第35話 勇者は生みの親に聞く

 車から降りて来た人物は、なんと作人さくと達によって眠らされていた弾銃郎だんじゅうろうであった。

 弾銃郎は車から降り、ネイサン達に近づいた。


「遅れてしまい申し訳ございません」


 そう言いながら、勢いよく頭を下げて謝った。

 頭を下げた時、眼鏡が少しズレてしまい、右手の中指を使って直した。


「おう、こっちは全然大丈夫だ。……まぁ、一人逃げられちまったけどな」

「そうでしたか」

「それより、身体の方は大丈夫なのか?」

「はい、特に問題はありません」

「そうか、それは何よりだ!」


 ごうは弾銃郎の両肩を軽くポンっと叩いた。


「弾銃郎さん、本当に大丈夫ですか?」


 民夫たみおが心配そうに駆け寄った。

 そんな民夫に対して、弾銃郎は笑顔で答えた。


「あぁ、本当に大丈夫だよ。便よすがのお陰でしっかり起きる事が出来たんだ」

「便さんの、お陰?」

「うん、便さんお手製の気付け薬で起きる事が出来たんだ。なんでも、実験の副産物を基に作ったとか」

「そうだったんですね」

「……ただ、まぁ、二度と飲みたくはないけどね。あれは酷い臭いと味だったよ」


 〜〜〜

「ほれ、起きろ弾銃郎」

 ……ゴクッ!

