第25話 勇者は護衛をする 一日目②
歩くたびに揺れる真っ赤ドレスは高貴で、まるで何処かの国の女王を連想させた。
「皆様、ごきげんよう」
トミカは両手でドレスを持ち上げ、膝を少し折り曲げてお辞儀をした。
「トミカさん、おはようございます」
民夫もトミカに倣ってなのか、軽くお辞儀をして挨拶をした。
ネイサンは
視線をトミカに戻すとトミカと目が合った。
その瞳は着ている服と同様、灼熱の炎の様に真っ赤であった。
「あら、貴方は……初めましての方ですわよね?」
トミカは改めてネイサン一人に向かい、両手でドレスを持ち上げてお辞儀をした。
「私の名前はマダム・リッチ。ここ日本での名前は
富華がお辞儀から背筋を伸ばし、ネイサンの顔を見ながらニコッと笑った。
その笑顔はとても眩しく、可憐で可愛らしかった。
ネイサンは一瞬ドキッとした事を誤魔化すかの様に、一度咳払いをしてから自己紹介をした。
「お、俺の名前はネイサン。日本での名前は
「勇、ですわね?覚えましたわ」
富華は目を瞑り、心の中で何度も「勇」と復唱した。
そして目を開き、再び口を開いた。
「ところで、何かお困りの様子であったとお見受けしましたが。どうなさいましたか?」
その質問に対し、ネイサンと剛は腕を組んで悩んでしまった。
しかし、民夫と憑郎の反応はネイサン達とは違った。
二人は互いに顔を見合わせて一度頷いた。
そして、民夫が富華の方を向いた。
「富華さん、少し助けて下さい!これから僕達、勇さんの家具を買う為に船橋の『IKEYO』に行こうと思っているんです。ですが、今は全員懐が寒くて……」
民夫は話しながらだんだんと俯き、しょんぼりし始めた。
そんな民夫の話を、目を瞑りながらウンウンと頷く富華。
「……一緒に付いて来てくれませんか?」
民夫は直接お金を貸してくれとは言わずに、富華にお願いをした。
(いやいや、今初めて俺と挨拶を交わした人だぞ?そんないきなりはーーー)
「分かりました。付いて行きますわ」
「いや、良いのかよ!」
「それと、お金の方も私が工面致しますわ」
「そこも良いのかよ!」
ネイサンは思わず大声でツッコミを入れた。
久しぶりの大きな声でのツッコミで、内心少し嬉しかったのはここだけの話……。
しかし、それと同時に少し恐怖も覚えた。
こんなに『おいしい話』があるのだろうか。
何か裏があるのでは無いかと、ネイサンは疑った。
そんな疑念の顔が出ていたのか、民夫がネイサンに富華についてヒソヒソと話してくれた。
「富華さん、言葉遣いや装いから分かると思いますが、ラノベでもここ日本でもとってもお金持ちなんです。だから、裏があるとか心配しなくて大丈夫ですよ」
「そ、そうなのか……。てか、俺の思考を読むな」
ネイサンは肘で民夫のことを小突いた。
しかし、民夫は痛がったり悪びれる様子も無く、ただただ笑顔でネイサンを見ていた。
「富華さん、ありがとうございます」
憑郎はネイサン達二人をよそに、富華に感謝した。
「いえいえ。憑郎さん、貴方のお話は聞いております。大変な事に巻き込まれてしまいましたね……。僭越ながら、私も何か協力致しますわ」
「と、富華さん……!本当にありがとうございます!」」
富華の有難い言葉に、憑郎は再び感謝の意を表した。
「よし、決まりだな」
今まで口を開かなかった剛が腕を組むのを止めて急に声を上げた。
「それで、どうやって行くんだ?俺、場所すら分からないぞ」
ネイサンがその場にいる全員に訊いた。
そして、その問いに応えたのは民夫や憑郎ではなく、富華であった。
「それは……」
富華は少し笑っていた。
そして、ネイサンは少し期待をしていた。
自分が転生して初めて見た、あのとても速い乗り物。
「勿論……」
転生してまだ間もないが、あの車に乗れる事を!
フオオオォォォンンン!
