第28話 勇者は何も気が付かない

 時は憑郎つきろうの生みの親、亡骸なきがいが行方不明と報道される一日前である。


 都内某所。

 街灯も人通りも少なく、あるのは大きいコンテナがいくつもある、寂れた場所である。

 一見都内とは思えないこんな場所に六人の人間が集まっていた。


「よっこいしょ!」


 ボディビルダーの様な体格でサングラスをしている男が、担いでいた物を地面に投げ捨てた。

 ドスッという鈍い音と共に「うっ!」という呻き声が聞こえた。

 その物は手足を紐で固く結ばれており、頭には麻袋で覆われていた。


「ボス、持って来ましたよ」


 男が麻袋を取り払うと、その下から40代くらいの男性の顔が露わになった。

 口にはロープが巻き付けられており、上手く話せなくなっていた。

 男性が目を見開くと忽ち怯えた表情をしだした。


「……本物で間違い無いのか?」


 ボスと呼ばれた男が眼鏡を掛けた男に問いかけた。


「はい、間違い無いです。その証拠もある」


 そう言って眼鏡の男がカバンから原稿用紙を出し、それをボスに渡した。

 数枚に目を通すとボスは用紙を返した。

 そしてボスは立ち上がり、男性に近づいてしゃがみ込んだ。


「はじめまして、亡骸さん。アンタにはちょっとばかし、俺達に付き合ってもらうぜ」

「うーっ……うーっ……!」


 亡骸が呻きながら助けを求めたが、その声は虚しくコンテナに反響するだけであった。

 ボスはニヤリと笑うとその場から立ち上がって部下達に命令した。


「おい、こいつをアジトBに移しとけ」

「了解……」「承知っ!」「分かりましたよっと」


 部下達は亡骸の頭に再び麻袋を被せ、側に停めていた車に乗せた。

 そしてボスにハンドサインを出すと、スキール音をさせてから発進した。


「……さて、と」


 ボスが部下達の車を見送った後、残った二人に向き直った。


「お前ら二人、初めてバディを組んだにしては良くやったな」

「「……」」


 褒められたのにも関わらず、二人とも目を合わせず、ただひたすらに無言であった。

 二人の様子がおかしいと感じたボスは訊いてみた。


「おい、お前ら何かあったのか?」


 しかし、これが導火線に火をつける発言であった。

 二人とも同時にお互いの顔を見合い、言い合いを始めた。


「あの時、なんで僕の言う事を聞かなかったんだよ!僕の言う事を聞いていれば、全てが丸く収まったのに!」

「うるせぇ!男なら正面から堂々と行くのが普通だろ!」

「いやいや、正面にしても玄関ドアをぶち壊す必要はないだろ!あれ完全に近隣にバレてるぞ!」

「それなら見たヤツもぶっ倒せば良いじゃないか!」

「いや、だからダメなんだって!……はぁ、これだから筋肉馬鹿は…」

「あぁん?それだったらこっちも言ってやるけどよ、一つの作戦で手順が1500以上あるってどういう事だよ!」

「それはこの作戦を完璧にこなす為の必要手順だ!」

「必要手順にしても多過ぎだろ!もっと簡略化しろよ!」

「やれるならやってるさ!」

「やって1500かよ!逆に馬鹿なんじゃねーのか!?」

「てめぇ、僕の事を馬鹿と言ったなー!」


 なんだか子供の言い合いの様な口喧嘩は更にヒートアップしていき、遂には手が出掛けていた。

 その瞬間、ボスが二人の間に割り入った。


「お前ら!少し落ち着け!」

「ボスは黙ってろ!」「ボスは黙ってて下さい!」

