第32話 勇者は更なるルールを知る

 侵入しんじゅからの連絡で少し余裕が出て来たネイサンと民夫たみお

 そんな二人にあくは少し後ろに退いたが、作人さくとは微動だにしなかった。


「なんだか調子を取り戻したみたいだな。応援でも来るのか?」

「「!?」」


 作人が微動だにしなかった理由。

 それは既に逆算されていたからであった。


「そして、これから時間稼ぎをしよう、そういう算段なんだろ?」

「「……」」

「おっと、どうやら図星のようだね」


 作人はネイサン達の思考を読み取る事ができ、再び笑みを浮かべた。

 そして逆にネイサン達の表情は険しい顔に戻ってしまった。


「……良いよ。その作戦、掛かってあげるよ」


 作人の余裕のある含みにネイサンは苛立ちを覚えた。


「何でそんなに余裕そうなんだ」

「何でって、こっちにも策があるからさ」


 作人は笑っていた顔を引き締め、真剣な表情で答えた。


「大体、君達二人で僕らを捕まえられる訳無いだろ。そうなると、応援を呼ぶのが普通だろ?」


 そこまで言い切った後、作人は考えるポーズをしだした。


「そうだな〜、『特転隊』が来るんじゃないかな?」


 作人はネイサン達を煽るような言い方で答えを出した。

 これにもネイサンと民夫は何も言えず、押し黙ってしまった。


「あれ?もしかして、これも当たった感じかな?」


 作人はいきなり大声で笑い出した。

 それに釣られるかの様に悪も一緒に笑い出した。


「あー、笑った笑った!まさかこんなに言い当てられるとは思わなかったよ」


 作人は呼吸を整える為、深呼吸を二回行った。


「ふぅー。さて、君達の目論見通り、その時間稼ぎとやらに付き合ってあげるよ」


 作人は口角を少し上げ、ニヤッと笑った。

 ネイサン達はというとその場凌ぎの時間稼ぎである為、何も良い案が出てこなかった。


「おいおい、黙ってたら時間稼ぎにならないぜ?」


 悪が火に油を注ぐかの如く、ニヤニヤしながら煽ってきた。

 そんな悪を一発でも殴りたかったネイサンであったが、この場を穏便に済ませる為にその場から動かずに耐え忍んだ。


「作人君……」


 急に民夫が口を開いた。

 その声は悲しそうであり、しかし、迷いもあるような不思議な声色であった。


「なんだい、民夫」


 作人は民夫の呼び掛けに対して、高圧的な返事をした。


「作人君も育代いくよさんから色んな事を教えてもらったり、お世話になったはずです。どうしてこんな、恩を仇で返すような真似をするんですか」


 民夫の声は小さくて少し震えていたが、悲痛の叫びの様であった。


「育代…?あぁ、あの人か」


 作人は一瞬、忘れたけていた。


「確かに僕も育代さんきはお世話になったよ。ここに来て初めて食べた『ブリの照り焼き』は未だに忘れてないさ」


 ブリの照り焼き……奇しくも、ネイサンが初めて日本で食べた料理と同じである。

 いや、おそらく育代は転生者に対して、一番最初に食べさせる料理を決めていたのかもしれない。


(だとしても、あんなに美味しいご馳走を食べておいて、こんな事をするなんて)


