第37話 勇者は自宅に帰る
作人が光に包まれ、泡となって空へと駆け上ってから数日が過ぎた。
その間、ネイサン達は警察署で取り調べやら何やらがあり、小説荘に戻ったのは三日後であった。
余談であるが巨内は話す事が出来ない為、たった一日で解放された。
ネイサンと民夫の二人は警察署を出て、直ぐに小説荘へと向かった。
「なんだか、久しぶりに外の空気を吸った気がしますね」
小説荘に向かう途中、民夫が何の気なしに話しかけて来た。
警察署ではあまりに退屈だったせいか、何かを話さずにはいられなかったのだろう。
その気持ちはネイサンも同じであった。
「そうだな、丸三日も閉じ込められてた状態だったからな」
「本当に酷いですよね。……まぁ、僕がやらかしたせいなんですが」
今回、何故三日間も警察署にいなければならなかったのか。
それは民夫の運転による、公共物などの器物損壊等の事情聴取である。
事件後、民夫達が通った道路はとても酷い有様であった。
ガードレールは変な方向を向き、街灯は折れ曲がり、何十台もの車が玉突き事故を起こしており、道路は完全に塞がれていた状態であった。
民夫は逮捕されかけていたがネイサンや侵入、なんと剛や弾銃郎のお陰で、なんとか逮捕されることは免れた。
しかし壊してしまった物や修理費などの賠償金は、必ず支払う様にと命令されてしまった。
が、これに関しては富華が手を挙げてくれたお陰で直ぐに解決済みとなった。
「なぁ、民夫。なんだか上手く事が進み過ぎてないか?」
「確かに、上手く行き過ぎてるとは思いますけど、偶には流れに乗る事も必要だと思いますよ」
そう言うと民夫はネイサンに向かって、子供の様な屈託の無い笑顔を向けた。
それを横目でチラッと見たネイサンは、大きなため息を一つ吐いた。
「まったく、お前はどこまでも楽観的だな……」
「えぇ、だってこれが僕の性格ですから。何者にも変えられませんよ!」
民夫は自分の性格を鼻に掛けた。
まるでエッヘンと言わんばかりである。
そんな民夫にネイサンはウザく思うのと共に、羨望の眼差しで民夫を見た。
「…ん?どうかしましたか?」
そのネイサンの視線に気付いた民夫が純粋に訊いてきた。
ネイサンは咄嗟に目を逸らした。
心を読まれる事を警戒したのだ。
「いや、何でも無い」
「そんな事無いと思います!こういう時の勇さんは大体何かある時です」
「だから、何も無いって」
「絶対嘘です!僕が暴いてみせましょう!」
「やめろ!勝手な事をするな!」
二人の言い合いは都会の喧騒に負けず劣らずの声量であった。
そして、横を過ぎゆく人や周りにいる人達を笑顔にさせた。
暫くして、二人はようやく小説荘の大門へと辿り着いた。
たった三日しか離れていないというのに、どこか懐かしさを二人は覚えた。
「やっと着いたな」
「そうですね。早く皆さんの顔を見たいです」
二人は皆んなに会える喜びと、ほんの少しのドキドキを抱えながら大門を潜った。
小説荘の庭を歩いている途中、二人はある事に気が付いた。
それは育代の愛車であるGT-Qが何処にも見当たらなかったのだ。
「多分、終了に出しているんですね。後で育代さんと富華さんに謝らないと」
民夫は声のトーンを低くして落ち込んだ。
彼なりにとても反省しているのだ。
後から聞いた話であるが、あのGT-Qはほぼ大破した状態であったらしい。
外装は擦ったり凹んだりしており、至る所の電気系統はショート寸前であり、ブレーキはほぼ効かない状態であったという。
「そんなに落ち込むな。俺も一緒に乗ってたんだ、一緒に謝りに行くよ」
「勇さん……!」
民夫は目をキラキラと輝かせていた。
「ありがとうございます!」
「あぁ、だから早く皆んなの所に行こう」
「はい、そうですね」
二人は足早にその場を通り過ぎ、心を躍らせながら小説荘へと向かった。
また暫く歩き、やっとの思いで小説荘の玄関に辿り着いた。
何故だが、大門から玄関までの距離がとても長く感じ取れた。
「勇さん……押しますよ」
「……頼む」
民夫は恐る恐る、インターフォンを鳴らした。
キンコーン!という、軽快な音が扉から小さく聞こえた。
しかし、待てども待てども誰かが出てくる事は無かった。
不審に思い、ネイサンはもう一度インターフォンを鳴らした瞬間、玄関の扉が開いた。
「はいはい、分かっとる分かっとる」
扉から現れたのは育代であった。
いつもとなんら変わらない育代ではあったが、二人はとても安心した。
「育代さん、ただいま戻りました!」
民夫は勢いよく頭を下げながら挨拶をした。
ネイサンも民夫程ではないが、頭を下げてから挨拶をした。
「育代さん、ただいま」
「おうおう、二人共、おかえりなさい。疲れたじゃろ?早く中に入りなさい」
育代は玄関の扉を開き、二人を招き入れた。
二人は何も言わずに小説荘へと足を踏み入れた。
すると、
パンパンパンッ!
