第27話 勇者は護衛をする 三日目 ②

 一同は十五分後にエントランスホールに集合する事にした。

 理由は全員の着替えと、侵入しんじゅ鍛冶炉かじろのスマホをハッキングする為である。


 ネイサンは着替えて直ぐにエントランスホールに向かい、適当な席に座った。

 すると直ぐに民夫たみお憑郎つきろう弾銃郎だんじゅうろうもやって来た。

 あとは侵入を待つだけである。


「あれ、あの人影は……」


 憑郎がホール正面左側の廊下を見て小さく呟いた。

 ネイサン達も見てみると、とても大きなシルエットがこっちにゆっくりと向かって来た。


「あれは……」

巨内きょだいさんですね」


 民夫がそのシルエットの名前を言った。

 あの背が4m位ある巨人だ。

 よく見てみると、黒いスキニーパンツに白いTシャツ、その上には紺色のカーディガンを着ていた。

 これから何処かにでも行くのだろうか。


「巨内さん、おはようございます!」

「……」


 民夫が挨拶をすると、巨内も小さく手を振りながら挨拶をした。

 勿論、声は出していない。


「これから出掛けるんですか?」

「……」


 巨内は何も言わず、ただ首を縦に振った。

 そして急にポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。

 それは黒く鈍く光っていた。

 ……なんだか既視感がある。

 案の定、スマホであった。

 しかし、鍛冶炉とは違う部分があった。

 画面に縦の線が入っていたのだ。


「あぁ〜……」


 民夫が感嘆を漏らした。


「握り潰しちゃったんですね」


 憑郎がそう言うと、巨内は何も言わずにただ目を瞑った。

 図星の様だ。

 すると今まで一言も発さなかった弾銃郎が口を開いた。


「なに、俺もやった事がある。そう落ち込む必要は無い。次、気を付ければ良いだけの話だ」

「……!」


 弾銃郎は巨内に対して諭した。

 その効果もあったのか、巨内は目を開き、弾銃郎に対して首を縦に振った。

 良かった、機嫌が治ったみたいだ。


「巨内さん、これから勇さんのスマホを買いに行くのですが、一緒に行きませんか?」


 民夫が巨内に提案すると賛成なのか、右手でサムズアップをした。

 同伴決定だ。


 巨内の同伴が決定した中、ネイサンは違う事を考えていた。

 それはスマホを握り潰せる程強い握力の事である。

 弾銃郎も握り潰した事があると言う。

 この二人、一体どれだけ強いのだろうか……。


「二人の握力がどれ位強いか考えてますか?」


 考え込むネイサンに、民夫が急に声を掛けてきた。


「俺の心を読むな。……まぁ、そうなんだが」

「凄いですよね〜、男として憧れちゃいます」

「そこ憧れるところか?」

「ちなみにですが、二人共、頭蓋骨を握り潰せる位握力が強いみたいですよ」

「よし、あの二人だけは、絶対に怒らせない様にしよう……」




 10分程経った頃だろうか。

 エントランスホールに大きく、そして快活な声が響き渡った。


「待たせたな!」


 声のした方を辿ってみると二階に侵入の姿があった。

 その格好は、黄色いレインコートに青い長靴という、いかにも子供らしい装いであった。


「……なんだ?」

「「「い、いや……なにも……」」」


 ネイサン、民夫、憑郎は侵入の言動と服装のギャップに思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。

 侵入は一瞬訝しんだが、特に気にせず階段を降りた。

 侵入がネイサン達の前まで歩いてくると、急に巨内の方を向いた。


「どうして巨内もいるんだ?」


 当然の疑問を呈した。


「えーっと、それがですねーーー」


 民夫が説明するよりも早く、巨内が侵入にスマホを見せた。


「握り潰しちゃったみたいです」

「……な、なるほど」


 物分かりが良い侵入である。


「ところで、鍛冶炉さんのスマホは大丈夫なのか?」


 今度はネイサンが侵入に質問をした。

 すると侵入がネイサンの方を向くのと同時に両手を腰に置き、物凄いドヤ顔で言い放った。


「あぁ、勿論大丈夫だ。少しハッキングして暗証番号だけ変更しといたよ」


 今度は民夫が侵入に訊いた。


「番号は何番にしたんですか?」

「0を4つにしておいた」

「え、それってセキュリティーが甘くなってしまうのでは……」

「いや、スマホが使えなくなるよりはマシだろ。それにあの爺さんのスマホの中身見たって、ロクなもん入ってないから大丈夫だよ」


 なんとなくではあるが侵入が酷い事を言っているのは、さすがのネイサンでも分かった。


「確かに、それもそうですね!」


 民夫も酷かった…‥。


「さて、そろそろ動かないか」


 侵入達に呆れたのか、将又はたまた、痺れを切らしたのか急に弾銃郎が口を開いた。


「そうですね。全員揃ったので、そろそろ行きましょうか」