 ネイサンは怒りで腸が煮え返った。


「だけどな、僕にとって小説荘は退屈過ぎるんだよ。何せ刺激が少ないからね」

「刺激、ですか……」

「そうだ。作家…いや、クリエイターというのは、常に新しい刺激を欲する者なのさ。そして、その刺激を使い、より面白い物を創る!そういう人種なんだよ」


 作人はまるでクリエイターを代表する様な口ぶりで言った。

 ネイサンも民夫も作人が言っている事は十分理解出来た。

 しかし、やはり納得は出来なかった。


「だからって、悪の道に進まなくてもーーー」

「チッチッチ」


 作人は人差し指を前に突き出し、その指を横に振った。


「民夫、君は何も分かってないな。こっちの刺激は凄いぞ。小説荘の何百、何千倍もあるんだ!」


 作人の声量は次第に大きくなり、目も比例して大きくなった。

 興奮しているのが目に見えて分かった。


「それにな、民夫。こっちに居れば邪魔なライバル達も消せるんだよ。俺にとっては一石二鳥どころか、一石三鳥なんだよ!」


 作人の声はコンテナで反響し、その場の空気を大きく震わせた。

 暫く反響した後、声は空しく霧散し、後に残ったのは波の音だけとなった。


「やっぱり、お前は外道に堕ちたな、作人」


 ネイサンは独り言の様に小さく毒を吐いた。


「フンッ、なんとでも言うが良い」


 作人は腕を組みながら、瞼を閉じた。

 その表情は怒っている様にも見えるし、悲しんでいる様にも見えた。


 不思議に思ったネイサンは、今までずっと疑問に思っていた事を民夫に訊いた。

 それは最近転生したネイサンだからこそ、知らない事である。


「なぁ民夫、作人はラノベや小説荘に住んでた時、こんな性格をしてたのか?」


 そう、作人の性格についてである。

 仮にも作人はラノベの中では世界を救った人物、勇者に位置する人物なのだ。

 しかし、今ネイサン達の目の前にいる作人は悪人そのもの、全くの別人に見えるのだ。


「いえ、こんな性格はしてませんでしたよ。……一体、どうしてなんでしょう?」


 どうやら、民夫も作人の性格の違いについて分かっていないらしい。


「おいおい、僕のこの性格は元々だぞ!」


 作人は大声で二人の疑問に答えた。


「そんな訳ありません!ラノベの中や小説荘に住んでた時の作人君はそんな性格ではなかったです!確かに少し無愛想な部分はありました。それでも、あの時は優しかったはずです!」


