが辛いの・・・』


 AさんはBさんを抱き寄せた。胸は元気な時と同じように、丸くふくよかだった。「全部、夢だったらいいのに」

『そうね・・・きっと、夢なのよ。辛いことは全部。だから、いいことだけを考えましょう』


 翌日、Aさんは目を覚ますと、すぐに台所に飛んで行った。

すると、テーブルの上には、昨日Bさんが言っていたように手紙が置いてあった。


『義之君へ

  

 先にあの世へ行ってしまってごめんなさい。私は死ぬのが怖くて、悔しくて、自分のことばかりになっていたけど、私がいなくなって義之君がそんなに悲しんでいて、すごく辛いです。

 でも、もし、私が逆の立場だったら、きっと同じように泣き暮らしていたでしょうね。義之君の愛がどれだけ強いかを、亡くなってから改めて気付きました。私は義之君と結婚できて幸せでした。早死にしたけど、いい人生だったと思います。結婚を経験させてくれてありがとう。


 あなたが幻覚を見ているのでない証拠に、手紙を残して行きます。これを見たら私の字だってわかると思うから。


 ドラッグを置いて行ってしまってごめんね。早く捨てるべきだったと思う。

でも、苦しくて何かに頼りたかったから捨てられませんでした・・・あれは健康な人にはやっぱり危険。中毒性があるし、幻覚を見たり、狂ったようになって高いところから飛び降りたりする人もいます。日本では違法じゃないけど、アメリカだと規制されてるのは、やっぱり危険だからです。


 私は今は苦しみのない世界にいます。だから、もう悲しまないでほしいの。私が自分の死を受け入れたように、義之君も私の死を乗り越えてください。私は義之君が前みたいに、笑ったり、好きなことをしている姿を見たいです。私のことで悲しんでいるより、笑っていてほしいです。

 すぐには無理かもしれないけど・・・

 もし、私が目に見えなくても、私はいつもこの部屋にいるし、義之君の横についてどこにでも行くから寂しがらないでね。私はいつも義之君と一緒。

 

 早く元の生活に戻ってね。

 ずっと大好きだよ。


                                   麗子』

 



「やっぱり、もう、マジックマッシュルーム使うのやめよう・・・」


 Aさんは決心して、持っていたドラッグを全部トイレに流してしまった。

 そうすれば、B子さんがほめてくれているような気がしたそうだ。

 

 その夜、Aさんは夕飯を食べながらB子さんに話しかけた。


「すごいと思わない?俺、ドラッグやめたんだよ」

 以前は目の前に座っていたB子さんは、その日、現れなかった・・・

 Aさんは、騙された気がした。

「また会えるって言ったじゃん!」

 子供のようにすねた。

『いい子にしてたらまた姿を見せてあげる』

 と、聞こえた気がした。

 ふんわりと、B子さんが使っていた香水の匂いがした・・・。


「うん。俺、頑張るから、ちゃんと見ててよ」

 Aさんは泣きながら言った。


 Aさんはこういう生活を40まで続けたそうだ。

 社長なのに古い1LDKのマンションにずっと住んでた。

 でも、いよいよマンションを建て替えることになって、もうBさんと会えなくなると悟った。今は結婚して子供が二人いる。

 B子さんもきっと、A君が新しい暮らしを始めることを望んでいただろう。

 

 Aさんは、その手紙を今も持っているそうだけど、絶対B子さんの字だと思う、と言っていた。


 それに、今の奥さんには悪いけど、やっぱりB子さんが自分の奥さんだと思ってるそうだ。


Love means never having to say you're sorry


 愛とは決して後悔しないこと


 『ある愛の詩』より


*本作品はフィクションです。当時は規制されていなかった、マジックマッシュルームも現在では、輸入、輸出、栽培、譲り受け、譲り渡し、所持、施用、広告すべて違法となっています。

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死者からのコンタクト 連喜 @toushikibu

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