「あ、はい、ごめんなさい……て、おいっ!」


 それは見事なツッコミであった。

 ボスは二人を引き離し、二人の間で一度咳払いをしてから話し始めた。


「お前ら、いい加減にしろ。何があったか知らないが、二人とも頭を冷やせ」

「「……」」


 ボスは二人を宥めた。

 しかし二人の怒りは全く収まらなかった。

 サングラスの男は舌打ちをしながら、眼鏡の男はフンッと鼻を鳴らしながら、お互いに顔を背いた。

 そんな二人を間で静観していたボスは一度大きな溜息を吐いた。


「喧嘩をするなとは言わん。だが、任務に支障が出るような事はするんじゃないぞ。いいか、分かったか?」

「「……」」

「分かったか?」

「「……」」


 尚も無視を続ける二人。

 そんな二人に怒りを隠せなくなったボスは、どこからともなく黒い霧の様な物を発し始めた。

 黒い霧が二人の足元まで来た瞬間、二人は金縛りにあった感覚に襲われた。


「分・か・っ・た・か?」


 追い討ちをかけるかの如く、ボスが笑顔で二人に再び理解を求めた。


「わ、分かった!」「わ、分かりました!」


 同意せざるを得なかった。

 このままでは自分の命が無いと悟ったのだ。


「ならばよろしい。それじゃあ、次の作戦を伝える!」




 時は憑郎護衛一日目、IKEYO《イケヨ》内。


「ターゲット接近中、しくじるんじゃないぞ、脳筋馬鹿」

「うるせぇ、遠くで見守る事しか出来ない無能は黙ってろ」

「なんだと!?」


 超小型の無線でやり取りをする二人。

 サングラスの男はIKEYOの店員になりすまし、眼鏡の男は客を装いながらネイサン達の後ろを追っていた。


「……今のは聞かなかった事にしてやる」

「そりゃどうも」

「一応おさらいをするぞ。どんな方法でもいいから憑郎に超小型GPSを付ける、これが今回の目標だ」

「あぁ分かってるよ」

「よし。……あ、お前の方に行ったぞ。ちゃんと上手くやれよ」

「言われなくてもやってやるさ」


 サングラスの男が無線を終えると、まるで仕事頑張ってますよアピールを始めた。

 そんな事をやっている間にネイサン達が横を通り過ぎて行った。




「勇(いさみ)さん、どのアイテムが欲しかったんでしたっけ?」

「確か23番に欲しい物があったはず」

「あ、それなら僕が覚えていますよ。取ってきましょうか?」

「憑郎、覚えてるのか?それならお願いしても良いか?」

「任せてください。ごうさんも一緒に来てくれませんか?」

「おう、勿論だぜ」


 こうして憑郎と剛はネイサン達とは別行動を開始した。

 行く場所を小耳に挟んだサングラスの男は、急いでその23番へと向かった。




「えーっと、この場所ですよね」

「そのはずだ」


 23番に着いた憑郎と剛は、ネイサンが欲しがっている物を片っ端から探し始めた。

 そして、


「あっ、ありましたよ!」


 憑郎が遂に見つけた。

 しかし、その物は棚の一番上に置いてあり、このままでは取れそうもなかった。


「あんなに上だと取れませんね……」

「憑郎君、少し待っててくれないかな?」


 剛がジャンプをしかけた時、横からサングラスの男が声を掛けてきた。


「お客様、何かお困りでしょうか?」


 急に呼び掛けられた為、二人共少し驚いてしまった。


「わわっ、びっくりした!」「おぉっ、なんだ店員か」

((なんでサングラスを掛けてるんだ?))


