第34話 勇者は追い込む

「お、おいっ……!この状況、どうするんだよ!」

「うるさい!今考えてるんだから静かにしててくれ!」


 ネイサン達が話しているのを余所に、作人さくと達は切羽詰まっていた。

 何故なら予想外の事ばかりが起きているからだ。

 作人達にとって一番手痛かったのは、ごうがこの場に駆けつけた事である。


「一体どうすれば……何か打開策はないのか」


 作人は脳をフル回転させた。

 様々なシミュレーションを行い、今この状況における最善策を模索した。

 しかし結果はどれも同じく、不可能という文字がしか浮かばなかった。


「くっ……万事休す、か」


 作人が何も出来ず、全てを諦めかけたその瞬間、


「……ん!?」


 急にあくが握りしめていたスマホが鳴ったのである。

 慌てて悪がディスプレイを見てみたが、その顔は不思議な物を見る表情であった。


「非通知?」


 なんと掛かってきた相手は悪にも作人にも分からない人物であった。

 不思議と思いつつも悪は何の迷いもなく、掛かってきた非通知に出た。


「……もしもし」


 恐る恐る声を掛ける悪。

 しかし、数秒後には声色を変えて喜んだ。


「ボスッ!」

「何っ、ボスからだと!?」


 悪の言葉にさすがの作人も声を荒げた。

 暫くの間、悪が「あぁ」などの相槌を打ちながら話していた。

 時折見せる不気味な顔が印象的であった。


「あぁ……ハッハッハ!ボス、分かったよ。それじゃ、作人に渡すぜ」


 悪はボスとの会話を終えると、通話を続けたまま作人にスマホを投げ渡した。

 いきなり渡されたスマホを作人はキャッチし、一度スマホのディスプレイを見てみた。

 そこには確かに非通知と表示されていた。

 未だ不信感を募らせていた作人であったが、意を決してスマホに耳を当てた。


「はい、作人です」

『おぉ、作人か。まだ元気そうだな』


 電話の向こうにいた人物は、確かにボスであった。

 作人は心の中で「元気ではない」と言いつつ、ボスにどうしても聞きたかった事を訊いた。


「ボス、どうして電話に出なかったんですか?おかげで僕の計画が崩れましたよ」

『いや〜、それに関しては本当にすまない。どうしてもそうしなければならない事情が出来てしまってね』

「どうしてもそうしなければならない事情?」


 作人は思わずボスの言葉を鸚鵡返ししてしまった。


『そうだ。実は相手側に凄腕のハッカーがいる事が分かってね。探知されると思ってスマホを壊してしまったんだよ』

「……なるほど」


 作人は関心した。

 ボスが言っている事は本当なのだろう。

 民夫たみお達の右耳に差してあるイヤホンがその証拠だ。


「電話の件については分かりました。ですが、どうして仲間の船が来ないんですか?もう時間はとっくに過ぎてますよ!」


 作人が民夫達の時間稼ぎに加担した理由は、予定より早く指定場所に着いてしまい、待つ時間が欲しかったからである。

 本来であれば既に仲間の船と合流し、事なきを得ていたはずだったのだ。

 そんな余裕綽々で待っていた作人であったが、待てど暮らせど仲間の船はやって来ず、終いには特転隊の剛までが来てしまう始末である。

 何もかも上手くいかない憤りを作人はボスにぶつけたが、ボスは妙に明るく答えた。


『あ〜、その事についてなんだが、連中に捕まったらしくて、そっちには来ないぞ』

「はっ?」


 作人は呆気に取られ、喉から変な声が出た。


『だから、船の奴らは全員特転隊に捕まったからーーー」

「い、いえ、そこは分かってます」


 ボスの言葉を遮り、今起こっている状況を整理する作人。

 一つずつ整理し、導き出した答えは『失敗』の二文字であった。


「ボス、僕達はどうすれば良いですか?」


 作人は早口で捲し立てた。

 それ程までに作人は切羽詰まっていた。


『それなんだが、悪にはまた違う指定位置まで泳いでもらう事にしたよ』

「泳ぐ?」


 作人は悪を一度見てみた。

 すると、悪は右手をサムズアップして笑った。

 どうやら、この提案を受け入れたらしい。


「そ、それで僕はーーー」

『あぁ、その事なんだが』


 急にボスが作人の質問を遮った。


『作人、君はクビだ』

「え……」


 それは突然の裏切りであった。

 頭の中でボスの発言を反復し、自分の中で噛み砕いた。


「ボス、どうしてですか!?僕はいくつもの悪事を働き、色んな作戦を成功させたじゃないですか!なのにどうして……」


 作人は今にも崩れかけていた。

 足はガクガクと震え始め、目の焦点は段々と合わなくなっていった。


『君が十二分に働いてくれてた事は分かってる』

「なら、どうして!」

『作人、君は「悪に染まりきれなかった」んだよ』

「……」


 作人にはボスの言っている意味が理解出来なかった。

『悪に染まりきれなかった』とは、一体どういう意味なのか。

 作人は刺激が欲しくて、邪魔なライバルを消したくて、様々な悪事を働いた。

 そう、『自分の生みの親を放火で殺す』までに。


「意味が……分かりません」


 作人の言葉は抑揚が無く、無感情な語調であった。


