第3話 団らん

 B子さんが亡くなって、しばらくは目まぐるしかった。

 お通夜、お葬式・・・Aさんは夫だから喪主だ。

 親族は放心状態だから、葬儀屋さんが全部段取りしてくれる。

 俺もお通夜と葬式両方に行った。

 Aさんは、まだ25歳。みんな結婚もまだの年なのに、いろいろな辛いことを経験して憔悴している姿が痛々しかった。


 立派な葬式だった・・・。すごい金がかかっていて、人もたくさん来ていた。

 今まで見た中で一番大きな葬式。

 親の会社の人、

 親せき、音楽関係、同級生、友達・・・みんな泣いていた。

 遺影がまるでコンサートのポスターみたいで、華やかだった。バイオリンを持っている姿で、ドレスを着てる。亡くなってしまったのが本当に惜しい。若さに輝いていたのに、才能と、美貌と、人柄と、すべてが永遠に失われてしまったんだ。


 俺が席に座っていると、後ろから話し声が聞こえてきた。

「こういう風になるんだったら入籍しなくてもよかったのに」と、A君の親戚らしい人たちがひそひそ言っていた。

「死別だと次結婚する時に、相手の人が気にするわよねぇ」

「そう。そう・・・死別って、やっぱり、最初の奥さんをずっと”奥さん”だと思ってるから、結婚した相手は辛いみたいよ。まだ若いのにねぇ。」

「そうそう。跡取りだから、絶対また結婚するよねぇ」

 おばさんたちが言うこともわからなくはない。

 しかし、そこでそんなことを話すべきじゃない・・・と、俺は憤った。


 Aさんは、親戚たちのそんな意見をすでに聞いていた。

 しかし、自分が望んだ結果だからと、淡々としていた。

 祭壇には、妻が好きだったバラの花を惜しげなく飾っていて、華やかだった。


「結婚式はやってないのに、葬式はずいぶん豪華だね・・・」と、AさんはBさんの遺影の前に立って話しかけた。

「こんなに派手な葬式はめったにないと思うよ。すごくきれいだろ?この花をちょっと家に持って帰って、プリザーブド加工してもらうよ。こういうのも記念だからね」

 そして、ふっと笑った。

「君だったら、もっと元気なうちにやってよ、って言うだろうな」


 そんなAさんの様子を見て、両親は息子が精神的におかしくなってしまったと思って、悲しんだ。


 Aさんは、その後もずっと、B子さんと住んでいたマンションにいることに決めた。そして、3年勤めた会社を辞めて、準大手の会社に転職した。それなりに忙しくて、家に帰るのは夜9時近かった。それでも、忘年会以外の普段の飲み方や、付き合いはすべて断っていた。整然と同じように夕飯は、B子さんの実家のお手伝いさんが作ってくれ、掃除や洗濯もやってくれていた。


 前と変わらない生活だ。

 夕食の時は、B子さんが好きだった、交響曲のCDをかける。

 冷蔵庫から作り置きのおかずを出して、食卓に並べる。

 向かいの席に小皿と箸を置く。 

 それから、妻の席にはグラスにワインを入れて出す。


「さき子さんの料理は安定してるよね」

 Aさんは料理をプレートに取り分けながら言った。

『そうでしょ?全然外食する気になれなかった。だって、家のご飯の方がおいしいんだもん』

 目の前には、B子さんが座っていた。

 元気な時のようにきれいに化粧をして、外出の時のように髪も巻いていた。

「あの世ではどんな物食べてるの?」

『死ぬとおなか空かないの。いいでしょ』

「へえ、でも、食べる楽しみがないだろ?」

『口ではうまく説明できないけど・・・他に楽しいことがたくさんあるのよ』

「例えばどんなの?」

『有名人に会えるとか。この間、バーンスタインに会ったわ』

「へえ、すごい。でも、前に会ったことあるんじゃなかったっけ?」

『うん。アメリカに行った時にちょっと挨拶させてもらったけど、私のことは覚えてなかった』

「は、は。あっちだって色んな人に会うだろうし。全部は覚えてないよね。じゃあ、歴史的な偉人にも会えるの?ベートーヴェンとか」

『昔の人には会えない。もう、生まれ変わってるから』

「へぇ、そうなんだ・・・死んでから何年くらいで生まれ変わるの?」

『早い人では亡くなってすぐ。遅い人だと20-30年』

「生まれ変わる時はどうやってわかるの?」

『さあ、タイミングなのかな・・・よくわからない。生きている時にいつ死ぬかわからないのと同じだよ』

「じゃあ、B子が生まれ変わったらもう会えないの?」

『うん』

「寂しいな・・・」

『生まれ変わるんだから喜んでよ』

「どこに生まれ変わるか前もってわかるの?」

『どこかはわからないけど、生まれてしばらくは前世の記憶を持ってるのよ』

「どうにかして会いたいな・・・」

『男の子かも・・・』

「それでもいい」

『でも、日本人じゃないかも・・・』

「動物に生まれ変わったりとかはないの?」

「人間は人間にしか生まれ変わらないの。猫はずっと猫だけ」

「へえ。でも、家畜は大変じゃない?牛とか馬とか」

「でも、そういうものなのよ」

 Aさんはベジタリアンではないけど、いつも肉食に罪の意識を感じていたから、家畜は家畜にしか生まれ変わらないとは、随分不条理な仕組みだと思った。


「なら、豊かな国に生まれるにはどうしたらいいの?」

『前世で貧しかった人は、生まれ変わったら豊かな生活ができるの』

「じゃあ、次は君は、、、」

『あなたと私は貧乏な家に生まれるでしょうね。それに、幸せな人は来世不幸になるのよ』

「幸せと不幸って本人の主観じゃない?」 

『そうとは限らない。私なんて早死したし』

「そうだね。ごめんね」

 Aさんはハッとした。

「もし、俺が今死んだら、同じ世界に行けるかな?」

『さあ、わからない。そういう考えはやめた方がいいよ。こうして会えてるし。私が生まれ変わったら、もう会えないんだから』

 

 AさんはB子さんの手を握った。手は確かにそこにあった。死体みたいに冷たくもない。

「生きてる時と何も変わらないのに、死んでるなんて不思議だね。どうして、他の人には見えないのに、僕だけに見えるのかな?」


 Bさんは神妙な顔をした。

『ドラッグをやってるからだと思う』

「そうだね・・・でも、君が置いて行ったんじゃない・・・」

『私は癌だったから・・・死の恐怖から逃れたかったの。あなたは今も生きてるじゃない・・・。しかも、どこもわるくないのに』

「僕も苦しいんだよ・・・君を亡くしてしまって」

『早くやめなきゃ・・・』

「でも、やめたら君に会えなくなる気がして・・・」

『大丈夫。私また来るから』


 Bさんは、精神的な苦痛から逃れるために、当時合法だったマジックマッシュルームを食べていたのだ。アメリカでは長らく規制されているが、近年効果が見直されており、一部の地域では、うつ病などの精神疾患の治療目的での利用が認められている。

 一方、日本では2002年から規制されている。過去には飛び降り事故などが起きており、依存性が指摘されている。

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