第38話 勇者はパーティーに参加する

「うわっ!?」

「これは……凄いですね!」


 ネイサンと民夫が食堂に入ると、そこは二人が知っている食堂ではなかった。

 至る所に装飾が施されており、机の上には既に様々な料理が用意されていた。

 キッチンの方を見てみると和や小麦達がせっせと動いていた。

 しかし、ネイサン達が気になったのはキッチンでは無かった。

 キッチンの前にはいつもとは違う長机と椅子が置かれており、机の手前に『本日の主役』と書かれた紙が貼られていた。

 ネイサンは気になって民夫の耳に小声で話した。


「なぁ、あれはなんだ?」

「さ、さぁ……触らぬ神に祟り無し。見なかった事にしましょう」


 そう言って、二人は真逆の方向へ歩き始めた瞬間、いきなり肩を掴まれた。


「何処に行こうとしてるの?ほらほら、主役の二人は向こうに歩いた歩いた」


 二人の肩を掴んでいたのは巨内であり、声は便のものであった。

 巨内は相変わらず無表情であり、便はどこか楽しそうな表情をしていた。

 しかし、そこはかとなく抗ってはいけないオーラを醸し出していた。

 二人の出した結論はこうだ。


「「はい、分かりました…」」


 素直に『本日の主役』へと歩いて行った。


 ネイサン達が席に座るや否や、キッチンから一人の男性が出てきて、全員の飲み物のオーダーを取り始めた。

 全員分のオーダーを取り終えると、キッチンへと吸い込まれていった。

 と思ったのも束の間、男性は直ぐに出てきた。

 その手には十個程の大きなグラスを持っており、絶妙なバランスで一滴も零さずに持ってきた。

 全員にグラスが渡るのに、10分も掛からなかった。


「皆、手元に飲み物は渡ったかい?」


 育代がメガホンを使って訊くと、全員がグラスを少し上に持ち上げた。


「よろしい。では、勇と民夫が無事、戻ってきた事を祝して、乾杯!!」

『乾杯!!!』


 全員による掛け声で地面は大きく揺れ、あちこちでグラスの軽快な音が鳴り響いた。

 各々が目の前の料理を食べたい分だけ食べ、飲みたい分飲み、そして喋ったり踊ったり楽器を弾いたりと、自分達がやりたい事をやり始めた。

 そんな光景を見て、ネイサンはかつて自分がラノベに居た時の事を思い出していた。

 魔王メチャワールを倒した後、ココダーヨ城でのパーティーの事をである。


「勇さん、今、昔の事を考えていましたね?」


 隣に座っている民夫が急に話し掛けてきた。


「だから、勝手に俺の思考を読むな。……まぁ、その通りなんだけど」


 ネイサンは民夫の読心術に呆れたが、素直に正解をである事を認めた。

 そして天井を見上げ、かつての栄光に思い耽た。


「メチャワールを倒した後、俺達は城まで戻って大きなパーティーをしたんだ」

「最後にそんな描写がありましたね」

「そうだった、お前は読んでるんだったな。うん、その時の事を思い出してたんだ。豪華絢爛でとても楽しかった事を鮮明に覚えているよ」


 ネイサンは天井から目を離し、皆んながたのしそうにしている真正面を見遣った。

 皆んなが歌ったりしている所を見て、ネイサンは自然と口角を上げた。


「でも、正直な事を言うと、あの時よりも楽しく思えているんだ」

「勇さん……!」


 民夫はネイサンの横顔を見てみると、今まで見た事がない程優しい顔をしていた。

 おそらく、このパーティーを心から楽しく思い、謳歌している事を感じ取れた。


「まったく、嬉しい事を言ってくれるのぉ」


 二人の会話を側から聞いていた育代が、ネイサンの横に立っていた。


「育代さん……あぁ、今、本当に心から楽しく思えているよ。この時間が終わらないで欲しい程に」

「カッカッカッ!それはわしもじゃよ。じゃが、ここまで楽しく思えるのは勇、おぬしのお陰でもあるのじゃよ」

「それはどう言うーーー」


 ネイサンがどう言う意味か訊こうとした時、育代が被せて言ってきた。


「おっと、そろそろわしは向こうへと行こうかの。邪魔になってしまうからな。それじゃあ、勇、民夫、心ゆくまで楽しむのじゃぞ」


 育代はそれだけを言い残し、キッチンへと消えて行った。

 そして、育代と入れ替わるかの様に、今度は和がネイサン達の方に歩いて来た。


「あ、あの……」

「ん?どうしたんだ、和」

「これを食べて欲しくて持ってきました」


 和は手に持っていた器を、ネイサンの手前に優しく置いた。

 すると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。