「電車ですわ!」
「車じゃないのかい!」
ネイサンは電車の中で、富華に対して盛大にツッコんだ。
折角、憧れの車に乗れると思ったネイサンは、座席に座りながらガックしと項垂れた。
「ま、まあまあ、勇さん。車なんていつでも乗れますから。そんなに落ち込まないで下さい」
「そうですわ。車なんていつでも乗れますわよ!」
「……」
富華がオーホッホッホと高笑いする中、民夫は黒いオーラに包まれているネイサンを慰めていた。
一方、剛と憑郎はというと、とても静かであった。
剛は真夏だというのにフードを深く被り、外に出てからというもの、一言も発していなかった。
そして、憑郎は電車の心地よい揺れで眠ってしまった。
どうやら、昨日の夜はあまり寝れなかったのかもしれない。
ネイサン達が座っている場所だけ、異質な空間が広がっていた。
他の乗客にジト目で見つめられる中、ネイサン達五人はIKEYOへと向かった。
電車がプシューッという音を上げ、扉が開かれた。
ネイサン達は電車から降り、改札を抜けて駅から数歩出た。
「な、なんだ…あの建物は…!?」
ネイサンの目に入った建物は、青と黄色でとても目立つ建物であった。
「まさか、あれがIKEYOなのか?」
ネイサンは建物を指で差しながら、民夫にそうであるか訊いた。
「はい、そうですよ!建物をよく見てみてください」
「うん……?あっ!」
民夫に言われた通り、ネイサンが建物をよく見てみた。
すると、確かに黄色い文字で『IKEYO』と書かれていた。
「こんなに大きい建物だったとは……驚いたな」
ネイサンが建物に感心していると、民夫が一つ補足した。
「勇さん、確かにIKEYOって大きいですが、実は僕達が住んでいる小説荘の方が大きいんですよ」
「……そういえば、そうだったな」
民夫は地雷を踏んだ。
そして、再び黒いオーラを放つネイサンを、民夫は再び慰めるのであった。
「やっと、着きましたわね」
そんなネイサンと民夫の後ろで、富華は帽子が飛ばされないよう右手で押さえ、黒い日傘を差しながら一人呟いた。
その更に後ろから憑郎と剛が付いて来た。
「皆さん、早速ですが中に入りましょう」
憑郎がIKEYOの中に入る事を催促すると、
「えぇ、そうですわね。こんなに暑いとバテてしまいますし、お肌にも良くないですわ」
富華が誰よりも早く賛成した。
他の皆んなも憑郎の意見に賛成だったらしく、一行は少し早足でIKEYOに向かうのであった。
IKEYOに入ると、涼しい風がネイサン達を向かい入れた。
「「「涼しい〜」」」
ネイサン、民夫、憑郎の三人は思わず声を揃えてしまった。
店内はとても広く、子供から老人まで多くの人々で賑わっていた。
特に家族連れが多い印象を受けた。
「ん?あれはなんだ?」
ネイサンはIKEYOに入って直ぐ、気になる部分を見つけた。
「どうかしましたか?」
唸っているネイサンに気がついた民夫は、どうしたか訊いてみた。
「民夫、どうしてここに部屋があるんだ……?」
そこは店内に入って直ぐ目の前にある、ソファやテーブル、棚などが置かれている空間であった。
確かに何も知らない人間からしたら異質な空間ではある。
「これはサンプルルームですね」
「さんぷるるーむ?」
「はい。お部屋の一部を再現し、こういう家具をこんな感じにレイアウトすると良い感じに出来ますよ、という一つの指標ですね」
「な、なるほどな……」
ネイサンは民夫の知識に少しだけ感心しつつ、このサンプルルームにも感心してした。
「こういうサンプルルームがここではいっぱいあります!早速、見に行きましょう」
「あぁ、そうだな」
ネイサン達は用紙と鉛筆を持ち、正面右側にあるエスカレーターに乗り、家具探しへと歩みを進めるのであった。
「うわ〜!この空間、僕好きですね!」
色んな家具を見ながら歩いていた時、急に民夫が声を上げた。
民夫の視線の先にあるサンプルルームは、民夫らしからぬ空間であった。
照明は暗く、色んな家具が所狭しに置かれており、全体的に狭く感じる物であった。
「なんで好きなんだ?民夫なら白を基調として、もう少し広々っていうイメージなんだが……」
