第29話 勇者は予感する

 憑郎つきろう護衛 五日目

 四日目、そして五日目の夕方まで、双方どちらも特に大きな出来事は起きなかった。


 四日目である昨日はネイサン達三人とごう、そして便よすがの五人が一緒であった。

 五人で朝食を摂っている時、朝のニュース番組を見ていた。

 その内容はとある動物園でパンダの赤ちゃんを観覧出来る、というものであった。

「興味深いな」とネイサンが一言呟くと、民夫たみお達も次々と見てみたいと言い出した。

 結果、この五人で動物園に行く事が決定した。


 早速動物園に着くと既に大勢の人でごった返していた。

 チケットを買うのにも一苦労である。

 しかし、この人混みはゲートを潜った後も続いていた。

 仕方なく、五人は人気ひとけの少ないコーナーから周る事にした。


 民夫と便は終始、子供の様にはしゃいでおり、憑郎がまるで二人の親の様に付いて行っていた。

 ネイサンはと言うと、ずっと動物を見ながら「これは食える」「これは食えない」と一人で吟味していた。

 そんなまとまりの無い中、剛は職務を忘れずに、自分のペースで動物園を楽しんでいた。

 因みにパンダの赤ちゃんはあまりの人集りの為、また後日という事になった。




 五日目である本日はネイサン達三人と弾銃郎だんじゅうろう、そして鍛治炉かじろの五人であった。

 昨日と同じく朝食を摂っていると、ネイサンが「他にも動物を見てみたい」と呟いた。

 すると何処からともなく富華とみかが現れ、「でしたら、水族館なんてどうかしら?」と言いながら、都内で有名な水族館のチケットを五枚取り出した。

 ネイサンは有り難くそのチケットを貰い、富華も一緒に行くか誘ってみた。

 しかし「今日はFXをする日ですの」と言って、富華は高笑いをしながらその場を去った。


 富華から貰ったチケットを使い、五人は水族館へと入った。

 中は昨日の動物園程では無かったが、家族連れやカップルなどで賑わっていた。

 暫く歩いていると、ネイサンは自分達に向けられている視線が気になった。

 それもそのはず。

 身長や体格、年齢などがバラバラな五人組が水族館にいる。

 怪しくない訳が無い。


 しかし、そんな事に全く気付いていないのか、それとも気にも留めていないのか、民夫は昨日の動物園同様、子供の様にはしゃいでいた。

 そして、その後ろから憑郎が保護者の様に付いて行っていた。

 更に憑郎の後ろには弾銃郎も付いて行くという、なかなかにシュールな図が完成していた。

 一方その頃、ネイサンと鍛治炉は大きな水槽の前で「あの魚は美味しそう」「この魚は干物にして食べると酒が進む」など、各々食べる事で頭が一杯になっていた。




 ネイサン達が小説荘に帰ってきたのは、既に18時を回った頃であった。

 民夫が小説荘の玄関の扉を勢いよく開き「いや〜、今日も楽しかった」と笑顔で叫んだ。

 それに釣られて他の四人も笑顔で小説荘へと入った。

 しかし、その笑顔は直ぐに消えてしまった。


「お、おい、どうかしたのか?」


 唯一状況が飲み込めない鍛治炉がネイサン達に訊いてきた。

 すると、応えたのは弾銃郎であった。


「空気が……ピリついてる」


 そう、普段と変わりなく、食堂から料理を作っている音が響き渡っている。

 しかしなんとなく空気が変であり、忙しないのである。

 ネイサンですら変と思う程に。


「……行ってみよう」


 ネイサンが口を開くと、皆んなも一度頷いてから食堂へと向かった。




 トントントントンッ!

 シャカシャカシャカシャカ!

 ジュュューーー!