「こ、これはもしかして……!」

「はい、ブリの照り焼きです」


 和が置いた器には、ブリの照り焼きが綺麗に彩られていた。

 匂いは勿論、形崩れもせずに茶褐色に光り輝いていた。


「頂いても良いかい?」

「勿論です!」


 ネイサンは和の許可を貰うと、早速フォークを手に取り、一欠片にしてからその身を口に入れた。

 すると、芳醇な醤油の香りや甘さが絶妙なハーモニーを奏で、噛んだ瞬間にジュワーッと口いっぱいに広がった。

 その身はとてもホロホロと柔らかく、気が付くと口の中で霧散していた。

 ネイサンはほんの一瞬であったが、十分に堪能した。


「美味しい!前の育代さんのも美味しかったが、それにも劣らない程の美味だ」

「やった!」


 今までで一番の褒め言葉に和は両腕でガッツポーズをして喜んだ。

 そして、そんな和にネイサンは更なる追い打ちを掛けた。


「これからも毎日こんな美味しい料理を食べたいな」

「……それって!?」


 和は喜ぶ事を忘れ、顔を徐々に真っ赤に染めた。

 それを側から見ていた民夫が、目を猫の様に丸くしてニンマリとしていた。

 耳を澄ましてみると、キッチンの方から「カッカッカッ」という笑い声が聞こえてきた、様に感じた。


「あ、あの……私、他にも料理を作ってきますね!」

「えっ!?」


 和は一目散にキッチンへと走り去った。

 そんな和にネイサンは何も言えず、ただ走り去る和の後ろ姿を見送った。


「勇さん……」


 民夫がネイサンの肩に手を置いて言った。


「お見それしました」


 ただ一言、それだけを言った。

 顔を見てみると、必死に笑うのを我慢していた。


「おい、俺また変な事を言ったか?」


 ネイサンはジト目で民夫を睨んだ。

 そう、ネイサンにとって和に掛けた言葉は心からの気持ちであり、不純など一切無いのだ。


「いえ、全く言ってませんよ。ただ、やはり勇さんは天然だなと」


 それから民夫は遂に我慢出来なくなり、大口で笑い出した。

 ネイサンは民夫の言っている意味が分からず、あまつさえ笑っている理由も分からなかった。

 ただずっと頭の上に?マークを浮かべていた。




 ネイサンがパーティーを楽しみながら、食べたり飲んだりしていると、鍛治炉が近づいて来た。

 その両手にはジョッキを持っており、中にはビールが入っていた。


「よぉ、お二人さん。楽しんでいるかい?」

「あぁ、十分楽しんでいるよ」

「そうかいそうかい、そりゃ良かった!」


 鍛治炉が一度、左手に持っているジョッキでビールを喉に流し込んだ。


「プハァーッ!今日は一段と酒が美味い!」


 鍛治炉がジョッキに入っているビールを半分飲み干した。


「そう言やぁ、勇は酒飲んだ事あるか?」

「まぁ、ラノベの中でなら。日本ではまだ飲んだ事無いな」


 ネイサンかそう言うと、鍛治炉が無言で更にネイサンに近づいた。

 そして、顔を近づけながら右手に持っているジョッキを、ネイサンの手前にドンッと置いた。


「何ィ?それは勿体無い!俺のこのビールをやるから飲んでみると良い」


 鍛治炉はそのまま一歩だけ後ろに下がり、ネイサンに催促した。

 ネイサンは鍛治炉から視線を外し、そのままジョッキに目を向けた。

 真っ白な泡と黄金色に輝くビールが、3対7の比率で注がれている。

 ネイサンは喉を鳴らし、ジョッキを持ち上げて縁に口を付けた。

 そして、勢いよく喉に流し込んだ。


 ゴクッゴクッゴクッゴクッ……!


 見る見るうちにビールは消えていった。

 側から見ていた民夫と鍛治炉は思わず「おぉ」と感嘆する程に。

 そして、最後まで飲み切ったネイサンは、ジョッキから口を離してガンッと机の上に置いた。


「美味はった!」


 ネイサンの呂律は既に回っていなかった。

 顔を見てみると顔は勿論、首まで真っ赤になっており、目も若干据わっていた。


「ちょ、ちょっと。大丈夫ですか、勇さん?」


 民夫は心配そうにネイサンに言ったが、当の本人は完全に酔っ払っており、正常な判断が出来なくなっていた。


「あぁ、大ひょう夫だよ……。これくわいで俺がーーー」


 すると、いきなりネイサンは天井を見上げ、そのまま後ろに椅子ごと倒れてしまった。

 目の前がグルグルしながら、星の様な物がチカチカしていた。

 遠くの方で誰かが呼んでいる様に聞こえたが、ネイサンは欲求には抗えず、そのままヒンヤリした床に深い眠りへと落ちて行った。

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