「確かにそういうお部屋も好きですよ。
現に、今住んでるお部屋がそうですね。
でも、この秘密基地の様な空間も大好きなんですよ!」
民夫はネイサンの方を向いて話してくれた。
その目は今までにない位、キラキラと輝いていた。
少しドン引きする程に……。
しかし、ネイサンは一つ気が付いた事があった。
「民夫、確かお前のリビングの右側に部屋があったよな?あの部屋を秘密基地の様にしたら良いんじゃないか?」
そう、民夫のリビング右側には6畳程の畳の部屋がある。
その事を民夫に提案したが、民夫の表情はこれっぽっちも変わらず笑顔であった。
「あのお部屋、実はもう既に改造されているんですよ」
「なんだとっ!?」
衝撃的なカミングアウトにより、逆にネイサンの表情が変わってしまった。
「本当はあのお部屋もリビングと同じ造りだったんです。ですが、日本文化に触れた事により、業者の人に頼んで今のお部屋になったんですよ」
「あぁ、なるほど。そうだったのか」
あまりにも突然の話だった為、ネイサンの頭から秘密基地は霧散していた。
椅子が多く置かれている場所に着くと、憑郎が色んな椅子に座り始めた。
なんとなく不審に思ったネイサンは、恐る恐る訊いてみた。
「憑郎、そんなに椅子に座ってどうしたんだ?」
「実はずっと使っていた椅子が壊されてしまったんですよ」
「……壊されて、しまった?」
何か凄く引っかかる言葉であった。
ネイサンは少し、憑郎から遠ざかった。
「最近住み着いた子が本当にヤンチャで……。僕が座ってる時に後ろに引っ張られてしまいまして。そのまま体勢を崩してしまい、その時に脚を壊してしまったんです」
「……」
「あれ、勇さん?」
ネイサンは耳を塞ぎながら、その場で
そして、フルフルと震えていた。
「本当に憑郎さんは苦労人ですわね」
突然、憑郎の側に富華が近づいた。
憑郎は一瞬驚きはしたものの、相手が富華である事を瞬時に認識した。
「と、富華さん!……いえ、僕なんか皆さんと比べたらーーー」
「そんな事ありませんわ!」
憑郎の言葉を富華は食い気味に遮った。
「今、この中で一番苦労しているのは他でも無い、憑郎さんだと思いますわ」
「で、ですが……」
憑郎は何も言い返せなかった。
本当であれば富華の発言を更に否定し、自分の発言を肯定させたかった。
しかし現状、命を狙われているのは憑郎なのである。
苦労人と呼ばれても仕方がない。
「ですから、憑郎さんも何か欲しい物がありましたら、私が買って差し上げてますわ」
「い、いや悪いですよ!確かに大変な状況ではありますが……」
憑郎はしどろもどろになり、最後の方はゴニョゴニョ言うばかりであった。
そんな二人を見ていたネイサンは、一つ大きな疑問を富華に訊いてみた。
「そういえばなんだが、なんでそんなに富華は金を持っているんだ?」
そう、どうして他人にお金を使う程持っているのか。
そこが疑問であるのだ。
「そこは乙女の『秘密』、ですわ」
「そ、そうか……」
ネイサンに質問された富華は、右手の人差し指を立てながら口に当て、可愛らしく笑顔を浮かべながらウインクをした。
その笑顔がネイサンには不敵な笑みに見え、苦笑いをする他無かった。
ネイサン達は更に道なりに沿って進むと、玩具売り場まで来ていた。
「IKEYOには子供達が遊べる物まで売ってるのか」
ネイサンは一つの玩具を手に取りながら、一人感心していた。
持っている玩具を元に戻し、ふと周りを見てみた。
すると、何故か剛が大きいサメのぬいぐるみを持ちながら立ち尽くしていた。
「剛さん、それは何だ?俺は今まで見たことが無いな」
「お、勇君か。これは『サメ』のぬいぐるみだ」
「なるほど、サメっていうのか」
ネイサンがまた一つ知識が増えた時、背後から民夫がやって来た。
「剛さん、そのぬいぐるみはお孫さんへのプレゼントですか?」
民夫が少し意地悪っぽく言うと、剛は首を横に振った。
「いや、これは孫にじゃなくて、俺の為にと少し考えてただけだ」
「俺の為に?」
ネイサンは剛の言葉の一部を思わず復唱してしまった。