 弾銃郎に続き、民夫も催促した。

 こうしてネイサン達六人はまず初めに育代の所まで歩いて行った。

 ネイサンの傘を借りる為に。




 無事、育代から傘を借りる事が出来たネイサン達は、スマホショップがある『ION《イオン》』へと出向いた。

 向かう途中、民夫が近所の人と世間話を始めたり、侵入が水溜まりで遊び始めたりなど、なかなか直ぐには辿り着かなかった。


 やっとIONに着いた時、小説荘を出てから既に一時間も経っていた。

 本来であれば10分弱で着くのに……。

 IONに入った瞬間、侵入が口を開いた。


「さ、さぁ、これからショップに行くから付いて来い」


 その顔はトマトの様に真っ赤であり、少し涙目になっていた。

 理由はさっき水溜まりで遊んでいた所をネイサン達に見られていたからである。


「いや〜、やっと着きましたね」

「大半はお前のせいだけどな」


 少し怒り気味のネイサン。

 そして、ヒリヒリする頭をさする民夫であった。


 ネイサン達一同は侵入を先頭に、スマホショップがある二階へと向かった。

 向かう途中、ネイサンは対向する人からの視線が気になった。

 その視線を辿って見ると、それは弾銃郎に辿り着いた。


「どうかしたか?」

「あ……いや、なんでもない」

「そうか」


 急に弾銃郎に話しかけられたネイサンは、急いで前を向いた。

 思い返してみると、弾十郎に視線を向けている人は女性が多い事に気が付いた。

 それはそうだ。

 何せ、弾十郎は特転隊の副隊長であるのと同時に、なかなかのイケメンなのだ。

 気にならない方がおかしいのである。


 ネイサンが納得した時、再び対向する人の視線が気になった。

 今度は皆んな、視線が斜め上に行っていた。

 またその視線を辿ってみると、今度は巨内に辿り着いた。


「……」


 巨内がネイサンの視線に気が付くと、何も言わずにただ首を傾げた。


「あ……いや、なんでもない」


 ネイサンは急いで前を向き直した。

 そして、またしても思い返してみた。

 ただのショッピングモールに巨内の様な大男が歩いている。

 ……見ない訳がない。

 二度見、いや三度見、いやガン見するだろう。

 気にならない方がおかしい。

 ネイサンは自然と腕を組み、ウンウンと頷きながら納得した。


「勇さん……どうしたんですか?」

「えっ?」


 ネイサンの後ろを歩いていた憑郎が、急にネイサンに話しかけてきた。


「なんだか一人でぶつぶつ言いながら頷いていたので」


 憑郎のこの発言にネイサンは顔を真っ青にした。


「……もしかして、俺、口に出してた?」

「は、はい。はっきり出してましたよ」

「……」


 ネイサンは憑郎から視線を外し、他の客に目を向けてみた。

 ネイサンを見ながらクスクス笑う人や、不思議そうに見ている人達が歩き去って行く。

 前を歩いていた民夫を見てみると、少しばかり肩が震えていた。


「えっとーーー」

「もう何も言うな」


 ネイサンは憑郎の言葉を遮り、自身の顔を片手で隠した。

 その顔はさっきとは打って変わり、とても真っ赤であった。




「やっと着いたぞ」


 侵入が足を止めるのと同時に声を発した。

 目の前には白いライトが煌々と輝いており、清潔感のある空間であった。

 迷わず侵入が中に入ると、ネイサン達も続いて中に入った。


「「「いらっしゃいませ」」」


 店内に入ると何人かの店員が同時に挨拶をしてくれた。

 その姿にネイサンは思わず「うおっ」と、声を洩らしてしまった。


「すまない、店長を呼んでくれないか」


 侵入が一人の店員に声を掛けると、店員は「少々お待ちください」と一言だけ残し、奥の部屋へと行ってしまった。

 すると直ぐに奥の部屋からさっきの店員と一緒に、違う男性が部屋から出てきた。

 男は黒縁の眼鏡をしており、スーツや髪の毛はきっちりと整えられており、とても賢そうな外見であった。


「久しぶりだな、ケンガイ」


 ケンガイと呼ばれた男は、侵入をギロリと睨んだ。

 その瞳はまるで爬虫類の様な、獲物を見つけた瞳であった。

 ネイサンは一瞬、背筋が凍る様な寒気を感じた。

 しかし、


「やぁ、侵入君!久しぶりだね」


 ケンガイと呼ばれた男は顔をパッと笑顔に変え、駆け足でこちらへと向かって来た。

 どうやら杞憂であった様だ。

 そして、侵入とケンガイの口振りからして、この二人は仲が良い様だ。


「今日はどうしたんだい?まさか、ハッキングに失敗した?」

「何を言ってる、僕がそんなヘマをする訳無いだろ!」


 侵入は腕を組みながらフンッとそっぽを向いた。


「じゃあ、また引っ掛かったの?」

「!?」


 侵入は目をまん丸に見開き、顔を赤く染めた。


「また引っ掛かったってどういう事ですか?」

「ちょっ、民夫!訊くな!」

「エロサイトのフィッシング詐欺です」

「あああぁぁぁ!!!」