 二人共、サングラスに疑問を持つのと同時に、なんだかきな臭さを感じた。

 筋骨隆々でサングラスを掛けている店員。

 怪しまない人はいないだろう。

 そんな事も露知らず、男はグイグイと寄ってきた。


「すみません、お客様。何かお困りの様に見えたのですが」

「あぁ、実はあの箱を取りたくてね」


 剛が欲しい物に指を差した。

 サングラスの男がその指先を辿る。


「なるほど、あれですね。少々お待ちください」


 サングラスの男はそれだけを言い残すと、足早にどっかへ行ってしまった。

 しかし、暫く待っていると男が再び姿を現した。

 フォークリフトに乗って。


 男は慣れた操作でフォークリフトを操り、見事憑郎達が欲しかった物を降ろした。


「店員さん、ありがとうございます!」

「いえいえ、これも仕事ですから」


 憑郎は男に感謝を言うと、剛と一緒に体を180度回転させてネイサン達と合流した。

 そんな二人を男は最後まで見送っていた。


「……?」


 二人を見送っていた男は、自分の眼下の端に眼鏡の男が立っている事に気が付いた。

 そして眼鏡の男が無線を入れろ、というジェスチャーをしていた。

 男は無線を入れた。


「どうした?」

「……お前、なんでフォークリフトの操作が上手いんだ?」

「ボスに免許取っとけ、て言われたんだよ」

「……なるほど」


 眼鏡の男は何故か妙に納得してしまった。

 そして、一番重要な事をサングラスの男に投げ掛けた。


「それで、GPSは取り付けられたか?」

「………………あっ」


 任務失敗である。




 時は憑郎護衛三日目、ION《イオン》内。


「チッ、なんで僕がこんな事をしなきゃいけないんだ」


 眼鏡の男が店内の椅子に座りながら、愚痴をこぼした。

 イライラが隠せず、右足の貧乏ゆすりが止まらなかった。

 そんな眼鏡の男の隣にはちゃんとサングラスの男も居た。


「お前に謝るのは癪だが、前回のアレは俺が悪い。すまん」

「本当にその通りだ。しっかり猛省して欲しいものだね」


 眼鏡の男はピシャリと言った。


「ところで、今回の作戦はどうするんだ?」

「今回の作戦?そんなもん無い」

「はぁ!?前回1500通りの手順考えておいて、なんで今回の作戦はゼロなんだよ!」

「仕方ないだろ!本来、この作戦は僕の手順には無かったんだから!」


 眼鏡の男はサングラスの男に顔を向け、人差し指で顔を差した。


「お前が前回馬鹿しなければ、こんな作戦しなくて良かったんだよ!」

「うぐっ……」


 サングラスの男はぐうの音も出なかった。

 事実、前回の作戦が上手く行っていれば、事は既に全て終わっていたはずなのだ。


「だ、だけどよ、何も無策でやるなんてーーー」

「誰も無策なんて言ってない」

「いやお前さっき『作戦は?』て聞いた時『そんなもん無い』て言ってたじゃねーか」

「……」


 眼鏡の男はぐうの音も出なかった。


「と、とにかく!今回は僕がやるから、お前はどっかであいつらを見張ってろ」

「……分かった」


 サングラスの男がその場から離れようとした時、眼鏡の男も立ち上がって引き止めた。


「あ、ちょっと待て。お前、そのサングラス貸してくれ」

「はぁ?なんでだよ」

「変装の為だ」

「普通にその格好で行けよ」

「いや、この格好ではダメだ」

「なんでだ」

「なんでもだ」

「「……」」


 二人共、無言になり、立ち尽くしていた。

 そして次の瞬間、二人は取っ組み合いを始めた。


「良いから黙って僕に貸せ!」

「ふざけるなっ!絶対に貸さねーよ!」


 体格差はあるが、何故か互角であった。

 しかし、眼鏡の男の方が俊敏であった為、サングラスを取る事に成功した。


「よし!取っ…た……」


 眼鏡の男は言葉に詰まった。

 何故なら、サングラスの下からつぶらで可愛い瞳が現れたからである。

 しかも、少し涙ぐんでいた。


「えーっと……ごめん」


 眼鏡の男は謝る他無かった。

 気まずい空気が流れる。


「もう良い。貸してやるから終わったら直ぐに返せよ」


 サングラスをしていた男は踵を返し、言われた通りネイサン達を見張れるポイントを探しに行った。


「……さすがに悪い事をしたな」


 眼鏡の男は反省をし、これからの作戦に頭をシフトチェンジした。




 サングラスを掛けていた男が全体を見渡せる場所まで着くと、通信を入れた。