『うん、君が混乱し、悲しみに打ちひしがれる気持ちは分かる。俺だって本当は君の様な優秀な部下を失いたくないんだよ。…でもな、君は所詮、正義側の人間なんだ』

「……」


 遂に作人は何も喋らなくなってしまった。

 色んな考えや感情の波に飲まれ、軽く頭をショートさせてしまった。


『その証拠に、もう暫くだけそこに居てみると良い。君の「本当の性格」が分かるはずだよ』


 ボスは作人に対し、極めて明るく振る舞った。

 少しでも気持ちを穏やかにして欲しいという、ボスなりの優しさなのだろう。


『さて、そろそろ俺もここを離れないと。名残惜しいがここまでだな。

 作人、君はどんなに頑張っても悪人にはなれない。

 それにはちゃんとした理由がある。

 それを受け入れて生きろ。

 分かったかい?』

「………はい」

『よろしい。あ、あと夏だからって、クーラーをガンガンに効かせて寝るなよ!風邪引くーーー』

 ピッ!


 作人はボスとの通話を切り、スマホを持っていた腕をダラリと下げた。


(どんなに頑張っても悪人にはなれない)


 作人は何回もボスのこの言葉を反復さ。

 一言一句違わずに、何度も何度も唱えた。

 すると、頬に何か温かいモノが流れた。

 掌で拭ってみると、それは涙であった。


「おいおい、お前泣いてるのか?」


 悪は作人を茶化した。

 その語調は笑うのを我慢している様であった。


「う、うるさい!泣いてない!これは汗だ!」


 作人もまるで小学生の様な意地を張った。

 悪には自分の弱い部分を一番見せたくなかったからだ。

 それは、馬鹿にされたくない為、自分が強い悪人である為、そして、最高のパートナーである為。


「ハッハッハ!これはボスに良い土産が出来たぜ!さてと……」


 悪はいきなり後ろを振り向いた。

 その眼前に広がる景色は海という名の闇であった。


「本当に行くのか?」

「おう、勿論。こんな所で捕まりたくないからな」


 悪の決意は固かった。

 どんな言葉で揺さぶっても、倒れる事はないだろう。


「それじゃ、作人。達者でな」

「あぁ、お前もな」


 悪はとてつもない力で地面を抉りながら蹴った。

 そして猛スピードで走り、漆黒の闇へとジャンプした。




「メチャワールッ!」


 悪のいきなりの行動にネイサンは反射的に叫んでいた。

 それは民夫も剛も巨内も同じだったらしく、体が自然と動いていた。


「ここより先には行かせないよ!」


 作人が憑郎つきろうの前まで来て立ち塞がった。

 その目を見てみるとさっきとは打って変わって何か覚悟を決めた、そんな風に見て取れた。


「作人、そこをどいてくれ!」

「いや、絶対にどかない!」


 作人の意志は思った以上に固かった。

 視線を少しずらして海の方を見てみると、既に悪が泳いでいる気配はなく、少し荒立った波がそこにはあった。


「……これはもう追えんな」


 さすがの剛もこの海は危険と考え、悪を追うのを諦めた。

 その時、ネイサンは一つ疑問を抱いた。


「作人、どうしてお前はメチャワールと一緒に逃げなかったんだ?」

「……」


 そう、悪と一緒に海に飛び込み、逃げるというのも一つの方法なのだ。

 しかし、作人はそれを実行しなかった。


「勇(いさみ)さん、作人君はカナヅチで泳げないんです。ラノベの中でもその描写がありました」


 作人が出ているラノベを読んだ事がある民夫が言うのだから、ネイサンは納得せざるを得なかった。


「それに仮に一緒に飛び込んでも、結局は隊長さんに捕まるのが目に見えてたしな」


 作人はやれやれとポーズをした。

 口角が少し上がっていた様に見えた。


「作人君、これからどうするつもりですか?」


 民夫が悲しげに、しかし優しく質問した。

 すると作人は少し考え、間を空けてから口を開いた。


「そうだな……このまま捕まるのは、正直僕として嫌なんだよね」


 そして、作人は憑郎の後ろに回った。


「だからさ、コイツと一緒に海に飛び込んで、死のうと考えたよね」


 作人は憑郎を後ろからホールドし、後ろへと歩みを進めた。

 憑郎が座っていた椅子がガンっと音をさせて倒れた。


「なっ!?馬鹿な真似はよせ!」


 剛が声を張り上げて怒鳴った。


「僕は本気だ!このままコイツと一緒に海の藻屑になってやる!」


 ブオォォォン!


 作人が言い切った後、ネイサン達の後ろから車のエンジンの様な音と共に、眩しい程のライトが照らされた。


「な、なんだ!?眩しい!」

「今度は何が来るんですか!」


 各々言いたい事を言っていると、煌々と光る物体は物凄い勢いで、ネイサン達の方に突っ込んで来た。

 そして、キキィー!という音をさせながら、ドリフトをして止まった。

 ネイサン達の手前で止まったのは、ごく一般的な車であった。

 運転席のドアが開き、中から人が露わになった。

 その瞬間、ネイサンと民夫、そして、作人までもが叫んだ。


「「弾銃郎(だんじゅうろう)さん!」」

「お前は、あの時の……!」

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