第36話 勇者は光を最後まで見守る
「作人君!」
「作人!」
「……!」
ネイサンと
「ははっ……どうやらタイムオーバーみたいだね」
自らの身体が朽ち果てる事実に呆れてしまったのだ。
「作人……」
「もう一回だけ言わせて……ごめんね」
「それ以上、その言葉を使わないでくれよ」
「……」
少紙は涙を堪えていた。
本当に泣きたいのは作人本人である事を分かっていたからだ。
そんな作人は少紙の頭を優しく三回ポンポンと叩いて置いた。
「作人、言いたい事があるなら今の内だぞ。もう君はいつ消えてもおかしくない」
自分が空気の読めない行動をしている事は分かっているが、作人に後悔してほしくないという、剛なりの優しさである。
「確かに、そうですね」
剛に言われた通り、作人はまずネイサン達の方を向いた、
「君達には本当に色々迷惑を掛けてしまったな。
特に民夫、君はいつも僕を気に掛けてくれてたね。
実は嬉しかったんだ。なのに、恩を仇で返す様な真似をしてしまってすまない」
「そんな…全然良いですよ。
確かに悪の方に行った時は信じられなかったですし、正直憤りを感じた事はあります。
でも、作人君は仇なんて返してませんよ!だって、最後まであなたは人を思いやる心を持ってたんですから」
民夫は泣くのを我慢していた。
そのせいで顔は真っ赤になっており、とても辛そうであった。
「まぁ、本当はどんなに頑張っても、最終的には悪人になれないってだけなんだよな」
作人が笑いながら冗談めかして言うと、釣られて民夫も息を吐き出して笑った。
「やっぱり、作人君も勇者なんですね」
「あぁ、どうやらそういう運命みたいだ」
二人はもう一度、お互いの顔を見合いながら笑い合った。
そして作人は笑い終えると今度は巨内の顔を見上げた。
「巨内、君ともほぼ同時期にここに転生したんだよね。こんな不甲斐ない僕を許してくれ」
作人はそう言うと、頭を二、三秒下げた。
「……」
巨内は何も言わず、ただ首を縦に振っただけであった。
意味は「気にするな」であった。
作人はちゃんとその意味を汲み取った。
「ありがとう。巨内、これからも小説荘の事を頼んだよ」
巨内はサムズアップをし、勢いよく突き出した。
それに作人は少し遅れて一緒にサムズアップした。
そして、作人はネイサンの顔を見た。
「
「大丈夫だ。これくらい、ラノベの中では日常茶飯事だったからな。
それより作人、あまり重く思い詰めるなよ。
確かに君は他人を傷つけたかもしれないが、人は殺めていない。
それに自分が今までやってきた行いを、悪しき行為であったと反省もしている。
神はきっと君が思っているよりもずっと軽い罰にしてくれるはずさ」
「……!」
ネイサンは
そんなネイサンに一瞬、虚を突かれてしまった作人であった。
が、すぐに顔を元に戻した。
「やっぱり、君は根っからの正義なんだな」
「『元』勇者だけどな」
その場に居る全員で笑った。
「勇、そんな君に頼みたい事があるんだ。聞いてくれるかい?」
「あぁ、勿論。なんでも言ってくれ」
ネイサンか聞き入れた後、作人は少し間を空けてから口を開いた。
「民夫達と一緒に小説荘を守って欲しいのと共に、
作人は最後の最後まで、悪の事も気に掛けていた。
ネイサンは悪の名前を聞いた瞬間、苦い顔をした。
しかし、その応えは決まっていた。
「…分かった。ちゃんと伝える事を約束しよう」
作人の最後の頼み事を受け持った。
「ありがとう……」
作人はただ一言、優しくて重い感謝を述べた。
最後に作人は少紙を見た。
未だに抱きついている少紙である。
「……なぁ、一つ訊きたい事があるんだが」
「何…?」
「どうして僕を主人公にしたんだ?」
それは子供の様な純粋さを持ち合わせ、あまりにも単純な疑問であった。
しかし、今の作人にとっては訊かずにはいられなかった。
少紙は作人に顔を埋めながら話し始めた。
「…好きな人の事を考えながら書いてたの」
「えっ…?」
心臓が一瞬だけ止まった感覚に陥った。
周りの空気が一瞬だけ無くなり、上手く呼吸が出来なかった。
そんな作人を余所に少紙は尚も喋り続けた。
「昔、私は両親に捨てられて孤児院で暮らしてたの。
それで小二の頃からずっとイジメられてたんだ。