「(自主規制)」

 〜〜〜


 弾銃郎は気付け薬を飲んだ時の事を思い出し、思わず身震いした。

 どうやら、軽いトラウマになってしまった様だ。


「ごめん、民夫。そろそろ任務に戻る。早くやらないといけない事があるんだ」

「そ、そうでしたね。ごめんなさい」


 それだけを言うと民夫はネイサンの隣りまで戻った。

 そして弾銃郎は一度、剛の方を向いて大きく頷いた。

 剛も察した様子で、何も言わずに頷いた。

 弾銃郎は車の後部ドアまで歩き、そのドアをゆっくりと開けた。


「足元、暗くなってますので注意してください」


 弾銃郎は後部座席に座っていた人物に声を掛けた。

 その人物は弾銃郎の言いつけ通り、ゆっくりと足を地面に付けてから出て来た。


「弾銃郎君、ありがとう」


 中から出て来た人物は優しく感謝を述べた。

 その人物は女性であり、歳は大体30代くらいに見えた。

 身長は155cm程であり、髪は肩までしか伸びておらず、フレームの細い丸眼鏡を掛けていた。

 また知らない人物が現れた為、一先ずネイサンは民夫に小声で訊いてみる事にした。


「民夫、この人は一体誰なんだ?」

「……ごめんなさい、僕にもこの方がどなたか存じません」


 なんと、あの民夫ですら知らない人物であった。

 民夫はなんとなく、巨内きょだいに訊いてみる事にした。


「巨内さんはご存知ですか?」

「……」


 案の定、巨内は何も言わず、ただ首を横に振るだけであった。

 ネイサン達が一体誰なのか推察していると、その女性はこちらへと歩いて来た。

 そして剛に軽く一瞥した後、ネイサン達にも一瞥をした、

 それからネイサン達の横を通り過ぎ、作人と対峙した。


「初めまして……いや、久しぶりだね。作人」


 女性は少し声を張り上げて喋った。

 その語調から、少し嬉しそうに思えた。


「お、お前……お前は…!?」


 逆に作人は今まで以上に取り乱し、尋常ではない程怯えていた。

 震える右腕を前に差し出し、人差し指で女性を指した。


「なんで……どうしてここに!?だってアンタはーーー!」


 作人ら一度唾を飲み込み、呼吸を整えた。

 そして、女性を真っ直ぐと見てから言い放った。


「あの放火で死んだはずだ!本野ほんの 少紙すこし!」


 作人が言い放った後、ほんの少しだけ静寂が訪れた。

 その数秒の間、ネイサンは民夫の言葉を思い出していた。


『作人さんの生みの親である「本野 少紙」先生の家が火事に見舞われたんです』


『本野 少紙』先生、作人の生みの親……。


「「えぇーーー!!」」


 ネイサンと民夫は驚きを隠せず、同時に叫んでいた。

 あの巨内でさえ、目を大きく見開いて驚いていた。

 そんなネイサンや作人達の驚愕している反応を見て、少紙はクスリと笑った。


「ど、どうして少紙先生が生きているんですか?生きているなら教えてくれても……」


 民夫は気が動転しながらも、剛と弾銃郎に訊かざるを得なかった。


「彼女の申し出なんだ」


 答えてくれたのは弾銃郎であった。

 そして、剛が補足した。


「あの火事の時、彼女は俺達特転隊や警察に『自分は死んだ』という、嘘の情報を広めてくれと言って来たんだ。自分には考えがあるとな」

「考え?」


 ネイサンが聞き返した。


「彼女は自宅に火を付けたのが、作人だと確信してたみたいだ」

「どうして分かったんでしょう?」

「分からん。彼女曰く、作人の『性格』が関係しているとかなんとか」

「性格……」

「それで、作人がまた大きな悪さをした時、自分もその場に行くと言ってきたんだ」


 会話は一度、ここで中断した。

 各々が様々な考察をしていたのだ。

 そんな中、口火を切ったのは剛であった。


「そう言えば、あんな絶望的な火事で彼女はよく生き残ったな」

「火事ってそんなに酷かったのか?」


 同時を知らないネイサンが訊いた。


「酷いなんてものじゃなかったよ。あれは地獄そのものだった」


 剛が言うと、弾銃郎も首を縦に振った。

 この二人がここまで言うのであるから、相当な火事であった事が伺えた。


「一体、どうして……」


 民夫がボソッと呟いた。

 そして、ネイサン達は一斉に少紙の後ろ姿を見た。

 謎は深まるばかりである。




 作人は少紙が生きていた事に恐怖し、顔を歪めていた。

 その顔は血の気が引いており、今にも倒れそうであった。

 逆に少紙の方は作人に会えた事が嬉しくて小躍りしていた。


「作人、君に会えて嬉しいわ」

「う、うるさい!僕に話しかけてくるな!」

「つれないわね……あ、そうか。会話しちゃうと消えちゃうんだったわね」


 少紙は手を打った。


「でもね、私が今日ここに来た理由は一つ。作人、君を消す為よ」


 少紙は突拍子もない事を言い、その場に居る全員に激震が走った。