 民夫は先程の作人の声の二倍、三倍の声量で否定した。

 余程、作人に対して思い入れがあるのだろう。


「……チッ」


 作人は両手を腰に当て、一度小さく舌打ちをした。

 それから特大のため息をしてから、民夫の目を見た。

 その目には今にも流れ落ちそうな涙が浮かんでいた。


「……もう一度言うが、僕の性格はこれが本物だ」

「でもーーー」

「ラノベや小説荘での僕は、本当の僕ではない」

「……」


 作人の応えに民夫は膝を震わせ始めた。

 それはそうだ、民夫にとって作人の行為は裏切り同然であったからだ。


「それに君達はまだ理解してない事もあるみたいだしね」

「理解してない事?」


 作人が急に意味深な事を言い、思わずネイサンは訊き返していた。


いさみ、君は自分のラノベを読んだ事があるか?」


 作人が突拍子も無い事を言い始めた。

 一体、どう言う意味が込められているのか分からなかったが、ネイサンは自分が転生してから直ぐの事を思い出した。


「あぁ、一度だけ読んだ事がある」

「その時、何か違和感を感じなかったかい?」


 作人に言われ、ネイサンはあの時読んだ内容を思い返した。

 幼き頃の自分、メチャワールの出現、勇者になる覚悟、日々の鍛錬。

 色んな話を思い出したが、特に違和感は感じなかった。


「……いや、特にこれと言って変な所はーーー」

「車酔い……」


 口を閉ざしていた民夫が、急に小さな声でネイサンの言葉を遮った。


「車酔いってどういう事だ?何か違和感と関係があるのか?」


 ネイサンが民夫に問いかけると、民夫はネイサンの方を向いた。


「僕が車を運転してた時、車酔いを起こしてましたよね?今考えると実は凄く変なんです」

「どう変なんだ?」

「勇さん、ツレナイ港から船でダダピロ海に出たのを覚えていますか?」


 まだネイサンがラノベの中で活躍していた頃の話である。


「勿論、覚えているさ。いきなりクラーケンが現れた時の事だろ?」

「そうです。その時の船の揺れ方、覚えていますか?」

「確かあの時は……そうだ!尋常じゃないくらい揺れていたな。でも、普通に戦って……あっ!」


 ようやくネイサンにも違和感の正体に気が付いた。

 ラノベでは平気だった事が日本では平気ではない。

 矛盾が生じているのだ。


「だが、どうしてなんだ?」

「……どうしてなんでしょう」


 二人は考え始めた。

 しかし、ネイサンは日本に来て日が浅い為、いくら考えても答えには辿り着かなかった。


「……まさか」


 民夫が何かに気が付いた。

 目を大きく見開き、頭の中で何度も思考を巡らせた。

 しかし、何度もやっても同じ結論に帰結した。


「民夫、何か分かったのか?」


 ネイサンはゆっくりと民夫に訊いた。

 すると民夫は何も言わず、ただ一回頷いてからその答えを言った。


「……初期設定」


 ただ一言、たった一言だけを呟いた。

 ネイサンは一瞬、何を言っているのだろうと耳を疑った。

 しかし、初期設定で考えてみると、矛盾は解消されるのだ。


「どうやら、正解に辿り着いたみたいだね」


 作人は待ってましたと言わんばかりの言い方で、ゆっくりと拍手をした。

 悪も分かっているんだか分かっていないんだか定かではないが、一緒に拍手をした。


「で、ですが、まだ仮定の話です。そんな事あるはずーーー」

「あるんだよ、実際にな」


 作人は民夫の言葉を遮り、初期設定の話を無理矢理押し通した。


「民夫、自分にも心当たりがあるんじゃないか?自分か登場するラノベを読んでいる君なら分かると思うぞ」


 そう言われた民夫は、目を閉じた。

 一瞬険しい顔をして数秒間の沈黙の後、民夫はゆっくりと目を開いた。


「……あり、ます」


 民夫は認めてしまった。

 本当は「ない」と言いたかったのだろうが、決定的に違う部分があったのだ。


「ハハッ、これで僕の性格はこれが本物である事がが確立されたね」


 作人はまた嫌な笑みを浮かべた。

 そんな作人の顔を見て、ネイサンの怒りは頂点に達しようとしていた。

 しかし、ここでなんとなくであるが、ネイサンは作人に対して何か違和感を感じた。

 それは説明しろと言われても困る様な違和感である。


「さて、そろそろ時間かな?おい、悪。ボスに連絡を入れてくれ」

「おうよ」


 悪は作人に言われた通り、ポケットからスマホを取り出し電話を掛け始めた。

 その間、他の三人は何もせず、ただ黙って立ち尽くすのみであった。


「……ん、あれ?おかしいな」


 電話をしていたはずの悪がスマホの画面と睨めっこをした。


「どうした?」

「ボスと繋がらねーんだ。『この電話番号な使われてない』って」

「そんな馬鹿な!」


 作人は悪のスマホを引ったくり、もう一度掛け直してみた。

 しかし結果は同じく、繋がる事は無かった。


「クソッ!どうして繋がらないんだ!」


 作人はスマホを悪に投げ返した。

 その瞬間、


 ドゴォーン!……ガゴォーン!


 地響きに似た音が、どこからともなく聞こえてきたのだ。

 その場に居る四人は音の正体を確かめるべく、辺りを見回した。


「あ……あれはっ!?」


 悪が急に指を差した。

 その方角は丁度ネイサン達の真後ろであった。

 ネイサンと民夫は同時に後ろを振り向いてみると、到底信じられない事が起こっていた。


「い、一体、何が起こっているんだ……」

「夢でも見ているのでしょうか」


 四人が見た光景、それはあの大きなコンテナが数個、宙を舞っていたのだ。

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