靴を隠されたり、服をズタズタにされたり。
酷い時には、高い所や階段から突き落とされた事もあったわ」
少紙の幼少期はあまりに悲惨であった。
思わず作人は耳を塞ぎたくなる思いであった。
「でもね、ある時、私の代わりに本気で怒ってくれる人が現れたの。
その人は窃盗で捕まって孤児院に入れられた人で、最初は凄く恐い印象だったの。
だって目つきは悪いし、ぶっきらぼうだし…とにかく、何考えてるのか分からない人だったのよ。
でもね……」
少紙は顔を作人から離した。
その顔を見てみると、口角は少し上がっているはずなのに、何故か悲しく見える、不思議な表情をしていた。
「本当は目つきが悪いのは生まれつきで、ぶっきらぼうなのは何を話したら良いか分からないだけだったの。
それである時、どうして盗みなんてしたのって訊いたら、妹にお腹一杯にご飯を食べさせたかったんですって。
その時、私の中でこんな人間になりたいっていう憧れと同時に、次第にその人の事を好きになっていったの」
少紙は作人の顔を見ながらニッと笑った。
「まったく、我ながらチョロいわよね、私」
その言葉で作人も釣られて笑ってしまった。
「その後、お互いに里親が見つかって、離ればなれになっちゃったんだ。
だけど手紙やメールでずっとやり取りしてたから、そこまでは寂しく無かったわ。
……ずっとこんなやり取りが、こんな時間が続けば良いのにって思ってた。
でも……」
少紙の語調はさっきよりも暗くなった。
そして、再び顔を作人に埋めた。
その時少しだけ見えた少紙の表情は、何処か遠くを見据えていた気がした。
「急にその人から連絡が途絶えたの。
何の前触れもなくね。
私は急いでその人の里親に電話して聞いたの。
そしたら、啜り泣きながら答えてくれた。
その人、実の妹と一緒に『焼身自殺』をして亡くなったんだって」
「なっ……!?」
作人はあまりの急展開に、声を出して驚いた。
焼身自殺……死ぬ時に一番苦しむ方法である。
何かよっぽどの事があったのだろうか。
しかし、ここで一つ疑問が浮かび上がった。
「本当にその人だったのか?焼身自殺なら身元を判断するのが難しいばずだ」
少紙はその質問を否定した。
「ううん、警察の人がDNA検査をしたら、その人だって判ったわ」
「…なるほど」
作人の疑問は解消された。
文明の力は作人が思っているよりも、遥かに進んでいる事が今分かった。
「……すまない、話の腰を折った」
「大丈夫、今作人の声が聞けて良かった」
顔は見せていないが、少紙が嬉しそうにしていたのは分かった。
「続けるね。その人が亡くなった事を聞いた後、里親の人に色んな事を聞いたの。
そしたら自殺をする日もいつも通りだったし、遺書も見つからなかったんだって。
だから、どうして妹と自殺したのか全く分からないの」
少紙は一度ここで話すのを中断した。
昔の事を思い出し、話すのが辛くなってしまったのだ。
しかし、その感情は次第に大きく膨れ上がり、遂には破裂してしまった。
「今思えば、もっと色んな事をしておけば良かったって思うよ。
もっと早く会えていたら、もっと早く好きだって言っていたら……もしかしたら、二人は死ななかったかもしれないのに!」
少紙は作人から顔を離し、嗚咽紛れで叫んだ。
その顔は涙と鼻水でグシャグシャであった。
作人は何も言わず、自分から少紙を抱きしめた。
なんとなく、そうしなければならないと感じたのだ。
「……無理に話さなくて良い。今は一回落ち着こう」
作人が優しく囁くとその甲斐もあってか、少紙の気持ちはほんの少し和らいだ。
そして一度鼻水を啜った後、続きを話した。
「その後、私は何も手に付かず三日三晩ずっと泣いてた。
もうどれくらい泣いたかわからないくらいに。
唯一覚えていたのは、その人から貰った最後のメールを読んでた事だけ。
でも、そのメールを読んでた時にふと思いついたの。
その人の事をモチーフにした小説を書こうと。
どうしていきなりそんな気力が湧いたのか、今でもちょっと分からない。
でも私は急いで机に向かって、無我夢中で小説を書いたわ」
話している間に少紙の気持ちは穏やかになっていき、次第に明るさを取り戻しつつあった。