 キッチンではネイサンが一度も聴いたことが無い、騒々しい音で溢れかえっていた。

 よく見ると育代いくよのどかだけでなく、名前の知らない人達が四、五人、一生懸命に調理をしていた。


「こ、これは一体……」


 食堂に入るや否や、ネイサンは驚いていた。

 ここ小説荘の食堂では異様な光景であったからである。

 暫く呆然としていると育代がネイサン達に気が付いた。

 そして懐から何かを取り出し、それを口元まで持ってきた。


「おぉ、おぬしらやっと帰って来たか!!はよ、こっちに来んかい!!」


 なんだか既視感のある、メガホンを通しての育代の声であった。

 しかし調理の音の方が大きかった為か、育代の声が丁度良い声量になっていた。

 ネイサン達は育代に言われた通り、キッチンに近づいた。




 キッチンに近づくにつれて騒音だった音は更に大きくなり、匂いも複雑に絡み合っていた。


「育代さん、何かあったのか?」


 ネイサンが訊いてみたが暫くは返事は返って来ず、育代はただひたすらに料理を作っていた。


「お、おいっ!育代さん!」


 ネイサンは堪らず叫んだ。

 すると、ようやく育代の重い口が開いた。


「悪い予感がするのじゃ……」

「悪い、予感?」


 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。

 ネイサンは悪い冗談だと考えた。


「おばあちゃんの予感はそんじょそこらの占い師と比べちゃいけませんよ」


 育代の隣で一人、黙々と料理を作っていた和が教えてくれた。

 まるでネイサンの心情を読み取ったかの様に。


「ほぼ的確に当たるんです。しかも、誰にその災難が降りかかるのかも分かるんです」


 和の説明に民夫が補足した。

 その顔は真剣そのものであった。

 しかし、尚もネイサンは信じる事が出来なかった。

 そんな事、絶対に有り得ない……。

 ネイサンはもう一度育代の方を向き、単刀直入に訊いてみた。


「育代さん、これから何が起こるのか分かっているのか?」

「いや、そこまで詳しくは分からん」

「……どう言う事だ?」


 育代は忙しなく料理を作りながら、自分の『予感』について教えてくれた。


「わしの予感はあくまで予感じゃ。

 未来視みたいにこれから先の事柄が分かる程、便利なモノじゃぁない。

 本当にただの予感……直感と言った方が一番分かりやすいじゃろ」


 育代の説明はネイサンでも理解出来た。

 そして、ネイサンは小声で「なるほど…」と言ったきり、押し黙ってしまった。


「あの、育代さん。その予感ってやっぱり僕に関する事ですか?」


 憑郎が恐る恐る育代に訊ねた。

 すると、育代の忙しなく動いていた手が急に止まった。


「うぬ、そうじゃ」


 育代の声はゆっくり冷静で、しかし、寒気を感じ取れる声色であった。

 憑郎の顔からは血の気が引き、一瞬グラッと倒れかけた。

 そこに透かさず弾銃郎が支えてあげた。


「じゃが、そんなに悲観する必要は無いのじゃ!」


 育代はさっきの声のトーンが嘘の様に声高らかに叫んだ。

 ネイサン達はその声に驚きを隠せず、目をまん丸に見開いた。


「どうしてなんだ?」


 ネイサンが訊くと、別の方向から答えが返って来た。


「『予感』がほぼ当たるのであれば、それは『予言』となり、話すことで『予知』となる」


 弾銃郎が憑郎を支えながら、ゆっくりと答えた。

 この答えに育代は頷き、民夫と憑郎は理解を得られたが、ネイサンと鍛治炉は未だに頭を傾けていた。


「す、すまねぇ……よく意味が分からない。どういう事だ?」


 ネイサンよりも早く、鍛治炉が弾銃郎に訊いた。

 すると弾銃郎は憑郎をちゃんと立たせたのち、一度咳払いをしてから話してくれた。


「『予感』というのは、これから何か起こりそうな事を言うだろ?

 それがもし、ほぼ当たるとなるとそれは言葉が変化し『予言』となるんじゃないか?

