風野吉郎の生活
山川 友秋
第1話
五月中旬の金曜日。風野吉郎は足早に駅の改札口を出た。
今日もしんどかった。
上司から無理な仕事を頼まれるわ、取引先からはクレームの電話があるわ、で精神的ストレスはマックスである。
なんとかクレームのほうは処理できたが、上司からの仕事はまだまだ残っていた。
俺は何のために働いているのか。
別にこんなに必死にお金を稼ぐ必要があるのか。
吉郎はつい、そんなことを考えてしまう。彼はまだ独身で実家暮らしであった。両親はまだアルバイトや派遣で働いているから養う必要もないし、実家に住んでいるので家賃を払う必要もない。年齢は三十六歳。もう結婚していても不思議でない年齢ではあるが、未だに独身。子どももいないのだから当然、養育費もない。お金に困っていないのだ。
腕時計をチラッと見る。時間は夜の八時十分頃か。
通常なら午後六時に就業だから、今日も残業である。
正規職員でもない俺がなんでそこまで働かないといけないんだ。
こんな会社さっさと辞めようかな。
そんなことを思いながら地下鉄の駅を出て、真っ直ぐ直線に歩いた方面にある待ち合わせの広場に向かう。広場では既に数人の若者や中年がたむろしていた。
「すいません、少し待ちました?ちょっと仕事が立て込んでいまして」
吉郎はその広場の片隅のベンチに座っていて携帯をいじっていた女性に声を掛けた。
「風野君、女性をこんなところによく呼び出して待たせるわね。周りの人が少し怖かったんだけど。まあ、あなたから連絡をくれたから二、三分ほどしかここにはいなかっただけどね」と彼女は少し不満そうに言うが、吉郎のことをまんざらでもないようだ。
身長は170センチくらい。吉郎より少し背が低いぐらいの長身で、髪型は茶色かかったボーイシュ。非常に髪が短い。白いワイシャツを着て、下は紺のジーパンという男性のような恰好をしている。
山井朋美―。
スレンダーな体型だが、健康的に引き締まった肢体をしているのがよくわかる。吉郎が一目ぼれした女性であった。
「そういわないでください。この通りにちょっとしたファミレスがあるんですよ」
「わかったわ。じゃ、さっそくそこに行きましょう」
朋美は携帯をしまうと吉郎のもとへ駆け寄ってくる。
彼女からはバラのような香水の匂いがした。
いい匂いだ。
朋美さんも男性的な雰囲気があるが、オシャレもするんだな。
吉郎の今日の疲れが飛んでいくようだ。
毎日、行きたくもない職場に通うのに元気を貰っていたのが山井朋美という女性であった。吉郎と朋美の出会いは電車の中である。吉郎は決まった時間、決まった電車に乗り、いつも通勤している。そのとき、吉郎と同じように同じ時間帯、同じ電車に乗る朋美に彼は気づいた。最初は長身でスタイルも良く、顔も宝塚の男性役のような感じの人だなと思い、ただ遠くから見続けているだけだった。
朋美はいつも携帯を見ながら歩いているだけだったし、吉郎に興味はなさそうに見えた。そんな様子だから、吉郎も一度だけ出会うならば諦めていただろう。
だが、会社に通勤する度に彼女と顔を合わせるのだ。
徐々に吉郎はなんとか朋美と知り合いになりたいと思うのも時間の問題であった。
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