「す、少紙先生、何を言っているんですか!?そんな事をしたら先生にも影響が……」


 民夫はオドオドしながら、なんとかして思い止まらせようとした。

 何としてでも食い止めたかったのだ。

 しかし、少紙はクルッと民夫の方を向いて言った。


「分かってる。でも、やらないといけないの。それにもう覚悟を決めたから」

「そんな……」


 民夫はそれ以上、何も言えなかった。

 そして、一度民夫に微笑んだ後、少紙は再び作人の方に向き直った。

 尚も怯え続けている作人の目を見ながら、少紙は足を一歩、また一歩とゆっくりと歩みを進めた。


「来るな!近づくな!それ以上近づいたら、僕はコイツと一緒に海に落ちるぞ!」


 作人は脅しをかけたが少紙は全く動じず、更に作人へと近づいた。

 更に恐怖を感じた作人は、憑郎をホールドしながら後退した。

 後退しながら後ろを振り向き、後どれくらいで海に落ちれるか確認したその瞬間、パシッという音が鳴った。

 少紙に右腕を掴まれたのだ。


「君は絶対に人を殺せないし、自分も殺せない。だから、その子を離してあげて」

「くっ……」


 作人は数秒だけ抵抗しようと考えたが、直ぐに諦めてため息を吐いた。

 少紙の手を優しく振り払い、憑郎を直ぐ横に横たわらせた。

 その時、頭を強く打たない様にゆっくりと置いてあげた。


「これで、良いだろ」


 何もかも諦めた作人は、少紙の顔を見ないで答えた。

 少し拗ねている様子であった。


「ありがとう」


 それだけを言うと、少紙は急に作人に抱きついた。


「そして、ごめんね」


 少紙はいきなり謝りながら泣き出した。

 そんな少紙に作人は戸惑いを隠せなかった。


「お、おいっ!どうしたんだよ、いきなり抱きついて来たと思ったら泣き出して」

「だって…だって……私のせいで作人が大変な目ばっか遭って」


 少紙は涙声で色んな事を言いたげであった。

 作人は心の中で「やれやれ」と思いつつ、少紙の頭を撫でた。


「言いたい事があるなら、まずは一回泣くのをやめてくれ」

「……うん」


 少しは頷いた後に、鼻水をズズーッと吸った。

 少紙が落ち着くまでの間、作人は撫でるのをやめなかった。


「うん…もう大丈夫」


 少紙がそう言うと作人から離れた。

 それに伴って、作人も撫でるのをやめた。


「さて、何から話そうかしら」


 少紙が迷っていると、作人が間髪をいれずに質問した。


「アンタ、僕が人を殺せないってどう言う意味なんだ?」


 さっき作人が少紙に言われた台詞。

 それは断言する様な物言いであった。


「それはね、作人、君の性格が問題なの」

「どういう意味ーーー」

「初期設定……」


 作人が言い切る前に、少紙はピシャリと言った。

 ーーー初期設定。

 それはネイサン達に出した問題の答えである。


「作人、実は君の初期設定の中に、『優しい』とは別に『人を殺す事が出来ない』ていう設定をしてたの」

「人を殺す事が出来ない」


 作人はボスの言葉を思い出した。

『どんなに頑張っても悪人にはなれない』

 辻褄が合った。

 そして、ある一つの事に気が付いた。


「……まさか、アンタがあの火事で死ななかったのって!」


 少紙は首を縦に振った。


「そう、君が『人を殺す事が出来ない』人間だから、私はあの火事では死なず、今生きているの」


 あの絶望的で地獄と化していた火事は、『作人』が火を付けたから誰一人死ななかったのだ。

 もし他の人が火を付けていれば、今頃少紙はこの世にはいなかったであろう。


「そう……だったのか」


 事の真相を知ってしまった作人は、それ以上何も言い出せなかった。


「因みにねーーー」


 少紙はいきなり作人の耳に近づき、囁き声で話した。


「私の本当のなまえは『不死火ふしび 不死子ふじこ』って言うの」


 それだけを言うと、少紙は作人の耳から離れた。


「だからね、多分だけど私は火事では死なないと思うわ」


 少紙はまるで子供の様にニッと笑った。

 その顔を見てら作人は心がじんわりと温かくなるのを感じた。


「あ、そうそう。作人の初期設定って実はまだあるの。例えばーーー」

「ピッキングですか?」

「そうなの!……て、あれ?」


 答えを言ったのは作人ではなく、少紙の後方からであった。

 振り返ってみると、すぐ近くにネイサンや民夫達が立っていた。


「えっと…確かあなたは民夫君、だったわよね。正解よ、どうして分かったのかしら?」

「作人君達が小説荘に侵入出来たからです」


 民夫はキッパリと言った。

 自信があったのだ。


「作人君達が小説荘の玄関の鍵など持ち合わせているはずがない。それに窓ガラスが割れた音や痕跡も無かった。となると、玄関をピッキングして侵入したのが有力です。小説荘は意外と防犯対策がなされてなく、ピッキングをする時間はたっぷりとあったと思います」