 更にここで重要になるのが『予言を話す』と言う事だ」

「予言を話す?」


 今度はネイサンが聞き返す。


「そうだ。

 この世には『言霊(ことだま)』と呼ばれるものがある。

 昔から言葉には強い力があると信じられており、『悪い事が起きる、悪い事が起きる』と言っていると、不安や恐怖が増大していき、返って悪くなったりするものなんだ。

 今回の育代さんも、『予感』がよぎった事で自然と『予言』へと変化し、更にその『予言』を口にする事により、『予知』へと昇華するんじゃないかな」


 弾銃郎は懇切丁寧に説明をした。

 しかし、説明をされた側の二人にはだったらしく、頭にハテナマークを咲かせていた。

 弾銃郎は大きなため息を吐いた後、もう一度優しく纏めた。


「とにかく……育代さんにはある種、未来を見据える事が出来る能力がある、そういう事だ」

「な、なるほど」


 ネイサンと鍛治炉は弾銃郎のとても噛み砕かれた説明でやっと理解した。


「だが未来を予知出来るからと言って、これから何が起きるか分からないんだろ?どうやって防いだら良いんだ?」


 再びネイサンか育代に向かって疑問を呈した。

 それはネイサンだけでなく、民夫や憑郎も同じ疑問だったらしく、二人共同時に首を縦に振っていた。


「防ぐ?防いだって意味が無いじゃろ。運命は決定しているもんだからのぉ」


 育代が口を開くのと同時に、今まで止まっていた手を動かし始め、料理を再開した。


「それじゃあ、どうするんだ?このまま憑郎は犠牲になれって言うのか?」

「そこまでは言っとらん。わしとて憑郎には生きてて欲しい」

「だったらーーー」

「備える時間くらいはあるじゃろ。そこでじゃ」


 育代がネイサンの言葉を遮りそこまで言うと、和を含む、今まで料理をしていた人達がネイサン達の前まで歩いて来た。

 するとネイサン達の目の前に、色とりどりの美味しそうな料理が並べられた。

 そして、最後に育代が渾身の一品を置いた。


「腹が減っては戦はできぬ、まずは腹ごしらえじゃ!」


 育代が急に大声を出した。

 そして、更に一言付け足した。


「今日は全員お代無料じゃ!」




 ネイサン達はこれから迫りゆく予感に備え、少し気持ち悪くなるほど料理を堪能した。

 その中で特にネイサンは堪能したであろう。

 何故なら、和がどんどんとネイサンの前に料理を出したからである。

 鶏の唐揚げやとんかつ、牛丼、更には鰻重など、豪華絢爛でボリューム満点な料理が並べられたのだ。

 民夫達は「無理しなくて良い」と声を掛けたが、ネイサンは頑なに「残す事は食材や料理人に対して失礼だ」と言い、全てを平らげた。




「……うぇっぷ」

「だから言いましたのに……はい、お水と胃腸薬ですよ」

「あ、ありがと」


 ネイサンが民夫から胃腸薬を貰い、それを水と一緒にグイッと胃に流し込んだ。

 ふぅと一息つくと、後ろから声が聞こえた。


「勇さん、ごめんなさい。私が張り切ったばかりに」

「いや和が謝る事無いよ。俺が意地になって食べたのが悪い」

「でも、そんなーーー」

「それに、和の料理はどれも美味しかった。あんな料理出されたら食べるに決まってるだろ」


 ネイサンが一度ここで言葉を切り、顔を和の方に向けた。


「和は本当に良いお嫁さんになれるよ」

「!?」


 ネイサンは和に満面の笑みを向けた。

 すると和の顔はみるみると紅くなり、遂には両手で顔を覆い、モジモジさせ始めた。


「きゅ、急に変な事、言わないでください!」

「え、俺、なんか変な事言ったか?」


 和の戸惑いがネイサンにも伝播し、二人してあたふたしていた。

 そんな仲睦まじい二人を見ながら、憑郎は民夫に耳打ちをした。


「勇さんってなんというか、天然ですよね」

