第2話
最初は頭を少し下げ、会釈をする。
次は手を挙げて挨拶をしたりする。
なんとか彼女にアピールしようと必死に頑張った。
そして遂にメールアドレスを渡すことができ、今日、初めて食事に行くことが出来るのだ。
くうーっ、最高だ。しんどく、つらい仕事のあとでも、この人と一緒に歩けるなら。
今日、この日をどれだけ待ちわびたことか。
吉郎は嬉しさのあまり顔が思わず、ニヤけてしまう。思えば吉郎の人生、女性と関わったことはまったくと言っていいほど無かった。学生時代のちょっとした会話、仕事上での会話程度。
まだ十代、二十代のころならそれでよかった。いつか自分も女性と自然と付き会う機会ができるだろうと思っていた。お茶に誘ったりしてナンパしたり、マッチングアプリを使って出会いを求めたりする必要などない。女性のほうが勝手に寄ってくるような甘い考えを持っていた。
だが・・・・・、三十代後半になるとさすがに現実の厳しさを感じ始める。自分から出会いを求めにいかないと誰も相手にしてくれないことに。
「なーに、ニヤニヤして。エッチなことを考えているなら無駄よ」と朋美は吉郎の顔を見ながらいう。
「私はまだ食事を一緒にするといっただけよ。メールでやり取りしているように、あなたと付き合うつもりはないけど・・・・・・」
「いや、それでも嬉しいです。朋美さんみたいな美人さんといるだけで。オレももう年ですし、今の非常勤の仕事を考えると女性と結婚できるとは思っていないです。それにね・・・・・・」
吉郎は今の自分の立場というものを理解している。女性が結婚したいと思えるほど経済力もなく、また今の仕事を続けていける自信もない。取り柄があるといえば、大卒でちょっとした資格を持っていることと、少し顔が並みより上ぐらい。言いたくはないが、社会的には完全に負け組である。
そのことを朋美に話すと、
「私も似たようなものよ」とクスリと笑った。
「私も三十歳なのに、病院でカウンセラーを非常勤でやっているぐらい。私の上司にあたる医師が精神科の研究をしているから、雇ってもらったわけよ。その人が別の病院に転勤したり、研究を打ち切ったりしたら、きっと私もクビになるわ」
「病院で出会いは多いでしょう。朋美さんはきれいだから」
「ありがとう。でも、私に言い寄ってくる男性は変な患者やちょっと精神的におかしい同僚ぐらいよ」
朋美は臨床心理士であり、大学病院に勤めている。カウンセラーを行っているとはいうものの、単純な知能検査や患者のちょっとした問診をしている程度。精神科の医師がいるのだから、本格的な治療や相談はしていない。本当に非常勤、アルバイトに近い。
そんな会話をしつつ、大通りの角にあった大手チェーン店のファミレス「S」に入る。格安で味もまあまあの店だが仕方がない。吉郎もシャレたレストランや居酒屋に朋美を連れて行きたいが、何しろお金がないのだ。
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