「なるほどね」


 少紙は納得、というよりも民夫に感心していた。


「それにしても、まさか作人君にそんな初期設定があるなんて驚きました!先生の小説のファンとしては、裏の設定が聞けて嬉しい限りです!」


 民夫のボルテージが徐々にヒートアップしてきた。

 そんな民夫に対し、少紙は顔を少し赤らめ、頬を指で掻き始めた。


「そ、そうなんだ。へぇー…ふーん…」


 少紙の中で恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちが拮抗しており、複雑な心境であった。


「……どうして僕にそんな設定をつけたんだ?」


 作人は一人冷静であり、一つ思う事があって少紙に質問した。

 その質問で少紙は我に返り、作人にその真相を明かした。


「実は初期の段階では、君はスラム出身の人だったの」

「そうなのか?」

「うん、毎日自分達が生きる為に、食べ物やお金を盗んでたっていう設定だったの。お金や名声にがめつかったり、ピッキングが出来たのはそれが原因よ」

「そうだったんですね……ちょっと待って下さい。自分達って?」


 民夫が急に声を上げて引っかかった。

 またしても民夫の知らない設定だったのだ。


「確か作人君は一人っ子だったはずです」

「うん、それも後から変更したの。初期設定では作人には三つ下の妹がいたのよ」

「……」


 作人は何も喋らなかった。

 ただ険しい顔をしながら、何か考えている様子であった。


「だけど書いていく内に段々と悲惨な物語になっちゃって…。だから、もう一度設定からやり直したのよ」

「そんな初期設定がなされていたんですね。知りませんでした」


 民夫は普段絶対に知り得ない情報を知ってしまい、目をキラキラ輝かせながら喜びで一杯になった。

 そんな民夫を見た少紙はなんだか面白おかしく思い、ただただ微笑むのみであった。

 しかし、そんな中で作人は一つ思い出した事があった。


「ちょっと待ってくれ、その三つ下の妹の話なんだが、もしかして『ジェーン』という名前じゃないか?」


 作人の言葉に少紙は目を大きく見開いた。


「……えぇ、そうよ。妹の名前は『ジェーン・ライター』という名前だったわ」

「やっぱり……」


 作人は妹の名前を正解したというのに、喜びもせずまた一人何か考え込んでしまった。

 そんな会話にネイサンが割り込んだ。


「なぁ、ちょっと良いか?初期設定ってそんなに覚えてるもんなのか?俺は言われるまで全く気が付かなかったんだが」

「確かに……言われてみればそうですね」


 すると一同は考え始めた。

 様々な理論や事象を汲み取り、複雑な仮説を立てていった。

 そして、一番早く口を開いたのは弾銃郎であった。


「『上書き保存をしなかった』とかですかね?」


 それは理論も事象もへったくれもなく、またとても単純な仮説であった。

 しかし、これに一番大きく反応したのは少紙であった。


「それ、あるかもしれません!私は初期の設定を捨てずそのままにして、また一からやり直したんですから!」


 気持ちが昂り始めた少紙。

 しかしそれに水を差すかの如く、剛が訊いた。


「だが、それだけでこんなに思い出せるもんなのか?俺なんて昨日の夕飯すら思い出せんのに。絶対無理だぞ」

「それなら説明出来ますよ」


 少紙は『説明しよう』のポーズをとりながら、まるで剛の質問を予め用意してたかの様に答えた。


「ゲームのセーブデータだと思えば良いんですよ。セーブデータ1に初期設定、2にはやり直した設定と」

「だが、それだと共有はされないんじゃないのか?」

「確かに直接は共有されないと思います。ですがそこにデータがある、と言う事が重要なんです」

「な、なるほど……」


 少紙の説明と気迫に、剛はタジタジになった。

 だが筋が通っていると思い、納得せざるを得なかった。


「はぁ…なんだか色んな事が起き過ぎて疲れて来たな。……あれ、力が、入らない」


 急に作人が地面に力無くへたり込んでしまった。


「わわっ!作人、大丈、夫……」


 少紙は最後まで言い切る事が出来なかった。

 いや、少紙じゃなくても最後まで言い切れる者はいなかったであろう。

 何故なら、作人の身体は眩い光に包まれていたからである。

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