「いえいえ、ただ鈍感なだけですよ」


 そう言うと、民夫と憑郎はお互いに笑い合った。


「お、おい、これ俺のせいなのか!?民夫、助けてくれ!」




 食堂を出たネイサン達一同は、一度エントランスホールに集まった。

 そして、これからの戦いに備えて少し早めの就寝をする事にした。


「では、ここでお別れですね」

「うん、そうだな……」


 憑郎の言葉には覇気が感じられなかった。

 それもそうだ、狙われているのは自分なのだ。

 時間が経つにつれ、不安は増す一方である。


「憑郎、俺達がついてる。それに弾銃郎だっているんだ。そんなに心配する事ないさ」

「勇さん……」


 ネイサンか憑郎の肩を優しくポンと叩くと、憑郎は顔を上げた。

 その顔は今にも泣き出しそうであった。

 しかし一度頭を横に揺らし、ネイサンの目を真っ直ぐに見つめた。


「そうですね、勇さんの言う通りだと思います。少し不安になり過ぎたみたいです」


 そう言うと憑郎は少し照れながら笑った。

 ネイサン達も釣られて笑い合った。


「ではそろそろ寝ましょうか」

「そうだな」

「では、おやすみなさい」「はい、おやすみなさい」


 こうしてネイサンと民夫はそれぞれの部屋に、憑郎と弾銃郎は憑郎の部屋へと帰ったのである。




 自分の寝室へ入り、ベッドにダイブしたネイサン。

 ふかふかなベッドである為、二回も身体か宙に浮いて静止した。

 身体が静止すると窓の外から虫の鳴き声が聞こえてきた。


「はぁ、これから更に忙しくなるのか……」


 そんな事をボソッと呟くと、虫の声はだんだんと弱々しくなり、そしていつしかその声は聞こえなくなった。




「うん……んっ……」


 急に目が覚めてしまったネイサン。

 一度身体を起こし、デジタル時計を見てみた。

 煌々と明かりを放ちながらも、時計は二時を告げた。


「変な時間に起きちゃったな」


 そんな事を言っていると、なんとなく心がソワソワしだした。

 なんとなく……なんとなくではあるが、悪い空気が流れている。

 思わずネイサンは自室を飛び出し、エントランスホールへと歩き始めた。


 向かっている途中、一つの扉がガチャと言わせながら動いた。

 あまりにも急であった為、ネイサンは警戒した。

 しかし、その開かれた扉はネイサンが知る人物の物であった。


「た、民夫か……」

「あ、おはようございます。……あれ、まだ夜だからこんばんは?」

「いや、どっちでも良いわ」


 相手か民夫だと分かった途端、ネイサンは心の底から安心してしまった。


「ところで、どうしてこの時間帯に勇さんがここに?」


 民夫が至極真っ当な質問をする。


「いや、なんとなくこの時間に起きちゃったんだよ」

「へぇ〜、そんなんですか」

「……あと、なんか変な胸騒ぎがする」

「それは僕も一緒です」

「「……」」


 二人共、押し黙ってしまった。

 一人だけならまだしも、二人共嫌な予感かするのはやはりおかしい。

 そう思ってしまったのだ。


「取り敢えず、エントランスホールに行かないか?」

「そうですね、一緒に行きます」


 その瞬間、エントランスホールの方からガタガタッという椅子の音か鳴り響いた。

 二人は反射的に駆け出し、エントランスホールの一階を見やった。

 そこには筋骨隆々でサングラスを掛けた男と、平均的な身長で眼鏡を掛けた男が立っていた。

 そして、サングラスの男は肩に何か担いでいた。


「チッ、お前のせいでバレたぞ」

「だったらお前がコレを担げよ」


「お、お前は……!?」

「まさか!」

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