剛がぬいぐるみを集めていそうでも、ぬいぐるみで遊ぶ様にも見えない。
一体どういう事なのだろうか。
ネイサンは恐る恐る剛に訊いてみた。
「い、一体そのサメをどうするんだ?」
「ん?海での戦闘をシミュレーションする為に買おうかな、と」
「「えっ……」」
剛はニッと歯を見せて笑った。
その歯の並びは綺麗で、とても白く輝いていた。
その屈託の無い笑顔を向けられたネイサンは、心の中でサメに語りかけた。
(短い時間だったが、ありがとう……)
ネイサンは心の中で涙を流した。
IKEYOの中にあるレストランで昼食を摂り、カートに欲しい物を次々と入れて行く一同。
各々が欲しい物を入れていった結果、カート5台分の量となってしまった。
レジに並んでいる間、ネイサンは少し心配になり、富華に大丈夫であるか訊いた。
「これ、全部買えるのか……?」
「えぇ、大丈夫ですわ」
遂に自分達の番になり、店員が次々とバーコードを読み取り、買いたい物を通して行った。
そして、最後の物を読み取った後に金額が出た。
富華はその金額をチラッと見た後、財布から一枚のカードを店員に出した。
「それはなんだ?」
「これは『クレジットカード』ですわ!」
ピッ!
「これで買いたい物を全て買いましたわ!」
「す、凄いっ!もう買えたのか!」
「勿論、後日お支払いする事にはなりますが。50万円程」
「なるほど、後で支払う事になるんだな。50万円……50万!?」
ネイサンは思わず叫んでしまった。
富華は今サラッと衝撃的な事を言い、釣られてネイサンも普通に言ってしまったのだ。
富華は何事もなく、オホホホホと笑いながら民夫達の所へと歩いて行った。
そんな富華の背中を見ていたネイサンは、額に汗を浮かべながらボソッと独り言を呟いた。
「やっぱり、富華は怖い奴だな……色んな意味で」
今買った物を全て配送してもらおうと思い、ネイサン達は配送サービスの所まで行った。
人は全く居なかった為、直ぐに自分達の番になった。
「すみません、この荷物を送ってもらいたいんですが」
民夫が店員に話すと、女性の店員が対応してくれた。
「分かりました。少々お待ちください……」
女性の店員はパソコンを使って何かを調べている。
「お待たせしました。今からですと、最短で二週間程先になってしまいますが……」
「二週間も先に!?」
女性の店員は申し訳なさそうに、ネイサン達に伝えた。
これにはその場に居た四人は困った。
「困りましたわね……」
「そうだな」
全員が諦めかけていた時、遠くで待っていた剛が女性の店員の前まで歩いてきた。
そして、静かに話しかけた。
「……お嬢さん、この顔に免じて早めに送ってくれないか?」
一言そう言うと、剛はずっと被っていたフードを脱いで顔を露わにした。
剛の顔を見た女性の店員は驚きの顔を見せた。
「あ、あなたは……!?」
「おっと、出来れば叫ばないで欲しい」
叫びそうになった女性の店員を、剛は右手の人差し指でシーッのポーズで鎮めた。
女性の店員は何も言わずに首を縦に振った後、凄まじい勢いでパソコンを扱い始めた。
最後のエンターキーが小気味良い音を鳴らした。
「今、全ての予約をずらして、今日配送される様にしました!」
少し興奮気味に話す店員に、剛は笑顔で応えた。
「流石お嬢さん、ありがとな」
それだけ言い残すと剛はフードを被り直し、クルッと後ろへと歩いて行った。
「やっぱり剛さん、カッコいいわ〜」
女性の店員はうっとりとした目で、剛の後ろ姿を見ていた。
ネイサンは改めて剛が英雄である事を認識すると共に、女性の店員が少し心配であった。
(店員よ……あんたの仕事はそれで良かったのか?)
ネイサン達一同はIKEYOを後にし、元来た順路で小説荘へと帰った。
小説荘の扉を開くと、目の前には少し見慣れた荷物が置かれていた。
その荷物の端から
「この荷物、全部おぬしら宛てじゃぞ」
今日のこの後と、明日の予定が決定した瞬間であった。
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