 侵入は叫びながらくずおれた。

 その顔の真下には、小さな水玉がポツポツと出来上がっていた。


「あー、ごめんごめん!泣かせるつもりは無かったんだよ」


 ケンガイは侵入の近くまで寄り添い、頭を優しく撫で始めた。

 それと同時に、自身のポケットから何か小さな物を取り出した。


「はい、これあげるから機嫌直して」

「……こ、これは。チュッパチョプスのハンバーガー味!」


 ケンガイが出した物、それはハンバーガー味の棒付きの飴であった。

 ネイサン達は一瞬にして苦い顔になった。

 しかし、貰った本人はさっきとは打って変わって喜んでいた。


「さて、コントはここまでにしてーーー」

(あ、コントだったのか)

「そろそろ本題の話をしましょう」


 ケンガイは少し乱れたスーツを整え、眼鏡の位置を右手の中指で直した。


「うむ、今日ここに来たのは新しいスマホを買いに来たからだ」

「それは侵入君の、という事かい?」

「いや、コイツのだ」


 そう言って侵入はネイサンを指差した。


「あなたは……」


 ケンガイの目がネイサンを捕らえた。

 その瞳はやはり爬虫類の様な瞳であった。

 ネイサンは身震いをした。


「もしかして、ネイサン様ですか?」

「えっ……?」


 ネイサンから素っ頓狂な声が漏れた。

 尚もケンガイはネイサンの顔をよく観察していた。

 そして、


「やっぱり、ネイサン様だ!」


 ケンガイは一人でテンションが上がり、ネイサンの手を取った。


「私、あなたのラノベの大ファンなんですよ」

「そ、そうなのか……ありがとう」

(あー、この人もまもると同じタイプの人かー)


 ネイサンは若干呆れながらも、感謝の言葉を述べた。


「いやー、まさかこうして会えるなんて……おっと」


 ケンガイは我に返ったのか、一度咳払いをした。


「失礼いたしました。まずは自己紹介ですね。私の名前は賢外けんがい みつると申します。以後、お見知り置きを」


 賢外は自身の胸ポケットから名刺を取り出し、それをネイサンに渡した。

 ネイサンは名刺を受け取ると、書かれている文字を読んだ。


『賢外 充 (フォン・賢外)』


 名前の欄にはそう書かれていた。


「賢外は『Wetube』ていう動画サイトで携帯の動画を配信してるんだ。だから名前が二つあるんだよ」

「な、なるほど……」


 不思議そうな顔をしていたのか、それとも視線が止まっていたからなのか、侵入が名前について教えてくれた。


「ささっ、私の事はこれくらいにして、そろそろ本題の話をしましょう」


 賢外がそう言うと、テーブルを隔て、ネイサン達とは反対側にある椅子に座った。


「そうだな」


 侵入も前にある椅子に座った。

 ネイサンと民夫は、それに倣うかの様に各々の椅子に座った。


「今日のご用件はネイサン様の新しいスマホをーーー」


 侵入と賢外が主に、民夫は補助、ネイサンは特に何もせず話は進んだ。

 その間、巨内は自分のスマホの相談、憑郎と弾銃郎は話せない巨内の通訳役を担った。

 各々さしたる支障もなく、スマホの購入、スマホの交換を終えることが出来た。




 ネイサン達六人は無事、小説荘に帰り着いた。

 着いたのも束の間、ネイサンは侵入と一緒に侵入の部屋へと向かった。

 何故なら、


「帰ったら僕の部屋に来い」


 と言われたからである。

 ネイサンは侵入に付いていくと、ある場所で止まった。

 それは一階だと食堂に通じる場所、二階正面にある禍々しさを放っていたドアである。


 中に入ると機械やケーブルが所狭しに置かれており、机の上や椅子にはハンバーガーの包み紙が何十枚も投げ捨てられていた。

 なんだか色んな臭いが漂っていた。

 侵入は椅子の上の包み紙を手で退けた。


「ここに座ってくれ」

「あ、あぁ……」


 ネイサンは侵入に従い、指定された椅子に静かに座った。

 侵入も自分の椅子に座り、目の前の机に向かった。

 そして、さっき購入したネイサンのスマホを取り出し、そそくさと操作し始めた。


 侵入が新しいスマホを操作して約十分経った頃、その手の動きが止まった。


「よし、設定は完了した。確認してくれ」


 侵入からスマホを渡されると、ネイサンは自分の生年月日などを確認した。


「あぁ、特に問題はない。だが……」


 ネイサンは一つ疑問に思う事があった。


「だが、どうした?」

「職業が『無職』になってるんだが」

「今働いてないだろ?」

「でも、俺は勇者だぞ」

「いや、勇者なんて職業、日本には無いぞ」

「えっ!本当か……?」


 ネイサンはガックリと肩を落とした。


「勇者でやっていけると思ったのに……」

「お前、意外と馬鹿だな」

「……」


 ネイサンにトドメの一撃を放つ侵入であった。

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