作人もそんな少紙を見てホッと心を落ち着かせる事が出来た。
「そうか、僕の初期設定はアンタの好きな人だったのか。それで最初は妹がいる設定だったんだな」
「うん。でも、考えれば考える程、暗いお話になっちゃって……だから仕方なく設定を新しくしたの」
少紙は今度は作人の胸にポフっと寄り掛かった。
作人の心臓が鼓動する音がよく聴こえた。
「今の僕はその人に似ているのか?」
「うーん、一人称は『俺』だったかな?それにもう少し感情が無かったし、眼鏡は掛けてなかったわね」
「おいおい、全然オーダーと違うじゃないか」
二人は静かに笑い合った。
まるで二人だけの秘密の様に。
「でもね、顔とか優しい所とか似てる所も多いのよ。それにーーー」
少しは作人の顔を真っ直ぐ見た。
「名前も一緒なの」
「えっ?」
なんと驚く事に少紙の好きな人も「サクト」と言うらしい。
そんな偶然があるだろうか。
「そんな事あるのか?……アンタ、育代という老婆を知っているか?」
「イクヨ?いや、知らないわ」
「……それじゃあ、本当に偶然が重なっただけなのか?」
作人はこの信じられない偶然を、素直に認める事が出来なかった。
その原因に育代がいたからだ。
「また顔が険しくなってる。ほら、笑って」
少紙は作人の両頬をつねって上に引っ張った。
結構な力で引っ張られた為、作人の顔は変になった。
「痛い痛い!やめてくれよ!」
「ごめんごめん」
作人は両頬をさすりながら、鋭い目つきで少紙の事を睨んだ。
そんな少紙はあまりに変だった作人の顔に大口で笑うのと同時に、その鋭い目つきに懐かしさと愛おしさを感じた。
あれから十年以上経った今でも、少紙の心はちっとも変わってなどいなかった。
「ねぇ、作人」
「なんだ?」
「私……あの人みたいに他人から憧れられる人になれたかな?」
あの時、少紙が抱いたもう一つの感情である。
「どうだろう…。他人が何を考えているかなんて、分かったもんじゃない。でも、少なくとも今の僕は君に憧れているよ」
「そ、そうなんだ……へへっ、なんだか照れちゃうな」
少紙は照れ隠しからなのか、徐に作人の手を握った。
すると不思議な事に、作人を包んでいる光がその強さを増したのだ。
「……どうやら、本当に時間が無いみたいだ」
作人は自分の消えゆく身体の限界がなんとなく分かった。
「うん……そうみたいだね」
少紙もそれを受け入れる他無かった。
二人は自然とお互いの顔を見合っていた。
そこには悲しいという負の感情や、照れなどの隠したい気持ちは一切無かった。
あるのは感謝の感情だった。
「僕という存在を描いてくれて、ありがとう、少紙………いや、
少紙は心臓がドクンと跳ね上がった。
それは本当の自分の名前を言われたという事ではなく、本当に好きだった『サクト』に言われたと錯覚したのだ。
気が付くと少紙はボロボロと涙を流している事に気付いた。
これではいけないと思い、慌てて涙を拭ってから満面の笑みで言った。
「ううん、こっちこそ私と出会ってくれて、私を支えてくれて、そして、私に存在する意義を持たせてくれてありがとう……
少紙は最後まで言い切ると、作人も満面の笑みを返した。
すると、作人を包んでいた光が更に強く光り出した。
その光はとても小さな光に分裂し、まるで泡の様になって空へと駆け上った。
その泡は一つ一つが星となり、空に還る様な光景であった。
そして、最後の光が空へと上り、淡く消えた。
作人の肉体はこの世から消えてなくなった。
「作人君、消えてしまいましたね」
民夫が小声で呟いた。
その声色は悲哀に満ちていた。
「あぁ、そうだな。でも作人の存在が無くなった訳じゃない。いつ、どんな時でも思えばそこにいるはずだ。
それに、俺は消えたんじゃなくて、元の場所に還ったんじゃないかって思うよ」
民夫はネイサンの自論に驚き、思わずネイサンの顔を見やった。
その顔は作人が消えて行った空を見つめていた。
民夫もゆっくりと空の方を向いて言った。
「そうですね。…そうだと良いですね」
ネイサン達は段々と白んできた空を見上げながら、消えた作人に思いを馳せた。
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