いきなり物凄い数の破裂音と、紙吹雪が舞い落ちてきた。
周りを見てみると、一階から三階まで皆んながネイサン達を出迎えてくれていた。
よく見ると、皆んなの手元にはクラッカーを持っていた。
「せーのっ!」
育代が玄関の扉を閉めた瞬間、いきなり叫び出した。
思わずネイサンと民夫は振り返った。
『勇、民夫、おかえりなさい!!』
育代の合図でネイサンと民夫以外の全員が一斉に声を出した。
それは小説荘を大きく揺らすくらいに。
二人は二度驚いたが、同時に嬉しい気持ちと安心感で胸が一杯になった。
「二人共、おかえりなさい。そして、助けてくれてありがとう」
嬉しい気持ちに浸っている中、ネイサン達の正面から一人、誰かが歩いてきた。
「憑郎!」
「憑郎さん!」
二人にの目の前に現れたのは憑郎であった。
憑郎はあの事件の後、近くの大病院へ入院する事となったのだ。
原因は作人達に撃たれた睡眠弾に致死量の薬物が混入していたのだ。
だから、本来であればまだ病院にいるはずだったのだ。
「ど、どうして憑郎がいるんだ?というより、身体は大丈夫なのか?」
「はい、全く問題ないですよ。寧ろ体を動かしたい気分なんです」
「は、はぁー……」
ネイサンは開いた口が塞がらなくなった。
目の前の状況を理解する事が出来なかったからだ。
「あぁ、説明しないといけませんね。僕がこうしてここに居るのは、便さんのお陰なんです」
憑郎がそう説明すると、正面左側から便が歩いてきた。
「あたしは憑郎を起こす為の薬を調合して処方しただけよ。ま、少し時間は掛かってしまったけどね」
便は自慢気に話すと、何故か憑郎の顔色が悪くなった。
「……でも、もう二度とあの薬は飲みたくないです」
憑郎は一度、大きく身震いした。
やっぱり便の作る薬は絶大であるのと同時に、トラウマを植え付ける物なんだな、と二人は再認識した。
「さぁ、ここで立ち話なんかせず、皆んなで食堂に行きましょ。二人もお腹が空いてるでしょ?」
便が食堂に行く事を催促すると、ネイサンと民夫のお腹が同時に鳴った。
「そうだな、丁度腹が減ってた所なんだ」
「実は僕もなんです」
「それじゃあ、早く食堂に行きましょう!」
憑郎の一言で、その場に居る全員かぞろぞろと食堂へと歩みを進めた。
そして、最後までエントランスホールに残っていた育代が、笑いながら独り言を洩らした。
「カッカッカ!こんな祝い事は何年振りかの。久しぶりに腕がなるわい!」
そうして育代は両腕の袖を捲り、キッチンへと向かったのだ。
ネイサン達が食堂へ向かう途中、金属の擦れ合う音や何かが焼ける音が聞こえてきた。
しかも、ネイサンもよく知っている良い匂いも漂ってきたのだ。
「この匂いは……醤油だな」
ネイサンは醤油の匂いを嗅いだ瞬間、再びお腹を鳴らした。
その音は大きく、民夫や憑郎達が笑った。
「やっぱり、食欲をそそられますよね」
「あの誘惑には勝てませんからね。あー、早く食べたい!」
民夫は食欲を抑えて切れず、一人足早に食堂へと向かった。
それを見て他の人達も後に続いた。
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