「こっちは絶好のポイントを見つけた。そっちは大丈夫か?」


 しかし、返事は返って来なかった。

 変に思った男はもう一度電源を入れ直して話した。


「おいっ!大丈夫か?」

「……あ、あぁ。大丈夫だ」


 眼鏡の男は明らかにさっきとは様子が違った。

 呼吸がとても荒く、ペースが不規則であった。


「おいおい、本当に大丈夫なのか?俺が言うのもなんだが、絶対に失敗するなよ」

「……分かってる」

「それじゃ、頑張れよ」


 それだけを言い残すと、男は通信を切った。

 そして、ふと言葉が出ていた。


「……不安だぜ」




「ハァ……ハァ……ハァ……」


 眼鏡の男は自分がこんなにも緊張している事に驚いていた。

 呼吸が早いのにも関わらず、とても浅く、視界はボヤけ、頭に酸素が行き渡っていないのは明確だった。


「スゥー……ハァー……」


 男は深呼吸をしてみると幾分か良くはなった。

 そして、自分のこれからやる行動を考えて、不意に笑みが零れた。


「フフッ……全く、我ながら酷い作戦だ」


 男は無線が入るまで、ただジッと自分の心臓の鼓動を聴いていた。




「おい、来たぞ。お前との距離はおよそ15mだ」

「……分かった」


 眼鏡の男は眼鏡を懐にしまい、代わりにサングラスを掛けた。

 そして、自分から無線を入れた。


「憑郎との距離をカウントしてくれ」

「分かった」


 暫く、お互いに何一つ喋らなかった。

 とてつもない緊張と、とてつもない集中をしていた。

 ……一秒がとても長く感じとれる。

 男はもう一度深呼吸をすると急に無線が入った。


「来たぞ、カウントを始める。5…4…3…2…1…」


 カウントが始まると眼鏡を掛けていた男は椅子から立ち上がった。

 そして、自分の右ポケットから小型GPSを取り出した。


「0…開始!」


 男は0と同時に右足を出していた。




 ネイサン達はスマホショップに向かう途中であった。

 エスカレーターで二階へと上がり、二つ目の角を通り過ぎようとした時、


「うわぁっ!」


 憑郎が大声を出して、後ろに後退りした。

 そんな憑郎を弾銃郎は全く慌てずに、背中をそっと支えた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 逆に民夫たみおは慌てふためいた。


「だ、大丈夫ですよ。いきなり角から出てきた人と少しぶつかっただけです。ほら、後ろに走って行った人」

「あー……ん?」


 憑郎は後ろを指差し、民夫はその走り去る人の背中を凝視していた。

 何か思い当たる節があった様である。

 その様子に気がついたネイサンは、「どうしたのか?」と訊こうとしたが、躊躇ってしまった。

 何故なら民夫の顔が既視感のある、あの険しい顔をしていたからである。

 それでも、ネイサンは民夫に訊いてみた。


「お、おい、どうしたんだ?」


 ネイサンの言葉がちゃんと耳に入ったのか、民夫は我に返りいつもの笑顔をネイサンに向けた。


「い、いえ、なんでもありませんよ?さぁ、目的地まであと少しです、行きましょう!」


 民夫はスマホショップの方を向き、歩き始めた。

 民夫が何かを隠しているのは明確であったが、あえてネイサンは詮索はしなかった。

 なんとなく察してしまったのだ。

 ネイサンはもう一度、後ろを振り向いてみた。

 そこにはもう、走り去る人はいなかった。




「ハァ……ハァ……」


 男は荒い呼吸を整える為に、空いている椅子に座った。

 そして、サングラスを外し、懐にしまっていた眼鏡を取り出して掛けた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 一向に整わない呼吸。

 意識がだんだんと薄れ行く中、聞き馴染みのある、あのうるさい声が耳に入ってきた。


「でかしたな!まさかタックルをするとは!」


 声の大きい男は、眼鏡の男の手からサングラスをぶん取った。


「それで、ちゃんと入れられたのか?」


 サングラスの男が確認をしてきた。

 眼鏡の男は意識が薄くなりながらも、右手でサムズアップをし、サングラスの男に無理矢理笑顔を作った。


「あぁ、これくらい、朝飯前だ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る